俺がマギカなのか……?改   作:きのこ大三元

63 / 63
いよいよクライマックスです、3章は長かったですね…


第58話 二人で

 朝から、見滝原の空模様がおかしかった。

 

 昨夜から吹き始めた風は時間が経つにつれて強まり、昼を過ぎても空は鉛色の雲に覆われている。テレビでは大型の低気圧が接近していると繰り返し伝えられ、窓の外では街路樹が大きく揺れていた。避難を呼びかける放送も、さっきから何度となく聞こえてくる。

 

 一般の人にとっては、ひどい嵐が来る日なのだろう。けれど、俺たちはその正体を知っている。

 

 ワルプルギスの夜。

 

 あいつが、また見滝原へやってくる。

 

 ほむらの部屋には、朝から物騒なものが並んでいた。床にはいくつもの鞄が置かれ、その横に爆発物や弾薬が種類ごとに分けられている。机には見滝原の地図と、ほむらが書き込んだ作戦用のノート。本人はさっきから同じページを開いては鞄の中身を数え直し、しばらくするとまた別の鞄を開けていた。

 

 準備不足というわけじゃない。むしろ、これ以上何を準備すればいいのか、俺にも思いつかなかった。

 

「……ほむらちゃん」

 

 まどかが声をかけると、ほむらはびくりと肩を揺らした。

 

「だ、大丈夫です!」

 

「えっ?」

 

「あ……」

 

 ほむらは眼鏡を押し上げ、少し恥ずかしそうに俯いた。

 

「すみません。何でしょうか?」

 

「ううん。もうそろそろ出ないといけないから、準備が終わったかなって」

 

「あ、はい。それなら……多分、大丈夫です」

 

「……多分?」

 

 思わず俺が聞き返すと、ほむらは慌ててノートをめくった。

 

「ち、違うんです。必要なものはちゃんと揃っていますし、数も確認しました。ただ、何か見落としていないかなって……」

 

「もう三回くらい数え直してるだろ」

 

「……四回です」

 

「増えてんじゃねえか」

 

 思わず突っ込むと、ほむらが困ったように笑った。もっとも、笑ったのは本当に一瞬だけで、すぐに視線をノートへ戻してしまった。

 

 無理もない。ほむらはあいつと戦ったことがあるし、俺もその恐ろしさを知っている。マミさんがいて、杏子もさやかもいて、それでも勝てなかった相手だ。その時より準備が整っている部分もあるだろうが、今回は人数が違う。マミさんも杏子もさやかもいない。そして俺には、もう刀を出すことすらできなかった。

 

 ほむらが最後の鞄を閉じる。

 

「……準備、できました」

 

 まどかが立ち上がった。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい」

 

 二人が荷物を持ち、玄関へ向かおうとしたところで、俺は思わず声をかけた。

 

「……待ってくれ。俺も行く」

 

 まどかが振り返り、ほむらも足を止めた。二人ともすぐには返事をしないので、俺は努めて普段どおりの口調を続ける。

 

「ほら、相手はワルプルギスだろ。さすがに二人だけじゃ厳しいって。俺だって戦い方は分かるし、離れた場所から様子を見るくらいなら――」

 

「駄目です」

 

 ほむらの声が、俺の言葉を遮った。

 

 あまりにはっきりした返事で、少し驚いた。まどかもほむらを見る。言った本人も自分がそんな声を出したことに驚いたらしく、眼鏡の奥で目を見開き、すぐに口元を押さえた。

 

「あ……す、すみません」

 

 けれど、それで終わりにはしなかった。

 

「でも……今回は、一緒に来ないでください」

 

「ほむら」

 

「お願いします」

 

 ほむらは俺の正面に立った。言葉を探すように何度か口を開き、それから握っていた鞄の持ち手を持ち直した。

 

「ワルプルギスの夜は、普通の魔女とは違います。私たちだって、どこまで戦えるのか分かりません。それなのに、今のマギカさんまで一緒に来たら……」

 

「分かってるよ。別に前に出るとは言ってない」

 

「それでもです。時間を止めれば、何でもできるわけじゃありません。遠くで建物が崩れても、すぐに助けに行けるとは限りませんし、私がマギカさんのところへ行っている間は……鹿目さんが一人になってしまいます」

 

 ほむらの視線が一度だけまどかへ向いた。まどかは何も言わず、その続きを待っていた。

 

「もし、同時に何か起きたら、私には……二人とも守れる自信がありません」

 

 今のほむらにとって、それは相当言いづらい言葉だったと思う。自分の力が足りないと認めているようなものだからだ。実際、最後の方は声が小さくなっていた。それでも、俺から目を逸らそうとはしなかった。

 

「……マギカちゃん」

 

 今度はまどかが口を開いた。

 

「私も、来てほしくないな」

 

「まどかまで……」

 

「うん。今までたくさん助けてもらったし、マギカちゃんが一緒だと安心するよ。でも、今日は……」

 

 まどかは一度ほむらを見て、それから俺へ向き直った。

 

「私たちに任せてほしいの」

 

「……二人で?」

 

「うん。ほむらちゃんと二人で」

 

 まどかの声は穏やかだった。それでも、いつものように俺の顔色を窺っているわけじゃない。少し前まで、何かを決める時にはマミさんや俺の意見を聞いていたまどかが、今は自分からそう言っていた。ほむらも隣で頷いている。

 

 俺は二人を見比べ、それから窓の外へ目を向けた。風で揺れた街路樹の枝が、窓ガラスを叩くような音を立てている。

 

 戦場へ行けば、あんなものじゃ済まない。巨大な瓦礫が飛び、建物が崩れ、何十メートルも先から攻撃が届く。俺はその光景を知っているし、知っているからこそ二人だけを行かせたくなかった。

 

 けれど、知っているだけでは何も防げない。

 

「……俺が行ったら、二人は俺のことも気にしなきゃいけなくなるんだな」

 

 呟くと、ほむらが少し俯いた。

 

「……はい」

 

 あの使い魔との戦いが頭をよぎった。刀を抜こうとして、何もない腰へ手を伸ばしたこと。まどかとほむらが、そんな俺を助けるために動いたこと。相手がワルプルギスの夜なら、あれより遥かに厄介なことになる。

 

 俺を庇おうとした一瞬に、二人が攻撃を受けるかもしれない。それが分からないほど馬鹿じゃないつもりだ。

 

「……分かった」

 

 まどかが顔を上げる。

 

「俺は行かない」

 

 ほむらの肩から少しだけ力が抜け、まどかも安心したように息を吐いた。その顔を見て、胸の奥が妙に痛んだ。

 

 悔しかった。二人が間違ったことを言っているなら、もっと簡単だった。いくらでも言い返せるし、最後には無理やりついていくことだってできたかもしれない。けれど、二人は正しい。そして何より、俺が一緒に行かないことで、少なくとも二人の負担は減る。

 

 誰かを助けるために危険な場所へ飛び込むのは、今まで何度もやってきた。その反対が、こんなに難しいとは思わなかった。

 

「……忘れ物、ないか?」

 

 少しして俺が尋ねると、ほむらはまた鞄を見下ろした。

 

「はい。多分……あっ、いえ。ちゃんと確認しました」

 

「また多分って言ったぞ」

 

「す、すみません」

 

「いいって。ちゃんと分かってるなら」

 

 俺が笑うと、ほむらも少しだけ口元を緩めた。その手はまだ震えていたが、もう指摘しなかった。

 

「……頼むぞ、ほむら。お前もちゃんと帰ってこいよ」

 

 ほむらが目を見開き、それからゆっくり頷いた。

 

「……はい。鹿目さんと一緒に、帰ってきます」

 

 まどかも俺を見た。

 

「マギカちゃん。帰ってきたら、またお話ししようね」

 

「……ああ」

 

「二人で、ちゃんと帰ってくるから」

 

 俺は頷きかけて、途中で口を開いた。

 

「……無理して勝とうとすんなよ。本当に駄目だと思ったら逃げろ。あいつを倒すことより、自分たちが生きて帰ることを優先してくれ」

 

 まどかの表情が変わり、ほむらもこちらを見た。

 

 言った自分でも少し驚いている。あれだけワルプルギスを倒そうとしてきたのに、今は逃げろと言っているのだから。

 

「……約束してくれ」

 

 まどかはすぐには答えなかった。ほむらと顔を見合わせてから、俺へ向き直る。

 

「……うん。無茶はしないよ」

 

「私も、危険だと思ったら撤退を考えます」

 

 ほむらも続けた。

 

 絶対に守れる約束ではない。それでも、俺は二人の言葉を信じることにした。

 

「……じゃあ、行ってこい」

 

「行ってくるね」

 

「行ってきます、マギカさん」

 

 二人を玄関まで見送る。扉が開いた途端、廊下の向こうから風が吹き込み、まどかの髪が大きく揺れた。ほむらは眼鏡を押さえながら一度こちらを振り返り、小さく手を振ったので、俺も片手を上げて返した。

 

 二人の姿が見えなくなるまで、その場を動かなかった。

 

 ◇

 

――鹿目まどか視点

 

 ワルプルギスの夜は、結界の中にはいなかった。

 

 見滝原の上空を覆う雲が大きく渦を巻き、その中心から巨大な影がゆっくり姿を現していた。歯車と人形が入り混じり、上下が逆さまになったような身体が、建物よりもずっと高いところに浮かんでいる。風に巻き上げられた看板や瓦礫が周囲を舞い、その大きさを嫌でも思い知らされた。

 

 遠くから甲高い笑い声が聞こえた。風の音に紛れてしまいそうなのに、不思議とはっきり聞こえる。

 

「……あれが」

 

 私は思わず足を止めた。

 

 何度も話を聞いていた。強い魔女だということも、前にみんなが戦って、それでも倒せなかったということも知っている。でも、実物を目の前にすると、思っていたよりずっと大きかった。あんなものと、二人で戦うのだ。

 

「……鹿目さん」

 

 隣でほむらちゃんが盾を構えた。

 

「行きましょう」

 

「……うん」

 

 私も弓を出し、空を見上げた。

 

 最初に動いたのは、ほむらちゃんだった。

 

 盾へ手を掛けた途端、隣にいた姿が消えた。次に見えた時には少し離れた建物の屋上へ移っていて、そこからもう一度姿を消し、また別の位置に現れた。途中の動きは私には分からないけれど、あらかじめ決めていた場所へ爆発物を運んでいるのだと思う。

 

 何度目かに姿を現したほむらちゃんが、こちらへ手を振った。私も弓を構え、狙いを定める。

 

「鹿目さん、離れてください!」

 

「分かった!」

 

 建物の陰へ身を引いた直後、上空で幾つもの爆発が起きた。耳を塞ぎたくなるような轟音が続き、巨大な魔女の周囲へ黒い煙が広がる。衝撃で歯車の一部が揺れ、ワルプルギスの身体がわずかに傾いた。

 

 私はその隙間を狙い、矢を放った。桃色の光が空を走り、煙の向こうへ突き刺さる。

 

「……当たった!」

 

 思わず声が出た。

 

 けれど、ほむらちゃんは笑わなかった。

 

「鹿目さん、まだです!」

 

 言われて空を見ると、爆煙が風に流れ、その向こうから巨大な影が現れた。

 

 ワルプルギスの夜は、まだ浮かんでいた。

 

 身体の向きは少し変わっている。けれど、倒れる気配はない。あれだけの爆発を受けたはずなのに、甲高い笑い声さえ途切れていなかった。

 

「……そんな」

 

 私が呟いた時、ほむらちゃんはすでに次の武器を取り出していた。

 

 拳銃だった。何発か続けて撃つと、乾いた銃声が響いた。弾が巨大な身体へ当たったのかどうかさえ、ここからではよく分からない。少なくとも、ワルプルギスの動きに変化は見られなかった。

 

 ほむらちゃんはすぐに拳銃を下ろした。

 

「……やっぱり、これでは」

 

 悔しそうな声だった。

 

 私ももう一度弓を引いた。放った矢はワルプルギスへ届いたけれど、先ほどと同じように身体がわずかに揺れただけで、すぐ元の位置へ戻ってしまう。

 

 攻撃は当たっている。それなのに、倒せる気がしなかった。

 

「ほむらちゃん、次は……」

 

 そう言いかけた時、空から大きな音がした。

 

 ワルプルギスの周囲で、建物の残骸がゆっくり持ち上がっていた。さっきまで地面にあったものまで次々に浮き上がり、こちらへ向きを変えていく。

 

「鹿目さん、危ない!」

 

 ほむらちゃんがこちらへ走ってくる。私は矢をつがえたまま振り返ったが、もう新しく撃つ余裕はなかった。

 

 空から、巨大な瓦礫が落ちてくる。

 

「手を!」

 

 ほむらちゃんが叫んだ。

 

 私は反射的に左手を伸ばし、その手をほむらちゃんが強く掴んだ。直後、景色の動きが止まった。

 

 空中の瓦礫も、舞い上がった砂埃も、全部がその場に留まっている。さっきまで荒れ狂っていた風も止まり、急に静まり返った街の中で、私とほむらちゃんだけが動いていた。

 

「こっちです!」

 

 手を引かれ、私は建物の陰へ走った。足元には砕けたコンクリートが転がり、ところどころアスファルトもめくれている。走りにくい場所だったけれど、ほむらちゃんは立ち止まらず、何度も後ろを振り返りながら私を引っ張ってくれた。

 

「……ここなら!」

 

 壁の陰へ入ると、ほむらちゃんは私の手を離し、盾へ触れた。

 

 時間が動き出した途端、すぐ近くで轟音が響いた。さっきまで私たちが立っていた場所へ瓦礫が落下し、道路が大きく抉れる。砕けた破片が建物の壁へ叩きつけられ、遅れて細かい砂埃がこちらまで流れてきた。

 

「……ありがとう、ほむらちゃん」

 

「い、いえ。間に合ってよかったです」

 

 ほむらちゃんは息を切らしながら答えた。

 

 さっき爆発物を配置する時にも、何度も時間を止めていた。さらに私をここまで運んでくれたのだから、疲れていないわけがない。眼鏡の位置を直そうとした指が、途中で止まっているのも気になった。

 

「少し休もう?」

 

「……でも」

 

「私も、まだ戦えるから」

 

 ほむらちゃんは迷ったように空を見上げた。ワルプルギスの夜は、ゆっくりこちらへ近づいている。こうして話している間にも距離が縮まっているのが分かる。

 

「……分かりました。少しだけ、お願いします」

 

 私は頷き、建物の陰から弓を構えた。

 

 ◇

 

 それから何度も攻撃した。

 

 ほむらちゃんが時間停止で爆発物を配置し、私がその隙を狙って矢を放つ。飛んでくる瓦礫にはできるだけ私が対応し、間に合わない時だけ、ほむらちゃんに時間を止めてもらった。途中からは声を掛け合わなくても、どちらが先に動くべきか分かる時もあった。

 

 少しずつ、二人で戦うことに慣れてきたのだと思う。

 

 ほむらちゃんが次にどこへ移動するか、何となく分かる時もあった。私が弓を構えれば、射線を塞がない位置へ動いてくれるし、危険な攻撃が来た時も、互いに声をかけ合って避けられた。

 

 でも、ワルプルギスの夜は倒れなかった。

 

 爆弾が命中しても、拳銃で撃っても、ほとんど変化がない。私の矢で瓦礫を砕けば、その間は本体を攻撃できないし、ほむらちゃんが私を助けに来れば、爆発物を仕掛ける時間がなくなってしまう。何度も同じことを繰り返しているうちに、準備してきた武器だけが少しずつ減っていった。

 

 マミさんがいた時は、リボンで瓦礫を止めてくれた。杏子ちゃんがいれば、前へ出て攻撃を引きつけてくれた。さやかちゃんもマギカちゃんも、いつも誰かが私たちの届かない場所を補ってくれていた。

 

 今は、そこに誰もいない。

 

「……ほむらちゃん!」

 

 飛んできた瓦礫へ矢を放ちながら叫ぶ。

 

「右側から来るよ!」

 

「はい!」

 

 ほむらちゃんが盾へ手を掛け、姿を消した。次に現れた時には瓦礫の進路から離れた場所に立っていたけれど、着地した足が少しもつれた。

 

「……っ」

 

「ほむらちゃん、大丈夫?」

 

「はい。まだ……大丈夫です」

 

 ほむらちゃんはすぐに姿勢を立て直したが、さっきから呼吸が荒くなっている。眼鏡を直す指も少し震えていた。

 

 私は弓を握り直し、ほむらちゃんより一歩前へ出る。

 

「今度は私が守るから、少しだけ休んで」

 

「でも、鹿目さんが……」

 

「大丈夫。危なくなったら呼ぶから。ほむらちゃんが動けなくなったら、私だって困るよ」

 

 そう言うと、ほむらちゃんは一度口を閉じた。少し迷っていたけれど、最後には小さく頷いてくれた。

 

「……お願いします」

 

 私は空を見上げた。ワルプルギスの周囲では、新しい瓦礫が持ち上がっている。すぐに弓を引き、こちらへ向かってくる大きな破片を撃ち砕いた。

 

 今までマミさんがしてくれていたことを、全部一人でできるわけじゃない。ほむらちゃんが次の爆発物を取り出すまで、私はもう一度弓を構えた。あの魔女を倒す方法は、まだ見つかっていない。

 

 ◇

 

――マギカ視点

 

 遠くの空で、何度目かの爆発が起きた。

 

 ほむらのマンションでじっとしていられず、気づけば近くの建物の陰まで出てきていた。ここから戦場まではまだ距離がある。二人との約束を破るつもりはなかったが、せめて空の様子くらいは確かめたかった。

 

 ほむらのマンションから少し離れた場所で、俺は風に煽られながら空を見上げていた。周囲には避難を終えたらしい建物が並び、道路にもほとんど人が残っていない。時折、強い風に飛ばされた葉や紙切れが足元を通り過ぎていく。

 

 空の向こうには、巨大な影が見えた。

 

 ワルプルギスの夜。ここからでも、あいつの大きさは分かる。

 

 時折、爆発の光が雲を照らし、その少し後に鈍い音が届いた。桃色の光が空へ伸びることもあるが、まどかとほむら本人の姿までは見えない。何の攻撃が来て、二人がどう避けているのか。何度時間を止め、どのくらい魔力を使ったのか。それは、ここからでは何も分からなかった。

 

「……くそ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 あそこへ行けば、何かできるんじゃないか。もう少し近づけば、二人の状況くらいは分かるんじゃないか。さっきから、そんな考えばかり浮かんでくる。

 

 俺は足を一歩踏み出しかけて、止まった。

 

 行かないと決めた。二人に頼まれて、俺も納得して残ったはずだった。それなのに遠くで爆発が起きるたび、身体が勝手に前へ出ようとする。

 

 もし今、あの二人が危ない目に遭っているなら。そう考えるだけで、胸の奥が落ち着かなかった。

 

 でも、俺が行けば二人は俺を守ろうとする。ほむらは時間を止めて助けに来るだろうし、まどかも攻撃を中断して俺の方へ来るかもしれない。それで二人が傷ついたら、何のために行ったのか分からない。

 

「……分かってるよ」

 

 誰に言うでもなく呟いた。

 

 握りしめていた拳を開き、もう一度空を見る。遠くで桃色の光が走り、その後に爆発音が響いた。

 

 少なくとも、まだ二人は戦っている。

 

 俺はそれだけを確かめ、風に背を向けて物陰へ戻った。ここから先へは行かない。どんなに気になっても、二人の邪魔になることだけはしたくなかった。

 

 それが、今の俺にできることだった。

 

 ◇

 

――鹿目まどか視点

 

 戦いが始まってから、どれくらい経ったのだろう。

 

 最初はあんなにたくさんあったほむらちゃんの爆発物も、残りが少なくなっていた。私のソウルジェムにも濁りが増え、弓を引くたびに少しずつ身体が重くなっていく。風に煽られた髪が何度も顔へ掛かり、振り払う余裕もなくなっていた。

 

 それでも、ワルプルギスの夜は空に浮かんでいた。

 

 攻撃を受けた場所には傷らしいものも見える。だから、全く効いていないわけではないのだと思う。けれど、あの巨大な身体を止めるには全然足りなかった。

 

「……鹿目さん」

 

 ほむらちゃんが隣へ来た。

 

「まだ、戦えますか?」

 

 私はその顔を見る。ほむらちゃんの息は荒く、鞄から次の爆発物を取り出す手つきも、最初の頃よりずっと遅くなっていた。ついさっきまで私に休むように言われていたのに、もう次の爆発物を取り出そうとしていた。

 

「……うん。でも、ほむらちゃんも無理しないでね」

 

「私は……」

 

 ほむらちゃんが言いかけて、口を閉じた。そのまま空を見上げると、ワルプルギスの夜がまた甲高い笑い声を響かせた。

 

「……怖いですね」

 

 ほむらちゃんが小さく呟いた。

 

「うん」

 

「前にも戦ったのに……どれくらい強いのか、分かっていたはずなのに。ちゃんと準備してきたつもりだったのに……」

 

 ほむらちゃんの声が少し掠れた。

 

 私は何も返せなかった。準備した武器も、何度も書き直した作戦も、全部あの魔女を倒すためのものだったのに、目の前のワルプルギスはまだ倒れていない。

 

「……ほむらちゃん」

 

「はい」

 

「私、ほむらちゃんと一緒に戦えてよかったよ」

 

 ほむらちゃんがこちらを見る。

 

「え……?」

 

「一人だったら、たぶんもうどうしたらいいか分からなくなってたと思う。怖いし、全然倒せないし……。でも、ほむらちゃんがいてくれるから、まだ頑張れる」

 

 そう言うと、ほむらちゃんはしばらく黙っていた。何か言おうとして口を開いたものの、すぐには言葉が出てこないらしい。ようやく眼鏡を押し上げ、小さく頷いた。

 

「……私もです。鹿目さんがいてくれるから、ここまで戦えました。私一人だったら、もっと早く……」

 

 そこまで言って、ほむらちゃんは首を振った。

 

「……いえ。まだ、終わっていませんよね」

 

「うん」

 

 私は頷いた。

 

 ほむらちゃんは鞄からノートを取り出し、最後に残していた作戦のページを開いた。何度も読み返したのだろう。紙の端が少し折れ、いくつかの行には赤い線が引かれていた。

 

「もう一度だけ、試したい方法があります」

 

 それは出発前に何度も確認していた作戦だった。残った爆発物をまとめて使い、ワルプルギスの動きを少しでも止める。その隙に私が、できる限り魔力を込めた矢を放つ。

 

 上手くいくかどうかは分からない。今までの攻撃がほとんど通用していない以上、これでも倒せない可能性の方が高かった。

 

「……ほむらちゃん。これで駄目だったら、どうする?」

 

 ほむらちゃんの手が止まった。

 

 しばらく黙ってから、私の顔を見る。

 

「……撤退します」

 

「うん」

 

「マギカさんとも、約束しましたから」

 

 私は小さく頷いた。

 

 ほむらちゃんはノートを閉じ、残った爆発物を確かめる。それから、私へ手を差し出した。

 

「……鹿目さん。もう一度だけ、お願いします」

 

 私はその手を握った。

 

「うん。一緒にやろう、ほむらちゃん」

 

 遠くで、ワルプルギスの笑い声が響いた。強い風が二人の間を吹き抜け、ほむらちゃんの三つ編みが肩の上で揺れる。

 

 握った手の温かさを確かめるように、私は少しだけ力を込めた。

 

 ほむらちゃんが盾へ手を伸ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

目が覚めたら、『まどマギ』の美樹さやかの姉だった…(作者:黒い魔女)(原作:魔法少女まどか☆マギカ)

『魔法少女まどか☆マギカ』を見た後に目が覚めたらまどマギ世界だった少女の話。▼おまけに妹は美樹さやかだった。


総合評価:1069/評価:8.53/連載:5話/更新日時:2026年11月08日(日) 02:03 小説情報

環いろはになっちゃった人の話(作者:憑依大好き侍)(原作:魔法少女まどか☆マギカ)

いや環いろはって誰ぇ!?


総合評価:3433/評価:8.88/連載:5話/更新日時:2026年10月21日(水) 02:54 小説情報

僕と契約してお嫁さんになってよ!(作者:ゆでたまごやき)(原作:魔法少女まどか☆マギカ)

これは暁美ほむらに一目惚れしたキュゥべえがほむらを娶る為に奔走するお話。


総合評価:1414/評価:8.93/連載:11話/更新日時:2026年11月02日(月) 17:26 小説情報

魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ(作者:折無堂)(原作:魔法少女まどか☆マギカ)

※原作大幅改変IFです。▼「キュゥべえが善良になった」のではなく、▼「キュゥべえが従来の魔法少女システムを非効率だと判断したら」▼という前提で進みます。▼キュゥべえの行動原理、魔法少女システム、魔女などについて独自解釈・独自設定を多く含みます。▼※TVアニメ版を前提としたIF作品です。▼『[新編]叛逆の物語』の改変・派生作品ではありません。▼――――――――…


総合評価:1635/評価:8.81/完結:35話/更新日時:2026年09月24日(木) 21:53 小説情報

TS憑依転生強化さやかちゃん(作者:愛しのマルゲリータ)(原作:魔法少女まどか☆マギカ)

▼映画館から家に帰る途中、不慮の事故に巻き込まれて死んでしまった俺の転生先は……まさかの美樹さやかだった。


総合評価:6015/評価:8.34/短編:7話/更新日時:2026年10月02日(金) 19:14 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>