BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
前日まで見ていただいた方は、前章の後半からが続きです。
ややこしくて申し訳ありません。
新太の刀は止まらなかった。
俺も止まらない。
踏み込んで斬ると、新太が外れる。追って刀を返したところへ刃が触れ、ほんの僅かに軌道を逸らされた。
次。
もう分かっている。
このずれは残る。
なら、残ることを前提に斬ればいい。
足を踏み直さず、ずれた身体のまま刀を返す。
「…………」
新太の目が僅かに細くなった。
俺の刃が、新太の肩へ迫る。
届く。
そう思った瞬間、新太が半歩だけ退き、刃が空を切る。
その足が地面へ触れるより早く、新太の刀が来た。
身体を開いて避け、そのまま懐へ入る。
近い。刀を振るには狭すぎる。
なら、柄で打つ。
新太が首を振って外した。
「お前、そんなこともするようになったのか」
「色々覚えましたので」
新太が笑う。
近い距離のまま刀が動いた。
首へ走る刃をこちらの刀で受け、そのまま押し込む。
力なら比べるまでもない。俺が少し腕に力を込めれば、新太の刀ごと押し切れる。
だが、新太にとって力の強弱に意味はない。
重なった刃を滑らせ、俺が押す力に沿うように身体を外へ運ぶ。支えを失った刀が僅かに前へ流れ、それにつられて肩が出た。
その肩を追うように新太が半歩踏み込み、気づいた時には刃先が胸の前にある。
「…………」
身体を捻って外し、返す刀で新太の首を狙う。
また、避けられた。
だが、先ほどまでとは見え方が違う。
新太が俺の攻撃を利用していることは、もう分かっていた。
刀を流せば終わりではない。流された俺の肩が開き、身体が前へ出る。その動きまで含めて、新太は次の一太刀を作っている。
新太にとって、俺が踏み込む動きは、新太が踏み込むことと同義なのだ。
自分から一歩を踏み出さなくとも、俺が距離を潰せば二人の間合いは縮まる。俺が刀を振れば、その力を受け流すことで俺の身体が動く。避けようと足を置けば、その一歩さえ次の間合いを作る材料になる。
俺の身体を動かしているのは俺自身だ。
なのに、斬り合いが続けば続くほど、その動きのすべてが新太の剣へ組み込まれていく。
まるで、二人で一つの剣を振っているようだった。
「…………」
面白い。
もっと見たい。
この剣が、どこまで続くのか。
踏み込み、今度は首ではなく胴を狙う。
新太は僅かに身を退いて刃を外し、そのまま俺の刀へ刃先を添えた。軌道が上へ流れる。
戻さない。その勢いをそのまま使い、腰を回して頭上から刀を振り下ろす。
「…………!」
初めて、新太が大きく横へ動いた。
刃は地面へ落ちる。
届いてはいない。
だが、今までとは違った。
俺が新太に作られた動きを、そのまま次へ使った。
「はは」
新太が笑った。
「なんですか?」
「いや。やっぱ早えなと思ってよ」
呆れたような声だった。
けれど、新太は嬉しそうに笑っていた。
もう一度、こちらから踏み込む。
新太に流された刀を戻さず、そのまま次へ繋げようとしたところで、新太が刀を下げたまま、まるで歩くようにこちらの横へ移った。
「…………!」
次に足を置くはずだった場所に、新太がいる。
追うことはできる。だが、そこから追うには足を外へ運び、腰の向きまで変えなければならない。
咄嗟に踏む場所を変えた瞬間、それまで繋がっていた動きが途切れた。その僅かな遅れへ新太が踏み込んできたため、身体を外して刀を返す。
身体はもう、考えるより先に動いていた。
旅に出てから、随分と多くの剣を見た。
流魂街でも、護廷十三隊でも、様々な剣をこの身で知った。
そのすべてが、今の俺の剣に残っている。
新太の刃を流して踏み込み、避けられた先へ刀を返す。それも外されれば、その動きからさらに次へ繋げる。
それでも、新太を斬れない。
返した刀が、また僅かに外された。
◇
昔、新太は俺の先にいた。
出来ないことがあれば見て、真似をして、何度も失敗して。そうしているうちに、いつからか俺は新太を振り返らなくなった。
もう後ろにいるものだと思っていた。
けれど、新太は止まっていなかった。
俺が外へ出て、数え切れないほどの剣を見ていた間も、新太は同じ剣を振り続けていた。
宗玄から教わった剣。
外へ出て、別の剣を見ても、最後にはそこへ戻った。
何百年も。
ただ同じ場所を掘り続けるように。
深く。
そして今。
俺の知らない深さまで辿り着いている。
◇
斬り合いは続いた。
陽は少しずつ傾き、川面へ差し込む光の角度も変わっていた。
新太の呼吸は明らかに乱れ始めている。
額から流れた汗が頬を伝い、顎から地面へ落ちる。刀を握る手には僅かな震えが見える。
当然だった。
霊格は低く、身体も老いている。これだけ長く刀を振り続けていれば、疲れないはずがない。
「休みますか?」
「馬鹿言え」
新太は荒い息の合間に答えた。
「かなり苦しそうですが」
「年寄りなんだから仕方ねえだろ」
「では、やはり休んだ方が」
「清子」
「はい」
「余計なこと考えんな」
「…………」
新太が刀を構えた。
息は乱れ、額からは汗が流れ、刀を握る手にも僅かな震えがある。
それでも、刀を構えた新太は何も変わっていなかった。
踏む位置も、身体を外す幅も、刀を添える角度も、最初の一太刀から何一つ崩れていない。
家の前で初めて見た時、俺は一瞬だけ宗玄が立っているのかと思った。
今なら分かる。
違う。
似ているのは当然なのだ。
同じ人から剣を教わったのだから。
けれど、今ここにあるものは宗玄の剣ではない。
外へ出ても、知らない剣に触れても、最後には宗玄から教わった場所へ戻り、そこからまた振り始めた。
そうして途方もない時間を積み重ねた末に残った、新太自身の剣だった。
「まだ終わってねえぞ」
「…………」
昨日、新太が口にした言葉が蘇る。
『ただ、俺はまだだ』
『俺には、まだ一つ残ってる』
その意味を尋ねても、新太は答えなかった。
今も聞こうとは思わない。
刀を交わしている。
それで十分だった。
同じ場所から始まり、何度も向かい合ってきた。
だからこそ、一太刀を受けるたびに伝わってくるものがある。
力を求めた剣ではない。
速さを求めた剣でもない。
俺のように、無数の剣を重ねて作ったものでもない。
ただ一つ。
宗玄から受け取ったものを、途方もない時間をかけて磨き続けた剣。
そして今、そのすべてが俺へ向けられている。
「…………」
最後に宗玄と剣を交えた日のことが、ふと蘇った。
『殺し合いなら、お前の方が強えよ』
あの人はそう言った。
俺は納得しなかった。
速さでも、力でもない。
殺し合いの経験でもない。
俺は、宗玄の剣そのものを超えたかった。
「…………」
新太の刀を見る。
宗玄から受け取った剣を捨てず、何百年も振り続けてきた。
俺とはまるで違う道を歩いて。
それでも。
辿り着こうとしていた場所は。
「…………」
新太と目が合った。
何も言わない。
俺も何も聞かなかった。
刀を構える。
それだけでよかった。
◇
新太が踏み込んだ。
首へ走る刃を身体を外して躱し、そのまま斬り返す。新太は僅かに身を引いて刃を外すと、俺の刀へ刃先を添えた。
軌道が逸れ、その僅かなずれがまた次へ残る。
「…………」
最初と同じだった。
呼吸は荒く、汗も流れている。
それでも、剣を交わせば何も変わらない。
俺は流された刀を無理に戻さず、その勢いを使って腰を回した。反対側から斬り返すと、新太の刀がそれを受け、刃同士が滑る。
身体が僅かに前へ流される。
その一歩すら利用して踏み込むと、新太が退いた。
今度は追わず、退いた先へ刀を置く。新太はそこへ来ず、さらに外へ動いた。
なら、その先へ刀を返す。新太に受け流されれば、その流れを使ってさらに斬る。
刃は届かない。新太も俺を斬れない。
また次へ続く。
「はは……」
新太が笑った。
荒い呼吸の中でも、嬉しそうだった。
聞く必要もない。
再び新太が踏み込む。
その一太刀を受け、滑らされた刀をそのまま次の斬撃へ繋げる。新太が外れれば追うのではなく、その先へ刃を置く。
避けるために置いた足は踏み直さず、次の踏み込みへ使う。開かされた肩も戻さない。そのまま腰を回し、新しい一太刀へ変える。
俺も。
繋げる。
一太刀ずつ終わらせない。
新太が何百年もかけて辿り着いた剣を、斬り合いながら追いかける。
俺が変われば、新太も変わる。
先ほどまで通じていた斬り返しを読まれ、その次を作られる。ならば俺も、その一太刀を利用してさらに先へ進む。
斬れば外され、その外された刀からもう一度斬るが、受け流される。
流された身体を使って踏み込むと新太の刀が来る。それを避け、その一歩からさらに次へ繋げる。
互いの刀が触れるたびに、次が生まれる。
いや。
最初からずっと。
同じ一太刀の中にいる。
「…………」
そして。
その時が来た。
新太の刀を外し、そのまま懐へ踏み込む。
新太が身体を開いたところへ刀を返すが、刃先を添えられ、僅かに軌道を逸らされた。
だが、戻さない。その流れのまま足を進めてもう一度斬り、新太が避ければさらに次へ繋げるが、それも受けられる。
また次。
何度も繋げる。
新太の剣を真似ているわけではない。
俺の剣の中へ、新太から教わったものが混ざっていく。
やがて、見えた。
新太の胸が開いている。
距離も、刀の位置も、俺の足もいい。すべてが揃っている。今なら斬れる。
そう判断して踏み込み、最短の一歩から最短の軌道で刀を走らせた。
速さはこちらが上。力も上。距離も正しく、新太の刀は間に合わない。
俺の刃が先に届く。
そのはずだった。
だが、踏み込んだ瞬間、身体が僅かに前へ沈んだ。
「…………?」
地面ではない。
重心が、ほんの僅かに俺が思っていたより前にある。
そのずれを直そうとして、気づいた。
右足も、肩も、腰も、刀の位置も、間合いも、すべてがほんの少しずつおかしい。
そして、そのどれもが今、作られたものではない。
「…………!」
何十合も前に流された刀。
それを利用して踏み込んだ足。
新太を追うために開いた肩。
さらにその前、避けるために自分で選んだ一歩。
もっと前。
もっと。
辿っていく。
全部が繋がっている。
俺は新太を追い詰めていたのではない。
追い詰めていると思って、自分からここへ来た。
新太が最初の一太刀から作り続けた、この場所へ。
目の前で、新太の刀が動いた。
遅い。
見える。
避けられる。
いつもの俺なら。
身体を外そうとして、動きが止まる。
足が、いつもの位置にない。
腰も、肩も、重心も。
刀を受けられる位置へ戻そうにも、こちらの刃は新太を斬るために振り切られている。
どれも僅かなずれだった。
一つだけなら、どうとでもなる。
だが、そのすべてが重なった今。
新太の一太刀を外すための動きが、どこにも残っていない。
逃げ道がない。
今この瞬間に塞がれたのではない。
ずっと前から。
最初の一太刀から、少しずつ。
ここへ繋がっていた。
◇
胸の奥で、何かが震えた。
負ける。
斬られる。
そう理解しているのに、恐怖より先に込み上げたものがあった。
まだ、こんな場所があったのか。
知らない剣を求めて外へ出た。
強くなるために。
もっと先へ行くために。
ずっと進んできた。
なのに、その道の始まりにいた男が。
俺がとうの昔に追い越したと思っていた男が。
今。
俺の知らない場所から刀を振っている。
遠い。
ただただ、遠い。
その先にあるものを、俺はまだ知らない。
剣の頂。
そう呼べるものがあるのだとすれば。
今、ほんの一瞬だけ。
その姿を垣間見た気がした。
「…………」
俺の刃が、新太の身体の脇を抜けた。
新太の刀だけが、俺の胸へ届いた。
◇
胸に走った痛みに、覚えがあった。
胸。
更木に斬られたのと、同じ場所だった。
「…………」
新太の刀が離れる。
斬られた胸から血が流れ、着物を濡らしていく。
俺はそれを見下ろした。
同じ場所。
けれど、まるで違う。
更木は、圧倒的な霊圧と身体能力、戦いの勘と才でここへ届いた。
新太は霊格も低く、身体は老い、速さも力も俺には及ばない。
それでも。
剣だけで。
ここへ届いた。
「……一本ですね」
「ああ」
掠れた声だった。
「疲れたな」
新太が笑った。
長い稽古を終えた時のような、穏やかな笑みだった。
「…………」
その顔を見ながら、これまで歩いてきた道を思った。
宗玄から剣を習い、新太の背中を追った。
やがて追いつき、外へ出た。
数え切れないほどの剣を見た。
強い者と斬り合い、知らない技を覚えた。
そうして、ここまで来た。
強くなった。
あまりにも。
いつしか、俺とまともに斬り合える者はほとんどいなくなった。
刀を振るう相手を探しても見つからず、何も満たされない日々が続いた。
「…………」
新太を見る。
霊格も、速さも、力も、とうの昔に追い越したはずの人だった。
そして。
俺の身に傷をつけた。
「…………」
俺は、ずっと外へ求め続けた。
強い者を探し、知らない剣を見て、斬り合い、その先へ進んできた。
だから、いつしか斬り合える相手がいなくなることを、道の終わりのように感じていた。
「…………」
けれど。
そうではなかった。
先へ進む道は、まだ他にもある。
そして。
きっと、剣の頂に終わりなどないのだろう。
新太が辿り着いた場所からも、その先がある。
俺が今いる場所からも。
まだ、先へ行ける。
どこまで続いているのか。
きっと、死神の長い生でも、生涯見ることはできない。
「…………」
視界が滲んだ。
胸からは、まだ血が流れている。
それとは別に。
一筋の涙が、頬を伝った。
「…………」
新太を見る。
刀を握ったまま立っている。
先ほどの笑みが、まだ残っていた。
「新太」
「…………」
返事はなかった。
もう一度呼ぼうとして。
やめた。
風が吹く。
白い髪が揺れる。
新太は倒れなかった。
刀を握ったまま。
立っている。
一切の無駄のない重心が、それを可能にしている。
目を閉じ。
穏やかな顔で。
もう動かない。
「…………」
昨日、新太から聞いた話を思い出した。
心の寿命。
『ただ、俺はまだだ』
『俺には、まだ一つ残ってる』
その意味を、新太は最後まで言わなかった。
「…………」
そういえば。
新太は俺の兄弟子だった。
それなのに、一度も言ったことがなかった。
刀を鞘へ戻す。
新太の前に立つ。
深く頭を下げた。
「ご指導、ありがとうございました」