フェア・クラネルの嫁作り   作:パーンダ

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幕間②

 長期間ダンジョンに潜る場合、入念に準備することは当然として他にもやることがある。

 それは、後回しになっていること大体(だいたい)全てだ。

 ナァーザに頼まれていたよくわからない講義だったり、冒険者の訓練の相手だったり、昔馴染みの男性が売っている葡萄酒(ワイン)を買いに行くことだったり──やっておきたいことは色々ある。

 

 

 

「はぁ……エイナが空いてる時に来なさいよ。あの子に頼めばいいでしょ。ベル・クラネルの担当はエイナなんだから」

 

 さあ始めよう、と俺はギルドにやってきた。

 目的は受付嬢兼(けん)ダンジョンアドバイザーのエイナさんへの伝言。

 本日は昼過ぎまで手が離せない仕事があるらしく、これ幸いにとローズさんに声をかけた。

 ローズ・ファネット、恐らくもうすぐ三十代。

 ダウナーで獣耳のお姉さんで、とろんとした金色の瞳が冷たいお方。年がら年中塩対応な人だ。一応、俺の担当ということになっている。

 

「そう言わずに、お願いします。それに、遠征行く前にローズさんの声聞きたかったんで。しばらく喋ってなかったし」

「はぁ…………で、伝言ってなんなのよ?」

「噂の【リトル・ルーキー】が中層に挑戦するって聞いたんでね。それなら八年前のことは伝えてあげた方がいいと思って。彼はオラリオにとって大切な新戦力ですから、ダンジョンってどういうものなのか、どんどん教えてあげた方がいい」

 

 ローズさんは気怠そうな顔で耳に手をやる。黒い手袋をつけたまま、真っ赤な長髪を軽く撫でた。

 そして、長く、重いため息。ほとほと面倒くさそうに、顔をしかめる。

 

「出たわ……お節介。はぁ……まあ、それくらいなら別に構わないわよ。エイナのことだから、既に伝えているかもしれないけど」

「ありがとうございます。既に伝えているなら、それはそれでいいでしょ。さすがエイナさんってなるだけです」

「その代わり、戻ってきたらパンケーキをよろしく。いつもの、高いやつ差し入れなさいよ」

「今買ってきましょうか?」

「戻ってきたらでいいわよ。今はパンケーキの気分じゃないから、買ってきてもつっ返すからね」

 

 そう言われてしまっては、わかりましたと言うしかない。なかなか上手くいかないもんだ。

 やることが一つ減ったら、一つ増えた。うん、いつものことだな。

 

「しかし、八年前の件か……13階層にゴライアスが出たやつよね」

「ええ。特定の地点にしか出現しないはずの階層主が、よりにもよって中層の入口に出てきた。場合によってはそういう理不尽もあるってこと、頭の片隅には入れおくべきでしょう」

 

 思わず声のトーンが下がった。

 八年前の冬の日、13階層に中層の階層主ゴライアスが出現。周囲には第二級以上の冒険者が一人しかおらず、戦いは困難を極めた。

 周囲の壁が崩れて退路が塞がり、重傷を負った冒険者多数。ゴライアス相手に使い物になる人は数人しかいなかった。

 全滅しててもおかしくなかったと思う。

 たった一人奮闘していた冒険者が一度は止めをさされかけるも、最終的には何とか討伐してくれた。当時の俺はLv.1で、その止めの一撃を防ぐので精一杯──いや防げてないな、瀕死になったんだから。

 重傷者十八名、死者一名。死んだのはサポーターのお姉さんだった。悪運が強いって自慢してたくせに、呆気なく死んだ。

 

「あんなこと、もうないでしょ。原因は神がダンジョンに侵入したことによる、ダンジョンの暴走だった。二度とあってもらっちゃ困るわ」

 

 ローズさんはぼやき声で振り返る。

 神がダンジョンに侵入するのはご法度だ。その時点でかなり危険な状態。ダンジョンは神々を憎んでいるから、中に入ると異常をきたす。

 その上、遠慮なく神威をばら撒いたりすると、八年前みたいなことになる。あの時の犯人はまだ発見されていない。

 

「あってもらっちゃ、困るわ」

「あったとしても、次は何とかする」

「まあ、今のオラリオはここ十年で一番強いからね。誰かが何とかするわよ。誰かが。どうでもいいけどパンケーキ、忘れないでよね」

「そんな甘いもの好きですっけ?」

「他人のお金で食べるお菓子は美味しいのよ。さあ、用事が済んだなら行った行った。私は忙しいのよ」

 

 手の甲でしっしっ、と追い払われ、俺はギルド本部を後にした。 

 いつ来ても冷たいお姉さんだ。彼女はギルド職員なのに冒険者嫌いで有名な人で、蔑まれたり罵られたりが好きな方々には超人気。俺は別にそっちの趣味はないので、できれば優しくして欲しい。

 

 

◆

 

 

 街を歩く。

 難しいことは考えず、頭に浮かんだ場所に行ってみる。ふらりと銀行(バンク)に入ってみたり、昔から知ってるおばちゃんに会いに行ってみたり、デートスポットで寂しくたそがれてみたり。

 本拠(ホーム)に顔を出して、手合わせの相手をしてみたり。しかし、魔導士vs前衛。しかもLv.の差がある。エルフのお姉さんをしばき続けていたら、なんとも言えない気持ちになった。

 

「なまじ並行詠唱できると、かえって危ないですね。退くか粘るか迷いが出る。俺としては、前衛がやられた時点で逃げるべきだと思いますが」

「仲間を見捨てろと? まだ息があったとしても?」

「それは状況によるでしょう。息があったとしても行動不能であれば厳しいし、回復の手段もないなら逃げるしかない。粘って一緒に死ぬのは……って、簡単に割り切れたら苦労はしない。ですよね」

 

 冒険者の【ステイタス】はそう簡単には上がらない。メキメキ伸びるのは最初のうちだけ。長い時間をかけて積み上げていくことが必要で、才能がなければ何年やっても大して伸びない。

 だから、俺は才能があったってことだ。十年かからずにLv.5まで来た。最初のランクアップは一年と三ヶ月。上出来だろう。

 

「そうですね。そう簡単に割り切れるものではないし、割り切れていない人に言われても説得力がまるでない。私が今、何を考えているかわかるか?」

「偉そうなことを言うようなった。偉くなったものだ。みたいな?」

「ふふ、満点をあげましょう。私にものを教えるなんて、本当に偉くなったものだ」

 

 フィルヴィスさんとは対照的な白髪を指で払い、そのまま額の汗を拭う。

 彼女、アウラ・モーリエルとは、俺が冒険者になった直後から親交がある。今も昔も同じ派閥。フィルヴィスさんと同じだな。

 

「ところで、フィルヴィスは何をしている? あいつ、戻ってきても私達に近寄らないだろう」

「それは、一時期イジメられてたからじゃ……」

「なんて人聞きの悪い……イジメてなどいない。やりにくかったから、誰も話しかけなくなっただけだ。あんな不気味な笑顔を向けられたら、誰だって同じような反応になります」

 

 フィルヴィスさんは他人と友(・)好(・)的(・)に(・)触れ合うのが苦手である。一時期頑張っていた時期があったのだが、笑顔が不気味すぎて上手くいかなかった。

 それはそれとして、本当に周りから非難を浴びていた時もあった。団長や副団長が戦死して、俺とフィルヴィスさんは生き残ってしまった時だ。

 みんなパニックだったから、仕方ないことだったと思うようにしている。数日で和解できたし、俺はあんまり気にしていないけど、フィルヴィスさんはちょっと根に持っているかもな。

 

「では、続きを。まだ耐えられますから、もう少し追い込んでもらっても構いません」

「Lv.3になって一気にタフになりましたね。わかりました。先輩をいじめるのは良心が痛むけど、アウラさんがそう言うなら」

 

 広い中庭に威勢の良いかけ声が響き、間髪入れずにくぐもった悲鳴に変わる。

 攻撃と防御を延々と繰り返す、単純な鍛錬。

 俺は杖で殴りかかられて、回避するか防御してから反撃。次はこちらから素手で攻め込み、適度に加減しながら壁際に追い込んで──足払いで吹っ飛ばす。

 

「ぐ……うぅ」

「反応は早くなってる。前回やった時より伸びてるから、この調子でいきましょう。立てますか?」

「──ふっ!」

 

 手を差し出したら、杖の振り上げが返ってきた。

 なんとも威勢の良い妖精先輩である。軽く仰け反って躱(かわ)したが、前髪が何本かちぎれた。

 

「く……紙一重が大きいですね」

「いや、おみそれしました」

 

 すごいな。強くなってるわ、この人。

 

 

◆

 

 

 鮮烈な紅黄金(べにこがね)の光が見える。

 それは四年前に見た、人智を超えた化け物だ。

 斬ったそばから再生し、業火に焼かれて灰となっても甦る。

 その見た目は、ヴェールで顔を隠した修道女。いや、手にした神具の形状からして極東の巫女か。

 いずれにせよ、化け物だった。五M(メドル)はあるであろう巨大な女型の怪物。

 真っ白な前髪の下、瞳があるべき部分には闇が渦巻いており、直視した冒険者数名は発(・)狂(・)した。

 心の強い冒険者達は果敢に立ち向かったが、際限なき再生を削りきることはできず、次々と喰われた。

 血の香りで寄ってきた無数の怪物達が駆け回り、死した冒険者の破片を喰らった。

 

 

『──素晴らしい! 切り離された末端だというのに、この人智を超えた生命力! この神(・)性(・)! もはや役たたずの神々など必要ない! 新たな世界を担うのは彼女達だ! 私は彼女達についていく──ゆえに糧となれ冒険者! 新たな夜明けのための贄となれ!』

 

 悪の残党が歓喜の声を打ち上げ、俺から遠ざかっていった。女型の背中の衣がびりびりと破れ、這い出してきた触手が彼を絡め取り、連れていった。

 

 ──オリヴァス! 

 

 空を切った俺の手の先から、気味の悪い咀嚼音(そしゃくおん)が聞こえる。いや、前だけではなく、怪物だらけのルームの至る所から。

 仲間が触手に貫かれていき、強かった団長も副団長もあっさり死んだ。いつの間にか膨れ上がった肉片がそこら中に転がっていて、原型を保っていた白い妖精は気がふれた。

 

 

『ああ、そこにいたのですね、姉さま。姉さま、ねえさまねえさまねえさまねえさまねえさまねえさま──』

 

 俺の理性も消えかけた。

 

『──早く彼女を連れてこっちに来て! フェア、戦ってはだめ! 撤退! 撤退して!』

 

 その時。闇の先から知り合いの声が聞こえてきて、傷ついた体に鞭打ち動き出す。赤と黒に明滅する景色の中で、妖精を抱えて走った。

 半狂乱でルームから飛び出すと、入れ替わるように飛び込んでいくのは第一級冒険者達。都市最強の猪人(ボアズ)、冷たい眼差しの白妖精(ホワイト・エルフ)、黒妖精(ダーク・エルフ)、槍を携えた猫人(キャット・ピープル)。

 

『フレイヤ様が増援を送ってくれたの! 嫌な予感がするからって──ここは【猛者(おうじゃ)】達に任せて、逃げるよ!』

 

 都市最強の【ファミリア】による救援。いや、彼らはただの殲滅部隊だった。助けられる者は既に残っていなかった。俺とフィルヴィスさん以外、みんな肉の塊になった。

 待ち伏せていた化け物に嬲り殺された。

 27階層で闇派閥の残党が不穏な動きを見せている──ギルドからの要請を受けて調査に来た俺達は、ものの見事に壊滅。俺と親しくしていた【ヘルメス・ファミリア】の構成員二名も死んだ。アウルとサーシャっていうヒューマンの男女で、あの時、思ったんだよな。

 なんで人間ってこんなにあっさり死ぬんだろうって、久しぶりに思ったよ。

 

 

◆

 

 

 まぶたの先に太陽の光を感じた。

 オラリオ南西のメインストリートから、裏路地に入ってすぐのベンチの上。適当にぷらぷらした後で休憩してたら、いつの間にかうつらうつらしてしまっていた。

 

「な、なんでこんなところで寝てるの……?」

 

 目の前には白髪モフモフの少年が立っている。ベルだ。数分前から誰かいるなとは思っていたけど、まさかベルだとは思わなかった。

 

「爆睡はしてないよ。半覚醒……襲撃されても対処はできるし、大丈夫さ」

「えっと、襲撃されることあるの……?」

「経験はある。多くはないけどな」

 

 立ち上がって伸びをする。今は午後の三時くらいだろうか。注文していた武器を受け取りに行った後、ぷらぷらしてたのが一時間くらいだから……多分三時くらいだろう。

 太陽の位置は少し傾いている。

 俺たちの傍らを小さな子供達が走り抜けて行った。

 

「お前はなにしてんの? こんな裏路地で、デート?」

 

 ベルの隣に目を向けると、薄鈍色の髪の街娘さんの姿がある。

 豊穣の酒場のシル・フローヴァだ。

 俺とベルを見比べては首を捻っているんだけど、その行動にはどんな意味が?

 

「いや、デートとかじゃなくて……シルさんの買い出しに付き合ってたんだよ」

「それをデートって言うんだよ。何を言っているんだお前は」

「そっちこそ何言ってるの……なんでもかんでもデートとかイチャイチャに結びつけるのやめなよ」

 

 ベルは頼りない半笑いを浮かべている。喋っている内容はベルにしては辛辣だ。昔はお小言とか言わなかったのに、少し見ないうちに成長したなぁ。

 

「じゃあ俺は行くところがあるから、また今度な」

「そっかぁ。うん、わかったよ」

 

 俺は北に向かって歩き出した。ベルは頷きながらついてきた。なんで一緒に歩いてくるんだよ。

 

「なんでこっちに来るんだ?」

「いや、僕達もそっちだから……」

「私達は武器を見に行くので、そっちなんですよ。私のナイフが少し傷んでまして、ベルさんに新しいのを選んでもらおうかなと。アルミラージくらいは倒せないといけませんから」

 

 なるほどそういうことか。

 おい待て。私のナイフってなんだ。なんで看板娘がアルミラージを倒す必要がある。

 

「シルさんって酒場の店員だよね。アルミラージと戦う場面はなくない?」

「それがさ、聞いてよ! シルさんはオラリオの外で冒険者してたことがあって、Lv.2なんだって! それで今度、中層の探索を手伝ってもらえることになったんだ」

「へぇ……そうなんだ?」

 

 シル・フローヴァは黒いナイフを取り出し、難しい顔で刀身を眺めている。まだまだ使えそうな感じだけど、買い換える必要はあるのだろうか。

 そして、Lv.2ってどういうことだろうか。

 初耳なんだが。フレイヤ様はそんなこと言ってなかったぞ。わざわざ伝える必要を感じなかったのかもしれないけど、なーんか怪しいなぁ……。

 

「んー……まあ良かったじゃん。パーティに女の子が増えて。ハーレ」

「わぁ、手が滑っちゃいました!」

 

 瞬間、ヒュンッと黒いナイフが飛んできた。俺の目の前を通過して、民家の壁に突き刺さる。

 あらやだ怖いなんだこの子! シル・フローヴァってこんな殺意のある女の子だっけ? 表情こそ穏やかだけど目は笑ってないんだけど、もしかして俺って凄く嫌われてる?

 

「し、シルさん……ナイフの扱いには気を付けないと」

「うーん、やっぱり新調しないといけませんね」

「そうですね……握りやすいやつの方がいいと思います」

 

 そして、君たち会話が噛み合ってないぞ大丈夫か。

 ベルは心を許してるっぽいし、大丈夫か。

 にしても、中層ねぇ……。冒険者になってから二ヶ月足らずなのに、とんでもない速度でガンガン前進しちゃってるな。このまま英雄になってしまえ。

 

「中層かぁ。そういえば、エイナさんから13階層の話は聞いた?」

「あ、うん。八年前の話だよね。聞いたよ。まさか兄さんが当事者で巻き込まれてるなんて……なんで話してくれなかったの?」

「別に、隠してたわけじゃないよ。巻き込まれたって言っても、今はこうしてピンピンしてるし」

 

 何の問題もない。

 俺は頭の後ろで手を組むと、スタスタスタと歩く速度を上げた。邪魔しちゃ悪いし、さっさと退散しようと思ったのだ。

 

 

◆

 

 

 一緒に歩く時間はしばらく続いた。

 フェアは途中から適当に進んでいるのだが、一向に別れる気配がない。一度メインストリートに出たが、また裏路地に戻ってきてしまった。

 もしかしてついてこられてる? と疑問を抱きながら、石造りの階段を上る。

 二歩、三歩、四歩、大して長くない階段の先は、都市の端、北西部の裏通りだ。

 

「あまり会話されないんですね。街で見かける印象と違うので、少し意外です」

「昨日からちょっと頭が重くてね。なんだか考えがまとまらないっていうか、ボーッとしちゃうんだよな。明日になればスイッチ入ってくると思うから、特に心配はしてないけど」

 

 フェアはあくびを噛み殺した。

 シル・フローヴァから探るような目を向けられながら、通りを三人で進んでいく。  

 

「そういやベル、ミノタウロスと戦ってみてどうだった? 自分がどうやってたのか、ちゃんと覚えてるか?」

「うーん……無我夢中で戦ってたら、ミノタウロスが爆発してた……みたいな」

「そっか……感想、もっと何かないの?」

「……あの時、リリが気絶しちゃって、ミノタウロスはフーフーって興奮してたんだ。だから僕は決死の思いでナイフを構えて、ミノタウロスがドスドス走ってきて、僕はナイフを握る手に力を込めて、まずは右側に滑り込んでミノタウロスの脇腹を狙ったんだけど、ミノタウロスは腕を振り回して応戦してきたんだ。だから僕は魔法で撹乱しようとして、そしたらミノタウロスは左足で飛び蹴りを」

「ストップもういい。動きを全て伝えられても困る。日が暮れるぞ……」

 

 ベルは真剣な顔で説明してくれたが、フェアは堪らず待ったをかけた。

 そういえばこやつは説明下手な人間だった。

 今のは自分の聞き方が悪かった。ざっくりじゃなくてポイント絞って質問しないと、一から十まで喋ってくれてしまう。ベル・クラネルは真面目な人間なのである。

 

「えぇ……まだ序盤なのに……」

「ベルさん、ミノタウロスって五回も言いましたよ。最後まで説明したら百回くらい言いそうなんで、もういいと思います」

「そんなぁ……」

 

 ド正論で突き放されているベルを横目に、フェアはしきりに目を動かした。周囲を見渡す。

 

「……」

 

 三人くらいなら横に広がって歩いても、まだ少し余裕がある裏通り。自分達の他に歩行者はおらず、閑散としている。

 誰かが襲ってくる気配はない。

 一瞬、視線を感じたがすぐに消えた。小さな足音が遠がっていくのが聞こえる。

 

(追いかけてもいいけど……やめとくか。タイミング逃したし、今頃はきっと雑踏の中だ)

 

 謎の気配が向かった方角は、人の多いメインストリートだ。面倒だから放っておこうと決めた。今から追いかけても、どうせ見つけられない。

 

 

◆

 

 

「フィルヴィスさん、久しぶりにドレス着てみない?」

「は……? 嫌に決まっているだろう。何を寝ぼけたことを抜かしているんだ貴様は」

 

 夕方。

 オラリオ内に何ヶ所か借りている、プラべートルームのひとつにて。

 フィルヴィスさんと合流した後、ウェディングドレスの話をしたら嫌な顔をされた。

 

「寝ぼけてないです。本気で言ってる」

「断る」

 

 武器の手入れをしながら、ピシャリと一言。

 ダメだ取り付く島もない。ちょうどクローゼットに入ってるんだから、着てみてくれてもいいのに。

 なんでこんなところにドレスがあるのかというと、以前使(・)っ(・)た(・)ものがそのままになっているのだ。

 

「断る?」

「はぁ……あんなものは捨てておくべきだったな」

 

 白い戦闘衣(バトル・クロス)姿も好きだけど、二人でいる時だと露出が少なすぎるんだよ。寝間着も大概ガード硬いし、もうすこし服のバリュエーションを増やしてもいいと思う。

 

「俺達、遠征に行くじゃないですか?」

「それがどうした」

「なるべくでいいんで、やり残したことをなくしておきたいんですよ」

「それがなぜ、花嫁衣裳に繋がるんだ」

 

 狭いワンルームに机と椅子が二脚。備蓄用の水が一週間分。カーテンは黒。

 寝台(ベッド)に腰掛けているエルフの隣に、俺は腰を下ろした。赤緋(せきひ)の瞳が訝(いぶか)しげにこちらを向く。

 

「昨日はフィルヴィスさん潰れちゃって、何も出来なかったでしょう?」

「それがどうした……要領を得ないやつだな」

「おかげで今はいつもよりやる気が出てるんで、どうせならウェディングドレス着せたいなって思いまして。幸福度が跳ね上がるんですよ。フィルヴィスさんの花嫁姿」

 

 淡い緋の光を放つ瞳をじっと見つめ、嘘偽りのない言葉に力を込める。

 こういう時はどストレートにいくべきだ。

 この人は基本的にツンケンしているが、グイグイ来られると弱い。無神経になんでもかんでもお願いするのはダメだが、誘う時はハッキリ言うのが鉄則。本人的にその方が心に響くらしい。

 

「魔石が埋まっている花嫁など、私からすればおぞましい。おぞましいと思われると思う」

「それなら、着たくなるような気分になるまでやりますか。武器の手入れは終わったでしょ。抱かせてください」

 

 したい時は、ハッキリ言った方が成功率が高い。

 ここ三年以内の確率は、今のところ百パーセントだ。失敗したことはない。

 

「おい、がっつくのはやめろ……」

「昨晩の分もまとめてってことで、相手してくださいね。ご飯はその後でいいでしょ」

 

 腰に手を回して、服の上から妖精の乳をホールドする。白い靴下がモジモジしているのがエロい。

 

「おいっ、所有物みたいにするなっ」

「結構好きでしょこういうの。いいから大人しくしててくださいよ。花嫁気分にさせてあげますから」

 

 なんだか今日は普段よりも興が乗る。

 この後、めちゃくちゃヤラせてもらった。ドレスもちゃんと着てくれたが、何ヶ所も破れてしまったので今度新調しようと思う。

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