メディアさん奮闘記   作:メイベル

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幕間 遠坂凛 前編

「やってくれるわね」

 

 深夜、情報を集める為にアーチャーと一緒に新都を散策していた。その時にビルの屋上に上がり街全体を見下ろしていたら偶然ソレを発見した。

 

 屋上の死角に設置された自立型魔術陣。設置後に自動的に効力を発揮する厄介なソレの破壊を試みるが……。

 

「やっぱりダメか。壊してもすぐに修復されちゃう」

「凛、ここから見えるだけでも複数同じモノが見える」

 

 修復時の魔力の流れから考えて、破壊したとしても近くの同じモノが修復をするようね。これを本気で壊すつもりなら、下手をすると街に設置されている全てを同時に破壊しなくちゃダメか。厄介極まりない。

 

「アーチャー、これを設置した目的は何だと思う?」

「君が考えている通りだと思うがね」

「チッ、やっぱりそうか」

 

 この魔術陣は周辺の生物から精気を奪い、それをどこかへと送っている。私のような魔術師なら防ぐ事が安易な略奪の魔術効果だけど、一般人はそうはいかない。

 

 聖杯戦争が始まったこの時期に仕掛けられた目的は簡単に推測できる。サーヴァントの強化の為の魂食い。それしかない。

 

「集められた精気は……地脈を通してあっちへ流れてるわね」

 

 目を瞑り魔術陣を通して精気の流れを調べる。すると思った以上に簡単に判明した。これほどの魔術陣を設置する相手だ。探査に対する妨害を忘れたのではなく、隠す気がなかったって事なんでしょうね。

 

「その先には柳洞寺があるな」

 

 私が指差す方向を鋭い視線で睨むアーチャー。その眼は敵を捉えた狩人のようで頼もしい。

 

「ますます厄介ね。柳洞寺は霊地として優れているし、何よりも結界が張ってあってサーヴァントは正面からしか侵入できないわ」

「なるほど、篭るにはうってつけ。と言うわけか」

 

 私が言いたい事を察したのだろう。柳洞寺は拠点とするなら優良であり、既に拠点として機能していて外からの魔力供給を自動で行う穴熊の陣容を示している。尚且つこれほどの魔術陣を設置する相手。篭る戦術に魔術を使った戦略。

 

「敵はキャスター、か」

「たぶんね。現代の魔術師じゃ、これほど自然に街に溶け込んで違和感を感じさせない癖に、ここまで強力な魔術陣なんて作れないもの」

「戦う準備万端と言ったところか。だとするなら、先日の同盟の話はやはりフェイクと考えるべきだな」

「えぇ、断って正解だったんでしょうね」

 

 キャスターが自ら名乗った真名、コルキスの王女メディア。裏切りの魔女と伝わる彼女の逸話は、まさしく裏切りの連続だった。自分の国や家族を、保護した他国の王を、夫や子供すらも裏切った。

 

「でも自分から名前を言うくらいだし、逸話と実際の人柄が全然違った気もするのよねぇ」

「凛、裏切ると言う事はその前提として、信用されていたと言う事だ。ああいった表向きの態度も意図的なものなのだろうよ」

 

 アーチャーの言うとおりだとは思うが、どうにも引っかかる。真名を言えば信用は上がるが、キャスターの場合は信用よりも裏切りを警戒する。それを考えないほど馬鹿でもお人好しでもあるまいし。実態は裏切りの魔女と知っても善人に見えるほどの巧みな人心掌握術と言ったところだろうか。

 

 話した時の人の好さそうな雰囲気は、やはりアーチャーの言うとおり演技と考えるのが妥当か。街の人々から精気を集めるような手段を取っているのだから、魔術師らしい冷酷さが本質なんでしょうね。今は街に異変はないけど、キャスターが本気になれば魂食いで何人死人が出るかわかったものじゃない。

 

 どうしても拭えないお人好しのイメージが恐ろしい。同盟を結んでいたら、どれほど酷い手の平返しにあっていた事か。

 

「現状、時間が経てば経つほどキャスターが有利になるわね」

「つまりキャスターには早々にお引取り願おうと言う訳だな」

「えぇ、明日衛宮君と話してから、セイバーも連れて柳洞寺へ攻め込むわよ」

 

 新都の空に最も近い場所から柳洞寺のある方向を見やる。敵は神代の魔術師。聖杯戦争に参戦するマスター、そして冬木のセカンドオーナーとしても、アーチャーとセイバーの2騎の戦力を用いて油断なく討たなくては。

 

 

 

 

 

 翌日、昼休みに衛宮君と話そうと彼のクラスの前で待っているのだけど。

 

「遅い。遅いわね。なんでさっさと出てこないのよ。さり気なくクラスの前を通過する振りをして声を掛けようと思ってたのに。これじゃあ私が衛宮君と話したくて待ってるみたいじゃない」

 

 つい小声で文句を言ってしまう。廊下で立って待っていても一向に出てこない。明らかに私を見ている生徒が徐々に増えてきて苛々してくる。衛宮君のせいで優等生な私の評判が落ちたらどうしてくれよう。

 

『教室の入り口から顔を出して呼べば早いと思うのだが……』

『嫌よ。それじゃあ、まるで私が衛宮君に会いに来たみたいじゃないの。あくまでも、さりげなく、偶然を装って連れ出すのよ』

『既に手遅れだと思うがね』

『うるさいわねっ』

 

 念話でアーチャーが色々と言ってくる。私だってもう目立ってるのはわかってる。さり気なく廊下で声を掛ける事が不可能だと理解している。多数の生徒、特に男子が教室から顔を出して私を監視しているのだから。

 

 でもだからこそ私は平然と落ち着いて待つのだ。我が家の家訓にかけて。

 

 表面上は澄ましたまま待っていると、ようやく衛宮君が教室から出てきた。他の男子生徒に背中を押されて私の前に。

 

「よ、よう遠坂、こんな所でどうしたんだ?」

 

 何故か怯えた様子で私に声かける衛宮君。その彼に、私は精一杯の優しい笑顔でにっこり微笑み答えてあげた。

 

「こんな所で偶然ね。衛宮君、お昼まだでしょう? 折角だから一緒しない?」

 

 言った直後にワァァと周りから歓声が上がる。特に男子から。ついでにアーチャーから呆れた気配が伝わってくる。理由はわかるので余計な事は何も考えない。

 

「そ、そうだな。奇遇だな。うん。じゃあ俺は一成と生徒会室で食べるから――――」

「衛宮君、一緒に、お昼を、食べましょう」

「は、はい……」

 

 逃げようとした衛宮君の肩をしっかり捕まえて、わかり易いように丁寧に優しく言葉を区切って伝えてあげた。私の誠意が伝わったのか、衛宮君はしっかりと頷く。

 

 さて、まずはどうやって苛めてあげましょうか。

 

 

 

 

 

 冬の寒さで人気がない屋上で、お昼を食べながら昨夜の魔術陣の事と、そこから推測される事を衛宮君に話した。最後に今日柳洞寺に攻め入る事も話したのだが、何故か衛宮君は乗り気じゃない感じだ。

 

 殺し合いや無関係な人を巻き込む事を嫌がる衛宮君が、一般人から無差別に魂食いをする可能性があるキャスターの討伐に乗り気ではない事に疑問を持ったが、その理由はすぐにわかった。

 

 情報交換と言う事で聞いた衛宮君の話。昨日の出来事を聞いたから。

 

「間桐君に連れ出された。までは危機感が薄いで済むけど、その後に令呪でセイバーを呼ばずにライダーと一人で戦い、あげく葛木先生に助けられて、最後はキャスターと戦闘になったって……」

 

 どこから突っ込めばいいのか。衛宮君の迂闊な行動は魔術師としてあるまじき事ではあるが、キャスター陣営の動きも理解できない。

 

 どうしてキャスターのマスターである葛木先生が衛宮君を助けたのか? 放っておけばライバルが一人減ったのに危険を犯し助けた事が理解できない。そこだけでも疑問が満載だが、ついでにキャスターが勘違いで戦闘行為をした事を謝り、衛宮君の傷を治したおまけつき。

 

 利用する為に好印象を与えておく。そう考えられない事もないが、それにしては行動に計画性が見られない。そもそもの発端が間桐君の行動であるからだ。唯一、キャスターとマスターの葛木先生の行動を説明できる考えはあるが理性がそれを否定する。

 

「まぁいいわ。キャスターのマスターが葛木先生ってわかっただけでもお手柄よ。柳洞寺に潜む相手がキャスターだって確信を得た訳だしね」

「それに慎二がライダーのマスターだってのもな」

「あぁ、そうね。まさか間桐からマスターが出るとは思わなかったから、それもお手柄、かしらね」

 

 魔術師として廃れた間桐がマスターか。もしも間桐のマスターが居るとしたらあの娘だと思ってたけど。そんな風に思ったせいか意識せずに言葉が漏れる。

 

「桜じゃなくて良かった」

 

 小声で言った独り言だったのだが、隣に居た衛宮君に聞こえてしまったみたいだ。うっかり零した私の言葉から話題は桜の話へと移る。

 

「遠坂は桜の事も知ってるのか」

「え、えぇ、彼女って弓道部でしょ。部長の美綴さんとは一応友人だから、たまに見学に行くのよ。だから顔見知り程度には、ね。衛宮君こそ、どうして桜――さんの事を?」

「うん? あぁ、慎二の妹だしな」

「なんだ、間桐君経由なのね」

「いや、今じゃどちらかと言うと桜との付き合いの方が多い。俺が一人暮らしなのを心配して、ほぼ毎日ご飯を作りに来てくれるからな」

「へぇ~、そうなの」

 

 年頃の娘に何をさせてる。あの娘がまさか毎日通い妻のような事をしているのは予想外。気軽に話す様子から、たぶんあの娘の好意に気づいてない鈍感男に文句を言ってやろうと思ったのだけど、次の衛宮君の一言で思考が止まる。

 

「そう言えば、なんでか今朝は来なかったな」

 

 一瞬の思考停止後、即座に頭をフル回転させた。

 

 間桐がライダーを呼び出した。昨日ライダーとキャスターに因縁が出来た。キャスターのマスターは葛木。間桐の所在を調べるのは簡単なはず。キャスターは街中に魔術陣を仕掛け戦う準備は出来ている。

 

 知っている情報を整理しながら、衛宮君に必要な事を聞いた。

 

「衛宮君、もしかして今日間桐君って学校を休んでる?」

「よく知ってるな。無断欠席だって一成が怒ってた」

 

 返事を聞いて急いで屋上から校舎内へ入る。後ろで慌てた衛宮君の気配がするが無視して1年生の教室へと移動した。

 

 目的の教室――桜のクラス――の前まで来たら、クラスメイトらしき子を捕まえ質問した。「間桐桜は今日休んでいるか」と。答えは予想通り「休んでいる」だった。

 

「おい、遠坂、どうしたんだよ急に」

 

 事態を少しも飲み込めてない衛宮君の手を掴み、人気のない場所に移動して現状の予想を言葉にする。能天気な雰囲気の衛宮君に対する怒りを篭めて。

 

「ライダーのマスターである間桐慎二。それに妹の桜まで来てないのよ。昨日、衛宮君達とのいざこざの後に何かあったんだわ」

「何かって、慎二の奴は俺との事があったから来てないだけかもしれないし、桜は風邪とかかも知れないじゃないか」

「間桐君の方はそうかもしれないけど、普通の病欠くらいで桜があんたに連絡をしないとは思えないのよ」

 

 桜の衛宮君への好意は軽いものじゃない。私と目をあわせさえしなかったあの娘が、衛宮君と親しくなる内に笑顔さえ向けるようになったのだ。だからこそ家宝の宝石を使ってでも衛宮君を助けたのに、桜の方に何かあったのではたまったものじゃない。

 

「悪いけど衛宮君、私は午後は休むから担任に伝えといて。アーチャー行くわよ」

「ちょ、ちょっと待て。遠坂、どこに行く気だ」

「間桐の屋敷よ」

 

 衛宮君に顔を向ける事無く返事をし、そのまま急いで昇降口へと向かう。上着や鞄は教室だけど、いちいち取りに行ってる時間も惜しい。そう思い急いでいた私にアーチャーが冷静に言葉を投げかけてきた。

 

『落ち着け、凛。おそらく何かあったとしても、それは昨夜の事で今更急いだ所で手遅れだ。仮に現在も何かしらの異変があるとしたら、むしろ急がずに準備を整えてから行くべきだ』

 

 思わず反射的に「そんな事はわかってる!」と言いそうになったが、立ち止まり深呼吸をして言葉を飲み込む。アーチャーが言う事は正論で何一つ間違っていない。私の中の理性が、彼の言うとおりにするべきだと告げている。

 

 胸に手を当て再度深呼吸をする。自分が焦っている自覚はあるので意識してそれを押し込める。

 

『オーケー、アーチャー。おかげで冷静になれたわ』

『普段の君なら私が言わずとも問題はなかったろう。魔術師である間桐の家とは少なからず親交があったのだろうが、聖杯戦争の参加者である以上は』

『大丈夫。わかってるわ』

 

 冬木のセカンドオーナーである遠坂と、冬木に住む魔術師の家系の間桐に親しい付き合いがあると思ったのか、アーチャーが勘違いの心配をするがあえて訂正しない。

 

 私が心配しているのは間桐ではなく桜だ。遠坂家から出た妹を姉として心配していると知られたら、英霊に成るほどの戦士である彼からしたら甘すぎると評価を下げられかねない。最悪は主の器ではないと見限られるかもしれない。

 

 ゆっくり息を吐き感情を沈める。

 

「遠坂、急に走り出すから驚いたじゃないか」

 

 落ち着いた頃に、私を追いかけてきたらしい衛宮君が声をかけてくる。その眼には困惑が浮かんでいた。普段の私なら絶対にしない行動、廊下を駆けて階段を飛ぶように降りた姿を見られたからか。

 

 聖杯戦争の事で気が立っていて、一昨日から彼の前では優等生の演技が崩れているかもしれない。聖杯戦争について無知な事もあるのだろうが、どこか魔術師らしくない彼に対して気を許してしまっている。良くない傾向ね。

 

「悪かったわね、衛宮君。自分の知らない所で動きがあったかもって考えて、ちょっと焦ったのよ」

 

 衛宮君に笑顔で謝罪してから、腕を組んで冷静になった思考で今後の行動を考える。

 

 焦って間桐の屋敷に行くのは論外だけど、のんびりと放課後まで待ってから行くのも遅すぎる。事後だとしても行くなら早い方がいい。

 

 夜にキャスターを倒しに行くとして、その前に出来る限りの情報は欲しい。もし私が考えたようにキャスターがライダーを襲撃したのだとして、結果がどうなったかは知らなくてはいけない。

 

 私をじっと見ている衛宮君に眼をやる。例えライダーが無事だったとしても、アーチャーとセイバーの二騎居れば遅れを取る事はない。アーチャーはもちろん、セイバーもかなりの実力者だし。

 

 考えが纏まったので、学校を早退してアーチャーとセイバーを連れてこれから間桐邸へ行く事を衛宮君に話した。状況に寄る対応の質問や疑問、それと同盟中とは言え勝手に行動を決めた事に対する何かを言われるかと思ったのだけど。

 

「わかった。桜や慎二に何かあったかもしれないならすぐに行こう。俺は担任の藤――村先生に言うと素直に帰らせてくれないか。仕方ない。一成に言って早退するって伝えてもらうか。遠坂はどうする? 俺と同じように一成に担任へ伝えてもらうようにするか?」

 

 質問も文句も一切なく、どちらかと言うと今まで受身だった衛宮君が積極的だった。

 

「私は自分で言いに行くわ。私まで柳洞君に頼んだりして変な噂がたったら困るもの」

「そうか。じゃあ俺は伝言を頼んだら、急いで自宅に居るセイバーを迎えに行ってくる。合流場所はどこにする?」

「私も一緒に行くわよ。校門を出て少し進んだ場所で合流しましょう」

「了解だ」

 

 言うが早いが衛宮君は走るように行ってしまった。私が提案した事なのだから、彼に遅れないように私も動かなくてはいけない。

 

 職員室に行くとして、キャスターのマスターである葛木が居たらどうするか。昼間から仕掛けたりはお互いに出来ないから、居るかの確認だけに留めよう。早退する事で何か勘繰られるかもしれないが、準備万端で待っているキャスターからしたら不本意ながら些事だろう。

 

 職員室に向かう途中にふと立ち止まる。自分の行動に問題はないはずなのに違和感が拭えない。理由がわからずに居た私にアーチャーが念話で「どうした?」と言ってきた。その瞬間に違和感の理由に思い当たる。

 

 先程の衛宮君は即断とも言える速さで了解し、早退する為の行動を的確に提示してきた。桜だけならまだしも、自分を襲った間桐慎二までも心配して、だ。友人だったからと言って、普通自分を殺しかけた相手を心配するだろうか?

 

 衛宮君は『自分が死んでいたかもしれない』と言う事実を忘れ、昨日自分を殺そうとした相手を迷いなく気遣った。魔術師の割に人死にを嫌うお人好し、と言うには行き過ぎなような……。

 

『凛?』

『何でもないわ』

 

 再度アーチャーに問いかけられ衛宮君に対する考察を中断する。今は言葉の綾と言っても良いような事を考えている場合じゃないわよね。止まっていた時間を取り戻すように早足で職員室へと向かう。

 

 違和感を感じたと言っても大した問題じゃない。衛宮君がお人好しなのはわかってた事だし、人死にを止める為に聖杯戦争に参加すると公言してるくらいだ。その一環なのだろう。そう納得した。

 

 でも何故か、心に残る違和感はいつまでも消える事はなかった。


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