初めて頂いたので感動しています…( ;∀;)
これからも、他の方にも楽しんで頂けるように頑張ります!!
巴マミの家は、思っていたより普通だった。
一人暮らしの女子中学生が住むには少し広い気もするけれど、それ以外は本当に普通だ。綺麗に片付いた部屋に整えられた家具。テーブルには人数分の紅茶とケーキまで並んでいて、ついさっきまで魔女の結界で銃を撃ちまくっていた人の家とは思えない。
いや、家なんだから当たり前なんだけど。
「どうぞ。遠慮しないで」
「ありがとうございます」
ほむらが少し緊張した様子で頭を下げ、私もその隣へ腰を下ろす。向かいにはマミさん、その隣にはまどか。魔女の結界から戻ってきたばかりなのに、こうして紅茶を囲んで座っていると、さっきまでの出来事の方が夢だったように思えてくる。
「田中さん、紅茶大丈夫?」
「うん。ありがとう」
まどかがカップを少しこちらへ寄せてくれた。
「ケーキもマミさんが用意してくれたんだよ」
「鹿目さん、そんな大したものじゃないわよ」
「でも美味しいですよ」
「もう」
マミさんが少し照れたように笑う。
普通だ。本当に普通の中学生にしか見えない。少し前まで、その二人が魔女と戦っていたことを除けば。
「それじゃあ、まず今日のことから説明しましょうか」
マミさんが紅茶のカップを置くと、部屋の空気が少しだけ真面目なものへ変わった。
「あなたたちが迷い込んだ場所は、魔女の結界。魔女は普通の人には見えないけれど、人の心へ悪い影響を与えたり、事故や自殺へ誘導したりすることがあるの」
「そんな……」
ほむらの表情が強張る。
「さっき私たちを追いかけていたのは?」
「使い魔よ。魔女の手下のようなものね。魔女ほどではないけれど、普通の人には十分危険よ」
「……そうだったんですか」
私も一応頷いておく。全部知っているけれど、ここで妙に詳しい顔をする理由はない。
今の私は、魔女の結界へ巻き込まれて、途中ではぐれて、何とか無事に戻ってきた一般人の田中。少なくとも、この三人はそう思っている。
「それで、魔女と戦うのが私たち――」
「彼女たちは魔法少女だよ」
突然、すぐ後ろから声がした。
身体が固まる。
ゆっくり振り返ると、白い身体に長い耳、赤い目。一見すればかなり可愛く、ぬいぐるみと言われても通じそうな生き物が、当然のような顔でこちらを見上げていた。
「……出た」
「ん?」
そいつが首を傾げる。
来た。例の害獣。
いや、正確には本人に悪意があるわけじゃない。感情の作りが人間と違うだけで、こいつ自身は本気で合理的に行動している。それは知っている。
知っているけど、だから何だ。
魔法少女の仕組みも、ソウルジェムの正体も、最後に何が起きるのかも全部知った上で見れば、可愛いマスコット扱いする気には到底なれない。こいつの本性を知った上で純粋に「可愛い」と言える人間がいるなら、たぶん俺とは一生分かり合えない。
「君は僕を知っているのかい?」
「……いや。初めて見た」
危ない。普通に口へ出ていた。
「そうかい」
キュゥべえはそれ以上気にした様子もなく、尻尾を揺らす。
助かった。今の段階で「どうして僕を知っているんだい?」なんて詰められても、説明できるわけがない。
「キュゥべえも来たんだ」
まどかが嬉しそうに言う。
「うん。マミの話なら、僕もいた方が早いと思ってね」
何その参加理由。こいつ、本当にいつの間に入った。
「田中さんはキュゥべえを見るの初めてだよね?」
「うん」
初めてです。実物は。
画面越しなら嫌というほど見たけど。
「魔法少女と契約するのが、このキュゥべえよ」
マミさんが説明を続ける。
「僕は契約する少女の願いを一つ叶える。その代わりに、その子には魔法少女として魔女と戦ってもらうんだ」
キュゥべえが何でもないことのように言った。
願いを一つ叶える。その代わりに魔法少女になる。そこだけ聞けば、ものすごくお得な話だ。
「どんな願いでもいいんですか?」
ほむらが遠慮がちに尋ねる。
「君にそれを実現できるだけの素質があればね。願いの内容そのものに、僕から制限を設けることはほとんどないよ」
「そう……なんですか」
ほむらが考え込む。
俺は黙って紅茶を飲んだ。
今ここで「やめとけ」と言いたい。ものすごく言いたい。
でも理由を説明できない。ソウルジェムが魂そのものだとか、濁りきれば魔女になるとか、キュゥべえたちが何を目的に契約しているのかとか。長期欠席から復学したばかりのクラスメイトが、初対面の謎生物を前に突然そんな話を始めたら、俺の方が怖い。
「それでね」
まどかが少し身を乗り出した。
「田中さんとはぐれたあと、ほむらちゃんを助けてくれた魔法少女がいたんだよ」
「へえ……」
俺だよ。
「銀色の髪でね、仮面をつけてて、刀を使う子だったの」
「格好よかったです」
ほむらまで続ける。
「私のところまで来てくれて……あの人がいなかったら、たぶん」
「それはよかったね」
だから目の前にいるって。
なるべく普通の顔を作りながら紅茶を口へ運ぶ。味はちゃんと美味しいはずなのに、今だけはほとんど分からなかった。
「でも、かなり危なっかしかったわね」
マミさんが苦笑する。
「え?」
危うく素で反応した。
「刀を持っていたけれど、扱いには慣れていないみたいだったわ。身体能力そのものは高そうだったけれど、力に振り回されていたもの」
「ああ……」
全部見られてた。
「使い魔相手にもかなり苦戦してたよね」
「うん……」
まどかまで。
本人の前で本人の反省会を始めないでほしい。
「でも、ほむらちゃんを守ろうとしてたよ」
「はい」
ほむらが小さく頷く。
「知らない私を助けてくれました」
今度は別の意味で居心地が悪くなる。
失敗を語られるのも恥ずかしいけれど、褒められるのはもっと困る。仮面の向こうならまだしも、田中として正面から聞くと、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
「それにしても、不思議なのよね」
マミさんが顎へ指を添える。
「何がですか?」
なるべく普通に聞く。
「初めて会ったはずなのに、どこかで見たことがあるような気がして」
「学校とかじゃないですか?」
「そうかしら」
マミさんが私の顔を見る。
一秒。二秒。
思わず紅茶へ視線を落とした。
顔の上半分を仮面で隠していただけだし、髪の色も長さもほとんど同じ。むしろ、よく完全には気づかれなかったなと思うくらいだ。
それでもマミさんの中では、田中とあの魔法少女がどうしても一本に繋がっていないらしい。
「でも、あの子は見滝原中の制服じゃなかったし……」
「魔法少女の格好でしたからね」
「そうなのよね」
マミさんは納得しきれない顔をしていたが、それ以上は追及しなかった。
よし。セーフ。たぶん。
「名前も聞けなかったんだよ」
まどかが少し残念そうに言う。
「マミさんが聞こうとしたんだけど、行っちゃって」
「そうなんだ」
逃げました。
「また会えるでしょうか」
ほむらが尋ねる。
「魔法少女なら、同じ街で活動していれば可能性はあると思うわ」
「その時はちゃんとお礼を言いたいです」
「会えるといいね」
私が言う。
会おうと思えばいつでも会える。俺だから。
何だこれ。
昨日まで異世界転生だのTSだので頭を抱えていたのに、今日は自分自身の正体を隠しながら、自分自身の噂話を聞いている。状況が増えていく速度がおかしい。
「それで、魔法少女についてだけれど」
マミさんが話を戻した。
「魔女と戦えるのが、私たち魔法少女よ」
自分の指へ視線を落とす。
そこには指輪の形をしたソウルジェムがある。まどかも同じように自分の指輪を見せ、ほむらが興味深そうに覗き込んだ。
普通はああいう形なんだよな。
意識がポケットへ向く。そこには二つ繋がった、どう見ても普通ではない宝石が入っている。
出す気はない。絶対に。
「鹿目さんも……魔法少女だったんですね」
「うん。まだなったばかりなんだけど」
まどかが少し照れたように笑う。
「マミさんみたいには全然できないし」
「今日もちゃんと戦えていたでしょう? 十分よ」
「えへへ……」
褒められて、まどかが照れる。
その様子をほむらは眩しそうに見ていた。
ああ。やっぱり、ここなんだろうな。
学校では何をやっても上手くいかず、自分には何もないと思っていた少女の前に、自分を助けてくれた魔法少女がいる。強くて、優しくて、しかも本人はそれを大したことだと思っていない。
そりゃ憧れる。
ほむらにとって、この時のまどかは特別なんだから。
「鹿目さんは、何をお願いしたんですか?」
ほむらの問いに、まどかは少し驚いたあと、自分の指輪へ視線を落とした。
「私はね、猫を助けてもらったの」
「猫……?」
「うん。エイミーっていう黒い猫なんだけど、事故に遭ってたの。このままだと死んじゃうって思って……その時、キュゥべえがいたから」
まどかは少し困ったように笑う。
「他のことを考える余裕なんてなくて、『この子を助けて』ってお願いしたの。それで魔法少女になったんだ」
「そんな大事な願いを……」
「あ、でも後悔はしてないよ」
まどかが慌てたように手を振る。
「エイミーは助かったし、それに今は魔法少女になったおかげで、今日みたいに誰かを助けることもできるから」
そう言って笑った。
これが鹿目まどかだ。原作では知っていた。自分のことより、他人を先に考える少女。
でも本人の口から聞くと、印象が少し違う。立派というより、危なっかしい。目の前で誰かが困っていたら、自分に何が返ってくるのかを考えるより先に手を伸ばす。それを本人は特別なことだとも思っていないんだろう。
今ここにいるのは、死にかけていた猫を放っておけなかった普通の中学生だった。
「鹿目さんって、結構危なっかしいよね」
「え?」
口から出ていた。
「な、何が?」
「……なんでもない」
「ええ?」
まどかが困ったように笑う。
危ない。また余計なことを言った。
「マミさんは、ここに一人で?」
話題を変えるように部屋を見回す。
「ええ。今はね」
マミさんは一瞬だけ驚いたあと、いつもの柔らかい笑顔へ戻った。
綺麗に整えられた部屋。人数分きっちり用意された紅茶とケーキ。それに、誰かが来ていることを少し嬉しそうにしているマミさん。
知っていたはずなのに、実際に見ると分かりやすい。
「田中さん?」
「……ケーキ、美味しいです」
「本当?」
少しだけ表情が明るくなった。
「よかった。まだあるから、遠慮しないでね」
「はい」
それ以上は言わなかった。今は、それでいい。
話はその後、魔女や使い魔、それからグリーフシードについて続いていった。俺は知っている部分でも黙って聞き、まどかは時々説明を補い、ほむらは一つ一つ真剣に耳を傾けている。
キュゥべえも必要なところだけ淡々と説明していた。
そして何度か、こちらを見ている。
最初は気のせいだと思った。二度目も流した。
三度目でやめた。
正確には俺の顔ではなく、ポケットの辺りへ視線が落ちているように見えた。
「……何?」
小声で聞く。
「いや」
キュゥべえは首を傾げた。
「少し気になっただけだよ」
「何が?」
「今はいい」
何だ、その言い方。
ものすごく嫌だ。
けれど、まどかたちの前で追及するわけにもいかなかった。
ポケットの中の二連ソウルジェムへ、指先だけをそっと触れる。
やっぱり、こいつには聞かないといけない。俺がいつ契約したのか。何を願ったのか。どうしてソウルジェムが二つあるのか。そして、どうしてあの姿になった俺を誰も田中だと認識しなかったのか。
聞きたいことは山ほどある。
ただし、ここでは駄目だ。