高慢美女な大商人が呪いで世界中から忘れられても、俺だけが覚えている――というフリ   作:抵当権

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第2話

 

 壇上に立つ、真紅のドレスを身にまとったスタイルのいい女性。ノードアット商会の会長で、俺の雇い主――サングレルさん。

 

 傾聴の姿勢を見せる聴衆を前に、サングレルさんは再び口を開く。

 

「――本日で、ノードアット商会は設立より五十年が経過しました。ワタシとしても本当に感慨深いこの日を……ったくさんの方に祝していただき、たいへん光栄です――!」

 

 これまでの苦労を噛みしめてるのが伝わってくる。

 

「この商会は始め、小さな個人商店から始まりました――」

 

 そうして、サングレルさんは商会の来歴から語り始める。

 

 曰く、創業者であるセルドリック・ノードアットさんが、簡単な日用品・雑貨を扱う商店を開いたのが始まりだそう。

 

 それから徐々に店舗を増やして、やがては商会と呼ばれるまでの規模に。

 

 王都にいくつかある大商会と比べると慎ましいものだけど、それでも王都住民の生活に密着した商会として、少しずつ規模を拡大していった。

 

 そうして、六年前にサングレルさんが商会へ参加して。新規商材・市場の開拓、販路拡大と、着実商会を成長させた結果――――二年前、異例の早さでとうとう前商会長から立場を引き継ぎ新たな商会長となった。

 

 いやあ。改めて聞くととんでもないな、さんグレルさん。王立学園を卒業してすぐに商会の即戦力として活躍して、この短期間でトップにまで上り詰めるなんて。

 

 就活失敗してさまよってた俺とは大違いだなー、あはは。サングレルさんに拾ってもらえなきゃ今ごろどうなってたか。

 

 そんな情けないことを考えていると。

 

「――ですので。我が商会の発展は、ひとえに今日ここへ集まってくれた皆様のおかげです。ですのでこの挨拶は、感謝の言葉で締めくくりたいと思います。皆様、これまで本当に――ありがとうございます! そして、どうぞこれからもワタシにお力添えいただけると幸いです……!」

 

 サングレルさんはそう言って、壇上から頭を下げた。直後、会場中を満たす拍手万雷。

 

 うん、まさに大成功じゃん。さすがはサングレルさん。

 

 ……そうして。その後は来賓からの祝いの言葉だとかが続いて。やがて式典は立食パーティの形へと変わって行く。

 

 来賓席の座席が端によけられて、テーブル、料理、お酒なんかが並べられる。優雅な演奏を背景に、貴族の晩餐会にも見劣りしないパーティが始まった。

 

「俺は警備だから参加はできないけど。なんか、見てるだけで新鮮だなあ」

 

 こんなの見たことないし。平民上がりの門番だからな俺。

 

 異常がないか注意しつつパーティを観察してると、ホストであるサングレルさんは忙しなく色んな人のところに行って、なにやら色々と言葉を交わして。

 

 雇い主のそんな姿を見ながら、警備を続けることしばらく。

 

 ……ん? サングレルさんが、おもむろに壇上へと――

 

「――皆様。ご歓談中に申し訳ないですが、ご清聴を」

 

 なんか始まった。

 

「食事や音楽はお楽しみいただけていますか? これらはすべて我が商会で取り扱っている商品ですので、もしお気に召した物があればぜひ後ほどお声がけを」

 

 そんな茶目っ気たっぷりの言葉に、会場には和やかな笑いが。

 

「さて……それではさっそく本題に移りましょう。実はワタシ、今日この式典で皆様に大きな発表をしたく思っております。最近、とても大きな商談がまとまったご報告です」

 

 そして――サングレルさんは、とても誇らしげに。大きな達成感を湛えた表情で言った。

 

「我がノードアット商会は、本日もお越しのシグリード侯爵閣下の――――御用商会と相成りました……!」

 

 え! 侯爵家の?

 

 直後。驚きの声とともに、さっきの挨拶よりさらに大きな拍手が会場中を震わせた。

 

 鳴り止まない拍手。

 

 いやでも、ほんとにすごいことじゃん……! 貴族の、それも侯爵家の御用商会なんて、ちょっとやそっとじゃなれるもんじゃない。これは大商会の仲間入りを果たしたってこととほとんど同義。

 

 名前が上がったシグリード侯爵も、壇上、サングレルさんの隣まで歩いていって聴衆に話し始める。

 

 その間のサングレルさんの、あの満足そうな顔よ……。

 

 いや、本当にすごい。学園にいた頃、俺ほどじゃないけどけっこうみんなに避けられて、大変な思いをしてたろうに。大商会の商会長にまで。

 

 しかも。確かにいま、サングレルさんは大きな達成感と満足を表情に浮かべてる……けど。それ以上に――彼女の赤い瞳にはまだ、消えない熱い情熱の炎が。

 

「すごいな……。ここまで来てもまだ、貪欲な、あくなき向上心。…………比べて、俺は」

 

 あぁ、眩しいなあ。サングレルさんはやっぱり、昔からずっと、いつまでも。俺の――――と。

 

 そう、立派に壇上で声を上げるサングレルさんを見て、目を細めた。

 

 

 

 ――その時だった。巨大な魔力を放つ何かが、壇上へ向かって投げ込まれたのは。

 

 

 

「っな、なんだ!?」

 

「商会長! いま何か投げ込まれて……おい警備兵! すぐさま危険を排除――」

 

 言われなくても、もう動いてる……!

 

 俺は腰から剣を引き抜いて、身体強化を発動。狼狽える人混みを飛び越えて、瞬きの間に舞台上へ。

 

「みなさん出来るだけすぐ離れて! 爆発物かもしれない!」

 

「っキエーフ!? お前――」

 

 背後で人が逃げ始める気配。それにサングレルさんの驚く声。けどどっちにも反応してる余裕なんてない。

 

 なぜなら……その、壇上に転がり生き物のように妖しい光を放つ球体は。不穏な憎悪に似た圧を放ちつつ、今にも爆発せんとばかりに急速に光を強めて――

 

「――爆発なら、斬れる……!」

 

 サングレルさんたちと球の間に。魔力を鋭く研いで刃へ。

 

 俺は俺の仕事をまっとうする。そう誓って剣を構えて。

 

 ――光が、弾けた。

 

 

 

 

 

 

「…………………………爆発、してない?」

 

 目が痛い。でもこれ、単に強い光に焼かれただけだ。体はどこも痛くないし、爆発なんて起きてない。

 

 ただ、光っただけ?

 

「っそうだ! みんなは――」

 

 俺は急いで周囲を見渡す。

 

 まだ目は潰れてるけど、幸い失明なんてしてるわけじゃなさそうだ。少しずつ視界は戻ってきて、壇上で尻餅をつく二人の人影も、舞台の下で狼狽える多数の来賓も見えてくる。

 

「いったいなにが起きた! キエーフ、どうした! 無事か!?」

 

 ………………んん? すぐそばで俺を呼ぶ女の人の声? でも――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 そんな疑問を抱えながら、もどかしくなる速度でやがて視界が回復して。

 

 俺の目に映ったのは、壇上に腰を落としてるシグリード侯爵閣下と。そして…………見たことのない、とても綺麗な女の人だった。

 

 その人を見た瞬間――全身に雷が落ちたような衝撃。

 

「おい、どうした? 返事をしろキエーフ! 無事なのかっ?」

 

 濡れたように艶やかで長い、シルクと見紛う黒髪。ところどころに混じる赤が見る人に鮮烈な印象を与える。

 

 顔は身長の割に幼い。整った顔立ちはまるでお人形さんみたいだ。

 

 しかしなにより俺の心を射抜いたのは、その人を惹き付ける赤い瞳。強い意思が宿る、透き通ったルビーみたいな瞳だ。きっとその目で鋭く見つめられたら、どんな命令でも聞く気になる。

 

「おい、おい……っ! お前みたいに剣を振るしか能のない男が、これしきでどうにかなるはずないだろう!? いいからっ、早く返事を……――」

 

 なんだか俺の名を呼んでひどく焦ってるみたいだけど。でも、そんなの関係ない。

 

 あぁ、目が離せない……。

 

 つらつら考えはしたものの。端的に言うとこの人――

 

「――び、美人すぎる……!」

 

 もろ俺のタイプだった。

 

「……っは? ぁ、キエーフ!? やっぱり無事か!」

 

 そう叫んで。視界が戻って来たのか、その彼女は俺のもとへ駆けてくる。

 

「まったく、無事なら無事とさっさと言え……! …………っいや、べつにワタシは心配とかしてないけどな!?」

 

「おとと、大丈夫ですか? 転ばないように」

 

「うるさいぞ!」

 

 だって、勢い余って俺の前でつんのめったじゃん。

 

 傾いた体を手で抑えてあげる。

 

 ……にしても。やっぱり、近くで見てもかわいいなあ! この勝ち気な表情がまた……。

 

「? なにを呆けた顔でワタシを見ている。頭でも打ったか? ……まあいい。っそれよりも、侯爵閣下も無事だな!?」

 

 彼女はさっき置いてきたシグリード侯爵を見た。ついいま立ちあがるところで、その様子に胸をなでおろしている。

 

「あぁ、無事なようでよかった。しかし…………っこのようなことになって大変申し訳ありません。これが爆発など、物理的に危険のあるものだったとしたら、そこのキエーフがなんとかしていたとは思いますが。そもそも、うちの敷地内にこのような凶行を起こす輩が紛れ込んでいること自体が――」

 

 そう、つらつらと話し始める彼女を見て、それ以外の者が抱いた思いは同じだったらしい。

 

 シグリード侯爵は訝し気に眉根を寄せて言ったのだ。

 

「失礼だが。――貴殿はいったい誰だ?」

 

「え……?」

 

 その言葉を受けて、黒髪の彼女は驚いた顔で言葉を詰まらせる。しかしすぐに口を開く。

 

「ぁ、な、なにを言っているのです侯爵閣下? ワタシが誰かなど、よく知っているでしょう? さきほどまでともに話していたではないですか、冗談がきつい……」

 

「いや、冗談ではない。この場にいるならノードアット商会の者……? いやしかし、謎の光る球が投げ込まれる直前にはいなかったことを思うと…………――貴様、怪しいな」

 

「なっ!? なにをバカな! ワタシです、アリーシャ・サングレルです! 先ほども話した通り、この商会の長ですよワタシは!」

 

 その女性――サングレルさんは、一瞬絶句したもののすぐにそう主張する。

 

 けど……サングレルさんが商会長? 俺だって彼女を見たことはないぞ。

 

「……この気狂いめ! おい、護衛はなにをしている! そこの警備兵、その女を取り押さえろ……!」

 

 そうは言うけど、確かにこの人怪しいけど……。いやあ、こんなに美人な女の人だしあんまり手荒なことは。

 

 そう躊躇ってると、すぐに他の警備兵や、おそらく侯爵が連れてきた護衛が集まってくる。

 

「大人しくしろ! これ以上は怪しい動きを見た瞬間に斬るぞ!」

 

 サングレルさんは近寄ってくる警備兵たちに戸惑っている。

 

「え……ぁ? いったい、なにが……」

 

「商会長を騙って式典に乱入した不審人物だ! 気をつけろ!」

 

「っな……! バカな、貴様このワタシに向かって!?」

 

「とにかく取り押さえろ!」

 

「や、やめろ! このワタシを誰だと思っている? ここがどこだと思っている? ワタシは商会長アリーシャ・サングレルだ! この商会はワタシの城だぞぉ!」

 

「この狂人が……ッ。訳の分からんことを!」

 

 視線の先で、とうとうサングレルさんが複数人に取り押さえられる。腕や背中を抑えられて、舞台の上に膝をつく形に。

 

「く、つぅ……! このワタシに対してこんな……っ、無事に済むと思うなよ! せっかくの晴れ舞台、よくもワタシの顔に泥を塗ってくれたな!? っ早く、他の者はワタシを助けろ!」

 

「なんだこいつはッ。話が通じん、完全に狂っている! いったいここが誰の晴れ舞台だと? お前なんかのわけがない! 見ろ――――この周囲からの視線を!」

 

 今の言葉に、ただでさえ怒っていたサングレルさんは鬼の形相に。

 

 でも、あの男の言ってることは正しいよ。だって確かに、この場に集まった大勢の人、そのすべてが――

 

 

 

「――ぁ、え……? なぜ…………っみんな、そんな目でワタシを見ている!?」

 

 

 

 直接視線を向けられた俺じゃなくても分かる。サングレルさんに突き刺さる、侮り、蔑み、心底から疎む無数の視線。

 

「やっ、やめろ! おかしいのは、ワタシを抑えるこの不届き者たちだろうっ! ワタシじゃない! だってワタシは、ノードアット商会でトップに立つ――――――――ぃたっ……」

 

 うわ……。

 

 いま、誰かが投げたカトラリーが、舞台の上のサングレルさんに当たった。同時に、舞台の下から上がる声。

 

「――いい加減にしろ! どこの狂った女か知らんが、わざわざ出向いてきた私を馬鹿にしているのかねッ?」

 

「さっさと連れて行け! 頭のおかしい女を見ているのは不愉快だ!」

 

「こんな者の侵入を許すとは、ノードアット商会の程度が知れる……」

 

 飛び交う怒号。それに、この醜態に呆れたのか会場を去って行く者も。

 

 商会職員が必死に呼び止めるも、どんどん人がいなくなっていく。

 

「ああぁぁ、いやだ、行くな……。ああああ」

 

 いかにも気が強そうな美人が、眉を下げて、絶望に染まった目で眼前を見つめている。

 

「――……なぜ、なぜ、どうして……? ワタシはもう何も持たない小娘ではない……。何者でもない、取るに足らない、誰にも苦痛の声が届かない弱者ではなくなったはずなのにぃ……っ!」

 

 弱々しい声は来賓が去る足音に隠れて消える。それを俺は、彼女を囲う人垣の外から眺めてる。

 

 サングレルさんの声が次第のかき消えていく。その絶望が、彼女の心を覆っていくように。

 

 そして。そんな彼女を見て、俺は――

 

 ――……あぁ。こんなに胸が締め付けられるのはなんでだ?

 

 俺は彼女の言葉になんらか真実の色でも感じてる? ……いや、それはないか。だって俺にも、サングレルさんみたいな美人が商会長だっていう記憶は一切ない。なら彼女はただの狂人ということになる。

 

 ただ俺は、力を無くして無理やり立たされるサングレルさんを痛ましい思いで見つめる。

 

 だって。今日会ったばかりの時はあんなに自信があって、式典に得意になってたのに。それが今や、すっかり心が折れてか弱い女の子みたいに……。

 

「おら、さっさと歩け! お前のおかげでいったいどれだけの損失が出たと……ッ!」

 

「んぐっ……!」

 

 足を蹴られて、また舞台の上に倒れ込むサングレルさん。よろよろと力ない動き。

 

 そして直後――――――絶望で暗く染まったサングレルさんの瞳が、俺を見た。

 

 俺に気づいてたのかたまたまかは分からない。でも、視線があったサングレルさんの瞳に浮かんだのは、なにがしかの葛藤に郷愁、そうしてなにかの恐れ。

 

 最後には……まるで縋るように、上目遣いで俺を見て。

 

 小さい声だけれど確かに言ったのだ。

 

 

 

「……お、お前は、キエーフは。…………ワタシのこと、覚えてないの……?」

 

 

 

 酷く怯えるみたいに、すぐに視線を伏せたサングレルさん。また強く体を引かれて、小さく悲鳴を上げながら連れていかれそうになる。

 

 そんな彼女に対して俺は。

 

 もしかしたら、回答を間違えたのかもしれない――

 

 

 

「すみません……。俺もあなたのことは――――見たことないです……」

 

 

 

「ぁ。あぁ゛あーーー?」

 

 

 

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