ある夜、遠見の魔術で監視していた衛宮邸でセイバーの召喚を確認した。とうとう第5次聖杯戦争が始まったようだ。不安と希望を胸に、かねてよりの計画を開始する。
まずは行動する許可をマスターに取り、次に一成君に見つかり夜間外出を窘められ、山門でアサシンに心配と同時にからかわれた。
石段を降りた頃にはちょっとだけやる気が減った。そんな自分を奮い立たせてからキャスターとしての姿に成り、急いで衛宮邸へと向かう。セイバーやアーチャーに不意打ちされては怖いので、魔術で気配遮断をするのを忘れない。
程なくして武家屋敷――衛宮邸――の入り口に辿り着く。
「屋敷内にサーヴァントの気配が二つ、か」
と言うことは、衛宮士郎は令呪を使ってセイバーを止めたのだろう。これで貴重な令呪が1画消失した事になる。価値を知らぬとは言え、衛宮士郎は勿体無い事をしたものだ。
「でも同級生の女の子を助けたと思えば、人として好感は持てるわね」
咄嗟の出来事なのに令呪を発動させた事から、心からの願いだったのだろうと推測できる。まだ特別親しくも無い遠坂凛を助けたいと思う気持ちは、彼の善性を表しているのでしょう。正義の味方ですしね。
開かれている門を通り抜けると微かな結界の気配を感じた。魔術の結界にしては緩やかであってないようなものではあったが。確か敵意に反応する防犯装置の役目くらいしかなかったのだったか。
他人の屋敷ながら、開け放たれた門に警報にしかならない魔術結界。それらは防犯的にどうなのかしら? と、詮無き心配をしてしまう。
玄関まで来たので横の呼び鈴を押すとピンポーンと音が聞こえた。
私は気配遮断の魔術を使っているし、アーチャーもセイバーもお互いに警戒してて余裕がなかったのかもしれない。が、まさか呼び鈴を押す事になるとは思っていなかった。外壁に達した段階でセイバー辺りがくると思ったのだけど。
耳を澄ませば複数の話し声がする。「こんな時間に来客?」「マスター、私が」「大丈夫だって、セイバー」と言った感じの会話が聞こえる。遠坂凛とセイバーは警戒しているようだが、衛宮士郎は予想以上に暢気と言うかお人よしと言うか、現状を理解してないと言うか。アレが将来アーチャーになるのだから信じられない。
少し玄関前で待っているとガラガラと入り口が開かれた。
「あ~、どちら様、でしょうか?」
出てきた少年はフードを被った見知らぬ相手に戸惑っているようだ。戸惑う位なら出る前に警戒心を持って欲しい。年長者としてこの少年の将来を、アーチャーとは別の意味で心配になってしまう。
普通に玄関で出迎えられるのを想像してなかった私も、実は対応に悩んでいた。もっとこう「何しに来たキャスター!」みたいなやり取りを想像していたのに。それをちょっとだけ楽しみにしていたのに。
仕方なくフードを脱いで顔を露にして、少年――衛宮士郎へと向き直る。
「私はキャスターのサーヴァントよ。セイバーのマスター、アーチャーのマスターを含めて話し合いをしたいから、中へ入れてくれるかしら?」
出された湯飲みへと手を伸ばし、熱が残るお茶で喉を潤す。ホッとする日本のお茶の味に感心し、ふぅ~とゆっくり息を吐く。
「セイバー、アーチャー、いつまでも睨まないでくれるかしら」
衛宮士郎に居間へと案内されてからずっと、2騎のサーヴァントは私を睨みつけている。セイバーのほうは自らのマスターが迎え入れたからか多少はましなのだけど……。アーチャーが射殺さんばかりの視線で見てきます。
見た目は平然としている私に警戒しているのは分かる。でもそんなに睨まないでもいいと思う。私が冷静に策略を巡らしに来たとでも思っているのだろうか。現在進行形で内心ビクビクしているのを誤魔化す為に、お茶を飲んだだけなのよ。
ピリピリした空気の中、返答したのはサーヴァントの二人ではなかった。
「何言ってるのよ。睨まれるのが嫌なら敵地に来なければいいじゃない」
「あら、何故貴女が我が物顔で言うのかしら。ここはセイバーのマスターの拠点であって貴女の拠点ではないでしょう? セイバーのマスターと敵対していない以上、ここは敵地ではないわね。違うかしら? アーチャーのマスター」
「お生憎様、セイバーのマスターとは同盟を結んでいるから、ここは私の拠点でもあるのよ」
「俺と遠坂って同盟を結んだっけ?」
「さっき令呪を使ってセイバーを止めてくれた借りは返すって言ったでしょ。録に知識も無い衛宮君に、同盟って形で返してあげるわよ」
「待て凛。こんな半端な小僧と同盟など」
私を蚊帳の外にして話し合いが始まった。切っ掛けは私への売り言葉に買い言葉でしょうけど、どうやらアーチャー陣営とセイバー陣営は同盟を結ぶ事になったようだ。マスターの知識不足を認めているのか、セイバーに否はないようね。アーチャーは盛大に不満を言っているが。
途中から話し合いと言うか、アーチャーと高校生二人の言い合いになっていた。拒否したいのは理解できるが、アーチャーは年長者としての態度ではなく大人気ない気がする。とは言え衛宮士郎の事に関しては冷静でいられないか。
暇になった私は同じく暇そうなセイバーを見た。絹糸のような流れる金髪に、陶器のような白い肌、整った顔は少女の面影を残しつつも完成された女性の美貌。さすがメインヒロイン。警戒したままの鎧姿ではなく、可愛い服装をさせたいわ、と自然と思わせられる。
そんな感じで、ついじっくり見ていたらセイバーに再び睨まれた。反射的に視線を外す。セイバーの視線は明らかに「何を企んでいる」と探るような物だった。黒やピンクのドレスを着たセイバーの姿を想像していたとバレたら、斬りかかられる気がする。
「さて、同盟も決まった事だし、後は貴女の目的をキリキリ吐いて貰うわよ。キャスター」
どうやら話し合いは赤い悪魔の勝利で終わったようだ。当然と言えば当然か。アーチャーが遠坂凛に勝てる訳はないわよね。
セイバーに直感で妄想がバレない内に私が来た目的を話そうと思うが――その前に。
「セイバーのマスター、先に血だらけ泥だらけで穴があいた服を着替えたらどう?」
「ん? あ、あぁ、そう言えば色々ありすぎて気にしてなかったが、酷い格好だな。悪い、ちょっと着替えてくる」
見た目の酷さを指摘すると、ランサーに襲われた姿のままだった衛宮士郎は立ち上がり着替えに行こうとした。制服の上着は穴が開いている上に血がたっぷりついている。あれでは学校へ着て行けないでしょうね。
「ちょっと待ちなさい。セイバーのマスター」
「ん?」
「上着をよこしなさい」
「な、なんで」
「いいから」
立ち上がり、どうしてか見るからに動揺した衛宮士郎から制服の上着を受け取る。その上着に修復の魔術をかけ新品同様――――とはいかないが、ランサーに襲われる前の状態へと戻した。予備はあるのでしょうけど、制服って地味に高いから直せるなら直したほうがいいわよね。
「これでいいわね。はい」
「あ、あぁ、ありがとう……」
上着を受け取った衛宮士郎は居間を出て行った。簡単な修復の魔術になんだか驚いていたが……。そうか、彼は現在は強化しか禄に使えない素人同然の魔術師だったわね。あまり見た事も無い他の魔術に驚くのも当然か。
衛宮士郎が驚いた理由に納得して座ろうとしたら、なんとも奇妙な目で3人から見られている事に気づく。
「な、何よ?」
問いかけても返事は無く、衛宮士郎が戻るまで居心地の悪い不思議な視線に晒され続けた。
家主が着替えて戻ると、遠坂凛がさぁ話せと詰め寄ってきたが問題が残っていた。セイバーのマスターである衛宮士郎の知識不足。ランサーに襲われ、セイバーを召喚し、同級生が尋ねてきて、怪しい女性までやって来た。現状に魔術師が関わっていると認識してはいるようだが、実態は聖杯戦争とはなんぞや?レベルの状態。そんな彼に話をした所で無駄であると判断。
「まずはセイバーのマスターに聖杯戦争について説明する事からかしらね」
「いや、その前にやる事がある」
外道神父の代わりに教えてあげようとしたのだが、当の本人から待ったがかかる。
「まずは自己紹介からだろ」
「あ~、衛宮君、貴方が本当に聖杯戦争について知らないってわかったわ」
「どういう意味だ。遠坂」
顔に手を当てため息をつく遠坂凛。最優のセイバーを召喚した癖にあまりの無知っぷりに呆れ、危機感のない人の良さにさらに呆れたと言うところか。
彼女が呆れるのもわかるけど、まぁそれはそれとして。
「生前はコルキスの王女であったメディアと申します。此度の聖杯戦争ではキャスターのクラスで現界しました。以後お見知りおきを」
「あ、これはご丁寧に。えっと、この家の家主でセイバーのマスター? の衛宮士郎です」
「ちょっと! 衛宮君はまだしも何であんたが自己紹介してんのよ!」
「自己紹介は対人関係の基本でしょう? 何かおかしかったかしら?」
「おかしいでしょ! サーヴァントが自分から正体バラしてどうすんのよ!」
礼をして自己紹介すると赤い悪魔がキレた。
「遠坂、何を怒ってるんだ」
「何を怒っているかですって! いいわ! 無知な衛宮君にもわかる様に教えてあげるわよ!」
そこから遠坂凛が聖杯戦争についての説明を始めた。私が説明しようと思ったが、彼女に任せていれば良さそうだ。怒鳴られながら説明されて怯えている衛宮士郎が、若干可哀想な気もしたが気にしない事にしよう。
それよりも先程からセイバーがそわそわ落ち着きなく視線を彷徨わせているのが気になる。睨みや警戒の威圧が消えているので声を掛けることにした。
「セイバー、何かあったのかしら?」
「む、キャスター、貴女が名乗った以上、私も名乗るのが礼儀かと思い悩んでいました」
「ふん、下らんな。勝手に一方的に名乗ったのだ。礼儀も何もあるまい」
「そうね。アーチャーの言うとおり私が勝手に名乗ったんだし、気にしなくて良いんじゃないかしら」
「む……」
「しかし……」
意見に同意すると顔を顰めるアーチャー。皮肉のつもりだったのでしょうけど、言った事を相手が認めて後悔するなら言わなければいいのに。根が善人なのが透けて見える。
セイバーはセイバーで未だ悩んでいるようだ。名乗った返礼に名乗ろうとするような良い子で、良くもまぁ冷徹な王を演じてたわね。部下に人の心がわからないと言われたらしいが、悩む姿は可愛くてとても人間らしく見える。
名乗った事で警戒を解かれたのか、アーチャーからの威圧感もほとんどなくなった。おかげでこの家に来てやっと落ち着いてお茶が飲める。あ~、美味しい。
「ちょっと、何寛いでんのよ。聖杯戦争中に敵地で寛ぐサーヴァントが居るなんて信じられないわね」
説明を終えたらしい遠坂凛が、首を横に振りお手上げのポーズまでして感想を述べてくれる。この娘、何気にリアクションが大げさで面白い。
「それで、セイバーのマスターは現状を理解したのかしら?」
「あぁ、聖杯戦争について一応理解はした。だから先に言っておく。俺を助けてくれたセイバーが聖杯を望むなら手助けをしたい。けど殺し合いをして聖杯を奪い合う。そんな事は認められない」
実にらしい事を言う。聖杯を求めるセイバーの助けはしたいが殺し合いは認めない。聖杯を『普通に』顕現させるにはサーヴァントを殺す必要があるのだけど、そこまで説明されてないのか思い至らなかったのか。どちらにせよ良い所だけを取った理想論。アーチャーに「甘ちゃんが」などと馬鹿にされている。
まぁ突然巻き込まれた彼に、すぐに清濁全てを理解しろとは思わない。ランサーに襲われて数時間しか経っていないし、きっと時間が必要でしょう。
「セイバーのマスターの考えはわかりました。今の言葉を聞いても、アーチャーのマスターは同盟関係を維持するのかしら?」
「えぇ、とりあえずの同盟関係とは言え反故にする気はないわ」
遠坂凛の返答は人としては及第点。けれど魔術師としては落第点。この娘は優秀だけど、やはり甘すぎる。父親が亡くなった影響で魔術師の常識に歪まされる事なく、一般的な道徳心を持ちながら模範的な魔術の修練を積んできたのだろう。彼女の師でもあり兄弟子の言峰綺礼は、意外と人を育てるのに向いているのかもしれない。
「そ、れ、で、キャスター、一体何しに来たのか話してもらうわよ」
「もちろん構わないわ」
遠坂凛が仕切っているのに疑問は感じるが、言ってる事は当然の要求である。なので私は彼らへと改めて向き直り、ここへ来た目的を口にする。
「セイバーとアーチャーに、私と同盟を結んで欲しくてきたのよ」
両手を重ねて顔を少し斜めにしつつ、笑顔で言った私の言葉に4人が4人とも驚いた顔をした。敵意なく他者の陣営に来てやる事なんて、同盟を結ぶくらいのものだろうに。予期されていると思っていた言葉に驚かれて、内心で私まで驚いてしまう。
残念な物を見るような視線で、どうして驚いているのかしらね……?