BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
刃を重ねる。
――ギィンッ!
「っ……!」
重い。
いや、違う。
速すぎるから、一撃一撃が重く感じるのだ。
男が肉雫唼を弾き、そのまま俺の懐へ入った。脇腹に衝撃が走り、身体が浮く。地面へ叩きつけられるより先に光が見え、咄嗟に身体を捻った。
矢。
――ドッ。
「っ…………!」
一本が肩を貫き、もう一本が腿を抉る。そのまま地面を転がり、肉雫唼を突き立ててどうにか止まった。
「…………」
肩から血が流れている。脚にも上手く力が入らない。
痛い。
随分と。
先ほどまでとは違う。
それでも立ち上がる。
「治さねえのか」
「まだ斬れますので」
「…………」
肩を回してみる。
動く。
脚も、踏み込むくらいなら問題ない。
「十分です」
「……そうかよ」
男が弓を引く。その顔は、もう呆れているようにも見えた。
「なら、そのまま死ね」
「構いませんよ」
肉雫唼を構える。
「あなたに斬られるのでしたら」
光が放たれた。
◇
速い。
分かっていても追いつけない。
男の姿が消えたと思った時には、もう別の場所から矢が飛んでくる。一つを避け、二つ目を肉雫唼で弾く。弾いた刃を戻すより早く三つ目が迫り、脇腹を掠めていった。
「っ……!」
振り向いて踏み込む。
だが、もういない。
追えば離される。さらに追えば、その先からまた矢が来る。肉雫唼で逸らしている僅かな間に、男は次の場所へ移っていた。
「…………ふふ」
強い。
先ほどとは比べものにならない。
身体に傷が増えていく。
肉雫唼は傷を癒さない。
俺も、治そうとは思わなかった。
まだ握れるし、まだ走れる。
なら、問題ない。
それよりも。
どう斬る。
そちらの方が大事だった。
◇
矢を弾き、そのまま踏み込む。
次の一本を身体を傾けて避ける頃には、男の姿はもうそこにはない。振り向けば別の場所で弓を引いていて、追えばまた離される。
「…………」
駄目だ。
追いつけない。
速さが違いすぎる。
今までなら、それでも追った。相手より速くなるまで、相手の動きが分かるまで、何度でも。
けれど。
ふと思い出した。
宗玄。
あの人は、今の俺より速かったのだろうか。
「…………」
分からない。
ただ、速さだけで俺を捌いていたわけではなかった。
昔、何度斬りかかっても届かなかった。
俺は自分で考え、自分で選び、自分で刀を振っていた。そのはずなのに、気づけばいつも宗玄の望んだところへ刀を振らされていた。
「…………」
相手より速くなくてもいい。
相手を止める必要もない。
こちらから追う必要さえない。
来る場所が分かっているのなら、そこで待てばいい。
「…………ふふ」
そうだった。
追うのをやめた。
◇
男が止まった。
「諦めたか」
「いいえ」
肉雫唼を下げる。
「少し、考え方を変えただけです」
「そうかよ」
男が弓を引いた。
まだ遠い。
このまま撃たれても、こちらの刃は届かない。
なら、届くところまで来てもらえばいい。
左足を半歩引き、肩を少し落とす。
ほんの僅かに、左半身が開いた。
「…………」
男の目が動く。
見た。
これまで斬り合ってきた。
この人がどこを見るのか。どういう隙を狙うのか。
もう、少し分かる。
宗玄には何度もやられた。
斬れそうな場所を見せられ、そこを自分で見つけたと思って斬り込んだ。そして、斬った瞬間にはもう遅かった。
相手を思い通りに動かす必要はない。
人は勝手に考え、勝手に選ぶ。
なら、選びたくなるものを置いてやればいい。
男の弓が僅かに下がった。
「…………」
来る。
姿が消える。
速い。
それでも、今度は見失わなかった。
左。
予想ではない。
俺が、そこを選ばせた。
――ギィンッ!
現れた男の腕へ肉雫唼を合わせる。正面から受けず、丸い刀身に沿わせると、勢いを失わないまま男の腕が外へ流れていった。
「くっ……!」
男も、もう知っている。
腕を逸らされた瞬間には身体を引き、肉雫唼の先に続く刃から逃れようとする。
けれど、まだ刃は男の前にある。
一歩、踏み込む。
長い刃が、外へ逃げる身体を追った。
――ザシュッ。
「ぐっ!」
胸を斬った。
浅くはない。
だが、届ききらない。
男は斬られながら後ろへ跳び、血を散らしながら間合いの外へ逃れた。
「…………」
さっきより早い。
もう、この刀の形を知っている。
同じようには斬らせてくれない。
「…………ふふ」
いい。
それでいい。
男が胸を押さえながら俺を見る。
「今の……」
「はい」
「わざとか」
「何がでしょう」
「…………」
男が舌打ちした。
答える必要はない。
次も同じことをすればいい。
いや。
同じでは駄目か。
もう知っているのだから。
なら次は、また別のものを選ばせればいい。
◇
そこから、戦い方が変わった。
追わない。
待つだけでもない。
右を空ければ、男の目がそこを見る。次は同じように見せながら空けない。踏み込むように身体を傾ければ男は距離を取り、その先へ回れば、今度は刀を上げた俺を見て足元へ矢を放つ。
そこへ肉雫唼を置く。
「くそっ!」
――ギィンッ!
矢を流し、そのまま斬る。
浅い。
次。
男も変わる。
俺が見せた隙を疑うようになった。
なら、本当の隙を混ぜる。
――ドッ。
「っ…………!」
矢が左腕を貫いた。
「…………」
これは失敗した。
「はっ!」
男が笑う。
「今のもわざとか?」
「いいえ」
左腕から矢を抜く。
「普通に失敗しました」
「…………」
「難しいですね」
「お前……」
男が一瞬、何とも言えない顔をした。
その隙に踏み込む。
「っ、てめえ!」
――ギィンッ!
また刃が重なった。
「…………ふふ」
楽しい。
この人も学んでいる。
俺も学んでいる。
一度通じたものが、次には通じない。
なら変える。
それも見破られれば、また変える。
何十年と続けてきたことだ。
◇
やがて、男の動きが鈍り始めた。
最初に比べれば、ほんの僅か。
けれど、分かる。
胸の傷もある。
それだけではなく、あの姿になってから周囲の霊子を吸い続けているが、最初ほどの勢いがない。
「はぁ……はぁ……」
男の呼吸が荒い。
俺も似たようなものだった。
血を流しすぎた。腕は重く、脚も痛い。
身体のあちらこちらが、もうやめろと言っている。
「…………ふふ」
まだ斬れる。
なら、十分だ。
「……お前、ずっと笑ってるな」
「楽しいですから」
「これだけ傷だらけになってもか」
「まだ斬れますので」
「…………そうかよ」
「申し訳ありません」
「謝らなくていい」
少し笑った。
男も、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
その笑みが消える。
同時に周囲の霊子が動き始めた。
「…………」
今までで一番大きい。
空気が震え、地面や建物、あらゆるところから霊子が剥がれ、男の弓へ集まっていく。
「これで終わりだ」
「はい」
肉雫唼を両手で握る。
「私も、そのつもりです」
「八千流」
「はい」
「次は治すなよ」
「…………」
少し考えた。
「どうでしょう」
「はっ」
男が笑う。
「やっぱり気持ち悪い女だ」
「よく言われます」
男はもう一度笑い、弓を引き絞った。
◇
光が膨れ上がる。
今までとは比べものにならない。
周囲の霊子を呑み込みながら、男の弓に巨大な光が収束していく。
「…………」
避ける。
その考えは、すぐに消えた。
肉雫唼を握り直す。
正面。
真っ直ぐ、男を見る。
「…………ふふ」
そして、地面を蹴った。
「――!」
男の目が見開かれる。
それでも、すぐに弓を引き絞った。
「死ねぇっ!」
光が放たれる。
――轟ッ!!
「っ……!」
肉雫唼を振るう。
受け止めない。
丸い刀身へ乗せ、その力を横へ流す。
真正面から止めるのではなく、ほんの少しだけ向きを変える。
「――っ!」
重い。
今までの矢とは、まるで違う。
肉雫唼の刃に沿って光が逸れていく。だが、全てを捌ききることはできず、刀身から溢れた光が身体を削った。
「っ…………!」
半身が抉れる。
血が飛ぶ。
それでも足は止めない。
一歩。
もう一歩。
肉雫唼を振るいながら、流しきれない光を身体で受けて前へ進む。
「てめえ……!」
最後の光を斬り払い、一気に間合いへ踏み込んだ。
男が弓を横薙ぎに振るう。
近づかせまいとする一撃へ肉雫唼を合わせ、正面から止めず、その力を丸い刀身へ乗せた。
――ギィンッ!
男の腕が外へ逸れる。
「くっ……!」
すぐに男が身体を引く。
前とは違う。
もう、この先に刃が来ることを知っている。
だから逃げる。
「…………」
なら。
逃げてもらう。
男が後ろへ下がる。
その一歩へ、俺も踏み込んだ。
「――っ!」
宗玄。
今なら、少しだけ分かる。
相手を動かすのではない。
相手が自分で選んだ動きを、こちらの剣の中へ入れる。
男は俺の刃から逃げた。
自分で選んで、後ろへ。
だから。
その先に肉雫唼を置く。
長く丸い刀身を、そのまま振り抜いた。
――ザンッ。
「…………!」
手応え。
深い。
肉雫唼が男の身体を斜めに斬り抜き、血が舞った。
男の身体が揺れる。
それでも倒れない。
「…………」
強い。
本当に、強い人だった。
男が最後に弓を作ろうとする。
だが、霊子が集まらない。
指も震えている。
「……くそ」
それでもこちらへ腕を向けた。
「…………」
肉雫唼を構える。
最後まで、この人は戦うらしい。
「ふっ……」
男が笑った。
「来いよ、大罪人」
「はい」
一歩、踏み込む。
男も前へ出た。
光が一瞬だけ生まれる。
その中心を、肉雫唼が通った。
――ザンッ。
◇
男が倒れた。
今度は、起き上がらない。
滅却師最終形態を形作っていた光が崩れ、翼が消えて周囲へ霊子が散っていく。
「…………」
肉雫唼を下げる。
刃から血が落ちた。
「……おい」
「はい」
まだ生きていた。
男は仰向けになったまま、こちらを見ている。
「今度は……治さねえのか」
「…………」
男を見る。
胸から血が流れている。
もう立てない。
もう戦えない。
肉雫唼なら、また治せるのかもしれない。
もう一度、立たせることも。
「いいえ」
「……そうか」
「はい」
十分だった。
本当に、十分に斬り合った。
「ありがとうございました」
「…………」
「とても楽しかったです」
「敵に……礼なんか言うもんじゃない」
「そうなのですか」
「普通はな……」
「知りませんでした」
「嘘つけ……」
「ふふ」
男が息を吐いた。
「最後まで……気持ち悪い女だ」
「よく言われます」
「……知ってるよ」
目が閉じる。
それきり、動かなかった。
「…………」
肉雫唼は動かない。
俺も、治そうとは思わなかった。
満足したから。
「…………」
名前。
聞かなかった。
今になって、少しだけ気になった。
「まあ」
もう聞けないのだから、仕方がない。
肉雫唼を振り、血を払った。
◇
戦場へ戻る。
戦いはまだ続いていた。
光の矢が飛び交い、刀がぶつかる。
敵も死ぬ。
味方も死ぬ。
けれど、先ほどまでとは少し違う。
「…………」
勝っている。
そう見えた。
滅却師たちは少しずつ押されている。
遠くでは、護廷十三隊の者たちがまだ戦っていた。あの大きな男も、女も、翁も。
誰も綺麗な戦い方などしていない。
斬る。
潰す。
殺す。
必要なら死体さえ使う。
「…………」
後の世で、初代護廷十三隊は護廷の名を冠しているだけの殺し屋集団のように語られていた。
実際にその中へ入ってみれば、随分と納得できる。
強い。
そして、敵を殺すことに異常なほど長けている。
「…………ふふ」
俺も人のことは言えないけれど。
次の敵を探そうとした、その時だった。
――轟。
「…………!」
空気が震えた。
足が止まり、戦場の音が一瞬だけ遠くなったように感じた。
「…………」
知っている。
この霊圧。
忘れるはずがない。
以前、俺が何もできずに押し切られた相手。
「山本重國……」
遠く離れていても分かる。
あの時は、まだ加減されていたのだと分かる。
そして、その霊圧に混じってもう一つ。
「…………」
知らない。
けれど、予想はできる。
「…………」
見たい。
そう思った時には、もう走り出していた。
◇
近づくほど、熱くなる。
地面が焼け、建物が燃えている。
途中で何人かの滅却師が立ちはだかった。
斬った。
止まらない。
傷が痛み、肩からはまだ血が流れている。脚も重い。
肉雫唼なら治せる。
「…………」
けれど、まだ走れる。
なら、いい。
先へ進む。
そして、見えた。
「…………!」
炎。
最初に見えたのは、それだった。
空まで焼くような炎の中に、一人の男が立っている。
山本重國。
その向かいに、もう一人。
「…………」
黒い髪。
鋭い目。
凄まじい霊圧。
初めて見る。
けれど、知っている。
見間違えるはずがない。
ユーハバッハ。
「…………」
不思議な感覚だった。
前の世界で物語として知っていた男が、今、目の前にいる。
山本重國が刀を構える。
炎が膨れ上がった。
「…………!」
熱い。
これだけ離れているのに、肌が焼けるようだった。
思わず、口元が緩む。
「…………ふふ」
やはり強い。
俺と戦った時より、さらに。
いつか、また、あの人とも斬り合いたい。
今度は、もう少し届くようになってから。
そんなことを考えている間にも、山本重國が動いた。
ユーハバッハも動く。
炎と霊子がぶつかった。
――轟ッ!!
「…………!」
世界が白く染まった。
◇
音が消えた。
いや、聞こえなくなっただけかもしれない。
少し遅れて轟音が戻ってくる。
土煙。
炎。
砕けた地面。
「…………」
その中に、一人立っている。
山本重國。
そして、その向こうには倒れた男。
「…………」
ユーハバッハ。
知っていた。
この戦いは、山本重國が勝つ。
知っていたはずなのに、実際に見ると随分と違う。
周囲の滅却師たちが動揺している。
「陛下が……」
「そんな……」
声が広がる。
山本重國は倒れたユーハバッハを見下ろし、やがて振り返った。
「斬れ」
低い声。
それだけで護廷十三隊が動いた。
「…………」
なるほど。
大将が倒れたから終わり、ではないらしい。
肉雫唼を握り直す。
肩が痛い。脚も重く、血も流れている。
それでも。
「…………ふふ」
まだ斬れる。
なら。
「はい」
十分だ。
目の前の滅却師へ向かって、もう一度地面を蹴った。
◇
それから、どれほど斬ったのかは覚えていない。
逃げる者。最後まで戦う者。武器を捨てる者。
山本重國が敵と示した者たちを、ただ斬り続けた。
やがて光の矢が飛ばなくなり、刀の音も減っていく。叫び声も少しずつ消えていった。
「…………」
気づけば、朝だった。
煙の向こうから薄い光が差している。
尸魂界のあちらこちらが焼け、死体が転がっている。護廷十三隊の者も随分と減った。
それでも、残った者たちは立っている。
山本重國も。
「…………」
勝った。
これが、千年前の戦い。
後に語られる、護廷十三隊と滅却師の戦争。
その最初の一つ。
手元を見る。
肉雫唼。
奇妙に丸く、長い刀。
昨日まで。
名前だけは知っていた。
形も知っていた。
何をする刀なのかも、知っているつもりだった。
「…………」
けれど、やはり。
知っていることと、分かることは違う。
この刀は傷を治せる。
丸い刀身は、相手の攻撃を逸らしやすい。そして、逸らしたその先でもまだ斬れる。
「…………ふふ」
まだ、知らないことがある。
どこまで治せるのか。
どこまで形を変えられるのか。
もっと上手く使えば、何ができるのか。
知りたい。
試したい。
もっと振りたい。
戦争が終わったばかりなのに、そんなことを考えている。
「…………」
やはり。
俺は俺だった。
肉雫唼を鞘へ納める。
肩から流れた血が、腕を伝って指先から落ちた。
傷は、まだ治さない。
もう戦いは終わったのだから、急ぐ必要もない。
ふと顔を上げると、遠くで山本重國がこちらを見ていた。
「…………」
目が合う。
何も言わない。
俺も言わなかった。
こうして、護廷十三隊が生まれてから初めての大きな戦いは終わった。
多くが死に、滅却師は敗れ、ユーハバッハは倒れた。
そして俺は、この戦いでようやく自分の刀の名を知った。