そけっとさんの占いによれば、俺はアクセルで運命的な出会いを果たすらしい。
そうと決まったなら、さっさと行動に移すのみだ。
「父さん、母さん。俺、明日この家を出ていくわ」
「「ちょっと待て」」
なんだよ、めんどくさいな。
「そんな急に言われても困るわ」
「そうよ、こっちは何の準備もしてないじゃない」
「準備?」
俺ならともかく、親に準備することなんて何もないはずだが。
「息子が一人立ちするのに親からの贈り物がないなんて、紅魔族として格好がつかないじゃない」
「むむ、どうするか。卒業祝いの眼帯は没収されたが、伝説の剣ならよいか」
「あなたダメよ、それじゃありきたりすぎるわ。やはりここは漆黒のマントを……」
どうやら旅に出ること自体はノープロブレムのようだ。むしろ親の「息子の旅立ちをどう演出するか」という自己満足に付き合わされている感すらある。
「……あー、贈り物なら何でもいいからさ。俺、明日には出たいんだよ」
「甘いわ、ひょーま! 紅魔族の旅立ちとは、一族の歴史に刻まれる聖なる儀式! 単なる引越しと一緒にしないで頂戴!」
母さんが大げさに腕を振り上げ、ポーズを決めながら叫ぶ。この里では日常茶飯事の光景だが、ただでさえ面倒な旅立ちの前にこんな濃いノリに付き合わされると、一気に胃が重くなってくる。
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親はなんかくだらない準備(という名の演出の考案)をしているが、旅立ちの実質的な準備はこちらで着々と進めている。ぶっちゃけ無駄な儀式とかは心底どうでもいい。
資金面は経験値稼ぎで始めた魔物狩りで稼いでいたので、あとは必要なものを買うだけだ。のだが、
「何してるんですか、置いていきますよ」
なぜかめぐみんがついてきた。
「おいめぐみん、ついてくるなと言ったろ。俺は真面目に冒険の準備をしに行くんだ」
「ついて行っているのではなく、方向が同じなだけです。それに、パフェを奢らないケチな男がどんな貧相な買い物をするのか見届ける権利があります」
「どんな権利だよ」
めぐみんの鬱陶しい視線をスルーし、俺は里の雑貨屋へ入る。店頭には怪しげな魔導具や効能の怪しい薬が並んでいた。
「いらっしゃい。ひょーま、ひょいざぶろーがおしつけてきた『着けると一生脱げなくなる呪いの鎧』なんてどうだ?」
「いらん。店主、干し肉とポーション、それと一番頑丈なリュックをくれ」
「なっ……!?」
横で見ていためぐみんが、大げさに口を手で覆って絶句した。
「ひょーま……! あなた、紅魔族としての誇りをどこへ捨ててきたのですか!? 『滅びの呪文が刻まれた羊皮紙』でも『漆黒の竜のウロコ』でもなく、そんな……そんな実用性だけの普通すぎる買い物を……!?」
「冒険ってのは実用性がすべてなんだよ! 道具の格調高さじゃ腹は膨れん!」
最近眼帯でやらかした分少し理性的にならなくてはならん。
「くっ……! 期待した私がバカでした! 爆裂魔法の深淵に触れた者として、そんな日用品で満足するあなたを見ていると目眩がしてきます!」
「じゃあ見なきゃいいだろ!」
「見ます! あなたがその貧相なリュックを背負って惨めな思いをする瞬間まで、しっかりとこの勝負の眼で見届けてあげます!」
無駄な口論で体力を削られつつも、俺は手早く必要な旅道具を買い揃えた。こういう周りの異常な拘りに付き合わされるのが、この里で一番面倒なところなのだ。
余計な装飾のない実用第一の品々にため息をつく店主と、あからさまに軽蔑の視線を送ってくるめぐみんを背に、俺は店をあとにしたのだった。
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「もう朝か……」
重たい体を起こして眠たげな頭を振り払い、服を着替えた後に昨晩用意した荷物を持つ。
移動手段に関しては、親父の友達にアクセルにテレポートを登録している奴がいるらしい。なんだかんだ親父には助けられているし、今度何かお礼でも考えるとするか。
まあともかく、もうこの部屋ともしばらくのお別れである。子供の頃から過ごしてきたこの空間も、今日からはただの空き部屋になるのかと思うと、ほんの少しだけ感慨深いものがあった。
「じゃあな、相棒」
使い古した机の角をポンと叩き、俺はかっこつけて部屋を後にする。
「今のはよかったぞ、かっこよかった」
「……」
「俺も今度機会があれば使ってみるか」
「……うるせえよ、何なんだよ親父」
ドアの影で腕を組んで立っていた親父にバッチリ見られていた。今度から周りをよく確認しようと心に誓いつつ、目の前のおっさんに用件を聞く。
「ん、ああ、これをお前に渡そうと思ってな」
ああ、昨日なんか言ってたな。どうせくだらないもの――
「父さん、これって……!」
「『父さん』って久しぶりに呼んでくれた! うれしい……!」
「ええい、やかましい! それよりこれどうしたんだよ!」
それは、黒檀のように深く艶やかな木肌が複雑な螺旋を描いてねじれ、先端には龍の爪を模した木彫りの装飾が施された代物だった。そしてその中心には、夕日のように深みのある橙色に怪しく輝く宝玉が嵌め込まれている。
そう、これは――めちゃくちゃ格好いい杖である。
「ふふん、昔父さんが旅に出ているときにもらった代物だ。何しろ使うと魔法の威力が上がるという優れものさ」
「そんないいものを俺に……」
あかん、普通に少し感動してる。まさか親からこんなまともで素晴らしい贈り物をしてもらえるとは……。
「まあ手に入れたはいいものの、使う機会がなさすぎて物干し竿に使ってたんだがな」
「物干し竿……」
さっきまでの感動を返せ。
俺はこれから物干し竿を武器に冒険に出るらしい。きっと物干し竿扱いされる伝説の武器なんて、今後二度と出てこないだろう。
「ま、まあ……ありがとう、嬉しいよ」
「そうだ、せっかくなら名前を付けてみろ」
名前か。そうだな、こいつはもともと物干し竿の役目を果していたんだよな。
「今日からこいつは『さおやく』だ」
「語弊を生まないか、それ?」
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「それじゃ元気でな」
「体調には気を付けるのよ。ご飯はちゃんと三食食べるのよ」
「ああ、またな親父、おふくろ」
「おい待て、なんで俺だけ完全に視界に入ってないみたいな扱いなんだ!!」
ポーズを決めて門の脇で待機していた我が兄ぶっころりーの横をナチュラルに通り過ぎようとすると、胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで叫ばれた。
「……いたのか、兄貴」
「『いたのか』じゃない!! 弟の旅立ちに格好いいセリフを言おうと、一時間前からここで待機していた俺の立場はどうなる!! 『困ったら俺を呼べよマイブラザー』って言う準備はできてたんだぞ!!」
「自分でネタバレすんなよ。じゃあな」
「適当に流すなーーっ!!」
後ろで叫ぶ兄さんと、それを微笑ましく(?)見守る両親を背中で受け止めながら、俺は慣れ親しんだ我が家を後にした。門を出ると、朝の澄んだ空気が頬を撫でる。
「……ふぅ」
一歩踏み出すごとに、本当に旅立つんだという実感が湧いてくる。
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「遅かったですね」
里の門の近くまで来ると、そこにはなぜかめぐみんが立っていた。黒いローブの裾を風になびかせ、杖を地面につついて退屈そうに待っていたようだ。
「お前、朝何時だと思ってるんだよ。ずっと待ってたのか?」
「か、勘違いしないでください! 学園に登校するついでに通りかかっただけです! 別にあなたを見送るために寒空の下で三十分も待っていたわけではありません!」
「自分から三十分待ったって言っちゃってるじゃねえか……」
相変わらず素直じゃないやつだ。手に持っているカバンもしっかり抱え直しているが、学園の登校時間にはまだいくらなんでも早すぎる。
「? 何ですか、ジッと見てきて。私の美しさに言葉も出ませんか?」
「いや……なんだかんだ寂しいもんだなって思ってさ」
両親や、あのうるさい兄貴と別れるときも胸に込み上げるものがあったが、こうして顔馴染みの同世代と顔を合わせると、いよいよ遠くへ行くんだという実感が強まる。
「……っ」
俺がストレートにそう言うと、めぐみんは予想していなかったのか目を丸くし、それから一気に頬を朱に染めた。
「き、急にそういう恥ずかしいことを言うのはやめなさい! だからあなたはパフェの一杯も奢れない気の利かない男だと言うのです!」
「なんでそこでパフェが出てくるんだよ」
めぐみんはぷいっと横を向き、帽子を深くかぶり直して顔を隠してしまった。だが、赤くなった耳線までは隠しきれていない。
「まあ……その、アクセルに行っても、たまには便りくらい出してください。あなたが野垂れ死んでいないか確認してあげますから」
「へいへい、気が向いたらな。お前も爆裂魔法の修行、ほどほどにしておけよ」
「ほどほどなどありえません! 私は爆裂魔法の道を究め、いずれ世界最強の魔法使いとなるのですから!」
いつもの口調を取り戻しためぐみんに、俺は思わずくすりと笑ってしまった。
「じゃあな、めぐみん」
「ええ。また会いましょう、ひょーま」
めぐみんの見送りを受けながら、俺は親父の知り合いが待つ広場へと向かった。
そけっとさんの言っていた「運命的な出会い」というやつが、ぶっちゃけどんなものかは分からない。
根がめんどくさがりな俺としては、出来れば厄介事や面倒なトラブルには巻き込まれず、平和でそこそこラクな冒険者生活を送りたいというのが本音だ。
いや、まあ魔王討伐に乗り出してる時点でそれは無理な気はするが、わざわざ未知の街へ行って苦労なんてしたくない。
――だけど、だ。
この退屈で濃すぎる紅魔の里を飛び出して、これから始まるまだ見ぬ出会いや出来事を想像すると、柄にもなく胸の奥が少しだけ高鳴ってしまうのも事実だった。
俺には、アイリス様が待っている――それだけで力わいてくるのかもしれない
「……ハッ、面倒くさい事にならないといいな」
俺は口元に小さく笑みを浮かべ、愛用の杖『さおやく』を肩に担ぎ直して一歩を踏み出したのだった。
ここから、アクセルを主軸の舞台にしていくつもりです