高慢美女な大商人が呪いで世界中から忘れられても、俺だけが覚えている――というフリ 作:抵当権
王都商業区に居を構える、王国でも中堅に数えられる商会――ノードアット商会。
本店ともあって、店舗部分以外に倉庫や事務スペースも備え、貴族の屋敷もかくやという広大な敷地を誇っている。
そして今日は、とうとうやってきた商会設立五十周年式典の日。庭園には贅を尽くした装飾がなされ、舞台や座席までしつらえられていた。
ただ、そんな日であっても俺は。
「――相も変わらず暇だなあ。俺、要るのかなこれ」
商会の敷地内に口を開ける、大通りに面した門の前。商会の方から聞こえる賑やかな声を背中に受けながら、ぼけーっと突っ立って門番やってます。
一応商会支給の制服や軽鎧を身に着けて、剣だって学生のとき使ってたやつよりずっといいやつ貰ってるけどさあ。これが役に立ったことほとんどないし、今日は特に来賓を守るための警備が別に雇われてるからね。
やっぱ俺要らないだろ。どんどん腕が錆びついてる気がするわ……。
とはいえ。
「家族を養うには必要なことだし。今日も今日とてなにもない警備に努めるだけ」
虚しいなあと思った……その直後だった。
「――まったく。こんなめでたい日でも、お前はいつも通りに辛気臭い顔だ。キエーフ」
! この声は……。
名前を呼ばれて振り返って、そこにいたのは――
「うわ! サングレルさん」
長い黒髪の女性――商会長アリーシャ・サングレル。赤いルビーみたいな瞳が俺に鋭い視線を向けてる。
サングレルさんは式典の準備中じゃ……。え、俺がやる気ないのを叱りにきた?
とはいえ、サングレルさんは俺の雇い主だ。いまはとりあえず返答を。
「あのー……ええっと。確かにちょっと、暇すぎて目が死んでたかもですねえ。今日は俺以外にも警備兵いっぱいなので……。すみません」
「ふん。暇なのは当然だ。今日は来賓として幾人も貴族を呼んでいるのだ。お前のような間抜け一人に任せておけん」
「ですよねーアハハ」
ほっ。別に俺を叱りにきたわけじゃなさそう。相変わらず視線は鋭いけども。
……でもそれじゃあ何の用事で?
そんな疑問が頭をよぎった直後。
「………」
なんだ? なんか……急にこう、かっこいい立ち姿を俺に見せつけるみたいに。無言の圧がすごい。
にしても、うん。今日のサングレルさんはいつにも増して美人だなあ。
瞳と同色の真っ赤なドレスで身を包んで、化粧だっていつもより気合い入ってそう。
……っあ、もしかしてそういうことか!?
「あのお。サングレルさん、今日は一段と美人さんですねえ……?」
「!!」
うわ。クワッと目を見開いた。
「ふ……! ずいぶんと時間はかかったが、まあいいだろう! お前もようやくワタシの商会に相応しいマナーを身に着けたようだなっ」
お、あってたみたい。気を悪くされなくて良かった。
サングレルさんはすごい得意げというか、勝ち誇った顔で俺を見て。それでようやく本題に入った。
「そんな、ようやっと野蛮人から文明人へと足を踏み出しかけたキエーフ、お前に朗報だ。今日、このアリーシャ・サングレルにとっても非常に特別なこの日。――お前にも、式典のそばで警備をする名誉を与えてやろう!」
「! 俺も、会場の方を?」
「ククク……いい加減、お前にもきちんと思い知らせてやろうと思ってな。このワタシは、すでにお前など遥か後ろへ置き去りにした、人生の成功者であることを……!」
なんだそりゃ。サングレルさんが俺より成功してるだなんて、今さら言われなくても分かってるけども。
そんな疑問をどう勘違いしたのか、サングレルさんは続ける。
「なんだ、不安か? そう気にするな。どうせ今日は過剰なほどに警備の者を雇っている。お前ごときが門を離れたくらいでどうにもならん」
「まあ、それはそうだと思いますけど」
「ふん。分かったら行くぞ、キエーフ」
俺が従わないなんて選択肢はないとばかりに、返事も待たずに反転するサングレルさん。俺に背を向けて敷地内に戻っていく。
ほんとにいいのかなあ。まあでも、彼女の申し出は願ったりなんだよな。ほんとに暇だったし。
俺は会場に戻って行くさんグレルさんを見る。颯爽と歩く……ように見えて、ときおり俺が付いてきてないことを気にする素振りを見せて。
そんな、どこか可愛らしい姿に。学生時代からあんまり変わんないなあなんて、ちょっとだけ微笑みをこぼして。
――――俺も、さっきまで番をしていた門を潜って、賑やかな会場へと歩みを進めるのであった。
そうして、忙しく準備が進められる会場にやってきた俺は。
「――――おい、そこ! 椅子のクッションが汚れている! ワタシに恥をかかせるつもりか!? すぐに交換しろ……!」
「は、はいッ」
「そこのお前、来賓用の食事はもっと大目に用意しておけ! 大量に余ろうが構わん、それよりも絶対に在庫を切らすことがないように!」
鬼のように指示を飛ばすサングレルさんの後をついて、おずおずと会場を横断する。その働きぶりに感心しながら。
もう来賓はだいぶ揃って来てるみたいなのに、最後まで細かいところによく目を通す……。新しい客が来れば、すぐ赴いて挨拶までしてるし。
「――あぁ、これは! ワイズ男爵、忙しい中ようこそ式典へお越しに。歓迎いたします」
「あぁ……つい先日ぶりだな、サングレル殿。ノードアット商会にはよく世話になっているからな。今日はよろしく頼む」
恰幅のいいおじさんが、護衛や使用人を伴って来賓席へ去っていく。
今のが男爵かあ。俺なんか一生直接喋る機会なさそう。
そんなことを思ってると。いつのまにか俺に目を向けてたサングレルさんが口を開く。
「ふふ、どうだキエーフよ。今のこのワタシを見て、自分との差をようやく思い知ったか?」
「え。そんなの、最初っから理解してますよ。俺とサングレルさんじゃ生きてる世界が違いすぎて」
そもそも、確かサングレルさんも元は貴族だったよな? なんか没落したか、家は取り潰されたかみたいな話だったと思うけど。
でも。俺の返事が気に入らなかったのか、サングレルさんはちょっと不服げに言う。
「生きている世界が違う、だと? ……ッチ、ワタシはお前のそういう、持っている物への無自覚さがずっと気に食わんっ」
「むむ。なにか気に障ったならすみません……」
「本心で言っていそうなのが、余計にたちが悪いわ……! ずっとそんな態度だから貧乏くじを引くし、学園を卒業してからなにも成すことができていないのだ。そんなお前を見ると逆にワタシが惨めになるから雇ってやったというのに――――……っく、いや、今はよそう。せっかくのワタシの晴れ舞台、お前なんかのせいで心を乱されてなるものかっ」
わなわなと震えるサングレルさん。なんかえらく思うところがありそうだけど、ため息を吐いて俺から視線を外す。
そうして、ドレスの胸元から小さな懐中時計を取り出すと言った。
「そろそろ時間だ。お前はどこか、来賓席の端の方で適当に警備をしていろ。ワタシはもう行く」
なんかボロクソ言われた気もするけど、それでも出て行けとは言われない。難しい人だなあ。
俺をひと睨みして舞台横の天幕へと姿を消すサングレルさんを見送る。
じゃあまあ、とりあえず言われた通り来賓席の警護に参加しよう。他の警備兵たちから「誰だお前」なんて問われるたびに説明しつつ、式典の開始を待つことしばらく。
キィン……と。拡声魔術特有の音が響いた、その直後だった。
『みなさま。お待たせして申し訳ございません。お時間となりましたので――――これより、ノードアット商会の五十周年式典を開始させていただきます!』
そんな開式の挨拶とともに。みんなが見上げる舞台の中央へ、ドレスを着た女性――サングレルさんが悠々と進んでいく。
弾けるような拍手を向けられて、得意な顔でこっちを向いて。自信満々、実にサングレルさんらしいなあ。
……なんて、そんなことを気軽に考えていた俺は、この時まだなにも知らなかった。これからこの場でいったいどんな悲劇が起こるのか。どれだけ痛ましい光景を目にすることになるのか。
そうしてその時、サングレルさんがどうなってしまうのかを。
その時は…………もう、まもなく。
『――それでは。これより、当商会の会長より開式の挨拶を行います。よろしくお願いします』
「ご紹介にあずかりました、ノードアット商会の商会長を務めております――――――アリーシャ・サングレルです」