メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第七話

 破壊と再生を繰り返し、対象の内部を組みかえていく。

 

 横たわる被験者、間桐桜の肉体を私が望む形へと変貌させる。足されたモノ、混ざったモノを分離させるのは魔術を以ってしても安易な事ではない。

 

 しかし自分でも意外に思うが、治癒や再生といった魔術は私の得手とするところだ。並みの魔術師では不可能な事であっても私ならば可能である。治すのを通り越し数多の権力者の夢である若返りすら行えるが――――。

 

「なるほど、見事ですね」

 

 謀略を行っていた過去を思い出しかけたが、背後から感じる威圧感によって強制的に治療に集中させられた。私の背後に座する存在が手を抜く事を許さず、彼女自身も魔術に対する造詣が深いので下手を打ったりは絶対に出来ない。

 

 間桐桜を連れ帰ってから数時間後、漆黒の夜が明け朝日が昇り始めた頃に、漸く治療の区切りがついた。

 

 

 

 

 

 蛇に睨まれた蛙ではないが、長時間の緊張で硬直した足を崩し後ろを振り返る。そして私を監視していた蛇に向かって、硬くなっていた体をほぐすようにしながら抗議する。

 

「間桐桜の治療はとりあえず終わったわよ。だから睨むのを止めてもらえるかしら」

 

 私の言葉を聴いてもライダーは背筋を伸ばした正座の姿勢を崩さない。眼帯で閉ざされている視線が、疲労でだらりとしている私を冷たく見ている気がする。

 

 絶世の美女が放つ無言の圧力に屈し、コホンと咳払いをして居住まいを正す。女神アテナに嫉妬されるような美貌の持ち主が放つ威圧は心臓に悪い。

 

「10年に渡る間桐の影響は小さくないわ。肉体は治したけど精神のほうが問題ね。記憶を弄る手もあるけれど……」

 

 なくしたい記憶ではあるでしょうけど、間桐桜は衛宮士郎と出会い、それすら乗り越え人としての正常な感情を取り戻した。記憶を弄れば矛盾が生じ、今彼女が持ち得ている恋心にも影響があるかもしれない。だから本人に無断で記憶操作は行わなかった。眼が覚めて忘れたいと言えば忘れさせるつもりだけど、そうは言わない気がする。

 

 代わりと言うわけではないが、肉体の方はほぼ全ての治療が終わっている。特徴的だった間桐の青味がかった髪色は遠坂凛と同じ黒髪になったし、黒き聖杯としての機能も十分に調べた上で取り除いた。後は細かい調整と戻った肉体に馴染むまで数日休めば良いだけだ。

 

 軽く説明するとライダーが口を開いた。

 

「正直、貴女がここまでするとは思っていませんでした。キャスター」

「最初に会った時に約束したでしょう? 間桐桜を助けたければ、私に協力しなさいと。貴女は約束どおり私と協力関係になったんだから、当然でしょう?」

 

 ライダーと出会った夜に同盟を持ちかけ、彼女は私に協力する事を確約してくれた。なので私が彼女の望みに助力するのは当たり前ではある、が……。

 

 石化の魔眼を使い間桐慎二を逃した後、私が組むに値するか試す為に戦いを仕掛けられたのは忘れられない。空中に逃れてもライダーの跳躍力は凄まじく、何度短剣や杭が刺さるかと思った事か。

 

 既に謝罪は貰っているが、宗一郎様を怪我させた事も忘れていない。ライダー達を柳洞寺に連れて帰ってきた時に宗一郎様自身から「私がキャスターのマスターだと知らなかったのだから仕方あるまい」と、何故か私が諭されたが。

 

 いつの間にか視線を横たわる間桐桜へと移したライダーの唇が、微かに形をかえていた。きっと眼帯の下は聖母のように優しい表情に違いまい。

 

 場を空ける為に立ち上がりながら時計を見た。現在6時30分。もうこんな時間になっていたとは。

 

「ライダー、私は朝食を作りに行くわね。少ししたら貴女も食卓のある部屋へ来なさい」

 

 返事をせずに私を見たまま首を傾げるライダー。

 

「表向きは私の友人として貴女を招いているんですから、朝ご飯をちゃんと食べなさいって言ってるのよ」

 

 ライダーは宗一郎様と私の結婚(予定)のお祝いに駆けつけた国外の友人として、柳洞寺の方々には前もって言ってある。その方が実体化して活動しやすく何か事があった時に良いだろうし、眠り姫である間桐桜の世話をするにも良いだろうと考えて。もちろん、間桐桜を連れ込んでいるのは寺の人には内緒。

 

「とりあえず、お姉さんの御下がりで大切な服なのでしょうけど、その格好で歩き回られると困るわ。着替えを渡しておくわね。あ……貴女の魔眼を忘れてたわ……」

 

 ライダーを仲間に引き込む算段や、柳洞寺で実体化して自由に行動できるようにとは考えていたのに、重要な事を忘れていた。

 

 魔眼封じの眼帯をつけた外人風の美女。怪しすぎる。だからと言って魔眼封じの眼鏡なんて即席では作れない。すぐに思いつく魔眼封じの当てと言えば封印指定の魔術師、人形師の蒼崎橙子くらいか。彼女を探し出す手間や時間を差し引いても、正直微妙な人選な気がする。

 

 う~ん、う~んと困っていた私に思わぬ助け舟が。

 

「眼帯をしていたらまずいのは理解できます。ならば直接封印の魔術を掛ければよいのでは? 貴女でしたら可能でしょう?」

「あら、良いの?」

「ええ、構いません」

 

 柳洞寺での自由行動の引き換えにするには釣り合わない条件でしょうに。間桐桜を救った事実は、私が考えていた以上にライダーの信頼を得たようだ。

 

 眼帯を外した彼女の瞳に封印の術式を埋め込む。魔眼の力を極力抑えた瞳は水晶のように美しかった。

 

 魔眼の封印をし終え、クローゼットから適当にサイズが合いそうな地味目の洋服を取り出し渡す。ライダーのような美女があんなに扇情的な服を着て歩いていては、お寺の人達に迷惑でしょうからね。

 

 零観さん辺りは煩悩を抑える良い修行だとか言いそうな気もするけど。でも宗一郎様や一成君には紛れもなく目に毒である。宗一郎様に限っては万が一もないと信じてはいますけどね。

 

 理解あるマスターと目の上のたんこぶ小姑を思い出し、今から作る料理に対して自然と闘志が湧いてくる。

 

「ふ、ふっふっふ。見てなさい、小姑。今日こそ宗一郎様用の昆布出汁の白味噌を使ったお味噌汁を、見事に作って見せるわ!」

「あの、キャスター?」

 

 声をかけてきたライダーが若干引いている気がするが、未婚の彼女には嫁姑問題は理解できないので仕方ない。

 

「ライダー、貴女に最高の朝食を味わわせてあげるわ」

「は、はぁ……?」

 

 今日こそはと決意を秘めて、襖を開け部屋を出た。

 

 

 

 

 

 無事に朝食が終わり宗一郎様と一成君を送り出し、アサシンにも会心の出来であるお味噌汁付き朝食を食べさせ、自由な時間がやって来た。

 

 友人であるライダーが柳洞寺に来たと言う事で今日はお手伝いはなし。折角ご友人が訪ねて来たのだからと、気を使ってくださるお寺の人達の優しさが嬉しい。

 

 皆様方の気遣いに感謝して、早速自室に篭り必要な作業を開始した。

 

「外装である人間が壊れる前提の聖杯。最初から無機物としての聖杯を模倣する事も出来たでしょうに、壊れ行く様でも見たかったのかしらね」

 

 聖杯の機能を間桐桜に生ませた子供に継がせ、量産する気だったのかもしれない。人間をモノ、道具として考えなくては行えない外道な行為。僅かに感じていた間桐臓硯に対する罪過の気持ちが薄れていく。

 

 昨夜から続く気持ちが多少軽くなり、改めて前向きに調査を続ける。埋め込まれている術式や魔力回線など様々な事を調べた。

 

 聖杯戦争で鍵となる小聖杯の調査に熱が入った頃に、同室しているライダーが遠慮気味に声をかけてきた。

 

「……キャスター、出来れば桜から取り出した心臓を持ちながら笑うのは止めてほしいのですが」

「あ、あら? 私、笑ってたかしら?」

「はい。『ふふふ、全てを解き明かしてあげるわ』や『あはは、そういう事だったのね』といった独り言と共に」

 

 ライダーの言葉に頬が引き攣る。言ったライダーもどこか気まずそうだ。しかしライダーの言葉はそれだけでは終わらず、視線を彷徨わせながら言葉が続く。

 

「ローブ姿で顔を隠し、口元だけはっきりと笑い、生の心臓を手に持ち魔力を昇らせて一人喋る姿は、その……」

 

 最後まで言わなかったのは同盟者故の配慮だろうか。室内にとても重い沈黙が広がる。

 

「ん……」

 

 動けず時が止まった世界に少女の小さな声が響いた。それを合図に持っていた心臓を霊体化させ見えなくし、ローブ姿から現代の私服へと姿を変えた。そして同時に話題変更を行う。

 

「そう言えば間桐桜の事だけど、学校は暫く病欠と言う事にしてもらうようにマスターに頼んでおいたわ。だから安心して体を治せるわよ」

「そこまでして頂いたとは。貴女とマスターの宗一郎には感謝します」

 

 無理矢理な話の流れではあるがお互いに暗黙の了解の上だ。おかげで先程のどうしようもない空気は霧散し、普通に会話を続けられた。

 

「貴女から受ける恩が大きすぎる」

「そうかしら」

「恩を返そうとは思いますが、少々気になっている事があります」

 

 ライダーの雰囲気が変化した。ほんの少し、笑顔を浮かべ柔らかい雰囲気に。

 

「サーヴァント契約を強制解除して自らのサーヴァントに出来るのだったら、私よりもセイバーやランサー、それかバーサーカーのほうが良かったのでは?」

 

 冗談めかして言っているが、ライダーとしては何か思う所があるのだろう。魔術師の私が組むならライダーよりも強力な前衛と組むほうが安定した戦術を組みやすい。それは確かなのだけれど。

 

「ランサーは論外ね。セイバーは魅力的だけど、彼女を救えるのは私じゃないもの。救える者の傍に居た方が幸せでしょう? それとバーサーカーは絶対に嫌よ」

「おや、アルゴー船で共に戦った方の言葉とは思えませんね」

 

 どうやらライダーもバーサーカーの正体を知っているようだ。彼女を倒したのがヘラクレスの祖父なので、何か感じるものがあったのかもしれない。

 

 それはさて置き、勘違いされないように自分の思いをはっきりとライダーへ伝える。

 

「知ってるからこそ嫌なのよ。彼はギリシャ1の英雄と言っても問題ない大英雄だったわ。当然、人気があった。女性からもね」

 

 彼自身はそれほど軟派な性格をしていた気はしない。どちらかと言えばイアソンの方が気が多かった。でもヘラクレスだって一途だった訳じゃない。

 

 それに加え筋肉質な男性は私の好みじゃない。イアソンががっしりした体つきだったからか、自然と拒否反応が出る。

 

 私がメディアという存在だからか同じような体験をしたからかわからないが、私の感性でも気の多いイケメンと筋肉質な人はお断りだ。

 

「なるほど。貴女が自分のマスターに恋慕しているのは、誠実で一途な男性だからですか」

「な、何を言ってるのかしら?」

 

 ライダーの突然の物言いに動揺を隠しきれない。まだ柳洞寺に来て一日も経っていないのに、私とマスターの関係を考察する時間があったとは思えない。何を根拠に言っているのかと思えば、回答はすぐに得られた。

 

「昨日、セイバーと戦った後の偵察の折にアサシンが教えてくれました。『キャスターの傘下に入るなら、間違っても宗一郎に手を出さぬ事だ。女狐の嫉妬に焼かれたくなければな』と、色々と詳しく」

 

 あの昼行灯は! ライダーが偵察に来ていた事を報告してないだけじゃなく、何やら余計な事をぺらぺら喋ったようね。雉も鳴かずば撃たれまい。この諺はあの男が生きていた時代には無かったらしい。仕方ないので身をもって私が教えてあげましょう。

 

 心中で小次郎へのお仕置きを考えて嗤い、表ではライダーの誤解を解く為に笑顔で話す。

 

「ライダー、それは違うわ。私は宗一郎様を人として尊敬しているだけなのよ」

 

 最初は都合の良いマスターを得る為と割り切るつもりだった。しかし葛木宗一郎と言う人は、私が思った以上にずっと誠実で器の大きな人だった。

 

 私に助力すると決めたあの人は、命を失う事になったとしても私を裏切らない。例え私が街の人間を犠牲にしても必要ならば良しと肯定してくれる。

 

 絶対の信頼と許容。それを与えてくれる親族でもなく友人でもない『赤の他人』。そのような方に好意を持たずに居られようか。

 

 私が宗一郎様に抱く感情は、男女の恋心を越えたもっと素晴らしいものである。そうライダーにしっかりと説明したのだけれど。

 

「では私と宗一郎が恋仲になっても問題はないと」

「死にたいの? ライダー?」

「冗談です。ですが、そのような反応をされると恋心を抱いているとしか思えませんね。好きなら好きとはっきり言った方が周りの為では?」

「そ、そんな事言える訳がないでしょう!」

 

 真っ直ぐ正面から言ってくるライダーから目を逸らす。ライダーの言うように素直に言えればどれだけ楽か。生前の生い立ちの影響で、言いたくても口に出せないのだから。

 

 目を逸らしていると、ライダーが軽い口調で聞き逃せない事を言った。

 

「アサシンの言うとおりですね」

「……アサシン?」

「『策謀を企てる魔女に見えるが、実際はそう見せているだけの初心な女子よ。一度、宗一郎の事でからかってみると良い』。そう言ってました」

「…………」

 

 ライダーの言葉を聴いて、笑顔でゆっくりと立ち上がる。それから部屋を出る為に襖に手をかけたが、ライダーに言い忘れていた事があったので立ち止まり言う事にした。

 

「セイバーやバーサーカーより、貴女のほうが私と相性がいいから頼りにしてるわよ。幻獣召喚技能や魔術に関する知識、いざと言う時の判断力。アサシンと違って、貴女には最後まで付き合ってもらうわ」

 

 言いたい事を言って部屋を出た。後ろ手で襖を閉めた時、自覚するくらいニヤリと嗤ってしまう。

 

「鳴いた雉を躾けなくちゃいけないわね。雀は舌を抜かれたのだったかしら? 燕にはどんなお仕置きが相応しいんでしょうねぇ。ふふふ」

 

 

 

 

 

 お昼ご飯を食べてから間桐桜の様子を診て、うつらうつらと休憩がてら舟を漕いでいると異変が起きた。アサシンに流れる魔力の量がグンと上がり、彼が戦闘を行っていると感じた。

 

「ライダー、敵が来たわ」

 

 意識を覚醒させ、眠る間桐桜の横で読書をしていたライダーに呼びかける。声を掛けると頷き、私と共に霊体化して山門に向かい移動した。

 

 アサシンに念話で呼びかけても返事がない事から、相当の苦戦を強いられていると思われた。日中に敵が来た事も驚きだが、アサシンが返事が出来ないほど苦戦してる事実に焦ってしまう。

 

 相手は本気になったランサーか遊戯に来たギルガメッシュか。他の勢力が今の時間に襲い来るとは思えないので最悪の状況だ。

 

 山門を通過して石段で実体化し、逃げの一手を行うつもりで状況を確認すると、想像していたのとは違う現実が待ち構えていた。

 

「どう? アサシン、私のバーサーカーは強いでしょう?」

「うむ。これほどの御仁と刃を合わせられるとは。もう一勝負といきたいが、構わぬか?」

「ふふん、バーサーカーの凄さをたっぷり味わうといいわ。やっちゃえ、バーサーカー」

「――――――――――――!!!」

 

 眼下の所々が破壊された石段の中で、少女と巨人と侍が仲良く談笑していた。胡乱な目で眺めていると、獣の咆哮を上げた巨人と侍が斬り合いを始めた。その更に下では少女が巨人を応援している。

 

 人払いの魔術が周辺にかかっており人が来る心配はない。ないのだが……。

 

 目に見える光景を受け入れられず、半ば呆然と空中に立体陣を描いていく。魔力により描かれた陣が完成すると手の平を広げ前に伸ばし、力ある言葉を口にした。

 

「コリュキオン」

 

 私の言葉をキーにして魔術が発動する。破壊の力を秘めた巨大な球体が巨人と侍に向かって飛んでいった。そして斬り合う二人の間に着弾し噴煙を上げる。

 

「もう、いきなり何するのよ、キャスター。折角バーサーカーが戦ってたのに」

「まったくだ。興が乗った所での無粋な邪魔立ては感心できんな」

 

 噴煙が晴れるとプンスカと怒ったイリヤスフィールと不承不承と言った体で刀を納めたアサシンが立っていた。バーサーカーは霊体化したようだが、彼も平然としている。傷つけるつもりは無く手加減したとは言え、アサシンとバーサーカーの無事な姿を見て内心でチッと舌打ちする。

 

 こっちが文句を言いたい気持ちを抑え込み、ぶーぶー煩い2名に向かい半眼で質問をした。

 

「貴方達、一体何をしていたの?」

「貴女の言うとおりのモノが存在するのか、大聖杯を確認してきたわ」

 

 イリヤスフィールがおちゃらけた態度から小聖杯の魔術師に相応しい貌に変わった。前に会った時に私の話の真偽を問わなかったのは、大聖杯を直に見て確認するつもりだったからか。

 

「聖杯の担い手として、アレの存在を知っている貴女に聞かなくてはならないわ。貴女の願いを。聖杯をどうするつもりなのかを」

 

 幼い外見をしてはいるが、彼女は魔術師の矜持と責任をしっかりと持っている。アインツベルンの姫君、聖杯の担い手に対して相応しい態度で私も返事をしましょう。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、貴女がアインツベルンの魔術師ではなく、ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルンを継ぐ者として問うのなら、私はそれに応えましょう。そして貴女が中立の立場になるのなら、私が失敗した時の後を託します」

 

 私が魔術師として認めるに相応しい威厳を纏う少女を真っ直ぐ見つめる。このまま真剣な話を進めたい気持ちはあった。けれど葛木宗一郎のサーヴァントとして、柳洞寺に住む者として、どうしても先に聞かなくてはいけない事柄があった。

 

 真剣な表情のまま、若干の怒りを乗せて眼下の者達に問うた。

 

「貴女の用件はわかりました。で、それでどうしてこんな惨状になっているのかしら?」

「門番として客人の力量を測ったまでの事。しかと役割を果たしたまでだが?」

「戦いではなく、話を聞きに来た相手に剣を向けては門番失格ではなくて?」

「そう言われると立つ瀬がないが、強者と一目で分かる異国の武士を前にしては仕方なかろう?」

「うんうん。アサシンがバーサーカーと戦ってみたいって言うから戦わせてあげたの。ちゃんと気を使って人払いの魔術はかけておいたわ」

 

 腕を組んで楽しそうに笑っているアサシンと、見た目相応の無邪気さで偉いでしょと言わんばかりのイリヤスフィール。二人の返事を聞いて、誰かが山門近くに置き忘れた掃除用の箒を黙って手に取る。

 

 手に持つ箒をぎゅっと握り石段を下りながら、最後の理性で後輩へ助言をしておく。

 

「イリヤスフィール、貴女も魔術師を自覚するなら無駄な戦いは避けなさい。無為な時間や魔力の消耗は忌むべき事の一つよ」

「え~」

 

 少女は不満の声をあげるが大目に見ることにした。彼女は年若いし、外の世界に出て間もない。遊びたい気持ちも理解できる。代わりに子供を諌めるべき存在へ罰を与えなくては。

 

「さぁ~さぁ~きぃ~、覚悟は出来てるでしょうねぇ」

「ま、待て、キャスター。石段ならば魔術で直せるのだろう? 些か軽い調子で言ったが、バーサーカーの実力を知りたいと言うのも偽らざる本音であってだな」

 

 箒を両手で持って近づくとアサシンがじりじりと後ずさる。言い訳を述べている様だが聞く耳はもたない。

 

「石段が魔術で直せる? えぇ、そうね。魔術で直す事は出来るわね」

「な、ならば特に問題は……」

「うふふふふふ。直すのに私は魔力を消費するし、直し終わるまでお寺の人達は石段に近づけないし、檀家の方々がお参りに上がれないでしょ! 実力を知るだけなら、私の念話を無視して二度三度も手合わせをする必要はなかったはずよね!」

「ぐ、確かにそうだが……」

 

 いつもの飄々とした調子ではなく、何かに怯えたように言葉を濁す。私がアサシンに近づいて行く間にライダーがイリヤスフィールを避難させていた。協力者の気遣いのおかげで全力でお仕置きができそうだ。

 

 溜まりに溜まった憤りを爆発させて、アサシンへと一気に迫る。しかし往生際が悪いアサシンは私から距離を取る。

 

「宗一郎様がお世話になっている柳洞寺の関係者へ迷惑をかけた罪! 償いなさい! 佐々木小次郎!」

 

 逃げ惑うアサシンを追いかけながら、息が上がるまで箒を振り下ろした。


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