夕陽が、目に痛い。
何本走ったかな?もう、覚えてないくらい。
あの天皇賞・春をテレビ越しに見てから、居ても立っても居られなくなって、ずっと走ってる。
…でも、オーバーワークじゃない。それは、ちゃんとわかってる。
皐月賞、2着。
今のわたしが持っている、一番大きな結果。
そして、一番いらない結果。勝たなきゃだれも、見てくれない。
みんなが見てたのは、聞いてたのは、あのカチドキさんの走りと叫びだった。
それに比べればわたしなんて、取るに足りなかったと思う。
一番の、ちょっと後ろにいるやつ。
大体、いつもそう。そんなのばっかり。勝っても、次勝つまでずっと悔しいのが続く。
その中でも、あの皐月賞はわたしの心を握りつぶしてくるくらいの衝撃だった。
―――終いだ。先行くぜ。
あの時の気迫、未だ忘れられない。競り合いじゃ負けたくないって思いがわたしの取り柄だと思っているけど、そのわたしの中の柱すら壊していったあの瞬間が、忘れられなかった。
「精が出るじゃないか」
巡る頭に唐突に差し込んだ呼びかけ。走りの疲れと整理のつかない心の重さを引きずって、わたしはゆっくり振り返った。
そこにいたのは、皐月賞で共に競ったウマ娘の1人、ミホランザンさんだった。
制服姿でターフを眺めるベンチに座っていた。
「ただでさえハードな日程のクラシックの春だ。そんな追い込んでいては身体を壊すんじゃないのか?」
「いえ、カチドキさんに勝つには、このままじゃ…」
思わず否定してしまった。ランザンさんもわたしを気遣って言ってくれたというのに。
申し訳ないことをしてしまったと、目を伏せてしまう。
「まだ、『勝つ』つもりで走れるんだな。君は…」
「…ランザンさん?」
鼻から弱々しく空気が抜けた音がする。
ランザンさんは顔を夕陽から背けた。顔に浮かぶより深くなった影が際立つ。
「…引退することにしたんだ」
「………え?」
初夏を迎えたのに、風が渇いている。
靡く芝の音が、どこか遠くへと離れていくような気がした。
「…な、なんで…皐月賞だって、あれだけ前行って3着まで残りましたし、それに…『東』の王者じゃないですか!
どうして…!」
わたしの問いかけにランザンさんは口を噤んだまま。
互いに何も言えないまま、日が傾き始める。
「私の走りは、砕かれてしまったんだ」
「…あなたの、走り?」
気まずい沈黙を破ったのは、ランザンさんだった。
あの皐月賞の時のような覇気は、その声にはもうない。
どこか、嗚咽混じりの心情を紡いでいく。
「あの皐月賞は…わたしの心を折るには、十分だった。
私はあのレース、全霊をかけて挑んだよ。先行、競り合い、最後の粘り…私にできることは全て尽くした。仕上がりだって…」
「…」
「だが、あのキタノカチドキは、笑っていたんだ」
『そろそろ混ぜろよ!辛抱したんだからさぁ!!』
「私には、バケモノにしか見えなかったな、彼女が…」
わかってしまう自分が情けないと言うとランザンさんに申し訳ないけど、わたしも同じ思いだった。
「3着でも、彼女とついた差は4バ身。脚も、震えていたよ。こんなザマでは、もう…」
「ランザンさん…」
「私は東を背負うと豪語しておきながら、もう一度走ろうと立ち上がれないんだ…情けない」
自分の話をしながら、鼻で笑う音が混じる。顔を上げずに独り話し続けるランザンさんの表情は、いつ泣いてもおかしくなかった。
「だが、君は違う」
不意に合う目。思わず身体に力が入る。
「君は、誰よりもあのカチドキの走りと真っ向からぶつかりながら、まだ抗う意志を持っている。
…尊敬するよ。そんなに、小さな身体だというのに」
「…そうですよね。小さい…」
「ああ、違う。貶す意図じゃない。ハンディキャップなんて、私が持っていたらもっと言い訳してこの世界から逃げていたかもしれない。それでも、果敢に挑む君の背中に感銘を受けたんだ」
本心みたいだった。取り繕っているようには見えない。
それが、ちょっぴり嬉しかった。
小さい頃から、褒められるのは髪ばかりだった。綺麗な栗毛だね、と。
勝つのに髪なんて関係ない。
だから昔は、そんなことを言われるたびに見てくれしか褒めるところないのかって噛みついていた。
身体を理由に、それでも走ることを褒められたのは初めてだった。
「失敬。こっちの話が多すぎたな。話を戻そう。
何故、そんなに追い込んでいる?」
「…天皇賞・春の、タケホープさんのマイクパフォーマンスを見て、走らなきゃって」
「…成る程な。ふっ、純情だな」
「負けてても、望まれてなくても、それでも自分のやり方で前に出ようとしてた。
……ああいうの、すごいって思ったんです」
「…」
「だから、わたし諦めません。絶対、キタノカチドキの目の前に立ちます。もう2着3着で甘んじたくありません」
「わかった。君の覚悟はちゃんと聞き届けた」
立ち上がるランザンさん。少し足が震えていた。
気持ちの問題だけじゃないのかもと、察した。
「…君の主な戦法は追込。違うかな?」
「…そうです」
「であれば、闇雲に走るだけではダメだ。次のダービーで追込は厳しい。ダービーポジションは確保しなければ」
『ダービーポジション』
日本ダービーの第1コーナー10番手以内で通過する位置取りのこと。20名を超える大人数、そして、コーナリングによる距離のロスの差によって生まれる位置取りの有利不利が顕著になるため、11番手以降でコーナーを通過したウマ娘の勝ちは絶望的になる。
わたしは競り合いに自信がある。でも、追込の戦法を主にしてきたのは身体が小さいから。バ群の中でポジションをキープできるような走りは向いてない。
ただ、追込をすればダービーにおいては負けにいくのと同じ。とても勝てるものじゃない。
わたしはヒカルイマイじゃないから。
「だから、私が先行策を教えよう」
「…え?」
「何故疑問系なんだ?そのままだろう。私が先行のやり方を教えてやる。不安ならば、カーネルシンボリにも聞くといい」
「やれやれ、そういうつもりでここに呼んだのか」
急に現れた第三者。いつの間にか地面に伸びていた影の先を見ると、腕を組んで仁王立ちする制帽を被ったウマ娘、カーネルシンボリがそこにいた。
「カーネルさん!脚、大丈夫なんですか!?」
「歩く分には問題ない。それで、お嬢さん。先行の訓練を希望するのだな?」
「へ?訓練?希望?」
「そうみたいだ。力を貸してくれ」
「確かに承った。本官の訓練は厳しいぞ!しっかりついてくるように!!」
「え、えぇ…」
「狼狽えるんじゃない。君に夢を見ているんだ。日本ダービー、勝ってくれ!」
「そうだお嬢さん。希望を託されて、それを投げるのはウマ娘として半人前だぞ」
「…ってか、お嬢さんって言わないでください。ムカつくんで」
「そうか、それは申し訳なかったな、お嬢さん」
「やめてっていってるでしょ!」
「なら力を示せ!キサマも一ウマ娘として認められたいのならば!!」
んんんんんんんん!!!!!!!
全然聞いてくれないけど、言ってることには賛成。
わたし、負けないから!
「無敗二冠か…」
「…」
「いや、それじゃ終わらねぇ。俺は無敗三冠まで獲ってやるぜ。聞いたことねぇ声が聞けそうだなぁ」
「…」
「…どうやったら体の調子ってもっと早く戻ってくるんだろうな?なんかわかる?」
「…」
「なあ、聞いてっか?」
「…」
「なあってば。おーい」
「もう!集中してるんだけど!」
カチカチと小気味良い金属音。振り回されるトング。
昼間の白い陽光が和らぐ、穏やかな木漏れ日に包まれた広大な森林。雄大な自然の中、肉を焼いていたカブラヤオーの感情の爆発はとても微笑ましいものにみえた。
「なんなの!?ソロキャンプしてたら待ち構えてたみたいにぞろぞろと!」
「だって、そうでもしなきゃカブ先輩逃げちゃうじゃん」
ミスターシービーが、なんの悪びれもなく言った。カブラヤオーのトングを持つ手の動きが荒々しくなる。
「だってソロだもん!そういう予定なんだもん!いいじゃん別に!!」
「水臭いこと言わないで。寂しいわ」
バーベキューセットの前で、半ば拗ね気味に口を尖らせるカブラヤオーの肩越しに、大きな腕が伸びる。その手に握られた箸は、丁寧に豪快な弧の軌跡を描き、テスコガビーの口へ運ばれた。
「あ、やべ」
「ああ!とった!ガビー、なんで私の肉とるの!!」
「え?焼けてたから」
「もうここにキープしてたじゃん!」
「いや届いたから」
「も〜…次ちょっかいかけたら、もー許さないから」
ひたすら、自由な気質たちに翻弄され続ける。内心、悪くない居心地ではあるものの散々でしかないカブラヤオーは、3人の相手は諦めて黙々と網に肉を乗せ始めた。
その後ろのテントの周りの岩やハンモックに腰掛けるウマ娘3人、ミスターシービー、キタノカチドキ、テスコガビーは聞こえない程度で談笑していた。
「このハンモックいいね。このまま寝ちゃいそう」
「あ、そうなの?あとでその場所譲ってちょうだい」
「よく寝れるなお前。俺絶対肉の匂いで眠れねーわ」
「なんか匂いだけでもおなか膨れてきそう……
…やっぱ無理。空いてきた。ねえカブ先ぱ」
言い終わる前に、カチドキは俊敏な動きで立ち上がり、シービーの口を塞いだ。
咄嗟のことに、シービーはもがもがと音を発し続けていた。
「ダメだぜ。俺らさっき怒られちまったからよ。下手に声かけようもんなら、もう肉くれねぇかもしんねぇじゃねぇか」
「あら、カブちゃんはそんなヘソ曲げるタイプじゃないわよ?」
「いいや、曲げるぞ。俺知ってんだ。こないだギター弾いてたところ貸してくれって頼みまくったら、あいつ急にブチギレて楽譜でペシペシ叩いて俺を追い払いやがったんだ。バーベキューでもそんな調子だとは思わなかったけどな」
「別に急にでもないような…」
「カブちゃん、ギター弾けるの!?へー、意外。」
「トレーナーに習ったらしい」
「トレーナーギター弾けるの!?」
「スー先輩に習ったらしい」
「なにその芋づる式」
「てか、ソロキャンプといい本といいギターといい、カブ先輩多趣味だね」
「ウマ娘との交わり断ちまくって趣味と自主トレに生活全振りしてた時期あるみたいだしな。ウマ娘恐怖症は筋金入りだぜ」
「ほんと、トレーナーついてよかったわ。チーム入ったのだけはよくわからないけど」
「確かにな、なんで入ったんだー?」
バッ
動きが揃う。カチドキの言葉をきっかけに、3人は無言でカブラヤオーの方に勢いよく顔を向けた。
…。
…。
…。
ちゅんちゅん、チチチチチチチチチ…
ジュウウウウ
ただただ、自然音と肉を焼く音だけが対話している。
「…あの、カブ」
「…」
「えっとー…」
カブラヤオーは、反応を返さなかった。その背中を見て、3人の背筋には徐々に不安が這い寄ってくる。
「やっぱ、怒らせちゃったのかしら?」
「ええ〜。歌でも歌ったら気直してくれたりしない?」
「そんな幼児みたいな情緒なワケねーだろ」
ヒソヒソと話すその声は、近くを流れる小川の流れにかき消されていた。
会議は続く。今後のチームでの仲に亀裂が入ってはまずいと3人は考えていた。
カブラヤオーとの仲はもちろんのことだが、それ以上にトレーナーとスー先輩が怖いのである。
「俺ら、怒られたりしねぇ?」
「妙なとこで道徳的だもの。レンタイセキニンとか好きそうよ」
「もういいや、寝る」
「待てよシービー!逃げんなコラ!」
「うわっぷ」
グイグイとハンモックを揺らして安眠妨害を試みるカチドキとガビー。その力はヒトのそれを遥かに凌駕するものであり、結んだ木の太い枝が揺れ、根本の土は波打ち、バサバサと数え切れない緑葉が水垂れの如くシービーに襲いかかる。
盛大な摩擦音とともにシービーはハンモックから落下し、若葉の山へ埋まった。耳と尻尾だけが辛うじて見えている。
「おわ、わわ、すまねぇシービー!大丈夫か!?」
「あら、葉っぱのベッドって気持ちいいのかしら。ちょっと借りるわね」
後輩が埋もれた場所にも関わらず、目先の興味が勝る女、テスコガビー 。抑えなどきかない。
また、若緑が擦れる音が森中に広がる。大の字で葉のベッドの上に寝転がるガビーは、恍惚といった表情で柔らかな光に照らされていた。
「ててて、良かったのに、ガビーさん、重いや…」
「…っ!」
「いたたたた!!潰さないでよガビーさん!」
いかにワイルドな所作が目立とうとも、乙女であることには変わりないのだ。その尊厳が損なわれる発言をする者は許さない。
狼狽えている間に唯一の常識人へと繰り上がったカチドキはその模様を見ているしかなかった。知らぬ間に顔のパーツが顔の中央に寄る。
愉快は愉快だが、収拾がつかないと夢から覚めたような怠さが付きまとうものだ。祭りの後片付けを想起させる感情をカチドキは抱いた。
その時である。柔らかな木漏れ日の温度が消える。
急に影が差したのだ。大変見覚えのあるシルエット。恐る恐るカチドキは油の必要なブリキのように顔を後ろに向けていった。
仁王立ち。トングを持ったカブラヤオーがそこに立っていた。カチドキは体格上、下からカブラヤオーを見上げたことはなかったが、想像もしなかった威圧感を醸し出していた。
やっちまった。騒がしくしすぎちまった…
1人、心の中で後悔するも、楽譜のペシペシがリフレインする。
今回のエモノはトングだ。覚悟、しなければならない。
…脇腹か?背中か?どこ守るのが正解だ?
答えの出ないまま、腕をクロスして防御の構えを取るカチドキに、カブラヤオーはトングを持つ右手とは逆の左手を動かした。
「牛ロースとタン。食べなよ」
「…え?いきなり、どうした?カブ」
肉の乗った皿。中身は十分に火の通った、重厚な牛の赤身肉。そして、薄く丸い一切れの芸術。カチドキの鼻、そして身体は正直に差し出された皿に食いつこうとしたが、頭がそれらにブレーキをかけていた。
両手で、ゆっくり受け取る。
「調子戻すにはって聞いてたでしょ?鉄分、ビタミン、タンパク質。この辺のお肉なら身体に良いはずだよ」
「お前…」
「べ、別にほったらかすのもなーって思っただけだから。好きに食べれば?要らないなら、もらうけど」
「要る要る!いただきます!!」
指でつまんで肉を食べるその姿は、ひどく山の中の景色とマッチしていた。
「うめえ!!お前、肉焼くの上手いな!!」
「そ、そう?まあ、流石に何回もやってて慣れてるし?」
「分けてほしいなーっ、カブちゃん♪」
「普段そんな話し方しないから、違和感すごいよ、ガビー」
「…そんなこと言っちゃう悪い子は、こうよ!!こちょこちょこちょこちょ!!」
「ちょっと、ガビー!やめ、や、あはははははははは!!!!!!ダメえ!ヒッヒヒヒヒヒ!!!」
先ほどの静かな時間はどこへやら。森の中を、少女たちの声が駆け巡った。
「…アタシ、お肉食べたかったのに」
その後も肉は焼けて、奪われて、怒られて。
結局、誰一人としてソロキャンプを守る気はなかった。
夕暮れ前。網の上が空になる頃には、カブラヤオーももう追い返すのを諦めていた。
「いつからソロキャンプなんてするようになったんだよ」
「うーんと…中学生くらいでやったから、3年前くらい?」
「ねえ」
「このアウトドアのグッズも先輩が自分で揃えたんだ?」
「そう」
「ねえってば」
「なんだよ、俺呼んでくれればトレンドのアイテムでも紹介できたぜ?」
「じゃあ今度…いや、いいや」
「ったく、気が向いたらいつでも言えよ」
「あーもう!誰か1人くらい返事してくれないかしら!?」
スタスタと歩いていく、カブラヤオー、シービー、カチドキの3人の後ろから、ガビーが叫んだ。
背中には、テントにバーベキューセット。はっきり言って身一つで運んでいるのが奇跡といえるようなボリュームがガビーにはのしかかっていた。
「カチドキは休養中なんだからそんなことさせちゃダメだし。
私は色々ジャマされたし。
シービーはスピカの末っ子だし。
…うん、やっぱガビーだね」
「上等よ…あとで勝負する?」
「ええ…嫌だよ。ガビーと走ったら、ホントに遊びじゃ済まなくなっちゃう」
眉間に微かな影を落とした表情。露骨に嫌そうな顔でカブラヤオーは誘いを断った。
ため息をつくガビー。足音、荷物のがちゃんがちゃんと鳴る音と合わせて、排気という言葉が似合う様相であった。
「だいぶ、俺らに慣れてくれたみたいで嬉しいぜ、カブ」
「…へ?」
「ビビり倒してた頃と比べりゃ、考えられないくらい喋ってくれるようになったからさ」
夕暮れの紅が濃くなる。照らされる彼女たちは、黄色を纏っていた。
「それは…なんというか」
「いいって。なんも言わなくてよ。返す言葉に困るってんなら、いくらでもてめーの中で噛み締めてな」
「…」
「初めて先輩って感じ見た」
「んだとシービー!?言ってくれるじゃねぇか」
「あはははは!」
背中をバシバシ叩かれても、シービーはじゃれあいとしかとらえていない。
「でも、他所の成長気にしてる場合じゃないでしょ?カチドキ。こないだのトレーニングだって、急に内にささったじゃん」
「あれは…」
「あんな焦ったトレーナー初めて見たもん。ちゃんとしてよね」
「面目ねぇ」
「……ちゃんと戻してよ。調子」
慰めるには素っ気なく、突き放すには妙に近い声だった。
「次はダービー。勝ちなよ。せっかく肉分けたんだから」
カチドキはその時、初めてカブラヤオーの目の奥を覗いた。
「ふんっ、言われねぇでもそのつもりだ。俺の脚で、俺の時代を築く」
「実力だけじゃダメだよ、ダービーは」
「…随分、知った口聞くじゃねぇか。教えてくれよ」
瞳孔は開いていない。カチドキのようにレースにイレ込むような興奮状態でもない。
底冷えするような、沸騰するような。
その得体のしれなさに、カチドキは惹き込まれていた。
その空気に、シービーとガビーも口を閉ざした。
………………
なんの前置きもなく、カブラヤオーは夕陽へ目を逸らした。
「…いいや、教えない方が面白そう」
「なんだよソレ!そう言っといてカッコつけてただけってパターンじゃねぇのか!?」
「もしかして、何も考えてなかった?」
「ちがう!ちゃんとわかってる!」
張り詰めていた空気が一瞬で解ける。
目は合わないが、感情を吐き出すカブラヤオーのコミュニケーションが戻ってきた。
「言ったらカチドキ怒りそうだから言わないだけ」
「なんだよ、そんな酷いこと言うつもりだったのか?」
「…だから怒る必要なくなった勝った時教えてあげる」
「参考にならねーじゃねぇか」
「もう、普段カチドキがカブちゃんビビらせるからよ」
「反省しなきゃね、カチドキ先輩」
飛んでくるヤジに、カチドキも負けじと噛みつき返すカチドキの背中を、カブラヤオーはじっと見つめていた。
「とりあえず学園に戻ろう。あーあ、カチドキずっとこっちいたから絶対面倒じゃん」
「え?」
「私、カチドキの取材とかできてる人達から逃げるために今日来たの。カチドキもそのつもりでこっち来たんだろうけど」
ぎくりという擬音が可視化された。
大きく肩を跳ねさせ、首を縮めるコミカルなリアクションを取るカチドキを、シービーとガビーは、じっとりとした視線を送った。
「むず痒いんだから仕方ねーだろ!大体、走りで伝えたはずだぜ!?これ以上何喋れってんだ!」
「うるさい。さっさとインタビュー受けてきて。じゃないと私達まで割食うじゃない」
「別にいいんじゃないの?アタシ達は」
「カチドキのついででインタビューとか嫌よ」
「あー、それはそうかも。じゃあ行こっか、先輩。早く受けて帰してきてよ」
背中を押して、先に学校に着くことを促すシービーとガビーの圧力は、カチドキの足の回転を早めていった。
抵抗を示しても、流石に2人には敵わず、どんどんと押されていく。ガビーの背負う荷物の音の拍は加速した。
「あ、ちょっと!キャンプセットはもっと慎重に!」
危機を察知したカブラヤオーは駆け出した。
案の定、私物のアウトドア用品達は道路の上で、爆発したキャンプ用品店跡地のように盛大に散乱していた。
買い物袋の底が抜けた瞬間、なぜか中身が想像の三倍遠くまで逃げていく、あの理不尽がキャンプ一式の規模で発生していた。
四人は、道路いっぱいに散った道具を見た。
視線は、互いの顔に移る。
誰も、何も言わなかった。