寮対抗レースが終わった翌日。
私は姿を消した。
消したといっても、別に存在が無くなったとかそういう話じゃなくって、寮の部屋からいなくなった。
もう既に夏休み。授業も無いし、レースでの消耗、これからの夏合宿でのハードスケジュールも鑑みて、トレーニングも抑えめかオフの日が多くなった。学校にわざわざ残る必要がない。
今日学園にいたらまずい。
よりにもよって、未デビューのウマ娘が、八大競走ウマ娘相手に勝ってしまった。レース後に話しかけられることも多かったし、その度に私は固まってた。
話しかけられたくない!!怖い!!
ただでさえ、昨日のレースは怖さのあまり叫んじゃったし…それでシンザン会長興奮したりしてたし!ほんともうトラウマになりそう!!!
…このままじゃ、私は干物になっちゃう…。特に癖の強いウマ娘の先輩たちに目をつけられたらたまったものじゃない…。
そこで私は、キャンプ用品を大量に抱えて早朝に郊外の山へ発った。
「お姉ちゃん」
しばらくはここで籠って、私に対する興味をみんなが無くすのを待つしかない…。
人の噂も七十五日。辛抱してれば大丈夫。
「お姉ちゃんってば」
…流石に3ヶ月弱は長いなぁ。
「お姉ちゃん!!」
「ひゅい!!」
「もう!なんで無視するの!」
「だからってぇ、大声出さないでよぉ…」
ぷりぷりと怒っている彼女はミスカブラヤ。
私の妹です。
内向的というか、あまりウマ娘のみんなと話したがらない私と違って、すごく元気で活発で、それでいてトレセン学園に来るレベルで走りの才能もある子。
今日、山籠りするために寮から抜け出した私についてきてくれるくらいには、私のことが好き。
…だと思う。
「大体、そんなに怖い?むしろ克服するチャンスじゃない?」
「そんなことないよ…。段階ってものがあるってば」
「はぁ…まあ、今に始まったことじゃないからいいんだけど。ほんと、お姉ちゃんは私がいないとダメなんだからね」
生い茂る森の葉でも抑えきれない、強い陽光。それに照らされる妹ちゃんの姿は、森の精霊って雰囲気があってとても可愛らしい。
姉妹だから顔とか似てるけど、私よりもこう…オシャレというか垢抜けてるというか…ハイカラな感じかなぁ。
それはそれとして…。
「なんか私のことダメな姉みたいにいうのやめてよ」
「ダメでしょ。大体、今日ここにくる時も荷物持ちのためにわたし起こしてたんだから」
痛いところをつく。そう言われるとなんかダメな気がしてきた…。
「まあ、良いけどね。お姉ちゃんのためだったらそれくらい」
「…良い妹を持てて幸せだね、私」
「…へ?ちょっと、急に何言い出してるのよお姉ちゃん!」
素直にこう言ってあげると、すぐに顔を赤くする妹ちゃん。姉としては悪い男に引っかからないか将来が心配だね。
…とりあえず、山籠りに向けての準備。食料も問題無いし、部室には置き手紙もあるからトレーナーさんも分かってくれるはず。
それなりに登ってきたからあとは、テントの中を整理して、木炭とバーベキューセットも作って…は、妹ちゃんに任せて。
「…これちゃんと聞こえてるかな?」
「…………何それ?」
妹ちゃんが怪訝な顔をして、私の目の前の装置の調整をする。
大量のプラスチックのコップ、そしてナイロン製のめちゃくちゃ長い糸がコードのようにあちこちへ伸びている。
これは、大量の糸電話。自分で言うのもあれだけどはっきりいって不気味。
でも、これが無いと私は安心して眠れないだろう。
「これは…なんというか、集音マイク?」
「集音マイク?」
「…この山にウマ娘が来た時に、すぐ声とか拾って備えられるようにね」
「やっぱおかしいよお姉ちゃん」
妹ちゃんが私を見る。身内に向けるような目じゃなかった。その視線が背中に突き刺さりまくるけど、これは仕方がないのだ。
この間のソロキャンプ…何処から情報が漏れたのか、スピカの面子が揃っていた。しかも待ってたかのように。
あの時のガビーの目は、愉悦の二文字が手を振っていたなぁ…。
この山籠りも、既に情報が漏れているかもしれないんだ。そして、自意識過剰で終わるならそれで良いんだけど、かなり嫌な予感がする。
この警戒網は、私の生命線。これが突破された瞬間、私は
それだけは防がなければ!!
「とりあえず、姉妹水入らずで楽しもっか。妹ちゃん」
「…お肉はわたしが焼くよ。昨日のお祝いさせて」
あああああ!!妹ちゃんが優しくて可愛いよーー!!!
◇
「お姉ちゃんギター上手!」
「そ、そう?ま、まー悪い気はしないかなっ!」
「あれ弾いてよ。『目黒川』。楽屋姫の」
「あー、えっと…去年流行った曲だっけ?楽譜あったかな…?」
持ってきたファイルの中を漁り出す。結構有名どころはトレーナーさんが練習用に楽譜くれたからもしかしたらあるかもしれない。
葉、草、炭、紙…
多くの小さな摩擦音が、私たちの空間を満たしていく。
「…………っ!」
しかし、その調和は一瞬で崩れた。
「…侵入者だ」
「侵入者じゃないよ。ただの登山客だよ」
「妹ちゃんは静かにしてて…大丈夫、私が守るから」
「庇護欲出す資格ないよお姉ちゃん」
手厳しい。これが無垢な子供の残酷さ…
学年の差は2つだけど。
私に対する指摘は振り切ろう。プラスチップのコップの部分につけた蓋を開けて、耳を近づける。
素材にこだわったとはいえ、普通のウマ娘なら山や森中に伸ばした音を聞き取るなんてまず無理な話。
だけど、いつウマ娘が近づいてくるかを常に警戒し、怯えて過ごしてきた私の気配の察知能力、とりわけ聴覚はこの無理難題すら可能にするレベルにまで至っている!
自分で言ってて…情けないなぁ…
でも、仕方がないじゃん。怖いものは怖いし、ウマ娘のみんなって結構話しかけてきたりするから…。それでちゃんと話せないのも申し訳ないし。
耳を澄ますと同時に、糸の伸びる先を双眼鏡で眺める。
………。
そこにいたのはカチドキだった。
「どこまでも私を邪魔するんだね。カチドキ」
また山で会うなんて…でも、なんでここに?
『コダマさん、感謝するっす!やっぱ、自然って結構リフレッシュできますね!』
『ふふふ、そうでしょう。特にここはとても森林浴に適したスポットです。お楽しみください』
あれは…栗東の寮長!シンザン会長が負けた後めちゃくちゃ怖い目してた先輩だ…!あったら何言われるか分かったものじゃない…!遭遇は避けないと!
…だけど、カチドキを気遣ってここに連れてきたのかな…意外と優しい?
『俺、昔よくおふくろに山連れてかれてたんすよ』
初めて見るカチドキだ。落ち込んでたりとか、テンションが高いとかじゃない。すごく穏やかなカチドキ。
『都会でも色んなものと出会えて楽しかったっすよ?ウォークマンとかVHSとかビーズクッションとか…今日持ってきたこれもそうっす!』
『おや?それはなんでしょう?』
『デジタルカメラっすよ!使い捨てカメラと違ってその場で撮ったやつが見れるんす!そのうちコレが流行ると思うんすよね』
またなんかよく分からないアイテムが出てきた。
『故郷に戻る時があったら、これでまた色々残しておふくろ驚かせたいっす!』
ああ…なんて健気なんだ。カチドキ…その優しさ、もっと普段の私にくれないかな?
とりあえず、危険はなさそうだ。
『美徳ですね。素晴らしい親想いだと思います…ところで、カチドキさん?』
『どうしたっすか?』
『スピカのカブラヤオーが寮から消えたという話はご存知でしょうか?』
あれ?
『…え?消えた?』
『そうです。朝にカブラヤオーの部屋を訪ねたウマ娘が異変に気付いたんだとか。カメラにも大量の荷物を背負う彼女とその妹が写っていたそうです。
私の調査によると、何でもキャンプが趣味なんですよね?彼女は』
なんでしってるの?私美浦のウマ娘なんだけど…?
『抜け出すということは周りとの交わりを断ちたいという意思表示。そして、見たところ郊外のキャンプスポットとしては穴場ですが、質は保証されている。身を隠すのならば私ならここを選びます。いたら嬉しいですね。
あの走り…大変興味深かったです。是非とも話をしてみたい。
できることなら、あの開き切った瞳孔を私に向けて欲しい…!』
モノクルを指で一押しして、獰猛な笑みを浮かべるコダマ寮長。
それで終わっているはずなのに…。
その先の景色を、私の頭は勝手に想像してしまった。
『ああ!!貴方は今何処にいるのでしょうかカブラヤオー!!』
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ
「うわあああああ!!!」
思わず双眼鏡をぶん投げて、テントの中の寝袋へ引き篭もる。
私の妄想のはず…!そのはずなのに…!
何であんなに具体的に見えたんだろう…!?
「お姉ちゃん、お肉焼けたよ〜」
「もう少し心配してくれないかなっ!?」
「お姉ちゃんがそうなっちゃうのなんて、今に始まったことじゃないじゃん」
もう慣れたといいたげな顔をして、肉の乗った紙の皿を置く。
そして、これまた慣れたといいたげに、うずくまる私を仰向けにして頭を持ち上げる。
「は〜い。大丈夫だからね〜」
「…………」
「怖くないからね〜。よしよーし」
妹ちゃんの膝枕。そして撫でられる髪がくすぐったいけど心地が良い。柔らかい表情であやす様に話しかけられて、姉の威厳なんて微塵も無い。
けど、ここは世界の中心なんだ。逆らえるはずがない。
焼けた肉が冷めない程度の時間、妹ちゃんとのスキンシップを楽しんだ。
◇
「ただ貴方のやさしさが 恐かった〜」
「わーい」
妹ちゃんから拍手が送られる。
「なんかこの切なさがいいよね〜。身近な生活感もすっごい共感できるし」
「うん。私自身、この曲の主人公の人の不器用さとか…よく分かるなぁ…」
「じゃあ次はね…」
耳から全身に駆け巡る、電気信号。
「待って…また誰か来てるみたい」
「…?さっき言ってた先輩ふたりじゃなくて?」
「別だね。もう私が抜け出したことが広まってる以上、誰かしら私を探しに来たウマ娘がいるかもしれない」
「…気にしすぎなんじゃない?」
「1%でも可能性は潰さなくてはならない!!」
「こんな切迫したキャンプ初めてだよ」
やれやれとため息を吐く妹ちゃんを尻目に、私はさっきとは別のプラスチックのコップに耳を澄ませ、双眼鏡を覗く。
右耳に白い花弁の耳飾り。小脇に抱えた小さな本。そして、木漏れ日を梳き込んだような淡い栗毛の髪。
あれは…みたことある顔…。
『チカに黙ってきちゃったけど、大丈夫かな?』
タニノムーティエ先輩!
流れる渓流沿い。細い肩を岩肌に預け、長い足を気ままに放り出して腰を下ろす。
渓流は幾千もの石を打ち、白い声をあげていた。それでも彼女の息遣いが近くに聞こえる。
まずい。糸電話の装置に気づかれるかもしれない…!
『…ふふ、自然はいいなぁ。 頁をめくらなくても、読むものには困らないね』
本を片手に目を閉じ、草木や水、魚に虫の声と、自身を囲むあらゆる事象と心を通わすように耳がぴこぴこと動いている。
…美しい。
…ハッ!!
「…ダメ。ただでさえ注目を惹くウマ娘なんだから、関わり合いになったらあとが危ない…!」
「…誰?有名なウマ娘?」
「タニノムーティエ先輩がいる」
「え!?ホント!?見せて!!」
妹ちゃんが私から双眼鏡を奪い取る。露骨に上がるテンション。ワクワクとして覗き込んでて、普段私と話す時とは違う口角の上がり方をしている。
…なんかくやしい。
「わあ!ホントだ!!やっぱカッコよくない!?ムーティエさん!!」
「え?いやあ、べっつにぃ?」
「あ、そう?てっきりお姉ちゃんもなんかシンパシーみたいなの感じてるかなって思ったんだけど」
そう言って双眼鏡を返して、急に歩き出して髪を整え出す妹ちゃん。
私は考えるよりも先に、その肩を掴んだ。
「…行かせないよ」
「え?」
「タニノムーティエ先輩のところ行くつもりでしょ?行かせないから」
「何で!?別にお姉ちゃんに迷惑かけないしいいじゃん!」
「ダメなものはダメ!この厳戒体制に隙など生じさせない!!」
「…はぁ、わかったよぉ」
…わかりやすく落ち込ませちゃった。何とか今度、カチドキとかテンちゃんとかに頼んで埋め合わせとかできるかなぁ?
…って、どうしてそこまでしなきゃいけないんだ?
再び双眼鏡を構えると、タニノムーティエ先輩は本を閉じていた。指綺麗…。
『にしても、あの子の走り、良かったなぁ』
…なんだろう?急に独り言が…。
『カブラヤオー、だったかな?』
!?
『彼女ほど、生きる為に走っていた子を未だかつて見たことがない。彼女はどんな思想の下走っているんだろうか…?好きな本は、バイブルは、尊敬する偉人は、好む音楽は…?』
あのレース、見てくれてたんだ。それに、結構お気に召したみたい。それはなんというか嬉しくないわけじゃないしむしろ嬉しいんだけど…なんでだろう。
なんでこんなに、寒気がしてくるんだろう?
『興味深い…話してみたいなぁ…ねぇ?』
『
…ひいッ!?!?
思わずまた、双眼鏡を投げ飛ばしてしまった。
だけど、今回は逃げることができなかった。
腰を抜かして、倒れ込んでしまった。
………今、目が合った、気がする。
…いや、気がするだけのはず。だって距離で行ったらここまで2kmは離れてるし、何よりこんな山の中じゃ分からない。というか、ここに私がいることだって分かってないはずなのに…!
…あれかな?双眼鏡のレンズが反射したのかな?それで私って断定するのもあれだけど…。
とりあえずそう考えた私は、コップに耳を澄ませるだけに留めた。
『…っている訳ないか。何言ってるんだろう、私』
…なんだ。私がここにいるって確信はしてなかったのか…危ない。
『でも、なんでかな?近くにいる様な気がしちゃうな、カブラヤオー…』
すごく落ち着く声なのに、私の呼吸は荒ぶっていく。鼻、そして口の中を何度もつっかえる様に吐き出す息は私の手の震えを徐々に強くしていった。
パキッ…
突然、白いひびが、頭に浮かんだ。
『何かな?これは』
耳元で囁く様なトーン。喉元に手がかけられる様に耳に這い寄ってきた声を聞いた瞬間、私はポケットに手を突っ込んだ。
取り出したのは、ハサミだ。
すかさず私は張り詰めたナイロンの糸をハサミでパチンとちょん切る。繋ぎ止められていた点を失った糸は、力なく麓へと消えていった。
…ゴミの不法投棄は禁止。あとで回収しなきゃ。
気づかれてしまった。あの音は、完全にプラスチックのコップに触られた。
いや、でも私ってバレてる訳じゃない。訳じゃないはずなのに、あんなにも確信した様に話すから本当に怖かった。
というか、興味の向けられ方が怖すぎる。ウマ娘みんなに言いたいけど、もっと段階を踏んでほしい。
「またパニくってる?お姉ちゃん」
「…いいや、大丈夫だよ。大丈夫な、はずだよ…そうに違いない」
「それ、安心するために作ったんだよね?」
言い聞かせないとやってられない。平穏なキャンプの雲行きが怪しくなってきた…。
◇
「……………」
「……………」
「……………」
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「なんでずっと、周り気にしてるの?」
「いつどこからタニノムーティエ先輩が来るかわからないからだよ」
「え!?ムーティエさん来るの!?」
「ば、バカ!声がおっきい!!」
さっき、タニノムーティエ先輩に糸電話の存在がバレてから、こっちに来ないか不安が拭えず、戦々恐々としている。
そこを流れる川から?それともそこの木の影から?はたまたあそこの岩から?考えれば考えるだけキリがない。
…気にしていても仕方ないか。バーベキューも美味しくてお腹はいっぱい。一旦ボーっとしてよっかな。
『…………っ!!』
「あーもう、次は誰だよぉ」
脱力した身体を立たせて、装置に向かって歩き出す。
「なんかもう、インターフォンみたいになっちゃってるね」
「訪問とかじゃないからねこれ。侵略だよ」
「山来るのは自由でしょ」
いや、私がいる以上、ここは私の城。無断でここに来るってことは、私のパーソナルスペースを侵しに来てるんだ!
…私自身とんでもない暴論を展開してるって分かってるけど、こう思わないとやっていけない!!
そんなことを考えながら、また糸電話と双眼鏡を用いて聞こえた声の発信源を確かめる。
…めちゃくちゃ枝が踏み折られてる音がする。
そこを覗くと、木々の間へ、くるりと踏み込むシルエットが一つ。
『おお!梢の天蓋、木漏れ日の照明!これほど舞台を整えて、プリマを呼ばぬ法があろうか!』
げっ、これまたビッグネームだ。
メイズイ先輩。昨日のレースでも戦ったけど、走ってる時、後ろから普通に独特の台詞が聞こえてきてたのを覚えてる。
あんな感じで振る舞ってるけど、さっきのコダマ先輩やタニノムーティエ先輩みたいに私に対して何か抱いてるか…どっちだろう?
というか、なんで道から外れたところを進んでるの?
『ほう、森の王のお試しか!この根を越え、あの岩を渡れと?ハッハッハ! ずいぶんと踊り甲斐のある宮廷だ!』
大きな身体に比例した身振りに手振り。だけど、それでやっていることといえば、大きな木の根っこに乗ったり、そこから岩に飛び移ったり…。
子供が山に来てはしゃいでるみたい。このまま秘密基地でも作り出しそうな勢いだった。
……ほっといてよさそうかも。そう思った瞬間。
『……そこで何してるんですか』
岩の向こうから、もう一人出てきた。
灰褐色の長い髪を肩から払い、踊る先輩を見上げる、切れ長の目。赤いジャージを着たその人にも、昨日の記憶がある。
タケホープ先輩だ。
『おお、アンタゴニスト!よくぞ来た!森の王の宴に、一役買うつもりか!』
『買いません。普通に歩いてたら、すごい声がしたので』
『ふむ!では我が声に招かれたわけだ!』
『……まあ、そうなりますね』
タケホープ先輩は、先輩の立つ岩と、その下の地面を交互に見た。
『降りる時、気をつけてください。そこ、苔が』
『案ずるな!プリマに相応しい幕引きを──』
ずるっ。
『っ、と!』
大きな身体が傾いて、タケホープ先輩が両手を伸ばした。
だけど、メイズイ先輩はその手に触れる前に、ひらりと地面へ降り立つ。両腕を広げ、胸を張った。
『……御覧の通り!』
『今、滑りましたよね』
『即興だ!』
便利な言葉だなぁ。
差し出したままだった手を下ろし、タケホープ先輩はため息をついた。
『それで? アンタゴニストは、この緑の劇場へ何用だ?』
『……別に。人がいないところに来たかっただけです』
『なるほど! ならば今は、我がいる!』
『ええ。見ればわかります』
ちょっと帰ってほしそう。
わかる。その気持ち、すごくわかるよ。
『昨日の疲れを癒やしに来たのではないのか?』
『それも、ありますけど』
タケホープ先輩の爪先が、落ち葉を一枚ひっくり返した。
『……叫ぼうと思って』
『ほう!』
『学園じゃ、誰が聞いてるかわからないし』
『よいではないか! 山々を震わせる独白、我が聞き届けよう!』
『だから、人がいないところに来たんですって』
すみません。一人どころじゃないです。
こっちにもう二人います。
『どれ、一節だけでも!』
『嫌です』
『昨日の敗北を嘆くか? あるいは、次なる勝利への宣誓か!』
『……「ふざけんじゃないわよ」って』
ぼそっと聞こえた声に、私の耳が立った。
『最後には止まると思ってたのに、止まらないし。会長が迫ったら、また伸びるし。何なのよ、あの子』
あの子って……私?
雲行きが怪しくなってきた…。
『はっはっは! 我ら総出で追い立てた挙句、見事に逃げ切られたな!』
『笑い事ですか。アタシ、ハイセイコーにまで偉そうなこと言ったんですよ。意地を張る場所を間違えるなって』
『うむ!』
『アタシだって、全然届かなかったくせに』
石の縁を靴先でなぞり、それから、ぐっと踏みつける。
『……腹立つ』
ひえ。
やっぱり怒ってる。
『アタシが勝ったら距離のおかげ。あの子が負けたら距離のせい。そういうの、もういいって思ってたのに』
タケホープ先輩が、川の方を向いた。
『昨日は距離も何も、まとめて置いていかれたわ』
『だからこそ、次がある!』
メイズイ先輩の腕が、ばっと広がった。
『一度さらわれた程度で見せ場を諦めるか! 次は我が追いつき、その顔を正面から拝んでやろう!』
ほんとにやめてください。後ろからでも充分怖かったから。
『……アタシも、負けたままにはしませんけど』
『その意気だ、アンタゴニスト!』
『……さっきから気になってたんですけど、アンタゴニスト?』
『主役の前に立ちはだかり、その望みを阻む者さ!』
『……また、ハイセイコーの敵役ですか』
タケホープ先輩の目が、すっと細くなった。
『そうさ!観客が誰の名を叫ぼうと、結末までは譲らぬ!ハッハッハ、実に我好みの役者よ!』
『...』
『されど、二冠を制した頃は、まだシーンスティーラーだったはずだ。皆が主役を見つめる舞台で、その見せ場を鮮やかにさらっていく!』
『……勝っただけです。アタシは』
『うむ!だが、春の盾を掲げた時は違った!自ら観客へ宣言したではないか。何度でも、あの子を負かしてやる、と!』
先輩の唇が、きゅっと結ばれた。
『今や、あちらも君を倒さねば先へ進めぬ! 次なる幕を待たせるとは、何とも贅沢な役どころよ!』
『……ずいぶん、楽しそうに言いますね』
『当然! 我とて倒してもらうつもりはないが、倒し甲斐のある相手は多いほどよい!』
ほんとに楽しそうだな、この先輩。
私はもう、昨日の一回でお腹いっぱいなんだけど。
『……アタシ、元からそんな性格だったわけじゃないので』
『ほう?』
『別に、誰かに喧嘩売ったりする方じゃなかったし。普通に練習して、普通に走って……それで勝てれば、よかったんです』
耳が、少し横へ倒れた。
『今だって、どこまでやればいいのかわからないし。不良っぽくするのって』
『ほう! 役作りか!』
『役っていうか……もう、好きに言わせておくのも嫌なので』
『ならば我にもその啖呵を聞かせてみよ!』
『えぇ……』
先輩は一度目を伏せてから、顎を上げた。
『……アタシの前、チョロチョロしてんじゃないわよ!
メイズイ先輩が、にやっと笑った。
『
『……そこまでは、まだ…』
『はっはっは!よいぞ!そこは遠慮するな!』
『だったら指摘しないでください!』
大変そうだなぁ。
でも、本当の自分で勝負できないっていうのは、どこか分かる気がする。
タケホープ先輩、頑張って欲しいなぁ…。
『では、次に会った時は、あの逃げ役にも披露するとよい!』
『走ってる最中じゃ聞こえないでしょうね。今度は、近くで話してみたいですけど』
話さなくていいです。
私はここで、先輩の新しいキャラが完成するのを応援してますから。
『それにしても』
タケホープ先輩が、ふと眉を寄せた。
『先輩、袖。何かついてます』
『む?』
メイズイ先輩が腕を上げる。
その袖口から、細い光が一本、木々の間へ伸びていた。
……ん?
『蜘蛛の糸か?』
『いえ、これ……ナイロン?』
あっ。
ああっ!?
メイズイ先輩が踊っていた、そのすぐ横。枝の間に張っておいた糸が、袖に引っかかっている。
『引っ張らない方がいいですよ。何に繋がってるか……』
『ほう、森の王の導きか! ならば、その先を確かめようではないか!』
やめろっ!!
私の願いも虚しく、先輩の指が糸を摘まんだ。
ぴん、と手元のコップが震える。
「お姉ちゃん?」
「しっ!」
タケホープ先輩が、糸を目で辿っていく。
葉の陰へ手を差し入れた。その手が戻ってきた時には、底から糸の伸びたプラスチックのコップが握られていた。
『……糸電話?』
『何と! 森の王は、ずいぶん慎ましい伝令を使う!』
『誰かが置いたんでしょう。こんなところに』
二人の視線が、糸の続く方へ向く。
こっちを。
こっち見るな。
『ほう!では、我らの声、知らぬ第三者に届いていたということか!』
『……誰の仕業?』
私は双眼鏡を放り出した。
握るハサミ。迷う暇なんてあるわけがない。
ちょきん。
コップを伝っていた声はぷつりと切れた。
「またばれちゃったの?」
「…かなりまずいかも」
◇
世界は、こんなにも躍動していたんだね。
「お姉ちゃん、そんなにあちこち見てたら首取れちゃうよ」
物騒なことを言う妹ちゃん。でも、確かに側から見たらそう言われても仕方ないかもしれない。
今、私は顔をあちこちに動かし、目まぐるしく視界を転々とさせている。木々の影、岩、川、あの坂道、草の根元…どこからいつ何がくるかの警戒はさっきよりもより一層激しさを増していた。
糸の伸びた先まで把握されているかもしれない今、ここにいたら危ないかもしれない。
…致し方ない。ここから少し場所を変えたところに…。
「みつけたぞ!」
「うわああああああああああ!!!!!」
「お姉ちゃん!?大丈夫!?」
バサリと音が鳴ったと思ったら、茂った若葉がひらひらと落ち、赤と黒の布地が目立つウマ娘が上から現れた。
突然の招かれざる客による襲撃に驚いた私は、そのままバーベキュー用の木炭の中に頭から突っ込んでしまった。
……………。
あ、なんだろう、これ。
かすかなおひさまの匂いや、森林のような清々しい香り。
だけど、この香ばしさ…。
…………。
結構落ち着くかも…?
「…お姉ちゃん?」
「おい!ぜんぜんでてこない!!」
「ちょっと!お姉ちゃん!!」
「かんねんしろ!ねんぐおさめる!!」
「え?あなたが納めるわけじゃないでしょ?」
首がとれそう。どうやら妹ちゃん、木炭の入った箱の中に頭を入れて出てくる気配のない私の肩をゆさゆさと動かしてるみたい。
嫌だなぁ…。すでに言葉一つ二つと言い方で、かなりコミュニケーションに難がありそうな気がする。
けど、相手が去る気配は無いみたいだし…なんとか喋るしか無いか。
そう思考をまとめて、私はやっと顔を出した。
…いややっととかそんなことないよ。だって心決めるのにも時間とかちゃんと必要だし急に絡んできたのあっちだしもー今日ほんと災難!
真っ黒な部分が目立つ自分の服は見ないふりをして、私は目の前のウマ娘の姿を改めて捉えた。
黒い板に稲妻のような黄色い線が描かれた、手作り感満載のオンボロな仮面。なんなら割れてるし。
服もよく見たらボロボロだし、ちょっと際どいとこまで見えそうな穴とかも空いちゃってる。
スポーティーとかそんな次元ではない軽装なのに、ワインレッドのマフラーが首には巻かれており、よりチグハグな印象な黒髪のウマ娘だった。
髪も伸びに伸び切ってボサボサ。それでも煩わしいのか、何ヶ所か結んでいるみたいだ。
ちょこちょこ見かける、ちゃんと身なりを整えてないシンザン会長のそれとは全然違う。カチドキのワイルドさとも違う。
本当に社会から逸脱したところで育ったような子だった。
話せるのかなぁ…ちゃんとこの子。いや、それはお互い様か。
とりあえず、頑張って明るく話す。その上で、必要なことはちゃんと聞いて…
「…何の用?誰?」
「お姉ちゃんこっわ」
おっと。可愛いけど鋭すぎるヤジが飛んできたけど無視します。
「おれ、でんげきかめん!!やまのみかた!!やまのてきはてき!!」
あれ?私もしかして祟りと遭遇してる?
それに…話し方が辿々しい。ちゃんとヒトとか他のウマ娘と話したり、言葉を教わって育ってないのかな?
シンプルに心配になってきた。
「おまえ、やま、よごしてる!!すなわちおれおこる!!!これ、おまえ!おまえ!!」
そう言って、目の前のヘンテコはプラスチックのコップを手に取って見せてきた。どうやらこの子にも見つかってたみたい。
「…ごめん」
「あやまる。えらい!」
「…とりあえず、これ片付ければいいんだよね?分かった!ごめんね、こんな変なのそこらじゅうに設置しちゃって」
ちょっと、変なのって。
「…回収しよう」
「もうちょっと柔らかく話せないの?」
「…無理」
「はぁ…これじゃ、普通のウマ娘の道は長いね」
これ以上、傷つけないでくれよ妹ちゃん。また甘えるよ?いいの?
◇
「…まだおわらない?」
「もう少し…あと10個」
「どんだけ設置してんの?」
山は広いから仕方がないね。
後ろで仁王立ちする『でんげきかめん』に見張られながら、私はナイロンの糸が切れないように引っ張り続ける作業を延々繰り返していた。
まさか、一日目でこれ外さなきゃいけなくなるなんて…
結構な出費、結構な労力だったのに、勿体無いなぁ…
…妹ちゃんも手伝ってくれてるおかげで早く終わりそうだけど。
「…ところで、名前は?」
「でんげきかめん!」
「違う。本当の名前」
「ひーろーはなぞがかっこいい!!」
「そういうのいらない」
「…ちょっと可哀想なんじゃないの?そんなにそっけないと」
「しょうがない!よわいやつ、びびり!!」
「は?」
思わず手が止まる。
無礼られるのは、違うんだけど。
「…上等。走る?」
「おれがかつ!!かつ!!おまえまける!!それでもいい?」
随分な自信。逃げ切られたあとどんな顔するかなぁ?
「すごい自信。根拠は?」
「おれ、
は?
「「…二冠!?」」
「そう!!おどろけ!!」
「え!?このウマ娘さん二冠獲ってるの!?え、誰!?」
「でんげきかめん!」
「違う!そうじゃない!!」
これはびっくり。まさかの大物。でもこんなにインパクトあるなら忘れるはずないんだけど…?
…待って。
「でんげきかめん?」
「そう!そう!!おれ、でんげきかめん!!」
「…何故、そう名乗る?」
「おれのあし、でんげき!!『でんげきのすえあし』!」
電撃の末脚。昔、雑誌で見たことあるフレーズ。
「獲ったレースは?」
「さつき、だーびー!!せだいのちょうてん!!」
「…どう勝った?」
「さいごぜんぶぶっとばす!!」
「最後に全部…?直線一気?え?ダービーでしょ?ダービーポジションは…?」
「なんだそれ、いみわかんないこというな」
「…信じられないんだけど。この子が二冠ウマ娘なの」
…察しはついた。昔の雑誌でまとめられてた。
多分、このウマ娘の喋り方に印象がないのは、トレーナーが代わりに記者の言葉に答えてたのと、そのトレーナーの言葉が話題になったから。
『私はダービーウマ娘を担当したんじゃない』
「…ヒカルイマイ」
「え?」
「なぜばれた!?てっていしてなまえださなかった!」
「…有名だから」
「おれゆうめい!ゆうめい!」
『ヒカルイマイ』
タニノムーティエの翌年のクラシックにて、二冠を達成した『電撃の末脚』。
その生い立ちから、前評判は散々だったけど、持ち前のポテンシャルとその追込戦法による劇的な勝利から、『雑草』と呼ばれてファンから愛された。
当時はもっとちゃんとしてる赤色とかが入ってた仮面をつけてたから分からなかった。
…というか。
「「何でここに?」」
「ここのかわ、だいすき!!いえみたい!!」
雑誌の記憶が正しければ、ヒカルイマイは実家である農家の裏の沢でずっと遊んでたらしい。
ウマ娘は基本、それなりに裕福な家庭から生まれないと大成しない。大体は幼少期にクラブとか通って子供の頃からずっと競走をしてるから。
そんなこともなく、まともに勉強もしてない子。周りは評価するはずもなかった。そんな中、どんな偶然か知らないけどトレセン学園のトレーナーが見かけてその場でスカウトして、入学手続きまでする熱の入りっぷり。
…何で他人の家の裏の沢で出会えるの?どんな迷子?
まあ、トレセン学園は変なヒト多いからなー…。そのうち知らない間に無人島とかに遭難するヒトとか出そう。
話が逸れたけど、要は自然に囲まれて育った、筋金入りの野生児。生活スタイルが変わってないのなら、ずっと山の中で走り回って遊んでるんだろう…
何でヒーローごっこしてるのかはよく分からないけど。
でも、そういうことなら気が合いそう。お互い、逸れ者同士、バーベキューを囲うのもありかな?
とりあえず、糸電話の撤去だけ終わらせて、話してみよう。そう思うと、さっきまでの苛つきもいつのまにか無くなってた。
「肉、焼くから食べなよ」
「ほんと!?おまえ、やさしい!!」
「いいよ。妹ちゃん、焼いて」
「わたし!?」
いいでしょ妹ちゃん、私のこと好きなんだから。さっきの鋭い言葉の慰めは、それでお願いしよっと。
糸電話の数もあとちょっと。まだまだ日も出てるし、早めに終わらせて遊ぼう。
次は何にしようかな?ギター、川遊び、散歩、工作…いろんなことができる!
そんな安心感と思考に頭が甘く支配されていた次の瞬間。
「いいね、バーベキュー。私も混ぜてくれないかな?
急に覆われる視界。
その感触から、きめ細やかな柔肌の綺麗な手。
聴覚がより鋭敏になる。
聞き覚えのある声だった。
とても安心する、過呼吸促進ボイス。
後ろから密着するように抱き寄せられると、耳元で囁かれた。
「私、タニノムーティエ。会いたかったよぉ、カブラヤオー」
うわああああああああ!!!!!!!
なんで!なんでここに!!
パニックになって目を回すと、2人とも肉焼くのとか、私が持ってきたギターに夢中になってる。
こっちを助けろ!!!
「やっぱり、あの糸電話…君のものだったんだね。酷いじゃないか?一方的に私のことを剥こうだなんて、ね?」
ちがう。そんなつもりない。
あっ、ちょっと…そんなとこ触らないで!くすぐったい!!
「聞いてたんだよね?私の独り言…。その分、いや、それ以上に君のことが聞きたいんだ」
「…面白いものじゃない」
「それはこっちで決めるよ。
……もう君に栞を挟んでしまったからね。そう簡単には、手放せないなぁ」
ひえ。
「では、私もあやからせていただきましょう」
え、待って。もしかしてこの声。それに軽い鎖の音…。
「お久しぶりですね、カブラヤオーさん。コダマです」
ぎゃああああああ!!!!!
ポーカーフェイス!ポーカーフェイス!!
「昨日の走り、大変魅力的でした…。あの素質を見抜けなかった私が恥ずかしい。
ですから、今日は貴方のことを知りたいのです。よろしいですね?」
「はひ」
「コダマさん、あんま…」
…そっか!カチドキがいた!!カチドキなら私のウマ娘恐怖症知ってるから、なんとかフォロー…
「…いや、ダメか。トレーナーにバラすなって言われてるもんな…すまねぇ。なんとかしてくれ」
カチドキィィィィィ!!!貴様アアアアアアアア!!!
「おや!森の精霊の導きに従ってきてみれば、なんという僥倖!!かの逃げ役、そして二冠のプロタゴニスタたちが揃っているではないか!」
「本当。この子、昨日はあんなに遠かったのに今日はずいぶん捕まりやすいのね」
「…え?うわわ、先輩方がこんなに!?!?」
…期待できないけど最後の希望、妹ちゃん。ヒカルイマイはギターに夢中でこっちを見向きもしない。
なんとか…そうだ!私のこと好きなら『わたしのお姉ちゃんから離れて!!』って独占欲とか披露してなんとかみんな追い払って!!
「わ、わたし、ミスカブラヤっていいます!!」
「元気のよろしいことで。カブラヤオーさんと縁が?」
「はい!妹です!!」
「こんな可愛い妹ちゃんもいたんだね。私にもチカっていう妹がいるんだ。姉同士、一緒に話そうよ。他にイスって無いかな?」
「え!?ムーティエさん、ここに居られるんですか?」
「そうこの子に興味があるのさ」
助けろ助けろ助けろ!言うこと聞くな!!
私は目で救援信号を発し続けた。
「…」
妹ちゃん。
「わかりました!ちょっとイス足りないので、そこの倒木引っ張ってきますね!」
え、ダメです。隙見て逃げないと!!
「おや、ダメじゃないかカブラヤオー!」
「かはっ」
「今、逃げようとしたね?妹ちゃんが席を用意してくれるのに…ダメだよ。強・制・参・加♪」
「本当に逃げるのがお好きなのですね。
…ああ、ダメですね。貴方の話を聞くのが楽しみです」
「悪りいな、カブ。俺にはもうどうしようもねぇ」
ああ、カチドキ…。この薄情者!!
「さあソロイスト!あのレースの情熱、今一度呼び起こそうじゃないか!!」
「話してる雰囲気と、レースの雰囲気が違う。教えて、あなたのこと…
いや、違う。あんたのこと、聞かせなさいよ。昨日あれだけ背中を見せつけられたんだから、顔くらい覚えて帰りたいわ」
終わりだ。
「お姉ちゃん、ほらお肉食べてお話ししよ?」
悪魔め。私は許さないからな!
あ、美味しい。肉焼くの上手くなったね妹ちゃん。嬉しいよ。
………………。
その後の記憶があんまりない。
次の日、出涸らしのような私を背負う妹ちゃんと、キャンプセットをそれぞれ持ったビッグネームの集団が帰ってきた話が学園中で話題となった。
…結局、渦中じゃん。