BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
護廷十三隊を離れてから、十日が経った。
行き先は決めていない。
ただ、足の向く方へ歩いている。
瀞霊廷を出て。
流魂街を抜け。
知っている道がなくなっても、そのまま歩いた。
以前なら。
道ですれ違う者の腰に刀があれば、まずそこを見ていた。
強いのか。
どんな剣を使うのか。
戦えば、どちらが勝つのか。
今も目に入らないわけではない。
だが。
「…………」
以前ほどではなかった。
代わりに、別のものを見るようになった。
道の脇で畑を耕す者。
家の前で洗濯物を干す女。
走り回る子供。
軒下で昼寝をしている老人。
そういうものが。
妙に目につく。
「…………」
昔もあったはずなのに。
こんなに見ていただろうか。
分からなかった。
◇
「姉ちゃん、旅人か?」
声をかけられた。
振り向くと、小さな荷車を引いた老人がこちらを見ていた。
「はい」
「どこまで行く」
「決めていません」
「…………は?」
「まだ、どこへ行くか決めていないのです」
老人が眉を寄せる。
「じゃあ、何で歩いてんだ」
「歩きたいからでしょうか」
「俺に聞くなよ」
「申し訳ありません」
老人がしばらくこちらを見る。
やがて。
「変わった嬢ちゃんだな」
「よく言われます」
「そうだろうな」
荷車の車輪が、石にはまった。
「ああ、くそ」
「押しましょうか」
「いいのか?」
「はい」
後ろへ回る。
荷車を持ち上げる。
「せーの――」
老人が力を入れるより先に。
荷車が石から抜けた。
「…………」
「抜けました」
「お前、力あるな」
「そうでしょうか」
「あるだろ」
そう言われても。
もっと力の強い者をいくらでも知っている。
「どっちへ行くんだ?」
老人が聞いた。
「まだ決めていません」
「なら、この先の村まで来い。飯くらい食わせてやる」
「よろしいのですか?」
「荷車押してもらったからな」
「ありがとうございます」
その日は。
老人と一緒に荷車を引いて歩いた。
◇
山小屋では。
薪を割った。
「違う違う」
男が横から言う。
「もっと腰を入れろ」
「こうでしょうか」
「違う。足はこうだ」
「こうですか?」
「そうそう」
斧を振り下ろす。
――ガッ。
「…………」
斧が薪に食い込んだ。
「難しいですね」
斧を引き抜く。
「…………」
「剣とは少し違いますね」
「当たり前だ」
「でも、似ています」
「何が」
「力を入れる場所でしょうか」
男は少し黙ってから。
「知らん」
と言った。
「そうですか」
今度は。
剣と同じように構えてみる。
肩の力を抜き。
いつものように振り下ろす。
――パカンッ。
薪が綺麗に割れた。
「…………」
男が薪と俺を二度見した。
「ふふっ」
もう一本置く。
同じように振る。
――パカンッ。
「ふふふっ」
「…………」
少し面白かった。
◇
別の村では。
子供に追いかけられた。
「姉ちゃん!」
「はい」
「それ刀?」
「はい」
「見せて!」
「駄目です」
「なんで!」
「危ないので」
「ちょっとだけ!」
「駄目です」
しばらく歩いても、ついてくる。
「…………」
「ねえ」
「はい」
「強い?」
足が止まった。
「私ですか?」
「うん」
「…………」
どうなのだろう。
宗玄よりは弱かった。
山本重國にも届かなかった。
更木とは。
「…………」
「姉ちゃん?」
「強い方だとは思います」
「どれくらい?」
「分かりません」
「じゃあ俺とどっちが強い?」
「私です」
「即答じゃん!」
「申し訳ありません」
「そこは悩めよ!」
子供が怒った。
少し笑った。
◇
雨が降った。
かなり強い。
近くにあった小屋の軒下へ入る。
すでに先客がいた。
若い男だった。
腰に刀がある。
向こうもこちらの刀を見た。
「…………」
「…………」
昔なら。
少し期待したかもしれない。
男も同じだったのか。
「姉ちゃん、強いだろ」
「どうでしょう」
「その刀、飾りじゃねえんだろ?」
「はい」
「俺もだ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
雨を見る。
「やらないのか?」
「何をでしょう」
「斬り合いだよ。分かんだろ」
「今ですか?」
「まあ……そうだな」
雨を見る。
「雨が止んでからでいいですか?」
「…………」
男が何とも言えない顔をした。
「別に、いいけどよ」
「ありがとうございます」
結局。
雨がやんでも。
斬り合うことはなかった。
男は東へ。
俺は西へ向かった。
◇
道端で。
男が倒れていた。
「…………」
近づく。
脇腹から血が出ている。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫に見えるか」
「見えませんね」
「…………」
傷口へ手を当てる。
霊力を流す。
淡い光が傷を包んだ。
「……何してる」
「治しています」
「お前、医者か?」
「いえ」
傷が少しずつ塞がっていく。
「剣士です」
「…………」
男が俺の腰の肉雫唼を見る。
もう一度、傷を治す手を見る。
「……どっちだよ」
「剣士です」
「そうかよ……」
治療を続けた。
◇
歩いた。
山を越えた。
川を渡った。
森を抜けた。
途中で道を間違えた。
「…………」
同じ木を三度見た。
さすがに気づく。
「迷いましたね」
誰もいない。
返事もない。
引き返した。
今度は反対へ進んだ。
また同じ木があった。
「…………」
どうやら。
剣より道を覚える方が難しいらしい。
その日は森を出られなかった。
◇
夜。
焚き火を起こした。
適当に拾った枝を燃やす。
火の向こうに。
肉雫唼を置く。
「…………」
静かだった。
隊舎にいた頃なら。
遠くから誰かの声が聞こえた。
隊士が歩く音。
刀がぶつかる音。
誰かが呼ぶ声。
今は。
木が燃える音しかない。
少し前までなら。
暇だと思ったかもしれない。
けれど。
不思議と嫌ではなかった。
枝が一本。
火の中で崩れた。
「…………」
宗玄は。
こういう時間をどう過ごしていたのだろう。
新太なら。
きっと何か喋っていただろう。
「…………ふふ」
少しだけ笑った。
◇
日差しの強い季節の頃。
歩いていると。
道端で老婆が座り込んでいた。
傍らには、大きな籠がある。
「どうされました?」
「暑くてねえ。ちょっと休んでたんだよ」
「そうでしたか」
「もう行くよ。まだ運ばないといけないからね」
老婆が籠へ手を伸ばす。
「運びましょうか」
「いやいや、無理だよ。重いから」
「そうですか」
片手で持ち上げる。
「…………」
「どちらまででしょう」
「お前さん、何者だい」
「旅人です」
「旅人ってそんなに力あるのかい?」
「人によると思います」
片手に籠を持って歩く。
中には野菜が入っていた。
「姉ちゃん、どこから来たんだ?」
「瀞霊廷です」
「死神かい?」
「以前は」
「辞めたのか?」
「少し、お暇をいただきました」
「暇?」
「はい」
「死神って暇取れるのか」
「私も今回初めて取りました」
老婆が笑った。
「変な死神だねえ」
また言われた。
◇
その日。
礼にと大根を一本もらった。
「…………」
どう食べればいいのだろう。
焼いてみた。
焦げた。
一口食べる。
「…………」
苦い。
もう一口。
やはり苦い。
「…………」
宗玄なら。
もう少しましに作れただろうか。
新太は。
多分、俺より下手だった。
そう思うと。
少し懐かしくなった。
◇
数日後。
小さな集落を通りかかった。
家々の間を歩いていると、どこからか匂いがした。
「…………」
足が止まる。
何かを煮ているらしい。
匂いを辿ると、家の前で女が鍋を火にかけていた。
中を覗く。
大根が入っている。
「…………」
「なんだい」
女がこちらを見た。
「いえ」
「腹減ってるのかい?」
「それもありますが」
もう一度、鍋を見る。
「大根は、そうやって食べるのですね」
「…………は?」
「以前、一本いただきまして」
「うん」
「焼きました」
「焼いたって、どうやって」
「そのまま火にかけました」
「丸ごとかい?」
「はい」
「…………」
女が黙った。
「焦げました」
「そりゃ焦げるよ」
「苦かったです」
「そりゃ苦いよ」
「やはり、やり方が違ったのですね」
「見りゃ分かるだろう」
「分かりませんでした」
女が俺の顔を見る。
それから腰の肉雫唼を見て、もう一度俺の顔を見た。
「あんた、飯作ったことないのかい?」
「ほとんどありません」
「今までどうしてたんだい」
「誰かが作っていましたので」
「いい身分だねえ」
「そうかもしれません」
女が呆れたように息を吐いた。
「そこ座りな」
「よろしいのですか?」
「そのまま旅させたら、また何か丸焼きにするだろ」
「…………」
否定できない。
「お願いいたします」
火のそばへ座った。
女が別の大根を一本持ってくる。
「まず洗う」
「はい」
言われた通りに洗う。
女へ渡すと、慣れた手つきで皮を剥いていった。
「それから切る」
「はい」
包丁を渡された。
大根を置き、刃を入れる。
すっと切れた。
「……あんた、包丁は使えるんだね」
「刃物ですから」
「じゃあ、なんで丸ごと焼いたんだい」
「切ってから調理するとは知りませんでした」
「…………」
女が何とも言えない顔をした。
切った大根を鍋へ入れる。
他の野菜も入れ、水を加える。
そこまで終わると。
「待つ」
「待つのですか」
「そうだよ」
「どれくらいでしょう」
「柔らかくなるまで」
「…………」
曖昧だった。
「どのくらい待てばよいのでしょう」
「そんなもん数えてないよ」
「では、どうやって分かるのでしょう」
「見りゃ分かる」
「…………」
それが分からないから聞いているのだが。
とはいえ、女はもう鍋を見ている。
俺も見ることにした。
しばらくして、女が大根へ箸を刺した。
「ほら」
「はい」
「こうなったら食える」
「なるほど」
同じように箸を刺してみる。
すっと入った。
「…………」
少し面白い。
器によそってもらい、一つ食べる。
「…………」
「どうだい」
「美味しいです」
「だろ」
もう一つ食べる。
以前食べたものとは、まるで違った。
「大根とは、このような味だったのですね」
「焦げた味だと思ってたのかい」
「少し」
「大根に謝りな」
「申し訳ありませんでした」
「本当に謝るのかい」
「…………?」
女が笑った。
俺も少し笑う。
刀の振り方なら、教えられる。
傷の治し方も、今なら少しは分かる。
けれど。
大根の食べ方一つ、俺は知らなかった。
「…………」
知らないことは、まだ随分とあるらしい。
鍋から、もう一つ大根を取った。
◇
ある村では。
「姉ちゃん、腰も治せるのか?」
老人に聞かれた。
「腰ですか?」
「ああ。ずっと痛くてな」
「やってみましょうか」
「おう」
腰へ手を当てる。
霊力を流す。
「…………」
「どうでしょう」
老人が立ち上がる。
腰を伸ばす。
捻る。
もう一度捻る。
「…………」
「痛みますか?」
「痛くねえ」
「よかったです」
「ちょっと待ってろ」
「はい」
老人が走っていった。
「…………」
腰は大丈夫そうだった。
しばらくすると。
戻ってきた。
老婆を連れて。
「こいつも頼む」
「肩が上がらなくてねえ」
「分かりました」
肩へ手を当てる。
霊力を流す。
「上げてみてください」
老婆が腕を上げた。
「あら」
もう少し上げる。
「あらあら」
頭の上まで上がった。
「あらまあ」
「大丈夫そうですね」
「ちょっと待ってておくれ」
「はい」
老婆が走っていった。
「…………」
肩も大丈夫そうだった。
しばらくすると。
三人になって戻ってきた。
「…………」
「膝が痛いんだと」
「首が回らなくてねえ」
「俺は腰だ」
「分かりました」
治した。
「おお」
「楽になった」
「こりゃすごい」
「ありがとうございます」
「ちょっと待ってろ」
「はい」
三人が走っていった。
「…………」
嫌な予感がした。
しばらくすると。
八人になって戻ってきた。
「…………」
「お願いします」
「はい」
治した。
さらに増えた。
治した。
また増えた。
「…………」
日が暮れる頃には。
列ができていた。
「次の方」
「はいよ」
腰へ手を当てる。
「次の方」
「はいはい」
肩へ手を当てる。
「次の方」
「膝なんだけど」
「見せてください」
「…………」
何をしているのだろう。
俺は。
旅をしていたはずなのだが。
「次、俺な!」
「並べ!」
「割り込むんじゃないよ!」
「…………」
いつの間にか。
整理する者までいた。
「姉ちゃん!」
「はい」
「明日もいるか?」
「いえ。出発します」
「そうか……」
老人たちが一斉に残念そうな顔をした。
「…………」
「では」
少し考える。
「今日中に治しましょうか」
「おお!」
歓声が上がった。
「…………」
その日は。
夜まで村人を治した。
◇
さらに歩いた。
ある集落で。
剣を教えている壮年の男を見た。
子供が五人ほど。
木の棒を握って並んでいる。
「違う」
男が言った。
「足が逆だ」
「こう?」
「そうだ」
「腕は?」
「上げ過ぎるな」
「こう?」
「そう」
「…………」
足が止まった。
見覚えのある光景だった。
もちろん。
宗玄ではない。
教えている内容も。
構えも。
全く違う。
それでも。
「もっと腰を落とせ」
「きつい!」
「だからやるんだ」
「嫌だ!」
「じゃあ帰れ」
「嫌だ!」
「どっちだ」
子供たちが笑った。
男も笑った。
「…………」
しばらく見ていた。
やがて男がこちらに気づく。
「何か用か?」
「いえ」
「剣を習いたいのか?」
「昔、習っていました」
「そうか」
「はい」
頭を下げる。
その場を離れた。
歩きながら。
昔のことを思い出していた。
木の棒。
足の置き方。
握り方。
構え。
宗玄の声。
そして。
隣にいた男。
「…………」
新太。
最後に見た姿を思い出す。
あれから。
随分と長い時間が経った。
◇
それからも旅を続けた。
知らない町へ行った。
知らないものを食べた。
知らない者と話した。
道を尋ね。
道を間違え。
時には数日同じ場所に留まった。
祭りを見た。
喧嘩を見た。
結婚する二人を見た。
死んだ者を送る人々も見た。
刀を持たずに生きている者の方が。
ずっと多かった。
「…………」
尸魂界へ来てから。
俺はずっと剣を追っていた。
剣を習い。
強い者を探し。
斬り合い。
もっと強い者を探した。
それが嫌になったわけではない。
今でも。
強い者がいると聞けば興味は湧く。
斬り合えば。
きっと楽しい。
けれど。
それ以外にも。
面白いものはあるらしい。
そう思うようになった。
◇
ある夕方。
小さな川のほとりに座り、沈んでいく夕日を眺めていた。
「…………」
旅に出てから、どれほど経ったのだろう。
考えてみたが、分からなかった。
そもそも、日数など数えていない。
行きたい場所も、戻らなければならない日もない。
だから、それで困ることもなかった。
川の流れを眺めながら、昔のことを考える。
あれから長い年月が流れ、多くの者と斬り合ってきた。
それでも。
あの日々は、ずっと俺の真ん中にある。
だからなのか。
まるで癖のように、あの日々を思い出すことが多い。
宗玄のこと。
新太のこと。
二人と剣を振っていた頃のこと。
「…………」
随分、遠くまで来た。
そう思った。
立ち上がり、肉雫唼を腰へ戻す。
明日どちらへ行くかは。
まだ決めていなかった。