「どっちにつくかは任せるそうだ」
「アバウトすぎない?」
「はっきり言ってお前にはメリットが無いからな」
「なんか、家賃何割か払ってくれるとか…」
「学園側が了承すると思うか?」
「………」
トレーナーから聞いた、生徒会ひいては学園の結論は、かなり適当だった。
ルドルフとマルゼンと連れ添った素敵な放課後の翌日、トレーナーは約束通り早めに話を持ってきてくれた。
一人暮らしのアタシは、寮対抗レースに出られないのではって問題。
でも、どっち所属か決めて、出走メンバーに選ばれたらOKみたい。勿論、無条件に出られるわけじゃなくて、その上で出走枠の争いがあるみたいだけど。
「判断はお前に任せる」
「じゃあ、栗東にしようかな?カチドキ先輩出ないって言ってたし、スピカのバランスとしては丁度いいんじゃない?」
「そうか?てっきり美浦かと…」
てか、どうでもいいんだけどね。そのうち、みんなにとってもどうでも良くなるでしょ。
居る場所より、その子がどんな子かの方が重要だから。
「ああ、そうだ。決める前に、寮の見学を勧めろって言われたよ」
「見学?」
「まあ、どっちにつくかの判断の一助にってところだろうな」
一応、対立してるからどっち行くかって気遣いかな。
「ふーん。あんま意味ないと思うけど」
「面白いやつと出会えるかもしれないぞ?とりあえず、どっちも見た上で決めておけ。監督不行届だのケチつけられたくないからな」
「…」
「…気が進まないなら別にいいぞ?」
興味ないわけじゃない。だから、そんな不安そうな顔しないで欲しいな。
「行くよ。実際、出走メンバーのこととか知りたいし」
「…了解。じゃ、アポとっといてやるから。いつ都合がいい?」
「予定決めるのめんどくさい」
「そりゃねぇだろ」
◇
「初めて入ったけど、思ったよりいいね。美浦寮」
「シービーちゃんがここにいるって新鮮ね」
「ひとまず、武道館以外は全部案内したよ。もう帰る?なら私部屋戻るけど」
「何逃げようとしてんのよ」
ガビーさんとカブ先輩に、美浦寮を案内してもらった。食堂、浴場、共用部…やっぱりマンモス校の寮。全部綺麗だしウマ娘が快適に過ごすための環境づくりに妥協してないことが素人目にもわかる。
あちこちみて回ったけど、まだみてないところ。カブ先輩に訊いてみる。
「武道館って?」
「美浦寮からはちょっと別のところにあるんだけど、寮長が美浦寮生用のジムとして管理してるんだ」
「へ〜」
「…今回の予算案も、武道館の設備に3割くらいって噂聞いたよ」
「そうなの?あそこ汗臭くてあんま行ったこと無いけど、そこ直るのかしら。なら行きたいわね」
「どっちにしろ、今日行かなきゃだよ」
露骨に嫌な顔をし始めるカブ先輩と、特に何も考えてないんだろうなって感じの顔のガビーさん。
この後予定あるみたいだけど、どっちも前向きじゃないのかな?
「今日武道館で何かあるの?」
「…寮対抗、出走したいウマ娘は集まるようにって寮長が」
「今日決めるんだ。
…カブ先輩出ないって言ってなかった?」
「寮長がシービーの話聞いて連れてくるようにって私が指されたの!もう、なんでこんな…」
「いいじゃない。この際出走すれば。ぶっちゃけ言うと、勿体無いし、このままじゃずっとそのままよ」
「そうは言うけど…」
苦い表情。カブ先輩も今のままじゃダメだとは思ってるんだろうな。
…ここで答え出してって言う気も無いし。
「別にいいじゃん。出たいレース出れば。今回は出ないんでしょ?」
「…うん」
「カブ先輩もこう言ってるんだし」
「…まあ、焦らせても仕方ないわね。ごめんカブちゃん」
「いいよ。私が厄介なのは分かってるから」
「もう!そう卑屈にならないの!」
バシバシ背中を叩かれるカブ先輩は、吐き出す空気も無くなった頃にアタシ達から逃げ出した。
あっけなくガビーさんに捕まったけど。
◇
「ここが武道館…」
所々、畳が新調されているのを見ると、それなりに年季が入った空間なんだってわかる。
美浦寮を出て、すぐの雑木林。そこにある道を行った先には窓枠の錆びた建物が現れた。
案内されるまま中に入ると、まず靴を脱ぐエントランス、そして道場特有の味のあるフローリングが広がり、足の裏に吸い付くような感覚を味わいながら歩いた先には、柔道場のような畳の空間があった。
周りの壁やその側には、竹刀やダンベルといった、鍛錬の用具という表現が正しい風情のあるものが勢揃い。
「うわあ、いかにもって感じ。どっかに習字ない?」
「それは見たことないなぁ」
「そう。もし飾るなら何書く?」
「え?そうだなぁ。私は…『晴耕雨読』」
絶対武道館に飾るやつじゃないでしょ。
「…なんで?」
「…そう過ごせたらなぁって」
ちらっとガビーさんへと、刺すような目線を送るカブ先輩は、じとりとした印象の表情を浮かべた。
そんな視線などお構いなしに、ガビー先輩も習字の話題を膨らませた。
「ガビーさんはね…『美学』ね」
「「意外」」
「何よ意外って」
「いや、なんか…そんな硬派な単語書くんだなあって」
「硬派なんて、ガビーの真逆じゃ…いだだだだだだ!!」
こめかみに大きな拳をグリグリされるカブ先輩。こないだのトレーナーのハンマーロック然り、スピカに入ると理不尽な手法が浸透してくんだろうか…
「騒々しいぞ」
「…あれ?ルドルフ」
「…何故貴様がここにいる。ミスターシービー」
そっか。美浦寮か。出走する訳だし、ここにいるよね。
顔見知りが増えたのは、ちょっと嬉しい。別に道中、心細かったとかは全く無いけどね。
とりあえず、アタシがここにいる理由をルドルフに伝える。
「…そうか。好きにしろ。貴様の力が無くとも、勝つのは美浦だと決まってる」
「なんで?」
「オレがいるからだ」
「あははははっ!!じゃあ、アタシが栗東行ったら話が変わっちゃうね」
「何?」
「だって、アタシのほうが速いもん」
「…言ってくれるではないか」
アタシの笑い声を聞いてか、やっと先輩2人はアタシが他のウマ娘と話してたことに気がついたみたい。
「なに?シービー。お友だ…」
直後、カブ先輩の背筋に電流が走った。
「貴様…!あの時の…!」
「あ、あああ…」
そっか。以前、追い回されたんだっけ?それが確かカブ先輩トラウマに…
「なんという僥倖。美浦寮…こんなにも近くに、オレの獲物がいたとはな」
「さよなら。君、相手にするつもりない」
「以前逃げ切ったからと調子に乗るなよ?」
言葉が固くなってる。普段チームで話してくれるようになった時から一転、カブ先輩の口調は何の感情もない雰囲気になってる。厳密には、感情なんてもの出す余裕すらない。
端的な言葉では、おそらくカブ先輩の意図は伝わらなかったんだろう。ルドルフの殺気が増した。
「オレの身体が整い次第、首を刈る。貴様とミスターシービーはオレの獲物だ。逃さんぞ」
「やめてほしい」
「いいや、断じて辞めん。貴様はオレのプライドを傷つけたのだ。その罪は、貴様を喰らうことでしか贖えん。覚悟しておくんだな」
そう吐き捨てて、ルドルフは壁にもたれて腕を組む。話は終わったみたいだ。
「…あれが、ウワサのルドルフちゃん?」
「多分ちゃん付け嫌いだからあんま言わないほうがいいよ」
「…へ〜。じゃ、ちゃん付けしたらガビーさんも標的にしてくれるってこと?」
「…今日はやめてよ。ただでさえこの後寮長に会うんだから」
刺激中毒のガビーさんには、アタシそしてカブ先輩のルドルフとの会話はすごく魅力的だったみたい。
だって、めちゃくちゃギラギラした笑顔してるもん。
◇
みんなとの会話に一区切りついて気づいた。武道館にたくさんのウマ娘が来てる。みんな美浦寮の子かぁ。
ただ、ちょっと不思議なことがあった。みんな入って畳とかの上に座るのかとおもったら、入り口から一列を作ってそわそわとしてる。どうしたんだろう。
「親分が入るよー!!」
…親分?
聞き慣れない三人称に戸惑っている間に、戸がガララとスライドする音が聞こえた。
「集まってんなぁ」
「「「「「「「押忍!!!」」」」」」」
窓がビリビリするくらいの音圧。一斉に声を出したのは、一列に並んでいたウマ娘のみんな。彼女たちは入ってきた『親分』が通る道を作っていたんだ。
そして、『親分』が目の前を通り過ぎたウマ娘からどんどん頭を下げていく。体育会系というかなんというか…これぞニッポンって感じだよね。
道作りには参加してないけど、カブ先輩も頭を下げてるし、ガビーさんも…ちょこっとだけ頭下げてるけど、すれ違った時に少し頭動かすくらいの下げ方だった。
どしどしと床を軋ませて、肩で風を切るように胸を張って歩く、『親分』と呼ばれたウマ娘。肩には竹刀を担ぎ、服って服は着てない。肌を覆うのは胸に巻かれたサラシ。竹刀の先に脱いだジャージが無造作に引っかけられていた。
着ればいいのに。
でも、なんだろう。そのスタイル…自分の旗を掲げてるような姿が、ちょっと武士…いや、そんな行儀のいい感じでもないから野武士という表現がぴったりだと思った。
そのまま、奥の床の間まで歩いて、ドスンと腰を下ろした。
「出迎え、ご苦労。
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
また整列した。次は横に一直線。普段訓練してるのかなってくらい綺麗だった。
胡座をかいて、竹刀を下ろす気配のない『親分』は、切先を少し動かして、自分の肩にバサリとジャージをかける。なにそれ、達人って感じ。
ただ、動きだけじゃない。その眉間の皺、咥えた草、そして縄で縛られた高さのあるポニーテール。見るからに只者じゃない。強そうだ。
「今日は、寮対抗れーすの出走者について決めてこうと思う。だが、その前に…」
『親分』の視線が私に動く。
「手前が、みすたーしーびーか。
…美浦寮寮長のタケシバオーだ。よろしく頼む」
「うん。よろしくね」
「ま、本気か…?寮長にタメ口…?」
「新入りだよな…?」
あちこちから戸惑いの声があがった。別に挨拶返したんだから失礼でもなんでもないと思うんだけど。
「いちいち目くじら立ててんじゃあねぇぞ」
ヒソヒソとアタシの話してたウマ娘の…先輩たちかな?そっちの方にギロッと目を向けた。
「客もてなす礼儀もなってねぇのが、美浦に居んのかぁ?」
「そっ、そんなことありません!」
「あたしらは、その…」
「何焦ってんだ…
…ったくなぁ。手前らに
そうだろ?本来そんな畏まる必要なんざねぇんだよ」
「りょ、寮長おおおおおおお!!!!!」
「ウチ、いたく感動したっす!!!!!」
「「「「うおおおおおお!!!!寮長!寮長!!」」」」
喝采が止まらない。人望と宗教は紙一重なのかなと思わせるくらいの熱量が武道館の道場の空間を支配する。
レースの時の熱を彷彿とさせるこの感覚は、嫌いじゃ無い。
でも、最初に道場に入ってきた時の威圧感からは想像できなかったくらい、懐の深い考え方をしてるみたい。
…居心地が良い。
「…楽しいね」
「応。一緒にいて飽きねぇ奴らだよ。手前も一枚噛むか?」
「うーん。向こうも見てから決める」
「そうかい。なら、栗東に負けんよう手厚くもてなさんとなぁ。
…だが、その前に」
笑顔で嬉々として話すタケシバオーの纏う空気が変わる。後ろで騒ぐみんなもすぐに静まり返った。
胡座をやめて、片膝を立てた。担いでいた竹刀を床に突き立て、肩にかける。それを抱き寄せるように手を添える姿は、しなやかな曲線と逞しい軸で形作られていて、気だるいくつろぎの中でも、崩しきれない凛々しさが醸し出されていた。
視線は、アタシの横に向いた。対象者が、すくっと立ち上がる。
「カブラヤオー」
「…」
「手前…今回、出ねぇそうだなぁ」
「…」
直立不動。タケシバオー先輩の下から抉り上げるような視線を浴びて、カブ先輩は何も言わなかった。
「寮長相手に…沈黙で返してやがる…!なんて度胸だ…!」
「そもそも、仁王立ちをかましてやがる…どんな心臓してんだ?」
…いや。
「まずいわ。もう完ッ全にパニック状態よ。瞳孔が開いてる」
「…唇の乾き方が尋常じゃないよ」
何も言えなかった。言えずにいた。
「己は、手前のこと認めてんだ。美浦背負うに値すると思っててよ。どうして、出てくんねぇんだ?」
「…」
だんまりじゃだめだよカブ先輩。これ帰りの会でちゃんと説明されるまで帰れないやつと一緒だよ。
みんなが気づかないくらいの拳の震えに、アタシとガビーさんは気づいていた。
でも、カブ先輩ならなんとかなるでしょって確かな信頼は、その拳に握り込んだ怯え以外の本能を感じ取っていた。
「…わ」
「わ?」
「私の道、私が決める」
「そうか…ふっ、ふはははははははは!!!!!そうか!!手前で決めるか!!!!」
上を見上げて腹を抱え、畳を豪快にバシバシと叩くタケシバオー先輩は、大声で笑った。低音域の下地の整った声は、その場にいる全員の耳に届いていた。
「忘れていた。道は己で決めるもんだ。己だって、世界に挑んだのは己で決めたことだったもんなぁ。
ありがとなぁカブラヤオー。手前のおかげで思い出せたぜ」
「ひとまず出たいやつは、ここに名前と希望の競走条件を書いてけぇ。あくまでこれは希望を募るとこ。枠を超えたら、果たし合いの上決めてもらうからなぁ」
いの一番に飛び出したガビーさんに続いて、続々とウマ娘たちが記入していく。
アタシも一応書いておくとしよう。どっちに着くかまだわからないけど。
書き終わって目に飛び込んできたのは、待つウマ娘たちが少なくなるのを壁にもたれてずっと待っているルドルフだった。
…もしかして、今の時間までずっとそうだった?
程なくして、2人のウマ娘がルドルフの元へ駆け寄る。
「書いてきました。本番が楽しみです!」
「…ましな顔になったな。以前より。
遠慮はいらん。当日オレを討ち取りに来るのを心待ちにしてやる」
「「はいっ!」」
基本ずっと怖い顔だけど、ふとした時の笑顔が可愛いんだよねー。ルドルフ。
◇
「ふあ〜あ…」
「…」
「…ん?」
「シンザン」
「え?ちょ、あの…コダマさ」
そのままボサボサした毛が目立つ耳をつまみ、栗東寮寮長のコダマ先輩がシンザン先輩を部屋の外へと引っ張っていく。
防音がしっかりしてる部屋のはずなのに扉の外からは、汚い悲鳴が聞こえた。
「…悪ぃな。栗東って今こんな感じなんだよ」
「…ふーん」
バツが悪そうにカチドキ先輩がアタシの方を見てくる。
美浦寮の見学の次の日、今度はカチドキ先輩の案内で、栗東寮を見学した。
大体の機能は美浦寮とおんなじくらい。違いは食堂のご飯が粉物が多いくらい?
あとはここ、視聴覚別館。レース映像を見たり分析するのにすごく充実した空間。
壁には白いスクリーン。部屋の隅には映写機と、積み重ねられたフィルムの缶。
でも、今日はそんなものは一切使われず、先輩たちが長机の紙と睨めっこする時間が続いた。
汚い悲鳴が聞こえてから、ちょっとの沈黙が漂って、ガチャっと扉が開いた。
…ちょっとだけ見えた隙間から、シンザン先輩がダウンしていたのが見えた。
「予め寮生の皆様に記入いただいたアンケートは、ざっと目を通しましたが…かなり苦しいですね…
キタノカチドキ、タニノチカラが出走せず、私も怪我で出られない。タニノムーティエも望めないでしょう。
…これは、悩ましいですね」
何事も無かったかのように会議の続きを始めるコダマ先輩。カチドキ先輩のレースを見ていた時のような鋭い笑顔と目つきではなく、憂いがそのまま顔に張り付いていた。
あんま、こういう弱々しい印象がなかったから、意外だなって。
にしても、彼女って誰だろう…。ここでピックアップされるなら相当速い子だと思うんだけど。
「ヒカルイマイのアンケートが見当たらないようですが?」
「彼女なら、きっと広大な山へ思いを馳せているところだろう…カピテーヌが海に憧れるのと同様!」
「リュウフォーレル」
「はい!コダマ寮長」
「少し静か。そして、無いということでよろしいですか?」
「その通りだ!」
「はぁ…」
頭を抱えるコダマ先輩。海賊帽を被って、船の船首で腕組みするみたいにイスと机に足を乗っけるリュウフォーレルって先輩はそんなコダマ先輩のことなど気にも留めず、ここには無い水平線を見据えていた。
「…ひとまず、『花組』やトウメイ、そしてシンザンが重賞クラスのレースを制する他ありませんね。重賞クラスも面子自体はいますが、果たして美浦に勝てるかどうか…
条件付きクラスはどうでしょうか?」
以前、京都レース場であったウマ娘。タニノチカラ先輩が答えた。
「前評判が良いウマ娘なら、テンポイント、エリモジョージ、ホクトボーイ、カツラギエース…あと、ロングホークなどは耳に覚えがある」
カツラギエース…?どっかで聞いたことある気がする。
「テンポイントなら、俺らのチームだぜコダマさん。あの栗毛の美少年だよ。実力は保証するぜ。
なっ、シービー」
「うん」
「そうでしたか。では、テンポイントは…中距離ですね。受け入れるとしましょう」
その後、資料やトレーニング教官から栗東寮生のデータが届き、おおよそ仮の出走表が出来上がっていた。
ここまで徹底して情報を集めているんだ。勝つということへの拘りがすごい。
さっきまで騒がしかったリュウフォーレル先輩も、黙々と書類を捌いていく。さっきのキャプテンごっことの落差で風邪ひきそう。
アタシは面白いから良いと思うよ?
ちょっと蚊帳の外になり始めて寂しくなってきたから、カチドキ先輩にこしょこしょ話しかけた。
「…すごいね。こんなに文字あるのに、ちゃんと読んで1日で決まるなんて」
「いや、まだ決まらねぇよ」
「出走表まで作ったのに?」
「あくまでこれは一次選考だ。あとは、コダマさんとその他有力なウマ娘が選考を通過したやつらの走りを見て最終決定」
美浦のパッションが先行してた雰囲気と真逆だ。コダマ先輩による徹底的な下調べのもと、メンバーが選び出されている。
何これ?オーディション?レースってそんなに頭使うことだったっけ?
いや、トレーナーとかは使ってるんだろうけど、学生でこれやってるのはかなりびっくり。
二つの寮を見て、最後に決めるのはアタシ。どっちにしようか…?
「シービーが栗東側で走ってくれりゃ面白いんだけどな」
「…なんで?」
不意にカチドキ先輩がアタシに話しかけてきた。
「そりゃだって…同じチームだし、気合うし、速いし、あと…出会った時から結構どっか遠いとこで繋がってそうな感じしてたんだよ」
…なんでだろ。急に可愛く見えてきた。
じゃあ、いっか。求められてるし、下剋上って燃えそうだし。
何より…ルドルフに一杯食わせられそうだし。
「コダマ先輩。アタシにアンケートくれない?」
マルゼン、どっちに行くのかな…?
◇
「それでは次の2000m走者、準備しておけ!」
次の日、早速呼ばれた。その場でアンケート書いて渡したんだけど…話が早くて助かるね。
日を分けてやるみたいで、アタシは初日の部。今日はデビュー前の子たちが中心らしい。
一回、どんなものか見てから走りたかったけど、何も知らない初めてっていうのもいいよね。
「おう!シービー!!」
ストレッチ中、後ろからハキハキとした声で呼びかけられた。上体を逸らして顔だけ向けると、目の前には黒髪のポニーテールに赤いリボンを備えた水色の目のウマ娘が、歯を見せて笑っていた。
「あんたもこの次か?奇遇だな!あたしもなんだよ!!お互い頑張ろうぜ!!」
「…だれ?」
ピンとこない。空を背景に逆さまになっている目の前の子は、口をあんぐりと開けて驚きを隠せない様子だった。
「おいおい嘘だろ!?同じクラスのカツラギエースだよ!!」
「……ああ」
「その『ああ』は絶対わかってねえだろ!」
「そこ!うるさいぞ!!」
「ああ、怒られちまった。…すまねぇな。騒ぎ立てちまってよ」
「んふふっ。じゃあ、エース。楽しみにしてるね」
「おうよ!」
そう言葉を交わして、エースはターフの上をあちこち歩きながらストレッチする。
アタシの近くにあんな愉快な子がいたんだって思うと、もう少しクラスメイトに興味持っても良いかもって思った。
「よし。位置につけ!」
アタシ達は続々と引かれた白線の上に足を揃えていく。
「よろしく。恨みっこなしよ、良いレースにしましょ」
横のウマ娘が話しかけてきた。赤いカチューシャのような鉢金を頭につけている。耳飾りは…夕陽が照りつけてよくわかんないけど…金色の何かかな?
「うん。よろしく」
「ではいくぞ。よーい…」
旗を構える先輩ウマ娘。それに合わせてスタートの構えを取る。
瑞々しい呼吸。芝の感触。周りの喧騒が静かになるこの瞬間。
嗚呼。
始まる。
「始め!」
旗が振り上げられると同時に、みんなで駆け出した。アタシは少し遅れて走り始める。
さっき話したエースはというと、先頭に立って快調に飛ばしていた。
「よっしゃあ!!あたしの力、見せてやる!!」
「ちょっと!そう簡単に行かせると思う!?」
さっき話しかけてきた子がエースの後ろについた。前はポジション争いになる。混ざりたい…!!
けど、ほんとに楽しい瞬間はここを我慢したところにある。トレーナーのしつこいラップ走や併走が、こんなにも活きてくるなんて思いもしなかった。
そんなアタシに目もくれず、前を走るエースの作るペースにみんな翻弄される。
体感でわかる。かなりのゆっくりペース。
今回、デビュー前で駆け引きを知らない、前のめりな雰囲気の子達が多い。みんな前を気にして、なかなか自分の走りができていない。
デビュー前だからかな。脚を溜めるのも、案外難しいんだね。
エースは大分余力がありそう。マイペースが続いたならそっちのものだよね。
じゃあ、その余裕ごと追い越してみようか。
前を意識してるともう直線に入り始めるコーナーになってた。
そろそろ、行こう。
ダッ!!
「え!?ちょ…!!!」
「だ、誰!?」
景色をかき分けていく。風すら見えてきそうなスピードは、高揚するアタシの胸の中をどんどん煽り立てて、解き放たれてく。
我慢したんだ。偉いよね。
じゃあ、もう良いよね?
「ふふふふっ、あっははははははは!!!!!」
「「「「む、無理〜〜!!!!」」」」
「ちっくしょーーー!!!!」
「うおっ、きやがったなシービー!!」
「勝負だよ!エース!!!」
並んだ。スローペースから一転、猛烈な加速から、直線の一騎打ちが始まった。
加速するエース。アタシの追込に負けじとその末脚を炸裂させていた。
まだ並んでる。
もっと…速く…
まだ並んでる…!
あ
すごい
楽しい。
楽しい…!
楽しい…!!!
楽しい!!!!!!
「最高だよ!!エース!!!もっと、もっとキミを見せてよ!!!!!」
「うおおおおおおお!!!!シービィィィィィ!!!」
声が、耳元から遠くなった。
ゴールの旗はもう眼前に迫っていた。
ーーーーもう、終わっちゃった。
「ゴール!!1着はミスターシービー!!2着はカツラギエース!!3着は…スズカコバン!!」
オーケー。クールダウン。誰かに、何かに合わせる併走じゃない…ひたすら、走りたいように走った。
そう、こんなにも気持ちいい…
胸の奥がくすぐったくて仕方ない。
「…負けたわ。西を背負うからには、こんなとこで負けたくなかったんだけど…」
「楽しかったよ。また走ろうね」
「…ふんっ!」
さっきスズカコバンと呼ばれてた子だった。金色の正体は…おもちゃの小判かな?金属音は聞こえない。
結果はアタシが1着だったみたい。夢中で覚えてないけど…。でも、これなら選ばれそうだね。
「これで、栗東の出走メンバーに選ばれたら、負けは許さないかんね!」
「…そういうのやめてよ。楽しかったら勝手に勝ってるだけだからさ」
「…いちいちムカつくやつ…!」
「おう!シービー!!負けちまったぜ…!!次はこうはいかねぇぞ。年貢用意しとけ!!」
「そんな悪いことしてないよアタシ」
やっぱ、走るって大事。どれだけ言葉を交わしても、どれだけご飯を一緒に食べて…それでもまだ知らない顔がある。ここで初めて、アタシは誰かと出会えるんだろうな。
寮対抗レースが、楽しみ。