メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第一話

 小雨降る闇夜、山門へと続く石段の入り口に座り私は待っていた。

 

 私を召喚した下種な魔術師の束縛を解き街を彷徨い、ようやくここへ辿り着いたがそろそろ限界だった。現界する為の依り代となるマスターが不在の影響で、自分の存在が薄くなっていくのを感じる。

 

 知識通りならあの男が来て助けてくれるはずだが、現実は都合よくはいかないようだ。私の運命を弄んでくれた神へ復讐をしたかったが残念だ――――そう思い諦めかけた時、傘をさした長身の男が歩いてくるのが見えた。

 

 その男は私の前に立つと黙って此方を見据えた。雨が降る夜に傘もささずびしょ濡れ。さらに纏う服は見慣れぬ異国の物で、髪色は紫に耳は物語に登場するエルフが如く尖っている。自分自身でも呆れるほどに怪しい。だと言うのに男は警戒する事無くただただ立っていた。

 

 お互いに相手を見るだけの時が過ぎる。

 

 目的の人物と出会えたと言うのに、私はすぐに言葉が出なかった。彼の纏う空気に気圧された訳でも、言うべき事を決めていなかった訳でもない。自ら選び決めた行動だと言うのに、今更ながら彼を巻き込んでいいのかと言う逡巡。自分の欲望の為に無関係な人間を危険に晒す事に躊躇いを覚えた。

 

 しかし私は自分の為に彼を巻き込む覚悟を決める。捨てられない願い。自らの欲望。そこに正義は無く、大儀も無い。それでも私は願いを捨てられない。けれどせめて真実を伝えておこう。

 

「私は人外の者。関われば死地へ赴く事となりましょう。その上で頼みます。私を助けて下さい」

 

 傘をさしたまま此方を見据えていた男、葛木宗一郎は悩む様子も無く返答してきた。感情を窺わせない平坦な声でたた一言――――わかった――――と。

 

 葛木宗一郎ならばそう答えるだろうと『知っていた』私は微かな罪悪感を感じる。この罪悪感を忘れぬように心しよう。欲望に囚われて自分を見失わない為に。私が私である為に。

 

「私の名はメディアと申します。マスター」

 

 さぁ始めましょう。私の聖杯戦争を。

 

 

 

 

 

 柳洞寺の葛木の自室に案内され、マスターとサーヴァントの主従契約を行い、その後に聖杯戦争について説明した。その間彼は一切口を挟む事無く、説明が終わってからも私の目的を聞く事も無かった。質問してきた内容は「私はどうすればいい」だけであった事に、知識で人柄を知っているとは言え驚いた。

 

「マスターは私が聖杯を求める理由を聞かないのですか?」

「聞く必要があれば聞こう。だがお前が言う必要が無いと思うなら、私から聞く気はない」

 

 あまりと言えばあまりの物言いにさすがに呆れてしまう。

 

「それで、今後どうする?」

 

 呆れる私を置いて話を進められ、慌てて考えていた戦略を話す。すると出会ってから初めて彼が悩んだ。とは言え慌てる様子は無く、発する言葉も平坦で悩んでいるのか疑問ではあるが。

 

「魔力とやらを集めるのに適した柳洞寺を拠点にするのは理解した。しかしその場合、寺に住む他の者に対してお前を連れてきて住まわせる理由を考える必要がある。親類と言えばよいか?」

「マスター、私の見た目ではそれは無理があると思います」

「ふむ。では婚約者という事にするのはどうだ?」

 

 腕を組み私を見る姿には、特別な感情が一切見受けられない。特に異性に興味を抱かれたいとは思わないが、興味の欠片も見受けられないのは多少プライドが傷つく。だから返答は少しトゲのある言い方になってしまった。

 

「マスターが良ければそれで構いません」

 

 異性として好きなわけではないけれど、扱いはちゃんとして欲しいと口調でアピールする自分の対応に内心で頭を抱える。これから英雄達が争う血みどろの戦争へと参加すると言うのに、私は一体何をやっているのか。

 

 目的の人物をマスターに出来て気が緩んでいるのを自覚する。反省を篭めて自分が何故ここに居るのか、英霊になる前の生きていた時の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 私は元々21世紀の日本に生きる一般人だった。スポーツやゲーム、マンガやアニメ等を娯楽にしつつ普通に生きるどこにでもいる平凡な一般人。

 

 それが気づけば神々が存在し、魔法がある異世界の国の王女に生まれ変わっていた。国の名をコルキスと言い、自分の名前はメディアだった。

 

 日本人としての記憶があった私は自らの境遇をすぐには受け入れられなかった。自分の常識とはかけ離れた世界に転生した上に、男から女になったのだから。

 

 だからか現実から逃げるように魔術の習得に勤しんだ。神々が使う魔法は人の身では扱えなかった為、魔法の下位互換とも言うべき人が扱える魔術を学んだ。本体を見た事はないが、女神ヘカテーが魔術の師であったからか魔法に近しいほどの魔術を習得する事が出来た。

 

 逃避で学んでいた魔術だったが、その腕前が一流になった頃にはメディアとしての自分を受け入れる事が出来た。魔術を修めてこの世界で生きる自信が持てたからかもしれない。しかし何よりも女神ヘカテーや家族が私に気を使い、優しくしてくれたからこそだろう。

 

 前向きになってからは王女としての作法や女性としての身嗜みを進んで勉強した。おかげで周りから立派な王女と褒められる事もあり、悪い気はしなかった。

 

 だがそんな平和な時間も終わりを向かえた。一人の男が王宮を尋ねて来たのだ。彼の名はイアソン。女神ヘラの加護がある野心もつ男性だった。

 

 そこから私の人生が狂う。王女の自分を受け入れはしたが、私は決して男性に恋心など持たなかった。しかしイアソンを加護する女神が私を洗脳し、彼の為に尽くすようにしたのだ。それからの私の人生は悲惨だった。イアソンの為に愛する弟を殺し、他国の王を謀略で殺し、彼に近寄る女性も殺した。そして最後はイアソンに裏切られ捨てられる。

 

 洗脳されてからの人生は悲惨なものだった。抗う事も出来ず、私は女神を恨みながら非業の死を遂げた。

 

 そんな死した私に何かが語りかけてきた。死の眠りの中にあった私は『ソレ』の誘いを受け、再び現世へと舞い戻る。舞い戻る過程で聖杯戦争に関する知識を与えられ思い出した。メディアになる前の世界に存在したFateと言うゲームやアニメ、小説の事を。

 

 現世へと戻った私は、令呪を持った魔術師を目の前にして決めた。聖杯を手に入れ、私の人生を弄んだ神へ復讐すると。

 

 

 

 

 

 マスターと打ち合わせをして今後の方針を決めた翌日、夜間にある場所へ向かっていた。目指す場所は言峰教会。第5次聖杯戦争の黒幕である男が居る場所。

 

 現代風の服装に身を包み、教会へ続く坂道を歩いて進む。動きやすさを優先してホットパンツに黒いニーソックス姿なのだけど……なんとなく遠坂凛と被っている気がする。あちらはスカートではあるのだけど。

 

「こんな夜更けに女の一人歩きは感心しねぇな」

 

 サーヴァントどころか魔術師にすら見えないような格好で歩いていると、頭上から男の声がした。声のした方向――電柱の上を見れば赤い槍を肩に乗せた男が居た。

 

「そうね。貴方のような女性への声の掛け方も知らない男に目をつけられるようですし」

「言ってくれるな。セイバーやアーチャーって訳じゃなさそうだ。ライダーって所か?」

 

 電柱から降りて槍を構える事無く、世間話をするかのようにランサーが問いかけてくる。歩く動作からセイバーやアーチャーではなく、会話したからバーサーカーではなく、あまりに堂々と歩いていたからかアサシンやキャスターでもなく、消去法でライダーだと思われたようだ。

 

 ここでランサーと出会う予定は無かったのだが、さてどうするか。

 

「そういう貴方はわかりやすいわね。ランサー。それで何用かしら?」

「ハッ、決まってんだろ。こうしてサーヴァント同士が出会ったんだ。やる事は一つだろうよ」

 

 殺る気満々のランサー。それに対し私は両手を動かし――

 

「降参するわ」

 

 ――白旗をあげた。

 

「ライダー、てめぇ何を考えてやがる」

 

 ギロリと睨まれ槍を構えられた。降参する前より、降参後の方が警戒を露にされる。さすがアイルランドの光の御子。警戒心だけの殺気ですら恐怖を感じる。本気で怖いので偽りではない本音を言いましょうか。

 

「貴方と戦う気はないわ。それと私はライダーではなくキャスターよ」

 

 戦う気はないと言ったのに構えを解かれない。これにはさすがに焦った。

 

「ちょ、ちょっとランサー、貴方、戦う気が無い女相手にやる気なの?」

「サーヴァントってのはそういうもんだろうが」

 

 よく見れば槍は構えたままではあるが、先程に比べ殺気が小さくなっていた。ついでに声音が不服だと言わんばかり。だと言うのに決して引こうとしない。

 

 あぁ、確かランサーは言峰の情報収集目的で令呪で『全てのサーヴァントと戦い、一度目は倒さずに生還しろ』と命令されていたのだったかしら? すると彼自身の意思では引くに引けないと。

 

 クー・フーリンと言えばヘラクレスにも劣らぬ大英雄。魔力が充実していて飛行状態からの大魔術を使えば、私でも何とか戦えるが『突き穿つ死翔の槍』を使われればきつい相手。手加減されていても戦いたくは無いけど仕方ない。

 

「ではランサー、あちらの墓地でやりましょうか」

 

 ため息混じりに教会へ向かう道をはずれ墓地へと向かう。おそらく近い未来にセイバーとバーサーカーが戦うであろう場所へと。

 

 

 

 

 

 ランサーと別れて教会前へと辿り着いた。

 

 折角戦ってあげたと言うのに、別れ際の青き槍兵はとても不服そうだった。簡単な攻撃魔術を一発だけ撃って降参したからだろうか。戦う前以上に私に不信な目を向け、気に食わないとはっきり言われた私こそ不服だ。令呪の縛りがあり全力を出せないくせに戦いたがる気持ちがわからない。

 

 教会の入り口の扉をゆっくりと開く。

 

 ランサーのマスターである人物に文句の一つも言いたいが、今回の目的を考えると気持ちを抑えなくてはいけない。気分を入れ替えるつもりで開いた扉から教会へと入る。

 

「これはこれは。まさか最初に我が教会を利用するのがサーヴァントとはな」

 

 出迎えてくれたのは黒い神父。元代行者にして人在らざる力を持った存在。

 

「何を求めてきたのかわからぬが歓迎しよう。我が教会はどのような者にも扉を開いている。それが例えサーヴァントだとしても」

 

 神父らしい口上ではあるが、裏を知っているだけに良く言うと感心してしまう。歓迎すると言うのは本心だろう。話す内に私の心の傷を切り開き、気に入れば好意として悪意を向けてくるのでしょう。そう分かっているので無視して一方的に此方の用件を伝える。

 

「ウルクの王に謁見しにきたのだけれど、彼の方はどこかしら?」

「ほう……」

 

 言峰の表情が見るからに変わる。驚きと言うよりは興味を持った感じか。

 

「残念ながらギルガメッシュは今は居ない」

「そう。なら少し待たせてもらいましょう」

 

 とぼけたり否定するかと思ったけど、あっさりと英雄王の事を認められて少しだけ驚いた。言峰綺礼はもっと腹黒いかと思っていたのだけど。彼と会話をする気はなかったが、つい聞いてしまう。

 

「英雄王の事をそんなに簡単に認めて良かったのかしら?」

「聞かれたから答えただけなのだが、何か問題があったかね」

 

 聞かれたから答えた。そのシンプルな返答に困惑してしまう。最後まで衛宮士郎や遠坂凛を騙していた腹黒い人物のイメージだったのだけど、私の思い込みだったのだろうか。

 

「此方からも質問があるのだが構わんかね?」

「どうぞ。答えるとは限らないけど」

「どのようにしてギルガメッシュの事を知った?」

「最初から知っていただけよ」

「なるほど。英霊に成るほどのキャスターと言うのは伊達ではないという事か」

 

 返答に納得した様子の言峰綺礼。私の事をキャスターと言ったのは彼らしくないミスに思える。今の所私をキャスターだと知っているのはランサーだけなので、自らランサーのマスターであると自白したようなものだ。もしかしたらミスではなく、私にバレていると考えて情報を出して反応を見る為かもしれない。

 

 気軽に話が出来る相手ではないと知ってはいるが、実際に話すと油断ならぬ人物だとよく分かる。

 

「悪いけど貴方と世間話をしにきた訳ではないの」

「ふむ、教会の家主として待ち人が来るまでの間の歓待をしたつもりだったのだが」

 

 白々しい。言峰綺礼がまともな善意で行動するはずがないではないか。彼のサーヴァントではあるが、自由に行動している英雄王が教会へ来るかも怪しい。それを伝えずにいるのは私から情報を引き出す為か、或いは愉悦の対象にでもされたか。

 

 ここに留まっていてはあまり良くない気がした。元々反英霊である私と、神の祝福の場である教会の相性は悪い。退出を決めたが、無駄に気分を害されたお礼に最後に皮肉を言う事にしよう。

 

「言峰綺礼、悪意を尊ぶ人間なんて珍しくもないわよ」

「何?」

「愛するが故に相手を害する。そんな物語は昔からいくらでもあるでしょう? それに好きだから意地悪をする。それは子供が行う純粋な好意。何も変な事ではないわね」

「キャスター、お前は好意による悪行を善しとすると言うのか」

「人の趣味嗜好はそれぞれと言っただけよ。行き過ぎれば問題でしょうけどね」

「……ふむ」

「存外、似た者は居るものよ」

 

 自分は他人とは違う。人が持つべき喜びを持っていない。と、自分の事を悪い意味で特別だと思っているはずの男に対する皮肉。お前は特別ではないと突きつける。

 

「今日は帰らせてもらうわね」

「そうか」

 

 背を向け出て行く私に掛けられた言葉は平常の声音だった。元から皮肉が通じるとは思っていなかったから予想通り。でも教会を跡にする寸前、予想外の出来事に驚いた。扉が閉まる前に聞こえた小さな一言に。

 

「感謝する」

 

 

 

 

 

 もう少しで教会の敷地から出るという時に突然の威圧を受ける。神々に匹敵するのではと思わされるような絶対者が発する気配。ソレを感じ動けぬ私の前に彼は現れた。

 

「雑種、綺礼が言う客人とは貴様の事か?」

 

 髪を下ろし現代風の衣服を纏う彼は、紛う事なき英雄王ギルガメッシュ。古代メソポタミアのウルク王朝の王にして人類最古の英雄。神に生み出され神を廃した断罪者。

 

「は、はい。ギルガメッシュ王へ謁見の栄誉を賜りたくお伺い致しました」

 

 間違いなく最強のサーヴァントの気分を害さぬよう、すぐさま跪く。

 

「珍しく綺礼めが指示をしてきたかと思えば、貴様のような雑種に会えとはな」

 

 いきなり英雄王が現れたのはあの外道神父の差し金であるらしい。感謝すると聞こえた気がしたが、これがあの男の感謝する気持ちの結果なのだろうか。正しくそうだと言い切れる気がする。帰る気満々で歩いていた為に動揺している今の私の心情を鑑みて。

 

 跪き下を向いたまま顔を上げずに耐える。臣下の礼を尽くし、英雄王から許可が出るまでは決して声を出さない。相対するだけでもランサー以上の恐怖を感じるが、必死に耐える。

 

「多少は身の程を知っているようだが」

 

 認めるような発言だが、それでも尚頭を上げない。コルキスの王宮で王女をやっていたのだ。するべき態度は良く知っている。

 

 私が臣下の礼を崩さずに居ると、英雄王がつまらなそうに「話せ」と呟く。その一言にホッと息を吐き、英雄王に会いに来た目的を果たす為、緊張を押さえ込みながら口を開く。

 

「まず、此度の聖杯戦争への参戦の許可を頂きに参りました」

「すでにサーヴァントとして召喚された貴様が、今更参戦の許可を我に求めると?」

「現界し陛下の存在を知れば、それが正しい行為であるかと存じます」

 

 英雄王ギルガメッシュ。古今東西の価値ある物は全てが自らの財産だと言って憚らない存在。その根源は、財宝だけではなく人も須らく自身の所有物で、その末裔である者達が生み出した物さえ自分の物だと思っているからだろう。

 

 故に冬木の聖杯さえも彼の所有物。ならば、それを巡る戦争に参加するのなら所有者である英雄王の許可を貰うべきである。

 

 物凄い我様理論に屈しているのは自覚しているけど、これは必須事項だと思っている。彼に許可を得なければ、無礼な敵対者として宝具の群れに串刺しにされる自信がある。私はとてもか弱いのだ。

 

 大体英雄王は格で言えば間違いなく神霊級だ。その彼が、神霊を呼べないはずの冬木の聖杯に何故呼ばれているのか。神々にすら喧嘩を売れる相手と戦うとか正気じゃない。ついでに言うとヘラクレスやメドゥーサも神格を持っているはずだ。ヘラクレスは生前出会った事があるが、Fateの内容を思い返すとかなり弱体化されている。その辺りが神霊すら呼べた理由かもしれない。

 

 威圧的なギルガメッシュのプレッシャーから逃避気味に思考していると、愉しそうな含みを持った声音で質問される。

 

「雑種、貴様が聖杯を求める理由は何だ?」

「神への復讐の為に」

 

 私が即答すると途端に強烈な威圧感が。あ、怖い。あまりの怖さに薄っすら涙が出てくる。私は前世が一般人だし、生前も王女であり魔術師だった。戦士系列の英霊ではない私には、この威圧はきつ過ぎる。

 

 しかしこの場で何もしないで居れば死ぬ予感しかしない。私は涙を堪えつつ必死に口を開いた。

 

「な、名乗りが遅くなった無礼をお許し下さい。私が名はメディア。生前はコルキスの王女でありました。此度の聖杯戦争ではキャスターのクラスで召喚されております」

 

 私は死の気配に押され混乱しつつ饒舌になっていく。

 

「生前の私は神に意志を弄ばれ、望まぬ行為の果てに死にました。ですから神への復讐を望んでおります」

「それは今が神居らぬ世と知っての事か?」

「だからこそ出来る復讐がございます」

 

 話していく内に感情が溢れてくる。それをあえて止めず、感情に流されるままに一番の目的を口に出した。

 

「陛下にもう一つお願いがございます。此度の聖杯戦争で、自由に行動する許可を頂きたいのです」

 

 本当は敵対しないで欲しいと言いたい。だけどそれは英雄王自身の行動を制限する事になる。それはさすがに出すぎた行為。なのでせめて自由に動いて良い裁可を得たい。それさえ得れば、万が一気分を害すような行為をしても敵対しないで済む可能性があるから。

 

 言うべき事を言い終わり、伏したまま英雄王の言葉を待つ。すると徐々に威圧が消えていき、静かな夜の気配だけが残った。

 

「臣下の礼を尽くす者を無碍にも出来ぬか。良いだろう。下らん争いに参加し自由に行動するがいい」

「あ、ありがとうございます」

 

 そう言って英雄王は私の横を通り過ぎ教会へと入って行った。彼が去った後も、私は恐怖と緊張から解放された安堵で暫くその場から動けなかった。

 

 けれど動けぬ私は心から笑う。完璧ではないとは言え、最大の障害が取り除かれたのだから。

 

 

 

 

 

 英雄王との謁見が終わり、私はルンルン気分で冬木の街を歩いていた。さすが神戸市をモデルにしただけはある。綺麗な夜景は私の心を豊かにしてくれそうだ。

 

「ここの設定も完了っと。ふふ、順調順調」

 

 晴れやかな気分で、周辺の人間から魔力を収集し柳洞寺へと送る魔術陣を刻んでいく。原作のメディアがやっていた物を街の各所――ではなく、ほぼ街全体に設置した。

 

 マスターが魔術師ではない私は、基本的に食事などの自然回復分しか魔力が補充されない。それではもしもの時に戦う事すら出来ない。なので一般人から魔力収集は必須である。柳洞寺の地脈の魔力は別の用途に使うしね。とは言え原作同様に昏睡事件でも起こせば、真っ先に赤い悪魔に目をつけられる。

 

 なので広く浅く、ちょっと疲れたかなぁ程度の魔力を奪うのだ。一般人の魂を傷つける気はないのです。念の為に未来ある子供や生い先短いお年寄り、生きる為に頑張ってる病人などからは収集しないようにしている。

 

 本来ならそんな方法では収集量が微々な量になる。しかし冬木市のモデルである神戸市の人口はなんと約150万人。冬木も当然同等の人口と考えて、それだけの人数から毎日集め続ければ馬鹿に出来ない量の魔力となる。

 

 真夜中にラフな格好で街を徘徊し魔術陣を設置していく。今の時期は冬木にいるサーヴァントはギルガメッシュ、ランサー、私だけなので気を張る必要も無い。

 

「ふっふ~ん♪」

 

 鼻歌交じりに市内中に陣の設置を済ませ、ついでとばかりに双子館で死にかけていた魔術師の治療をし、動けぬように仮死状態にしておいた。英霊を打倒するような余計なイレギュラーは御免です。

 

 

 

 気分よくやる事をやったと意気揚々と柳洞寺へ帰り、マスターと共用の自室へと入ると――――夜中の3時だと言うのにマスターが正座して待っていた。

 

「あの、マスター? 何故起きてらっしゃったのです?」

「お前が帰宅するまで門を開けておくように頼んだのでな。帰宅後すぐに閉じれるように起きていた」

「あ、そうですか……」

 

 そう言えば真夜中にもかかわらず山門は開いていた。明日、というか数時間後には教師として学校に行かねばならないだろうに。思わぬ所でマスターに迷惑をかけてしまう。

 

「お待たせして申し訳ありませんでした」

「気にするな。助力するといった以上、当然の事だろう」

 

 なんと誠実な人だろう。言ったからには守る。当たり前の事かもしれないが、ここまで徹底できる人は稀だろう。生前もマスターのような人が居れば、神の呪縛があったとしても――――と、無かった過去に思いを馳せても仕方ない。

 

「ではせめてもの恩返しに、朝になったら起こしましょう」

 

 サーヴァントたる我が身は睡眠も必要ない。寝たほうが精神的に良い事は良いのだが、今日くらいは我慢しよう。

 

 

 

 色々な事が上手く行き前向きな気持ちの私だったが、朝方にぐったりする事態に陥る。

 

「宗一郎兄の許婚ともあろう方が、夜間帰宅とは何事ですか! しかも紹介され寺へと住み込む初日に!」

「そ、その、慣れない街で迷子になっちゃって……」

「ならば連絡の一つでもして、迎えを待てばよかったでしょう」

「それは迷惑かなぁと……」

「その無駄な気遣いこそ迷惑です。貴方ではなく宗一郎兄の評判を悪くする行為に他なりません。それに宗一郎兄の為でしたら、この柳洞一成、女人を迎えに行く覚悟は十分あります」

 

 小姑な柳洞一成君に叱られるはめに……。

 

「聞いているのですか!」

「は、はいっ」

 

 その後、学校へ行く時間までたっぷりとお叱りを受けました。

 

 

 

 

 

 鬼の居ぬ間にと言う訳でもないが、昼間に認識阻害の魔術を使い寺の人達に警戒されぬように陣地構築を進める。私が使いやすいように魔力の流れを整理し、外敵用のトラップも仕込んでおく。

 

 一通り陣地作成が終わると、夜にするつもりだったアサシンの召喚を準備する。

 

「本当は夜の月光の魔力も利用して行うつもりだったのに」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら魔法陣を書き進める。昼間にアサシンを召喚するのは非常に不本意だ。しかし夜を待つとその前に小姑が帰ってくる。帰ってきたらきっと私に小言を言うに決まっている。それを聞いた後のイラついた気持ちでは、冷静に行う自信がない。

 

「正論でチクチク言われたら、弁解のしようもないじゃないの」

 

 マスターとは許婚の関係だとは言っても、それは仮の姿だ。だと言うのにあの小姑は! 許婚に相応しくない。大和撫子には程遠い。日本男児の鏡である宗一郎兄につりあわない。日本料理の一つも出来ぬのでしょう。などなど……チクチクチクチク責めてきた。

 

「料理の一つくらいできるわよっ!」

 

 絶品な料理は作れないが一応は作れる。卵焼きや味噌汁くらいは作れるはずだ。卵焼きが日本料理かは疑問だし、和食の基本らしい鰹節から出汁を取った味噌汁を作った事は無いが。

 

 憤りのままアサシン召喚を行った。原作どおりに山門を依り代とし聖杯の認識を誤魔化した。貴重な令呪は私の手元に来るように細工するのを忘れない。

 

 呪文を唱え、眩い光が消えると陣の上に一人の侍が立っていた。

 

「怪訝な呼びかけに応じてみれば、呼んだのは異国の女人か」

「初めまして、佐々木小次郎。召喚直後で申し訳ないけど、聖杯戦争についての知識はあるかしら?」

「うむ、聖杯、サーヴァント、マスターたる魔術師、それと今の時代の知識か。不思議なものだ。知らぬはずの事を知っているというのは」

 

 例外的な召喚なので少しだけ不安だったが問題ないようだ。無事小次郎を召喚できて、朝からのイラだちが解消される。すっきりした気分で小次郎に話しかけると、困った返答をされた。

 

「佐々木小次郎、貴方には山門の守りについてもらおうと思っているわ」

「断る。生憎と女人の指示に従って剣を取る気はない」

 

 正直困った。召喚すれば原作同様に門番してくれるわよね。と気軽に考えていた。それがまさか断られるとは。しかも理由が女の指示は嫌だと言う。待遇改善なら検討の余地も在るのだけど、私が女だから嫌だと言われてしまうと改善のしようがない。

 

「ふっ、何をそんなに悩んでいる」

「召喚したサーヴァントが言う事を聞かない事に悩んでいるんですけど」

「何故悩む。簡単な解決方法があるではないか。甚だ不本意ではあるが、令呪を使い命じれば良かろう」

「それは嫌よ」

 

 女神に洗脳され自由意志を奪われた事を恨む私が、令呪を使い自由意志を奪う。それは何の冗談だろうか。復讐の為に聖杯を求める身ではあるが、自分が恨む女神と同じ事をする気は無い。

 

「出来れば貴方には自分の意思で協力して欲しいのよ」

「ふむ……。ならばお願いしてみてはどうだ」

 

 何を言ってるんでしょう、この歌舞伎侍は。女の指示は嫌だとボイコット宣言した癖に。訳がわからずに居る私に対し、何故か小次郎は私のお願いを待っているようだった。よく分からないが試しにお願いの言葉を言ってみる。

 

「えーと、山門の守りをして欲しいなぁ?」

「女の頼みを断る無粋は出来ぬな。とするなら、ここで門番をするのもやむなしか」

「つまり私に協力してくれると?」

「うむ。頼まれたのでは仕方あるまい」

 

 無事に山門の守りに就いてくれるようだけど……。私は今も日本人的感覚は持ち合わせているつもりが、どうやらこの男とは別物のようだ。指示がダメでお願いなら良いという小次郎がわからない。

 

「まぁ守りに就いてくれるならいいわ。じゃあ今後の打ち合わせをしましょう」

「断る」

「……今後の打ち合わせをして欲しいなぁ」

「そうか。ではまず伝えねばならぬ事がある。本来の名は思い出せぬが私は佐々木小次郎ではない」

 

 お願い効果で無事に打ち合わせが始まった。原作同様に正体は佐々木小次郎ではなく、伝承された小次郎の技が使える為に小次郎として召喚された農民らしい。本人は農民と言っていたが、本当は豪族か武士なのだろう。何故そう思ったかと言うと、ちょくちょく挟む断りとお願い要求、そして何よりもニヤニヤした顔で私をからかって遊んでいるのがわかったからだ。

 

 腕も人柄も信用に値するが、面倒な人を召喚してしまった気がする。

 

「守衛の為の戦闘に関しては全てを任せるわ。で、貴方から何か要望とかあるかしら?」

「そうさな。時たまこうやって他愛無い雑談にでも付き合ってもらえば十分よ」

 

 大切な打ち合わせをしていたはずが、雅な剣豪にとっては雑談だったらしい。深くため息をついた私をニヤニヤと楽しそうに見ている。

 

 これからもからかわれる気がするのは、気のせいではないのでしょうね……。

 

 

 

 

 

 魔力収集も予定通りに進み、アサシンの召喚も終わった。後は7騎のサーヴァントが揃うまでのんびりと待つだけだ。待っているだけで戦力が上がる状況に私は浮かれていた。

 

 聖杯戦争とは関係ない事に情熱を燃やすくらいに。

 

「一成君、どうかしら?」

 

 小姑を負かす為に料理を作り、今まさに打倒するべく挑んでいた。

 

「玉子は焦げていて苦いですな。味噌汁に至っては出汁が入っておらずスカスカな味です」

「そ、そんな馬鹿な……」

 

 玉子焼きが焦げてるのは半分意図的なので良いとしても、味噌汁がまずい訳がない。出汁を取る為にお湯に鰹節を入れて、生臭くならないように1分ほどで取り出すという、うろ覚えの知識だが完璧なはずなのに。

 

「これなら同輩の衛宮の料理のほうが上ですな」

「うぎぎぎ」

 

 家事全般に有能な無駄に女子力が高い英雄と比べられてはぐうの音も出ない。

 反論できず悔しさでエプロンの裾を噛んでいる私に、別の意見を言って下さる人物が居た。

 

「確かに焦げているが十分食べれる。味噌汁にしてもたまには薄味なのもよかろう」

「あぁ宗一郎様、ありがとうございます」

 

 なんて素晴らしいマスターなのでしょうか。小姑と違い人を喜ばせる事が出来る方です。人は褒めることで成長していくのよ。そこが分かっているマスターは、小僧っ子とは大違い。

 

「宗一郎兄、甘やかすだけでは人は育ちませんぞ」

 

 こ、この小姑は。内心できぃぃぃと怒りを噴出しながら、表面では笑顔を維持する。頬がひくつき笑顔が崩れていそうではあるけれど。

 

「宗一郎様、一成君、そろそろ時間ですよ」

「そうか。では行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 朝食を食べ終わった二人を笑顔で見送る。小言を言った小姑は無視してマスターにだけ向ける笑顔。

 

 見送りが終わると食器の後片付けを行う。水を使いすぎないように節水と、洗剤を無駄に使わないように気を使う。あの小姑は片付けや掃除関連でも色々といってくるのだ。その際に家事の英霊を例えに出すので反論も出来ない。あの完璧な家事スキルを知っているだけに。

 

「今に見てなさいよ。エミヤシロウ!」

 

 アーチャーが現界したら散々文句を言ってあげましょう。親友の教育が成っていないと。

 

 怒りを動力にし食器類の片付けを終えた。そして一息ついてから残っていたご飯をおにぎりにする。手に塩をつけてむにむに握る。サービスで海苔もまいてあげましょう。

 

 何個かのおにぎりを作ったらタッパに入れる。それとカップラーメンと沸いたお湯が入っているポットを手に持つ。タッパとカップ麺とポット。誰かに見つかると怪しいと言うより恥ずかしいので、認識阻害の魔術を使い移動を開始。

 

 通りすがりに会う寺の人達に挨拶をしながら山門へと辿り着く。

 

「アサシン、朝ごはんを持ってきたわよ」

 

 呼びかけると霊体化していたアサシンが姿を現す。

 

「毎回律儀に持ってこなくとも構わんのだがなぁ」

「それはどういう意味かしら? 私の作るご飯がまずいとでも?」

 

 下手なのを自覚しているからこそ、しょっぱいだけで済むおにぎりにしてあげているのに。口直しのカップラーメンまで添えて。

 

「怒るな怒るな。そうではなく、わざわざ毎食用意するのは大変だろうと言っている」

「山門から動けない貴方は、敵が来なければ暇でしょう? 山門から動けるようにしてあげたいけど、聖杯戦争中は難しいわ。だからせめて娯楽も兼ねて食事の提供をするのが、呼び出した側の義務じゃないかしら」

 

 退屈は意外と耐え難いものだ。ならばそれを出来る範囲で解消させるのが、山門に縛り付けた私の義務だと思う。サーヴァントはただの使い魔ではなく人格があるのだから、相応の礼を尽くすべきでしょう。

 

「中々変わった御仁だな」

「貴方に言われたくはないわね」

 

 暇だからと戯れに燕を斬る為に技を磨き、ついには魔法の領域にまで達した変人。皮が佐々木小次郎なので日本においては知名度補正が最大だとは言え、バーサーカーやランサーにセイバーすら退ける自称農民。アーチャーも大概だけれど、アサシンも何かおかしい。

 

「いつものおにぎりとカップラーメンを持ってきたから、食べなさいな」

「ふ~む」

「はぁ、食べてくれると嬉しいわぁ」

「では心遣いありがたく」

 

 石段に座り、アサシンの食事中ぼ~と景色を眺める。

 

「キャスター、毎回そこで待つのは何故か」

「ん~、一人の食事って味気ないでしょ。だから一緒に食べるわけじゃないけど居るだけよ。不満なら戻るけど」

「不満なぞあるまいよ。しかしお主、本当に変わっているな」

 

 下手に反応してからかわれないように景色をぼけ~と見る。あぁ凄く平和だわぁ。特にアサシンがずずーと麺をすする音が、まるで平和の象徴のよう。

 

 チュンチュン鳴く鳥の声を聞いてうつらうつらと夢幻を彷徨っていたら、いつの間にかアサシンが食事を終えていた。食事を終えたアサシンからタッパ等を受け取り山門の中へ入ろうとしたら声を掛けられる。

 

「馳走になった」

「お粗末様でした」

 

 私の日常になりつつあるやり取り。聖杯戦争が本格的に始まるまでの偽りの日常。それのなんと心地よい事でしょう。hollow ataraxiaで私ではないキャスターが、アヴェンジャーに関わらずに居た理由がよく分かる。

 

 偽りの日常の心地良さに身を浸し、笑顔で山門を通り抜ける。すると私の歩みを邪魔するかのように季節外れの一匹の虫が目の前を横切った。

 

「あぁ、まったく。折角の気分が台無しね」

 

 今日は殺虫剤を作ろうと決める。特大の虫でも始末できる特別製の物を。

 

 

 

 

 

 日々せっせと下準備をする中、間桐邸に放った使い魔から動きがあったと連絡が入る。詳細を調べる為に戻らせ、鳥型の使い魔から付けていたデジカメを外す。

 

 現代の魔術師達が基本的に電子機器を馬鹿にする傾向があるのは、Zeroの話でよく知っていた。その為、魔術的な防備は私でも面倒だと思うほどな間桐と遠坂の屋敷ではあるが、電子的な警戒は無いに等しく、実に簡単に監視できた。

 

 ただこのデジカメ、手ブレ防止、長時間稼動可能バッテリー、画質最高度、コンパクトサイズ、対衝撃、防水、耐熱その他諸々のとても良い物を、それも2個も購入したので、あの寡黙なマスターが「高いな」と呟く位の費用がかかってしまった。申し訳なさでいっぱいなので、必ず有効活用せねばならない。

 

 生活臭のする家計簿を横におき、自室の机の上で映像を確認すると。

 

「やはり間桐はメドゥーサね」

 

 映像の中に眼帯をした紫の女性が写っていた。

 

「これで残すはアーチャーとセイバーのみ」

 

 ランサーは直接会ったし、バーサーカーはアインツベルンが召喚済みだろう。後は原作で物語の鍵を握るアーチャーとセイバーが召喚されれば、本当の意味で聖杯戦争が始まる。

 

「ふふ、楽しみだわ」

 

 アーチャーやセイバーを直に見るのは楽しみだ。とは言え、その二人こそ私の邪魔を最もしそうなのが問題ではある。

 

 まぁどちらも能力を知っているので恐れる必要はない。正面から戦えばどちらにも余裕で負けるけど。アーチャーには家事でも負けるけど。

 

 アーチャー戦を脳内で妄想していると柳洞寺のお坊さんに呼ばれる。

 

「は~い、今行きま~す」

 

 たぶん洗濯かなぁと思いながら腰を上げて小走りで向かう。とりあえず、来るべき日までは居候として頑張りますか。


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