俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

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第9話 田中とマギカ

 見滝原中学校へ通い始めて、数日が経った。

 

 正確には「通い始めた」という表現も少し変だ。田中は以前からこの学校の生徒で、長く休んでいただけ。周囲からすれば、最近ようやく学校へ戻ってきたクラスメイトということになる。

 

 俺にとっては、毎日がほとんど初登校みたいなものだけど。

 

 教室の椅子へ座り、机の横へ鞄を掛けたところで、ふと自分の脚へ視線を落とした。

 

 スカート。

 

 何も考えずに座っていた。

 

「……慣れるの早くない?」

 

 最初の日は、あれだけ気になっていたのに。

 

 座る時の裾も、階段を上る時も、今では身体が勝手にそれらしい動きをする。朝になれば長い髪を整え、女子として話しかけられても、そのたびに「俺、男なんだけど」と一つ引っかかることは減っていた。

 

 まだ、この身体になって一週間も経っていない。

 

 制服の着方も髪の扱いも、学校までの道も、元から身体が知っていたことは多い。そこへ俺自身が慣れてきたのか、それとも最初から身体に引っ張られているだけなのか。

 

 考えると少し気味が悪い。

 

「田中さん?」

「ん?」

 

 顔を上げると、まどかがこちらを見ていた。

 

「どうかした?」

「いや。スカートにも慣れるもんだなって」

「……?」

 

 首を傾げられた。

 

「なんでもない」

「田中さん、前からスカートだったよね?」

「そうだね」

 

 前の田中は。

 

 そこまでは口にせず、曖昧に笑った。

 

 ◇

 

 学校での生活は、思っていたより早く形になり始めていた。

 

 授業を受ける。分からないところはまどかたちに聞く。休み時間になれば、近くにいる誰かと少し話す。放課後、必要なら人目のない場所で変身する。

 

学校では田中。

魔女と戦う時はマギカ。

 

 二つを使い分けることにも、少しずつ慣れてきた。

 

「そういえばさ」

 

 休み時間、さやかが机へ肘をつきながら、まどかを見た。

 

「最近、あんたたち妙に仲良くない?」

「え?」

「まどかと転校生と田中さん。休み時間も一緒にいること増えたし」

 

 その視線が、私とほむらを順番に移る。

 

「そうかも」

 

 まどかが笑う。

 

「ほむらちゃんも田中さんも、最近いろいろあったから」

「いろいろ?」

 

 さやかが食いついた。

 

「あ」

 

 まどかが止まる。

 

 魔女関係は、クラスのみんなには内緒。

 

「学校のことだよ」

 

 私が横から入った。

 

「暁美さんは転校したばかりだし、私は久しぶりに学校戻ってきたから」

「あー、なるほど」

 

 あっさり納得した。助かった。

 

「確かに田中さん、前とちょっと雰囲気変わったよね」

 

 今度はそっちか。

 

「前?」

「休む前。そんなに話したことなかったけど、もっと静かじゃなかった?」

「そう……だったかな」

 

 返しようがない。

 

 俺は以前の田中を知らない。写真の中で笑っていた少女と、いつの間にか学校へ来られなくなった少女。その程度だ。

 

「でも今の方が話しやすいかも」

「それ褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」

 

 さやかが笑い、隣で仁美も頷いた。

 

「私も少し印象が変わったように思いますわ。以前より……柔らかくなった、と申しましょうか」

「へえ……」

 

 俺ではない誰かの話をされている。

 

 なのに「田中さん」と呼ばれれば、今では反射的に振り向く。

 

それも、もう自然になっていた。

 

 まあ、毎回考えていても仕方ない。

 

 数日前なら、そこへ辿り着くまで、もう少し時間がかかった気がする。

 

 ◇

 

 昼休み。

 

「田中さん、それ自分で作ったの?」

 

 まどかが私の弁当箱を覗き込んだ。

 

「まあ。一人暮らしだし」

 

 卵焼きと野菜炒め、それに昨日の夕食で余った鶏肉。凝ったものではないし、朝から全部作るのも面倒なので、使えるものは普通に前日の残りを詰めている。

 

 自炊は前世でもやっていた。この身体になってから数少ない、そのまま使える技能かもしれない。

 

「すごいなあ。わたし、自分のお弁当なんて作れないよ」

「鹿目さんのは?」

「パパが作ってくれたの」

 

 まどかが嬉しそうに弁当箱を見せる。

 

 彩りがいい。普通に俺よりちゃんとしている。

 

「……負けた」

「勝負だったの?」

「今決まった」

 

 まどかが笑う。

 

 その隣では、ほむらがコンビニの袋からおにぎりを取り出していた。

 

「暁美さん、それだけ?」

「え?」

「昼」

「あと、パンがあります」

 

 袋の中を見せてくれる。

 

 おにぎり、菓子パン、飲み物。

 

 入院明けで、体育ではすぐ息が上がる。そして昼がこれ。

 

「食べる?」

 

 卵焼きを一つ差し出した。

 

「え?」

「一個余ってるから」

 

 正確には余っていない。でも一個くらいならいい。

 

「でも、田中さんの……」

「また作れるし」

 

 ほむらは少し迷ったあと、恐る恐る受け取った。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 一口食べて、少しだけ目を丸くする。

 

「……美味しいです」

「よかった」

 

 そのまま自分の弁当へ箸を戻しかけて、ふと思った。

 

 そういえば、魔法少女の本体ってソウルジェムなんだよな。

 

 今の身体は、言ってしまえば魂から遠隔操作されている入れ物みたいなものだ。腹も減るし普通に動いている以上、栄養自体は必要なんだろうけど。

 

 もし足りない分を魔力で補えるなら――食費、減らせるのでは?

 

「…………」

 

 いや待て。

 

 何で魂が宝石になった話から、真っ先に家計へ行くんだ。

 

「田中さん?」

 

 まどかがこちらを見ていた。

 

「何?」

「また難しい顔してる」

「ちょっと、魔法少……」

 

 危ない。

 

「……食費について考えてた」

「食費?」

 

 ほむらまでこちらを見る。

 

「一人暮らしって大変なんですね……」

「まあ、うん」

 

 そういうことにしておこう。

 

 そもそも腹が減っている時点で、わざわざ試す必要もない。魔力節約のために食事を抜いて倒れる魔法少女とか、あまりにも格好がつかない。

 

「あ、それなら」

 

 まどかが自分の弁当箱を覗き込んだ。

 

「わたしのも食べる?」

「え?」

 

 ほむらへ聞いていた。

 

「パパが作ったやつなんだけど、これ美味しいんだよ」

 

 小さなおかずを箸で摘まみ、そのままほむらの口元へ運ぶ。

 

「はい」

 

「…………」

 

 ほむらが固まった。

 

「ほむらちゃん?」

「えっ、あ……」

 

 まどかは何の疑問も持っていない。

 

「はい、あーん」

 

「…………っ」

 

 ほむらの顔が一気に赤くなった。

 

「じ、自分で食べられます……!」

「え? でも、もうここまで持ってきちゃったし」

 

「…………」

 

 逃げ道が消えた。

 

 ほむらは箸とまどかの顔を何度か見比べたあと、観念したように小さく口を開く。

 

「……あ、あーん」

 

 ぱく。

 

「どう?」

「……お、美味しいです」

「よかったぁ」

 

 何だこれ。

 

 すごい。

 

 まだ初々しい眼鏡ほむらが、まどかに「あーん」されて真っ赤になっている。

 

 これを目の前で見ていいのか。

 

 いいんだ。

 

 俺は今、この世界にいるんだから。

 

――てえてえ。

 

 危うく声に出すところだった。

 

「田中さん?」

「何?」

「なんか、すごく嬉しそう」

「気のせい」

 

 即答した。

 

 ほむらはまだ少し赤い顔のまま俯いている。

 

 頑張れ、ほむら。

 

「田中さん、ほむらちゃんのお母さんみたい」

「違うから」

 

 今度はまどかへ即答する。

 

「まだ卵焼き一個だから」

「まだ?」

 

「…………」

 

 言い方を間違えた。

 

「何でもない」

 

 ほむらが小さく笑った。

 

 最初に学校で会った時より、少し表情が増えた気がする。

 

「最近、四人でいること多いよねー」

 

 少し離れた席から、さやかがこちらを見る。

 

「四人?」

 

 私、まどか、ほむら。それから、昼休みに顔を出すことが増えた一学年上のマミさん。

 

「巴さんまで来るようになったし」

 

 ちょうど名前が出たところで、教室の入口から金色の髪が見えた。

 

「鹿目さん、田中さん。ちょっといい?」

「あ、マミさん」

 

 まどかが手を振る。

 

 今日はマミさんも弁当を持っていた。

 

「ほら」

 

 さやかが笑う。

 

「最近ほんと仲良いじゃん」

「そうですね」

 

 仁美も楽しそうにこちらを見る。

 

「田中さんが学校へ戻られてから、随分賑やかになりましたわね」

 

 そうなのか。

 

 前の田中は、どんな昼休みを過ごしていたんだろう。一人だったのか、誰かと食べていたのか、まどかたちとも話していたのか。

 

 何も分からない。

 

 それでも今は、何食わぬ顔でこの席に座っている。

 

 田中として。

 

 ◇

 

 昼休みの終わり際。

 

 さやかと仁美が先に席を離れたあと、まどかが少しだけ声を落とした。

 

「そういえば、昨日ね」

「うん?」

「マギカちゃんとまた会ったんだよ」

 

 来た。

 

「マギカ?」

 

 知らない顔をする。

 

「この前話した、銀色の髪の魔法少女。名前、マギカちゃんっていうんだって」

「ああ」

 

 俺です。

 

「マミさんに戦い方教えてもらってたの。それでね、わたしたち友達になったんだよ」

「へえ……」

 

 俺もその場にいました。

 

「まだまだ初心者だけどね」

 

 マミさんがさらっと付け加える。

 

 友達になった翌日に本人不在で評価を下げないでほしい。

 

「でも、すごく速いんだよ。それに刀も格好よくて、鏡みたいなの」

「そうなんだ」

 

 今度は装備レビューが始まった。

 

「少し変わった魔法も使うみたいなのよ」

 

 マミさんが続ける。

 

「認識をずらす、と言えばいいのかしら。まだ本人にも分からないことが多いから、しばらくは私と一緒に練習することにしたの」

「……へえ」

 

 昨日一緒に決めた本人です。

 

「私を助けてくれた人ですよね」

 

 ほむらも会話へ入った。

 

「はい。仮面をつけていた」

「そうそう」

 

 まどかが頷く。

 

「田中さんにも紹介したいんだけどな」

 

 またそれか。

 

「機会があったらね」

 

 ないよ。

 

 少なくとも同時には。

 

 マミさんが私を見る。

 

「そういえば、田中さんとマギカさんって、髪の色が少し似ているわよね」

「えっ」

 

 一瞬だけ変な声が出た。

 

「……確かに」

 

 まどかまでこちらを見る。

 

 やめて。

 

 マミさんは少し考えるように目を細めた。

 

「髪の色も近いし、背格好も……でも、やっぱり雰囲気はかなり違うわね」

「そう?」

「ええ。マギカさんはもっと……落ち着いている、かしら」

 

 それ、俺です。

 

 何とも言えない気持ちになって弁当へ視線を落とした。

 

「変身すると、本当に雰囲気って変わるんだね」

 

 まどかが何気なく言う。

 

「魔法少女って、みんなそんな感じなの?」

「人によるわ。衣装や武器で印象が変わる子は多いけれど、マギカさんの場合は特にそうね。仮面だけじゃなくて、あの子自身の魔法も関係していると思う」

「へえ……」

 

 適当に相槌を打つ。

 

 学校では「私」。変身したら「俺」。仮面をつけて、少し格好つける。

 

 本人としてはその程度なのに、周囲には本当に別人に見えているらしい。

 

便利だからいいか。

 

 結局、その程度で流した。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。

 

「田中さん」

「ん?」

 

 振り返る。

 

 同じ学年の女子だった。顔には見覚えがある。

 

 名前は――出てこない。

 

 それでも身体の方は、相手を知っているような気がする。最近では、もう珍しくなくなってきた感覚だった。

 

「久しぶりに戻ってきた時も思ったけど、なんか雰囲気変わったよね」

「そう?」

「うん。前より話すようになったっていうか。それに髪も伸びたし、最初ちょっと別人かと思った」

 

別人。

 

 心臓が、一拍だけ強く鳴った。

 

 その通りだ。

 

「休んでたからかな」

 

 それらしい答えを返す。

 

「そっか。まあ、元気そうならよかった」

「ありがとう」

 

 相手は手を振って去っていった。

 

 その背中を見送りながら、靴箱へ手を置く。

 

 田中は、ここにいた。

 

 この学校へ通って、誰かと話して、誰かの記憶に残っている。俺が知らないところで、ちゃんと一人分の人生を持っていた。

 

 今は俺がその席へ座り、その名前で呼ばれ、その続きを勝手に生きている。

 

「……考えても仕方ないか」

 

 数日前にも似たようなことを考えた。ただ、その結論まで辿り着く時間は、少しずつ短くなっている。

 

 ◇

 

 校舎を出る。

 

 夕方の風で長い髪が揺れたので、邪魔にならないよう耳へ掛けた。

 

 やってから気づく。

 

 これも、もう普通にやってるな。

 

 髪も、スカートも、女子として扱われることも、田中という名前も。最初は全部、自分ではないものだった。

 

 今も完全に自分のものだとは思っていない。それでも、いちいち意識することは確実に減っている。

 

慣れるって怖いな……。

 

 小さく呟いて歩き出す。

 

 ポケットの中には、二つ繋がったソウルジェム。

 

 学校では田中として弁当を作り、まどかたちと昼を食べる。戦う時はマギカとして刀を握り、マミさんに教わる。友達までできた。

 

 今のところ、それで困っていない。

 

 むしろ、この世界でどう過ごせばいいのか、少しずつ分かってきた。

 

 だから、その時はまだ気づかなかった。

 

 慣れるということが、何かを自分のものにすることと、何かを忘れていくことの――

 

どちらに近いのかなんて。

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