BLEACHの世界に転生した俺は、初代剣八になるらしい 作:まいちー
子供と目が合った。
「…………」
降り続く雨に濡れた、まだ幼い、小さな子供だった。
死体の山の上に腰を落とし、血に濡れた刀を握っている。
その姿と、目の前の幼さがまるで噛み合わない。
けれど、俺は知っている。
剣の申し子。
戦いに生きる修羅。
更木剣八。
そして、本物の卯ノ花八千流を絶望させた者。
――私は、
剣に
戦いに
それ故
剣を悦ばせるに足る敵を求めて
あらゆる場所を彷徨った
それ故
剣が
それに
引き合わせたのでしょう
◇
「隊長……?」
後ろから声がした。
答えなかった。
目を離せない。
この子が、更木剣八。
後の十一番隊隊長。
いつか出会うことも、その刃が俺の胸へ届くことも知っていた。
けれど、知識として知っていることと、こうして目の前にすることはまるで違った。
死体の山の上から子供が立ち上がり、ゆっくりと降りてくる。
刀を引きずることも、構えることもない。
ただ歩いてくる。
「…………」
近づくほどに分かる。
異質だ。
宗玄とも、山本重國とも、護廷十三隊の隊長たちとも違う。
剣を極めたわけではない。
斬拳走鬼を磨き上げたわけでもない。
ただ、身体が、刀が、俺に告げている。
強い。
それだけだった。
「隊長」
「下がっていてください」
「ですが――」
「下がりなさい!」
「……っ!」
思わず声を荒らげると、隊士は息を呑み、すぐに距離を取った。
俺は腰の刀へ手を掛けた。
子供が止まる。
「お前」
「はい」
「強えのか?」
「ええ」
鞘を傾け、鯉口を切る。
「あらゆる流派」
ゆっくりと刀を抜く。
「あらゆる刃の流れは」
直刀の切っ先を、子供へ向けた。
「我が手にあり」
子供の口元が大きく歪んだ。
次の瞬間、その姿が消えた。
「――っ!」
反射的に刀を上げる。
凄まじい衝撃が腕へ走った。
刃と刃は確かに噛み合っている。見えていたし、受けることもできた。それなのに子供の刀は止まらず、押し込まれた腕ごとこちらの刃が首元へ迫ってくる。
足が濡れた地面を削り、泥を跳ね上げながら、二本の長い跡が伸びていく。
押し返せない。
首を傾けて刃を紙一重でやり過ごし、すれ違った刀が下へ落ちたところへ胴を返す。
ここなら届く。
そう思った瞬間、落ちていたはずの子供の刀が跳ね上がった。
「――っ!」
俺の刀が弾かれる。
振り下ろした一撃を戻したのではない。下へ抜けた勢いのまま、次の一太刀へ変えている。
その刀が、もうこちらへ来ていた。
身体を引くと、鼻先を刃が通り過ぎる。
すぐに刀を返し、子供もまた振り返す。
刃と刃が激しくぶつかり、互いの刀が弾かれた反動で距離が空いた。
「…………」
斬られてはいない。
けれど、今の一合だけで分かった。
この子は強い。
俺よりも。
「…………ふ」
声が漏れた。
気づけば笑っていた。
何百年ぶりだろう。
一合目から、こんなにも分からなかったのは。
子供も笑った。
――貴方は嬉しかったでしょう
周りを見ても
雑魚ばかり
剣を試せる敵すら無し
そんな貴方にとって
私は
初めて遭遇する
力の拮抗した敵だった
◇
右から刀が来る。
肩と腰の動きから軌道を読み、首だと判断して身体を外した。
だが、避けたはずの刃が途中で沈む。
「――っ!」
胸へ変わった。
刀を差し込み、辛うじて弾いて胴へ返す。
子供が避ける。
そのまま追い、今度こそ届くと思ったところで、逃げたはずの子供がこちらへ踏み込んできた。
「…………!」
一瞬で距離が消えた。
斬るために伸ばしていた腕の内側へ、子供の身体が入り込む。
刀を振る間合いではない。
それでも子供は無理矢理腕を返し、至近距離から刃を振った。
開脚するように身体を沈ませ、頭を下げる。
頭上を刀が通過したところで、低い姿勢から斬り上げる。
子供が身体を捻り、服が裂ける。
それでも退かない。
こちらの刀が上へ抜けた瞬間、空いた脇腹へ刀を差し込んでくる。
足を蹴り出して身体ごと後ろへ逃がすと、刃先が着物を掠めた。
着地するより早く子供が追ってくる。
一歩で間合いを詰め、刀を斜め上から振り下ろした。
その腕が振り切られるより先に左手を伸ばし、掌で柄頭を押さえる。
「…………!」
力が乗り切る前に、刀が止まった。
子供が目を見開く。
その一瞬に。
右手の刀を振る。
首へ。
だが子供は地面を蹴り、身体を宙へ投げ出した。頭と足を入れ替えるように回転する。
押さえていた柄頭が、俺の掌から抜けた。
そのまま俺の刃を躱し。
回転の勢いを乗せて、刀を振る。
「――っ!」
横から迫る刃に身体を反らす。
眼前を、刃が走り抜ける。
一瞬遅れて、その軌道をなぞるように雨粒が弾けた。
◇
何百年もの間に、俺は数え切れないほどの剣を見てきた。
構え、足運び、呼吸、視線、肩や腰の動き。その全てから、相手が次に何をするのかを読む。
けれど、この子にはその前提がない。
型がない。
いや。
型を必要としていない。
「…………」
次の一太刀を、その一太刀が来てから考えなければならない。
口元が緩む。
こんなことが。
こんなにも。
楽しい。
◇
刃がぶつかる。
一合、二合、三合。
力では向こうが上。
速さも。
反応も。
異常だった。
まともに受ければ崩される。
なら、正面から受けなければいい。
振り下ろされる刃へこちらの刀を斜めに合わせ、止めずに流す。
子供の刀が外へ逸れ、そのまま首へ返した。
身体を反らされ、届かない。
直後にはもう刀が戻ってきた。
「――っ!」
受けずに半歩ずれれば、刃が胸の前を通り過ぎる。
子供が踏み込む。
分かっている。
追ってくる。
そこへ。
刃を置いた。
子供が強引に身体を捻った。
刃先が胸を浅く裂く。
血が飛んだ。
子供の。
血。
「…………」
宗玄には、何度もこうして動かされた。
強く斬れば、その力を利用される。踏み込めば、その一歩を使われる。こちらが自分で選んでいるつもりでも、気づけば宗玄の望むところへ身体を運ばされている。
なら、俺も同じようにすればいい。
子供が踏み込む先へ、刀を置く。
何百年も刀を振るううちに、それはもう考えるまでもなく身体へ染みついていた。
「…………」
子供の目が、さらに輝く。
傷などどうでもいいらしい。
次の瞬間には、こちらの刀を押し潰すような一撃を振り下ろしてきた。
俺も刀を上げる。
再び、刃がぶつかった。
◇
刀を合わせるたびに、少しずつ分かってくる。
そう思った。
だが、違った。
分かったと思うたびに覆される。
子供は剣を知らない。
少なくとも、俺が知っている意味での剣を。
誰かから教わった型も、積み重ねた流派も、相手を誘導する理もない。
ただ斬りたい場所へ、最も速く、最も強く刀を振っている。
それだけなのに。
俺が何百年も積み上げてきたものを、力と本能だけで正面から崩してくる。
首を狙って振られた刀を身体を外して避け、そのまま胴へ返す。
子供は刀を引き戻して受けるのではなく、振り抜いた腕を強引に返し、こちらの刃を横から叩き上げた。
「――っ!」
弾かれた刀が上へ流れる。
そこへ、また刀が返ってくる。
今度は横から。
身体を反らすと、刃先が胸の前を通り過ぎた。
こちらも踏み込んで間を空けずに返し、子供がそれを受ける。
刃と刃がぶつかり、衝撃が腕を抜けて肩まで響いた。
子供が笑う。
「…………」
俺も笑っていた。
まだ一度も斬られていない。
けれど、余裕などどこにもない。
一つ間違えば届く。
この子の刃は、間違いなく俺まで届く。
それが嬉しかった。
――思いもしなかった
よもや私が
こんな子供相手の斬り合いに
かつて無い悦びを得ようとは
◇
「…………」
どれほど刀を重ねただろう。
子供の身体には、腕、肩、脇腹、胸と、いくつもの傷が増えていた。
けれど、どれも致命傷には届かない。
浅く斬ることはできる。
深く斬り込もうとすれば必ず逃げられ、あるいはそれ以上の一撃が返ってくる。
俺の身体には、まだ一つの傷もなかった。
だからといって、俺の方が強いわけではない。
何百年と積み重ねた技と経験で、どうにか凌いでいるだけだった。
嫌でも分かる。
この子は、俺より強い。
「…………」
知っていた。
前の世界で、本物の卯ノ花八千流をこの子は上回っていた。
だから驚くことではない。
そのはずだった。
刀が来る。
受け、弾き、返そうとする。
子供が身体を外して距離を作り、今度はこちらから踏み込む。
迎え撃つ刀とぶつかり、また離れる。
「…………」
違う。
知っていることと、実際に刃を重ねることは全く違う。
本物の卯ノ花八千流も、この力をその身で知った。
なら。
俺は。
どこまでこの子と斬り合える。
◇
子供が踏み込んできた。
一撃目は首。
避けた瞬間、そこから二撃目が来る。
そう考えた瞬間、子供は刀を戻さず、そのまま肩からこちらへぶつかってきた。
「っ……!」
身体が崩れる。
そこへ刃が上がる。
刀を合わせたが、腕が沈み、押し返せない。
身体を横へ逃がすと、子供の刃が鼻先を掠めて抜けていった。
すぐに返す。
弾かれる。
弾かれたこちらの刀を見て、子供がさらに踏み込んできた。
また来る。
「…………」
直刀では、足りない。
そう思った瞬間、刀が応えた。
名を呼ぶ必要はない。
刀身が長く伸び、大きく湾曲し、変じた刃をそのまま振り上げる。
刃と刃がぶつかり、互いの刀が弾かれた。
子供の目が輝いた。
「刀が変わった!」
「はい」
肉雫唼を構える。
「斬魄刀といいます」
子供がさらに笑った。
「面白え!」
迷いなく飛び込んでくる。
振り下ろされた刀を、湾曲した刃の手元に近い部分で受けた。
正面から止めず、その力を外へ流す。
子供の腕が刀ごと外へ逸れた。
それでも、湾曲した刃の先はまだ子供へ向いている。
逸らした、その続きで斬る。
刃が子供の肩から胸へ走り、血が噴き出した。
身体が傾く。
深い。
それでも止まらない。
子供は笑ったまま。
斬られた方向へ倒れながら片手を地面へ突き、そこから無理矢理こちらへ身体を戻してくる。
「…………!」
刀が来る。
身体を反らすと、胸のすぐ前を刃が通り過ぎた。
「…………」
楽しい。
本当に、楽しい。
こんな斬り合いを、ずっと心の底から探していた。
◇
肉雫唼に変わっても、力の差が消えたわけではなかった。
むしろ、子供はさらに楽しそうに刀を振るった。
大きく湾曲した刃で力を流し、そのまま返す。
避けられれば次が来る。
肉雫唼を滑らせて逸らし、斬る。
また避けられ、返ってきた刀が目の前を通る。
「…………」
終わらない。
終わってほしくない。
前の世界の記憶がある。
この子が誰なのか知っている。
この出会いが何を意味するのかも知っている。
けれど、この子が次にどう斬るのか、俺は知らない。
それでいい。
いや。
それが、いい。
◇
一瞬だった。
子供の踏み込みが変わった。
「――」
見えた。
足が動き、肩が動く。
腕も刀も、どこを斬ろうとしているのかも分かった。
だから肉雫唼を動かした。
間に合う。
そう思った。
けれど、次の瞬間には刃がもう目の前にあった。
「――っ!」
速い。
予想より、ほんの少し。
それだけで。
間に合わなかった。
刃が胸を裂いた。
「――――っ!」
初めて、俺の血が飛ぶ。
傷は深く、身体から力が抜け、そのまま膝が地面についた。
「…………」
何が起きたのかは分かっている。
見えていたし、読めてもいた。
ただ、身体が追いつかなかった。
胸を見る。
一本の深い傷から、血が流れている。
この場所を知っている。
本物の卯ノ花八千流。
後の卯ノ花烈。
その胸元に残っていた、たった一つの傷。
「…………」
ここだ。
本物の卯ノ花八千流も、ここを斬られた。
子供がこちらを見ている。
その顔には笑みがあった。
肉雫唼を握って立とうとするが、足に力が入らない。
「…………」
なら。
ここまでなのか。
本物と、同じところまで。
◇
――私は強い
貴方以外の
誰よりも
◇
「…………」
違う。
肉雫唼を地面へ突き、身体を起こす。
胸から血が落ちる。
痛い。
けれど、立てる。
なら、まだ斬れる。
子供の笑みがさらに深くなった。
「…………」
息を吐き、肉雫唼を構える。
「まだ」
切っ先を向ける。
「終わっておりませんので」
◇
同じ名を名乗った。
同じ剣八になった。
同じ相手と出会い、同じ場所を斬られた。
けれど。
ここから先まで、同じである必要はない。
ここまで来るために振った刀は、俺のものだ。
原作を知っていたから、強くなったのではない。
宗玄に剣を教わった。
流魂街を歩いた。
数え切れない剣を見た。
山本重國と戦った。
護廷十三隊へ入った。
戦争を経験した。
肉雫唼を知った。
それからも、何百年と刀を振り続けた。
その全てが、今、この一振りの中にある。
「…………」
俺は、本物の卯ノ花八千流ではない。
俺は。
俺が。
卯ノ花八千流だ。
◇
子供が地面を蹴った。
速い。
胸を斬った、あの一太刀と何も変わらない。
肉雫唼を構える。
一度目は、見えているだけだった。
軌道が分かっても身体が追いつかなかった。
だから、斬られた。
「…………」
だが、同じ刃を二度も受けるつもりはない。
一度見た剣を、二度目には返す。
それだけの技量を、俺は何百年もかけて身につけてきた。
同じ速さ、同じ重さの刀が迫る。
肉雫唼を滑らせ、刃と刃が触れた瞬間に止めずに逸らした。
子供の刀が俺の胸の横を通り過ぎる。
「…………」
返せる。
子供は何も変わっていない。
それでも、俺にはこの剣と斬り合えるだけのものがある。
肉雫唼を返す。
子供が避け、すぐに次の刃が来る。
流して斬る。
避けられ、返される。
また流す。
もう、止まらない。
◇
胸の傷から血が流れ続けている。
呼吸をするたびに痛み、身体から少しずつ力が抜けていく。
それでも刀は鈍らない。
子供も止まらない。
俺が一度見た剣を返せば、次は違う一太刀が来る。
それを凌げば、また違う。
分かったと思えば、その先が来る。
「…………」
強くなりすぎて、いつからか相手の次が見えるようになった。
何をするのか。
どう動くのか。
どこで終わるのか。
斬り合う前から分かってしまうことさえあった。
けれど、この子は違う。
俺が一つ追いつけば、その先へ行く。
なら、俺も追えばいい。
刃を逸らして返し、避けられれば踏み込む。
子供も踏み込み、互いの刃が交差し、どちらも退かない。
いつしか笑っていた。
胸の痛みさえ、忘れていた。
◇
どちらが先に倒れても、おかしくなかった。
子供の身体には俺が刻んだ傷がいくつもある。
俺の身体にあるのは胸の一つだけ。
けれど、その一つが深い。
血を失うたび、身体が少しずつ重くなる。
長くは続けられない。
「…………」
子供が刀を握り直した。
笑っている。
俺も肉雫唼を構える。
距離が開き、互いに動かない。
雨だけが、二人の間で降り続けている。
「…………」
次。
おそらく、これで決まる。
――あの戦いで
私達は互いに
これまでに無い悦びを得た
ただ一つ違ったのは
貴方だけが
あの戦いで
知ってしまった事
それこそが――
◇
子供が地面を蹴った。
俺も踏み込む。
肩、腕、刀、軌道。
全て見える。
一度見た。
なら、返せる。
肉雫唼を合わせる。
あと一歩。
子供の刀が迫る。
あと一太刀。
その時だった。
「…………?」
ほんの僅かに違った。
刀が遅い。
瞬きにも満たないほどの僅かな遅れ。
俺が追いついたのではない。
この子の刃が鈍った。
――よもや
その子供が
私との戦いで
自らに枷をかけてしまおうとは
◇
「…………」
考える暇はなかった。
身体が先に動く。
肉雫唼を合わせて刀を逸らすと、子供の身体が流れる。
それでも無理矢理こちらへ向き直った。
だから一歩退く。
子供が追う。
その一歩を待っていた。
踏み込んだ先へ肉雫唼を滑らせる。
子供が気づいて身体を捻る。
けれど、もう遅い。
湾曲した刃が子供の刀を外へ押し流し、そのまま続けて斬った。
血が飛ぶ。
子供の身体が地面へ落ちた。
◇
「…………」
静かになった。
途切れた剣戟の代わりに、雨音だけが耳に残る。
胸から血が落ちる。
子供は地面に倒れ、俺は立っている。
「…………」
勝った。
けれど、それだけでは何も分からない。
本物の卯ノ花八千流も、この子と戦った。
同じ場所を斬られ、そして最後にはこの子を倒した。
だから、勝ったという事実だけでは、本物を超えたことにはならない。
「…………」
それでも、何かが違った。
最後の一太刀。
あれは遅かった。
ほんの僅かに、それまでとは違った。
俺が返せるようになったからこそ分かった。
あれだけは、俺の技量で追いついたのではない。
あの瞬間、この子の刃そのものが鈍った。
「…………」
そして、前の世界で知っていたことだけでは、この戦いの全てまでは分からない。
胸へ手を当てる。
本物と同じ場所。
同じ傷。
けれど、俺はあの一太刀を受けた後も、この子の速さと力に食らいつき、何度も刃を返した。
「…………」
それが本物とは違うのか。
それとも、本物も同じだったのか。
分からない。
俺は、本物の卯ノ花八千流を超えたのだろうか。
「…………」
答えは、まだ出なかった。
◇
「隊長!」
遠くから声がした。
隊士が走ってくる。
「隊長! ご無事ですか!?」
「はい」
「どこがですか!?」
「…………」
胸を見る。
確かに、これは無事とは言いにくい。
「まだ生きています」
「そういう意味では――!」
隊士の声を聞きながら、地面に倒れた子供を見る。
生きている。
「この子は……」
「そのままで」
「しかし」
「大丈夫です」
隊士が黙る。
俺は胸へ手を当てた。
深い傷。
この戦いで、俺が受けたただ一つの傷。
治そうと思えば、治せる。
「…………」
けれど、治さなかった。
この傷だけは、残しておきたいと思った。
俺をここまで斬った者がいたという証。
そして、まだ俺より強いかもしれない者がいるという証。
胸から手を離し、子供を見る。
名前は知っている。
けれど、この子からはまだ聞いていない。
更木剣八。
前の世界で知っていた、未来の十一番隊隊長。
俺の後を継ぐ剣八。
「…………」
また斬り合いたい。
次は、今日よりももっと強いこの子と。
そして、その時こそ確かめたい。
本物の卯ノ花八千流を、俺は本当に超えられたのか。
答えはまだ分からない。
胸から流れる血が、静かに地面へ落ち続けていた。