ウマ娘Frenzy Stars   作:薄暮ターフ

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第七話 盾は喝采を聴かず

「さて、一区切りなところ申し訳ないが話がある」

 

 銀色のミニバンを運転する帰りの道中。俺はおもむろに話し始めた。

 

「明後日がなんの日かわかるか?」

 

「明後日?」

 

「5月5日…こどもの日?あ、端午の節句!」

 

「違…くはないがそうじゃない。違う」

 

 ピンと耳を立てて別解を提示するカブラヤオー。あってる分ツッコみづらい。

 真っ向からパリンと割られてしまった閃く電球。

 その残骸が散らかる顔をバックミラー越しに見てちょっとした気まずさを覚えた。

 

「中島敦の誕生日じゃないっけ?」

 

「えっと…そうなのか?」

 

「確かそう、国語で先生が言ってた」

 

「何でそんなもの覚えてるんだ」

 

「どうでもいいことに限ってなかなか忘れられなくない?」

 

 そう答えたのは妙なところで記憶力を発揮するシービー。

 …とりあえず授業には出ているようで何よりだ。

 

「カチドキ、わかるか?」

 

「……ゴールデンウィーク」

 

「そうだな」

 

 雑すぎる。

 …いや、話を振った俺が悪かった。疲れてるもんな。

 ガビーから返事はない。ガッツリ寝ていた。

 テンポイントはカチドキからウォークマンを借りている。目を閉じて楽しんでいるようだ。

 

「俺が答えてもいいかな?」

 

「…はいよ」

 

「天皇賞・春だね」

 

「ご名答。ちゃんと把握してて偉いぞ、サブトレーナーくん」

 

「褒めていただき光栄だよ。頭でも撫でるかい?」

 

「運転中だ、遠慮する」

 

「…はぁ。少し、窓を開けるよ」

 

 全く、この間のミーティングの時の大胆な行動以来、こいつの行動に遠慮がなくなってきた。注意したいところだが、やつが満足するならそれでいいとも内心思っている。

 

 …甘いだろうか?

 

「話を戻すが、天皇賞・春…トゥインクルシリーズの最高峰だ。その目で見に行かないかと思ってな。どうだ?」

 

「京都…!私は、行きたいです!」

 

「…んああ?行くってどこ?…まあいっか、行く…ぐう」

 

 手を上げて、ハキハキと意思を表明したカブラヤオーの声でガビーが目覚め、そして寝た。状況も把握していないのに肯定の返事とは恐れ入る。起きたあと改めて確認はするが。

 

「…うーん、どうすっかなぁ…」

 

「お前は休んでいたほうがいい、カチドキ」

 

「え?」

 

「あんなトレーニングと調整を続けてたんだ。レース後の反動はこのあと想像以上だろう。休んでおけ」

 

「そっか。じゃあ、そうさせてもらうわ」

 

「であれば、僕もこっちに残ります」

 

「どうした急に?行ってこりゃいいじゃねぇか」

 

 吐息混じりの返事。

 改めて楽な体勢を作るために座り直そうとしたカチドキは、いつの間にかイヤホンを外していたテンポイントの言葉に驚きを示していた。

 

「あんなフラフラだったところみたら、ほっとけないですよ」

 

「別に平気だって」

 

「知ってます、なので勝手に残ります」

 

「あ〜そう。じゃあ、息、ぶっこ抜かせてもらうわ」

 

「それ、休まってるのか?」

 

 ひとまず、カブとガビーは行く。カチドキとテンポイントは行かないようだ。

 スピードシンボリは…聞くまでもないような気がする。

 

「アタシも行くよ」

 

「お、シービーも来るか。わかった」

 

「お寺とか行きたい。清水寺」

 

「…そのおまけか?天皇賞・春」

 

「いや、おまけとかじゃないけど。行きたい」

 

 まあ相手はシービーだ。掴みどころがないのはいつも通り。ひとまず、行くメンツは決まったから、予定を立てるとしよう。

 そう考えながら走る日の暮れは、どこか満ち足りたように俺たちを見送っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい混んでるね」

 

「当然だ。ハイセイコーはじめ、現役最強格のウマ娘たちが走るんだからな」

 

「これ見終わったら…嵐山行きたいです」

 

「了解。帰りの混み具合にもよるが時間はあるだろう」

 

 いつになくカブ先輩のテンションが高い。外なのに、いつもの仏頂面じゃなくてほくほくしてる。

 京都レース場の観客席。ビュースタンドまでは降りず、席に座ってターフを眺める。囲われた池は静かだった。

 まだスペースにゆとりはあるけどその前のレースも終わったばっかのタイミング。その上でこの人混み、世の中からの注目度の高さがわかる。

 

「レース…いいわねー。今から混ぜてくれないかしら?」

 

「公園の子ども達じゃないんだぞ」

 

「んもう、わかってるわ。相変わらず固いわね」

 

 そういって、ガビーさんは肘をついて手に顎を乗せる。羨ましそうな顔で遠くを見てた。肘置き…じゃなくて、隣に座るカブ先輩の肩にガビーさんの肘がめり込む。

 

「隣、失礼しますね」

 

 そういって、男の人がアタシたちの横に座ってきた。整えているのか乱れているのか、その境目で遊んでいるような黒髪。大人の中では若そうだけど、それとギャップがあるくらい人を食ったような笑みがずっと浮かんでた。

 

 この人、どっかで見たことがあるような…

 

「で・た・な!リギル!!」

 

 あ、やばい

 

「おーやおや、これはこれは『パートナー』くんじゃないですか。こないだは皐月賞おめでとう」

 

 立ち上がってなぜか臨戦体勢をとるアタシたちのトレーナーに、どこか芝居がかった喋り方とジェスチャーで話しかけてくる。

 それにさっきの笑みはさらにテンションを上げていて、笑顔というより相手がいつ怒るかを楽しみに待っている顔だった。

 

「よう、『マエストロ』。学園の代表ヅラできんのも今のうち…何ジロジロ見てんだ」

 

 かといって、トレーナーが口を開いたかと思えば、目線はいつの間にかアタシたち。細い目を飛び飛びに動かして、急に静かになった。

 

「…キタノカチドキ見当たりませんねぇ。隣にいてあげた方がいいんじゃないのー?」

 

「…あいつは学園だ。流石に休ませるさ」

 

「フゥン…まあ、あの状態で連れ回すほど阿呆ではない、か」

 

 欠伸を噛み殺しながら、『マエストロ』は背もたれへ沈んだ。

 さっきまでトレーナーをからかっていた目から、ふっと笑いだけが抜ける。

 

「お前は何しに来た?カチドキの指導で文句言いに来たか?」

 

「いやいやいや、そんなんじゃないってば。今回はお勉強にきたのさ。ねー?」

 

 リギルのトレーナーに促されて、後ろの通路で佇んでいたウマ娘が歩いてきた。

 均整のとれた身体。きっちりと着こなした制服の上から、軽くうねって伸びていく深い栗毛。その軌道とボリュームの豪快さは大木を思わせる。そこから覗く琥珀色の片目は妙に重い印象だ。

 どんとした空気を漂わせるけど、怖い顔って感じじゃない。どっちかっていうとただ静かな美人。

 

 ただ、周りは怖がりそう。

 

「…タニノチカラという。リギル所属だ。よろしく頼む。

 

 …トレーナーの振る舞い、深く詫び申し上げる」

 

「いや、気にしなくていい。おいおい、教え子に謝らせてるのは少々まずいんじゃないのか?」

 

「コイツがバカ真面目なだけ」

 

「なら担当に恥じない振る舞いくらいしたらどうだ?」

 

「なんだよパートナーくん。悪いけどこっちは実績で語る派なの。

 キミ、まだまだリギル相手には勝ててないじゃないか。だからボクが上。わかる?」

 

「いうじゃねぇか、この野郎!」

 

 ギャーギャーと言い合いが始まった。周りの視線が痛くなる。

 

 普段あんなに頼れるのに、なんで…

 

 そう思っていたら、スー先輩がなんとか2人を止めようと周りをうろうろ動き始めた。

 

「2人とも、皆の前だ。落ち着いてはくれないか?」

 

 2人は止まらない。

 

「ま、周りの目も変わってきたよ?一旦ここで収めて…」

 

 続く言葉のドッジボール。

 

「ふたりともやめるんだ!!」

 

「「だってコイツが!!」」

 

「…うーん」

 

 スー先輩の声かけも虚しく、クロスカウンターを決めるようにお互いを指さし合うトレーナー達。

 

 正直、恥ずかしい

 

 タニノチカラって先輩がこっちの方来てから固まるカブ先輩は、もう外からの情報のシャットアウトに必死だし、スー先輩も首を振るばかりでもうどうしようもないって顔。ちょっと落ち込んじゃってるよ。もう。

 アタシも、口尖らせて目をジトっとさせるだけ。だって聞いてくれないんだもん。

 そんな風に思っていたら、大きな背中が2人の間へ入ってく。

 

「もう、2人とも。みっともないわ。レディを引率するなら、それなりにシャンとして!」

 

 トレーナーたちのシャツの襟腰を掴んで無理やり引き離すガビーさんを見上げて、リギルのトレーナーはやっと黙った。自分よりも大きいウマ娘に後ろ首を引っ張られて手が萎れてく様子が、ちょっと猫みたい。実際、目を丸くしてるし。

 

「「…ふん!」」

 

「わかってくれて何より…ふふ、愛らしいな」

 

「そうか?幼いとしか思えん」

 

 くたびれながらも慈しむスー先輩と、バッサリ切り捨てるタニノチカラ先輩。呆れてはいるんだろうけど顔には出てなかった。

 

「貴公らも、苦労してるのだな。

 

 …!?」

 

 同情してまたこっち側を見始めたタニノチカラ先輩は、いきなり顔に鋭さが宿った。その目が射抜いた先は、アタシの後ろ。

 

「失礼。貴公、少し良いか?」

 

「…私?」

 

「そうだ…なかなか、いや相当やるようだな」

 

 その目の狙う的は、瞳孔が開いたカブ先輩だった。こっちから見たらパニックになってるって分かるんだけど、その目力のせいかすごく威圧的。顎に手を添えてタニノチカラ先輩が顔から脚元まで、値踏みするように視線を走らせる。

 …心なしか、カブ先輩の閉じた口の中からカチカチと歯が鳴る音が聞こえてくる。

 

「…いい気迫だな。今にも走り出しそうだ」

 

「…そう?」

 

「ああ、だがまだトゥインクルシリーズで見たことはない…デビュー前か?」

 

「…そう」

 

「そうだったか。…いや、すまない。いつか同じターフに立つ時を楽しみにしておこう」

 

「…」

 

 リギルのトレーナーの隣の席に戻っていく背中を、未だ見つめ続けるカブ先輩の頭に、ガビーさんがぽんと優しく手を置いた。

 

「はーい、リラックスリラックス」

 

「ガビー…」

 

「そんな、みんながみんな貴方を傷つけるわけじゃないんだから…ね?大丈夫よ」

 

「…うん」

 

 すう、はあ、と呼吸の音がちょっと大きくなる。優しく囁いたガビー先輩のおかげで落ち着いてきたみたい。

 やっとメチャクチャだった場が落ち着いてきたなって思ったその時。

 

「あ、探しましたよ、トレーナー」

 

 その声に耳が先走って反応し、振り返る。

 そこにいたのは、いつぞやの運命の先輩だった。

 

「トウショウボーイ先輩!!」

 

「おわっ!?」

 

 先輩へ向かって走り出して飛び込んだ。ジャマだったリギルのトレーナーはアタシを避けてよろけながら席に勢いよく座り込む。

 

「おや、どうしましたか?急に飛びついてきて」

 

「久しぶりだったから」

 

「ふふ、危ないですよ。ほら、ここの席座りましょう」

 

 先輩の隣。ラッキー。

 

「…リギルの方の席に、行ってしまったね」

 

「いつからあいつ、あんなにトウショウボーイに懐いてたんだ?そんなことあったか?」

 

「ルドルフと併走した後に会ってるって聞いてたよ。…またボクの方が一個詳しいね」

 

「うるせぇ。なんでそんな交流まで把握してんだ気持ち悪い」

 

「なんだキミまたボクにぐちぐち言う気かな?」

 

「もう、勘弁してくれないか…俺疲れたよ」

 

「…吾輩もだ」

 

 勝手にやっててよ。もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…コレ、あたし来る必要あんノ?」

 

「袂を分ったとはいえ、チームメイトの大舞台です。やうやう独り伸びゆく竹が、曇天を貫くその時を、しかとこの目に焼き付けましょう」

 

「…しゃあねぇなァ」

 

 京都レース場のとある観客席に、2人のウマ娘が座っていた。

 1人は、手を重ねて姿勢良く座り、どこか古風な喋りをするウマ娘。黒にも沈みきらない深緑が、背から幾筋にもほどけている。光を浴びてなお鮮やかになりすぎない色は、どこか芝の最も深いところを思わせた。その翠の瞳は鋭いというより、遠い。静かに冴えるその瞳は、冷静に本日の舞台を見据えている。

 もう1人は、金鎖のアクセサリーを腕に巻くウマ娘。癖の強い黒髪は、推敲を放棄した原稿のように好き勝手な方向へ跳ねている。見た目の粗雑さは近寄りがたい印象を受けるものだった。

 そして、眠たげな目。けれど怠惰とは違う。シニカルに浮かべる笑顔が纏う、少々感じの悪い退屈。姿、所作一つ一つに悪趣味な知性がひたすら踊り続けていた。

 そんな対照的な2人のうち、緑髪のウマ娘が目だけ見上げて問いかける。

 

「シロさんは今回、誰が勝つと思いますか?」

 

「えー…今日は、端午の節句だろォ?じゃァ…」

 

「またいい加減な狂言を…それとも、以前言っていた"サイン"ですか?」

 

「ソ。夢を享受する側ってぇのは、何からでもストーリーを見出したいもんなんだワ。それで、あたしらはその被害者ってワケ。勝手にドラマにして勝手に信じて…都合悪けりゃ勝手に裏切られたって喚くもんさ、バカだよなァ」

 

 独特の舌遣い。舌先で人を転がすように喋るウマ娘は、口を止めずに脇に挟んだ紙の束を引っ張り出す。

 

「だからおもれぇんだ。『裏切る』ってサイコーにな。裏切るにゃ、そいつらの頭ん中を知らなきゃなんねェ。その為の、コレよ」

 

 バサバサと音を立ててはためく新聞。

 スラックスのポケットに手を突っ込んだまま足を組み、柄の悪さに歯止めが効かない稀代の癖ウマ、カブトシローはギザギザの歯を光らせながらくつくつと笑った。

 

「そのうちあたしら見てる奴ら、『世の中こうだったから』とかで勝ち負け予想し始めんぞ。たまんねーよなァ」

 

「…たとえそうなろうとも、私はただ狙いを定めるだけです。勝ちを搦めとるその一点を…」

 

「イマドキ、真面目なやつは流行んねェよ。記者サマが書くのに困るからよォ」

 

「左様ですか、知ったことではありません。名を成せば良いのですから」

 

「…ま、楽しみにしとくわ。グラス」

 

 『グラス』と呼ばれた深緑を靡かせるウマ娘は、何も言わずに頷いて返答する。

 そこからは、ただ無言の時間が続いた。周りの喧騒に溶け込みながらも、どこか独り立ちしている空間が形成されている。

 お互い静かに吸って吐いてが繰り返されて幾ばくか。その空間に踏み入ってきた男が1人。歳は壮年、長い背丈。首が心配になるようなストレートネックで歩いてくる。

 

「ここにいたか。もっと喋っててくれ。探すの手間取ったわ」

 

「喋っててもわかんねェだろォ?周りうっせェんだから」

 

「いやわかる。クセあんだからよ、おまえの喋りは」

 

「…そうかよ、オッサン」

 

「オッサン言うな。トレーナーと呼べ」

 

 飛び交う軽口。大人からのありがたい言葉を無視してカブトシローは背もたれに全体重をかけて天を仰ぎ、顔の上には新聞を広げていた。

 男はため息をつくが、含まれていたのは失望や呆れではない。むしろ、慣れ親しんだ面倒事を眺めるような親しみだった。

 

「これやるよ。ほれ」

 

「んゥ?なんだこりャ?」

 

「柏餅だ。今日あれだろ?」

 

「白、緑…ヒヒ、揃ってきたなァオイ」

 

「…またやってんのか?聞かせてくれよ」

 

「はぁ、全く。勝負は時勢に与らぬものでしょう」

 

「勝負…菖蒲、尚武か。なるほどなァ。ますますだなァ」

 

「…もう何も申しません」

 

 勝手に1人、頭の中で完成図もないパズルが組み上がっていくカブトシローは周りを置き去りにしていく。

 

「…ん?ジョージどこ行った?」

 

「『テキトーに出てくる』と承っております」

 

「そうかい。じゃ、戻ってこねーな」

 

「よろしいのですか?」

 

「勝手に学園着いてるだろ。あいつの『気まぐれ』と真面目に付き合ってちゃ、身体一つじゃ足りねえよ」

 

 席へ腰を下ろす、『トレーナー』と呼ばれた男。ここまでの会話で一度もポケットから手を出さず、そのまま足を組み始めた。

 

「タケさんのご様子は?」

 

「ん、そうだなあ。…とりあえず元気そうで何よりってとこだな」

 

 どいつもこいつもハイセイコー…

 私は愛される資格もないかも… だけど誰にも負けない

 今日は、私が頂くから

 

「俺ぁ演技指導とか無理なんでね。トレーナー変えてあいつ自身が望むことができてんなら本望さ」

 

「…だから『ファンボーイ』とか呼ばれてんじゃねェの?」

 

「うるせえ。大体、ボーイなんて歳じゃねえよ」

 

 1人を思い浮かべて話す3人の耳に、パドックの方向から遠い声が聞こえてくる。

 

「みんな〜!!今日は来てくれてありがとうございます♪応援よろしくね〜〜!!」

 

 

 わああああああーーーーっっっっ!!!!!

 

 

 視界が揺れる。後ろに広がる観客席、そして大施設による壁、屋根で隔たれているにも関わらず、大歓声による音圧は彼らの感覚をずかずかと踏み荒らしていく。

 アンニュイなカブトシローも思わず驚いて振り返るが、男はそのまま腕組みして地下バ道の出口を眺め続けていた。

 

「…さあ、おまえはどう楽しませてくれんだ?タケ」

 

 男の独り言は、パドックから雪崩れてきた群衆の興奮に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出走ウマ娘がトラックに入場し、会場の盛り上がりが最高潮に達する。前日の皐月賞よりも凄まじい数の動員と大きなざわめき。いるだけで頭がのぼせそうな空気の中、隣のマエストロに話しかけていた。

 

「真面目な話になるが、今回どう感じる?」

 

「ん〜?思考放棄かなぁ?」

 

「そうじゃねぇよ。お前の眼として、今回はどうだって聞いてんだ。実力は、多分誰よりも俺が知ってるからな」

 

「…ハイセイコーが一番人気、どうだろうねぇ。前哨戦勝ったとはいえ、長距離で軍配が上がるとはいえないかなー。どっちかっていえば、あの辺に固まってるのが順当かな。実績も申し分ないし」

 

「…聞かなきゃよかったな。面白くないわ」

 

「聞いたのそっちでしょ?なんなの?キミ」

 

「落ち着けよ。俺もそう思ってるからそうだよなって」

 

「…といっても、レースに絶対は無い。この目が狂ってたんなら、いい知見になるからねぇ。今後やりあうからちゃんと見ときなよ?タニノチカラ」

 

「…」

 

「…あ、あぁ、うん。ね?」

 

「全然喋らないじゃないか。仲悪いのか?」

 

「いいや、違うよ?過集中ってやつ?ボクらもレース見てるとなるでしょ?アレだよ」

 

「何焦ってんだよ」

 

 ベラベラと情けなく喋ってるが、間違いでは無いだろう。あの目は、本気で学びに来ている。顎の引き方がまさにそれだ。さっきの『クソ真面目』という評は確かなようだ。

 鳴り響くファンファーレ。最後の一音に合わせて、歓声が一段、また一段と膨れ上がる。スピカの面々も騒ぎこそしていないが、始まりをずっとソワソワと待ち遠しそうにしていた。

 

『さあ京都競馬場、いよいよ春の大一番を迎えます!

 

 昨年、日本中を沸かせたハイセイコー!前哨戦を勝利し、再び名実共に日本の頂点に立てるか!

 それとも、また立ち塞がるのかタケホープ!

 暮れの有馬記念を制したストロングエイトも虎視眈々!

 その他クリオンワードなど有力ウマ娘も揃い、錚々たる顔触れとなりました!

 

 3200メートル、二度の坂越え。人気だけでは届かない、速さだけでも届かない。強さのすべてを問う、春の盾!

 

 第69回天皇賞――間もなく発走です!』

 

 皐月賞と同じく、1週間遅れで開催された今回の天皇賞。実況の口上にも気合が入っている。

 観客に手を振りながらターフの上を歩くウマ娘が1人。  

 赤みを帯びた栗色の短髪を軽やかに弾ませ、屈託のない笑みを浮かべている。

 白を基調とした勝負服には空色と赤、黄色が鮮やかに走り、肩と裾を彩る紫のフリルが、親しみやすい華やかさを添えていた。

 

 稀代のアイドルウマ娘、『怪物チャン』ハイセイコー

 

 手を振るたびに、その掌が照らし出す先が湧き立つ。まさしく、日本競バ界の光だ。

 

「レースに出る前のタイミングでアイドル活動してたんだっけか?筋金入りだな」

 

「インタビューの動画見たんですけどね、レースの世界に来たきっかけが『走りたくなったから』なんだって。ホントかどうか別として、いやぁ、随分と眩しい志望動機だよねぇ。」

 

「どうだろうな。その精神で勝てるような領域でもないと思うが」

 

「…歩き方がすごい綺麗だよねぇ」

 

「よく見てんな」

 

「勝てるかどうかは別としてね。プロ意識を感じるよ」

 

 腐っても、学園最強の看板を引っ提げるトレーナーだ。小さなことも見落とさない観察眼。名ばかりではなく実もある。

 それが一番表れていたのは、彼の目線だった。ハイセイコーを褒めながら、見ていた先は1人のウマ娘。

 灰褐色の長い髪が、重たげな波を描いて肩からこぼれていた。伏せ気味の紅い瞳には気怠さと鋭さが混在し、黒と深紅を重ねた勝負服の上で、金の十字と鎖だけが冷たく光っている。

 華やかな装いなのに、媚びるような明るさはない。むしろ喝采から半歩退き、悪役の席を自ら選んだような佇まいだった。

 そのウマ娘の視線の先は、ハイセイコー。しかし、一瞬でゲートへと向いた。誰にアピールするでもなく歩いていく。

 1人2人とゲートへ収まっていった。

 

「さて、ヒールのレッテルを返上するんだろうか彼女は」

 

「さーね。ボクにはそんな風には見えないけど。二冠の存在感じゃないよね…おもしろいなぁ」

 

 ゲート周りの人間が捌けていく。客席の感情が一旦足を止めて。

 

静寂。

 

無骨な解放。

 

『今、スタートいたしました!』

 

 盛大な歓声が場内を奔り抜けた。やはり、天皇賞。全世代の頂点を争う勝負に対する皆の期待は、他のレースとも一線を画していた。

 

『天皇賞、スタートを切りまして、まず先頭に立ったのはストロングエイトであります。一気に坂を駆け登ろうとしております。外の方から行ったのはサチモシロー。3番手につけるのはハイセイコー』

 

「『花組』の1人、ストロングエイト…去年の有馬を制した子か。

 マーク屋だろ?この長距離で逃げを打つとは、随分と思い切ったもんだな」

 

「前走の鳴尾記念で逃げ切りはしていたとはいえ、2番手からやっていきたいって言ってましたけどねぇ。マーク戦法で展開に合わせてた子が勝てますかねぇ」

 

「あんま煽るようなこと言うな。向こうも必死だぞ?」

 

「なら勝ってもらわなきゃいけませんねぇ。悪いけどこんな野次一つも叩き伏せられないようなのが全世代の頂点だなんて、笑えるじゃないか?」

 

 性格悪いし陰湿だしムカつくし鼻につくが、言っていることは極端ながらも一理ある。

 勝てば官軍という言葉は、その後負ければ立場を追われることも含めてのもの。周りの声も、ライバルも、自分自身も――全部ひっくるめて勝ち続けろって話だ。

 そして、その在り方という呪いは走る限り一生付き纏う。それが『八大競走ウマ娘』の宿命だ。

 

 始まって間もなく、コーナーの前に位置する上り坂に差し掛かる。楽な手応えで登っていくストロングエイトの後ろを3人のウマ娘が追っていく。果敢に前で勝負していくウマ娘の中には、ハイセイコーがいた。

 群衆の目は、それ以降の集団から目を離して先頭集団に夢中になる。

 

『さあ第4コーナーの植え込みを越えて、直線に入ります!ストロングエイトが先頭ですが、ハイセイコーです!ご覧の白紫の勝負服、ハイセイコーです!マイポジション3番手から2番手に行こうというところであります』

 

 前方の順位の入れ替わりが激しい。特にストロングエイトとサチモシローによる先頭争いが目立つ。

 その少し後ろのハイセイコーが前を目指して競り合う中、後続の集団が徐々に前に追いついてきた。

 

『さて、フジノオウジャが上がって参りました!

彼女はどこにいるか?ちょうど中段です。

これがハイセイコー、これがハイセイコーです!

 

 どーっと上がる歓声は例年通り!』

 

 モニターがハイセイコーを映すたびに、実況はしきりにその名を呼ぶ。大衆のためとはいえ、随分と苦労することをしてるな。

 とりあえず、今回の俺の本命はまだまだ後ろ。3200mの長旅だ。乱したものから即ドボン。ペース配分の感覚と賢さが問われる。

 

「去年の菊ではハイセイコーのペースだったけど、今回はスムーズですねぇ」

 

「ああ、速いかもわからん」

 

「序盤の争いは響きますねぇ。でも、まだまだこれからでしょ。愉しませてもらいますか。特に、ア・ノ・娘」

 

「気色悪い」

 

「…レース見て興奮するくらい、許してもらいたいもんですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第2コーナー。ストロングエイトが望むレースになったようだな」

 

「前をマークする絶好の3番手。成程、首尾よく収まるところに収まったようで」

 

「ハイセイコーも先頭で粘っちゃいるが、かなり苦しいって考えてんな。ずっとレースを自分のものにする瞬間を伺ってやがる」

 

 ポジション争いは直線が終わってからのコーナーでも続いた。

 先行と後続が入り混じって縦長のバ群が形成され、全体として順位の入れ替わりが激しくなり始める。

 

「『考えてる』ってェ?…相変わらず知ったような口聞くよなァあんた」

 

「ん?…ああ、なんつーか、みりゃわかんだろ」

 

「それ程まで、いいさかの曇りもなくはわかりません。やはり、トレーナーとしては折り紙付きなのですね」

 

「よせよ、返しに困る」

 

 教え子どもから、単なる俺の独白に対しての感想が絶えねえ。

 歳とると頭の中のリソースってのはかなり扱いづらくなるんだ。もっと優しくしてくれ。

 それはともかくとして、あいつはまだまだ後ろで控え続けてる。

 お客はみんなハイセイコーが気になるとはいえ、あいつのことが意識から消える瞬間は、もうないだろう。

 少なくとも、去年あいつは自分が世代の主役になれることを証明したからな。

 

 向正面の直線も終わりを迎えて、再び第3コーナーの坂にかかる。先頭はたまらんと思ったハイセイコーは2番手に下げてきた。

 俺の勘にはなるが、ポテンシャルとしては、妥当な判断だ。

 

 

 さて、淀はここからが面白えんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わかってます。わたしが長いレース、向いてないことなんて。

 わかってます。あのコのほうがわたしより、長い距離走れることだって。

 

 それでも、わたしはアイドルウマ娘

 

 強いハートで、どんな困難もタフに乗り越えるところをみんな見にきてる。

 どれだけ逃げても、みんなの期待からはゼッタイ逃げません!!

 

「いくよ!みんなぁぁーーーー!!」

 

 第3コーナーに入って、目一杯の力を込める。いつの間にか先頭に立って、わたしに手を振ってくれるみんなの顔が見えた。

 その笑顔に、全力で飛び込んでいきたい!

 

「わたしが今日の一番!『怪物チャン』が、みんな食べちゃうぞー♪」

 

 坂も越えて、わたしの限界も越えて。1人抜け出した。

 がむしゃらに走るだけじゃ もうダメだと気づいたの。

 もう、走りたいだけじゃない。

 みんなの期待に応えたい。

 みんなの夢になりたい!

 

 

 

 勝ちたいのっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴方の、そういうとこが疎ましかった。

 

『走りたいから』

 

 それだけの理由のくせに、勝ちたい私の欲しいものを何もかもさらっていった。

 今だってそう。どれだけ力を示しても、貴方を超える存在にはなれない。

 

 

 貴方の、そういうところが恨めしかった。

 

 貴方に勝てば非難され、貴方に負ければ「それ見たことか」と笑われる。愛ゆえに人を狂わせたその魅力が。

 

 

 あんたの、そういうところが羨ましかった。

 

 ホントに天真爛漫なその心も、そんな自分の在り方に一途な魂も。

 

 

 

 私は貴方みたいにキレイになれない。

 

 

 どこまでいっても、私はヒール。

 

 

 だから、アタシはあんたのライバルであることを望む。

 

 

 

 この生涯を、それに捧げる。

 

 

 

「譲らないわよハイセイコー!!このステージは、アタシのモノよ!!」

 

 思わず笑っちまう。外面いろいろ迷って、辿り着いた先がソレかってなっちまうが、面白けりゃなんでもいい。

 むしろ、今までよりイキイキしてやがる。

 

 ひるむな。誇れ。

 

「キメろ、タケ。おまえはヒーローだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおお!!!!!!」

 

「はあ、はあっ、やあああああ!!!!!!」

 

 コーナーを抜けて植え込みとすれ違う集団は、徐々に速度が脚に乗っていく。

 後ろで控えていた者達だ。

 先行集団で勝負し続けていた中で、この争いに加われたのは、ストロングエイトのみ。

 この瞬間まで残してきた余力を爆発させて、盾の栄冠へと一直線に情熱をぶつけ合う。

 

「いざ、咲き誇らん!我らの『花』、散らせてなるものか!!」

 

 かつて最強のクラシックと銘打たれた『花組』、その世代であるストロングエイト。東西などではない、同じターフに立った者達のプライドも丸ごと籠った叫びが、淀の芝を貫いていく。

 それに負けじと、追うウマ娘たち。

 一列に並んだ。

 剥き出しになる歯を割りそうなほど、顔に筋が浮かんでいく。

 

 そんな壮絶な競り合いの中で、一つの影が少しずつ置いてかれていく。

 

『ハイセイコーは伸びない!ハイセイコーは伸びない!!』

 

 歓声の中に、失意とショックの色が混ざり始める。それを聞き逃す、ハイセイコーではなかった。

 

 …ごめんなさい。

  今日のわたしじゃ、みんなの夢まで届かなかった。

 

 今、盾の栄誉に手をかけることが叶わないことを知ったハイセイコー。目の下を静かに伝う雫は、誰にも見られることなく淀に沈んでいった。

 

 4、5人並んだ最終直線の競り合いが激化していく中、1人抜け出した。

 

 ストロングエイトである。

 

 3200mの長距離を先行し続けていたというのに、差し、追込みの戦法をとった上澄の実力者達をも寄せ付けない差し脚を魅せる。

 力強い。一歩一歩に、懸命を叩き込む。

 

 ハイセイコー以前の時代は、このままでは忘れられていく。

 そんなことは許さない!未だターフに立つ私が、『花組』を過去のものにさせはしない!!

 

「うおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 気迫が景色を単なる色彩にしていった。

 師走の風を思い出す。

 私こそ、頂点!!

 

 緑。白。空。

 

 緑。白。空。

 

 緑。白。空。

 

 

 

 

 

 

 

 赤。黄。黒。

 

 

 

 

「忘れてくれないで。アタシこそが主役だから」

 

『タケホープだ!!外からタケホープ!!!』

 

 1人抜きん出たストロングエイトの影に一瞬重なる、黒いドレス。

 差し込まれた真紅と金の筋は鋭くぼやけ、春の盾の待つ場所を劈くように。

 一つの希望が駆け抜けた。

 

『タケホープ1着!!タケホープ1着!!!ストロングエイトと並んだが、体勢有利!!

 

 3分22秒6のドラマが終わりました

 

 やはりこの距離は強かったタケホープ!!』

 

 栄光を勝ち取ったのは、2番人気・タケホープ。勝利の快感に興奮するでもなく、走りを緩めて静かにクールダウンを始める。場内全体が喝采をあげる。

 

 かにおもわれたが、観衆の声は非情だった。

 

「今日タケホープかぁ」

 

「ハイセイコーにまた大きいタイトルとって欲しいんだけどなぁ」

 

「今日は距離が向いただけだろ。次はハイセイコーだよ」

 

 歓声の中、入り混じる無礼。それは大多数ではないながらも確かに存在し、勝者の耳にも届く大きさだった。

 

 

 時代を創ったウマ娘の道に憚る。

 

 

 光と光がぶつかった時。

 人は望む光を求め、それを濁す光を疎む。

 第一次競バブームによる功罪が、京都レース場に凝縮されていた。

 

「ヒャハハハハ!!サイッコーだナ!それでこそニンゲンよォ!」

 

「タケさん…」

 

「2番人気。決してみんな期待してなかったってワケじゃねえ。ダービー、そして二冠とった時のバッシングに比べりゃ、よくここまでヒト惹きつける存在になったもんだ」

 

「人気のハイセイコー、実力のタケホープ。真剣勝負の場なれば礼を失するはもっての外。されど、これぞ人の世の常の噂です。無念、極まりないですね」

 

「どれだけ頑張っても、『ハイセイコーの敵』だな。

 

…さて、どうすんだよ?タケ」

 

 壮年の男は、顎髭を撫でながらウィナーズサークルへ歩いていくウマ娘、タケホープを見ていた。

 

 彼女は、マイクを持った。

 

「それでは、タケホープさん。今回の勝利、いかがでしょうか!?」

 

「…」

 

「…あの、タケホープさん?」

 

 マイクを渡した女性スタッフは戸惑う。一言も発しないタケホープの様子を見て、観客席は徐々にざわつき始めた。

 

「まだ息整ってないのか?」

 

「まあ、今日結構ハイペースだった感じあるし」

 

「それとも、アガってる?」

 

「どうせならハイセイコーに喋らせた方が…」

 

 瞬間。

 

「うるさい」

 

 にわかにタケホープが、口を開く。

 

「え?」

 

「なんだ?」

 

「う、うるさいって」

 

 どよめく観客。リギルやスピカの面々は険しい顔や、なにやらニヤけている者もいたが、圧倒的大多数が抱いたのは、戸惑いであった。

 

「アタシは、どこまでいってもみんなの主役にはなれない。

 ダービー、菊の二冠を獲っても、この春の盾をとっても!

 それでもまだうしろ指をさすの?いいかげんにして!」

 

 先ほどまでの静かな様子からは一転。タケホープは自分の感情を吐き出し始める。無数の視線を一身に浴びながら、タケホープは拳を握り締めていた。

 

「でも、もうどうでもいいのアンタたちの言葉なんて。

 アタシをどうしてもあの子のヒールにしたいなら、いくらでもそうすればいいわ!

 何度でも、何度でも、何度でも今日みたいに負かしてあげる。

 あの子がどれだけチヤホヤされてももう知らないわ。

 じゃあアンタたち、またここで会いましょうね」

 

 腰が引けた女性スタッフに対し、半ば押し付けるような勢いでマイクを渡す。

 少しドンっと反響音が響いた。

 そのまま、地下バ道へと去っていく。未だ手を握りしめていた。開く様子はない。

 同様に表情も、微塵も明るくなる様子は無かった。

 

「…そうか。それが、答えか」

 

「トレーナー…」

 

「よし、タケの決意は見届けた。帰るぞ」

 

「えェ?アイサツとか、行かなくていいのかよォ?」

 

「いらねえよそんなの。今してくれただろうが」

 

 マイクパフォーマンスが終わりタケホープが姿を消した直後、場内のざわめきが戻ってきた。

 しかし、空気は先ほどのものとは違う。

 

「すげぇ…あんな風に、こんだけ大勢の前であれ言える?」

 

「めちゃくちゃ、カッコよかったな」

 

「ふん、でもはいせいこーのほうがつよいもん!!」

 

 老若男女、あらゆる世代の声が飛び交う。それを飄々と交わすように、男とウマ娘達は会場を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来て、よかったな」

 

「割と、ボク感動しちゃったよ」

 

「お前にそんな心あったのか?今日は驚きの連続だ」

 

「ブッ飛ばすよ?」

 

「ストップ。どうしてそう君たちはすぐ争いになるんだ。せっかくの余韻が台無しだぞ」

 

 言い争うパートナーとマエストロを諌めるスピードシンボリ。タニノチカラは未だ表情を変えず、タケホープの背中を目で追う。

 スピカの面々はというと、カブラヤオーとテスコガビー は感心を示すように声を上げながら拍手を送る。軽いようで、その一音一音に込めていたものは、これからトゥインクルシリーズを志す彼女達にとっての最大のリスペクトが込められていた。

 

「…すごい」

 

 反対に、普段飄々としているシービーは未だあの景色に釘付けである。両足を交互に振り子の如く揺らしながら目を輝かせていた。

 

「すごいよ、あのタケホープって先輩…」

 

「ふっ、そうだね。私もああやって自分を貫けるよう、見習いたいものです」

 

 レースを走り、勝ち、そして示した生き様。

 その場で見ていたウマ娘たちのほとんどは、そのシーンに魂が揺さぶられたのを何処かで感じていた。

 

「…よし!帰るぞ。明日からまたトレーニングだ!あの気持ちに負けるなよ!!」

 

「うん!」

「はい!あ、えっと、嵐山だけ…」

 

「じゃあ行きますかねチカラ。年末、楽しみですねぇ」

 

「…ああ、だが、負けない」

 

 それぞれ別々の動線を辿っていったが、共有した心の中の芽は、真っ直ぐに一つを目指して伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タケホープちゃん」

 

「…なに?ハイセイコー」

 

「…すごくカッコよかったよ!やっぱりわたしのライバル!

 でも、ライバルって対等なんだからあんなに目のカタキにしないでくださいねっ♪」

 

 地下バ道にて、控え室に戻っていく今回の出走ウマ娘たち。その中にはさっき激戦になったストロングエイトもいたけど、こっちには目もくれない。

 

 だろうね。でもいいの。私はもう、いくらでも世に憚る覚悟なんてできてるんですから。

 

 だけど、目の前の憎きライバル、ハイセイコーはそうじゃ無かった。私の握り拳を、優しく包み込む。

 

 まずい…!今その角度になると!

 

 ポタっ

 

「ええっ!?タケホープちゃん、血が出てますよ!?大丈夫!?」

 

「…別に。こんな傷なんてなんでもないから」

 

 握り締めていた手を開くと、爪の食い込んだ部分から出血していた。

 恥ずかしながら、さっきのインタビューの緊張に体がついていかなかったみたい。

 そんな手を見たハイセイコーは手を撫でてすぐ、スタッフの人に声をかけていた。

 

「包帯、持ってきてもらってますから。ちょっと待っててくださいねっ♪

 でも、その前に…!」

 

 急に接近する黄色と桃色のグラデーションが映える瞳。思わず、後退りしてしまった。

 

「さっきのパフォーマンスのことでダメ出し!

 スタッフさんには優しく物渡してあげて!

 あと、マイクつけたままだったから会場にドンって音響いたでしょ!みんなびっくりしちゃうから、ダメ!

 

 わかった?」

 

「ああ、うん…いや、アタシは別にそんな」

 

「わかった!?」

 

 ちょっと、これじゃ『方向性』が崩れちゃう!

 けど、今は外野もいない。しょうがないですね。

 

「わかりました。そうします」

 

「ホント!?ありがとーっ♪」

 

 言わせるまで、どうせ引き下がらないくせに。

 でも、こうして面と向かって話せたのは、初めてかもしれない。

 

 

 

『タケホープ』

  

 稀代のアイドルウマ娘、ハイセイコーと同世代の"二冠ウマ娘"。デビュー前から長距離適正を見込まれ、ダービー、そして長距離の大競走を制することを目標にトゥインクルシリーズに身を投じた。

 条件戦を勝ち抜きなんとかダービーに間に合った彼女を待っていたは、地方での戦績も合わせて無敗の10連勝中の皐月賞ウマ娘、ハイセイコー。圧倒的一番人気のハイセイコーを相手に9番人気でレコード勝利するという大番狂せを起こした。

 しかし、その後ハイセイコーのファンによるバッシングが続き、菊花賞にて再び勝つまで続くこととなった。

 翌年でも、ハイセイコーの人気には敵わず、もう1人の主役ではなく、「ヒール」として扱われることになった。

 

 そして、今に至る。

 彼女は、ヒールであることを受け入れ、ハイセイコーと真っ向から睨み合う道を選んだ。

 

 のに、あの子ったらほんと天真爛漫で、調子が狂います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たすけてえ……みんなあ……」

 

「オォイ……ちょ、マルゼン、勘弁しろってェ」

 

 混雑の中、用を済ませて戻ってきた壮年の男は、妙な光景を目にした。

手入れの行き届いた、真新しい真っ赤なオープンカー。

その脇で、カブトシローが柄にもなく両手を突き出し、必死に乗車を拒んでいる。

 そして車体の陰から、大きな手足がはみ出していた。

 

「……ジョージ。おまえ、こんなところにいたのかよ」

 

「すきで、いたわけじゃないよお」

 

「たっちゃんで飛ばしてたら見つけたから、つい乗せちゃったわ! 一人で歩くより、みんなでかっ飛ばした方が気持ちいいもの!!」

 

 グッドサインに満面の笑み。快活欲張りセット。

 その笑顔とは裏腹に、向かい合う三人の顔には露骨な恐怖が浮かんでいる。

 

「すまんがマルゼン。俺は……新幹線のチケットがあるから、そっちで帰るわ」

 

「なによ、トレーナーのいけずぅ」

 

「荷物も駅にあるしな。今日は人も多い。車じゃ動きづらいだろ」

 

「じゃあ、仕方ないわねぇ……」

 

 一瞬、マルゼンスキーの視線が横へ滑った。

 

「じゃあ、シロ先輩!」

 

「待て待て待て待て、待てってェ!!」

 

 手を掴まれた瞬間、カブトシローの首が壊れた機械みたいに左右へ振られる。

 

「いったい、おめェ、何が望みなんだよォ!!」

 

「フゥッフ〜☆ モチのロン、たっちゃんでかっ飛ばすってだけよ!! ほらほら、乗って乗って!!」

 

「だ、誰かァ! 助けてくれェ!」

 

 カブトシローは全方位に救助信号を送った。

 だが、誰も来ない。

 それどころか――すでに二人いなかった。

 

「……よろしいのです? 先輩方を見放して」

 

「死にてえなら助けに行ってこい」

 

「……私も新幹線のチケットが懐に」

 

「ねぇだろ。しゃあない、買ってやる」

 

「ありがたき幸せ」

 

そうして二人は、新幹線で帰った。タケホープの決意を思い返しながら、穏やかな時間を過ごして。

 

そして、その夜。

遠くから、けたたましいエンジン音が近づいてきた。ふらふらと現れたカブトシローが、壁に手をつく。

 

「字、字が……読め……うっぷ」

 

緑髪のウマ娘、グリーングラスは静かに同情した。

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