メディアさん奮闘記   作:メイベル

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第六話

「ふむ、なるほど、儂を討ちに来たと申すか」

 

 態度も口調も変化がないが周囲の気配が変わった。何かが周辺の闇に潜んでいるのを感じる。おそらく臓硯の操る虫達が集まってきているのでしょうね。

 

「しかしマスターでもない儂を討とうとは。はて、ぬしのマスターは儂に恨みでもあるのかのぅ。既に隠居している儂を恨む者が居るとも思えんが」

 

 疑問の言葉と声音はどこまでが本音かわからない。私からすれば恨みを買っていないはずはないと思うが。でも臓硯が言う事も真実なのかもしれない。恨みを持つ者を悉く始末すれば、恨む者が居ないと言える。

 

 まぁ臓硯が何を言おうがどうでもいい。私がやる事は決まっている。しかしその前に念の為、一つだけ確認しておこう。

 

「始末する前に一つ質問しましょう。あなたは、自分の為ではなく世界の為に聖杯を求める者をどう思うかしら?」

 

 問いをすると臓硯は考える素振りをし、警戒があった眼には強い興味の光が宿る。そして少しの間を置いてから返答がきた。

 

「自らの欲望ではなく世界の為……か。人間は欲望があればこそ生きられる。どのような願いと言えど結局は己が欲望に帰結する。ならばその願いも自己の欲望よ。それを世界の為などと言えば、偽善ですらなく独善であろう」

 

 予想外の真っ当な返答に内心で驚く。今の返答だけを聞けば、彼をまともな人物と捉えてしまいそうだ。根本を忘れ歪んでいる事を知らなければ、だが。偽善ですらないと言い切るのは、自分を悪として外道な道すら良しとしているからか。

 

「では例えばだけど『この世全ての悪の廃絶』を聖杯に願う者が居るとしたら?」

「クク、ハハハハ、この世全ての悪の廃絶だと? キャスターよ、それがぬしのマスターか、或いはぬし自身の願いか?」

「さぁ、どうかしらね?」

 

 心底愉しそうに笑う臓硯。その姿は呆れすら通り越して嗤っているように見える。確かに子供が夢見るような実現するのは不可能な願い。人が人である限り叶わない願い。だからこそ、願った者は聖杯を求めたのだろう。

 

 私自身は『この世全ての悪の廃絶』と言う願いに賛成は出来ない。けれど、その願いの根本が人同士の争いを憎み平和を望んだ心からだとすれば、その思いに共感はできる。

 

 改めて考えて、それは尊い願いであると思った。だから返答にほんの少しだけ期待をしていたのだが――――。

 

「そうさな。そのような願いを求める者に何か言うとするならば愚かと言うだけよ」

「そう、残念だわ」

 

 会話の終わりを示す冷たく言い放った私の言葉の直後、私と臓硯は素早く動いた。

 

 夜の影から現れ私へと襲い掛かってくる虫の群れ。それらに向かって炎の魔術を放ち迎撃する。自分の周りをぐるりと囲むように放った炎は、飛び掛ってきた醜い虫達を悉く焼き殺した。

 

 最初の攻防は私の勝ち……と言う訳ではなかった。

 

「さすがキャスターのサーヴァントと言うべきか。個としての力量では儂を上回るようだ」

 

 負けを認める発言だけど、場の雰囲気は虫を焼かれる前と変わっていない。むしろ周囲のざわつく気配は先程よりも増えている。

 

「個ではなく数が貴方の力な訳ね」

「所詮儂はマスターにも選ばれぬ隠居者よ。か弱い蟲達を頼りにするしか手がなくてのぅ。出来ればぬしには大人しく蟲達の餌になって貰いたい。サーヴァントを喰らうのはこやつらも初めてで期待して居るようでな」

 

 自分を卑下してペットを可愛がるような言葉だが、聞かされた私はおぞましい気持ちになる。闇から溢れた虫の醜い姿が余計におぞけを増長する。

 

 マスターに選ばれないなどと言っているが冬木の聖杯システムの設計者の一人なのだ。やり様によっては現存するサーヴァントを生贄にサーヴァントを召喚しマスターになる事も可能なはず。イレギュラーな召喚をした為に現界の楔が弱い小次郎などは生贄にしやすいでしょうね。

 

 英霊たる私を前にしての余裕は数による圧殺が可能だからか。セイバーやランサーならいざ知らず、キャスターである私は魔術の発動と言う過程を経なければ迎撃が出来ない。多数の虫に近寄られれば、魔術師では無残に食い殺されるだけだろう。『普通ならば』であるが。

 

 さらにいざとなれば控えているライダーが居る。余裕があって当然か。自らが出てそのまま私を喰おうとしているのは、言葉通りサーヴァントを喰らうのに興味があるからっぽいわね。私が女である事も関係していそうだけど。

 

「キャスターよ、覚悟は決まったか?」

 

 現状を分析していると臓硯が聞いてくる。その声音は喰らうのを待ちきれぬと言った快楽の感情が見えた。

 

「えぇ、決めたわ」

 

 醜い虫達に囲まれながら、私はその手に用意していたモノを召喚した。私の手の平の上に現れたモノを見て臓硯が警戒するが既に遅い。大魔術でもない限り発動に詠唱など必要ない私は、手の平のソレを生贄に即魔術を発動させた。

 

 手の中のモノが塵と化すと、場の空気が変わり異変はすぐに起こった。

 

「貴様、何をした!」

「ふ、ふふふふ、簡単な呪いをこの地にかけただけよ」

 

 発動した呪いは狙い違わず効果を発揮する。臓硯を守り、同時に私を喰らおうと囲んでいた虫達が共食いを始めたのだ。

 

「蟲共が言う事を聞かぬとは」

「蠱毒の虫を触媒に、お互いを喰らい合う呪いをかけただけよ。他者を喰らうあなたの虫とは相性が良かったようね」

「おのれ、女狐めが!」

 

 間桐邸の敷地に掛けられた呪い。それはお互いを喰らい合わせ呪いと化す蠱毒の壷の呪いをベースにしたもの。生き残った最後の1匹を触媒にし、蠱毒の作成に欠かせぬ虫の共食いの概念をこの地に強いた。

 

 ただの自滅の呪いなら効果は薄かったでしょうが、他者を喰らう臓硯の虫は『喰らう事』を受け入れやすい。加えて虫という共通の属性を持たせている。見える範囲ではあるが、思った以上に効果があったようだ。見てて気持ちの良い光景ではないので、見ても良い気分にはならないけど。

 

「さようなら、マキリ・ゾォルケン」

 

 虫をけしかける事が出来なくなって呆然としていた臓硯を、一面の虫共々炎が包み込む。烈火の業火が通り過ぎた後には消し炭と化した虫達の残骸が残るが。

 

「逃げた……か」

 

 人の形をした虫の塊も焼け焦げてはいたが、話していた時と違い抜け殻だった。そもそも最初から抜け殻ではあるのだが。

 

「往生際の悪いことね」

 

 逃げた窮鼠を仕留める為に、悠々と歩を進め屋敷へと入る。目指す場所は決まっている。追い込まれた虫が逃げた先、数多の人が犠牲となった虫の巣窟へ。

 

 

 

 

 

 カツンカツンと足音が響く地下室。そこは工房と呼ぶには陰湿な雰囲気を漂わせていた。壁に設置された穴倉からは虫が蠢く音がして、自然と嫌悪の感情が湧いてくる。

 

「上での事で図に乗ったものよな。ここまで来て無事に済むと思わぬ事よ」

 

 階下に居る臓硯が憎々しげに私を見つめる。

 

「ぬしの呪いも秘蔵の蟲には効かぬ。さらにライダーが居るこの場より、もはや生きて帰れるとは思わぬがよい」

 

 臓硯の言葉通り、虫蔵の底にはライダーが短剣を構えて立っていた。それだけではなく、間桐慎二に間桐桜も居た。彼らを守るように這いずる虫の集団の真ん中に。

 

 私がかけた呪いに抵抗する虫がいるのは予想通り。そしてライダーと間桐桜が居るのは予定通り。もう1名は居ても居なくてもどちらでも良かったので問題ない。

 

「そうね。ライダーを正面から相手にするのは少々分が悪いかしら」

 

 私がそう言うと、間桐慎二が手に持つ本を開き一歩前に出る。表情には怯えが見えるが、それでも尚私を直視していた。臓硯に対する恐怖もあると思うが、魔術師としての冷酷な雰囲気を纏う今の私を前にしても崩れぬ彼の芯が強いのだろう。

 

「ハ、ハハハ、昨日はよくも邪魔してくれたな。ライダー、今日こそあいつを八つ裂きにしろ!」

 

 ライダーが武器を手に持ち前に出る。それに合わせて虫達が壁を這いずり、天井や壁面を覆い私を囲う。敵の工房の只中に来て囲まれて絶体絶命と言った所か。

 

 虫蔵の底へと続く階段の上からライダーを見下ろす。眼帯に遮られた彼女の表情はわからないが、事を起こそうとする重圧は伝わってくる。

 

 そうして間桐のサーヴァントとして立っている彼女へ言葉をかけた。

 

「始めましょうか、ライダー」

 

 瞬間、世界が赤い檻に閉じ込められる。

 

「クッ、カッ、グガッ、こ、これは……」

 

 ライダーの結界により赤い粒子が舞う中、臓硯が見るからに苦しんでいた。同じように蠢く虫達も呻きながらのたうち回っている。

 

 事態を飲み込めずオロオロとしていた間桐桜をライダーが気絶させ、そのまま抱えて私の横へ飛んできた。それを見て兄である間桐慎二が半狂乱で叫んでくる。

 

「ライダー! なんだこれは! なんなんだよこれは!」

「あら? 自分のサーヴァントの宝具も知らないのかしら? ブラッドフォート・アンドロメダ。結界内と外界を完全に遮断し、内部の対象者を融解し魔力へと変換する結界宝具よ」

 

 ライダーの代わりに答えると、わなわなと震えて私を睨む間桐慎二。自分が学校へ仕掛けていた物が、今自分へ向けられていると知って恐怖しているようだ。実際は臓硯と使い魔の虫にしか向けられていないのだが。怯える彼を見ると、いけないと思いつつもゾクリとした快感を感じる。

 

「グゥ、慎二よ、令呪をもってライダーを縛れっ!」

「あ、ああ、そ、そうか。よ、よし」

 

 『他者封印・鮮血神殿』の対象にされているのに臓硯は喋る余裕があった。共食いの呪いが掛かっていて、大部分の力を虫の制御に使って抵抗できないと思っていたけど……。そう言えば、今のライダーのマスターは間桐慎二か。彼がマスターの状態では、彼女の宝具は真価を発揮できないのだったわね。

 

 臓硯に言われ間桐慎二が偽臣の書に移された令呪を用いてライダーを縛ろうとする。しかしその前に私は右手に短剣を具現化させ、迷う事無くそれを横に立つライダーの胸へと突き刺した。するとライダーから魔力が篭った風が立ち昇る。

 

「うわっ!? ほ、本が、僕の令呪が!?」

「キャスター、貴様……!」

 

 間桐慎二が持っていた偽臣の書は炎に包まれ灰と化した。呆然とする間桐慎二。縋る物が無くなった彼の代わりに、もう一人は窮地だと言うのに悪意が膨れ上がっていた。

 

 苦しみながらも臓硯は鋭い眼光に憎しみを乗せて私を見てくる。私の呪いとライダーの宝具にまだ耐えられているようだ。死者への餞別ではないが、私は左手に宿った令呪を見せながら何をしたか臓硯に教える事にした。

 

「ルールブレイカー。私の宝具を使いライダーのサーヴァント契約を解除して、強制的に私のサーヴァントにしただけよ」

「ククッ、そうか、裏切るかライダー。ハハハハ、裏切りを見抜けなかった儂の不覚か。よかろう。ならば潔く散るとするか」

 

 事前に私とライダーが手を結んでいた事を察したのか潔い発言をする。が、その眼はギラリと執念の光を放っており、大人しく散る気がないのを窺わせる。

 

 何を考えているか正確な所はわからないが、ライダーが守ろうとしている間桐桜を道連れにするか、或いは間桐桜を乗っ取ろうとでも考えているのか。死の間際でも決して諦めていない意志の強さは驚嘆に値する。素直に褒められないが。

 

 臓硯の思惑はわからないが、ライダーとの約束を果たす為に間桐桜へと向き直った。そしてライダーに抱かれている彼女の胸へと手を伸ばし、真っ直ぐその手を突き刺した。

 

「こんな場所にも害虫が居るのを忘れていたわね」

「なっ!?」

 

 間桐桜の心臓を手に持ち言うと、臓硯が驚きの声を上げた。間桐桜が心臓を抜かれたのに生きている事に驚き、そして心臓に虫が巣食っているのを知られていた事に驚いた。と言った感じか。

 

 後者はまだしも前者で驚かれるのは不愉快ね。遠坂凛でさえ、魔力量のごり押しでゲイ・ボルクで穿たれた心臓を再生させたのだ。ならば無くなった心臓を再生させる程度、魔術師の英霊である私に出来ないはずが無い。『普通の心臓』の再生なんて造作ない事。生きてさえ居れば、肉体が17分割されていたとしても生き返らせる自信がある。

 

「間桐桜に巣食う害虫の駆除も終えたし、ライダー、終わらせなさいな」

 

 私が言うと空気中を漂う赤い粒子が増え、空間内の禍々しさが明らかに上がる。マスターが私に代わった影響で『他者封印・鮮血神殿』が真価を発揮したのだ。吸精に耐えていた虫達がぼろぼろと崩れちり芥へと還っていく。

 

 一気に崩壊を早める中で、手に持つ心臓から小さな虫が飛び掛ってきたが、それもライダーが短剣で始末した。そうして粗方の虫が消えいくと、虫倉の奥から人間大もある巨大な虫が這い出てきた。

 

「おのれ、おのれ、おのれぇえ!!!」

 

 老人の形をした虫と巨大な虫の両方から怨念篭る憎悪の声が聞こえる。おそらくあの巨大な虫が臓硯の本体なのでしょうね。その形は人とは遠く、虫としても歪で正常とは思えない異形の存在。

 

「貴様らごときに、たかだかサーヴァントに、この儂がぁぁ――――」

 

 言葉途中で投げられたライダーの短剣が巨大な虫を切り刻む。数瞬の時を置き、巨大な虫が動かなくなりボロボロと体躯を崩れさせていった。それに合わせる様に老人の形をした虫も衣服を残し塵へと変わる。

 

 数百の年月を生きた虫の怪物の最後にしては、あっさりとした終焉。臓硯の消滅を確信したのか、ライダーが『他者封印・鮮血神殿』の発動を止めた。

 

 やるべき事をやり用の無くなったこの場を跡にする前に、一度だけ魔術師の残滓に目をくれる。悪を憎み望みを叶える為に自らが悪となってしまった哀れな存在。彼の過ちはなんだったのか。たぶん人である事を辞めた事だろう。

 

 一欠片の同情を残して背を向けた。その時に見えた少年を無視し、マントで抱える間桐桜ごとライダーを包み転移した。


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