BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
第二十一章 山本重國
宗玄のもとを離れてから、俺はまた歩いた。
宗玄と向かい合ったことで、まだ自分より先にある剣を知った。
殺し合いなら俺の方が強い。
そう言われても、嬉しくはなかった。
速さでも、力でも、人を殺すことへの慣れでもなく、いつか宗玄の剣そのものを超えたい。
そのために何をすればいいのかは、まだ分からない。
だから歩いた。
今までと同じように。
けれど、今までとは少し違うものを探しながら。
◇
妙な話を聞いたのは、それからしばらくしてだった。
「最近、この辺りに変なのが来てる」
飯を食べていた俺の隣で、男が連れに話していた。
「変なの?」
「でけえ男だよ。黒い髭の。誰か探してるらしい」
「誰を?」
「知らねえよ。ただ、とんでもなく強いって話だ」
「…………」
箸を持つ手が止まった。
「どのくらいですか」
「うおっ」
二人がこちらを見る。
「何だよ、急に」
「申し訳ありません。今のお話ですが、その方は強いのですか」
「噂だよ。ただ、喧嘩売った奴が何人かまとめてやられたらしい」
「刀を使いますか」
「持ってるって話だ」
「…………」
口元が緩んだ。
「どちらへ行かれましたか」
「お前、行く気か?」
「はい」
「何でだよ」
「戦ってみたいので」
男が黙った。
その顔を見て、昔にもこんなことがあった気がした。
◇
結局、探す必要はなかった。
翌日の昼。
街道を歩いていると、向こうから一人の男が来た。
大きい。
最初にそう思った。
黒い髪に、顔を覆うような黒い髭。太い眉と、額に走る一筋の傷。
けれど、それ以上に目を引いたのは、その強さだった。
男が歩くたび、人が道を空ける。
目を逸らす者もいれば、店の中へ逃げ込む者までいる。
本人は気にも留めず、真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「…………」
宗玄とは違う。
宗玄は、見れば見るほど何をしてくるのか分からなくなった。
この男は、動きそのものは見える。
なのに近づいてくるほど身体が重くなり、息がしづらくなる。
何もされていない。
ただ歩いているだけなのに、身体の奥が勝手に警告していた。
男が目の前で止まる。
「見つけたぞ」
「?」
「お主が八千流か」
「はい」
答えてから、この人が俺を探していたのだと気づいた。
「あなたは?」
「山本重國」
「…………」
一瞬、周囲の音が遠くなった。
◇
山本重國。
知っている。
忘れるはずがない。
けれど、俺が知る姿とは違った。
白髪でも、長い白髭でもない。
黒い髪と黒い髭。
そして額の傷。
山本元柳斎重國となるより、ずっと前の姿。
画面の向こうで知っていた人物が、今は目の前に立っている。
「どうした」
「いえ。少し驚きまして」
「儂を知っておるのか」
一瞬だけ迷った。
「名前は聞いたことがあります」
「ほう」
山本はそれ以上聞かなかった。
助かった。
同時に思う。
ここまで来たのか。
俺が知っている、あの歴史まで。
◇
「それで、私に何か用でしょうか」
「ああ。お主を迎えに来た」
「私を?」
「瀞霊廷へな」
心臓が一つ、大きく鳴った。
「今、強者を集めておる」
「何のためにでしょう」
「尸魂界を守るためじゃ」
山本は迷わず答えた。
「これより先、力なき者には守れぬものが増える。故に、力ある者を集める」
「…………」
「私が何をしてきたのか、ご存じですか」
「無論じゃ」
「人を斬ってきたことも、大罪人と呼ばれていることも?」
「知っておる」
「それでも、私を?」
「ああ」
迷いはなかった。
山本の視線が、俺の腰の刀へ落ちる。
「儂が求めておるのは善人ではない。共に戦える強者じゃ」
「…………」
俺が何をしてきたのか、知らないわけではない。
全部知った上で、この男は俺を迎えに来た。
なぜ後に、あれほどの者たちがこの人のもとへ集まるのか。
少しだけ分かった気がした。
◇
けれど、それとは別に聞きたいことがあった。
「一つ、よろしいでしょうか」
「何じゃ」
「あなたは、強いのですか」
山本の眉がわずかに動いた。
「お主を斬りに来たのではないぞ」
「分かっています」
「ならば、何故聞く」
「戦ってみたいので」
「…………」
山本が黙った。
やがて、ほんの少し口元が動く。
「なるほど。噂通りじゃな」
「何がでしょう」
「お主の頭の中じゃ」
褒められてはいない気がする。
「申し訳ありません」
山本が小さく息を吐いた。
「儂と戦わねば、その剣は貸せぬか」
「いいえ。それとこれとは別です」
「ならば、何故戦う」
「戦ってみたいので」
再び沈黙したあと、山本は歩き出した。
「よかろう。ここでは人が多い」
「はい」
「ついて来い」
◇
町から少し離れた、枯れた草と岩だけが広がる場所で山本は止まった。
「ここならよかろう」
「はい」
刀へ手を置く。
山本は、ただ立っている。
宗玄を前にしたときは、どこから斬ればいいのか分からなかった。
山本は違う。
斬れる場所は見える。
入る道もある。
それなのに、身体は近づくなと警告している。
「どうした」
「いえ」
刀を抜く。
「楽しみで」
山本も刀を抜いた。
「来い」
「はい」
◇
先に動いたのは俺だった。
地面を蹴り、一気に間合いへ入る。首を狙って振った刀を山本は真正面から受け止め、次の瞬間には、踏み込んだ勢いごと押し返すようにこちらの刃を弾いた。
――ギンッ!
「っ……!」
腕が跳ね上がる。
そこへ山本の刀が振り下ろされた。横へ外れて避けると、刃がすぐ脇を通り過ぎ、その風圧だけで髪が大きく揺れる。だが、振り下ろした直後なら入れる。すぐに踏み返し、空いた胴へ刀を振った。
――ギンッ!
また受けられる。
今度は引かず、そのまま押し込んだ。山本の足が半歩だけ下がり、それを見てさらに踏み込もうとした瞬間、噛み合っていた刀から凄まじい力が返ってきた。
「っ……!」
刀ごと身体を押し返される。
一歩、二歩。
三歩目でようやく踏み止まった。
「ほう」
「…………ふふ」
強い。
間違いなく強い。
「もう少し、お願いします」
◇
今度は山本から来た。
一歩で間合いへ入り、右から刀を振るう。身体を沈めて刃の下へ潜り、そのまま懐へ入ろうとした俺へ、山本は振り抜いた刀を強引に返した。
――ギィンッ!
「っ……!」
咄嗟に受けた両腕が沈み、足が地面を滑る。まともに押し合えば、そのまま崩される。刀を斜めにして刃を外し、押された勢いを使って横へ逃れると、今度は山本の脇腹が見えた。
踏み込む。
斬る。
だが、山本は避けなかった。
こちらの刃へ、自分の刀を叩きつける。
――ギィンッ!
「くっ……!」
刀が大きく弾かれ、腕ごと外へ持っていかれる。その開いた胸元へ山本の刃が返ってきて、後ろへ跳んだ俺の衣服を切っ先が浅く裂いた。
着地する。
山本は追ってこない。
ただ刀を下げ、こちらを見ている。
「…………」
分かる。
剣は分かる。
宗玄のように、何をしても先にいるような感覚ではない。どこから来るのかも、どう動くのかも見える。
それでも、刀を合わせれば押し負ける。
受ければ体勢を崩され、こちらから斬り込めば、その刀ごと叩き返される。
「…………ふふ」
なら。
まともに合わせなければいい。
◇
もう一度、正面から踏み込んだ。
山本も刀を上げる。
首へ振る。
――ギンッ!
刃が重なる。
だが、今度は押さない。
山本の力が返ってくるより先に刀を引き、そのまま横へ回って肩を狙う。山本の刀が追ってくるのを見て、ぶつかる寸前で斬撃を止めた。
山本の刃だけが空を切る。
その下へ潜る。
「…………!」
懐へ入った。
下から刀を振り上げると、山本は返した刃でそれを受ける。
――ギィンッ!
重い。
それでも、もう逆らわない。
触れた瞬間に力を抜き、押し返される刀を自分から引いた。その勢いのまま身体を回せば、刃が反対側から山本の首へ向かう。
山本が初めて身体を引いた。
「…………!」
追う。
逃げた一歩へ、そのまま踏み込む。
山本の刀が横から迫った。身体を沈めると刃が頭上を抜け、その下からさらに一歩入りながら斬り上げる。
山本がもう一度身体を引く。
だが。
わずかに遅い。
――ザッ。
刃先が頬を掠めた。
薄く血が流れる。
「…………」
山本が止まった。
俺も止まる。
「…………ふふ」
「何がおかしい」
「申し訳ありません」
山本は頬の血を指で拭い、それを見る。
「なるほど。噂だけではなかったか」
「ありがとうございます」
山本の目が変わった。
「八千流」
「はい」
「まだやるか」
「もちろんです」
「そうか」
◇
山本の刀が上がった。
その瞬間、肌が粟立った。
知っている。
次に来る言葉を。
「万象一切」
「…………!」
空気が変わる。
「灰燼と為せ」
刀が振られる。
「流刃若火」
炎が、世界を染めた。
◇
熱い。
そう思ったときには身体が後ろへ跳んでいた。
地面の草が燃え、岩まで熱を帯びる。
空気そのものが熱い。
「…………」
流刃若火。
知っている。
山本重國の斬魄刀。
画面の向こうで何度も見た。
けれど。
こんなものを、知っているとは言わない。
相当に距離があるにもかかわらず、肌が痛み、息を吸えば喉が焼ける。
「どうした」
炎の向こうから山本の声がする。
「もう終わりか」
刀を握り直す。
「いいえ」
笑う。
「まだです」
◇
踏み込む。
山本の刀の軌道から外れても、炎まで避けられるわけではない。
袖に火がつき、斬って落とした瞬間には山本が来ていた。
――ギィンッ!
刀を受ける。
衝撃と熱が同時に来て、腕が痺れた。
足が地面を滑る。
炎を外れれば熱風に身体を煽られ、ようやく立ち上がったときには山本が遥か遠くにいるように感じた。
「…………」
宗玄とは違う。
宗玄は、剣そのものが分からなかった。
山本は見える。
どこへ行けばいいのかも分かる。
それなのに。
行けない。
これが、斬魄刀。
◇
「まだ来るか」
「はい」
「何故じゃ」
考えるまでもなかった。
「楽しいからです」
一歩、前へ出る。
熱い。
「私は、こういうものを探していました」
さらに一歩。
「私の知らないものを。私より強いものを」
宗玄とは違うところにいる何か。
ずっと、それを探していた。
「ようやく見つけました」
「…………愚か者が」
山本が刀を振る。
炎が来る。
今度は後ろへ逃げず、前へ出た。
腕も肩も頬も焼ける。
それでも進む。
あと一歩。
刀が届く。
振る。
山本も振った。
次の瞬間、視界が白くなった。
◇
気づいたとき、空を見ていた。
身体を起こそうとする。
「っ……」
動かない。
刀は少し離れたところに落ちている。
負けた。
それだけはすぐに分かった。
山本が近づいてくる。
炎は、もう消えていた。
「まだ立つか」
「今は……難しそうです」
「そうか」
山本が俺を見下ろす。
「満足したか」
少し考える。
負けた。
届かなかった。
それでも。
「いいえ」
「何?」
「もっと強くなりたくなりました」
山本はしばらく黙ったあと、わずかに笑ったように見えた。
「そうか」
◇
「八千流」
「はい」
「儂と来い」
「瀞霊廷へ、ですか」
「ああ」
知っている。
この人が何を始めようとしているのか。
そして、俺がその中にいることも。
知識としては、ずっと知っていた。
けれど、今はもう原作にそう書かれていたからというだけではない。
「一つだけ」
「何じゃ」
「そこで、もっと強くなれますか」
「知らん」
「…………」
「強くなるかどうかは、お主次第じゃ」
少し笑った。
「そうですね」
山本が手を差し出す。
「立てるか」
「はい」
その手を取り、身体を起こす。
焼けたところも、斬られたところも痛い。
それでも悪くなかった。
落ちていた刀を拾い、鞘へ納める。
「行くぞ」
「はい」
山本の隣へ並ぶ。
山本重國。
流刃若火。
知識としては知っていた。
けれど今日、初めて知った。
俺の知らない強さは、まだこの世界にある。
「…………ふふ」
「何がおかしい」
「いえ」
前を見る。
「楽しみで」
山本はもう何も言わなかった。
その隣を歩きながら、俺は瀞霊廷へ向かった。