メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第四話

 懐かしい情景。

 

 国を追われてから何度も見た景色。

 

 余計な記憶があるせいで、王女の立場や女性としての振る舞いが出来ず苦悩した。

 

 そうした私の境遇を知り、加護と魔術を授けてくれた女神ヘカテー。

 

 良い姉ではなかったろうに、それでも私に優しかった弟。

 

 苦労はあったけど楽しかった日々。

 

 しかし一人の男の姿と共に、その光景が崩れ壊れていく。

 

 全てを捨てて、私は血塗られた道を進む。

 

 見たくもないモノが目の前を通り抜ける。

 

 それは正しく悪夢で、忘れられぬ過去の出来事。

 

 女神ヘラの呪いは、人ならざる英霊と言う名の世界の奴隷になった今も私を離さなかった。

 

 

 

 

 

 休日だと言うのに学校へと向かうマスターを見送り、その後に日中にするべき事をこなしていく。具体的に言うと掃除に洗濯等の家事をしなくてはいけない。居候として出来る範囲で、マスターの生活を支える重要な事ではあるのだけれど。

 

「なんかこう、こんな事してて良いのかしら? って気分になるのよねぇ」

「だからと言って、日中まで気を張っていても仕方あるまい」

「そうなんだけど」

 

 早々に家事を終えてアサシンに愚痴を漏らす。私は柳洞寺の居候なので家事手伝いくらいしかやる事が無い。神秘の秘匿を考えると聖杯戦争関連の行動は日中には行えない。準備くらいは出来るが、それにも限度がある。つまり有り体に言えば暇なのだ。

 

「山門付近から動けない貴方の気持ちが、なんとなく分かるわね」

「気持ちがわかると言うなら、即刻その態度を改めてほしいものだが」

「良いじゃないの。貴方がお望みの他愛無い雑談でしょう? 付き合いなさいな」

 

 マスターに愚痴を言って余計な負担をさせる訳には行かない。かと言って一成君や零観さんはもちろん、他の柳洞寺の人達に愚痴を言える訳が無い。彼らは一般人なのだから。

 

「はぁ、気軽に愚痴を言える相手が貴方しか居ないのよねぇ」

「ため息をつくほど暇なら街へでも散策に出たらどうだ。ここで何もせずに居るよりも良かろう」

 

 陣地作成を行い有利な神殿内に篭るのが定石のキャスターのサーヴァントに、散策に出ろとは何を言ってるんだか。でもまぁ、今は日が高く昇っているし。

 

「そうねぇ。生活用品で欲しい物もあるし、新都にでも出かけてみましょうか」

 

 疲れている雰囲気のアサシンを、愚痴につき合わせても可哀想ですしね。

 

 

 

 

 

 柳洞寺付近のバス停で待っていると時間通りに新都行きのバスが来た。やって来たバスへと乗り込み、車内の椅子に座り流れる景色を眺める。

 

 情緒と歴史を感じさせる建物が建ち並び、合間に見える木々が自然との調和を感じさせる。私の古い記憶にある懐かしい日本そのもの。当たり前の事ではあるが、人が住んでいる事を実感させられ暖かさと少しだけの寂しさが湧いてくる。

 

 何個かのバス停に停車した後、バスは大きな川の上を通る橋へと入る。冬木大橋――――人の営みが続き、技術が継承され磨がれ、奇跡に頼らずに作られた巨大な橋。力強く深山町と新都を繋ぐ大橋は、今を生きる人々の偉業のように思える。

 

 場所を深山町から新都へと移したバスからの眺めは、綺麗な装飾がされた街並みに変わった。大地から生えるビル群は見事な物で、これはこれで人の生活を感じさせる。強大な自然にすら負けぬと言うような、頼もしさすら覚える新都の風景。似て非なるそれに懐かしい日常を思い出す。

 

 バスが新都の中央付近に辿り着くと、私を含めた乗客すべてが降車する。

 

 車内から外に出ると雑多な街の空気が鼻腔をくすぐる。古代には感じられなかった機械的な匂い。これを穢れと嫌う魔術師は少なくないでしょうけど、私は嫌いではなかった。別の場所だとわかっていても、心のどこかで帰ってきたと思えるから。

 

「気晴らしに来て感傷に浸っては本末転倒ね」

 

 傷を癒す望郷の想いに耽るのは魅惑的だけど、その先に得る物は無いと思考の外に退ける。折角アサシンに勧められておしゃれをして、寒さにも負けずにスカート姿なのだ。諸々の感傷には蓋を閉じ、今を楽しもう。

 

「良いお店があるといいんだけど」

 

 ふぅと息を吐き気分を変えて、見知らぬ懐かしい街中をブーツで靴音を鳴らしながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 新都でショッピングを堪能して買った戦利品を揺らし、散歩がてら徒歩で帰路についていた。正午を過ぎ時計の短針が右に傾いた頃、マウント深山商店街へと足が伸びた私の眼に奇妙な光景が目に入った。

 

「なんであの娘がここに居るのかしら……?」

 

 商店街の中を物珍しそうに歩く銀髪の少女。商店街の人達と軽い談笑をしつつ、楽しそうにお店を見て回っていた。注視すればわかるが、傍らに霊体化した巨躯の男を引き連れて。

 

 場違いなモノを見てどうしようかと迷って居たら、銀の少女はあるお店のディスプレイを熱心に見ていた。じ~とガラスの先の商品を見る姿は見た目相応の可愛らしい少女に見える。

 

 見てしまったものは仕方ないので、とりあえず声を掛ける事にする。彼女には話したい事もあったので丁度良い機会かもしれない。そう思う事にした。

 

 霊体化してても存在感があり、既に私を警戒しているバーサーカーに軽く頭を下げ手を振り警戒を解く。……警戒、解けてるわよね? 一応生前の知り合いなのだから大丈夫だと信じたい。

 

 ゆっくり歩き無事に少女の近くまで来れた私は、意識して大きく息を吸ってから声を掛けた。

 

「ソレに興味があるなら一緒にお茶でもいかがかしら? バーサーカーのマスター、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

 

 私に気づかぬほど熱心に見ていたのか、振り返った少女は実に可愛らしく驚いていた。

 

 

 

 

 

「感謝するわ。キャスター」

 

 喫茶店に入って席に座り注文を終えたイリヤスフィールが、優雅にお礼を言ってきた。冬木の街を観光に来た彼女はどうやらお金を持ってなかったらしく、興味はあったが払う対価が無く困っていたようだ。

 

「どういたしまして。でも良かったのかしら? バーサーカーを下げてしまって」

「問題ないわ。仮にも魔術師のサーヴァントの貴女が、場を弁えず愚かな真似をするはずが無いもの。それにバーサーカーが居たら貴女が怖がってしまうでしょ?」

 

 イリヤスフィールは私をキャスターのサーヴァントだと一目で見抜き、お茶の誘いを受けると敵意が無い証明としてバーサーカーを自分の傍から遠ざけた。私が魔術師だから日中は大人しくするだろうと確信している――と言うより、これは余裕でしょうね。自分のサーヴァントがキャスター風情には負けないという。

 

 いざとなれば令呪で呼べばよいし、自身も小聖杯の魔術師としての自信があるのでしょう。事実、今回の聖杯戦争での最高のマスターであるのは間違いない。

 

 侮られているのでしょうけど、バーサーカーことヘラクレスを知っているので納得してしまう。何せ生前の彼は大地を動かし山を砕き、魔獣を素手で屠るような人だったのだ。私のような現代と比べ物にならぬ魔術師が居た時代の英雄。知っているからこその苦手意識というか、生前よりは弱体化されていたとしても勝てる気がしない。

 

「気を使っていただいて感謝するわ」

「素直に認めるの? バーサーカーに敵わないって」

「えぇ、彼の相手は私では分が悪いわね」

 

 余裕ある笑みからポカンとした表情に変わる。私が認めないとでも思っていたのかしら。1対1であれば、セイバーやアーチャーすら圧倒して屠る相手なのだ。虚勢を張る気も起きない。まぁ対策が無いわけではないけど。

 

「ふ~ん。なら貴女は後回しにしてあげるわ。セイバーのマスターを殺した後にしてあげる」

「後回しなのは嬉しいけど……」

 

 やはりイリヤスフィールは憎しみをもって衛宮士郎を殺そうとしているのね。

 

 雪に包まれた古城で帰らぬ両親を待ち続けた少女。愛を知らぬホムンクルスであったなら憎しみを抱かなかったでしょう。でも彼女は知っている。幼き日に一緒に遊んだ父の愛を。夫と娘の為に命を捨てた母の愛を。

 

 私が何もせずとも、雪の牢獄から出て冬木の町へ来た彼女は時を経れば自然と優しくなっていく。自らの母のように家族の為に、義弟の為にその身を犠牲にするくらいに。そんな彼女だからこそ伝えたいと思う。ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンによって歪められた情報ではなく、私の知っている二人の本当の想いを。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。貴女に伝えたい事があるわ」

「何かしら? 命乞いなら――――」

「貴女の両親についての真実を」

 

 言葉を飲み込み黙った彼女は何を思うのか。怒りも悲しみも見せない無表情。それは両親を拒絶する顔ではなく、自分の心を守る無貌の仮面に見えた。

 

「知って欲しいの。衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンがどれだけ貴女を愛していたかを」

 

 銀の姫君に語りましょう。娘を愛する夫婦が命をかけて挑んだ戦い。Zeroの物語を。

 

 

 

 

 

 聖杯の穢れを含め、知る限りの第4次聖杯戦争での衛宮切嗣の事を話した。戦いが終わった後の衛宮士郎との出会いも。愛する娘に会う為に、アンリマユの呪いで蝕まれる体を引き摺りながらアインツベルンに挑んだ事も。

 

 母親のアイリスフィールが聖杯と化す苦痛の中であっても、娘の為に身を犠牲にする事は躊躇わなかった事。娘が幸せになれると信じて死んでいった事。

 

 衛宮士郎が衛宮切嗣の後を継ぎ、正義の味方を目指している事も話した。彼が当時の出来事の影響で自分の幸せを考えられず、自己犠牲ですらない意識で他人の為に動く事も。幸せの中に居ても幸せを感じられないであろうと。

 

 途中で注文した品が届いたが、それには一切眼をくれなかった。イリヤスフィールは最後まで特に言葉無く、感情を表に出す事無く聞いていた。

 

 話し終わる頃には太陽は西に傾き、時刻は夕暮れへと移っていた。

 

「私が知っているのはこんな所かしらね」

「……」

「多少私の主観は入っているでしょうけど、偽りではないと保障するわ」

「別に嘘かどうかはいいわ。でも一つだけ。どうして私にその話を?」

 

 どうして、か。

 

「私にもね、弟が居たのよ。良い子だったわ。だから義理とは言え姉弟の貴女達には仲良くして欲しいから、かしらね」

 

 自分に出来なかった事をして欲しい思いもあるかもしれない。聖杯の器としての運命を他人に押し付けられ、偽りの情報を与えられた彼女に同情したのかもしれない。でも何よりも単純に思ってしまう。

 

「それにね、真実を知らず誤解したまま姉弟が殺しあうなんて悲しいじゃない? 嫌なのよ、そういうのは」

 

 誰かが不幸になる様を見たくないと。

 

 最後に彼女は短く「そう」とだけ返事をした。銀の少女が何を想うのかはわからない。けれど出来れば彼女には私と違った道を進み、仲良く笑い合う未来を期待したい。

 

 例えその身が聖杯の器であり、私が聖杯を求めているとしても。

 

 

 

 

 

 夕暮れの中、柳洞寺の石段をゆっくりと登っていく。そして山門に辿り着くと案の定アサシンに色々と言われた。やれ何を買ってきただの、女の買い物は長いだのと。

 

 そろそろ慣れてきたアサシンとの会話の途中で異変を感じた。マスターへ渡した護符、その中で身体を魔力で強化する護符の発動を。

 

 私はすぐにローブ姿になり、柳洞寺に蓄えていた魔力を幾分か使い転移の魔術を展開させる。

 

「む、宗一郎の身に何事かあったか」

「えぇ、おそらく」

 

 転移しようとする間にも別の護符が効力を発揮したのを感じた。身を守る為の守護の護符。先の護符とあわせて考えれば、マスターが戦闘を行い傷を負った可能性が大きい。

 

 焦った私は強引に複数の魔術を発動させ、魔法にも等しい長距離の転移を擬似的に行った。

 

 

 

 

 

 気をつけて行け――と転移間際に聞こえたアサシンの声を耳に残し、転移後すぐに周りを見渡す。飛んだ先は閑散とした冬の雑木林。見通しが良いと言えない場所で、すぐにマスターを見つける事が出来たのは僥倖か。

 

 しかしマスターの状況を知り顔を顰める事となる。何故なら上半身を雑木に預け、右腕を真っ赤に血に染め、頭からも血を流し意識を失っているようだったから。

 

「キャスター?」

 

 マスターの様子に驚愕していた私の背に声がかけられた。声のする方へと振り向けば、マスターと同じように腕を負傷した様子の衛宮士郎と、彼を庇う様に立つ鎧姿で見えぬ何かを持つセイバーが居た。

 

 それを見て私の感情が爆発する。

 

「セイバー、よくもマスターを!」

 

 瞬時に複数の立体魔術陣を展開しセイバーへと向ける。

 

 彼らの人柄を、願いを、在り方を知っているからこそ敵対しようとは思わなかった。出来れば手を結びたい、共に過ごしてみたいとさえ思っていた。だがそれが甘かったと思い知る。共に聖杯を求める存在。ならば敵対するしかなかったという事か。

 

 自分の甘さに対する憤りを表すかのように、展開させた魔術陣から光が迸る。

 

「待て! キャスター! 私は――――」

 

 魔力で彩られた破壊の奔流は、セイバーの言葉を遮り彼らへと襲い掛かった。


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