アクションバース “キン肉マンⅡ世VSアクション仮面” 作:速筆魔王LX
相手の両脚を4の字に固め、足関節を極める。
うつ伏せ状態で下半身の自由を奪われたハイグレ魔王は身を起こすことができない。
名門テリー一族が誇る伝統のトラディショナル・サブミッション――“テキサス・クローバー・ホールド(テキサス式四つ葉固め)”が、リング上で完成を見た。
『テリー・ザ・キッド、乾坤一擲のテキサス四葉固めがハイグレ魔王を捕らえた――っ!』
下半身を完全にロックされた状態での引き絞りは、脊髄にまで激痛を与える。
さしものハイグレ魔王も表情を歪め、この世のものとは思えない悲鳴を上げた。
「あぎぎぎぎ! ぐ、ぐぼあ~~っ!?」
『ハイグレ魔王、苦しいか~~っ!?』
何百何千と関節技を極めてきたキッドには、ハイグレ魔王の苦悶が演技ではないことがわかっていた。
完璧に極まったサブミッションは素人には攻略不可能。
ここが勝負の決めどころだと直感し、さらに力を強めて絞り固める。
「この苦痛から逃れるすべはただひとつ! 勝負を終わらせる魔法の呪文……ギブアップと唱えることだぜ――っ!」
全身が悲鳴を上げる過酷な状況の中、キッドから差し伸べられた助け舟。
ハイグレ魔王がプライドを捨て、その舟に飛び乗ることを決めるのに3秒もかからなかった。
「ギ……ギ……ギブアーップ!」
ギブアップ――万国共通の降参の意思表示。
春日部スタジアムの放送席で木槌を構えていたジャクリーン・マッスルがゴングを叩く。
カンカンカンカンカン――ッ!
『ここでゴングが鳴った――っ! テリー・ザ・キッド対ハイグレ魔王の一戦は、キッドがテリー一族伝統の技を繰り出し鮮やかな勝利を決めました――っ!』
大宮の空にテリー・ザ・キッドの勝利を示すゴングの音が響き渡る。
その瞬間、ハイグレコールに包まれていた広場に、それを叩き潰すような熱狂的な歓声が巻き起こった。
「キッド! キッド! キッド! キッド! キッド!」
『あ――っと、ジ・アダムスが! アポロンマンが! サムゥが! ゴージャスマンが! そして風間トオルくんが! 会場のハイレグコールをかき消すほどの声量でテリー・ザ・キッドの勝利を称えている――っ!』
同期の正義超人たち、そして黒い檻の中から外殻を破らんばかりに拳を突き出す風間くん。
仲間たちの熱い大唱和を受け、キッドは汗の浮いた額を拭いながら満面の笑みを浮かべた。
「サンキュー! みんな!」
勝鬨をあげる勝者、称える応援団、這いつくばる敗者。
多くの超人レスリングファンが知る決着の構図だ。
関節を極められながらも、ギブアップしたことにより完全破壊は免れたハイグレ魔王が静かに起き上がる。
その表情は死闘を終えたに相応しい、穏やかなものへと変わっていた。
「負けたわ……テリー・ザ・キッド」
「ハイグレ魔王」
魔王は力なく微笑むと、潔くキッドへと手を差し伸べる
「アクション仮面が邪魔しない世界なら、あるいは……と思ったけどダメね。あんたみたいな強い男がいるんじゃ、地球侵略はまた今度にするわ」
すんなりと敗北を認め、地球からの撤退を口にする大魔王。
だがキッドは、
「…………」
視線を鋭く尖らせたまま、ハイグレ魔王の手ではなく顔を凝視していた。
「あら、どうしたの? オカマの握手は受けられない?」
お互いの健闘を称えての握手を求められているのはわかる。
超人レスリングでの試合後ではよくあるシーン……が、今回ばかりはそう簡単に手を取るわけにはいかない。
「正義超人の闘いは試合が終わればノーサイド。なんの遺恨も残さないってのがオレたちの美学だが……ハイグレ魔王。おまえは自分が超人じゃないと言った。加えて、オレたちの救出対象である風間トオルくんはまだあの球体に捕らえられたままだ。負けを認めるならまず人質を解放してもらおう」
風間くんを閉じ込めている黒い球体はまだリング上に浮かんでいる。
キッドは勝利に浮かれたりはせず、まずは人質救出というミッションを完遂させるべきと考えた。
「イヤねぇ、警戒心の強い男」
油断を見せないのは戦士としては立派だろう。
しかし度を超えた警戒心は相手に対して失礼とも言える。
「でもこの場合は大正解」
クックック……と腹の底から引きつった笑い声が漏れた。
次の瞬間――ハイグレ魔王の体が“変容”する。
全身が脈打つように揺れ動き、青かった肌はその色を濃くする。
細長かった腕はさらに伸び、四肢は確かなものの人の形からは外れていった。
『な……なんだ――っ!? 突如、ハイグレ魔王が変身し……見るもおぞましい怪物のような姿になってしまった――っ!』
特筆すべき両腕――いや、もはや“腕”とも呼べない。
人骨の構造を完全に無視し、まるで意思を持つ巨大な太蛇のように、ウネウネと無機質にしなるのは――長大な“触手”。
「ヒョアア――ッ!」
特撮ドラマの怪人然とした奇声を上げながら、ハイグレ魔王は伸びた触手腕をキッドへと伸ばす。
「ウワッ!?」
咄嗟に身をよじり回避したものの、触手腕はキッドの後方にあったコーナーポストを支える鉄柱を絡め取った。
刹那、ジュウウウッ!という凄まじい白煙と激しい溶解音が上がる。
「コ、コーナーの鉄柱が!?」
なんと、分厚い鋼鉄製のリングポストが、まるで熱したナイフを押し当てられたバターのように、ドロドロの液体となって溶け落ちてしまったのだ。
「ヒョオオ――ッ!」
狂気じみた咆哮と共に、触手を鞭のように振り回す魔王。
「クッ!」
その破壊力と溶解液の恐ろしさに、キッドは思わずリング外へ退避。
構うものかと言わんばかりに、ハイグレ魔王はリングロープすら切断しキッドを追った。
「やめなさい、ハイグレ魔王! 試合はもう終わったのよ!」
春日部スタジアムの本部席からジャクリーン・マッスルがマイクを手に叫ぶが、ハイグレ魔王は取り合わない。
「そうねぇ! 試合はあたしの負け……でもだからなに!? 正義と悪の闘いは生きるか死ぬか! 最後まで立っていたほうが真の勝者なのよ――っ!」
異世界の魔王に、超人の流儀など通用しない。
ハイグレ魔王がキッドに迫る。
「ハ……ハイグレ魔王を止めるぞ!」
「おお!」
ジ・アダムスとアポロンマンが、ハイグレ魔王を止めるべく走り出す。
しかし、
「どきなさい、ザコ共が!」
縦横無尽にうねる触手腕が、ふたりを薙ぎ払う。
その破壊力は達人の振るう鞭と同等。
「ガアッ」
「グヘ」
ジ・アダムスとアポロンマンのふたりは容易く大宮ソニックシティの壁面までふっとばされた。
それだけでも脅威なのに、触手が触れた部分は痛々しく焼けただれている。
「こ……こいつの触手、触れたものを溶かすのか!?」
絶句するゴージャスマン。
足を止めている暇はない。彼のフルフェイスの覆面にも、ハイグレ魔王の触手が襲いかかる。
「キョハ――ッ!」
日本駐屯超人として鳴らしたゴージャスマンだが、未知の敵であるハイグレ魔王に対してはさすがに身が強張る。
その一瞬の隙を突かれ、触手腕が直撃。
「ゲボッ!」
強烈な打撃と溶解液の二重苦を受け、ゴージャスマンも一撃で沈められた。
「ジ・アダムス、アポロンマン……ゴージャスマンまで!」
一瞬にして3人の正義超人が惨劇の犠牲となる。
なおも勢いを増して襲いかかってくるハイグレ魔王に対し、ひとりの超人がキッドとの間に割って入った。
「キッドをやらせはしない――っ!」
頭に白いターバンを巻き、胸に巨鳥のタトゥーを入れた正義超人――サムゥである。
「サムゥ!」
いまだかつてない強敵を前に、冷や汗を垂らすサムゥ。
されど退くつもりは毛頭なく、背後のキッドを見ながら不敵な笑みを作った。
「ふふ……こうしておまえと同じ場所に立っていると思い出すなぁ」
「な、なにをだ?」
唐突な問いかけにキッドが困惑する中、サムゥは静かに語り出す。
「ヘラクレス・ファクトリーの卒業試験だよ!」
サムゥの言葉に、キッドの脳裏にもあの日々の光景が鮮明にフラッシュバックした。
「正義超人養成大学校ヘラクレス・ファクトリー……その卒業を懸けた、“ヘラクレスの掌”での
そう、ヘラクレス・ファクトリーの卒業試験は大先輩との対決という熾烈なものだった。
キッドはそこでバッファローマンを倒したが、同時に挑戦したサムゥは――
「一方で……人差し指リングを選びラーメンマン先生と対戦、惜しくも敗北してしまったわたしは卒業の資格を得ることかなわず、栄えあるヘラクレス・ファクトリー一期生の称号を逃した」
悪行超人と闘うための戦士を排出せんとするヘラクレス・ファクトリーに温情はない。
サムゥは卒業資格を得られず、キッドやジ・アダムスたちのように日本へ派遣されることもなかった。
「だが時が経ち、今はおまえと同じ正義超人軍の一員としてこの場に立っている! 初代新世代超人としての捲土重来を期すためにも……ここで退くわけにはいかない!」
サムゥの瞳に炎が宿る。
「シャ――ッ!」
会話の隙を狙い、ハイグレ魔王が触手を槍のように突き出す。
だがサムゥはその攻撃を読んでいた。
「ハワァ――ッ!」
軽やかな体捌きで跳躍、触手の上を舞うと、ハイグレ魔王の背後に鮮やかに躍り出る。
『ハイグレ魔王の背後に躍り出たサムゥ、その腕をフルネルソンに取った――っ』
相手の背後から両腕を抱え込むようにし、羽交い締めにする。
さらにそこから前方に体重移動。
ハイグレ魔王を強制的に這いつくばらせ、サムゥはフルネルソンを維持したままブリッジ。
「逆羽根折り固め――っ!」
両脚をロックするテキサス・クローバー・ホールドに続き、両腕を痛めつける逆羽根折り固め。
関節技の恐怖がハイグレ魔王の身に再来する。
「あれは……っ!
意外にもほどがある技選びに、キッドが驚愕する。
サムゥは歯を食いしばりながら応えた。
「あの頃のわたしは荒々しい喧嘩殺法を好み、千の技を持つラーメンマン先生に愚直に突っ込んでいってしまった……本当に愚かだった! だが今はあの頃のようなうぬぼれはない! 乾坤一擲……ただ友を救うためだけに技を振るわせてもらう――っ!」
こんなに張り切っているサムゥは初めて見る。
友としてはその気持ちを買ってやりたい……が、現実を無視することはできない。
「無茶だ! ハイグレ魔王の触手は触れたものを溶かす……そんなやつを相手にサブミッションなど――っ!」
戦術的な観点で見ても、サムゥの行動は完全なる悪手。
キッドは必死に止めようとするが――
「だからこそ効く! そんな体を持っていては、関節を極められる痛みなど知らないだろう!? テキサス・クローバー・ホールドであっけなくギブアップしたのがその証拠……別世界の魔王に超人レスラーの底力を教えてやる!」
「グギョオ――ッ!」
『ハイグレ魔王から怪獣の如き咆哮~~っ! た、たしかに効いてはいるようだが……技をかけているサムゥの腕も焼け爛れダメージを負ってしまっているぞ~~っ!』
サムゥの腕からジワジワと白い煙が上がり、肉の焦げる臭いが漂う。
それでもサムゥは一歩も引かず、歯が砕けるほど噛み締めて技を極め続けた。
のたうち回る魔王の醜悪な姿と、その口から漏れ出た“怪獣”のようなおぞましい咆哮。
「か……怪獣……?」
キッドの頭の奥深くに眠っていた古い記憶の扉が、音を立てて開いた。
――記憶の海を遡る。
アメリカはテキサスの広大な牧場。その一角にあるテリーファミリーの家。
夕暮れの赤い光が差し込む室内で、ゆったりとロッキングチェアに揺られるワイシャツ姿の父・テリーマン。
その膝元にちょこんと座り、目を輝かせて父を見上げている幼い頃の自分……。
「あ……あああ~~っ!?」
ふと蘇ってきた衝撃的な思い出に、キッドは叫び声を上げる。
“そういえばパパに聞いたことがある”――そんなフレーズを思い描きながら。