「おい、害……じゃなくてキュゥべえ」
『何だい?』
「ちょっと来い」
『どこへ?』
「人のいないところ」
『どうしてだい?』
「いいから」
マミさんの家を出て、まどかたちと別れてしばらく。後ろをついてきていたキュゥべえを、そのまま人気のない路地へ連れ込んだ。字面だけ見ると、たぶん危ないのは俺の方だ。
「ここならいいか」
住宅街から少し外れた裏道。人通りはなく、家の窓からも見えにくい。念のため周囲をもう一度確認してから制服のポケットへ手を入れ、二つ繋がった宝石を取り出した。
掌へ載せると、淡い銀色を宿した片方と、その隣の空っぽな宝石が夕方の光を鈍く返す。二つは斜めに並び、細い銀色の枠で一つに繋がっていた。何度見ても変だ。片方には確かに何かがあるのに、もう片方は中身だけを抜かれた器みたいに沈黙している。
キュゥべえの赤い目が、わずかにそちらへ向いた。
「やっぱり、これソウルジェムなんだよな?」
『そうだね』
即答だった。そこは否定してくれないのか。
「じゃあ聞くけど。俺、契約した覚えないんだけど」
『そうなのかい?』
「そうなのかい、じゃない」
思わず声が大きくなり、すぐ周囲を見る。誰もいない。よし。
「お前と会った記憶もない。願いを叶えてもらった覚えもない。魔法少女になった記憶もない。それなのに、これがある」
二連ソウルジェムを軽く持ち上げる。
『うん』
「昨日、魔女の結界で追い詰められて、なんとかなれって念じたら変身した」
『見ていたよ』
「見てたの?」
『途中からだけどね』
「じゃあ余計に分かるだろ。おかしいんだよ」
キュゥべえは相変わらず、何の感情も読み取れない顔でこちらを見上げている。
「俺はいつ契約した?」
少しだけ間があった。
『少なくとも、その身体は魔法少女として成立しているよ』
予想していたような、していなかったような答えだった。
「その言い方、すげえ嫌なんだけど」
『どうしてだい?』
「俺じゃなくて、“その身体”って言っただろ」
『事実を正確に表現しただけだよ』
「だから、それが嫌なんだって」
しゃがみ込み、キュゥべえと目線を合わせる。
「俺は契約したのか?」
今度は聞き方を変えた。
キュゥべえはしばらく俺を見る。瞬きもせず、ただこちらを観察しているその顔は、やっぱり何を考えているのか分からない。
『君にはソウルジェムがある』
「ある」
『魔力も存在している』
「あるっぽい」
『変身もできた』
「できた」
そして、何でもない結論を述べるみたいに。
「だから、それがおかしいんだって」
やっぱり噛み合わない。俺が知りたいのは結果じゃない。そこへ至った理由だ。
「願いは?」
『願い?』
「魔法少女になったなら、何か願ったんだろ。俺は何を願った?」
キュゥべえの視線が二連ソウルジェムへ落ちる。銀色の側、空っぽの側。二つを順番に確認するように見たあと、少しだけ首を傾げた。
『それは、今の君から正確には確認できない』
「……は?」
思わず固まった。
「そんなことある?」
『珍しいね』
「珍しいで済ませるな」
こいつ、本当に便利な言葉として使ってないか。
『通常なら、契約によって生まれたソウルジェムと契約者の状態から、ある程度は判断できる。でも、君は通常とは少し違う』
「やっぱり?」
分かっていたけど、キュゥべえから言われると嫌な確定の仕方だった。
『まず、そのソウルジェムだ』
掌へ視線を落とす。
『本来、僕たちとの契約によって作られるソウルジェムは、一人につき一つだ』
「だよな」
『けれど君の場合、二つの器が繋がっている』
「器?」
『そう表現するのが一番近い』
キュゥべえは銀色の方へ視線を移す。
『こちらには明確な魔力反応がある。もう一方は、形としてはソウルジェムに近いのに、中身が存在していないように見える』
「空っぽ?」
『そうだね』
見た目からしてそうだった。それでも改めて言葉にされると、妙に背筋が寒くなる。空っぽなら、何のためにそこにある。
「じゃあ、銀色の方が俺のソウルジェム?」
『そう単純とも言い切れない』
「何で?」
『二つは分離していないからだよ』
細い銀色の枠へ目を落とす。確かに、最初から二つで一つの物体みたいに繋がっている。
『魔力の流れも完全に独立しているわけじゃない。少なくとも僕には、一人の契約者に対して二つの器が接続されているように見える』
「意味分からん……」
『僕にも珍しい状態だ』
「お前でも分からないのかよ」
『分からないこと自体は珍しくないよ。僕たちが把握している現象が、この宇宙の全てではないからね』
こういうところだけ妙に科学者っぽい。
「じゃあ、これが左胸に付くのは?」
自分の鎖骨の少し下を指す。
「変身すると小さくなって、二つともここに固定される」
『ソウルジェムの形態や装着位置が変化すること自体は、おかしなことではないよ。異常なのは、やはり二つ存在していることの方だね』
「そこは普通なんだ……」
胸の位置そのものは問題じゃない。問題なのは二つあることと、その片方が空っぽなことだ。
掌の宝石を見つめる。
原作知識が正しいなら、ソウルジェムはただの変身アイテムじゃない。
魂、そのものだ。
「これ、壊されたら俺も死ぬんだよな」
『そうだね』
軽い。回答が軽い。
「もう少し言い方ない?」
『事実を答えただけだけど』
「そうだけどさ……」
否定してほしかったわけじゃない。ただ、もう少しこう、人の魂なんだから何かあるだろと思う。
いや、こいつにその感覚を求める方が間違っているか。
「……両方とも俺の魂なの?」
キュゥべえは少しだけ黙った。
『それも、今の状態では断定できない』
「怖っ」
思わず本音が漏れた。
銀色だけ壊れたらどうなる。空っぽの方だけなら。二つとも壊れたら。何が本体なのか分からないまま、昨日はこれを左胸へ堂々と晒して戦っていたことになる。
「次から絶対守ろう……」
独り言みたいに呟いてから、もう一つの疑問を思い出す。
「それと。昨日、誰も俺だって気づかなかった」
『誰も?』
「暁美も、鹿目さんも、マミさんも。田中と俺――あの魔法少女を別人だと思ってる」
銀色の仮面を思い出す。
「顔は上半分しか隠れてないし、髪だって同じなのに」
『なるほど』
「変身に認識阻害でも付いてるの?」
『通常の魔法少女の変身に、そういった効果はないよ』
「だよな」
そこは原作知識と一致する。
「じゃあ、俺の魔法?」
『可能性はある』
「どういう?」
『君自身がまだ自分の魔法を理解していない以上、僕にも断定はできない。ただ、変身時に周囲の認識へ何らかの影響が出ている可能性は考えられるね』
認識。その言葉だけが妙に残った。
「俺を、別人だと思わせてる?」
『少なくとも、結果だけを見ればそうなる』
仮面。衣装。声の印象。変身すると少し落ち着く話し方。そこへ魔法まで重なっているなら、田中と結びつかないことにも一応説明はつく。
たぶん。
「じゃあ昨日の俺を見て、お前は田中だって分かった?」
何気なく聞いた。
キュゥべえは、すぐには答えなかった。
嫌な間だな。
『僕は人間とは認識の仕方が少し違うからね』
「答えになってない」
『君が同一の契約者に由来する存在であることは分かる』
「……由来する?」
また、妙な言い方をした。
『ただ、今こうして話している君と、ソウルジェムから読み取れる契約者の状態には、僅かな食い違いがある』
「…………は?」
今度は、さっきよりはっきり嫌な言葉だった。
「食い違いって何?」
『それが何を意味するのかまでは、まだ判断できない』
「記憶喪失とか?」
『それだけなら、もう少し単純だと思うよ』
「じゃあ何なんだよ」
『分からない』
「お前、今日そればっかりだな」
頭を抱える。
異世界転生。知らない少女の身体。身体だけが覚えている家や学校。両親らしき写真を見た時に、理由も分からず流れた涙。二つのソウルジェム。そして、契約者と今の俺の食い違い。
全部が繋がっているような気はする。でも肝心なところだけ、何一つ見えない。
「少なくとも、今すぐ俺がどうにかなるとかは?」
『今のところ、その兆候はないよ。君は問題なく活動しているし、魔力も使える。変身にも成功している』
「戦闘はボロボロだったけど」
『それは君の技術の問題だね』
「そこははっきり言うのな」
地味に傷つく。でも否定できない。
「……じゃあ結局」
二連ソウルジェムを持ち上げる。
「契約した記憶はない。願いも分からない。ソウルジェムは二つ。しかも、お前にも今の俺が何なのか完全には分からない」
『そうなるね』
「最悪だな」
『でも、一つだけ確かなことはあるよ』
「何?」
『君はもう魔法少女だ』
そこへ戻るのか。
しばらくキュゥべえを見つめる。こいつは冗談を言わない。だから余計に腹が立つ。
「……分かった」
二連ソウルジェムをポケットへ戻す。
何も分かってないけど、少なくとも今の状況だけは整理できた。
俺は魔法少女。理由は不明。願いも不明。自分の魂がどこに入っているのかすら不明。そして変身すれば、なぜか周囲から田中とは別人として認識される。
何一つすっきりしない。
「もう一個だけ」
『何だい?』
「今日の話」
キュゥべえを見る。
「鹿目さんたちには言わないで」
『君が、あの魔法少女だということを?』
「うん」
『どうしてだい?』
改めて聞かれると、立派な理由なんてなかった。最初は偶然だった。誰も気づかなかったから黙った。今さら「実は俺でした」と言うのも面倒だ。
ただ、それだけ。
「とりあえず、まだ俺自身が何なのか分かってないから」
『そうか』
「それに」
少し考えて、仮面を思い出す。
「せっかく誰も気づいてないなら、わざわざ言わなくてもいいかなって」
『僕にはその感覚は理解できないな』
「だろうな」
キュゥべえに背を向け、路地の外へ向かう。
結局、答えらしい答えはほとんど出なかった。契約した記憶はない。願いも分からない。二つあるソウルジェムの意味も、今の俺と契約者の間にあるという食い違いも、何一つ説明できない。
それでも、一つだけ決まったことがある。
まだ名前すらない。偶然から始まっただけの使い分け。
この時の俺は、それが何度も繰り返されて、いつか――
田中の下の名前が明かされることはあるのでしょうか…?
ほむら同様やや特殊な契約の為、キュウべえも確認がしづらくなってます。