フェア・クラネルの嫁作り 作:パーンダ
『報酬はたっぷり出すから、あの
いきなりの来訪者から大金を渡され、俺はガックリと肩を落とした。
かの有名な【アポロン・ファミリア】の団長が、ダンジョンから帰ってこないらしい。だから、俺に捜索してきて欲しいとのこと。主神が俺に探させるよう指示を出したのだと、来訪者の少女はメンドクサそうに経緯を語った。
俺は渋々ながら受けたよ。
その団長とは何かと縁があるし、まあ大丈夫だろうで死なれたら寝覚めが悪い。何よりオラリオにとっての損失になると思い、しゃーないからフィルヴィスさんを連れてダンジョンに向かった。あと、頼りになる爺さんにも同行してもらい、サクサクと進んであっという間に25階層。
美しい水と水晶の領域を走ることしばらく、大空洞の途中に奴はいた。
「──ええいっ、なんだというのだ! 羽虫共めいい加減に諦めろ! 私を誰だと思っているッ!」
お高い冒険者装備に身を包んだ美青年、ヒュアキントス・クリオ。【アポロン・ファミリア】の団長はたった一人で戦っていた。
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッッと風を切って人体に突っ込むアイツらの名は、『イグアス』。現在の光景はさながら弾丸の雨のようだ。
『──!!』
『──!!』
『──!!』
「いいかよく聞け! 私は偉大なる神アポロン様の眷族にして、いずれ第一級冒険者となる男、ヒュアキントス・クリグハアッ!?」
勇ましく剣を振るい、次々と
何やってんだあの人! 叫んでる場合じゃないだろ早く撤退しなよ! と顔をヒクヒクさせる俺。
「うむ。いかんな。【
助っ人の爺さんは完全に呆れている。かったるそうな動きで細剣を握った。
後ろで結んだ髪も、長く伸ばした髭も白い。
軽装に身を包んでいる出で立ちは、極東の島国の忍を思わせる。
「無尽蔵に湧いてくる『イグアス』など、逃げの一手で構わないだろうに。アホなのかあいつは」
ヒュンと細剣を鳴らして戦闘準備に移った。
爺さんの名はノアール・ザクセン。冒険者を引退してからLv.
「アホなんでしょうね。それじゃやりますか。ちょっと数が尋常じゃありませんが、まあなんとかなるでしょう」
『──!!』
『──!!』
言ってる側から風切り音が連鎖した。左右に加えて斜め後ろからイグアス共の襲来だ。ついでに
『──』
『──』
「
後方からの猛進。間合いを掠めた刹那、振り返りざまの一閃。視認するより先に肉を断つ。紅の刀身を起点にイグアスの体躯が綺麗に割れた。すかさず血払いの動きでもう一匹を叩き落とし、大きく口を開けた
「そんなに焦らなくても、ほら。どっちみち直ぐに即死だったろ? って、燕の死体に何言ってんだって感じだけど」
「全くだな。さて、どうする。私がまとめて焼き払うか?」
接近してきたイグアスを瞬殺したフィルヴィスさんが、かったるそうに首を鳴らす。その横でノアール爺はげんなりとした表情を浮かべていた。
飛び出してくるイグアス達は、巨大な赤いモヤのように見える。上下に開いた滝の口は、一向に閉まる気配がない。おいおいやっぱり
「それじゃフィルヴィスさんは、とりあえず焼いて。何かあるといけないから、ノアールさんは援護。俺はヒュアキントスさんに加勢するから。どうしようもなさそうなら撤退だ」
「うむ。私はそれで構わない」
「では参るか。まったく、引退したジジイにやらせることではないぞ、このような
「悪いね。帰ったら酒奢るよ」
滝の異変への対処は二人に任せ、俺は単身ヒュアキントス団長のもとへと向かう。ややあって耳をつんざく雷鳴が
「──ヒュアキントスさん! 何やってんですか貴方は!」
「貴様、フェア・ルージュ!? なぜ貴様がここにいるッ!」
ヒュアキントスさんの背後に滑り込み、横一文字に
こういう時にしみじみ思う。本当に刀ってやつは使いやすいと。最初の頃に短剣をやめて、刀に変えといて本当に良かった。
「まさか偶然通りかかり、私を嘲笑いに来たのか!」
「んなわけあるか! ダフネちゃんに頼まれたから探しに来たんですよ! 団長のくせに単独行動して大いに心配かけるとか、何してんですかほんと!」
「ええい余計なお世話だ引っ込んでいろ!」
「いくらLv.4でも死にますよ!? こんな異常事態、さっさと撤退してちゃんと対処すべきでしょうが! それをダラダラ引き伸ばして……他の冒険者にも迷惑だ!」
ギャーギャー罵り合いながら、連携も何もなしに目の前の敵を切り倒していく。
ヒュアキントス・クリオとはいつもこんな感じだ。
やたらダンジョンで顔を合わせることが多く、そんでもって異常事態に直面する頻度も高い。必然的に共闘することになり、直近では今年初めの『ハーピィ・キメラ』との一戦。そこで俺を踏み台にしたヒュアキントスさんは、晴れてLv.4にランクアップを果たしたのだ。かなり頑張ってサポートしたんだから、もう少し感謝しろマジで。
「──黙れっ! 他の冒険者がどうなろうと知ったことか! ダンジョンで死のうが逃げようが自己責任! 貴様もベテランなら、いい加減に道理というものを知るがいい!」
「どうでもいいんで足動かしてください、足を! へばってんじゃないですか大丈夫ですかぁ!?」
「フンッ、私を誰だと思っている! 『──!!』私はヒュアキントス・クリガハアアアッッ!?」
ヒュアキントスのプリっとした臀部を、低空飛行してきたイグアスが切り裂いていき……壁に直撃して自爆した。やっぱりへばってるじゃないか! 明らかに反応が鈍くなってるけど、この人いつから戦ってるんだ……?
「とにかく数は減った! 後はあの滝だ! あの裂け目を何とかしないと、倒しても倒しても出てくるぞ! ──フィルヴィスさん!」
遂に片膝をついてしまったヒュアキントスさんを庇いながら、フィルヴィスさんに声を飛ばす。すぐに「わかっているから焦るな!」と返事が返ってきた。
おぉ……男勝りでカッコイイ。こんな時だが、俺はちょっと惚れ直してしまった。
フィルヴィス・シャリアの戦闘スタイルは魔法剣士だ。探検と
ハイエルフの大魔導士並みとまではいかないが、そこそこ広範囲の砲撃も可能だ。コミュニケーション能力と治療行為以外は総じて高水準で立ち回ることのできる、ハイスペックエルフである。
「【
踊るように周囲のイグアスを切り裂き、詠唱に合わせて短杖を突き出す。迸る真っ白な魔力光。爆進する一条の
電撃音、燃焼音、奏でられる破壊の旋律。水面に火柱が立ち上り、濡れ羽色の髪が熱風にたゆたう。赤い光が妖精の肌を照らし出した。
「フィルヴィスさん、流石。やっぱり火力のあるエルフは頼りになるね」
俺はヒュアキントスさんが立ち上がるのを待ってから、二人の元へと向かった。まだ水面は燃えているが、滝の割れ目は完全に消えた。イグアスが飛び出してくる様子もない。
「大した脅威ではなかったな。あっさりと消滅してしまったが、見かけ倒しか」
「みたいですね。大事件に発展しなくて何よりでしょう。ノアールさんもお疲れ様。高い極東の酒でも飲みに行きますか」
「ならば俺の行きつけの店にするか。厨房を使わせてくれる変わった店でな、折角だから俺のジャガ丸くんを食わせてやろう」
ノアール爺はニヒルな笑みを浮かべている。そういうわけで、今夜はたらふく飲み食いするとしよう。
ヒュアキントスさんはなんか悲壮感を漂わせているけど、彼を慰めるのは俺の仕事じゃない。
「
「……くっ」
くっ……とか言われても嬉しくない。そういうのはフィルヴィスさんがやってくれれば十分だ。
もういいやさっさと帰ろうそうしよう。俺はゲンナリしながら、25階層を後にしたのだった。
◆
「【ヘラ・ファミリア】の亡霊か……それはまた、妙なことになったもんだな」
極東酒をちびちび飲みながら、爺さんは白い眉をひそめた。フィルヴィスさんは既に気持ちよくなっているようで、ずっと無言でヘラヘラしている。別に酒に弱いわけではないのだが、酔いたい時は超強い酒をラッパ飲みして
「……ふふ、ふふふふ」
こんな感じになる。
明日も朝からスケジュールは埋まってるんだから、日が昇るまでセックスとかできませんからね? でもやばいな、ダンジョンで格好良い姿見ちゃったのもあって、すっごい抱きたい。久しぶりにウェディングドレスとか着てみて欲しい。爺と話してる時にこんなこと考えてるとか、気持ち悪いな俺。
「フェア、50階層まで行くとして、面子はどうするつもりだ? 俺が入るとしても三人では不安だ」
「リディス姉さんについてきてもらう。もう約束は取り付けた。あの人がいれば純粋に強いし、
「なるほど、リディスか。それはいい。パーティは連携が命だからな。気心知れている奴の方が助かる」
さて本題。
深層へのアタックは四日後に決まった。【ロキ・ファミリア】の出発に合わせているが、向こうの目的地は未到達階層──59階層とのこと。俺達はそこまで行くつもりはない。
聖騎士の手紙が発見された場所、50階層付近を探索しようと思っている。
そこでパーティ編成をしているわけだが、ノアール爺さんはオッケーしてくれそうだからヨシ! リディスさんは確保済み。
「後は、誰に声をかけるつもりだ?」
「今日の朝、シャクティさんに了承してもらった」
シャクティ・ヴァルマ。
Lv.5の第一級冒険者で、都市の憲兵こと【ガネーシャ・ファミリア】の団長。昔からよく知っている人の一人で、関係性は悪くないと思う。
「これで第一級冒険者が五人。もしかしたらあと一人増えるかも……って感じかな。十分でしょ」
今朝、フレイヤ様から文が届いて、一人同行させたいと書いてあった。来たいと言うなら構わないけど、その場合は勝手に暴れさせておこうと思う。あの人達とまともに連携とかできないからね。【フレイヤ・ファミリア】の人達は大体みんな個人主義の怪物だから。
「ああ、十分だな。しかしシャクティか……七年前の大抗争の時を思い出すな。あの時は即興のパーティで27階層へ向かい、危うく【
爺さんはふぅと息を吐き、首の下まで伸びた白ひげに指を添える。手の甲に刻まれている皺は深く、初めて見た時よりも少し痩せた気がする。
「ははは、シャクティさんも同じこと言ってましたよ。あの時は死を覚悟した、って」
七年前の大抗争。
闇派閥の神々がオラリオに宣戦布告し、夜明けと共に全戦力を投入してきた。戦場は地上。数でも質でも冒険者達が上回っており、時間が経つにつれて一方的な展開になっていった。
しかし、ザルド&アルフィアが闇派閥に組したことで戦況は一変。アルフィアおばさんは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の主力を
そんなことをした理由は超理不尽なもので、『貴様らがだらしがないから滅ぼすことにした』。わりと本気で言っていたと思う。
あれは悪夢だった。あの時はまだベルは田舎にいて、オラリオに来ていなくて本当に良かったと思う。
「お前が一番危なかったろうに、よくついてきたものだ。当時はまだランクアップしたばかりで、しかも俺達はそのことを知らんかった。本当に大丈夫かコイツと思っていたぞ」
「ははは、ディオニュソス様が隠したからね。まあ、ノアール爺さんやシャクティさん、リディス姉さんにもバレちゃったけど」
地上ではアルフィアおばさん。ザルドおじさんは地下で
闇派閥の構成員経由で、文が届いたのだ。
仲間がいるなら連れてこい。27階層で待っている──と。
前後関係で言うと、ザルドおじさんのところに俺達が向かったのが先。アルフィアおばさんが出てきたのはその後だ。だから、惨劇を目の当たりにしたのは地上に戻ってから。
俺は文に目を通すなり同行者を探した。
しかし、当時の団長達は闇派閥と交戦中だったからダメで、諸先輩方も同じ状況。
そういった事情だったので、【ファミリア】問わずに動けそうな人に片っ端から声かけて……本当に大変だった。死に物狂いで現着したら全員まとめて倒されたし、二度とやりたくない。
ちなみに、【ガネーシャ・ファミリア】はダンジョン方面を警戒してたから、うまいことシャクティさんが来てくれたんだ。その結果、彼女も一緒にぶちのめされる羽目になったわけだけど。
「結局──【暴喰】も【静寂】も
「三百人
「はは、たしかに」
香ばしい肴の香りを嗅ぎながら、おちょこに酒を注いで、飲む。少し鼻の奥がつんとした。
しかしいい店だ、ここは。
静かで、灯りが抑えられていて風情がある。使い込まれて飴色に光っている店内には、少しの客と無愛想な店主が一人。
「七年前の話をすると、どうしてもしんみりしてしまうなぁ。どうせならレオンも交えて話をしたいが、あいつは今頃は海の上か」
「さぁ。断崖絶壁で竜と戦ってるかもよ。知らんけど」
レオンというのは、学区という移動型教育機関に身を置いている教師のことだ。現代の英雄と呼ばれる誇り高き騎士でもあり、Lv.7。
七年前は、本当ならオラリオにいないはずだったのだが、
誰に呼ばれたのかは口を噤んでいたけど、そろそろ教えて欲しいところだな。レオンさんはオラリオにいないから、聞きに行くことはできないけども。
「ふはは、夜中に竜と決闘か。あやつなら有り得る!」
「でしょう? 想像つきますよね」
あれから七年。
ディオニュソス様がいなくなってからは四年。
オラリオは順調に強くなった。ザルドおじさんやアルフィアおばさんが姿を現したとしても、七年前のようにはいかないだろう。むしろ今なら勝てるはずだ。
「おい……どうして私に話をふらない。私が穢れているからか? もしそうなら、一掃せよ……」
「おい、フェア、なんか詠唱しようとしてるぞ。やめさせろ。店が消滅する」
「フィルヴィスさん、ストップ。あまりにもポンコツすぎると叩きますよ。頭とほっぺとおっぱい」
「このケダモノが!」
「ノアールさん、そろそろ帰ります。この人ダメだ」
なんだか凄く頭が重い。
昔のことを思い出してたら頭痛がしてきた。
帰ったらフィルヴィスさんを抱くしかないな。絶対にそうする。そうしよう。
◆
フィルヴィスさんは爆睡しました。
寝込みを襲ってもいいけど、少し疲れ気味なのでゆっくり休ませてあげようと思います。最近は向こうからありがとうと言われることが増えたけど、それはこっちの台詞なんだよなぁ。
俺は普通にやるべきことをやってるだけだ。すごい人格者とかじゃなくて、同じ立場だったら多くの人がやるであろうことを、しているだけ。
「真面目なこと考えてたら目が冴えてしまいまして……寝れないんですよほんと。この眠れなさはかなり深刻なやつです。病気かもしれない」
「それで、私に診察して欲しいと? 生憎と診療時間外です。そしてここは私の寝室です。窓から忍び込んでくるのはやめてください。非常に迷惑です」
寝れないからプラプラ散歩していたら、気付いたら聖女様の部屋にいた。なんて素晴らしい奇跡だろうか。お風呂上がりのアミッド・テアサナーレを見ることができたので、これだけで満足して安眠できるかも。
お召し物はなんと、真っ白なネグリジェ。
薄い衣を羽織っているのがまた、清らかな感じでグッとくる。
「非常に迷惑です」
「すみませんでした。今すぐ帰ります」
「今すぐに出ていかれるのも迷惑です。もう少し朝方になってからにして下さい」
アミッドさんは机に向かって書類に目を通していたが、どうやらひと段落ついたようだ。椅子の上で体だけをこちらに向けて、細い両腕を軽く絡める。ゆっくりと上下する柔らかそうな膨らみは、ここ数年で少しばかしお肉が増えたようだ。
雪のように真っ白な谷間が美しい。湿った銀の髪が胸にかかっているのは非常にえっちだ。
「誰かに見られたら困りますし。それに、フラフラとダンジョンに行かれたりすると、私としてそれは望ましいことではないので」
聖女様の胸の膨らみがきゅっと締まった。少し、腕に力を込めたのだ。
「じゃあ、しばらく居座らせてもらいますね。横になってていいですか? 床でいいんで」
「ええ、寛いで頂いて構いません」
素っ気なくではあったがお許しが出たので、遠慮なくまったりさせてもらうことに。
折角だからちょっとだけ手を握らせて頂き、幸せな気分を堪能させてもらった。間近で見る聖女様の
「あの、なにか?」
「その服もアミッドさんのイメージに合ってて素敵ですけど、真っ白な花嫁衣裳も似合いそうだなと思って」
「……は?」
きゅっ、きゅっと、と恋人繋ぎを楽しませてもらうこと数分。手を離す。名残惜しさに蓋をして、絨毯の上に寝っ転がった。
「いつか見れるといいなぁ。まあ、アミッドさんが結婚するまで、俺が生きてるって保証はないですけどね。冒険者の中でも危険度高い方ですし、上手いこと長生き出来ればいいんですけど」
何も考えずに、思ったことをそのまま喋る。
頭が重い。久しぶりにかなり疲れてる感じがするな、とため息をひとつ。とりあえず目を閉じていようかと考えたところで、不意に顔に影がかかった。
頭の後ろ側から、聖女様が見下ろしてきたのだ。
吹雪が背景に見えてきそうな、冷たい冷たい無表情で。軽く顎を上げて目を凝らすと、ロングスカートの間で真っ白な美脚が光っていた。
「どうやら疲労困憊。いえ、それどころの話ではありませんね。口を開けば世迷いごとばかり。不愉快なのでやめていただけますか」
「あー……すみません。黙ります」
「黙っているだけでは大して回復しないでしょう。手を繋ぎたいのなら、どうぞご自由に。寄り添うくらいならさせて頂きますよ」
最後、ちょっとだけ声色が優しくなった。
表情は相変わらず氷のようだったが、隣に座ってくれて、手を握ると握り返してくれた。その後は、
真摯に謝罪してお別れをしたら、氷のような美貌が歪んで、なんだか罪悪感が凄かったな。お詫びとして、次に会う時は何でも言う事を聞いてあげようと思う。恥ずかしがって言わないなら、察して全て叶えてあげればいい。そのためにも、ちゃんと生きて帰ってこなければ。とても元気が出た。やはり聖女様は凄い、偉大な御方である。