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まだまだ至らないことも多いですが、見守っていただけたら幸いです。
魔法少女になった。問題は、魔法少女として何ができるのかまったく分からないことだった。
「変身……でいいんだよな?」
人気のない河川敷まで移動して、手の中のソウルジェムを眺める。街灯から少し離れた場所で、銀色の宝石だけが淡く光っていた。
アニメでは何度も見た。ソウルジェムが光って、服が変わって、武器が出てくる。見慣れた光景ではあるけど、見たことがあるのと自分でやるのは別問題だ。しかも説明書はない。キュゥべえも「使えば分かると思うよ」で終わらせた。
本当に雑だな、あいつ。
「念じればいいのか……?」
とりあえず目を閉じる。魔法少女になる。戦える姿になる。今までの自分とは違う、魔法を使える自分。
そう意識した瞬間、握ったソウルジェムから銀色の光が溢れた。
「うおっ……!?」
身体が一気に軽くなる。制服の感触が消れ、代わりに別の布地が肌を包む。足元から頭まで魔力が駆け抜けていくような妙な感覚がして、最後に右手へずしりとした重みが生まれた。
光が消れ、恐る恐る目を開ける。
まず服が変わっていた。黒と銀を基調にした衣装で、制服より身体に沿っているのに動きづらさはなく、むしろさっきまでよりずっと軽い。露出もそこまで多くないのはありがたい。
魔法少女だからって、全員フリフリになるわけじゃないらしい。
「……で」
問題は右手だった。
握っていたのは、一振りの日本刀。
「…………刀?」
鞘まで含めればそこそこの長さがある。試しに抜いてみると、夜の街灯を反射して銀色の刀身が姿を見せた。
「いや……格好いいけどさ」
願いは『誰かの代わりになれる存在になりたい』。そこからどういう経路を通れば日本刀が生えてくるんだよ。
「前世の趣味まで反映されてないよな……?」
嫌でも某死神漫画が頭をよぎる。魔法少女になって最初に出てきた武器が刀って、俺の前世を知ってる何者かが狙ってやってない?
いや、さすがにそこまで都合のいい話では――。
「……ん?」
刀身を見て、言葉が止まった。
異常なほど磨かれている。刃物というより、鏡に近い。
そこに、銀髪の少女が映っていた。
「…………」
俺だ。
長い銀髪。まだ見慣れない少女の顔。それに今は、昨日まで着たこともない魔法少女の衣装まで加わっている。
昨日から鏡を見るたびに同じことを思っているけど、やっぱりまだ他人みたいだった。頭の中で自分の顔を思い浮かべようとすると、前世の男の顔が先に出てくる。でも刀に映っているのは、この少女だ。
「……これが、今の俺か」
呟きながら刀身へ手を伸ばす。当然、映った少女も同じように手を動かした。当たり前だ。自分なんだから。
考えても急に男へ戻れるわけじゃない。今は能力確認の方が重要だ。
刀を軽く振ってみる。
「うおっ」
思っていたより速い。腕に力を入れたつもりはないのに、刃が空気を切る音がした。身体そのものも明らかに強化されていて、少し走ってみれば昼間までとは比較にならない速度で地面を蹴れた。
「すげえな……」
魔法少女になったという実感が、ようやく少し湧いてきた。
ただし、武器を持ったからといって剣術経験まで生えてくるわけではない。適当に構えてみる。たぶん違う。両手で持ち直してみても、やっぱり何か違う気がする。
アニメや漫画で見た格好いい構えならいくつも思い浮かぶけど、あれを現実で真似して使える保証はない。
「刀を持ったからって剣豪になるわけじゃねえもんな……」
当然の事実だった。
身体能力が上がっただけでも、昨日の使い魔相手なら多少は抵抗できると思う。でも、魔女相手に適当に刀を振り回して勝てるほど甘くはないだろう。練習は必要だ。
それと、もう一つ。
「俺の願い由来の魔法は?」
刀を呼び出すのが固有能力とは思えない。マミさんならリボン、ほむらなら時間停止。願いから生まれた何かが、俺にもあるはずだ。
誰かの代わりになれる存在。
改めて考えると、自分で願っておいてかなり曖昧だ。
「変身とか?」
まどかの姿を思い浮かべてみる。何も起きない。
「コピー?」
マミさんのマスケット銃を思い浮かべる。それでも何も出ない。
「身代わり……は試しようがないな」
一人で首を傾げる。願いを言葉通り受け取るなら、誰かの姿になるとか、その人の能力を使えるとか、そういうものを想像していた。
でも、何となく違う。何か引っかかる。
俺はもう一度、鏡のような刀身を見た。映っているのは、魔法少女になった自分だ。
「…………」
そういえば、この姿を学校で見せるわけにはいかないな。
まどかもマミさんも、俺が魔法少女になったことをまだ知らない。別に隠す必要が絶対にあるわけじゃないけど、これから何をするにしても「田中」と魔法少女としての俺が同一人物だと最初から知られているのは面倒だった。
特に俺には、原作知識がある。まどかの未来を知っていることも、ほむらが時間を巻き戻すことも、円環の理についても。そして、最終的にはまどかの代わりになるつもりだということも。
誰にも言うつもりはない。
なら。
「魔法少女の時だけ、別人になればいいのか」
口に出してみる。
自分でも、いかにも秘密のヒーローっぽい発想だと思う。学校では田中。魔法少女として活動する時は別人。顔を隠す。声も少し変える。普段とは雰囲気も変えて、余計なことは喋らない。
正体不明の魔法少女。
「……ちょっとくらい格好つけてもいいよな」
誰も見てないし。どうせやるなら徹底した方がいい。
俺は目を閉じた。
今の俺は田中じゃない。学校へ通っている銀髪の転校生でもない。静かで、落ち着いていて、必要以上のことは話さない、別の魔法少女。
俺とは違う誰か。
「俺は……田中じゃない」
その瞬間、ソウルジェムが脈打った。
「え?」
銀色の魔力が顔の周囲へ集まり、何かを形作っていく。思わず目を閉じ、もう一度開いた時には視界の端に銀色の縁が見えていた。
顔へ手を当てる。
硬い。
「……仮面?」
刀身へ顔を映して確認すると、そこには顔の上半分を覆う銀色の仮面をつけた少女が立っていた。
「…………」
いや、出るんだ。
正体を隠したいとは思ったけど、そこまで分かりやすく秘密の魔法少女になるとは思わなかった。
「まあ……便利か」
顔を隠せるならありがたい。
試しに声を出してみる。
「声も……少し変わってる?」
普段より少し低く、落ち着いた声だった。
でも、一人称は変わらない。
「…………俺、か」
むしろ、変える気にならなかった。
学校では銀髪の女子中学生として目立たないように「私」を使っている。まだ慣れないけど、それでも田中として生活するなら、その方が自然だ。
なのに、この姿では「俺」の方が妙にしっくりくる。
「……まあ、そりゃそうか」
正体を隠すために雰囲気は変える。でも、誰も俺を田中だと知らないなら、わざわざ「私」を使う理由もない。
魔法少女の時くらい、好きに喋ればいい。
「悪くないな」
そう思った。この時は、本当にそれだけだった。
「なかなか興味深いね」
「うわっ!?」
思い切り振り返る。
少し離れた場所にキュゥべえが座っていた。
「お前いつからいた!?」
「少し前からだよ」
「またそれかよ!」
こいつ、本当に気配がない。
「君は随分変わった魔法の使い方をするんだね」
「分かるの?」
「願いによって生まれた力だということはね。ただ、具体的に何をしているのかまでは、僕にも分からない」
「契約した本人より分かってないじゃん」
「そういうこともあるよ」
「本当に説明書ないんだな……」
ため息をつきながら刀を肩へ担ごうとして、やめる。
正体不明で、落ち着いた魔法少女。俺とは別人。
……いや、別にキュゥべえ相手にまで演じる必要あるか?
「君が正体をばらしたくないのは分かったよ」
キュゥべえがこちらを見る。
「なら、偽名を使ったらどうかな?」
「親切丁寧にどうも」
「どういたしまして」
皮肉が通じない。
まあ、でも言っていること自体は正しい。田中と名乗ったら全部台無しだ。
魔法少女用の名前。
「名前か……」
何かそれっぽいものを考える。
銀髪だからシルバー。ない。
刀だからサムライ。もっとない。
適当に横文字をつけるのも中学生っぽすぎる。いや、見た目は中学生なんだから間違ってはいないけど、中身まで中二病を発症する必要はない。
何かないか。
魔法少女。
魔法少女まどか☆マギカ。
「…………」
その時、どうでもいい記憶が頭をよぎった。
前世で見た、ある芸人のまどマギ初見リアクション。
『てか、マギカって誰?』
「…………」
いや。
本当にマギカって何なんだろうな。今までタイトルとして普通に受け入れてたけど。
「決まったのかい?」
「ちょっと待て」
魔法少女。マギカ。
響きは悪くない。意味はよく分からない。
でも、偽名なんてそんなものでいいか。どうせ正体を隠すための名前だ。この姿の時だけ使う。田中とは別人として。
「……マギカ」
口にした。
その瞬間、手の中の刀が小さく震えた。
「…………」
気のせいか?
刀身を見る。鏡の中には、銀色の仮面をつけた少女がいる。
俺。
いや。
「俺の名前は、マギカ」
さっきより自然に言葉が出た。
胸の奥で何かが噛み合ったような、不思議な感覚がする。姿勢が自然と伸びて、刀を持つ手から余計な力が抜けた。
自分で作った設定のはずなのに、不思議なくらいしっくりくる。
「そう呼べ」
「分かったよ、マギカ」
「…………」
言われると結構恥ずかしいな。
なんだよマギカって。我ながら、もう少し考えろよ。でも、今さら「やっぱなし」と言うのも格好悪い。
マギカ。
魔法少女の時だけ使う偽名。それだけだ。
少なくとも、その時の俺はそう思っていた。
◇
能力確認は、その少し後に突然始まった。
「……キュゥべえ」
「なんだい?」
「これ、魔女の反応とか分かる?」
「近くに小さな結界があるね」
「…………」
一瞬、昨日の記憶が蘇った。
「魔女?」
「いや。たぶん使い魔だよ」
「使い魔でも結界作るの?」
「親の魔女から離れて長く活動している個体なら、ごく小規模なものを作ることはあるよ。魔女の結界ほど大きくも安定してもいないけれどね」
「へえ……」
知らなかった。
アニメで全部分かっているつもりだったけど、こういう細かいところまでは当然知らない。
「それで、その小さい結界は?」
「この先だよ」
「……危なくない?」
「使い魔が一体いる程度だと思うよ」
「昨日死にかけた相手なんだけど」
「でも今日は魔法少女だろう?」
「まあ、そうだけど……」
正論なのが腹立つ。
少し歩くと、空気が変わった。
「…………」
昨日ほど派手ではない。街全体が異世界へ塗り替えられたような感覚もなく、河川敷の一角だけが薄い膜で覆われたように歪んでいる。
草の色がおかしい。街灯の光が途中で曲がり、地面には意味の分からない模様がいくつか浮かんでいた。
「これか……」
一歩踏み込むと、景色が切り替わった。
狭い。
昨日の魔女の結界とは比べものにならない。せいぜい学校の教室を数個並べたくらいの空間しかなく、奥まで普通に見渡せる。
それでも、間違いなく結界だった。歪んだ地面、意味不明な記号、現実ではあり得ない色。
小さいイヌカレー空間。
「……ミニサイズでも十分気持ち悪いな」
「規模が小さいからね」
「気持ち悪さの話だよ」
その中央、暗がりから一体の使い魔が姿を現した。
親の魔女からはぐれた個体。昨日見たものとは少し形が違う。それでも、生理的に気持ち悪いという点だけは同じだった。
昨日なら全力で逃げていた。
今日は違う。
「……やってみるか」
刀を構える。
向こうもこちらへ気づいたらしい。使い魔が一気に距離を詰めてくる。
「速っ――」
横へ跳ぶ。身体はついてきた。そのまま刀を振る。
「っ!」
刃が使い魔の身体を掠める。浅い。
もう一度、今度は上から振り下ろす。
避けられた。
「くそっ……」
やっぱり刀を持っただけで剣豪になれるわけではなかった。身体能力は高いし、使い魔の動きも見える。でも、どう斬ればいいのか分からない。
素人が超人的な身体能力だけ手に入れた感じだ。
「危なっ!」
使い魔の攻撃を紙一重で避ける。
「随分落ち着いた魔法少女だったはずだけど」
「戦ってみたら無理だったんだよ!」
「そうなのかい?」
「実況するな!」
もういい。口調なんて後で考えよう。
問題はこいつだ。
「何かないのか……?」
俺の魔法。
誰かの代わりになる。
さっきは自分を別人だと思い込んだら、仮面が出て声まで変わった。
つまり。
「認識……?」
使い魔が再びこちらを見る。俺を狙っている。
だったら。
刀身を見る。鏡の中に自分が映る。
「俺は……そこにはいない」
強く意識する。
使い魔が見ている場所に、俺はいない。俺がいるのは――。
「……あっちだ」
少し離れた場所へ視線を向ける。
ほんの一瞬、銀色の魔力が揺れた。
次の瞬間、使い魔が俺から視線を外した。
「え?」
何もない場所へ向かって跳び、そのまま攻撃する。当然、そこには誰もいない。
「……マジか」
効いた。完全に隙ができている。
考えるより先に身体を動かし、背後から刀を振り下ろす。
今度は刃が深く入った。
使い魔の身体が崩れ、黒い塊になって消えていく。それに合わせるように周囲の結界にも亀裂が走った。
「おっ……」
歪んでいた景色が剥がれ落ちる。意味不明な模様も、異常な色も消え、数秒もしないうちに元の河川敷へ戻った。
「……結界も消えた」
「主がいなくなったからね。この程度の規模なら維持できないよ」
「…………」
勝った。
使い魔一匹。それだけ。
でも昨日は、その一匹にすら何もできなかった。
「今のは……」
刀を見る。
俺は何もない場所を「俺がいる場所」だと思わせた。少なくとも、使い魔にはそう認識された。
「催眠?」
「僕に聞かれても困るね」
「お前、本当に役に立たないな」
「契約に関しては役に立ったと思うけど」
「それ自分で言う?」
もう一度、さっきの感覚を思い返す。
俺はいない。別の場所にいる。
そう思っただけで、相手の認識がずれた。
「認識操作系……ってことか?」
悪くない。むしろかなり便利かもしれない。
敵から位置を誤認させられるなら戦闘にも使える。もっと発展させれば、自分を別人だと思わせることだってできるかもしれない。
俺が「田中ではない」と思った時に仮面や声まで変わったのも、たぶん同じ能力なんだろう。自分自身へ暗示をかけている。
そう考えれば説明はつく。
「なるほどな……」
刀身を見る。鏡の中では、仮面の少女が同じようにこちらを見返していた。
「田中の姿を隠して、相手の認識までずらせる。十分じゃん」
「満足したのかい?」
「今のところはな」
本当の能力が何なのかなんて、まだ分からない。でも、少なくとも使える。
それで十分だった。
「少しずつ試してみるか」
「そうするといいよ」
普段は田中。魔法少女として活動する時はマギカ。
学校では「私」。この姿では「俺」。
そうやって分ければいいだけだ。
変身を解く前に、もう一度だけ刀身を見る。銀色の仮面と長い髪を持つ少女が、鏡のような刀身の中から静かにこちらを見返している。
「マギカ、ねえ……」
口にすると、やっぱり少し気恥ずかしい。
でも、悪くない。
不思議と「俺」と名乗ることにも違和感がない。むしろ学校で「私」と言っている時より、少しだけ楽な気さえした。
「……まあ、偽名なんだけどな」
俺は刀を消し、変身を解いた。仮面が消え、魔法少女の衣装が制服へ戻っていく。
「……ふう」
自然と息が漏れた。
田中に戻った。
学校へ通う銀髪の女子中学生。人前では「私」と言って、昨日からこの世界で暮らし始めた人間。
こっちが本物。
マギカは偽物。
魔法少女として活動するためだけに作った、仮の名前と姿。それだけだ。
――そのはずだった。
「帰るか」
銀色のソウルジェムをポケットへしまい、夜の街へ歩き出す。
この時はまだ知らなかった。
適当につけただけの偽名が、田中ではない自分として作った名前が、これから何度も時間を越え、何度も「田中」をやり直すうちに、最後にはどちらが偽物だったのかすら分からなくなるほど自分の中へ残っていくことを。
――マギカ。
その名前が生まれた夜だった。
巷では、ほむさやが流行っているみたいですね…ムムム…