メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第十一話

 星が舞う夜空の下、私とライダーは敵地へとやって来た。

 

 夜の静寂に彩られ、物音一つしない教会の敷地をゆっくり歩く。冬だからとは言え、敷地内の空気は冷えすぎているように感じた。迷える者を迎え入れる教会にしては、ここは死の匂いがあり過ぎる。

 

 十二分に警戒しながら、物音一つしない中を進んでいく。

 

 英雄王その人はもちろんだが、今回の聖杯戦争の黒幕とも言える言峰綺礼と彼に従うランサーも油断のできる相手ではない。

 

 ランサーに関しては言うまでもないが、マスターの言峰綺礼は教会の元代行者で、その実力は聖典を貸し与えられる候補者にも選ばれたほどのはずだ。全盛期ではあの不死者の第七位代行者に近しい実力だったとすれば、衰えた今とて油断はできない。

 

 敵の厄介さに不安を覚え、つい後ろにライダーが居るかを確認してしまう。頼もしいことに彼女は既に短剣を手に持ち臨戦態勢だ。

 

 ライダーが居る安心感で油断しないように、カツンカツンと石畳の上を警戒して進んでいくと、気づけば教会の扉まで何事もなく辿り着いた。

 

「敷地に入った段階で歓迎されると思っていたのに、誰も出てこないわね」

「出来ればランサーを仕留めてから中の捜索をしたかったのですが、残念ですね」

 

 剣呑なライダーに返答が思いつかず困った顔を向けてしまう。

 

 いざとなればランサーを討つのもやぶさかではないが、最初からランサーを討つ気の彼女をどうしたものかしら。今聖杯に『質の高い英霊の魔力』を供給されたくはないのだけど。

 

 でも私のこの気持ちは遠坂凛風に言えば心の贅肉かもしれない。理想を追って覚悟を決めきれない甘さ。愛憎どちらかだけに心を置けなかった過去の私。サーヴァントとなった今も中途半端なんでしょうね。

 

「行くわよ。ライダー」

 

 自嘲の笑みを消して教会の扉を開けた。思ったよりも古いのか、蝶番が軋むギキィィと鳴る大きな音が教会内に鳴り響く。

 

 誰も居ない教会内は立派な柱に多くの座席があるが、その質の良さに比べ寂寥感漂う様子だった。前に来た時には感じなかったが、主が不在故の物寂しさだろうか。それとも正しく神に仕える存在が10年前からいないからか。

 

 礼拝堂の中を半ばまで進み全体を見渡してみた。誰かが居たような残滓は感じるが、少なくとも今現在隠れ潜む存在は感じない。

 

 魔術的な監視も無いのを確認したので手を振り魔術を発動させる。すると私の前にふらふらと輝き浮かぶウィスプのような光球が浮かび上がった。

 

「油断せずに進みましょう。これが魔力を探知して案内してくれるわ」

 

 ライダーは私の言葉に黙って頷いた。敷地に入ってから未だに何もない事にかなり警戒しているようだ。

 

 私達は光球に導かれ奥へと進んで行った。生きた存在の魔力を追う光球。何処に居るかわからぬ存在を探すのには便利だが。

 

「着いた先に言峰綺礼が居れば、おそらく英雄王かランサーのどちらか、或いは両方がいるはずよ。その時にはライダー」

「わかっています。私が二人を抑えているうちに」

「ええ、何とかしてみせるわ」

 

 中庭に沿った通路で改めて対応を確認した。囮になるライダーがどれくらいの時間を稼げるかはわからない。残念ながら英雄王が本気になれば、5秒にも満たない時間で私共々殺されるだろう。

 

 だが例え殺されたとしても後悔だけはしない。私が死ぬのは必ず事を成してからだ。

 

「ここね」

 

 光球が地下へ降りる階段の前で止まった。

 

 下る階段は先が見えず暗闇が広がっている。仄かに夜を照らす月明かりもハデスの領域は照らせないようだ。神の家に冥府の領域が広がっているのは皮肉なものね。

 

 先の見えぬ階段を降り進む。暗闇の中の空気は外よりもさらに冷たく凍える。単に地下が寒いだけという訳ではないのでしょうね。

 

 手すりも何もない階段を下っていくと広い場所にでたようだ。松明の一つもない場所だったので魔術で明かりを灯す。よく見えるようになったそこは。

 

「地下礼拝堂? いえ、聖櫃の安置所かしら」

 

 簡素で無駄がない清涼な装飾ばかりの部屋だ。けれど微かに感じる。部屋の雰囲気とは反対の悪意を。

 

 光球がゆらゆらと揺れて安置所を彷徨い、ある一点で静止した。先には壁しかない行き止まり。静止したまま動かない光球を挟み壁と対峙する。どうやらここが目的の場所のようだ。

 

「キャスター、来たようです」

 

 憎々しげに睨んでいるとライダーが警戒を促してくる。背中からジャラリと鎖の音が聞こえ、彼女が既に戦闘体勢だとわかった。私も壁から目を離し、先ほど自分が降りてきた階段の方へと向き直った。いつでも魔術を放てる心構えで。

 

 前衛として前に立つライダーと共に最大限の迎撃体制を整えていると、私達に比べ随分と軽い調子の声が聞こえてきた。

 

「待て待て、こっちは戦う気はねぇよ。あんたらがここで何をするのか、興味があるから来ただけだ」

 

 闇から現れたのは両手を軽く挙げた青い槍兵。敵意がない事を示す為かゲイ・ボルグを持っておらず、無手の状態で立っている。

 

「そのような戯言を信じろと?」

 

 完全にやる気になっているライダーは、ランサーの言葉に耳を貸す気がないらしい。脚に力が入り何時でも飛びかかれる状態だ。それに対してランサーはと言うと。

 

「まぁそうなるか。やるならやるでかまわねぇが、一応言っておくぜ。こっちは雇い主にあんたらを監視するように言われててな。監視できない地下に入られたから仕方なく来たって訳だ。だから特にやる気はないんだが」

 

 言葉とは裏腹に両手を下ろし赤い魔槍を手に持った。それからニヤリと不敵に笑い、ライダーにさぁ来いと言っているように見えた。

 

 そんな二人に向かい私は呆れた調子で言ってしまう。

 

「ライダー、私達が来た目的は戦う事ではないでしょう? 戦いを避けられるのなら避けるべきよ。それとランサー、貴方は監視が目的なのでしょう? 無闇に挑発して言峰綺礼の命に背いて良いのかしら?」

 

 睨みあっていた両者が、私の言葉を聞いて徐々に臨戦態勢を崩していく。

 

 ランサーが戦うつもりだったのなら迎え撃てばいいが、出来れば戦いたくはない。彼の『刺し穿つ死棘の槍』はまさしく必殺の宝具。ただ殺す。それだけに特化した凶悪な魔槍なのだから。

 

 戦うつもりはなくなったようだが未だ警戒を解いていないライダーを前にして、ランサーはさっさと魔槍の実体化を解き此方に歩いてくる。気軽に話しかけてきながら。

 

「なんだ、やっぱり俺のマスターが誰か知ってたのか」

「貴方のマスターが自分からばらしたのよ」

「チッ、あの野郎。監視を命じたくせにそういった情報を教えやがらねぇ」

 

 図々しいと言うか馴れ馴れしいと言うか、世間話をする風に近づいてきたランサーは平然とライダーの前までやってきた。しっかりその手に短剣をもったライダーの前に、だ。

 

「で、キャスター、結局ここで何をしようとしてんだ?」

 

 正直に言うとこういう男性は好きになれない。戦う気がないのをアピールする為にわざと気軽に話しかけてきているのでしょうけど。

 

 敵意がないのを良しとして、再び壁に向き直った。そのまま背後のランサーへ言葉を投げる。

 

「貴方のマスターがやっていた事を暴きに来たのよ」

 

 言葉と同時に壁に向かい魔術を放つ。地下の部屋の行き止まりのはずの壁はガラガラと崩れ落ち、隠されていたモノを露にした。それを目にした瞬間、部屋の温度が数度下がった気がする。

 

「……これをあいつがやったってのか」

「そうよ」

 

 壁の先にあったのは植えられたモノ。植木鉢に植えられた植物のようになっている人だったモノ達。それらは作り物ではなく、小さく聞こえる呻き声が彼等が生きている事を訴える。

 

 英雄王を現界させ続ける為に言峰綺礼が用意した生贄達。魔力炉として、いえ、魔力を垂れ流す物として生かさず殺さず苦悶の声を上げ続けるだけのモノにされた、10年前に孤児となった子供達。

 

 地獄のような光景にライダーの気配が変わる。ランサーを警戒する気配が潜み、冷め切った冷たい空気を纏う。何も言葉を発しないが、あえて何も言わないのだろう。ここへ来る目的として事前に教えていたのだから。実際に目にして憤りだけは隠せないようだけど。

 

「これを見て貴方はどう思うのかしら? 秘密主義のマスターに反旗を翻そうとか思ったりするんじゃない?」

 

 本来のマスターであるバゼットから不意打ちでマスター権を奪われ、本気の戦いが出来ない望まぬ偵察を申し付けられた彼なら、自主的に私に協力してくれるかもしれない。そう思ったのだけど。

 

「このガキ共が何故こうなってるのかは知らねぇが、碌な理由じゃないってのはなんとなくわかる。けどよ、言峰の奴にもそうするだけの理由があったんだろ」

 

 思ったよりも淡白な言葉に驚いた。彼はもっと正義感溢れる、とまでは言わないが熱血漢だと思っていた。でも考えてみれば彼が子供の犠牲を目にするのは初めてではないのだったわね。赤枝の騎士団の戦士見習いの少年達が、彼の為に戦場に出て全員死んだ時も、彼は仇は討っても復讐はしなかったのだから。

 

 歴戦の戦士としての観点では、子供だからと言って不幸も犠牲も免れるわけじゃない。そう知っているし納得しているのかもしれない。そう考えたのだけど。

 

「だが気に入らねぇな」

 

 はっきりと嫌悪を露にした呟きが耳に入る。

 

「ふふ、なら言峰綺礼の束縛を解いてあげましょうか?」

 

 『破戒すべき全ての符』を見せて誘惑する甘言を口にする。光の御子を陣営に取り込めれば、戦力の増強は間違いない。例えセイバーとアーチャーが攻めてきても確実に返り討ちにするだけの戦力が整う。

 

 私の誘いにランサーはすぐに返答してきた。

 

「本人に問い質しもしねぇ内から裏切る訳にはいかねぇな」

「そう、残念。主に対する裏切りと、敵でも女を討った事だけはないのだったかしら。そういう生き方も大変ね」

「……なんで知ってやがる」

 

 現界する時に聖杯から過去の英雄達の大まかな逸話を知識として与えられるが、詳細を知るわけじゃないはずなのでランサーは驚いたようだ。むしろ驚いたと言うより、知られたくなかった事なのか苦い顔と言うべきか。

 

「貴方に聞いたのよ」

 

 波止場で釣りをしながら衛宮士郎に語った話。未来で語るかもしれない話。それを見た事があるだけで、事実をそのまま言ったけれど、冗談と思われたのか溜息一つの返事をされた。

 

 ランサーに誘いを断られたので『破戒すべき全ての符』を消して子供達の方へと歩いていく。幸いなのか不幸なのか、彼等はしっかりと生きている。生きて居るなら体を再生させ記憶を消し、幼い赤子にして改めて幸せな人生をやり直してもらおう。

 

 治療を開始するとライダーも手伝いに来てくれた。ランサーが生前女性を討たなかったと知って警戒を解いたのかしらね。偶々だったらしいが今もって彼がその矜持を貫いていれば、私達二人は彼に討たれることはないわけだし。

 

 女二人で作業を開始したのをボケッと見ている男が一人。暇そうにしていることですし、声を掛けることにしましょうか。

 

「ちょっとランサー、貴方もルーン魔術を使えるんだから手伝いなさい」

「あぁ? なんで俺が」

「助けられる子供を助けるのに理由がいるのかしら?」

「はぁ、へいへい、わかりましたよ」

 

 渋々な態度だったが、しっかりと手早くルーンを刻み補助をしてくれる。ライダーは結界を張り邪魔な干渉がないようにしつつ、場の魔力を整えていた。

 

 二人の行動を見て私も気合を入れなおす。魔力を大量に消費するが、この子達が幸せを掴める様に。

 

 

 

 

 

「んで、次は何処へ何しに向かってるのか教えてくれねぇのか」

 

 何故かだらだらと着いて来るランサーが不満を零す。子供達を助けるのに協力してくれたのはいいのだが、それから平然と着いて来る。

 

 体を治し赤子まで若返らせた子供達は、十分寒さを凌げる様に防寒させて籠に寝かせた状態で市役所の入り口へ置いてきた。幸運を呼び込む護符をそれぞれ一人一人に持たせて。

 

 人生をやり直すからと言って、彼等が幸せになれるかはわからない。所詮これは私のエゴだ。今後の彼等の人生に責任を持たず、救った気になっているだけのエゴ。

 

 無駄な事かもしれないが、今日宗一郎様と街を回り吹っ切ったのだ。泡沫の夢なら、夢見てる間は我侭を通して勝手にしようと。万全を期してアーチャーに殺されかけたのも影響しているかしらね。頑張ってもダメな時はダメなら開き直ってしまえってね。

 

 そんな訳で英雄王と敵対するかもしれないが、教会に居た子供達を助けたのだけど。

 

 子供達を運ぶ道中にランサーに聞いた話では、言峰綺礼は行方知れずらしい。指示は念話で送ってくるので生きては居るそうだが。英雄王も言峰と共に居ると考えて、彼等が揃って行方不明。嫌な予感しかしないわね。

 

 手遅れかもしれないが念の為に歩きながら魔術を組み上げる。髪を3本ほど抜いて魔力を通し、薄紫色のガラス細工のような鳥を作り上げ空へと飛び立たせた。イリヤスフィールが居る郊外の城へ、メッセージを携えて。

 

「見た目も絢爛で見事なもんだなぁ。キャスターのクラスは伊達じゃないってか」

 

 夜空を見上げイリヤスフィールの無事を祈っていた私の横で、ランサーが茶々を入れてくる。この男は……。無駄な事を喋らないライダーを見習って欲しいものだ。わざわざ洋服を買ってあげたのだから。

 

 街中をうろうろするからライダーと私は私服を用意していたが、ランサーは持ってきていなかった。という事は、子供達を運ぶ時に実体化したランサーは、青い戦装束姿で居るしかない訳で。

 

 人避けの魔術を使いながら街中を進むのも憚られた為、仕方なく途中で深夜までやってるお店を探し洋服を買う羽目になった。宗一郎様のコートを選んで買った日に、別の男の服を買うことになるなんて。

 

 苦々しく暇で小うるさいランサーを睨みつけた。

 

「もう貴方が手伝う事はないから付いて来なくていいわよ」

「まぁそう言うなよ。この後どうするのか興味あるしよ」

 

 どうせ追い払っても距離を取ってついてくるのでしょうね。彼の今の任務は、私達の監視らしいから。遠くから監視されるのと今みたいに一緒に歩かれるのは、どちらがいいと問われたらどちらも嫌だけど、面倒になったのでこのまま放置する事にした。ライダーは最初からランサーを半ば無視しているし、彼女に習い私もそうする事にしましょう。

 

 にやにやとどうでもいい事を話しながらついてきたランサーだが、目的地に近づくにつれて口数が減っていった。私達3人は喋る事無く寂れた公園内を進んで行く。

 

 夜だから、と言う訳ではなく、ここは人が近寄りがたい雰囲気を放っている。木々と所々にベンチがあるだけの公園。広さの割りに人工物が少なく植物も多いと言えない公園内は自然と寂しさを感じ、まるで来るものを拒絶しているようだ。

 

 公園内の丁度真ん中付近に来た所で、私は錫杖を実体化させた。そして空を見上げ、雲の隙間から覗く月へ向かって杖を掲げる。先端が月を表す愛用の杖は月光を受けて淡く光った。

 

 ゆるりと大きく杖を回し、踊るように体ごと幾度も回る。公園内に居る報われぬ怨霊と化した魂達へ、道を示すように大きく振り、天への道を開く。

 

「……魂送りか。昔似た様なのを見た事がある。その時の場所と同じ様にここも迷ってる奴らが多くいるが、何か曰く付きの場所なのか?」

「……10年前の聖杯戦争。その時の犠牲者達よ。ここら一帯をね、地獄の業火が焼き尽くしたの」

 

 集まる魂達が迷わぬ様に踊りながら答えた。ランサーは私の返答に「そうか」と小さく答えるだけだった。

 

 ライダーとランサーは、この地に囚われた犠牲者達の魂が青い光となって月光の道を上り、世界へ溶けていくのを黙って見ていた。

 

 不条理な死に憎悪を抱え、災厄の泥に塗れ囚われた魂達。私の周りに集まり怨む声が聞こえる度に、私の体に苦痛が走る。その痛みに耐えながら杖を回し空へ掲げる。

 

 苦痛に耐え只管踊り続けていると、雲の隙間から覗く月明かりが強くなった気がした。実体を保てず自然現象となり意志を失った月の女神だけど、この時代でも見守ってくれてるのだろうか。

 

 どのくらいの時間舞い続けたかわからないが、集まる魂が少なくなった頃には私は立っているのもやっとの状態だった。そして最後の魂を空に導くと、倒れかけた私をライダーが支えてくれる。

 

「大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ」

 

 眼帯を外し直接顔が見えるライダーは心配そうな顔をしていた。彼女を見て心配した顔も美人ね。なんて場違いな感想が湧いて出る。

 

 悪意の泥で死した人達の苦しみ、苦痛、恐怖、憎悪。声なき声として、それらに耐えるのは思った以上に体力と精神力を必要とした。大丈夫と言ったが変な感想が出る辺り、あまり大丈夫ではないのかもしれない。

 

「あ~あ、こりゃ付いて来るんじゃなかったな」

 

 私がライダーに抱かれ支えられているとランサーが話し始めた。

 

「見た目も性格もやり方も違うが、懐かしいもんを思い出しちまった。あんたとは完全にやる気がなくなっちまったよ」

 

 頭を掻きながら言うランサーは、もはや敵意どころか警戒の欠片さえなかった。本当に言葉通りにやる気がないようだ。現代風の服装に身を包んだ槍兵に私も言葉を返す。

 

「私も貴方とは戦いたくないわね」

「はん、よく言うぜ。邪魔なら排除する気満々だろうが」

「そうね。だから貴方が私の邪魔にならないように祈っておくわ」

「まったく、聖女のようかと思えば芯の部分は譲る気なしってか。いつの世も女は怖いもんだ」

 

 背を見せ去ろうとするランサーだったが、その背に向かい呼びかけた。彼には手伝ってもらった借りがある。このまま帰せば借りを返せなくなってしまうかもしれないから。

 

「ランサー、気をつけなさい。貴方のマスターは前回の聖杯戦争で受肉を果たしたウルクの王、英雄王ギルガメッシュと手を組んでるわ。言峰綺礼は貴方を必要としていない」

 

 私の忠告を聞いてランサーは片手を挙げてひらひらと手を振るだけで、そのまま霊体化して去って行った。彼自身、英雄王の事は知らなくても言峰綺礼が自分を必要としていない事は知っていたのだろう。今更の忠告で無駄だったのかもしれない。

 

 ランサーを見送り軽く深呼吸をしてからライダーに顔を向けた。

 

「私達も帰りましょうか、ライダー」

「わかりました」

「ちょ、ライダー!?」

 

 疲労で動けなかった私はライダーに抱きかかえられてしまう。少し恥ずかしかったが、自力で動く気にもなれず身を任せることにした。そうしてライダーに抱えられたまま夜空を見上げた。

 

 見上げた空には、月明かりを隠す暗雲が広がっていた。


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