ウマ娘Frenzy Stars   作:薄暮ターフ

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序章

 どこまでも広がる秋の空を眺めてふとよぎった。天駆けるという言葉。その言葉が現れた時、瞬く間にフラッシュバックが繰り返された。

 珍しいこともあるものだ。自分は、幼い頃のクラブの思い出もあって懐古主義ではないと思っていた。だが、あの時の邂逅の瞬間に運命的な何か、あえて表現するなら懐かしさを感じたことを思い出し、形容するにはあまりに複合的な気持ちが増殖した今、どこか寂しさをおぼえてしまった。

 もう過ぎ去った時である。そんな変わった時代を象徴するように、当時鎬を削った戦友は気付かぬうちに牙を研ぐことをやめてしまったようだった。

 

「………よし、じゃあ行こっか」

 

 このアタシ達の時代とは、質の違う刺激を脳内でリフレインさせながら立ち上がる。聞いてもらいたい気分だ。そして、思い出してもらいたい。牙を隠そうともしなかったあの頃を。

 弾んだ大地は、草むらを経て舗装されたトレセン学園への道に続いた。

 

 

 

 

 明度を強める斜陽の紅がこの部屋、生徒会室を染め上げ、伸びる影達は1日の終わりを伺うように私の顔を覗き込んでくる。早くも今日の分の書類仕事も終わりそうだ。

 まあ、彼女が生徒会の仕事を手伝うから付き合ってほしいと言ってきたのだ。まさに空前絶後、天文学的数値レベルの気まぐれだと個人的に感じた。その時の生徒会室の皆は唖然茫然としていた様子であった。

 

「シービー、今日はありがとう。おかげで早く終わらせることができたよ。」

 

「いいよ。やりたくてやってるし」

 

「珍しいじゃないか。この手の作業は嫌がるものだったと記憶していたんだがね」

 

 本当に驚くべきことだ。

 端正な顔付きにすらりと自由に巻かれた美しい茶髪を伸ばしたウマ娘、ミスターシービー。どこまでも飄々として泰然自若。そんな彼女が生徒会の仕事を付き合ってまでやりたいこととは何か、あらかた察しはついている。とりあえずジャージへと着替えにドアに向かう。

 

「行こうかシービー」

 

「どこに?」

 

「どこって、グラウンドに行くんじゃないのか?併走したいのだろう?」

 

「…あー、今日はそうじゃないんだ」

 

 …これは現実か?それとも今目の前の彼女が偽物なのか?あまりにも慣れない彼女に恐怖を覚えてきた。シービーの思いつきで私に声をかけてくる時に、走ること以外で付き合ってほしいこととはいったい…

 

「なに?併走じゃないのか?おいなんでだ?私はもうその気だぞ」

 

 私の返答より先に反応を示したのは、生徒会副会長の一人、ナリタブライアンだった。ストレートな黒鹿毛を振り回して立ち上がり、驚きをあらわにした。

 …そうか、そのつもりだったから今回仕事を抜け出さなかったのか。

 

「普段だったら望むとこなんだけど、今日やりたいことは違うんだ。ごめんねブライアン」

 

「ふざけるな。焚き付けておいてそれはないだろう。いいから向かうぞ」

 

「おい待てブライアン。先輩も走ろうとは言っていなかっただろう。貴様のわがままで迷惑をかけてはならん」

 

 ソファに腰掛けながらブライアンを諌めたのはもう一人の生徒会副会長、エアグルーヴだった。灰色がかり整った鹿毛の頭をブライアンに向けて言葉を投げかける。

 

「いいやおかしい。アンタが興味あるのは走りだろう。そのはずだ。燃える相手を探しにここに来た。それ以外ない。もう私は駿大祭にむけての仕事が多すぎてどうにかなりそうなんだ走るぞ行くぞ早くしろ」

 

「落ち着くんだブライアン」

 

 よほどストレスだったのだろう。ナリタブライアンは箱詰めが祟ってすっかりレース狂のスイッチが入ってしまったようだ。

 エアグルーヴも頭を抱え、かける言葉に悩んでいる様子。実際、ブライアンの気持ちもよくわかる。ならば…

 

「シービー、手伝ってもらった上で申し訳ないが、少し走ってからでもいいだろうか?私たちも少しトレーニングの時間が欲しいところでね。その後に君の用件を聞こう」

 

「んー…まあいいや。私も走りたくなってきたし行こっか」

 

「ブライアンとエアグルーヴも来るといい。まだ今日の日課は終わっていないだろう」

 

「ご一緒してよろしいのですか?ならばぜひとも」

 

「…そうこなくてはな」

 

 ガッツポーズを隠しきれないブライアンと、顔を輝かせるエアグルーヴ。お互い収まるところに収まってよかった。

 しかし、本当に驚きの連続だ。自由奔放で、その時やりたいことをやるといった精神のシービーが、まさか後回しにしてでも話したいこととはなんだろうか?

 緊急ではないようだが、あまりに馴染みのない彼女を見て少し不安が募るくらいだ。

 …ひとまずはトレーニングだ。鍛錬精進、模範として皇帝の通り名に違わぬ走りを見せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレーニング、そして併走も終わり、夕も暮れへと入っていく。乾いた秋の風も芝、紅葉、銀杏を巻き込むように流れていく。とても風情を感じる情景だ。風だけではない。肩で呼吸をするごとに、夕日で赤黄色に煌めくグラウンドの芝、周りで走るウマ娘たちの姿がより鮮やかに見受けられる。

 その中で、私は白熱した競い合いの余韻に浸っていた。

 

「くっ…届かなかったか…!」

 

「…良い経験に、なりました会長、シービー先輩。ありがとう、ございます…」

 

「英姿颯爽とはこのことだ。いいレースだった。二人とも目を見張る成長ぶりだな」

 

「…そう余裕でいられるのも今のうちだ。次こそ絶対に勝ってやる」

 

「ふっ、私も同様です。まだまだ、このままでは終わりませんので」

 

「ふふ、そう言ってくれて嬉しいよ」

 

 結果は1着は私。アタマ差でシービーが2着。3着にブライアン。4着にエアグルーヴ。差はほとんどなく、白熱した併走となった。膝に手をつき、息も絶え絶えな二人の方を向いて、私は穏やかながらも熱く笑う。とても満足な時間を過ごすことができた。もっとも、二人の目つきは穏やかとは程遠いものだったが…。

 だが、余裕綽々な心持ちでもいられない。この秋シーズンの末にはウィンタードリームトロフィー、そしてURAファイナルズが始まる。どちらも大きなレースシリーズ。トゥインクルシリーズの一線から退いた私の土俵はここだ。油断大敵、しっかりと準備しなければならない。

 なぜならば、彼女ら2人も、シービーも、研鑽を怠らない好敵手なのだから。

 

「あー楽しかった。やっぱ速いねルドルフ。」

 

「ありがとう。シービーも素晴らしい走りだった。ウィンタードリームトロフィーが楽しみだよ」

 

「…なんか、やっぱ変わったなぁ」

 

「…?どうしたんだシービー」

 

「いや、やっぱ今のルドルフつまんないってなっただけ」

 

「「!?」」

 

「…どういうことかな?」

 

 青天霹靂。シービーから浴びせられた突然の言葉に私だけでなくエアグルーヴ、ブライアンの二人も驚きを隠せずにいた。

 以前に「今日のルドルフはつまらない」といわれたことがあるが、その時は彼女にトレーナー契約を勧めた時だ。

 当時、彼女の望まぬことを勧めた私をつまらないと評するのはわかるが今回はいったい…

 

「んーあとでね」

 

「気になるところだが...参ったな」

 

「ルドルフ。このあと付き合ってよ。門限までまだまだ時間あるでしょ?」

 

「あ、ああ、かまわない。何をするんだ?」

 

「とりあえず、冷える前に着替えよっか。二人も来なよ」

 

「私たちもか?」

 

「うん。うちに集まろ。肉好きだっけ」

 

「行こう。たくさん用意しろよ」

 

「全く制御が効かないじゃないか。よほどストレスが溜まっているな…」

 

「し、シービー、いったい何をするのか…」

 

「あ、あとマルゼンとシリウスにも連絡しとこ」

 

 用件を知る前にとんとん拍子で人数が集まっていく。これが気安い先輩とそうでない先輩との差なのだろうか。ここまで気ままに振る舞うことは、もうできないな…

 

「…会長」

 

「どうした?エアグルーヴ」

 

「会長は参加されますか?随分と人数も増えるみたいで、何をするかもよくわかっていないのですが…」

 

「あ、エアグルーヴは来てね!家事得意でしょ!」

 

「なっ、私を召使いにするおつもりですか!?」

 

「心配いらない。私も手伝おう」

 

「会長!?いえ、そんな…」

 

「遠慮しなくていい。食事とともになにか話がしたいのだろう。そのように身構えるものでもないはずだ。一緒に行こう」

 

 そう話しているうちにシービーとブライアンの背中が遠くなる。その中でもシービーの背中は飄々としているのに、どこか強さを感じる歩みをしていた。

 

ひゅうと乾いた風が強くなってきた。

 

…寒くなってきたな。早く着替えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、どっちを選ぶ?」

 

「…ふっ、ヒットだ」

 

「へえ、またか…随分と攻めるじゃねぇか」

 

「そういうお前はどうした?ヒヨったか?」

 

「どうだろうな。それはこの後のお楽しみだ。スタンドか?」

 

「ああ、いくぜ。オープ」

 

 急な振動と着信音。なんだってこんないい時に…。相手次第ではとことんいい子になるよう可愛がってやろう。どれどれ、後輩からか?それともテイオーからのムチャブリか?…だとしたら困るな…

 

『もしもし、今暇?』

 

「これはこれは、珍しいな。なんの用事だ?悪いが今取り込み中…」

 

『これからみんなでアタシの家行ってご飯食べるんだけど来ない?ちょっと話したいこともあってさ』

 

 電話の相手はミスターシービーだった。意外な相手からの連絡に驚きもしたが、今イイトコだったんだ。水を差して私を振り回すなんざ、そうホイホイと従えねぇな。

 

「…そんな誘いに私が行くと思うか?あいにく、アンタの気まぐれにホイホイ付き合うほど…」

 

『今のルドルフの仮面』

 

「!?」

 

『剥ぐにはちょうどいい機会だと思うんだよね。どうやら忘れてるみたいでさ。一緒に走っててつまらないって言ったのに笑ってたんだ』

 

「…へえ」

 

『まあ、来なよ。シリウスがいたら盛り上がりそうだし。うん、シリウスと話してる。まあ来るでしょ』

 

 音が遠くなった。電話の奥で誰かと話しているようだ。このくつくつと喉を鳴らして笑う私の声は届いていないだろう。なるほど…

 

「…クッハッハッハッ!!いいだろう。行ってやるよ。皇帝サマ、いや暴君の凱旋に私は欠かせねぇだろう」

 

「………」

 

『じゃああとでねー』

 

 電話をおいて、通話が終わっても笑みが隠せねぇ。

 前言撤回。思いがけないラッキーだ。考えていた展開ではないが、皇帝サマの目を覚まさせるにはいい機会だ。

 あの皇帝サマの綺麗なガワ、今日こそ剥ぎ取ってやる。

 そして、今度こそ私を…

 

「オイ!シリウス!」

 

「!?…なんだ」

 

「まだ勝負終わってねぇだろうが。置いてけぼりにすんじゃねぇ」

 

「…おっと、悪いな。こっちで盛り上がってばっかでな。ちゃぁんと構ってやるから安心しろよ」

 

「減らず口はそこまでだ。オープン」

 

 私の手札は、ジャック、5、4、2。合計21だ。我ながら完璧な手だ。一枚も引かなかったアイツは、ビビっちまったか?

 

「ブラック・ジャックだ。さあ、見せな」

 

「やるじゃねぇか。じゃあ次は、こっちだ」

 

 キング、A…こいつ!

 

「ナチュラル・ブラックジャックだ。アンタの手もなかなかバクチがきいてて良かったがな」

 

「テメェナカヤマ…」

 

「まあ、これがヒヨってたかどうかの答えだ。このあと出かけんだろ?会長さんの話題も出てたことだしな」

 

「ずいぶん趣味が悪いじゃねぇかナカヤマ。誰が聞いていいなんて許可出したんだ?」

 

「目の前でしゃべってるしテンション上がって声もデカくなってたぜ。聞くなっつー方が無理な話だ。とりあえず出かけんならニンジン買ってこい。それが今回の賭けの分だ」

 

 こうして変則的なブラックジャックで負け、ニンジンのお使いにも行くことになっちまった。

 …まあいい。向かうとしよう。向こうから特に何も言ってきてない以上、門限までには終わるんだろう。

 そう思考して立ち上がり、外行きのコートを着て寮部屋のドアに手をかける。

 

「にしても、こんな時間からテイオーのお守りも大変だな」

 

「違う!それに私はアイツの世話係じゃねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も沈みかけの時間帯、トレセン学園にある二つの寮の一つ、美浦寮から外に出てウマホを確認する。LANEに住所が送られてきた。場所はシービーの家、走ればすぐ着く場所だ。まあ、忘れねぇうちに先ににんじんでも買いに行こうか。

 そう考えをまとめたあと、走り出した。冷えた風がまだ気持ち良い程度に感じる秋の季節、ところどころでなにか作業しているウマ娘の集団がいくつか目についた。何やら看板や屋台のようなものの準備をしているようだ。

 

「そういや、もうすぐ駿大祭があるんだったな。」

 

 駿大祭。秋にウマ娘の無病息災を願って行われる歴史ある伝統行事だ。その準備に生徒会も忙しいらしい。まあ、学内で顔合わせる機会も少なくなってせいせいするが、まあそれはそれとして空しいもんだ。

 私は、ルドルフが好きだった。まあ、好きと言っても尊敬とか…認めたくないが畏怖の念を込めての好きだ。底冷えさせるような、冷酷無比なんて言葉も生ぬるいくらいの狂犬じみたルドルフが好きだった。だというのに、いつからか聖人君主ヅラして私と相対するようになった。それから時が経って今、驚愕ものだ。私が越えると誓った相手は、並走でバカにされる発言をされても笑って過ごすようなやつじゃない。ルドルフ、アンタはそんなんじゃない。いつかのアンタはレースで「つまらない」などと言われようもんなら、完膚なきまでに叩きのめして潰して蹂躙する。そんなやつだったのに。いつからか、牙の抜けた犬に成り下がっちまった。レースでは未だに絶対なんてもんを示し続けてるが、私からしたらあんなものはルドルフの絶対じゃない。皇帝なんて高尚な名前は本当なら似合わない。アンタは、暴君。獣だろうが。そして、私はそんなアンタを仕留めて越えるんだ。

 

 

 そんなことを考えながら走っていると、目的の場所に着いた。皇帝サマと最後に走った有馬記念でこの気持ちを自覚したのを覚えている。最初は受け入れがたかったが、時間が経てば経つほど、認知した心は肥大化した。あれから時間も経って、今では新時代の幕開けと銘打たれた世代達が台頭している。時間が進めば進むほど、皇帝サマはあの狂った目を忘れていく一方だろう。

 …目を覚まさせる。シービーが果たして何をするつもりなのかは知らないが、今回のこの話には乗らせてもらう。楽しみだ。

 さて、色のいいニンジンはどいつだろうなぁ…

 

 

 

 

 

 ビニール袋で包装されたニンジンを握って、私はシービーの家へ向かった。川沿いの土手から一望できる道を歩く。街灯に照らされる紅葉が風に乗って滑空する様は、どこか儚げで美しかった。

 しかし、道端の赤色が急激に強いライトで白く染まり、空中を滑り落ちていた赤が途端に吹き飛ばされていくと同時に大きな音が近づいてきた。

 

「あら〜!?シリウスちゃんじゃない?向かう先はシービーちゃんの家でしょ?」

 

 エンジン音を鳴らして隣にゆっくりと陣取る車。その運転席から手を振っているのはマルゼンスキーだった。

 

「ちゃん付けで呼ぶなむず痒い。なんでシービーの家に行くってわかった?」

 

「そりゃ、あたしも呼ばれたからよ?なんなら、具材買ってきてって頼まれちゃったわ。他にも生徒会副会長の二人も来るらしいのよ!大所帯ね〜!」

 

「それは初耳だ」

 

 確かに、他に誰が来るかちゃんと聞いてなかったな。こんなに集まってくるとは思ってなかった。

 

「ちなみにアタシもいるぜ!」

 

 溌剌とした声と黒鹿毛の頭が勢いよく車の席から伸びてきた。カツラギエースである。豪放磊落を地で行く彼女は車体の中から体を乗り出してきた。

 

「なんだ。アンタも呼ばれたのか」

 

「いや、これが呼ばれてねぇんだ!!くっそー、なんでシービーのやつ、アタシを呼ばねぇんだ!!勝負でも話でも花を咲かせるんならアタシがいないとだろ!!」

 

「ちょうど電話がかかってきた時に居合わせてたのよ。話をしたら行くって聞かなくってお姉さん連れてきちゃった!」

 

「で、サプライズとついでに鍋やる具材買ってきたんだぜ!!にしてもいいニンジンだな!!農家のセンスあるぜシリウス!!」

 

「…ふん。まあ、悪い気はしねぇよ」

 

「にしてもおまえまで準備してくれてただなんて!!車のほうが楽だし一緒に行こうぜ!!ほらのりな!!いいよなマルゼン!!」

 

「あたり前田のクラッカー!!たっちゃん飛ばすわよー!!」

 

 半ば強引に腕を引かれ、私はそのまま法の限界を体感した。先ほどの自分の歩いてた時とは比にならないスピードで景色が見切れていく。というかこのニンジン、向こうで食べるために買ったやつじゃねぇ…

 

「珍しいよな急に。こんなに集めて鍋やるってよ。やるにしても冬とかだと思ってた」

 

「シービーちゃん、ご飯好きだものね〜。今日も思いつきでみんな呼んだんでしょ!」

 

「飯としか言われてないのか?」

 

「え?そう聞いてるけど」

 

 …まさかシービー、私を呼ぶためだけにあんな方便を吐いたんじゃないだろうな?

 

「にしても今度の駿大祭、OGの先輩方が来るんだってな!連絡があったらしいぞ!」

 

「ええっ!?ほんとに!?おったまげ〜!!使い捨てカメラ今いくつあったかしら?」

 

「今の時代はウマホがあるぞ!!これがあればそこかしこで写真が撮れる!!東京に来てビックリした!!てかスピード出しすぎだ!!持ってかれちまう!!」

 

 チッ…頭が痛くなるような会話が続きやがる。だが、そんなやりとりが数ラリー続いて束の間、私達はシービーの家に着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトコトと音を立てる鍋の音をかき消すように、外から車の音が飛び込んできた。

 

「着いたようですね」

 

「マルゼンには具材頼んでたんだけど、思ったより早かったね」

 

「マルゼンスキーのことだ。車を飛ばしてきたんだろう。」

 

「ふん、早く肉が食いたい。来たらすぐ入れるぞ」

 

「貴様はこたつに入ってないでこっちを手伝え!」

 

「大丈夫だエアグルーヴ。キッチンにも入れる限界がある。ブライアン、コンロの火の調節と具を混ぜておいてくれ」

 

「いいだろう。そういうわけだ女帝殿、あまり小言を言わないでもらえるか?」

 

「くっ、会長はブライアンに甘すぎます!今回の仕事もシービー先輩に甘えてばかりな場面がいくつも見受けられました。副会長が皆の模範となるよう動かないのは如何のものかと思います」

 

「アハハ!まあ資料まとめるの大変だもんね。やるの退屈なら歌でも歌えばいいよ」

 

 そんな会話の後ろで、エンジンの駆動音が止んで間もなくインターフォンが鳴った。キッチンから離れて玄関に向かう。ドアを開けると3人のウマ娘が立っていた。

 

「いらっしゃい。あれ、エース?なんでいるの?」

 

「マルゼンに連れてきてもらったんだよ。てかシービー!!なんでアタシを誘わねぇ!!!話聞いたときはびっくりしたぞ!!!」

 

「あーごめん。マルゼン、具材買ってきてくれた?」

 

「バッチグーよ!!!言ってた通りお肉もたくさんダイジョーぶい!!!」

 

「あー!!!シービー!!!軽く流すんじゃねぇよ!!!」

 

 エースが来るのは聞いてなかったけど、まあ昔話するには丁度いいよね。冷えてきたこの時間帯にオープンカーで飛ばしてきたのかマルゼンもエースも寒そうだし、ちゃっちゃと中に入れてあげた。

 

「…おい、シービー」

 

「きてくれてありがとね、シリウス」

 

「…こんなにメンツが揃ってるなんて私は聞いてなかったんだが、電話口での話は私を誘うための嘘じゃないんだよな?」

 

「…うん、そのつもり。」

 

「ならいい。今日はいい夜にしようぜ」

 

 ギラギラと、天狼星の名を表すような眼でシリウスは笑った。なんだかんだ、変わってないよね、あの頃から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋にこたつはいささか早くないかい?」

 

「もう秋と冬の違いがわからないくらい寒いもん。それに入ってて気持ちいいしね」

 

「会長、こちらもう食べられそうですよ」

 

「ああ、ありがとうエアグルーヴ」

 

「にしてもこの鍋の前に並走もしてたのかよ…なんで呼んでくれないんだよシービー…」

 

「いやーその時決まったからさ、ごめんねエース。ブライアンが『走るぞ』って言ってきかなくなっちゃってさ」

 

 皆でこたつを囲い始めて数十分。一心不乱に肉を喰らうブライアンを除いて、雑談に花を咲かせていた。私とエアグルーヴ、シリウスが主に鍋の管理をしている。

 

「ブライアンちゃんも中々ワガママよね〜」

 

「まあ、そこの皇帝サマに比べれば可愛いもんだろ」

 

「アハハ!!確かにそうだね。」

 

「会長がですか?」

 

 

「そっか。二人は昔のルドルフを知らないよね」

 

「まってくれ、シービー!その話は…」

 

 この流れはまずい…!私の過去の振る舞いは思い出すだけで慚愧堪忍の思いだ。それを、後輩たちに知られるなど、とても耐えられるものではない!だが、そんな私の抵抗も虚しく話題はそちらの方に…

 

「興味があるな。ルドルフが昔どんなやつだったのか」

 

「知る必要はないさ。私たちに大事なのは今、そうだろう?」

 

「おいおい、らしくねぇな皇帝サマ。普段のアンタなら温故知新とでも言ってご高説垂れるところだろ?」

 

くっ、おのれシリウスめ。この状況を面白がっているようだ。

 

「昔のルドルフかぁ…思い出すだけでも寒気がしちゃうな。アタシが勝ったジャパンカップの後の有馬とかマジで走ってて殺されると思ったからさ」

 

「そのあたりの執念を抜きにしても、当時のルドルフはお姉さんからみてギラギラなんて言葉じゃ収まらないくらいイケイケだったわね〜」

 

 波紋が広がるように、昔の私の話題で場が持ちきりになっていく。

 

「ルドルフ、アンタもしかしてあまり私のこと言えないんじゃないのか?」

 

「まあまあブライアン、同じような先輩だからこそ言えるってもんだろ。なあ、シリウス」

 

「まあ、飢えた狼より、そちらの暴れ狂う百獣の王様のほうがより傲慢だったがな」

 

「やめてくれシリウス。君が思っている以上にあの時代の私は思い出すだけでも恥ずかしいんだ」

 

 もはや自分が鍋の火元よりも熱く感じる。いつのまにか鍋の具の管理も忘れ、鍋と煮汁の境界線がジリジリと音を立てていることにも気付けないほどに取り乱していた。誰しも、ほじくり返されたくない過去はあるであろう。無論、私もである。所謂、黒歴史というものだ。

 

「会長にもそんな時代があったとは…ですが、強い闘争心とプライドをもっていることはウマ娘の競争の中で良いことではありませんか?なぜ、そこまで…」

 

「うむ…その…」

 

「いいじゃんかルドルフ。せっかくの機会だよ。エアグルーヴとブライアンだって興味津々みたいだし」

 

「シービーの言う通りだ皇帝サマ。アンタの本質を知らせずについてこいってのは、こいつらに対する裏切りじゃないのか?」

 

「うむ、弱ったな…だが、初心に立ち返る内省自観の機会として丁度いいかもしれない。」

 

 強引な勢いに押されて、半ば無理やり流されてしまった。私の答えを聞いて、シービーとシリウスは見つめ合い、笑顔を交わしていた。どこか眼光が鋭く感じたのは気のせいだろうか…?

 

「エアグルーヴちゃんもブライアンちゃんも、ルドルフのことだけじゃなくて先輩方のことも知っておいた方がいいと思うわ!!きっと駿大祭で顔を合わせることになるもの!!」

 

「ほう、面白そうだ。慣らしておくよう伝えておいてくれ」

 

「先輩方を走らせようとするな!駿大祭はそういった目的の催しではないだろう!」

 

「まあ諸々昔話をしよっか。私がトレセン学園に入学してすぐだったかな…」

 

 エアグルーヴとブライアンも小競り合いをやめて、すぐにシービーの方を向く。そして、これから始まる『昔話』をその目で見てきたシリウス、マルゼンスキー、カツラギエースはどこか歳月の波間を揺蕩うような表情を見せていた。

 かつての時代に思いを馳せ始めると同時に、胸の底で騒ぐ感覚が訴えかけてきた。

 今夜は、特別な夜になりそうだ。

 

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