BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第二十五章 剣八

戦が終わった。

 

そう言われても、すぐにはそういう気分にはならなかった。

 

昨日まで矢が飛び交っていた場所には死体があり、焼けた建物からはまだ煙が上がっている。歩けば血の臭いがした。

 

護廷十三隊にも、随分と死者が出た。

 

名前を知っていた者もいれば、知らない者もいる。昨日まで同じ場所で刀を振っていた者の死体が、今日は運ばれていく。

 

「…………」

 

これが戦争の後か。

 

初めて見た。

 

もっと何かあるものだと思っていた。勝ったのだから喜ぶとか、生き残ったことに安心するとか。そういうものが。

 

「…………」

 

よく分からない。

 

ただ、静かだった。

 

あれほど聞こえていた刀の音がない。矢も飛んでこないし、誰も襲ってこない。

 

「…………」

 

少し、物足りない。

 

そう思ったところで。

 

「八千流」

 

「はい」

 

声を掛けられ、振り返る。

 

善定寺有嬪だった。

 

こちらを見るなり、眉を寄せる。

 

「お前、その傷どうした」

 

「昨日のものです」

 

「それは見りゃ分かる」

 

肩を見る。

 

布にはまだ血が滲んでいる。脚も痛むし、左腕も上まで上げると少し痛い。

 

「治せるんじゃなかったのか」

 

「はい」

 

「なら治せよ」

 

「…………」

 

少し考える。

 

「もう戦いませんので」

 

「は?」

 

「自然に治せばよいかと」

 

「…………」

 

有嬪が黙った。

 

「何でしょう」

 

「いや」

 

何とも言えない顔をしている。

 

「お前の刀、よく分かんねえな」

 

「私もです」

 

「自分の刀だろ」

 

「ですから、これから知ります」

 

腰の肉雫唼へ触れる。

 

名前は分かった。少しだけ使い方も分かった。

 

けれど、まだそれだけだ。知らないことの方が多い。

 

「…………ふふ」

 

「何笑ってんだ」

 

「楽しみだと思いまして」

 

「そうかよ」

 

有嬪はもう聞くのをやめたらしい。

 

歩き出すその背中へ声を掛けた。

 

「あの」

 

「あ?」

 

「傷が治りましたら」

 

「やらねえぞ」

 

「まだ何も言っておりません」

 

「分かるんだよ」

 

「そうですか」

 

「ああ」

 

「残念です」

 

「……本当に残念そうな顔すんな」

 

 

戦争が終わっても、護廷十三隊はなくならなかった。

 

滅却師を倒すために集められた。最初はそう思ってもいた。

 

けれど、山本重國が作ろうとしていたものは、それだけではなかったらしい。

 

戦が終わってからも人は集められ、十三の隊は少しずつ組織としての形を整えていった。命令を伝える者が決まり、死んだ者の穴には新しい者が入る。

 

その中で、俺が率いるのは十一番隊だった。

 

「…………」

 

十一番隊。

 

前の世界で知っている。

 

後に、戦うことを何より好む者たちが集まる隊。

 

そして、その隊と深く結びつくことになる名前も知っている。

 

けれど、それがどうやって始まるのかまでは知らなかった。

 

 

傷が塞がるまで、それほど長くはかからなかった。

 

肉雫唼は使わなかった。必要がなかったからだ。

 

そして、治った。

 

「有嬪」

 

「あ?」

 

「治りました」

 

「何が」

 

「傷が」

 

「…………」

 

「斬り合えます」

 

「報告しに来ることか、それ」

 

「傷が治ったら、とお話ししましたので」

 

「俺はやるとは言ってねえ」

 

「そうでしたか?」

 

「言ってねえ」

 

「では、今からお願いしても?」

 

「何でそうなる」

 

断られた。

 

翌日、もう一度行った。

 

また断られた。

 

その次の日。

 

「…………」

 

「…………」

 

「有嬪」

 

「今日は絶対やらねえ」

 

「まだ何も」

 

「帰れ」

 

仕方がない。

 

別のところへ行った。

 

 

相手には困らなかった。

 

十三人もいる。有嬪だけではない。

 

戦争の最中には、まともに見る暇もなかった者たち。

 

大きな男。細身の女。翁。

 

それ以外にも強い者はいる。

 

「一本、お願いできますか」

 

「断る」

 

「そうですか」

 

次。

 

「少しだけでも」

 

「嫌だ」

 

「残念です」

 

次。

 

「斬り合いませんか」

 

「何でそんな嬉しそうに誘うんだ」

 

「嫌でしょうか」

 

「嫌に決まってるだろ」

 

「そうですか」

 

断られることも多かった。

 

けれど。

 

「一本、お願いできますか」

 

「……一度だけだぞ」

 

「はい」

 

受けてくれる者もいる。

 

ただ、一度受けた者が、二度目も付き合ってくれるとは限らなかった。

 

「もうお前とはやらん」

 

「何故でしょう」

 

「分からんのか」

 

「はい」

 

「…………」

 

何故か、溜息を吐かれた。

 

それでも何人かは付き合ってくれた。

 

斬る。受ける。流す。踏み込む。

 

肉雫唼を振り、戦争の中で気づいたことを一つずつ試していった。

 

丸い刃で力を逸らし、その動きのまま斬る。

 

相手が慣れるなら変える。今度は逸らすと見せて受ける。相手が警戒するなら、その警戒を使う。

 

「…………」

 

面白い。

 

刀が変わったからといって、今までの剣が使えなくなったわけではない。

 

宗玄から教わったものも、旅の中で見てきたものも、斬り合った相手から盗んだものも。

 

全部、もう俺の中にある。

 

その全部を、肉雫唼で使える。

 

「…………ふふ」

 

「おい」

 

「はい」

 

「笑うな」

 

「申し訳ありません」

 

「絶対思ってねえだろ」

 

 

そんな日が続いた。

 

護廷十三隊ができる前と、やっていることはあまり変わらない。

 

けれど、少しずつ周囲が変わっていった。

 

ある日。

 

「おい、剣八」

 

「…………」

 

足が止まった。

 

聞き間違いかと思った。

 

いや、その名前を聞き間違えるはずがない。

 

「おい」

 

「…………」

 

「剣八」

 

振り返る。

 

有嬪がいた。

 

「私を呼びましたか?」

 

「他に誰がいる」

 

「…………」

 

思わず、有嬪を見る。

 

「何だよ」

 

「いえ」

 

剣八。

 

知っている。もちろん知っている。

 

前の世界で、何度も聞いた名前だ。

 

けれど今、それが俺へ向けられた。

 

それが少し、不思議だった。

 

「どうした?」

 

「いえ。何でもありません」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

少し間を置く。

 

「あの」

 

「あ?」

 

「何故、私を剣八と?」

 

「なんだ、知らねえのか」

 

「はい」

 

「最近そう呼んでる奴がいるんだよ」

 

「そうなのですか」

 

「ああ」

 

「…………」

 

そうか。

 

ここで、そうなるのか。

 

原作で知っていた名前。

 

初代剣八。

 

それが自分であることは、ずっと知っていた。

 

けれど、どうしてその二文字が生まれたのか。そこまでは知らなかった。

 

「何故、剣八なのでしょう」

 

「ああ、それか」

 

有嬪が頭を掻く。

 

「剣の八千流」

 

「…………」

 

「縮めて、剣八だとよ」

 

「…………」

 

剣の。

 

八千流。

 

だから。

 

剣八。

 

「そういう意味だったのですか」

 

「ああ」

 

前の世界では、剣八という名前を知っていた。それが後の世まで受け継がれていく名であることも、俺が初代であることも知っていた。

 

けれど、その「八」が八千流の八だったとは知らなかった。

 

「…………ふふ」

 

「何だよ」

 

「いえ」

 

少し、嬉しかった。

 

「誰が考えたのでしょう」

 

「知らん」

 

「ご存じないのですか?」

 

「気づいたら呼んでる奴がいたんだよ。戦が終わってからだな」

 

「そうですか」

 

「ああ。最初は本当に『剣の八千流』ってだけだったみてえだが」

 

「最初は?」

 

「最近じゃ、ちょっと意味が変わってきてる」

 

「どのように?」

 

有嬪が俺を見る。

 

「剣八」

 

もう一度、その名で呼ばれる。

 

「一番強え剣士だとよ」

 

「…………」

 

今度は、すぐには返事ができなかった。

 

一番強い。

 

それは。

 

「違いますね」

 

「即答かよ」

 

「はい」

 

「少しくらい喜べよ」

 

「ですが、違いますので」

 

知っている。

 

俺より強い人を。

 

戦場を焼いた、あの炎を。

 

今の俺では、まだあそこには届かない。

 

「私が一番ではありません」

 

「…………」

 

有嬪も、誰のことを言っているのか分かったらしい。

 

「まあ、あの爺――」

 

そこで言葉が止まった。

 

「……じゃねえ。総隊長は別格だからな」

 

「…………」

 

「それで?」

 

「はい?」

 

「剣八って呼ばれんのは嫌なのか?」

 

「…………」

 

考える。

 

剣八。

 

知っていた名前。いずれ俺がそう呼ばれることになると知っていた名前。

 

けれど、実際にこうして呼ばれてみると、前の世界で聞いていた時とは少し違って聞こえた。

 

剣の八千流。

 

そこから生まれた名前。

 

「いいえ」

 

「そうか」

 

「ただ」

 

肉雫唼へ手を置く。

 

「一番強い者という意味なのであれば、今の私には少し早いですね」

 

「…………」

 

「ですが」

 

口元が緩む。

 

「今は違っても、いつか本当に一番になればよいのでしょう?」

 

「…………」

 

「なら、悪くありません」

 

有嬪がしばらく俺を見る。

 

「……お前らしいな」

 

「そうでしょうか」

 

「ああ」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めてねえ」

 

 

剣八。

 

最初は、ただの呼び名だった。

 

剣の八千流。それを縮めただけ。

 

それだけだった。

 

けれど、その名は少しずつ広がっていった。

 

「卯ノ花隊長」

 

「はい」

 

「こちらを」

 

十一番隊の隊士から書付を受け取る。

 

別の日。

 

「剣八隊長」

 

「…………」

 

「どうされました?」

 

「いえ」

 

振り返る。

 

「何でしょう」

 

また別の日。

 

「剣八隊長。総隊長がお呼びです」

 

「分かりました」

 

さらに別の日。

 

「剣八隊長」

 

「はい」

 

そして。

 

「剣八」

 

これは有嬪。

 

「今日こそ一本――」

 

「やらねえ」

 

「まだ何も言っておりません」

 

「顔で分かる」

 

「そうですか」

 

いつの間にか、剣八と呼ばれても考えるより先に振り返るようになっていた。

 

 

それと同時に、名前の意味も少しだけ変わっていった。

 

俺が誰かと斬り合う。

 

勝つ。

 

また別の者と斬り合う。

 

また勝つ。

 

時には傷を負うこともある。

 

それでも、また刀を持って出ていく。

 

そんなことを繰り返すうちに、剣八という二文字は、八千流の名を知らない者にまで別の意味で伝わるようになった。

 

最も強い剣士。

 

剣を振るう者の頂点。

 

それを、剣八と呼ぶ。

 

「…………」

 

前の世界で知っていた意味へ、少しずつ近づいていく。

 

不思議な気分だった。

 

歴史を知っている。結末も知っている。

 

なのに、その途中にあるものは何も知らない。

 

今、その途中を自分で歩いている。

 

 

「八千流」

 

「はい」

 

山本重國だった。

 

珍しく、向こうから声を掛けてきた。

 

「最近、別の名で呼ばれておるようじゃな」

 

「剣八でしょうか」

 

「そうじゃ」

 

「はい」

 

「気に入ったか」

 

「そうですね」

 

少し考える。

 

「悪くありません」

 

「ほう」

 

「ただ」

 

山本重國を見る。

 

「まだ、その意味には届いておりません」

 

「…………」

 

「最も強い剣士だそうです」

 

「そうらしいの」

 

「私は、まだ一番ではありません」

 

「…………」

 

山本重國は何も聞かなかった。

 

誰がより強いのか。

 

そんなことを聞く必要もないというように。

 

「ならば、一番になればよい」

 

「…………」

 

思わず、笑みがこぼれた。

 

「はい」

 

一番でないなら、一番になればいい。

 

 

それからも、剣八という名は消えなかった。

 

むしろ、広がり続けた。

 

八千流。人斬り。大罪人。化け物。

 

いくつもあった呼び名が、少しずつ一つに塗り替えられていく。

 

剣八。

 

最初は、八千流から取られただけの名。

 

けれど、いつからだったのか、もう分からない。

 

その名は、最も強い剣士を意味する言葉になっていた。

 

そして、その名で呼ばれる者は、まだ一人しかいなかった。

 

卯ノ花八千流。

 

護廷十三隊十一番隊隊長。

 

後の世で、初代と呼ばれることになる最初の剣八。

 

「…………」

 

前の世界では知っていた。

 

卯ノ花八千流は、初代剣八だった。

 

ただ、知っていたのはそれだけだった。

 

何故そう呼ばれたのか。いつからそう呼ばれたのか。その名がどうやって意味を持ったのか。

 

知らなかった。

 

今なら分かる。

 

剣八。

 

剣の八千流。

 

俺の名から生まれた。

 

そして、いつか俺がいなくなった後も残っていく名前。

 

「…………ふふ」

 

なら、中途半端にはできない。

 

今はまだ、一番ではない。

 

けれど、いつか。

 

誰が聞いても、その二文字だけで最も強い剣士を思い浮かべるように。

 

強くなればいい。

 

剣八。

 

その名に、追いつくために。

 

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