メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第九話

 私に向けられる四つの視線。衛宮邸で会った時よりも明らかに険しい眼差し。

 

 宙に浮かび微笑を湛え彼等を見ていると、衛宮士郎が一歩前に出た。彼の瞳には力強い意思の光があり、何かしらの覚悟を秘めているようだった。

 

「キャスター、昨日間桐の屋敷に攻め入ったのはあんたなのか?」

「えぇ、そうよ」

「……ライダーのマスターに聞いた。その時に妹と祖父が殺されたって。あんたがやったのか?」

 

 隠す気はさらさらないので間桐に攻め入った事は即答したが、次の質問に言葉が詰まる。何やら詳しい状況まで知っているようなので、どうしたものかと。応えあぐね仕方なくどうでも良い事で間を繋ぐ。

 

「ああ、なるほど。間桐慎二に聞いたのね」

 

 衛宮士郎が柳洞寺に来た理由は理解した。ライダーを奪われた間桐慎二が、衛宮士郎に助けでも求めたのだろう。口汚く私を悪者にして。

 

 私からしてみれば、衛宮士郎が言う妹――間桐桜――を殺したというのは完全に誤解だ。誤解故にそれを解くのは簡単ではある。眠りについている間桐桜を見せて、間桐の家が彼女に何をしたかを詳細に語ればいい。そうすれば衛宮士郎はもちろん、遠坂凛も私の行為に賛同するはず。

 

 しかし間桐桜としては、自分が眠っている間に恋する男に穢れた部分を知られるのは許容できないでしょうね。例え衛宮士郎が受け入れたとしても拭えない傷になる。今は同じ女性として彼女の気持ちがよくわかる。私とて、宗一郎様に知られたくない過去があるのだから。

 

 私の口から間桐桜については話せない。結果として沈黙していたら、遠坂凛が敵意を露に言葉を投げてきた。

 

「それと街中に設置された魔術陣もあんたの仕業?」

「それがどうかしたのかしら?」

「あんた! 冬木を死都にでもするつもり!」

 

 間桐の所業と生前の自分の悪行を思い出していたせいか、遠坂凛の純粋な怒りの声が心地良い。

 

「聖杯戦争に参加し、聖杯を求める我らサーヴァントやマスターならいざ知らず、貴女は無辜の民の犠牲を良しとすると言うのですか? 答えなさい、キャスター」

 

 続くセイバーの廉直な物言いに、堪えきれずに笑いが出てしまう。馬鹿にするのでも呆れるのでもなく、真っ直ぐな彼女が眩しくて羨ましくて。

 

 カムランの丘で国を割ったモードレッドとの死闘を終え、直後に世界に身を売り聖杯を奪い合う醜い争いに参加してもなお、理想を追い続けた騎士王の輝きは色褪せる事なくそこにあった。

 

 正しさの中にある遠坂凛とセイバーに、ちょっとだけ感じる嫉妬を乗せて返答をした。イリヤスフィールにも言った内容を。

 

「そうねぇ。最悪の事態を避ける為なら、冬木の人間には死んでもらう事になるでしょうね」

「外道が」

 

 私の言葉を聴いてすぐに敵意を膨れ上がらせたアーチャー。先程まで警戒はしていても敵意までは放っていなかったのに。

 

 守護者の役割に嫌気がさしているはずの彼が、聖杯戦争で犠牲になるかもしれない人達の為に憤る。アーチャーは今でも無為な犠牲、いえ、意味がある犠牲であろうと、きっと怒るのでしょうね。

 

 どんなに自分を否定しても、英雄に、守護者になど成らなければ良かったと思っていても、アーチャーは正義の味方だった。その事がとても嬉しかった。私の知っているアーチャーが、英雄エミヤが目の前に居る事が。

 

「うふふふ、あはははは。セイバー、アーチャー、必要なら犠牲を厭わない私を、貴方達が責めるのね。そう、そうね。貴方達はそうじゃなくてはいけないわ」

 

 聖杯の仕組みを知る為のマキリの杯。器を満たす魔力の不足分を補う為の魔力。それらは既に用意した。

 

「貴方達との関係をどうしようか悩んでいたけれど、決めたわ。えぇ、必要なものは揃えたけど、後一つ足りなかったのよ」

 

 根源に届いてしまう奇跡や、世界の在り方を変えてしまう何か。そんなモノを目指せば須らく世界を守る存在に妨害される。

 

 それでも特大の奇跡を望むなら、世界に気づかれずに事を起こす必要がある。手段の一つとして閉じた異界を作り、アラヤやガイアの干渉を最大限に排除する方法。けれどそれは荒耶宗蓮の失敗を考えれば無駄なのかもしれない。

 

 では干渉を排除できないのであれば残す手段は一つ。己が望みを貫き通し、正面からねじ伏せる。過去に世界にとって脅威である魔術――魔法――に辿り着いた存在も居るのだから、決して不可能ではないはず。

 

 しかし此方の方法も問題がある。妨害そのものを感知出来るかが不明である事。目に見えるかも不確かで、下手をすると偶然にしか思えないような事柄で妨害する事もあるのだから。

 

 星を害す気が無い私の敵となるのは、人の世を守る存在。阿頼耶識。集合無意識。人類の存続を願う力。その姿が分からぬならば、形を定め写し身を与えてやればいい。

 

「聞きなさい、セイバー、アーチャー。我が願いは世界の変革。神に代わり私を縛る人類からの解放。聖杯を使い今世の破壊こそが我が望み」

 

 アラヤの守護者であるアーチャー。聖杯の受領を対価に世界に身を売ったセイバー。もし私が聖杯を手にするのを邪魔するなら、手駒である彼等に力を与えるはず。手足である守護者に力を与えるのが最も効率よく干渉する方法でしょうから。

 

 敵対者としてセイバーやアーチャーはこの上なく理想的だ。性格も能力も知っていて、英雄王と違い打倒する事が可能でしょうから。それに万が一ではあるが――――彼等であれば負けても良いと思えるから。

 

「喜びなさい、衛宮士郎。貴方の願いは漸く叶う。抗いなさい、遠坂凛。遠坂を継ぐ者として」

 

 彼等へと宣言する。

 

「さぁ天秤の守り手、アラヤの守護者達。世界の敵である私を止めてみなさい」

 

 私の為の生贄に成れと。

 

 

 

 

 

 前に立つアサシンとライダーと共に階下の4人を待つ。此方はサーヴァントが3人。どうするつもりなのかと、表面上は余裕を持って見ていた。

 

 補助の魔術をかけつつ、あちらの動きを待っている間にアサシンから念話が届く。

 

『ふむ、漸くまともな戦いが出来る訳だが』

『言いたい事があるならはっきり言いなさい。私の願いを聞いてやる気がなくなったかしら?』

 

 アサシンには私の願いを伝えていなかった。私が言った内容を簡潔に言えば、人類社会の崩壊を願っていると聞こえたはずだ。アサシンも一応英霊として冬木の地に降臨しているのだから、英霊にあるまじき私の言葉を聴いて見限られたかと思ったのだけれど。

 

『そのような事はどうでもよいが』

『どうでもいいって……』

 

 予想外の言葉に思わず力が抜けた。魔術で念話を繋いでいるライダーも驚いたのか、一瞬だけ隣に立つアサシンに顔を向けた。それを気にする事無くアサシンは言葉を続ける。

 

『今回も相手を死なせてはまずいのだな?』

『ええ』

『ならば死なぬ程度に加減するとしよう』

『ごめんなさい。全力を出せないでしょうけど、そうしてくれると助かるわ』

『気にするな。お主の下で禄を食む身だ。その程度の要望には応えよう』

 

 己の技を思う存分振るえる全力での死闘を望むアサシンに、申し訳なさから謝罪する。彼には召喚当初から、相手のサーヴァントを殺さぬように言ってある。理由の詳細は訳あって教えていない。それなのに理由を問わず従ってくれる事には感謝したい。

 

 全てを伝えてあるライダーは今更否はないのか黙ったままだ。彼女にしたら、間桐桜が助かった時点で他の事はどうでもいいのかもしれない。

 

 アサシンとの念話を終えて改めて階下を見る。すると丁度、遠坂凛がおそらく意図的に此方にも聞こえるように指示を出した。

 

「セイバーはライダーを! アーチャーはアサシンを! 私と衛宮君は、あの頭のイカれた懐古趣味のキャスターをやるわよ!」

 

 たぶん、わざと私を怒らせて自分と戦うように仕向ける為に言ったのでしょうけど……。そうとわかっていても、私にとって脅威にならない彼女の言葉に、ほんのちょっぴりムカっときてしまう。

 

「ふざけた事を言う小娘ね。少しばかり躾が必要かしら」

「お生憎様、そういうのはエセ神父で十分間に合ってるのよ!」

 

 言葉と同時に赤い宝石を投げてきた。篭められた魔術は炎系統だろうか。宙に浮かぶ私の前で爆炎が広がりかけるが。

 

「サーヴァントを差し置いて、そんなに暴れたいのなら相手をしてあげましょう」

 

 手を振り炎を消し、ついでとばかりに周辺を異界化させ石段に居る全員を私の結界内へと取り込んだ。木や空さえも色が消え灰色に染まっていく光景に、遠坂凛と衛宮士郎が息を呑む。クラススキルの陣地作成や空間操作の魔術やらを使った、擬似固有結界とも言える大魔術なのだから当然よね。

 

 遠坂凛の態度に溜飲が下がり、先の発言でのイラつきが解消される。

 

「ふふふ、では始めましょうか」

 

 

 

 

 

 石段の中段辺りで睨み合う私とマスター二人。

 

 大言を吐いたとは言え、さすがにサーヴァント相手に吶喊する気はないのか、まずは様子見のようだ。衛宮士郎の方は、単に宙に浮いている私に手が届かず困っているだけかもしれないけど。

 

 すぐに来ないようなので軽くアサシンとライダーの様子を見てみた。

 

 アサシンは階下でアーチャーと何か喋りながら楽しそうに斬りあっている。剣技では圧倒的に勝っているし、アーチャーの能力は伝えているので、『無限の剣製』でも使われない限り負けはしないと思う。しかし私の補助魔術を拒否し、実力だけで戦っているのに一抹の不安はあるわね。信頼はしてるけど。

 

 ライダーとセイバーは石段を外れ、横の山林へと入り戦っている。お互いに障害物がある方が良いと判断したのだろう。或いは山林での再戦のつもりか。ライダーの敏捷性とセイバーの不可視の剣と魔力放出の破壊力。二度目の戦いで、ある程度手の内が分かっている二人。軍配はどちらに上がるか。

 

「Funf、Drei、Vier!」

 

 意識を他へ向けていたら、遠坂凛が呪文を唱えていた。てっきりガンドでも撃ってくるかと思ったら、それなりの魔力を感じる宝石を3個も投じてくる。

 

「Der Riese、und brennt、das ein Ende――――!」

 

 複数の宝石を使用した炎の魔術の相乗効果かしらね。さっきあっさり炎の魔術を消した事を根に持っているのか、ただの負けず嫌いなのか……両方な気がするわね。

 

 彼女の取って置きだろう魔術を無効化するのは可能だけれど、あえて発動を止めずに魔術障壁で受ける事にした。実際にどの程度の威力の魔術を使えるのか、確認する為だったのだけれど……。発動を止めなかったので宝石の中に篭められた魔力が弾け、その後に予想以上の爆発が目の前に広がる。

 

 無事ではあったが爆炎に驚き、半ば放心して宙から石段へと降りた。晴れていく煙の向こう側では遠坂凛が勝ち鬨を上げていた。

 

「あら、神代の魔術師と言っても大した事ないのね。さっきから防いでばかりで、実は魔術戦が不得意なのかしら?」

「傷一つ負わせられない癖に、口だけは達者のようね」

 

 先程と違い魔術がしっかり発動したからか、遠坂凛が愉快な口調で話しかけてきた。

 

 敵対するとは決めたが、この戦いでセイバーやアーチャーを倒す気はない。理由はいくつかあるけど、何よりも今彼等を倒してしまえば、いざ聖杯に手が届くその時に世界の支援を受けた別の邪魔者が現れるでしょうからね。彼等を打ち倒すにしても、それは最後の最後。

 

 だから今回の戦いは、彼等を追い返すだけで良いのだが――。

 

「坊や、そんな木の棒でサーヴァントと戦うなんて正気?」

 

 遠坂凛の前に立つ、目の前の衛宮士郎をじっくりと観察する。

 

 強化で硬度をあげた木刀を構え、鋭い目つきで私を見ながら警戒している。真剣な表情には一切の侮りはなく、年不相応な重い覚悟を覗かせていた。

 

 聖杯戦争で犠牲者を出させない。その為であれば自分の命すら投げ打つ。彼の覚悟はそんな所だろうか。憧れの遠坂凛を守るという、少年らしい想いも含まれていればいいのだけど。と、これは余計なお世話か。

 

「あんたこそ正気か? 冬木に住む人間を犠牲にするってのは」

「あら? 冗談に聞こえたの? そうね、あれは嘘だと言えば、坊やは信じるのかしら?」

「ああ、信じる」

「衛宮君?」

 

 正義の味方に敵対する悪役らしい戯言に想定外の返答がきた。あまりの言葉に私だけでなく、遠坂凛も訝しんで衛宮士郎を見ている。

 

「あんたが、さっきの言葉は嘘で真意が他にあるって言うなら信じる」

「ちょ、ちょっと衛宮君、何を言って」

「悪い、遠坂。俺はどうしてもキャスターが悪人だなんて思えない」

「でも、キャスターは桜や間桐の当主を」

「桜や慎二の爺さんの事は、慎二から聞いただけで見た訳じゃないだろ」

 

 衛宮士郎の言葉に一応の理を認めたのか、口をつぐむ遠坂凛。冬木市の人間に関しては、現状未遂であるからか二人とも言及しないようだ。

 

 それは甘美な誘い。正しい事の中に居る存在からの救いの御手。あるかもしれない未来において、アーチャーとの戦いの最中に自分の在り方が歪だと認めながらも、目指した理想は間違っていないと言い切る強さを持った存在からの誘惑。

 

 この場において最も未熟であろう彼を侮っていた。己の正義を信じ激情に任せ、闇雲に戦うだけの坊やだろうと。それがまさか、何故私を悪人だと思わないのかはわからないが、動揺させられる言葉を投げかけてくるとは。

 

 聖杯を諦め彼と共に歩む。それはそれで幸福な事なんでしょうね。『正義』と言うのは、共にあるだけでも人の心に様々なものを与えてくれるのだから。

 

 けれど私は自分の願いを諦められない。誰かを騙してでも、他人の願いを踏みにじっても、自分の心に嘘を吐き無関係な人間を犠牲にしたとしても。

 

 それに、もう手を汚している私と衛宮士郎の信念は交わらない。既に引き返せぬ道なのだ。最初のマスター、アトラム・ガリアスタを葬った時に賽は投げられたのだから。

 

 断る事に微かな未練と、私を信じようとしてくれた事への感謝からフードを上げて素顔を晒し、木刀を構えたまま私を見る衛宮士郎を真っ直ぐ見返す。

 

「坊や、間桐臓硯を仕留め、間桐桜を攫ったのは間違いなく私よ。そして私は、必要となれば無関係な人間も犠牲にするでしょうね」

「そう……か。残念だ……」

 

 本当に残念そうに顔を歪めた彼に対し、胸の中にチクリと罪悪感がわく。彼を見続けることが出来ず、つい俯き視線を逸らしてしまう。

 

 今回は敵対を宣言するだけで、後は追い返すだけと考えていた。けれど衛宮士郎の態度に少し考えを改める。

 

 衛宮士郎は今回の聖杯戦争においてジョーカーだ。彼の力は端的であるがサーヴァントに届き得る。私が最も脅威に感じている英雄王に対するカウンターになり得る可能性を秘めている。さらにアーチャーと敵対してくれれば、もしかしたら――――と、自分に都合の良い妄想は考えるべきではない、か。

 

 後顧を託すイリヤスフィールに対する義理もあるし、彼にはお土産くらいもたせましょう。本当は義理だけではない理由に自嘲しながらそう結論を出すと、遠坂凛が詰問の声を上げた。

 

「誰かを犠牲にするって事は、当然、自分が同じようにされる覚悟くらいあるんでしょうね? キャスター」

 

 声に釣られ顔を上げると――――――視界全てを眩い光が覆う。反射的に目を閉じ一歩後ろに下がると、すぐ傍でダンッと石畳を叩きつける重音と気迫に満ちた声が聞こえる。

 

「ハッ!!!」

 

 遠坂凛の殺気を纏った気配が、私と重なった。

 

 

 

 

 メキリと鳴る体の軋みと重い衝撃を感じ、石段の踊り場から上段へと吹き飛ばされる。視界を奪われていたので見えた訳ではないが、見えなくとも何をされたのかは知識から理解した。魔術ではなく、肉体による直接的な攻撃を喰らったのだと。

 

 遠坂凛の奥の手、兄弟子より授けられた八極拳。まだまだ師である言峰綺礼よりは未熟であるが、身体強化の魔術と組み合わさったそれは凶悪な威力を誇る。

 

 肉体を駆使した武術に拠る攻撃。彼女の手の内を知ってはいたが、私は実際に彼女がそれを行うとは思っていなかったらしい。見事に虚を突かれ一撃を喰らってしまった。

 

 彼女も魔術師であり、私の常識では魔術師と肉体を使った戦闘技術が結びつかなかった事。それと対策を用意していたのと、彼女をまだ高校生の未熟なマスターだと侮っていた驕り。

 

 まさしく油断。彼女程度、どうにでも出来ると考えていた思い上がりから生まれた隙。

 

「殺った!」

 

 勝利を確信した表情で、上段の私へと飛び掛ってくる遠坂凛。魔術師としては最上の私ではあるが、こと肉弾戦においては最弱である。追撃を喰らえば、彼女の言葉通りに討ち取られていたでしょう。

 

「フフ……」

「なっ!?」

 

 追撃の拳撃が届く寸前、口から出たのは余裕の笑み。魔力で編まれた肉体を霊体へと移し寸での所で追撃を回避した。私の体が数多の蝶へと変わり飛び去る光景に、遠坂凛が驚きの声を出す。

 

 彼女の奥の手を知っていたので二撃目は避けられた。手の内を知っていたのと、事前に対策を考えていたのが冷静に回避出来た理由だろう。でなければ混乱したまま彼女にやられていたかもしれない。彼女の手札を知ってたのに一撃貰ってしまったので、誇れる事ではないが。

 

 対策として考えていた魔術が回避と同時に発動し、念の為に監視で繋いでいる魔力回線から触媒となる魔力を引き出し、仮初の姿へと肉体を再構築する。

 

 別の世界でセイバーを足止めした魔術。ライダーに化けて、彼女の姿と身体能力を模した鏡像を生み出したもの。その魔術を使い、遠坂凛を相手にするには相応しい人物の血肉と魔力を触媒にしてより実像へと近づける。

 

 飛び散っていた蝶が集まり実体を紡いでいく。本来の私ではなく、別人の姿に。本人の血と魔力を触媒にした影響か、件の人物と成った私は意識せず目の前の敵、遠坂凛へと襲い掛かった。

 

「くっ! このっ!」

 

 スーツに身を包んだ私の攻撃を遠坂凛は上手にいなしている。ルーン魔術で強化された両拳の攻撃を化勁を使い捌いている。しかし実力の差は歴然で、徐々に余裕がなくなっているようだけど。

 

 別人の中に自分が居るような感覚。姿を模した人物の性格に全て任せていた私は、他人事のように自分と遠坂凛の攻防を見ていた。そして数度の攻防の後に自然と口から言葉が漏れる。

 

「遅い」

「ぐはっ! きゃあ!?」

 

 捌ききれなくなったのか、体勢が崩れた遠坂凛の腹部に拳がめり込む。それでも相手が倒れなかったからか、突き刺すような蹴りを放ち、彼女を石段横の樹へと吹き飛ばした。

 

「う、うぅ……」

「遠坂!? くそっ!」

 

 樹の根元で唸る遠坂凛に一歩近づくと、衛宮士郎が間に入り木刀を振りかざしてくる。けれど彼の攻撃はセイバーやアーチャーどころか、遠坂凛にすら劣る速さ。防ぎも避けもせずに、木刀に向かい拳を振るい粉々に破壊した。

 

「!?」

「驚いている場合ですか?」

 

 驚愕に目を見開いてる衛宮士郎に呆れた口調で言葉を投げ、躊躇せずに拳を見舞う。反射的に両腕でガードした衛宮士郎を、ガードなど無意味とばかりに遠坂凛と同じ場所へと吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばした二人の若者に視線を向け、勝者と敗者がはっきりとわかるように見下ろした。対遠坂凛の近接戦闘用に模した人物はあまりにも無駄がなく、私が思う以上に情け容赦なかった。

 

 見下ろされた遠坂凛は憎々しげに私を睨み、ダメージからか苦しげに声を出した。

 

「その……姿は……」

「バゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定の執行者と言えば分かりますか? ミス遠坂」

「まさか……今回の聖杯……に……協会から……術師……?」

 

 口から血を流し、息苦しそうに途切れ途切れに喋る遠坂凛。魔術での強化があったとしても、2発もの攻撃を受けた彼女は動く事すらできないようだ。

 

 そんな彼女を守る為か、同じ様に倒れている衛宮士郎はダメージが抜けていないでしょうに、必死に起き上がろうとしていた。動かぬ体に鞭打ち、自分に言い聞かせるように言葉を呟いているのが聞こえる。

 

「守るんだ……遠坂を……」

 

 セイバーとアーチャーは、それぞれライダーとアサシンが抑えている。頼みとするサーヴァントが助けに来れない状況でも衛宮士郎は諦めていなかった。

 

 起き上がれない二人を見ていると私の体が淡く輝き、その後に魔力の粒子が弾け飛びバゼットの姿から本来の私の姿へと戻った。すると自分自身に戻ったせいか、先程までは感じていなかった感情がわいてくる。でもそれは偽善に違いない。

 

 不要な気持ちに蓋をして、手土産の一つとして衛宮士郎にヒントを与える為に魔術の正体を語り聞かせる。苦しげに疑問を口にした遠坂凛に対する返答と言う形で。

 

「今のは他者の姿や能力を模倣した、実体を持った虚像を生み出す魔術。とは言え、技量をそのままと言う訳にはいかないわね。本人の血と魔力を触媒に使ったけれど、それでも実力の7割か8割の再現と言う所かしら」

「あんた……アサシンのマスターを……」

 

 何やら遠坂凛に誤解されたようだけど、敵対すると決めた今、誤解を解く必要性もないので気にせずに続けた。

 

「そうね、投影の一種と言えばいいかしら。物ではなく人を写す投影魔術」

「……投……影?」

 

 私の言葉を聴いた衛宮士郎が静かに同じ言葉を紡ぎ、階下で切り結ぶアサシンとアーチャーにチラリと視線を向けた。彼の反応に内心で笑みが零れる。切欠さえあれば彼は自身の力に気づくはずだから。

 

 視線を戻し、ふらつきながらもなんとか立ち上がった衛宮士郎は両目を閉じる。すると彼の両腕に魔力が集まり、放電現象のような閃光を放ちながら剣を実体化させていく。

 

 衛宮士郎にとって初めての宝具の投影。未熟なのは当然で、作成する速さも再現度もアーチャーには劣るのでしょうけど、その光景に私は目を奪われた。

 

 神秘の複製。人の手には余る魔術。神の御技と言える奇跡を目にして、生前の時代を思い出し懐かしい気持ちになる。

 

 一方で憎々しさも呼び起こされた。抗えぬ奇跡をもって人心を弄んだ女神を思い出す。その憎しみにあえて身を任せ、魔術行使の痛みで顔を歪めている衛宮士郎の周辺に魔力を流す。

 

 此方の準備が整った頃に、白と黒の夫婦剣を複製した衛宮士郎が雄叫びを上げて斬りかかって来た。

 

「うぉぉぉぉおお!」

 

 殴り飛ばされた身体のダメージと、負担の大きい慣れぬ魔術を使いボロボロの体だとは思えない力強い踏み込み。左右からの挟撃は素人目に見ても鋭さがあった。私の身体能力では回避するのはとても危うい攻撃。

 

 衛宮士郎の投影は物の複製だけではなく、対象の宝具を振るった過去の担い手の技術も読み取り自らの物とする。初の宝具投影で、十全と言えずともその効果が現れていたのでしょう。

 

 けれど刃が私に届く寸前、衛宮士郎はピタリと動きを止めた。

 

「くっ、これは……」

「周辺に拘束用の魔力糸を張っていたのに気づかなかったかしら?」

「いつの間に……」

「貴方がその剣を作ってる間よ。敵の魔術行使を黙って見ているはずがないでしょう?」

 

 動けないのに闘志を失わず睨んでくる。生前の憎しみを思い出していたせいか、敵意を向けてくる衛宮士郎をこのまま縊り殺してしまおうかと衝動的に思ってしまう。

 

 益もない八つ当たりの衝動。その気持ちを必死に抑える。彼は憎い女神に連なる者ではないし、私を捨てたイアソンでもない。敵対するように仕組んだのは私自身。

 

「衛宮……君……」

 

 強張った顔を手で隠し、衝動を抑え込もうとしてた私の耳にか細い女性の声が聞こえた。声の方向に目を向けると、上半身を樹にもたれかかった遠坂凛がポケットから必死に宝石を取り出そうとしていた。

 

 衛宮士郎と遠坂凛。きっとこの二人は最後までお互いを裏切らずに助け合うんでしょうね。

 

 憎しみとは別の感情で黒い衝動が膨れ上がる。私には居なかった相手。私の時にはなかった関係に嫉妬してしまう。

 

 苦々しく見てしまった遠坂凛から目を逸らし、動けぬ衛宮士郎の胸に右手を当てた。そのまま魔術で彼の体を探査し、魔術回路の様子を探る。

 

 魔術回路が27本。そのほとんどが長年使われずに眠っていたようだ。通常の神経を擬似回路として使った形跡もあり。今回の投影で眠っていた回路の大部分を開き、足りない分を無理矢理工面したようね。

 

 私が自分の肉体内部に何かしていると気づいたのか、衛宮士郎は急に体内に魔力を流し始めた。肉体内部で行う魔力による力づくの抵抗。そんな事をすれば当然ただでは済むはずがなく。

 

「ぐぅぁぁあぁあ!?」

 

 彼は激痛を感じさせる叫び声をあげた。しかしそれでも衛宮士郎は私に屈せず、自身の内部に魔力を流すのを止めようとはしない。

 

 仄暗い感情を振り払おうと衛宮士郎の魔術回路を診たのだが……。彼の叫び声が聞こえて余計に沈んでしまう。イリヤスフィールへの義理。未熟な少年への贈り物。もしもの時の英雄王への備え。理由はそれなりにあった。けれど……。

 

 少年の叫び声を聞いたくらいで迷い始めた自分を自覚し、これではまずいと感情を止めてやると決めた行動を機械的に行う。

 

 衛宮士郎の眠っていた魔術回路に私の魔力を流し、閉じぬように強制的にこじ開ける。加えて開いた魔術回路を意識的に使えるように、魔術行使の度に回路を作成する手順を踏まぬように、彼の潜在意識にスイッチを埋め込む。

 

 作業時間は5分もかかってはいないが、その間に叫び声が聞こえなくなっていた。いつの間にやら衛宮士郎は気絶してしまったようだ。両手に持っていた干将・莫耶の夫婦剣も消えていた。

 

 魔力糸に囚われ、首を垂れる衛宮士郎の頬を優しく撫でる。

 

 必要だと思うことは行ったので、後は動けぬマスター二人を盾にセイバーとアーチャーを追い返すだけ。今夜の騒乱も、もうすぐ終わりだと思うと少しだけ気が軽くなる。

 

 ほっと安堵の吐息がでたのも束の間、新たな火種の兆しが目に映る。

 

 吊るされた衛宮士郎の背後に眩い光が発生した。最初は遠坂凛がまた目くらましでも使ったかと思った。けどその考えをすぐに否定した。膨大な魔力と空間の揺らぎを感じたから。それで何をしたのか悟ってしまう。

 

 まさか、同じ石段の階下にいるのに! こんな近距離で令呪による空間転移を行うなんて!

 

 ゾクリとした寒気と死の気配に押され、衛宮士郎の拘束を急いで解き右手で横に突き飛ばした。開いた空間、前に広がる揺らぎの中心に向かって左手を伸ばし魔術を放つ。

 

 全力の魔術は見事に直撃し、揺らいだ空間から現れた相手に当たった。だが――――

 

 

 

 

 

 ――――左腕が切り飛ばされ宙を舞い、口から大量の血を吹き出し倒れてしまう。

 

 遠坂凛が令呪を使い転移させた存在。魔術の直撃を受けてか、赤い服が破れ上半身が血だらけのアーチャーが憤怒の表情で私を見下ろしていた。

 

「ぁ…………」

 

 倒れ伏した私はアーチャーと言おうとしたが、代わりにコポッと軽い水音がして声が出なかった。どうやら左腕を切り飛ばされただけではなく、喉を切り裂かれたようだ。自分で放った魔術の爆風で半歩後ろに下がっていなければ、首を切断されていたかもしれない。

 

 運よく九死に一生を得たが、だからと言って起き上がる力は湧いてこない。倒れ伏したまま霞む視界でアーチャーを捉え続けるのが精一杯だった。

 

 虚ろな視線の先で、アーチャーがゆっくりと黒い剣を振り上げた。

 

 

 


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