スタート地点でアナキンは、自分の周囲に並ぶ二十三機のレーサーを興味深そうに見回していた。
どの機体も高価だった。
高性能エンジン。軽量フレーム。軍用品を流用したらしい制御機器。見るからに金の掛かったものばかりで、マズから譲られた中古品の寄せ集めな自分の機体と比べれば、機械としては圧倒的に上だった。
少し前までならば。
燃料噴射を調整した。制御系を書き換えた。旋回時の出力低下を抑え、熱排出の無駄も減らした。機体へ潜り込み、駄目な部品を使える部品に組み替えながら改造すれば、アナキンにとって十分に走れる機体になっていた。
何より、自分と解放奴隷の皆で弄った機械は信用できる。
操縦桿を握り、エンジンの振動を感じる。
うん、悪くない、むしろ中古ゆえの安定した振動が頼もしかった。
タトゥイーンでポッドレースをしていた頃を思い出す。
焼けるような砂漠。爆音。観客の怒号。賭博。事故。
あの頃は負ければワトーに怒鳴られ、機体を壊せば自分で直し、場合によっては命まで失う危険があった。
つまり、全ては自分に返ってきた。自分だけの責任だった。
それと比べれば今回は重い。
勝てば、捕まっている人たちを助けられて、解放奴隷たちへの資金を稼げる。未来を得られる。
大切な皆のために勝つ必要がある。パドメたちのために勝った時のように。
そう思いながら操縦桿を握ると、フォースが謳うのを感じた。
アナキンは目を閉じる。
ジェダイとなり、クワイ=ガンの下で学び始めて四年。フォースとは単なる力ではないことを、今のアナキンは知っている。
人と人が繋がること。命を救おうとすること。 助けようとすること。誰かを大切に思い、愛そうとすること。
そうした意志を持つ時に、フォースは何時もより鮮明かつ強くなると。
勝ったな。何時も以上に推してくれるフォースにアナキンはそう確信した。
遠く上方、関係者席にはマスターたちがいる。
クワイ=ガン。オビ=ワン。アルト。プレ。侍女の人たち。マンダロリアンとジャビームの人たち六人。そして、兄オビ=ワンの奥さん(※アナキン感)
綺麗な人だった。見た目だけではない。少し話しただけでも、妹を心配し、それでも自分の立場を忘れず、多くの人間のことを考えているのが分かる心こそが綺麗な人だった。
オビ=ワンとのフォースの暖かな繋がりは仲の良い夫婦特有のものだった。
だから、僅かな交流でアナキンは彼女を好むようになった。
──オビ=ワンも隅に置けないなあ
そんなことを考えているうちに、スタートシグナルが赤く染まった。
『さあああああ!! メインレース開始まであと二分!! 本日の出走数は二十四機! 生きて帰れるのは何機だぁぁぁぁ!?』
観客席が爆発したような歓声に包まれるなか、出走者の紹介が実況によって行われていく。
『21番、注目は優勝候補ガルド・ヴェックス! 三連続優勝となるかぁ! その次、22番は──誰だこいつ!? ニック・スカイラー! 十三歳! 初出場! 戦績なし! 機体は中古ぉ! 誰だこんなの登録した奴はぁ!? 死なせたいのかぁ!?』
運営と観客席で嘲笑の笑い声が巻き起こる。オビ=ワンたち以外はみんな嘲笑う。
『現在オッズ二百八十六倍だ! おお! 意外と賭けられている! 五百倍はいくと思っていた! こいつに賭けた奴は金を捨てたいのかぁぁぁ!?』
関係者席では、自分たちしか纏めた金を賭けてない倍率だと皆が悟った。
オビ=ワンが生贄の羊たちを見るのをやめんと目を閉じた。
クワイ=ガンは穏やかに笑っていた。
アルトがガッツポーズした。
プレは犬歯を剥き出しにして笑っていた。
サティーンは微笑んでいた。
そしてシグナルが青へ変わり、運命のレースが始まった。
『スタァァァァト!!』
二十四機のレーサーが一斉に飛び出すと同時に爆音が響いた。スタート直後で三機が接触し、一機が岩壁へ叩きつけられたからだ。
『早速一機脱落ぅぅぅ!! 賭け金は戻らないぞぉぉぉ!!』
先頭集団が第一コーナーへ突入する。
狭い岩壁の間を抜ける急なカーブ。普通なら減速する場所だったが──アナキンだけは減速しなかった。
『──待て待て待て待て!? スカイラーが減速していない! 馬鹿か十三歳!? 死ぬぞ!? さよならぁ!!』
大半の観客が死を確信したなか、アナキンは機体を絶妙に傾けた。そうすれば、岩肌まで数十センチを速度を保ったまま曲がれる。フォースが教えるまでもない。 そう出来ることは、純粋な腕で分かっていた。
一機。 二機。 三機と。減速しながら回ったレーサーを纏めて抜いてのけた。
『抜いたぁぁぁ!? 何だぁ! 今のライン攻めは!? あんなの見たことない!? コイツとんでもないパイロットだぁ!』
エンジンが劣るために、最高速度と加速力で劣る機体。それ故に機敏な機体を巧みに操縦して、他の機体が減速する所を減速せずにアナキンは飛ばして抜いていく。
第二セクター順位、十二位。
第三セクター、七位。
第四セクターへ入った時には三位まで上がり、観客席がどよめく。
誰もが分かるほど、ほかのパイロットとは腕の桁が違った。
『ニック・スカイラー! 何だこのガキは! あんな機体でこんな攻めぇ! 初出場だぞ!? ありえんっ! こんなヤツが無名であってたまるかぁ!? 誰か経歴を調べろぉっ!』
当然、何も出ない。ニック・スカイラーなど昨日作った名前なのだから出るわけない。最初のアリーナにあるゴール板を潜る。
残り二周。
アナキンが二位へ上がったところで、レース場の空気が変わった。
ブラック・サンの運営室で誰かが叫んだ。
大穴も大穴。 二百八十六倍。あれに勝たれれば、払い戻しだけで莫大な損失が出る。と。
普通ならば胴元は損しないように賭けを組むが、このレースは違うからだ。
そう、集まった賭け金の総額から、二〜三割という莫大なテラ銭(手数料)をあらかじめ抜き取り残りを的中者で分配するようにすれば、誰が勝とうが胴元(※例:日本公営ギャンブル)は絶対に損をしない形式となる。
だから、大抵の公的なギャンブルは胴元の儲けが薄くなることを承知でそうしていた。
だが、このレースは犯罪組織が仕切る非合法賭博だ。胴元であるブラック・サンが自らレース直前にオッズを設定し、客の賭け金と直接勝負する方式をとっていた。そっちの方が余程の事が無い限り、胴元がより儲かるからだ。
そのかわり、強欲さの代償として胴元が全く想定していない大穴に勝たれれば、胴元自身が身銭を切って莫大な赤字を被ることになるのだ。今、この時のように。
だから、マフィアはマフィアたる意志を見せた。
『おっとぉ!?』
コース脇の岩壁が開き、マフィアの意志たる自動砲台が姿を現した。
「え?」
あんまりな事に、関係者席でサティーンが固まった。
「……レース場に砲台?」
おぉ、やるなぁ、とプレが楽しそうに声を出して笑う。
「非合法だからな。まあ、あるだろ。胴元の懐を焼くならボンッ。これぞ、何時ものアウター・リムだな」
「何を平然としているのです!? アナキンが危ないのですよ!?」
話したのは僅かな時間とはいえ、可愛げのある少年の危機に慌てるサティーンを、オビ=ワンが大丈夫だと肩を抱くなか、レーザーが降り注いだ。
『砲撃だぁぁぁぁ!! 今年も来たぞブラック・サン名物ぅぅぅ!!』
「名物なのか」
オビ=ワンの呆れた声は、くたばれ大穴!? という観客席の歓声に掻き消された。
レーザーの雨がコースに降り注ぐ。
一機が直撃。一機が回避して隣のレーサーへ激突。さらに一機が吹き飛ばされ、岩壁へ消える。血と爆発に観客が大歓声で咆哮した。
だが。
『スカイラー無傷ぅぅぅ!? 先頭にたったぁ!?』
標的こと、フォースに導かれたアナキンだけは、砲撃される場所を最初から知っていたかのように、その全てを紙一重で抜けていく。
彼には見えていた。砲台がどこを向き、いつ発射され、どこへ着弾するかという数秒先の未来が。
ただその未来に沿うように、正確なタイミングで機体を滑らせるだけでいい。フォースの奔流の中では、周囲の景色も、致死のレーザーも、まるでスローモーションのように感じられた。
右。左。一瞬減速。
直後、目の前をレーザーが横切る。機体のシールドに小石が当たりチリッと焼ける音すら、アナキンには操縦を楽しませる心地よいリズムの一部でしかなかった。
加速。抜いた機体──優勝候補の機体が直撃を受けて爆発した。
『差を広げていくぅ!? 何だこいつ!? 見えてるのか!? 後ろにも目があるのかぁ!?』
機体越しに伝わる驚愕のどよめきに、アナキンは不思議そうに首を傾げていた。
「これくらいなら、ポッドレースの方が危なかったな。マフィアがやってるにしては、お上品すぎるよ」
タトゥイーンでは岩が落ちて岩盤が崩れる。砲台より遥かに腕が良い砂漠の民に撃たれることもある。他のレーサーが妨害してくる。しかも機体はもっと壊れやすかった。
それに比べれば、狙いの分かりやすい自動砲台など親切だった。ついでに言えば、このレースの連中はポッドレーサーたちよりも腕が劣った。
(セブルバたち元気かな)
ポッドレースが、ハットというマフィアがやっていたレースだと頭から抜けているアナキンは、張り合いの無さにため息をつきながら自分を殺そうとしたパイロットたちを懐かしんでいた。
だから、残り二周で勝敗が覆る理由など、もう何処にもなかった。
『アリーナ前! スカイラー先頭だ! 大差を付けて先頭だ!』
アリーナ最後の直線。砲台がくたばれとばかりに一斉に火を噴いた。当然当たらない。
外れ券を破り捨てながらも、観客が無名の新たなヒーローを出迎えんと立ち上がる。
サティーンがオビ=ワンと抱き合い、アルトが拳を握りしめる。
クワイ=ガンとプレは座ったままだった。
「勝ったな」
「だな、大したもんだよお前の弟子は。銀河一のパイロットだ」
その言葉とほぼ同時に、ニック・スカイラーことアナキンの機体が最後の砲撃を抜けた。
『ゴォォォォォォル!! ニック・スカイラァァァァァァ!! 十三歳! 初出場! 戦績なし! 中古機体! そんなのが勝ったぁぁ! 堪んねぇ! 大差勝ちだぁ! オッズ二百八十六倍!! 賭けとくんだったちくしょう! こんなパイロット見たことねぇ! こんな、間違いなく、銀河有数の腕を持つパイロットが無名! 今夜は眠れませぇぇぇぇん!!』
レース場が揺れた。そしてタコダナでは、それ以上の歓声が上がった。
『勝ったああああ!!』 『アニー坊やあああ!!』 『ジェダイ万歳!!』 『フォース万歳!!』
六百万人が跳ね、抱き合い、酒や飲み物をぶち撒け、誰かが作った巨大な『アナキン最強』の横断幕が掲げられる。
「よっしゃああああ!!」
アルトたちはタコダナに居る住民と同じく両腕を突き上げた。
プレは豪快に笑った。
サティーンは上品に口元を押さえながら、復興資金が増えた喜びに笑いながらオビ=ワンに抱き着いた。
「七億クレジットっ!」
「ああ! 七億クレジット…………はい?」
「七億クレジットですよ! これだけあれば復興が! ああ、ありがとう。アナキンっ」
「……んんっ、サティーン」
「はい、何でしょうか」
「……何が、七億?」
「私の払戻金です。私財全額賭けていたのです。これで復興っ」
「…………………………そうか、それは、良かった」
興奮するサティーンの肩を抱いたまま、物凄く味わい深い顔をしたオビ=ワンは。
「…………勝ちましたね。大勝です」
「ああ、これで会社設立が可能になったな」
平然と答えるクワイ=ガンを見たあと、しばらく無言で巨大な払い戻し額を見つめた。
公金、つまり会社設立の頭金は増えた。
船団の共用金も増えた。
プレの私財も増えた。
オビ=ワンの知らなかった、サティーンの私財という名のマンダロア復興予算も増えていた。
結果だけを見れば、大成功である。
結果だけを見れば。
「ジェダイが違法レースに勝ち、公金を賭金にした……本当に、評議会へどう報告するかな」
アリーナの大観衆の大歓声が響き、偽名を使ったアナキンが手を振る中。
サティーンを抱きしめたままのオビ=ワン・ケノービだけが、如何にして評議会に巧くかつ省略して報告するかに頭を悩ませていた。
時代は変わりますが、インペリアル級スター・デストロイヤーが、一隻、一億五千万クレジットです。近い時代だと、ジェダイ・スターファイターが、一機、十八万クレジット。それがクレジットの価値です(笑顔
まあ、この時代だと買う以前に工場から作らないといけませんが、ご参考までに