アクションバース “キン肉マンⅡ世VSアクション仮面” 作:速筆魔王LX
リング上、テリー・ザ・キッドがハイグレ魔王の顔面をタコ殴りにする。
あのテリーマンが「悪党を懲らしめるにはこの技が一番」と語る荒々しいナックルパート。
おまえが倒れるまで殴るのをやめないという意思が伝わってくるような連続パンチは、悪党の戦意をへし折るのだ。
「見たか! これがテキサス流ナックルパートだ! テクニカルなファイトを期待していたギャラリーには悪いが、ここはこのままKOさせてもらうぜ――っ!」
大宮ソニックシティの観客は「ハイグレ!」としか言わないが、中継映像を見ている春日部スタジアムの観客たちは大熱狂だ。
ラッシュの速度も重さもどんどん上がっていく。
そして、テリー・ザ・キッドのファンならばこのあとの展開も知っている。
テキサス流ラフファイトのシメは、左手をぐるぐる回転させてから放つ強烈なストレート。
誰もがキッドの放つ“ブロンコ・フィスト”を期待し、その一撃を目に焼きつけんと瞳孔を開くが――
「ウッ」
視界が一瞬にして暗くなる。
なんだ、なにが起こった、顔面に謎の圧迫感が――なんてことはない。
キッドの顔が、ハイグレ魔王の右手によって掌握されたのだ。
『あ――っとハイグレ魔王、ナックルパートの嵐を掻い潜り、テリー・ザ・キッドの顔面をアイアンクローで掌握~~っ』
相手の顔を掌で鷲掴みにし、強く締め上げる。
強靭な握力さえあれば素人でも容易く模倣できるプロレス技に、キッドの猛攻が止まった。
「誰が誰をKOするって?」
ハイグレ魔王は顔面を血だらけにしながら、怒りの形相で腕を上に上げる。当然、キッドの顔を鷲掴みにしたまま。
つまりは、右腕一本で体重86キロのキッドを持ち上げたのである。
その身はハイグレ魔王の頭上にまで到達し――
「ナメてんじゃねーぞクソガキが――っ!」
キッドの脳天が下になる形で、キャンバスへと叩きつけられた。
『ワ……ワンハンド・ブレーンバスタ~~ッ!』
「グ、グハッ」
顔面を締め上げられていたキッドは受け身を取ることも適わず、痛烈な一撃をもらってしまう。
口から血反吐を吐き、うつ伏せにダウンした。
『ハイグレ魔王、その細腕からは想像もできない豪快な一撃を放った――っ』
パンパンと手を払い、ナックルパートの影響で自身の顔のパーツが変形していないか確認するハイグレ魔王。
キッドはキャンバスに片肘を突きながら痛みに耐える。
『テリー・ザ・キッド、これは立ち上がれるか~~っ!?』
されど、頭部への直撃は脳を揺らす。
根性ではどうしようもないダメージがキッドのファイティングスピリットを崩しにかかっていた。
「立てっ! 立つんじゃキッド~~ッ!」
バリアフリーマンはセコンドとして声を張り上げるが、リングサイドとて戦場。
彼にはハイグレ魔王とはまた別の脅威が襲いかかった。
「ハイグレ! ハイグレ!」
強制的にハイレグレオタード姿にされた大宮ギャルたちが、ガニ股歩きでバリアフリーマンに迫ったのだ。
「なんじゃおまえら~~っ! これではキッドに声援が届かんではないか~~っ」
サトーココノカドーのセールス日であってもこうはならないといった感じの人波に押されるバリアフリーマン。
リングサイドから追いやられ、あっという間にキッドの視界から消えてしまう。
「ハイグレ! ハイグレ!」
バリアフリーマンのいた位置には別のハイレグ大宮ギャルが立ち、V字カットのハイレグラインをなぞるようなポーズで「ハイグレ!」と叫び続ける。
それはまるで、ハイグレ魔王という絶対的存在を礼賛する信者たちのようであった。
「ウフフ……いいわよ。もっと称えなさい。このハイグレ魔王の名を!」
ハイグレ魔王は万感の「ハイグレ!」コールに快感を覚える。
一方のキッドはなかなか立ち上がることができず、追撃そっちのけで気持ちよくなっているハイグレ魔王を憎々しく見ていた。
「ウウ……」
口からは挑発も恨み言も出てこない。
(常の試合なら……ここから観客の応援を受けて逆転となるところ。だが今日の会場は周りがハイグレしか言わねぇ超絶アウェーだ……リングサイドにいたバリアフリーマンの姿もいつの間にか見えねぇ)
応援なしの孤軍奮闘。
ヘラクレス・ファクトリーを卒業後、
(いろいろイレギュラーな試合だったとはいえ、不甲斐ねぇ……)
悔しさを抱えながら、テリー・ザ・キッドの意識が闇に沈む――と思われた、そのとき。
「ガンバレー!」
彼の耳朶に、「ハイグレ!」とは異なるわかりやすい鼓舞の言葉が届いた。
(なんだ……? ハイグレコールに混じって、聞き覚えのある声援が……)
声の感じは、幼い。
まるで声変わりする前の男の子のような。
事実、その声援は幼い男児から発せられていた。
「ガンバレー! テリー・ザ・キッド――ッ!」
リングの外側にふよふよと浮かぶ、黒い球体状の檻。
そこに囚われた少年が、キッドに声援を送っていたのである。
「か……風間トオルくん!」
春日部在住のリトルボーイ。アクション仮面のデビュー戦を楽しみにして今日を迎えたというのに、悪党の人質に取られるという不幸に見舞われた悲劇の少年だ。
本来なら泣いていたっておかしくないはずなのに……春日部のキッズとはここまで気丈なものなのか!
「キッドはあの
声援を送られているだけでも衝撃だというのに、父テリーマンの名を出されたことでキッドはさらに驚いた。
「ト……トオルくん。君はまだ子供……それも5才児だろう。なのにオレのパパ……テリーマンのことを知っているのか? 君が生まれるよりずっと昔に活躍していたオールドレスラーを……」
キッドの問いに、風間くんは力強く頷いてみせた。
幼い自分がテリーマンを知る理由――それを語る。
「僕のママは超人レスリングなんて野蛮だからって見せてくれないんだ。今回の春日部スタジアムでの試合だって、子供に人気のアクション仮面が出るっていう話題性と、春日部中のファミリーをご招待っていう名目がなければつれてきてもらえなかった。だから僕が知ってる超人の話はニュースで聞きかじったものばかり……でも、テリーマンだけは別なんだ」
聞けば聞くほど、30年以上前のレスラーなど馴染みがないように思える環境だ。
「それは、なぜ……」
キッドは風間くんを見つめながら、さらに問う。
風間くんは答えた。
「英語塾さ」
――それは、風間くんのママが我が子の将来のことを考え通わせている学習塾。
風間くん自身も幼稚園の頃から英語を身につけるのはこの先の時代マストと考え、意欲的に勉強に取り組んでいた。
アルファベットの書き取りや、英語での簡単な日常会話を聞き取るレッスンの中――アメリカ人の塾講師は時折、こんなお題を出す。
「今日は日本で最も有名なアメリカ超人、テリーマンの名言を例文にしてみましょう」
英語のスピーキングレッスンだ。
幼稚園児に課す課題ではないが、アメリカ人塾講師は構わず流暢な発音でセリフを読み上げる。
「リピートアフターミー。“Don't mess with grownups, kid!(ボーイ、大人をからかっちゃいけないよ!)”」
風間くんをはじめとした塾の子供たちは、さしたる疑問を抱くこともせずあとに続いた。
「“Don't mess with grownups, kid!(ボーイ、大人をからかっちゃいけないよ!)”」
このように、風間くんの通う英語塾ではたびたびテリーマンの名言を英文として読み上げるレッスンがあった。
“I didn't come into this world just to let bastards like you walk all over me... Life wouldn't be worth living!(この世に生を受けて貴様のような奴らになめられっぱなしじゃ……生きてる甲斐がねえんだよ――っ!)”
“C-Come to think of it... I've heard of that before!(そ……そういえば聞いたことがある!)”
“If there's no money in it, count me out...(マネーにならない試合などお断りだ……)”
名言から迷言まで、はたして将来の役に立つのか疑問に思える単語まで……あれはひょっとしたら、ただの塾講師の趣味だったのかもしれない。
答えはわからないが、風間くんにとってこの英語塾でのレッスンは伝説超人テリーマンを知るかけがえのない機会となった――
「……そんなふうに、僕はテリーマンの言葉を何度も口にしてきたんだ。試合中の格好いいセリフも、友達にかけるやさしい言葉も! 実際のファイトを見たことはないけど……テリーマンは僕の一番好きな超人なんだ!」
黒い球体の檻の中から、風間くんは必死に身を乗り出し、幼い声の限りを尽くして叫んだ。
「だから……ガンバレー!」
その声が、キャンバスに倒れ伏していたテリー・ザ・キッドの胸の奥底に届いた。
いつも偉大な父・テリーマンの影と比較され、コンプレックスを抱き続けてきた自分。
だが、いま自分に温かい声援を送ってくれているたったひとりのサポーターは、他ならぬその“父の生き様”に触れ、憧れを抱いた一人の少年なのだ。
「声援を送ってくれるたったひとりのサポーターが、まさかパパのファンボーイとはな」
傷だらけの手でキャンバスを力強く叩きつけ、キッドはゆっくりと立ち上がった。
青い瞳に、再び熱い炎が宿る。
「だったら……」
両拳を固く握り締め、額の“K”のエンブレムが輝かんばかりに咆哮した。
「テリーマンの息子として、無様は晒せねえ~~っ!!」
『キッド、立ち上がった――っ!』
春日部スタジアムから届けられる実況と大歓声が、大宮ソニックシティの小さな広場に響き渡る。
「キッド!」
風間くんの顔にパッと歓喜の光が差し込む。
希望が見えた――だが、対戦相手はその復活劇を鼻で笑う。
「大したガッツだわ。でも残念。ガッツだけじゃあたしには勝てないわよ!」
ハイグレ魔王が冷酷な表情で口元を歪め、凶悪な握力を誇る両手を広げて迫ってくる。
『ハイグレ魔王、再びキッドを掴みにいく――っ』
岩盤をも握り潰す悪魔のアイアンクロー。その長腕がキッドの顔面へと迫る。
しかし、キッドの瞳は澄み切っていた。
『あ~~っと、ハイグレ魔王の力強いキャッチングを巧みなスウェーで躱す躱す! 翻弄する様はまさに、弁慶と対峙した牛若丸だ――っ!』
「小癪!」
攻撃はことごとく空を切らされ、ハイグレ魔王は苛立ちを募らせる。
だがここは狭いリングの上。猛攻に次ぐ猛攻はキッドをリングのコーナーへと押し込んでいく。
バックステップの踏み場を失ったキッドは、瞬く間に逃げ場を失った。
「追い詰めたわよ!」
戸惑うキッドに向け、ハイグレ魔王は確信に満ちた笑みを浮かべて両腕を振りかざす。
絶体絶命の危機――と思いきや、キッドは不敵に口角を吊り上げた。
「デヤアァ――ッ!」
キッドは沈み込むような低空姿勢から、右脚を相手の足首へ向けて一閃。
『キッド、起死回生の地這い脚(アースクリップキック)でハイグレ魔王を転ばせた――っ』
「あふん!?」
足元をすくわれたハイグレ魔王が派手にキャンバスへと倒れ込む。
「こなくそ!」
すぐさま体勢を立て直し、猛然と跳び起きたハイグレ魔王だったが――
「ハッ!? い、いない……!?」
コーナーに追い詰めたはずのキッドの姿が消えていた。
まさか後ろか? 振り返りリング内を見渡すが、そこにもいない。
ハイグレ魔王は知らないのだ――超人レスリングが平面だけの闘いではないことを。
ガシッ!
「ッ!?」
困惑するハイグレ魔王の頭上から、影が覆いかぶさる。
キッドはコーナーポストの最上段へと躍り出ていたのだ。
サッとハイグレ魔王の背後に降り立ったキッドは、相手の側頭部をガッチリと抱え込み、自身の片膝をその後頭部へと正確にセットした。
名門テリー一族に代々伝わる、一撃必殺のフィニッシュ・ホールドのセットアップ完了である。
「レッスンの時間だぜ、トオル」
キッドは黒い球体の中で目を見開く風間くんに向け、目配せを送った。
「オレに続いて言ってみてくれ」
「うん!」
風間くんも元気いっぱいに頷く。
キッドはハイグレ魔王の後頭部に狙いを定めたまま、キャンバスへ向けて急速体重移動。
「いくぜ! リピートアフターミー!」
私のあとに続けて言ってください――英会話の定番フレーズを超人レスリングの場に持ち出し、英語の授業と大魔王退治を同時に完遂させるための技を発動させる。
「カーフ・ブランディング(仔牛の焼印押し)――ッ!!」
「カーフ・ブランディング(仔牛の焼印押し)――ッ!!」
キッドと風間くんの声が完璧にシンクロし、大宮の空へとこだまする。
ドゴォォォン――ッ!!
凄まじい衝撃音が響き渡り、ハイグレ魔王の顔面がリングのキャンバスへ叩きつけられた。