そこには、かつての相棒であり、今は自らが倒すべき相手となった帆羽くれあがいるからだ。
パティスリーチュチュから離れ、別のお店を訪れたるるか。 しかしそこで彼女を待っていたのは、偶然にも後輩の明智あんな、小林みくる、そして――帆羽くれあとの再会だった。
最近コンビニのアイスを食べることが多くなった。
シャリシャリとしたソーダ味のアイス。安くておいしいけれど、こういうアイスを食べるのは最近になってからだ。
「浮かない顔ね、るるか」
腕の中にいたマシュタンが私を見上げながらそう言った。
「……そんなことないけど。マシュタンも食べる?」
「るるかがいいなら頂こうかしら」
そう言ってマシュタンは小さい口でアイスを頬張った。今日は暑かったしマシュタンも冷たいものが食べたかったのかな。
「おいしい?マシュタン」
「ええ、冷たくてとってもおいしいわ。るるか」
「そっか。ならよかった」
私はもう一度、アイスをかじった。シャリッとソーダの味が口いっぱいに広がる。
私はアイスが好き。甘くて美味しくて、キーンと頭をつくような痛みも好きだった。暑い日なら尚更。
それなのに。
「……。」
どうして食べれば食べるほど、少しだけ寂しくなるのだろうか。
アイスはあっという間になくなってしまった。後半のほうはあんまり味も覚えていない。
「……るるか」
心配そうなマシュタンの声が聞こえた。マシュタンは私の顔を覗き込んでいて、そんなことには全然気が付けなかった。ちょっと考えすぎてたかな。
「大丈夫、迷ってるわけじゃないの」
私は、自分の意思でちゃんと決めた。くれあを、キュアエクレールを倒すって。これは全部、私が決めたことだから。
「大丈夫よ」
マシュタンは腕の中からふわりと飛び出して私の隣へやってきた。
「だってるるかに失敗はない。でしょ?」
「ふふ、そうね」
マシュタンは励ますように私にそう言ってくれた。ウインクをしながら私を励まそうとしてくれる。それが分かってしまうのも少し申し訳なくて心が痛んだ。
「ねぇ、るるか。あたしおなかが空いちゃったわ」
マシュタンはあからさまに話題を変えてくれた。私もそれに乗るように話を続ける。
「じゃあランチにしよっか。マシュタンは何が食べたい?」
「うーん、そうねぇ」
と言いながらマシュタンはわざとらしく考えこむようにして首を傾げた。そんなことをしても、マシュタンが何を食べたいのかくらい簡単なこと。
「マシュマロでしょ?」
「ふふっ、さすがるるかね」
マシュタンは嬉しそうに笑うと私の周りをくるりと一周した。
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「初めて来たけどなかなか良い雰囲気じゃない?」
「そうね、思ったよりもいいかも」
少しだけ気になっていたお店を思い出したので行ってみることにした。ショッピングモールにある洋菓子店でレトロチックな装飾が特徴のお店だ。
少し前からがあるのは知ってたけど実際にくるのは初めてで、少しだけ年齢層もパティスリーよりは高いように感じる。
「お待たせしました。ラズベリーアイスとマシュマロになります」
少しすると店員さんが頼んだものを持ってきてくれた。本当はチョコミント味にしようかと思っていやけれどここのお店には置いてないみたい。ラズベリーが美味しいと聞いていたので今回はそれを頼むことにした。
「結構美味しいそうじゃない?ここに来るのも悪くないかも」
「そうね。悪くない……かも」
最近、別の洋菓子店を探していしここに来るのも悪くないなと思う。少しだけ心残りではあるけど、まぁ……すっとこのままなのも辛い。
くれあが働いているパティスリーチュチュにはあの一件以降行かなくなった。ずっと通っていたお気に入りのお店だったけど私はあの店の人達……くれあを傷つけてしまった。記憶が戻ったくれあはもう許してくれるのかもしれないけれど、それで許されてしまったら。私はもう前に進めなくなってしまうような気がして一歩を踏み出せないでいる。
「......美味しい」
口の中で溶けたラズベリーは甘酸っぱくて華やかな香りがした。パティスリーより甘いけどちょっと酸味が強い気もする。少し慣れない感じがしたけど、一口もう一口と食べている間にこれはこれで悪くないと思えてきた。
店内も静かで落ち着いている。いつもと違う場所で、こうしてゆっくり過ごすのも悪くない。
なのに……なんだか、物足りない。
「るるか!あれを見て」
少し考え込んでいるとマシュタンが小さな声で耳打ちをしてきた。マシュタンの指先の方へ視線を向けると見覚えのある3人が歩いてるのが見える。
「あんな、みくる……くれあ」
思わず、名前が口からこぼれた。心なしか胸の奥が少しだけざわつく。
三人は私たちには気づいてないようでいろんな人に話しかけていた。近くには心配そうに縮こまる子供がいて、少しだけ目尻も赤く染まっていた。
「オープン。プリキッドグロス」
唇をなぞって変装する姿をイメージする。大きく姿を変えると近寄られたときに違和感が生まれてしまうから、背丈も変わらない女性をイメージした。髪が長く……例えば昔ロンドンで暮らしていたころの私のような。
「マシュタンは髪の中に隠れてて」
三人に気が付かれるまでに変装を終えることができた。その間に三人は近くにやってきていて周りの人に聞き込みをしていた。
「るるかの思ったとおりみたいね」
そうだけど、マシュタン出てこないで。ばれちゃうと少し面倒だから。
「すみません。ちょっとこの子のお母さんを探してて……。どこかで見たりしませんでしたか?こんな格好をしているみたいなんですけど」
傍にいる子供は迷子になってしまったみたいで、この三人はそれを探してあげてるみたいだった。それで似顔絵を使って探すのはいいけど……。
「ごめんなさい。見てないわ。力になれなくてごめんなさい」
「いえいえ、そんな!」
あんなは両手を振りながら少しだけ困ったような笑っていた。
まだまだね、名探偵さん。ヒントはすぐ側に転がっている。
「ねぇ、さっきからそわそわしてるけど何か気になるものでもあったの?」
「え......えっと」
そう尋ねると少年は少しだけ目を泳がせてから、何か我慢していたものを吐き出す前のように私を見つめた。
「お母さんが靴を買ってくれなかったんだ。ずっと買って欲しかった靴を」
「そう」
しゃがんで子供の目線に合わせる事にした。その方がこの少年はきっともっと話をしてくれると思ったから。
「もうすぐ誕生日だからって、それまで待ちなさいってお母さんが」
段々と少年の目には涙が浮かんでいた。
少年の靴は少し汚れてはいるけど壊れてはいない。今すぐに靴が必要では無さそうだしお母さんが買わなかった理由も分かる。
「まって、それってもしかして」
あんなは何かに気がついたのかみくるとくれあを呼んで何かを話し合っていた。もしかして謎は解けたのかな?
「ねぇ、お母さんと別れる前にどんなこと言ってた?」
少し経ってあんなが少年にそんなことを聞いた。
「キッズスペースで待っててって。すぐ戻るからって.......。でも、僕どうしてもその靴が欲しくて」
「だから一人で見に行ったのね」
「......うん。けどいつの間にかどこにいるのか分からなくなっちゃった」
「……そっか」
あんなは少年の頭を優しく撫でた。
「じゃあ、最後にお母さんといたのはキッズスペースなんだね?」
「うん」
「それなら、もしかしたら……」
あんながみくるとくれあの方を見る。三人の間で、短い視線が交わされた。
「お母さんはまだキッズスペースにいるかもしれないわね」
くれあがそう言った。
「うん。お母さんがこの子を探してるなら、まずキッズスペースを離れる理由はないと思う」
みくるも頷く。
「それに、誕生日が近いんだったら……」
「あっ!」
くれあの呟きにあんなが思わず声を上げた。けど何かを隠すようになんでもないよと両手を振っている。もう気がついたね。
この子のお母さんは誕生日のプレゼントにその靴を買いに行っていた。けどサプライズの為にこの子には内緒にしたくてキッズスペースで待っててとその場を離れた。
きっとこれがこの謎の真相。きっとそう離れてない場所にこの子のお母さんもいるはず。これで事件は解決だ。
「じゃあ、早速キッズスペースに戻ろう!」
「きっとお母さんも心配してるよ」
あんなとみくるはそう言って少年に手を伸ばす。
「う、うん」
少年もその手を取って3人は駆け出して行った。
「ありがとうございました。お陰であの子が困らなくて済みそうです」
「そうね」
だからか......、こうなって欲しくなかったのに。私とくれあ、2人の時間が生まれてしまった。
「実はあの二人名探偵をやっているの。私も最近ね、名探偵になって。うん、あの二人に早く追いつかなくちゃって」
「そう」
少し前、くれあは記憶と取り戻して名探偵キュアエクレールになった。私の助手で見習いだったくれあもあの二人の元で名探偵になれた。
名探偵になれず貴方はずっと自分のことを弱いと思っていたけれど、ずっと貴方は強かったのに。
「ごめんなさい。貴方には関係ないことなのに、なんだか貴方と話していると親友を思い出しちゃって」
「……親友?」
聞き返すと、くれあは少しだけ困ったように笑った。
「ええ。私が昔、一緒に暮らしていた人なの」
「そう……」
少しだけ昔を思い出す。ロンドンでくれあと出会って.....私が名探偵、貴方が助手。ファントムを止めるためにここまことみらい市にやってきた。短くて長い貴方と私の物語。
「その人もね、こういうことが得意だったの。人のことをよく見ていて、誰かが困っているとすぐに気がついて……」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
「私が探偵テストに落ちてしまった時、ずっと応援してくれてた」
「……素敵な人ね」
「うん。本当に素敵な人だった」
くれあは少しだけ遠くを見るような目をした。
「……今も、その人のことを大切に思ってるのね」
「えぇ......また、会いたい」
私の問いかけにくれあは迷いなく頷いた。その事がより一層私の心を締め付ける。私は貴方を倒さないといけない。そう決心したのに。
「きっとその人も会って話をしたいって思ってるんじゃないかな」
心を落ち着けるために私は思ってもみないことを言った。心を制止して冷徹にいなくちゃ耐えられなかった。だけど口にしてから凄く後悔をした。そんなこと私が言っていいはずがなかったから。
「ありがとう。そうだといいんだけどね」
貴方の苦しそうな笑みが私の心を突き刺した。
「ねぇ、あなたにも大切な人はいる?」
くれあが立ち去る寸前にそんなことを聞いてきた。どうして?と返すと控えめに、けれど確信を持っているようにくれあは話した。
「さっきから、なんだかとても寂しそうな顔をしているから」
「.......」
やっぱり、貴方はよく見ている。
昔からそうだった。自分のことには鈍感なくせに、他人のことになると気持ちを何よりも大切にしていた。その点において貴方は私よりもずっと優れていた。
だから貴方を倒したくはないのに……貴方が。
「何か困ったことがあったらここに来てください。キュアット探偵事務所。いつでも待っています」
思考を遮るように、くれあは名刺を置いていった。
キュアット探偵事務所。
そこは、私とくれあが暮らした思い出の場所。
初めて出会った場所でもあり、たくさんの事件を一緒に解決した場所でもある。
私にとっては、忘れたくても忘れられない場所だ。
「……頼れるわけないでしょ」
誰にも聞こえないように、小さく呟く。
頼れるはずがない。
だって私は――貴方の敵だから。
くれあがいなくなった方へ視線を向ける。
もう、その姿は人混みの向こうに消えていた。
「……会いたい、か」
さっきの言葉が頭から離れない。
私だって、会いたい。
もう一度、貴方と話したい。
昔みたいに一緒に笑いたい。
探偵と助手だった頃に戻りたい。
でもそれはもう叶わない。
手元を見る。
アイスはほとんど溶けてしまっていた。
さっきまでは美味しいと思っていたはずなのに、今は甘さもほとんど感じられない。
「……マシュタン」
「なぁに?」
「……帰ろっか」
「ええ」
マシュタンはそれ以上、何も聞かなかった。
ただ、私の隣をふわふわと飛んでいる。
口の中には苦い味だけが残っていた。美味しかったはずなのにあの頃の記憶まで苦く感じてしまう。
......口直しがしたい。
これからどんなに良いことがあっても悪い気分は晴れることはない。それでも、少しでも和らげたかった。
(アイス、いつでもお店に食べに来てください)
ふと、昔のくれあの言葉を思い出した。
まだ記憶を失っていたくれあが私に行ってくれた言葉。
頭を振って、別の私が好きなものを考える。だけど考えても、考えても、考えても。
出てくる答えは一つだけだった。
また――
「また、くれあのアイスが食べたい」
制止しても離れない。貴方の作るアイスが。貴方の笑みが。貴方と過ごした日常が。
……会いたい。
その気持ちを振り払うように、私はぎゅっと拳を握りしめた。
もう、迷わない。
私は自分の意思で決めたのだから。くれあを――キュアエクレールを倒すと。
たとえ、この胸に残った想いまで捨てることになったとしても。
「……私は」
ゆっくりと顔を上げる。
私はキュアアルカナ• ︎︎゙シャドウ︎︎゙なのだから。