何本走った?あれから…もう、覚えてねぇ。意識せずとも、求める走りができているなら、いい。だが乱れているなら…ダメだ。…考えてもらんねぇ、あとでトレーナーに聞け。
「はあああああああああーーーー!!!!」
土塊が次々弧を描く。傾斜に転がり一つが二つ。路を抉って前進し、喉元を引っ張り顎を上げるウマ娘、キタノカチドキ。振り乱した髪、身に纏う視認性の高い赤白ジャージ、躍動する尻尾は泥を纏って数刻が経っていた。
「はっ、はっ…やあああああああーーーーっっっ!!!」
その隣を走る金橙の栗毛。額には汗が浮き、髪は頬へ張りついている。流星のプリンセス、テンポイントはカチドキの加速に合わせ、細い腿に筋を浮かべていく。土の煙の中でも、その凛々しさと美しさは全く陰ることはなく、冷静に相手を見据えながら坂を登っていた。
耳に届く、風を束ねたホイッスル音。
速度を緩めるテンポイントと、勢いを殺し切れず近くの芝生へダイブを決めるカチドキ。長い手足、厚みのある体幹、しなやかな腿――速さというには、あまりにも量があるその身体を明るい緑へ投げ入れる。普段の豪快な振る舞いなら、さながらダッシュ、ジャンプ、タッチダウンを決めるようなところだが、辿る軌道はパンクしたバイクのようにヨロヨロとして、そのまま倒れ込んだ。
「おやおや、ご無事ですか?」
「笑ってん、じゃねえぞこのヤロー」
ノックダウンした選手に駆け寄るレフェリーのようにカチドキの側についたテンポイント。しかし、その顔は笑っていた。出て来た軽口に対して、カチドキも柔和な顔を浮かべている。
「よくやり切った」
「へ、へへ…」
うつ伏せから仰向けへ体勢を変え、晴天の空を仰ぐ。だが、轢かれたカエルを彷彿とさせる格好を見るに、乙女の尊厳は芝のどこかへ置いてきたらしい。もっとも、本人は探す気もないだろう。
勝てればいい。走れればいい。品格なんてものは、たぶんその後だ。
芝を踏む音と共に影が近づいてくる。空を覆って覗き込んできたのは、スピカのトレーナーだった。
「お前、途中で頭使うのやめただろう」
「…え?」
「いや、違うな。使えなくなってたな」
トレーナーはリアルタイムでフィードバックを整理しながら、話し始めた。
「途中からフォームに綻びがあった。足も柔らかく使う意識が少しずつ抜けていっていた。相手に対する眼もできていない。総括して、お前にできる『最高のパフォーマンス』からは程遠かったな」
「…ったく、厳しいなぁおい」
「あくまで、お前が望む客観的な情報を伝えているだけだ。もう少し緩めたいなら、そのようにしよう。素直に言え」
「いや、ダメだ。そんなもんで『勝ち鬨』あげたって、なんも満たされやしねぇよ」
「…そうか。なら、休憩したのちに改めてストレッチから坂路だ。次の相手は…ガビー、行けるか?」
腕を組んで、芝生と土の坂路の境目として存在する柵にもたれて腕組みするウマ娘、テスコガビーは快く親指を立ててウィンクした。
「こっちは良いわよ全然。楽しませてあげる」
「ありがとう。テンポイントは休んでから向こうのトラックで…そうだな、タイヤ引きだ」
「分かりました」
「カチドキ、休むならこっちに来い。日陰もドリンクもある。」
「うぃ〜〜」
「おい、転がりながら移動するな!」
芝生の上を転がり落ちていくカチドキを追いかけるトレーナー。坂路に伴った傾斜で繰り広げられる光景は、おむすびころりんの画をリアルで見るとこういうものであるという知見と共に、滑稽というワードが頭をよぎる。その様子を他所のトラックから遠巻きに見ていたのは、ミスターシービーだった。
「なんか新鮮。カチドキ先輩があんなバテてんの」
「それはそうさ。あの人が地面に寝転がるほど消耗してるところなんて、滅多に見られないからね」
春にしては日差しの強い今日、整備された芝が揚々と立ち上がり、照らす光で白く写る陽気の山場となった午後。手をサンバイザーにして眺めるシービーの元へ、次のトレーニングを指示されたテンポイントが走ってきた。
「5月3日まであと2週間とちょっと。…まだまだ厳しいようだね」
「ふーん」
「すごい他人事だねって…他人事だもんね」
「うん」
以前、ミーティングにて望む未来を決めたカチドキの思いに応え、スピカはその道を進む彼女を全面的にサポートする道を決意した。
いつレースが行われても良いように、毎週、追い切りを実施し最高潮の調子を保ち続ける。
このプランの実施を了解したカチドキはまさに今、己にとっての最強である自分との勝負に明け暮れていた。
「…苦しそう」
「無理もないよ。本来なら休養に入るはずだった時期に、毎週レース同然の負荷をかけているんだから」
傍から見れば、伴っていないウマ娘のオーバーワーク。現状ではトレーナー、ひいてはスピカが糾弾されるような有様である。
一体何を考えているのか…
将来有望なキタノカチドキを潰すつもりか?
ならば、私に任せて欲しいものだ。
「だけど、選んだのはカチドキ先輩だ」
たった一言、テンポイントは周囲の風評をぶった斬った。カチドキが吐き出した、現実と願望の寄せ集めを真っ向から受け止めた彼女からすれば、当然のように放たれた発言。移動するカチドキをじっと目で追うテンポイントを尻目に、シービーはストレッチを始めていた。
「じゃあ、頑張ってもらわなくちゃね…フッッッ!!!」
ストップウォッチを片手にシービーは走り出した。内容はラップ走。一定位置ごとのポイントでの通過タイムを測り、いかにペース配分を守れるかというトレーニングである。レースにおいて己のペースを保つことの重要性は語るまでもなく、見失ったものから敗北までエスコートされる。それが常識だ。
トレーナーから監督の代わりを任されたスピードシンボリはシービーの走りの見逃す点を一つも作らないよう注視し続けていた。
「常識破りを銘打つんなら、まずはそれをこなしてみることだ」
カチドキをベンチで休ませて、トレーナーがスピードシンボリの元へ歩いてきた。
「型破りってのは型に一回ちゃんと型にハマった奴しかできないからな」
「へぇ…確かに、その通りだね。いい言葉だ」
「この間志村けんが言ってた」
「…学びの範囲が広いのはいいことだと思う」
感心を示そうとしたが受け売りだったことに、反応の助走でつまづいたスピードシンボリは、瞬きを増やして咄嗟のフォローというわけでもない褒めを送った。
「この間のシンボリルドルフってウマ娘との併走。課題が多いことが分かったからな」
「…君、あの現場にいたのかい?」
「いや?事後報告だよ。お前からのな…あ、いや責めてるわけじゃないぞ!あんなの知らなかったんだろ?」
スピードシンボリは怪訝な顔をした。彼女がその場面に出くわしたのは第三コーナーからのデッドヒートからである。伝えられる内容にも限りがあったはずだ。
しかしトレーナーのトレーニングの設計、そしてこの発言。あまりにも具体性がある物言いである。そこに薄気味悪さを感じていた彼女を見て、トレーナーは手元のメモ帳を開いて話し始めた。
「知らないところで走った担当の情報を、そのまま『ハイそうですか』とほったらかしはしないさ。
目撃者のうち、実績のある者をピックアップしてその時の状況を全員に聞いてきた。やはり、目が肥えているやつはよくレースを見てるし覚えてる。録画してるやつまでは見つからなかったから聞いただけだが、まあ言っても走ったのは2人だけ。想像するのは容易い」
「…流石だね。一体、いつの間に…」
「この前チームでとってた休みの間にな」
せっかくの休日。
スピードシンボリが羽を伸ばしていた頃、トレーナーは学園中を歩き回り、見知らぬウマ娘たちに事情聴取をしていたらしい。
仕事熱心と言えば聞こえはいいが、執念深さの隠しきれない行動。スピードシンボリは口を尖らせた。
「であれば…俺を連れていってくれてもよかったじゃないか」
「ん?お前は研修生だろう?休みの日くらいゆっくりしてろ。こういうのは本職になってから頭巡らすもんだ」
「…むう」
「拗ねるなよ…」
「で、いったいどんな子から聞いて来たのかな? 罪深いトレーナー君は」
「……カブトシローから聞いてきたんだが」
「何!? あの現場にいたのか!?」
「カノープスの部室へ行く途中で見かけて、一部始終を見ていたらしい」
「よく、捕まえて話を聞けたね……」
「まあ、微糖のコーヒーを奢ると言ったらついてきたよ」
出た名前に思わず大声を上げた彼女は、手にしていた記録用紙を落としかけ、寸前で抱え直した。
『カブトシロー』
スピードシンボリが現役だった頃、幾度となく同じレースを走った相手である。天皇賞、有馬記念。実績だけ見れば、日本の頂点に立ったことのある名ウマ娘。
しかし、彼女の記憶に強く残っているのは、むしろその掴みどころのなさだった。
話しかけようにも、まともな会話が成立する空気ではない。走りに至ってはなおさらである。
そのカブトシローが、微糖のコーヒー一本で捕まり、しかもあの併走を仔細に語った。
スピードシンボリの瞬きが、目に見えて増えた。
天皇賞と有馬記念を制した名ウマ娘も、微糖のコーヒー一本には足を止める。
栄光と日常は、どうやら同じ地面の上にあるらしい。
「それで、彼女はなんと?」
「『駆け引きだけならルドルフの圧勝』だとさ」
「……圧勝?」
「上げれば追う。落とせば合わせる。フェイントにもいちいち反応する。シービーはまんまとルドルフの作ったマッチレースに引きずり込まれてた。あのまま続けていれば、先に脚を削られて終わってたのはシービーだったろうって」
意外な評価だった。
あれだけルドルフへ食らいついた走りを見れば、レースセンスに恵まれた才女と評したくなる。どうやら、それは少々買い被りだったらしい。
「では、どうして……」
「メインはここからだ」
トレーナーの視線が、遠くへ向いた。
一定のリズムで芝を刻み続けるシービー。
今は時計に従って、ひどく行儀よく走っている。
「カブトシロー曰く――『ルドルフはシービーを自分のレースに引きずり込んだ。そこまでは完璧。引きずり込んだ相手がシービーだったこと以外な』」
「……?」
「誘いには綺麗に乗っていた。それなのに第三コーナーから、今度は自分で勝負をもっと激しくした。仕掛けるには早い。ルドルフはまだ駆け引きを続けるつもりだったはずだが、それを待てなかった」
「…………」
「『煽ったら食いついた。そこまではルドルフの狙い通り。でも食いついたシービーが、そのまま噛み千切りに来た』――だとさ」
スピードシンボリの瞬きが止まった。
視線の先では、その当人が指定されたラップを寸分違わず刻んでいる。
あの時、第三コーナーから勝負をひっくり返す勢いで飛び出したウマ娘と同じとは、少々信じ難いほどだった。
「……なるほど。駆け引きを制したのではない。乗せられたまま、自分から勝負の火を大きくしてしまった、と」
「そういうことだ。本人がそこまで考えてたかは怪しいけどな」
「ふふ。それでこそ、という気もするね」
「あいつはペース感覚自体はかなりいい。見ての通りな」
ちょうどシービーが二人の前を駆け抜けていった。
風が遅れて髪を揺らす。
「問題は勝負になると、そんなものまで景気よく放り投げることがある」
「だからラップ走を?」
「そう。正確に走れるようにするためじゃない。そんなものはもう持ってる」
トレーナーは遠ざかっていく背中を目で追った。
「熱くなっても、煽られても、あいつがあいつのまま全部持って走れるようにする。そのためだ」
「……随分と欲張るじゃないか」
「そりゃそうだろ」
間髪入れずに返ってきた。
「俺が惚れ込んだものくらい、最後まで大事にしたいんだよ」
「…………」
「スピードシンボリ?」
「……いや。なんでもないよ」
誤魔化すように、スピードシンボリは手元の時計へ目を落とした。針は何も面白いことなどしていない。
当然だ。今のはシービーの話である。
才能を見出し、それを育てる。トレーナーなら至極当然の話だ。そんなことは、分かっている。
次の周回が来る。
スピードシンボリは顔を上げた。
シービーを見る。
――はずだった。
その視線はほんの一瞬だけ、隣に立つ男の横顔へ寄り道した。
現役の頃にも何度となく見た横顔だった。何か一つ気になれば納得するまで追いかけるところも、走るウマ娘のことになると妙に頑固になるところも、昔からそう変わっていない。
変わったのは、きっと立場だけだ。
走る側から、走らせる側へ。
――俺が惚れ込んだものくらい、最後まで大事にしたい。
先ほどの言葉が、どうにも耳から離れない。風が吹いて、スピードシンボリは一歩だけ横へ動いた。
風上へ逃げたように見えた。
彼の隣へ寄ったようにも見えた。
「さて、そろそろ迎えに行くか…カチドキ!そろそろ行けるか!?」
「おう、やってやる!」
「よし、その意気だ!!ガビー、準備してくれ!」
先刻の出涸らしの気配はとうに消えて、坂路へ足を進める。カチドキがいた日陰に置かれた持ち物には、以前シービーに薦めていたウォークマン、そしてその横には見慣れない布製品。枕に使っていたのかだろうが頭の形に変化したままあまり元に戻っていないという不思議な様相であった。
「なんだ?あのクッション」
「おお!あれビーズクッションっていうんだぜ!!なんかザリザリしてて気持ちいいし涼しいんだよなー!!!」
ストレッチをしながら嬉々として風変わりなアイテムについて話すカチドキ。
未知との遭遇。依然正体のよくわからない物にクエスチョンマークを浮かべたトレーナーではあったが、考えることをやめた。
うん、なんだか知らんがとにかく良し!
「次はガビーと走ってもらう。フォームが乱れないよう意識して走ること、相手を見ること…集中と身体の動きを噛み合わせるんだ。いいな」
「わかった」
「ガビーは…好きに走れ」
「あーいいわねその言葉。いつも言ってくれない?」
「ならそれなりに普段から安心させてくれ」
「ふふっ、行ってくるわね」
よし、と2人の準備を確かめたトレーナーは、ホイッスルを構えて、スタートの合図を飛ばした。
力強く、小気味良く、土の爆ぜる音が辺りを駆け回る。
高頻度の坂路トレーニング、プランの設計こそしたが、トレーナーの心中は微塵も穏やかでは無かった。
耐えろ、カチドキ。今は耐えてくれ…
影すら未だ踏めていない春の大舞台。追い切りのトレーニングが連続し続けてなお力強く走り続けるカチドキの呼吸は、少しずつだが、確かに
――――――――――震え始めていた。
今日はウッドチップ。坂路の翌日だ。足への負担も考えなきゃな。
走った。タイムがイマイチだ。肉体じゃない。
俺が乱れてる。
俺が制御を失ってる。
呼吸を整えて。
また走る。
今日は軽め。疲労は溜めてたら危ねぇ。休む時はしっかり脚を休ませねぇとな。
……………
……………
……………本当に大丈夫か?
いつかわからねぇのに休んでていいのか?
今の俺には走ることしかできねぇ
走ってねぇと、目の前が暗い…………………
結局、この追い切りと回復のサイクルの中でも、皐月賞は行われなかった。また、始まる。
晴れ。坂路。テンポイント。ガビー。坂路。位置取り。駆け引き。
晴れ。ウッドチップ。タイム。フォーム。集中。タイム。フォーム。脚。
シービー。ラップ。回復。
歩様。確認。
右脚。左脚。張り。熱。異常なし。
坂路。土。土。晴れ。ウッドチップ。コーナー。内ラチ。先行。息。ガビー。トレーナー。スピード。踏み込み。パワー。フォーム。
雨。芝。コーナー。直線。息。回復。
一本減。
スタート。先行。テンポイント。シービー。ガビー。ラップ。泥。フォーム。踏み込み。坂。コーナー。コーナー。直線。末脚。勝負。
泥。雨。雨。泥。
脚元。確認。
続けるか。
走る。
ウマ娘。芝。スタート。出脚。加速。先行。ハナ。番手。好位。テンポイント。半バ身。ガビー。外。シービー。後方。折り合い。
ペース。ラップ。前傾。息。息。脚音。蹄音。芝。芝。芝。
一ハロン。二ハロン。向正面。追走。位置取り。牽制。視線。肩。呼吸。フォーム。ピッチ。ストライド。
内。外。併走。半バ身。クビ差。並ぶ。抜かせない。譲らない。
トレーナー。時計。ラップ。
速い。
今日はここまで。
まだ。
コーナー。三角。内ラチ。遠心力。踏ん張り。踏み込み。手前。手前替え。加速。ガビー。進出。テンポイント。応戦。シービー。
まだ。まだ。まだ。
四角。直線。仕掛け。
脚。脚。脚。末脚。加速。トップスピード。追い比べ。併せ。肩。肩。半バ身。クビ。アタマ。
息。肺。心拍。乳酸。汗。汗。汗。
ゴール。
時計。
沈黙。
荒い息。
歩様。
脈。
脚。
もう一本?
なし。
クールダウン。水。回復。心拍。確認。フォーム。修正。反省。ラップ。映像。
追い切り。距離短縮。
フォーム。フォーム。フォーム。
もう一度。
ゲート。
スタート。
ダッシュ。先行。ハナ。競り。競り。競り。オーバーペース。
抑える。
軽め。
掛かる。折り合い。テンポイント。ガビー。シービー。隊列。縦長。向正面。ラップ。
速い。
まだ速い。
休養。
坂。負荷。踏み込み。パワー。腰。膝。脚。脚。脚。息。息。息。
明日、休み。
嫌。
コーナー。外。距離損。内。進路。ない。壁。前。横。後ろ。
判断。
一瞬。
進路。
こじ開ける。
直線。追い出し。末脚。末脚。末脚。フォーム。崩れる。立て直す。沈む。伸びる。沈む。伸びる。
ゴール。
タイム。
坂路。ウッドチップ。夕暮れ。汗。息。一本目。二本目。三本目。
四本目――なし。
負荷。傾斜。心拍。脚。脚。脚。腿。ふくらはぎ。腰。背中。腕振り。フォーム。
脚を見せろ。
右。
左。
張り。なし。
熱。なし。
歩様。問題なし。
ウッドチップ。
息。
息。
息。
蹄音。
蹄音。
蹄音。
翌朝。
休養。
雨。
休養。
重馬場。
芝。
今日は走らなくていい。
ダメだ。
水溜まり。泥。飛沫。含水率。脚抜き。グリップ。バランス。フォーム。道悪。稍重。重。不良。
スタート。
好位。
リカバリー。二の脚。追走。馬群。密集。泥。視界。泥。顔。泥。勝負服。泥。視界。
テンポイント。前。
ガビー。前。
シービー。後ろ。
ペースアップ。
向正面。
残り八百。
脚を溜める。
残り六百。
進出。
残り四百。
四角。
大外。
直線。
坂。
脚。
脚。
脚。
止めない。
並ぶ。
競る。
差す。
差し返す。
叩き合い。
一完歩。
一完歩。
一完歩。
ハナ。
ゴール。
倒れ込む。
泥。
雨。
息。
心拍。
指先。
震え。
脚。
立て。
歩け。
止まるな。
クールダウン。
何日経ったかも、わからない
二千。
二千?
二千?
二千。
坂路。
ウッドチップ。
プール。
坂路。
併せ。
単走。
併せ。
追走。
先行。
外併せ。
内併せ。
強め。
一杯。
一杯。
一杯。
回復。
食事。
睡眠。
起床。
脚。
歩様。
心拍。
食欲。
睡眠。
続けるか?
やる。
坂路。
時計。
時計。
限界。
限界。
続けるか?
やる。
更新。
限界。
更新。
続けるか?
やる。
ゲート。
静寂。
集中。
息。
スタート。
いつだ?
いつ、皐月賞は来る?
いつ、俺は救われる?
明日でもいい
いや今日でもいい
走らせてくれよ
なんでだ
なんで、こんな思いしなきゃならねぇんだ
早く
早く早く
早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
「おかえりなさい、カチドキさん。夕食はまだ取っていませんね。用意してあるので食べていただきます」
「コダマ寮長…」
やることは分かってる。勝つべきレースも。行く道も。何も俺は淘汰されてく存在では断じて無ェ。でも、俺の努力はどこまで行っても足踏みが続く。
――苦しい
もはや皐月賞って特異点が来るまでループし続ける、夢もユーモアもなんもねぇSF作品みてぇな毎日を送る俺を、寮の前で待っていたのは、淡いクリーム色の髪を揺らして佇む栗東寮寮長、コダマ先輩だった。
こちらが声をかけるより先に、細いモノクル越しの視線が俺の顔色をひと通り確かめている。扉から寮内の食堂へ案内するその歩みは毅然としていた。
「メニューだけ…聞いてもいいっすか?」
「今日はカレーです。脂質は控えめ、野菜は多めにしてあります」
夕暮れの薄明かりの中でも、コダマ寮長の所作は少しも乱れない。声も、視線も、差し出される皿も、いつも通り整っている。
その「いつも通り」が、今は妙に眩しかった。
だけど、今の俺ぁ、その静かな親切にすら応えられねぇ。
「サラダだけもらいます。体重とかもあるんで」
「駄目です」
「即答すか」
「走る予定があるなら、食べてください。身体は帳尻を合わせてくれませんから」
「……じゃあ、少しだけ」
「はい。それで結構です」
声は静かだし、押しつけがましくもねぇ。
なのに、こっちが何も言わなくても必要なもんだけ先回りして出してくる。
……こういう時は、それすらちょっとしんどい。
っかしいな……こんなはずじゃねぇのに……
俺がこの虚しい檻から解き放たれるのは、一体いつなんだろうな…
「5月3日で確定だ。それに合わせて今日は休養にする」
「何言ってんだ。走るぞ」
カチドキが指示を突っぱねた。その目はもう、普段のそれではない。もはや別人…いや、見たことがある。レース時やその前、カチドキがこの目をしていた時を。
元々、レースにはイレ込むやつだった。言動、性格共に荒々しくなる側面はあった。日常とレースでメンタルの質が大きく変わるウマ娘の前例は沢山ある。
しかし、この眼の圧力。
――――――形容するなら、怪物だ。
「何を言ってる?スケジュールが確定した以上、もう不必要にピークを維持する必要はない。…安心しろ。焦る必要はないんだ」
「…安心?んなもんねぇよ。走ってなきゃダメなんだ。走らなきゃ俺は…」
「いいんだ、今日は休め。もう当日までの組み直しはできてる。お前を最高の状態に持っていく。だから、頼む」
「俺が選んだ道で、俺が勝つ!最後に走るのは俺だろうが!!」
「カチドキ――」
「お前がどんだけ考えたって、皐月賞の日付一つ決められなかった!俺の身体を仕上げても、走る場所そのものが無きゃ何にもなんねぇ!!」
「……」
「頼れる大人みてぇな顔してても、結局どうにもできねぇことばっかじゃねぇか!!」
噛み付くように前のめりになってくる。まずい。こいつの中のナニカが解き放たれている。普段なら、レースが終われば引っ込む。
だが今は、その終わりがない。
「…そうだな。俺には何もできなかった。ままならんものだ」
「うるせぇぇぇぇぇえええええーーーー!!!!!!ままなってもらわねぇと困るんだよおおおおおおお!!!!!」
悲痛な叫びだった。黙ることでしか、返せなかった。
「走る奴が走って、支える奴が支えて、みんなが納得して、予定された日に最高の状態でレースする…!それくらい、ままなってくれよぉぉぉおお!!!!!」
頭を掻きむしり絶叫する彼女を見て、俺は立ち尽くすしかできなかった。よもやこいつの中の暴れ狂う熱が、ここまでとは思いもしなかった。見落としていたわけじゃない。止めてもいた。負荷も落とした。
それでも、ここまで来た。
なら次に必要なのは、反省ではなく介入だ。
「それでも、もう大丈夫なんだ!レースの日時は決まった!!今は俺の言葉を聞け!俺を信じてくれ!!」
「……ダメだ。最後に走るのは俺だ。脚出すのも、息切らすのも、勝つのも俺だ。だったら俺が俺を信じるしかねぇんだよ!!」
「落ち着け!呑まれるな!!」
「黙れ!!邪魔すんならいくらオマエでも許さねぇ!!!」
肩を掴んで言い聞かせる説得も虚しく、走り出したカチドキ。振り上げる手は下手に近づけば殴り殺されそうなほどの迫力を叩きつけていた。
「くそっ!テンポイント、ガビー!!」
「どうすればいい!!」
「押さえろ!休養室まで連れていく!今日はもう走らせない!!!外に出すな!!!」
「なっ!?」
「もうそれしかない!!ああなった以上、無理矢理にでも沈静化させる!!
だから傷つけるな!押さえ込むだけでいい!!とにかく走らせるな!!!」
その後、やはり無理が祟ったのか。カチドキは呆気なくテンポイントに捕まった。
「参ったね... 何度も止めていたことも、覚えてないんだろう」
学園の保健室までカチドキを連れて、俺はそのまま外の廊下に居座っていた。何かあればすぐ対応できるよう、ドアの横から動かない。保健室の前で何十分も座り込んでいる大人が、まともに見えるかは知らない。
そんな俺を見て、スピードシンボリが声をかけてきた。
目を閉じて深い呼吸を繰り返していた時間は途切れて、久々に視覚が刺激される。気づけば、すでに日は暮れ夜の帳が下りようとしていた。改めて、この数日間を反芻した。
「…ダメな時は一本減らした。追い切りの距離も短くした。休養も調子の乱れない範囲で増やした。毎日脚を見てるし続けるかの確認もとってる。数字が危険域に入れば問答無用で止めるつもりでやってきた。
ここまでギリギリを攻め続けるのはそれでも、あいつが走れる範囲で走りたいと願ったからだ」
「申し訳ない。俺からももっと、サポートなり話なりするべきだったよ」
「いいや、これはこっちの責任だ。いい笑いものだろうが、後悔はしていない。俺なりにやつの挑戦を支えて来たんだ」
負い目がないと言えば、嘘になる。止めるべきか、いや、止めるべきだと思った場面も何個もあった。それでも、あいつの意思が固いことは知っていたからこそ一緒に歩いて来た。
日はもう落ちかけていた。廊下に差し込む白い月明かりが、火照った頭にはちょうどよかった。
「だが、これ以上の挑戦は看過できん。走れなくなってから止めるのは管理じゃない。許せ、カチドキ」
「トレーナー君…」
誰に言ったわけでもない。しかし、名前の出た当人からは何も返ってこない。暴れていた音はぱたりと止み、落ち着いた気配だ。
……だから余計に、ドアを開けられない。
説得できなかった。最後には、力ずくでここへ押し込んだ。頭を抱えたくなるには十分だった。俺は我慢し続けていたが、ついに声を漏らしてしまった。
コツ、コツ、コツ、コツ。
足音が響く。無機質だが、熱を感じる存在感。徐々に近づき、目の前で止まった。
「中に入れてください、トレーナー」
「…わかった。任せる」
「いいのかい?」
「ええ…少なくともこのチームで、一番僕が適役だと思っています」
瑞々しく淡い赤紫の葡萄色が2つゆらめく。星あかりを閉じ込めたように光る双眸で、テンポイントはドアを見据えていた。
丁寧で、綺麗なノック音が聞こえた。より心が静まっていくような気がするくらい、耳触りが良かった。
「失礼します」
「…あれ?トレーナーじゃねぇのか」
「トレーナーならそこで項垂れてました。女々しい人です。気持ちは、わかりますけどね」
「そっか…ほんと、面目ねぇな」
初めて入った保健室。白いシーツのベッドの上であぐらをかく俺の前に現れたのはテンポイントだった。赤い薔薇の耳飾りが月光で照らされ、情熱的な色彩はどこか儚げで。表情もいつもより、切なかった。
入ってきたテンポイントは、俺の目の前まで歩いてきて、看病するやつが座る椅子を音も立てずにスッと座った。
「全く…命を燃やせとは言いましたが、燃え滓になってしまっては意味がないでしょう」
「…」
「…言っておきますが、誰も貴方のこと責めてなんていません。むしろ力になれなかったことを悔やんでいると言ってもいい。僕自身、多少そう思っています」
普段の軽口から考えりゃだいぶ言葉選んでいるような喋りだけど、淀みが全くない。きっと本心なんだろう。
でも、俺の摩耗した心はそれを真っ向から受け取れやしなかった。
「どうしたんだよ。倒れたら笑ってくれんじゃなかったのか?」
「こういう形は、望んでません。とにかく今はトレーナーの言うこと聞いてあげてください。不安はあるでしょうがあの人なら大丈夫ですから」
「…なんでお前って、そこまで俺に構うんだ?」
「構う?」
「ずっと気になってんだ。前にもこうやって、お前は俺の横にいた。どうしてそこまで俺を助ける?」
電気もつけてない部屋の中。徐々に強まる月明かりで白いシーツが目に優しくない程度に視覚への主張が強くなってきても、そんなもん気にならなかった。ひたすら目の前のこいつの目を見つめ続けた。
空いた窓が涼しい風を部屋に呼び込んで、呼吸の音と重なった。
「僕も貴方と同じ、『西』のウマ娘だからですよ」
「…え?」
「この時代で走る僕らは、『西』の期待がどうしても頭をよぎる。貴方もそのはず。いや、今は貴方が一番その期待を一身に受けているでしょう」
「…そっか。お前、だからか。なら納得だわ。そりゃお前なら、あいつらの想い真っ直ぐ背負うよな」
『東高西低』
今の俺らの時代を象徴する言葉。要はこの日本で東の方出身のウマ娘が強くて西の方出身のウマ娘が弱いって時流になってる。はっきり言って、クソ喰らえだ。
元々ずっとその流れがあったけど、数年前に東と西の大戦争と言われた世代のクラシックでの対立が、周りも煽り立てて凄まじいもんだった。ずっと燻ってたけどそこで爆発した対抗意識の熱量は今、俺に注がれてる。目の前のこいつの将来もそうなるだろう。
「はっっった迷惑な話だよな?知らねえってのに。だけど、俺の掲げた拳に応えてくれるのはあいつらなのさ。『勝ち鬨』が気持ちいいのは、あいつらのおかげなんだよ」
「…それで?」
「…いい加減な仕上げでなんか、あいつらの前にツラ晒せねぇ。好きに走りてぇ。でも、恥はかきたくねぇ。それで焦った挙句がコレだよ。笑えるよな」
「笑いませんよ」
苦笑いを浮かべるたび、向かいの表情は少しも動かない。声だけはいつも通り柔らかい。
その柔らかさが、今日は妙に逃げ道を塞いでくる。
「己のエゴだけじゃなく、皆の想いものせることを考えるようになった。それは、美徳と言えるでしょう。キレイな生き様だ。今までの、レースになると『ケダモノ』が内在していた貴方とは別人のように感じます」
「ふっ」
「でも、安心してください。貴方はもうそんなこと気にする必要がない」
「…まあ、気にして走ったところでしょうがねぇよな」
「違う。貴方には今西もチームも背負う資格がないからもういいと言ったんだ」
「…あ?」
思わずあぐらを解き、テンポイントへ向き直る。
次の瞬間、彼女は椅子から立ち上がっていた。上半身をこちらへ傾け、真正面から視線ごと距離を詰めてくる。
「僕は今日貴方を捕まえました。それも容易く。もう力は歴然でしょう?みんなの想いを叶えるなら僕が相応しいはずです」
「それは俺がもう体が」
「おかしいな。貴方は今日自分の意思で走ったじゃないか。それ即ち自分の状態がトレーナーを押し切ってでも大丈夫だと判断したってことでしょう。それでまだデビュー前の僕に捕まるのなら、貴方の力も知れたものです。大レースに出たいウマ娘は大勢いるんだ。その程度の力と志なら譲ってしまえ」
「てめぇ、言わせておけば随分な口きいてくれるじゃねぇか」
「前にも言ったでしょう。いつ終わるかわからない以上、僕はこの命を燃やす。燃え滓になんて、用はない」
「誰が燃えカスだ!!俺はまだ…!!」
「ならなぜ目の前の声から逃げるんだ!!!!!」
「!?」
「彼らの期待。チームのみんな。貴方自身の理性。いつでも、貴方と共にあったというのに。貴方の気持ちも察するがそれに耳も傾けられず、結果向こう見ずに走りトレーナーに今日この判断をさせたのは貴方だ。もちろん強く止めなかった僕らにも責任はあるだろう。
だが!貴方のあの時の啖呵をみんなが信じていたんだ!!!ここで挫けたことが問題じゃない!!!貴方を支える声を無碍にする発言が僕は許せないんだ!!!そんなやつ、燃え滓以外のなんだっていうんだ!!!!」
「うっ、くっ…くっそおおおおおおおお!!!!!!」
堰き止められない感情のまま、俺はベッドを殴りつけた。ボスっと軽く気の抜けたような音が、より自分が感じた情けなさに拍車をかける。
テンポイントは肩で息をしていた。噛み締めた歯の隙間から、短い呼吸が漏れる。さっきまで鋭く立っていた耳だけが、今は弱々しく垂れていた。
その方が、怒鳴られるよりずっと痛かった。
「…先輩」
「周りに、ビビっちまって…自分の不安にも、打ち勝てねぇ……わかってんだよこんなの情けねぇって。耐えらんねぇよ。おかげで、自分の中の気持ちも制御できなかったし、正直言ってここしばらくの記憶が曖昧になっちまってる」
「…」
「でも、そうだよな。コレが俺の弱さ。ここからも逃げちゃ、しめーだ。
…ありがとな、テンポイント」
「え?」
「俺にコレをいうために、ここ来てくれたんだろ。顔見りゃわかる。さっきまでの無表情が嘘みたいだからよ」
「…」
「だから、言わせてくれ」
太ももを叩いて立ち上がる。返す言葉なら、考える時間なんて要らなかった。
「俺の時代に、茶々入れてくんな。黙って見てやがれ」
「!?」
「やってやるよ。あの啖呵、まだ死なせちゃいねぇ。今日一日みんなには申し訳ねぇ気持ちでいっぱいだよ。だから、この借りは勝って返す。『俺の時代』を引っ提げて帰ってきてやるよ」
「…」
何も言わないテンポイント。だが、表情だけはひどく饒舌だった。ふと、月光が先ほどより明るい。
どうやら、雲が散ったらしい。
「最初から、そう言っててください。では、そろそろ戻ります。…また明日、走りましょう。先輩」
「!…おう!!ありがとな!テンポイント!!」
背中を見送る。手を振った。こんなにも清々しい思いで体を動かしたのが、とてつもなく懐かしく感じた。柔らかい気配を纏って、テンポイントは立ち去ろうとドアに向かい、ドアノブに手をかける。そしてひねると。
「「うわああああああ!!!!!」」
ドンっ!!!
トレーナーとスー先輩が倒れ込んできた。
「何してんだ?」
「いや、急に大声聞こえてきたから、雲行き怪しいぞって思って…ていうかスピードシンボリ!!早く退いてくれ」
「ああ、わかっ…すまない。ちょっと立ち上がれそうにない。しばらくこうなりそうだ」
「ちょっと、お前…おい!スピードシンボリ!!立て!!」
トレーナーに覆い被さるように倒れているスー先輩。立ち上がる気配がない。
足を挫いたようにも見えねぇ。むしろ、妙に居心地が良さそうだった。
「ああ、もう!!スピードシンボリ!!……スーちゃん!!!お願いだ!!」
トレーナーの抗議など最初から聞こえていないような顔で、スー先輩はこっちを見た。
「ふふっ…どうやら2人とも、お互い腹を割って話せたようだ。ありがとう、テンポイント。そして、よくやった、カチドキ」
「…うす。ほんと、今日はすいませんでした」
「とんでもないですよ」
「大丈夫そうか…よかった。ならいいんだ。……いや良くない!退くんだスーちゃん!!!」
「あははははっ」
なんかいつもより幼い顔つきになってた先輩をみて今日は終わった。
自分自身、鈍いやつだとは思ってんだけど、ちょっと胸焼けした。