BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい   作:まいちー

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第三十章 更木の子

 

 子供と目が合った。

 

「…………」

 

 降り続く雨に濡れた、まだ幼い、小さな子供だった。

 

 死体の山の上に腰を落とし、血に濡れた刀を握っている。

 

 その姿と、目の前の幼さがまるで噛み合わない。

 

 けれど、俺は知っている。

 

 剣の申し子。

 

 戦いに生きる修羅。

 

 更木剣八。

 

 そして、本物の卯ノ花八千流を絶望させた者。

 

  

 

 ――私は、()んでいた

 

 剣に

 

 戦いに

 

 それ故

 

 剣を悦ばせるに足る敵を求めて

 

 あらゆる場所を彷徨った

  

 それ故

 

 剣が

 

 それに()む者同士を

 

 引き合わせたのでしょう

 

 

「隊長……?」

 

 後ろから声がした。

 

 答えなかった。

 

 目を離せない。

 

 この子が、更木剣八。

 

 後の十一番隊隊長。

 

 いつか出会うことも、その刃が俺の胸へ届くことも知っていた。

 

 けれど、知識として知っていることと、こうして目の前にすることはまるで違った。

 

 死体の山の上から子供が立ち上がり、ゆっくりと降りてくる。

 

 刀を引きずることも、構えることもない。

 

 ただ歩いてくる。

 

「…………」

 

 近づくほどに分かる。

 

 異質だ。

 

 宗玄とも、山本重國とも、護廷十三隊の隊長たちとも違う。

 

 剣を極めたわけではない。

 

 斬拳走鬼を磨き上げたわけでもない。

 

 ただ、身体が、刀が、俺に告げている。

 

 強い。

 

 それだけだった。

 

「隊長」

 

「下がっていてください」

 

「ですが――」

 

「下がりなさい!」

 

「……っ!」

 

 思わず声を荒らげると、隊士は息を呑み、すぐに距離を取った。

 

 俺は腰の刀へ手を掛けた。

 

 子供が止まる。

 

「お前」

 

「はい」

 

「強えのか?」

 

「ええ」

 

 鞘を傾け、鯉口を切る。

 

「あらゆる流派」

 

 ゆっくりと刀を抜く。

 

「あらゆる刃の流れは」

 

 直刀の切っ先を、子供へ向けた。

 

「我が手にあり」

 

 子供の口元が大きく歪んだ。

 

 次の瞬間、その姿が消えた。

 

「――っ!」

 

 反射的に刀を上げる。

 

 凄まじい衝撃が腕へ走った。

 

 刃と刃は確かに噛み合っている。見えていたし、受けることもできた。それなのに子供の刀は止まらず、押し込まれた腕ごとこちらの刃が首元へ迫ってくる。

 

 足が濡れた地面を削り、泥を跳ね上げながら、二本の長い跡が伸びていく。

 

 押し返せない。

 

 首を傾けて刃を紙一重でやり過ごし、すれ違った刀が下へ落ちたところへ胴を返す。

 

 ここなら届く。

 

 そう思った瞬間、落ちていたはずの子供の刀が跳ね上がった。

 

「――っ!」

 

 俺の刀が弾かれる。

 

 振り下ろした一撃を戻したのではない。下へ抜けた勢いのまま、次の一太刀へ変えている。

 

 その刀が、もうこちらへ来ていた。

 

 身体を引くと、鼻先を刃が通り過ぎる。

 

 すぐに刀を返し、子供もまた振り返す。

 

 刃と刃が激しくぶつかり、互いの刀が弾かれた反動で距離が空いた。

 

「…………」

 

 斬られてはいない。

 

 けれど、今の一合だけで分かった。

 

 この子は強い。

 

 俺よりも。

 

「…………ふ」

 

 声が漏れた。

 

 気づけば笑っていた。

 

 何百年ぶりだろう。

 

 一合目から、こんなにも分からなかったのは。

 

 子供も笑った。

 

 

 ――貴方は嬉しかったでしょう

 

 周りを見ても

 

 雑魚ばかり

 

 剣を試せる敵すら無し

 

 そんな貴方にとって

 

 私は

 

 初めて遭遇する

 

 力の拮抗した敵だった

 

 

 右から刀が来る。

 

 肩と腰の動きから軌道を読み、首だと判断して身体を外した。

 

 だが、避けたはずの刃が途中で沈む。

 

「――っ!」

 

 胸へ変わった。

 

 刀を差し込み、辛うじて弾いて胴へ返す。

 

 子供が避ける。

 

 そのまま追い、今度こそ届くと思ったところで、逃げたはずの子供がこちらへ踏み込んできた。

 

「…………!」

 

 一瞬で距離が消えた。

 

 斬るために伸ばしていた腕の内側へ、子供の身体が入り込む。

 

 刀を振る間合いではない。

 

 それでも子供は無理矢理腕を返し、至近距離から刃を振った。

 

 開脚するように身体を沈ませ、頭を下げる。

 

 頭上を刀が通過したところで、低い姿勢から斬り上げる。

 

 子供が身体を捻り、服が裂ける。

 

 それでも退かない。

 

 こちらの刀が上へ抜けた瞬間、空いた脇腹へ刀を差し込んでくる。

 

 足を蹴り出して身体ごと後ろへ逃がすと、刃先が着物を掠めた。

 

 着地するより早く子供が追ってくる。

 

 一歩で間合いを詰め、刀を斜め上から振り下ろした。

 

 その腕が振り切られるより先に左手を伸ばし、掌で柄頭を押さえる。

 

「…………!」

 

 力が乗り切る前に、刀が止まった。

 

 子供が目を見開く。

 

 その一瞬に。

 

 右手の刀を振る。

 

 首へ。

 

 だが子供は地面を蹴り、身体を宙へ投げ出した。頭と足を入れ替えるように回転する。

 

 押さえていた柄頭が、俺の掌から抜けた。

 

 そのまま俺の刃を躱し。

 

 回転の勢いを乗せて、刀を振る。

 

「――っ!」

 

 横から迫る刃に身体を反らす。

 

 眼前を、刃が走り抜ける。

 

 一瞬遅れて、その軌道をなぞるように雨粒が弾けた。

 

     ◇

 

 何百年もの間に、俺は数え切れないほどの剣を見てきた。

 

 構え、足運び、呼吸、視線、肩や腰の動き。その全てから、相手が次に何をするのかを読む。

 

 けれど、この子にはその前提がない。

 

 型がない。

 

 いや。

 

 型を必要としていない。

 

「…………」

 

 次の一太刀を、その一太刀が来てから考えなければならない。

 

 口元が緩む。

 

 こんなことが。

 

 こんなにも。

 

 楽しい。

 

     ◇

 

 刃がぶつかる。

 

 一合、二合、三合。

 

 力では向こうが上。

 

 速さも。

 

 反応も。

 

 異常だった。

 

 まともに受ければ崩される。

 

 なら、正面から受けなければいい。

 

 振り下ろされる刃へこちらの刀を斜めに合わせ、止めずに流す。

 

 子供の刀が外へ逸れ、そのまま首へ返した。

 

 身体を反らされ、届かない。

 

 直後にはもう刀が戻ってきた。

 

「――っ!」

 

 受けずに半歩ずれれば、刃が胸の前を通り過ぎる。

 

 子供が踏み込む。

 

 分かっている。

 

 追ってくる。

 

 そこへ。

 

 刃を置いた。

 

 子供が強引に身体を捻った。

 

 刃先が胸を浅く裂く。

 

 血が飛んだ。

 

 子供の。

 

 血。

 

 

「…………」

 

 宗玄には、何度もこうして動かされた。

 

 強く斬れば、その力を利用される。踏み込めば、その一歩を使われる。こちらが自分で選んでいるつもりでも、気づけば宗玄の望むところへ身体を運ばされている。

 

 なら、俺も同じようにすればいい。

 

 子供が踏み込む先へ、刀を置く。

 

 何百年も刀を振るううちに、それはもう考えるまでもなく身体へ染みついていた。

 

「…………」

 

 子供の目が、さらに輝く。

 

 傷などどうでもいいらしい。

 

 次の瞬間には、こちらの刀を押し潰すような一撃を振り下ろしてきた。

 

 俺も刀を上げる。

 

 再び、刃がぶつかった。

 

     ◇

 

 刀を合わせるたびに、少しずつ分かってくる。

 

 そう思った。

 

 だが、違った。

 

 分かったと思うたびに覆される。

 

 子供は剣を知らない。

 

 少なくとも、俺が知っている意味での剣を。

 

 誰かから教わった型も、積み重ねた流派も、相手を誘導する理もない。

 

 ただ斬りたい場所へ、最も速く、最も強く刀を振っている。

 

 それだけなのに。

 

 俺が何百年も積み上げてきたものを、力と本能だけで正面から崩してくる。

 

 首を狙って振られた刀を身体を外して避け、そのまま胴へ返す。

 

 子供は刀を引き戻して受けるのではなく、振り抜いた腕を強引に返し、こちらの刃を横から叩き上げた。

 

「――っ!」

 

 弾かれた刀が上へ流れる。

 

 そこへ、また刀が返ってくる。

 

 今度は横から。

 

 身体を反らすと、刃先が胸の前を通り過ぎた。

 

 こちらも踏み込んで間を空けずに返し、子供がそれを受ける。

 

 刃と刃がぶつかり、衝撃が腕を抜けて肩まで響いた。

 

 子供が笑う。

 

「…………」

 

 俺も笑っていた。

 

 まだ一度も斬られていない。

 

 けれど、余裕などどこにもない。

 

 一つ間違えば届く。

 

 この子の刃は、間違いなく俺まで届く。

 

 それが嬉しかった。

 

 

 ――思いもしなかった

 

 よもや私が

 

 こんな子供相手の斬り合いに

 

 かつて無い悦びを得ようとは

 

 

「…………」

 

 どれほど刀を重ねただろう。

 

 子供の身体には、腕、肩、脇腹、胸と、いくつもの傷が増えていた。

 

 けれど、どれも致命傷には届かない。

 

 浅く斬ることはできる。

 

 深く斬り込もうとすれば必ず逃げられ、あるいはそれ以上の一撃が返ってくる。

 

 俺の身体には、まだ一つの傷もなかった。

 

 だからといって、俺の方が強いわけではない。

 

 何百年と積み重ねた技と経験で、どうにか凌いでいるだけだった。

 

 嫌でも分かる。

 

 この子は、俺より強い。

 

「…………」

 

 知っていた。

 

 前の世界で、本物の卯ノ花八千流をこの子は上回っていた。

 

 だから驚くことではない。

 

 そのはずだった。

 

 刀が来る。

 

 受け、弾き、返そうとする。

 

 子供が身体を外して距離を作り、今度はこちらから踏み込む。

 

 迎え撃つ刀とぶつかり、また離れる。

 

「…………」

 

 違う。

 

 知っていることと、実際に刃を重ねることは全く違う。

 

 本物の卯ノ花八千流も、この力をその身で知った。

 

 なら。

 

 俺は。

 

 どこまでこの子と斬り合える。

 

     ◇

 

 子供が踏み込んできた。

 

 一撃目は首。

 

 避けた瞬間、そこから二撃目が来る。

 

 そう考えた瞬間、子供は刀を戻さず、そのまま肩からこちらへぶつかってきた。

 

「っ……!」

 

 身体が崩れる。

 

 そこへ刃が上がる。

 

 刀を合わせたが、腕が沈み、押し返せない。

 

 身体を横へ逃がすと、子供の刃が鼻先を掠めて抜けていった。

 

 すぐに返す。

 

 弾かれる。

 

 弾かれたこちらの刀を見て、子供がさらに踏み込んできた。

 

 また来る。

 

「…………」

 

 直刀では、足りない。

 

 そう思った瞬間、刀が応えた。

 

 名を呼ぶ必要はない。

 

 刀身が長く伸び、大きく湾曲し、変じた刃をそのまま振り上げる。

 

 刃と刃がぶつかり、互いの刀が弾かれた。

 

 子供の目が輝いた。

 

「刀が変わった!」

 

「はい」

 

 肉雫唼を構える。

 

「斬魄刀といいます」

 

 子供がさらに笑った。

 

「面白え!」

 

 迷いなく飛び込んでくる。

 

 振り下ろされた刀を、湾曲した刃の手元に近い部分で受けた。

 

 正面から止めず、その力を外へ流す。

 

 子供の腕が刀ごと外へ逸れた。

 

 それでも、湾曲した刃の先はまだ子供へ向いている。

 

 逸らした、その続きで斬る。

 

 刃が子供の肩から胸へ走り、血が噴き出した。

 

 身体が傾く。

 

 深い。

 

 それでも止まらない。

 

 子供は笑ったまま。

 

 斬られた方向へ倒れながら片手を地面へ突き、そこから無理矢理こちらへ身体を戻してくる。

 

「…………!」

 

 刀が来る。

 

 身体を反らすと、胸のすぐ前を刃が通り過ぎた。

 

「…………」

 

 楽しい。

 

 本当に、楽しい。

 

 こんな斬り合いを、ずっと心の底から探していた。

 

     ◇

 

 肉雫唼に変わっても、力の差が消えたわけではなかった。

 

 むしろ、子供はさらに楽しそうに刀を振るった。

 

 大きく湾曲した刃で力を流し、そのまま返す。

 

 避けられれば次が来る。

 

 肉雫唼を滑らせて逸らし、斬る。

 

 また避けられ、返ってきた刀が目の前を通る。

 

「…………」

 

 終わらない。

 

 終わってほしくない。

 

 前の世界の記憶がある。

 

 この子が誰なのか知っている。

 

 この出会いが何を意味するのかも知っている。

 

 けれど、この子が次にどう斬るのか、俺は知らない。

 

 それでいい。

 

 いや。

 

 それが、いい。

 

     ◇

 

 一瞬だった。

 

 子供の踏み込みが変わった。

 

「――」

 

 見えた。

 

 足が動き、肩が動く。

 

 腕も刀も、どこを斬ろうとしているのかも分かった。

 

 だから肉雫唼を動かした。

 

 間に合う。

 

 そう思った。

 

 けれど、次の瞬間には刃がもう目の前にあった。

 

「――っ!」

 

 速い。

 

 予想より、ほんの少し。

 

 それだけで。

 

 間に合わなかった。

 

 刃が胸を裂いた。

 

「――――っ!」

 

 初めて、俺の血が飛ぶ。

 

 傷は深く、身体から力が抜け、そのまま膝が地面についた。

 

「…………」

 

 何が起きたのかは分かっている。

 

 見えていたし、読めてもいた。

 

 ただ、身体が追いつかなかった。

 

 胸を見る。

 

 一本の深い傷から、血が流れている。

 

 この場所を知っている。

 

 本物の卯ノ花八千流。

 

 後の卯ノ花烈。

 

 その胸元に残っていた、たった一つの傷。

 

「…………」

 

 ここだ。

 

 本物の卯ノ花八千流も、ここを斬られた。

 

 子供がこちらを見ている。

 

 その顔には笑みがあった。

 

 肉雫唼を握って立とうとするが、足に力が入らない。

 

「…………」

 

 なら。

 

 ここまでなのか。

 

 本物と、同じところまで。

 

――私は強い

 

 貴方以外の

 

 誰よりも

 

 

「…………」

 

 違う。

 

 肉雫唼を地面へ突き、身体を起こす。

 

 胸から血が落ちる。

 

 痛い。

 

 けれど、立てる。

 

 なら、まだ斬れる。

 

 子供の笑みがさらに深くなった。

 

「…………」

 

 息を吐き、肉雫唼を構える。

 

「まだ」

 

 切っ先を向ける。

 

「終わっておりませんので」

 

     ◇

 

 同じ名を名乗った。

 

 同じ剣八になった。

 

 同じ相手と出会い、同じ場所を斬られた。

 

 けれど。

 

 ここから先まで、同じである必要はない。

 

 ここまで来るために振った刀は、俺のものだ。

 

 原作を知っていたから、強くなったのではない。

 

 宗玄に剣を教わった。

 

 流魂街を歩いた。

 

 数え切れない剣を見た。

 

 山本重國と戦った。

 

 護廷十三隊へ入った。

 

 戦争を経験した。

 

 肉雫唼を知った。

 

 それからも、何百年と刀を振り続けた。

 

 その全てが、今、この一振りの中にある。

 

「…………」

 

 俺は、本物の卯ノ花八千流ではない。

 

 俺は。

 

 俺が。

 

 卯ノ花八千流だ。

 

     ◇

 

 子供が地面を蹴った。

 

 速い。

 

 胸を斬った、あの一太刀と何も変わらない。

 

 肉雫唼を構える。

 

 一度目は、見えているだけだった。

 

 軌道が分かっても身体が追いつかなかった。

 

 だから、斬られた。

 

「…………」

 

 だが、同じ刃を二度も受けるつもりはない。

 

 一度見た剣を、二度目には返す。

 

 それだけの技量を、俺は何百年もかけて身につけてきた。

 

 同じ速さ、同じ重さの刀が迫る。

 

 肉雫唼を滑らせ、刃と刃が触れた瞬間に止めずに逸らした。

 

 子供の刀が俺の胸の横を通り過ぎる。

 

「…………」

 

 返せる。

 

 子供は何も変わっていない。

 

 それでも、俺にはこの剣と斬り合えるだけのものがある。

 

 肉雫唼を返す。

 

 子供が避け、すぐに次の刃が来る。

 

 流して斬る。

 

 避けられ、返される。

 

 また流す。

 

 もう、止まらない。

 

     ◇

 

 胸の傷から血が流れ続けている。

 

 呼吸をするたびに痛み、身体から少しずつ力が抜けていく。

 

 それでも刀は鈍らない。

 

 子供も止まらない。

 

 俺が一度見た剣を返せば、次は違う一太刀が来る。

 

 それを凌げば、また違う。

 

 分かったと思えば、その先が来る。

 

「…………」

 

 強くなりすぎて、いつからか相手の次が見えるようになった。

 

 何をするのか。

 

 どう動くのか。

 

 どこで終わるのか。

 

 斬り合う前から分かってしまうことさえあった。

 

 けれど、この子は違う。

 

 俺が一つ追いつけば、その先へ行く。

 

 なら、俺も追えばいい。

 

 刃を逸らして返し、避けられれば踏み込む。

 

 子供も踏み込み、互いの刃が交差し、どちらも退かない。

 

 いつしか笑っていた。

 

 胸の痛みさえ、忘れていた。

 

     ◇

 

 どちらが先に倒れても、おかしくなかった。

 

 子供の身体には俺が刻んだ傷がいくつもある。

 

 俺の身体にあるのは胸の一つだけ。

 

 けれど、その一つが深い。

 

 血を失うたび、身体が少しずつ重くなる。

 

 長くは続けられない。

 

「…………」

 

 子供が刀を握り直した。

 

 笑っている。

 

 俺も肉雫唼を構える。

 

 距離が開き、互いに動かない。

 

 雨だけが、二人の間で降り続けている。

 

「…………」

 

 次。

 

 おそらく、これで決まる。

 

 

――あの戦いで

 

 私達は互いに

 

 これまでに無い悦びを得た

 

 ただ一つ違ったのは

 

 貴方だけが

 

 あの戦いで

 

 限限(ぎりぎり)で戦う悦びを

 

 知ってしまった事

 

 それこそが――

 

 

 子供が地面を蹴った。

 

 俺も踏み込む。

 

 肩、腕、刀、軌道。

 

 全て見える。

 

 一度見た。

 

 なら、返せる。

 

 肉雫唼を合わせる。

 

 あと一歩。

 

 子供の刀が迫る。

 

 あと一太刀。

 

 その時だった。

 

「…………?」

 

 ほんの僅かに違った。

 

 刀が遅い。

 

 瞬きにも満たないほどの僅かな遅れ。

 

 俺が追いついたのではない。

 

 この子の刃が鈍った。

 

 

 ――よもや

 

 その子供が

 

 私との戦いで

 

 自らに枷をかけてしまおうとは

 

 

「…………」

 

 考える暇はなかった。

 

 身体が先に動く。

 

 肉雫唼を合わせて刀を逸らすと、子供の身体が流れる。

 

 それでも無理矢理こちらへ向き直った。

 

 だから一歩退く。

 

 子供が追う。

 

 その一歩を待っていた。

 

 踏み込んだ先へ肉雫唼を滑らせる。

 

 子供が気づいて身体を捻る。

 

 けれど、もう遅い。

 

 湾曲した刃が子供の刀を外へ押し流し、そのまま続けて斬った。

 

 血が飛ぶ。

 

 子供の身体が地面へ落ちた。

 

     ◇

 

「…………」

 

 静かになった。

 

 途切れた剣戟の代わりに、雨音だけが耳に残る。

 

 胸から血が落ちる。

 

 子供は地面に倒れ、俺は立っている。

 

「…………」

 

 勝った。

 

 けれど、それだけでは何も分からない。

 

 本物の卯ノ花八千流も、この子と戦った。

 

 同じ場所を斬られ、そして最後にはこの子を倒した。

 

 だから、勝ったという事実だけでは、本物を超えたことにはならない。

 

「…………」

 

 それでも、何かが違った。

 

 最後の一太刀。

 

 あれは遅かった。

 

 ほんの僅かに、それまでとは違った。

 

 俺が返せるようになったからこそ分かった。

 

 あれだけは、俺の技量で追いついたのではない。

 

 あの瞬間、この子の刃そのものが鈍った。

 

「…………」

 

 そして、前の世界で知っていたことだけでは、この戦いの全てまでは分からない。

 

 胸へ手を当てる。

 

 本物と同じ場所。

 

 同じ傷。

 

 けれど、俺はあの一太刀を受けた後も、この子の速さと力に食らいつき、何度も刃を返した。

 

「…………」

 

 それが本物とは違うのか。

 

 それとも、本物も同じだったのか。

 

 分からない。

 

 俺は、本物の卯ノ花八千流を超えたのだろうか。

 

「…………」

 

 答えは、まだ出なかった。

 

     ◇

 

「隊長!」

 

 遠くから声がした。

 

 隊士が走ってくる。

 

「隊長! ご無事ですか!?」

 

「はい」

 

「どこがですか!?」

 

「…………」

 

 胸を見る。

 

 確かに、これは無事とは言いにくい。

 

「まだ生きています」

 

「そういう意味では――!」

 

 隊士の声を聞きながら、地面に倒れた子供を見る。

 

 生きている。

 

「この子は……」

 

「そのままで」

 

「しかし」

 

「大丈夫です」

 

 隊士が黙る。

 

 俺は胸へ手を当てた。

 

 深い傷。

 

 この戦いで、俺が受けたただ一つの傷。

 

 治そうと思えば、治せる。

 

「…………」

 

 けれど、治さなかった。

 

 この傷だけは、残しておきたいと思った。

 

 俺をここまで斬った者がいたという証。

 

 そして、まだ俺より強いかもしれない者がいるという証。

 

 胸から手を離し、子供を見る。

 

 名前は知っている。

 

 けれど、この子からはまだ聞いていない。

 

 更木剣八。

 

 前の世界で知っていた、未来の十一番隊隊長。

 

 俺の後を継ぐ剣八。

 

「…………」

 

 また斬り合いたい。

 

 次は、今日よりももっと強いこの子と。

 

 そして、その時こそ確かめたい。

 

 本物の卯ノ花八千流を、俺は本当に超えられたのか。

 

 答えはまだ分からない。

 

 胸から流れる血が、静かに地面へ落ち続けていた。

 

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