マズは、その背中を黙って見送っていた。特に、十三歳の少年の背中を。
クワイ=ガンは何も言わない。
やがて二人の姿が完全に見えなくなってから、マズがゆっくりと口を開いた。
「……あの子だね?」
「何のことでしょうか?」
「とぼけるんじゃないよ、クワイ=ガン。私が何を聞いているのかくらい分かっているだろう」
マズは溜息を吐きながら、クワイ=ガンへ向き直った。
「あの子が、あんたがタトゥーインで見つけた少年なんだね。ジェダイ評議会を相手に大騒ぎしてまで弟子にした──選ばれし者」
「ええ」
クワイ=ガンは静かに頷いた。
「アナキン・スカイウォーカーです」
「そうかい」
それだけ答えると、マズは再びアナキンが消えていった方角を見て安堵の吐息を吐いた。
「……あぁ、安心したよ」
「安心?」
「ああ、そうさ……クワイ=ガン、あの子を見た時、私は背筋が寒くなった。いや、怯えたよ」
その言葉に、初めてクワイ=ガンの表情から僅かに笑みが消えた。
マズはフォースを感じ取る。
ジェダイではない。勿論シスでもない。
だが、九百年以上もの長い年月を銀河で生きてきた彼女は、フォースと共に生き、その在り方を長く見続けてきた。
英雄が生まれる瞬間も。
善良だった者が道を踏み外していく姿も。
強いジェダイも、強いシスも、彼女はフォースを通して見てきた。ある意味で、銀河の誰よりもフォースユーザーを知っていると言っていい。
そのマズが、アナキンを見て怯えたとまで言った。
「それほどでしたか」
「本人と毎日一緒にいるあんたは、もう慣れてしまったかもしれないがね。見る者が見れば分かる。あの子の桁外れな力を。少なくとも、私には分かったよ」
マズは小さく息を吐いた。
「十三歳の子供が持っていい力じゃない。いや──人間が持っていい力なのかさえ、私には分からない。あの子が城へ入ってきた時、まるでフォースそのものが意思をもって歩いてきたように感じて……怯えたよ。怖くてね」
「…………」
「それなのに本人は、城の中を見て目を輝かせていた。海賊を見て、密輸屋を見て、変わったドロイドを見て。どこにでもいる十三歳の男の子みたいにねぇ」
心底ほっとした息を吐いてマズが笑う。
「私が裸で放り出すと言ったら、本気で感心していただろう? 本当にただの男の子だった。多少のグレー行為を、そこまで悪い事だと思わないだけの男の子だよ……どっかの誰かに似てね」
「まあ、その辺は、あまり似てほしくなかったのですが……アナキンは少々素直すぎるところがありますから」
「少々?」
「かなり、でしょうな」
「はは、そこは昔のあんたに似なかったようで何よりだよ」
「私は今でも素直なつもりですが」
「はっ、そういうところは昔のままだね」
クワイ=ガンが穏やかに笑った。マズも笑った。だが、すぐにその表情から冗談の色が消える。
「だから安心したんだよ。力を感じた時は怖かった。こんな子供をジェダイはどうするつもりなんだってね。力を恐れて押さえつけるのか。それとも選ばれし者だ何だと持ち上げて、自分たちの都合のいい救世主にするのかってね」
「そのどちらも、私は望んでいません」
「ああ。見れば分かるよ。クワイ=ガン・ジン」
マズは一層暖かな目で即答した。
「あの子は、自分が選ばれし者だから人を助けるんじゃない。ジェダイだからでもない。褒められたいからでもない。フォースに耳を傾けて、その上で自分から手を伸ばしている……あんたのように、ね」
先ほどのやり取りを思い出したのだろう。マズの口元が僅かに緩んだ。
「私が『人を助けてほしい』と言った。それだけで、あの子は『助けましょう』と答えた。誰なのかも、どこにいるのかも、何が起きているのかも聞く前にね」
「安易に判断するあたりは、少々困りものですが。もう少し慎重になってほしいところです」
「そうかい? 私は好きだよ」
「私も嫌いではありません」
「だろうね。だから止めなかったんだろ」
「オビ=ワンが止めてくれますので」
「酷い師匠だね」
「頼りになる弟子を持ちましたからね」
「そこはあんたが師匠として誇れる唯一のことかもねえ。いや二つ目かね」
「おや、もう一つあるのですかな?」
「ああ、あんたの生き様だよ」
マズは喉を鳴らして笑った。
「あの子は、アナキンは、あんたを見ている。周りに常に耳を傾けるあんたを見てよく学んでいるよ。さっきも私が頼み事をした途端、人を助けることを決断した。だけど、オビ=ワンに止められれば、一度止まって話を聞いた。力があるから何でも自分で決めていいとは思っていないんだよ。良い方向に育ってる」
「まだまだですよ。自分の力に振り回されているところがある」
「十三歳だよ。完成していたら、その方が気味が悪いさ」
マズは穏やかな目でクワイ=ガンを見上げた。
「クワイ=ガン。あんたは、あの子を選ばれし者として育てていないね?」
「ええ」
「では、何として?」
「一人の人間として。そして私の弟子としてです」
「それだけかい?」
「それ以上に何が必要でしょうか」
「ジェダイとして、でもなく?」
「ええ、ジェダイとは、育てようとして作るものではありませんから」
「へぇ」
「評議会に従い、掟を覚え、ライトセーバーを振るえるようになれば、それでジェダイになるわけではありません。フォースに耳を傾け、目の前にいる者を見て、その声なき救いを求める声を聞き、その痛みを知る。そして、その上で己の意志で手を差し伸べることを選ぶ──私は、そういう者をジェダイと呼びます。アナキンがそうなるかどうかは、彼自身が決めることです」
ジェダイ評議員がひっくり返りながら苦悩するセリフに、マズは暫くクワイ=ガンを見つめ、やがて満足そうに笑った。
「だから安心したと言ったんだよ。五年前に評議員全員を連れ出して『世を見ろ!』なんてしたあんたが育ててるんだからね」
「…………(苦笑)」
「選ばれし者か──あれほどのフォースを私は見たことがない。あの子が大人になった時、何ができるようになるのか想像もつかないよ。銀河を救う英雄になるかもしれない。銀河そのものを変えてしまうかもしれない」
小さく、恐れるように呟いたマズは、そこで言葉を切り少しだけ声を低くする。
「だからこそ、間違えれば恐ろしい」
「……」
「あれほどの力を持つ子供が、自分は愛されていないと思って育ったら。誰にも理解されないと思って、苦しみも恐怖も一人で抱え込むようになったら。大切な誰かを失うことを何より恐れて、それでも自分の力なら救えるはずだと思い続けたら──いつか、救うために間違った道へ向かうかもしれない」
「そうはさせません」
静かな声だった。だが、そこに迷いは欠片もなかった。ただ温もりだけがあった。
「言い切るね」
「そのために、私がいます」
「…………そうかい。あの子の隣にいるのが、本当にあんたで良かったよ」
長く銀河を生きてきたマズは、そこでようやく心から笑った。
「あの子を育てられるのは銀河であんただけだろうね」
弟子たちと同じく、自らの偉大さを自覚していないクワイ=ガンはそんなことはないと僅かに首を振った。
「私だけではありません。オビ=ワンがいます。評議会もいます。聖堂にもアナキンを気に掛けてくれる者は多い。それに、母親も健在です」
「母親?」
「ええ。タトゥイーンで奴隷から解放しました。今は結婚して、穏やかに暮らしています。近くの任務の時に寄ると、美味しいスープをご馳走してくれますよ」
「…………クワイ=ガン」
「はい?」
「あんた、本当にジェダイかい?」
「最近、よく聞かれますな。何故でしょう」
パダワンを母親に当たり前に会わせるジェダイ・マスターに、マズは久方ぶりに声を上げて笑った。
「なるほど。なるほどねぇ。それなら、あの子がああ育つわけだ」
笑いながら、再びアナキンの消えていった城の外をみる。
「大丈夫だよ。まだ危ういけど大丈夫だ。力は大きすぎるし、真っ直ぐすぎる。誰かを助けるためなら、自分が傷つくことなんて何とも思わない目をしている。──本当に、あんたによく似てるよ、クワイ=ガン。その生き方は、いつか、あの子自身を苦しめるかもしれないね」
「ええ。それは私も心配しています」
「でも──優しい子だ」
「自慢の弟子です」
「知ってるよ。さっきから顔に書いてある」
クワイ=ガンは僅かに微笑んだ。マズはそんな旧友を見て、もう一度だけ笑う。
「さて。それじゃあ未来の話はここまでだ。今度は現在の話をしようじゃないか」
「先ほどの頼み事ですか?」
「ああ」