BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
戦が終わった。
そう言われても、すぐにはそういう気分にはならなかった。
昨日まで矢が飛び交っていた場所には死体があり、焼けた建物からはまだ煙が上がっている。歩けば血の臭いがした。
護廷十三隊にも、随分と死者が出た。
名前を知っていた者もいれば、知らない者もいる。昨日まで同じ場所で刀を振っていた者の死体が、今日は運ばれていく。
「…………」
これが戦争の後か。
初めて見た。
もっと何かあるものだと思っていた。勝ったのだから喜ぶとか、生き残ったことに安心するとか。そういうものが。
「…………」
よく分からない。
ただ、静かだった。
あれほど聞こえていた刀の音がない。矢も飛んでこないし、誰も襲ってこない。
「…………」
少し、物足りない。
そう思ったところで。
「八千流」
「はい」
声を掛けられ、振り返る。
善定寺有嬪だった。
こちらを見るなり、眉を寄せる。
「お前、その傷どうした」
「昨日のものです」
「それは見りゃ分かる」
肩を見る。
布にはまだ血が滲んでいる。脚も痛むし、左腕も上まで上げると少し痛い。
「治せるんじゃなかったのか」
「はい」
「なら治せよ」
「…………」
少し考える。
「もう戦いませんので」
「は?」
「自然に治せばよいかと」
「…………」
有嬪が黙った。
「何でしょう」
「いや」
何とも言えない顔をしている。
「お前の刀、よく分かんねえな」
「私もです」
「自分の刀だろ」
「ですから、これから知ります」
腰の肉雫唼へ触れる。
名前は分かった。少しだけ使い方も分かった。
けれど、まだそれだけだ。知らないことの方が多い。
「…………ふふ」
「何笑ってんだ」
「楽しみだと思いまして」
「そうかよ」
有嬪はもう聞くのをやめたらしい。
歩き出すその背中へ声を掛けた。
「あの」
「あ?」
「傷が治りましたら」
「やらねえぞ」
「まだ何も言っておりません」
「分かるんだよ」
「そうですか」
「ああ」
「残念です」
「……本当に残念そうな顔すんな」
◇
戦争が終わっても、護廷十三隊はなくならなかった。
滅却師を倒すために集められた。最初はそう思ってもいた。
けれど、山本重國が作ろうとしていたものは、それだけではなかったらしい。
戦が終わってからも人は集められ、十三の隊は少しずつ組織としての形を整えていった。命令を伝える者が決まり、死んだ者の穴には新しい者が入る。
その中で、俺が率いるのは十一番隊だった。
「…………」
十一番隊。
前の世界で知っている。
後に、戦うことを何より好む者たちが集まる隊。
そして、その隊と深く結びつくことになる名前も知っている。
けれど、それがどうやって始まるのかまでは知らなかった。
◇
傷が塞がるまで、それほど長くはかからなかった。
肉雫唼は使わなかった。必要がなかったからだ。
そして、治った。
「有嬪」
「あ?」
「治りました」
「何が」
「傷が」
「…………」
「斬り合えます」
「報告しに来ることか、それ」
「傷が治ったら、とお話ししましたので」
「俺はやるとは言ってねえ」
「そうでしたか?」
「言ってねえ」
「では、今からお願いしても?」
「何でそうなる」
断られた。
翌日、もう一度行った。
また断られた。
その次の日。
「…………」
「…………」
「有嬪」
「今日は絶対やらねえ」
「まだ何も」
「帰れ」
仕方がない。
別のところへ行った。
◇
相手には困らなかった。
十三人もいる。有嬪だけではない。
戦争の最中には、まともに見る暇もなかった者たち。
大きな男。細身の女。翁。
それ以外にも強い者はいる。
「一本、お願いできますか」
「断る」
「そうですか」
次。
「少しだけでも」
「嫌だ」
「残念です」
次。
「斬り合いませんか」
「何でそんな嬉しそうに誘うんだ」
「嫌でしょうか」
「嫌に決まってるだろ」
「そうですか」
断られることも多かった。
けれど。
「一本、お願いできますか」
「……一度だけだぞ」
「はい」
受けてくれる者もいる。
ただ、一度受けた者が、二度目も付き合ってくれるとは限らなかった。
「もうお前とはやらん」
「何故でしょう」
「分からんのか」
「はい」
「…………」
何故か、溜息を吐かれた。
それでも何人かは付き合ってくれた。
斬る。受ける。流す。踏み込む。
肉雫唼を振り、戦争の中で気づいたことを一つずつ試していった。
丸い刃で力を逸らし、その動きのまま斬る。
相手が慣れるなら変える。今度は逸らすと見せて受ける。相手が警戒するなら、その警戒を使う。
「…………」
面白い。
刀が変わったからといって、今までの剣が使えなくなったわけではない。
宗玄から教わったものも、旅の中で見てきたものも、斬り合った相手から盗んだものも。
全部、もう俺の中にある。
その全部を、肉雫唼で使える。
「…………ふふ」
「おい」
「はい」
「笑うな」
「申し訳ありません」
「絶対思ってねえだろ」
◇
そんな日が続いた。
護廷十三隊ができる前と、やっていることはあまり変わらない。
けれど、少しずつ周囲が変わっていった。
ある日。
「おい、剣八」
「…………」
足が止まった。
聞き間違いかと思った。
いや、その名前を聞き間違えるはずがない。
「おい」
「…………」
「剣八」
振り返る。
有嬪がいた。
「私を呼びましたか?」
「他に誰がいる」
「…………」
思わず、有嬪を見る。
「何だよ」
「いえ」
剣八。
知っている。もちろん知っている。
前の世界で、何度も聞いた名前だ。
けれど今、それが俺へ向けられた。
それが少し、不思議だった。
「どうした?」
「いえ。何でもありません」
「そうか?」
「はい」
少し間を置く。
「あの」
「あ?」
「何故、私を剣八と?」
「なんだ、知らねえのか」
「はい」
「最近そう呼んでる奴がいるんだよ」
「そうなのですか」
「ああ」
「…………」
そうか。
ここで、そうなるのか。
原作で知っていた名前。
初代剣八。
それが自分であることは、ずっと知っていた。
けれど、どうしてその二文字が生まれたのか。そこまでは知らなかった。
「何故、剣八なのでしょう」
「ああ、それか」
有嬪が頭を掻く。
「剣の八千流」
「…………」
「縮めて、剣八だとよ」
「…………」
剣の。
八千流。
だから。
剣八。
「そういう意味だったのですか」
「ああ」
前の世界では、剣八という名前を知っていた。それが後の世まで受け継がれていく名であることも、俺が初代であることも知っていた。
けれど、その「八」が八千流の八だったとは知らなかった。
「…………ふふ」
「何だよ」
「いえ」
少し、嬉しかった。
「誰が考えたのでしょう」
「知らん」
「ご存じないのですか?」
「気づいたら呼んでる奴がいたんだよ。戦が終わってからだな」
「そうですか」
「ああ。最初は本当に『剣の八千流』ってだけだったみてえだが」
「最初は?」
「最近じゃ、ちょっと意味が変わってきてる」
「どのように?」
有嬪が俺を見る。
「剣八」
もう一度、その名で呼ばれる。
「一番強え剣士だとよ」
「…………」
今度は、すぐには返事ができなかった。
一番強い。
それは。
「違いますね」
「即答かよ」
「はい」
「少しくらい喜べよ」
「ですが、違いますので」
知っている。
俺より強い人を。
戦場を焼いた、あの炎を。
今の俺では、まだあそこには届かない。
「私が一番ではありません」
「…………」
有嬪も、誰のことを言っているのか分かったらしい。
「まあ、あの爺――」
そこで言葉が止まった。
「……じゃねえ。総隊長は別格だからな」
「…………」
「それで?」
「はい?」
「剣八って呼ばれんのは嫌なのか?」
「…………」
考える。
剣八。
知っていた名前。いずれ俺がそう呼ばれることになると知っていた名前。
けれど、実際にこうして呼ばれてみると、前の世界で聞いていた時とは少し違って聞こえた。
剣の八千流。
そこから生まれた名前。
「いいえ」
「そうか」
「ただ」
肉雫唼へ手を置く。
「一番強い者という意味なのであれば、今の私には少し早いですね」
「…………」
「ですが」
口元が緩む。
「今は違っても、いつか本当に一番になればよいのでしょう?」
「…………」
「なら、悪くありません」
有嬪がしばらく俺を見る。
「……お前らしいな」
「そうでしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます」
「褒めてねえ」
◇
剣八。
最初は、ただの呼び名だった。
剣の八千流。それを縮めただけ。
それだけだった。
けれど、その名は少しずつ広がっていった。
「卯ノ花隊長」
「はい」
「こちらを」
十一番隊の隊士から書付を受け取る。
別の日。
「剣八隊長」
「…………」
「どうされました?」
「いえ」
振り返る。
「何でしょう」
また別の日。
「剣八隊長。総隊長がお呼びです」
「分かりました」
さらに別の日。
「剣八隊長」
「はい」
そして。
「剣八」
これは有嬪。
「今日こそ一本――」
「やらねえ」
「まだ何も言っておりません」
「顔で分かる」
「そうですか」
いつの間にか、剣八と呼ばれても考えるより先に振り返るようになっていた。
◇
それと同時に、名前の意味も少しだけ変わっていった。
俺が誰かと斬り合う。
勝つ。
また別の者と斬り合う。
また勝つ。
時には傷を負うこともある。
それでも、また刀を持って出ていく。
そんなことを繰り返すうちに、剣八という二文字は、八千流の名を知らない者にまで別の意味で伝わるようになった。
最も強い剣士。
剣を振るう者の頂点。
それを、剣八と呼ぶ。
「…………」
前の世界で知っていた意味へ、少しずつ近づいていく。
不思議な気分だった。
歴史を知っている。結末も知っている。
なのに、その途中にあるものは何も知らない。
今、その途中を自分で歩いている。
◇
「八千流」
「はい」
山本重國だった。
珍しく、向こうから声を掛けてきた。
「最近、別の名で呼ばれておるようじゃな」
「剣八でしょうか」
「そうじゃ」
「はい」
「気に入ったか」
「そうですね」
少し考える。
「悪くありません」
「ほう」
「ただ」
山本重國を見る。
「まだ、その意味には届いておりません」
「…………」
「最も強い剣士だそうです」
「そうらしいの」
「私は、まだ一番ではありません」
「…………」
山本重國は何も聞かなかった。
誰がより強いのか。
そんなことを聞く必要もないというように。
「ならば、一番になればよい」
「…………」
思わず、笑みがこぼれた。
「はい」
一番でないなら、一番になればいい。
◇
それからも、剣八という名は消えなかった。
むしろ、広がり続けた。
八千流。人斬り。大罪人。化け物。
いくつもあった呼び名が、少しずつ一つに塗り替えられていく。
剣八。
最初は、八千流から取られただけの名。
けれど、いつからだったのか、もう分からない。
その名は、最も強い剣士を意味する言葉になっていた。
そして、その名で呼ばれる者は、まだ一人しかいなかった。
卯ノ花八千流。
護廷十三隊十一番隊隊長。
後の世で、初代と呼ばれることになる最初の剣八。
「…………」
前の世界では知っていた。
卯ノ花八千流は、初代剣八だった。
ただ、知っていたのはそれだけだった。
何故そう呼ばれたのか。いつからそう呼ばれたのか。その名がどうやって意味を持ったのか。
知らなかった。
今なら分かる。
剣八。
剣の八千流。
俺の名から生まれた。
そして、いつか俺がいなくなった後も残っていく名前。
「…………ふふ」
なら、中途半端にはできない。
今はまだ、一番ではない。
けれど、いつか。
誰が聞いても、その二文字だけで最も強い剣士を思い浮かべるように。
強くなればいい。
剣八。
その名に、追いつくために。