メディアさん奮闘記   作:メイベル

9 / 20
幕間 遠坂凛 後編

 衛宮邸内の私室として宛がわれた部屋で、アーチャーに持って来るように頼んだ荷物から服を取り出し私服へと着替える。着替え終えたら、荷物の中の秘蔵の宝石をポケットへと仕舞う。

 

 柳洞寺へ攻め込む前の作戦会議。それを行う前に気持ちの切り替えに制服から私服へ。切り札である10の宝石を持つ事で覚悟を決める。

 

 準備を整え、待たせては悪いと急いで居間へと向かったのだが、そこでは不思議な光景が広がっていた。

 

「ふっ、小僧、貴様が淹れた紅茶よりも此方の方が美味かろう」

「悔しいが、確かに俺の淹れた紅茶よりも深みがある」

「意外ですね、アーチャー。貴方にこのような特技があるとは」

「嗜み程度ではあるのだがね、セイバー。だがそこの小僧よりはましだと言う自負はあるが」

 

 ティーカップを片手に3人が紅茶の品評会を開いていた。

 

「何してるのよ、あんたら……」

 

 片手で顔を覆ってため息をついて呆れてしまう。これからキャスターとの戦いの為の作戦会議をすると言うのに、衛宮君はまだしも、アーチャーやセイバーまで何をしているのか。

 

「作戦を話し合うにしても、飲み物の一つもあったほうがいいかと思ってさ」

「で、小僧が紅茶を淹れたが、それがあまりにも未熟な出来だったのでつい未熟者と事実を言ったのだが」

「口だけではなく、実際にどちらの淹れた紅茶が美味しいか? と言う事になり、勝負をしていたのです。ちなみに私は審査員でした」

 

 3人の大真面目な説明にガックリと肩の力が抜ける。気持ちの切り替えとか覚悟を改めたりしていた私が馬鹿みたいだ。

 

「さっき偉そうな事を言ったけどさ、思うんだ。半人前の俺が言うのもなんだけど、結局は自分が出来る事をやるしかないんじゃないかって」

「それで、今出来る事が紅茶の味勝負ってわけ?」

 

 呆れながら言うと苦笑を返される。アーチャーは腕を組んでそっぽ向いて居る。セイバーは真っ直ぐ私を見ている。3人の様子にピンときた。これは気を使ってくれているのだ。

 

 夕食時の事を考えれば、衛宮君の家では日本茶を出すのが通例みたいなのに、紅茶を用意したのは私の好みを考えてくれたのだろう。アーチャーも衛宮君に合わせて今みたいな態度なのだと思う。セイバーは真面目な雰囲気だからよくわからないけど。

 

 涙を見せたのが相当な影響を与えたようだ。まさか衛宮君だけじゃなくアーチャーまで気を使ってくれるとは思わなかった。衛宮君に対して敵対しているような態度だったはずだけど、私の為に器用な振る舞いをしてくれる。それとも念話越しに彼の生い立ちを聞いて、多少は棘が取れたのかしら。

 

「それじゃあ、折角用意してくれた紅茶を頂きながら作戦会議と行きますか」

 

 努めて軽い調子で言葉を紡ぐ。不器用で半人前なお人好し、器用で素直じゃない皮肉屋、天然っぽい真っ直ぐな剣士。少しだけ軽くなった胸の内の痛みと共に、彼らの輪の中へ私も入っていった。

 

 

 

 

 

「さて、まずは情報を整理しましょう」

 

 3人の視線が私に集まる。皆真剣な色合いが見て取れる。サーヴァントの二人だけではなく、衛宮君もちゃんと心得ているようだ。

 

 一息置いてから、間桐邸で得た情報を言葉にする。

 

「昨夜間桐、ライダー陣営を襲ったのはキャスターで決まりね。現場に残る強力な魔術の残滓、それと慎二の話で決定的なんだけど」

「キャスターが強襲しライダー陣営が敗れた。だけであったなら大した問題はなかったが」

「えぇ、問題は慎二が言っていた『ライダーがキャスターのサーヴァントにされた』って所ね」

 

 私の言葉をアーチャーが繋ぎ、再び私がそれに答える。と、そこで衛宮君とセイバーが複雑な表情、あえて言うなら納得がいかない顔をしていた。

 

「衛宮君、キャスターの事だけど」

「ん、わかってる。遠坂が言ってた街中の魔術陣と慎二の話を聞いて、戦わなきゃいけない相手だって事は」

「ですが凛、私が見たキャスターとそのマスターは、言っては何ですが、そのような非道を行う様には思えませんでした」

「セイバーの人物眼を疑う訳じゃないし、葛木先生も含めて私も同じ感想だけど」

 

 あの夜に衛宮邸を訪れたキャスターを思い出す。頭を下げて自己紹介をし、アーチャーとセイバーに睨まれ居心地悪そうにお茶を啜っていた。衛宮君の制服を直す姿なんて、魔術を使っていたのに一般人のようだった。同盟をお願いしてきた時の動作と笑顔は、見た目の割りに幼い感じの小動物っぽさ。人畜無害。小市民。そんな言葉が浮かんでくる。

 

 戦意が減少しかけていた私の思考を遮るように鋭い声が飛んできた。

 

「残念ながら世の中には呼吸をするように嘘を吐く人間も居る。他には自分でも嘘だと認識せずに偽りを言う存在もだ。セイバー、君も英霊なら自らの名声に擦り寄って来るその手の人間に、一度や二度は出会った事が在るだろう?」

 

 アーチャーがセイバーに語りかけるが、おそらく同時に私と衛宮君にも言っているのだろう。目を伏せ黙ったセイバーは、アーチャーの言う事を認めているようだ。アーチャーが他者にこんな風に助言のような事を言うのは珍しい。同じ英霊同士、セイバーに感じ入る事があるのかしら?

 

「他人の善性を信じるのは美徳かもしれん。が、それに酔って気づけば背中を刺されていた。では笑えんな」

 

 苦言を呈するアーチャーの発言に、衛宮君が顔を顰めた。確かに聞いていて気持ちの良い言い方ではないと思う。

 

 昨日までの私ならアーチャーに一言注意したかもしれないけど、今ならわざと嫌な役を引き受けてくれてるんだとなんとなく分かった。問題はアーチャーの皮肉めいた思い遣りが、私以外に通じているかなんだけど。

 

「アーチャーの言う事も一理あるのかもしれない。けど俺は、キャスターや葛木先生と直接話して本心を確かめたい」

「ほう? 知り合いの少女が殺されたと言うのに随分と冷静じゃないか、衛宮士郎」

 

 睨み合う衛宮君とアーチャー。予想通り衛宮君にアーチャーの思い遣りは通じていない。アーチャーの衛宮君個人に向けた発言は、挑発してるみたいだから仕方ないかもしれないが。

 

「シロウ、私も貴方と同意見です。ですが、やはりアーチャーの言う事も間違っていない。ならば戦いを前提とした作戦も立てておくべきかと」

「……セイバーがそう言うなら」

 

 セイバーに言われ渋々納得する衛宮君に、ほんのちょっぴりイラっとした感情が沸き起こる。

 

「衛宮君、間桐邸の地下に魔力を吸われた残骸があったでしょ? たぶんあれ、魔術師だった間桐の当主よ。使い魔共々魔力を根こそぎ奪われてあぁなったんだと思うの。桜も心臓を抜かれたって事は、魔術回路を引き抜かれたんだと思う」

 

 調べた結果、地下の塵の中に桜の遺体や残骸はなかった。心臓を引き抜くだけではなく遺体を持ち帰った理由は考えたくはない。余計な感傷がぶり返しそうだったので急いで続きを話す。

 

「サーヴァントのエネルギーである魔力は多ければ多いほど有利になる。だからキャスターは敵を倒すと同時に魔力を奪ったんだわ。嫌になるほど合理的ね」

 

 魔術師一人から奪える魔力量は一般人のそれとは比較にならない量だ。間桐の当主と桜が殺され、魔術回路がない慎二が見逃された事から、魔力奪取も目的の一つだったのかもしれない。

 

「そんなキャスターが街中に吸精の魔術陣を仕掛けている。キャスターがその気になれば冬木は一瞬で死都になるわ」

 

 吸精の効果を発動させていないのは様子見か、それとも別の理由があるのかは分からない。けれど発動されてからでは遅いのだ。衛宮君にその危険性を十二分に説明する。

 

「キャスターの真名であるギリシャ神話の英霊、裏切りの魔女メディア。逸話を考えると、信用を得て相手を騙すのは得意でしょうね。葛木先生ももしかしたら騙されてるのかも」

 

 逸話の中には身内さえ殺す暴虐性も見受けられる。考えれば考えるほど放置しておくには危険な相手に思えてくる。

 

「実際のキャスターの行動と逸話から推測する性質を考えて、一刻も早く倒す必要があると思う。だから衛宮君には悪いけど、倒す事を前提で行くわよ」

「……あぁ、わかった」

 

 見るからに無理矢理納得したって感じでだけど、衛宮君は頷いてくれた。でもきっとお人好しの彼の事だから、いざ相対したら話し合いと言うか問い掛けと言うか、戦うよりも本心を知ろうとするんでしょうね。甘いなぁと思う。

 

 だけど衛宮君はそれで良いのかもしれない。自然とそう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 深夜、月明かりが照らす中を柳洞寺に向かい歩く。

 

 人気がない静かな夜は心を落ち着かせ、同時に緊張感を高めてくれる。夜の雰囲気に身を任せ、内なる闘志を高めながら歩を進める。

 

 気持ちを高めつつ風の音に耳を傾け歩いていると、寂れたガソリンスタンドの跡地前で衛宮君が声をかけてきた。

 

「なぁ遠坂、キャスターと戦う時の作戦で俺に出来る事って他にないのか?」

「ないわよ。衛宮君はセイバーと一緒にライダーの相手をしてもらう。それじゃ不満なの?」

「それってつまり、セイバーが戦うのを見てろって事だろ? 女の子である遠坂やセイバーが戦うってのに、見てるだけってのはちょっと」

 

 対キャスター戦の作戦は単純だ。キャスターがサーヴァントを強制的に自らのサーヴァントにする『何か』を使う可能性があるので、サーヴァントの二人は直接戦わず、アーチャーの援護を受けて私がキャスターと戦う事に決まった。

 

 おそらく前衛としてライダーも出てくるはずなので、対ライダーはセイバーが請け負う事になった。当然セイバーのマスターである衛宮君は、セイバーと共にライダーと対峙する事になるのだが。

 

「衛宮君、男とか女とか関係なく、英霊であるサーヴァントと戦ったら死ぬわよ」

「でも遠坂はキャスターと戦うつもりじゃないか」

「私だってサーヴァントの相手なんて出来ないわよ」

 

 私の返答に、衛宮君は訳が分からないと言った表情をした。衛宮君ってお人好しではあるけど落ち着いてるって訳じゃなく、感情がすぐに顔に出るわね。ここ数日の付き合いで学校での温厚なブラウニーって評判と違い、実は直情的な事がわかった。

 

「けど相手が『魔術師』であるキャスターなら、私にだって十分勝機があるのよ」

「それは家でも聞いた。だったらその勝機ってのを教えてくれれば、遠坂じゃなくて俺が戦ってもいいんじゃないのか?」

 

 衛宮君の家でもした問答を繰り返す。私達の様子にアーチャーはやれやれと呆れ、セイバーは不満顔だ。アーチャーは半人前の衛宮君の身の丈に合わない発言に呆れているだけでしょうね。セイバーは女の子扱いされて侮られたとか思って居そう。

 

 私としては守る対象の女の子扱いされて悪い気はしない。とは言っても戦いを衛宮君に譲り、ただ後ろで守られるだけになるつもりはないが。むしろ私が衛宮君を守るつもりだけど。

 

「魔術的防備が薄い衛宮君に秘策を教えたら、キャスターに頭の中覗かれてバレちゃうかもしれないじゃない」

「だからって見てるだけってのは」

「ふふっ、男の子としては格好つかない?」

「待て、凛」

 

 こっそり衛宮君との会話を楽しんでいたのだが、急にアーチャーが私の前に出て手を伸ばし歩みを止めた。

 

「前方から見知らぬサーヴァントらしき気配が近づいてくる。動きに変化がない様子から、あちらはまだ私達に気づいてないようだが、どうする?」

 

 アーチャーの言葉で緊張が走る。まさかキャスター退治に向かう途中で別のサーヴァントに出会う事になるとは思っていなかった。

 

 急いで頭をフル回転させ、どう対応するか考えを巡らす。

 

「あっちが気づいてないって事は、策敵能力が低いマスターとサーヴァントと考えていいわね?」

「だろうな。ついでに言うと、距離があるにもかかわらず気配が読めたのでアサシンではあるまい」

「って事はライダーかバーサーカーって訳ね」

 

 ライダーだったら戦った事があるセイバーがわかるんでしょうけど、セイバーはサーヴァントの気配を感じていないようだった。感知能力ではアーチャーのほうが優れているのか、私とアーチャーの会話にセイバーは口を挟まない。

 

 私の判断を待つアーチャー。自然体で立っているセイバー。この二人ならサーヴァント一騎相手に勝利は揺るがないと思う。でも今やるべきは見知らぬサーヴァントを倒す事ではない筈だ。だとするなら。

 

「今夜はキャスター討伐を優先。そこのガソリンスタンド跡地の建物に隠れてやり過ごしましょう」

 

 キャスター戦を前に余計な損耗は避けたい。アーチャーが感知したのがライダーならここで倒すのも良いけど、正体が分からないバーサーカーの相手をしたくはない。

 

 衛宮君やセイバーも反論はないようだ。素早く移動して建物内から外の様子を窺った。ガラスが割れて窓枠だけになった窓から柳洞寺に続く道路を監視する。

 

 5分ほど時間が経つと道の先から背の低い少女が歩いてきた。紫の衣服に包まれた銀髪の少女の人形のように整った美しさに思わず目を奪われる。

 

「あの娘がマスター?」

 

 衛宮君がボソリと疑問を口にしたが、私はそれに答えられなかった。答える言葉が無かった訳でも無視をするつもりがあった訳でもない。見つめる先の少女が立ち止まり此方を真っ直ぐ見ていて、その視線で動けなかったからだ。

 

 こっちは建物の中だし、距離もある上に影になっていて見つけるのは困難なはず。暗視等の魔術を使った形跡もない。だから少女が見ているのは偶然荒廃した建物を見ているだけ。そう理性が判断したが、感情は別の答えを出していた。

 

 明らかに私達の所在がバレている。まずい――――と感じた瞬間、鈴のように澄んだ声が聞こえた。

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

 

 

 

 

 体を震わす轟音が闇夜に響く。目で見て確認するまでもなく、隠れていた建物が破壊された音だと理解する。

 

「セイバー!」

 

 私を抱え退避したアーチャーが、同じく衛宮君を抱えていたセイバーに彼らしくない声音で呼びかける。含まれていたのは焦りの色。

 

 私と衛宮君を手早く降ろし、二人は剣を構え粉塵が上がる場所へと駆けて行く。二人の動きに呼応するかのように、粉塵の中から筋骨隆々の巨大なサーヴァントが現れた。

 

「――――――――――――――――――!!!!!」

 

 獣の咆哮を思わせる叫びを上げて二人を迎え撃つ謎のサーヴァント。狂気に彩られた赤い双眸には理性が見受けられず、野獣の如き叫びは人が放つには鬼気がありすぎた。あれはきっとバーサーカーに違いない。

 

 瓦礫から飛び出すように向かって来たバーサーカーに対して右からはアーチャーが、左からはセイバーが攻め込む。左右の挟撃に心中でとった!と思ったのだが。

 

「「なっ!?」」

 

 アーチャーとセイバーの驚きの声が重なる。

 

 バーサーカーはアーチャーの双剣を巨大な斧のような剣の先端を地面に突き刺して耐え防ぎ、セイバーの見えない剣をあろう事か斧剣を手放して体を背後に倒す事で回避した。

 

 回避したバーサーカーはバク転し体勢を立て直すと、地を蹴り猛然とアーチャーへ向かって飛び掛った。それに合わせてアーチャーが双剣を振るが、ここで信じられない光景を目にする。バーサーカーがアーチャーの両の剣を素手で掴んだのだ。

 

「何っ!?」

 

 あまりの出来事に一瞬固まったアーチャー。その隙を逃す事無く、バーサーカーがアーチャーに強烈な蹴りを放った。蹴った瞬間に剣から手を離したのか、アーチャーは蹴り飛ばされ崖下へと消えていく。

 

 その後バーサーカーはアーチャーを蹴った勢いを殺さずに回転しながら斧剣を手に取り、セイバーへと斬り付けた。セイバーはその攻撃を不可視の剣で防いだのだが……。

 

「――――――――――――――――――!」

 

 咆哮を上げたバーサーカーは斧剣を力任せに振り抜き、防いだはずのセイバーを山林に向かって吹き飛ばした。

 

 数瞬の攻防。バーサーカーらしい身体能力だけじゃなく、二人の攻撃を回避した技巧。狂化されているとは思えない武技の冴え。

 

 マスターの眼に付与されたサーヴァントの能力を見る魔術が恨めしい。感覚だけでなく、理性でもアレの異常な強さを理解させられた。

 

「「…………」」

 

 動く事どころか言葉さえ出せずに居た私と衛宮君へと、バーサーカーがゆっくりと顔を向ける。狂気の宿った眼に捕らえられ、全身をゾクリとした寒気が襲う。

 

 今すぐ口を開き令呪でアーチャーを目の前に呼ばなければ死ぬ。そう理解した私の口から、怒鳴るように言葉が出た。

 

「衛宮君、逃げなさい!」

「逃げろ! 遠坂!」

 

 手に持った秘蔵の宝石で、令呪を使う間と衛宮君を逃がす為の時間を稼ごうとしたが、衛宮君の声と行動で動きが止まる。

 

 衛宮君は強化した木刀を構えてバーサーカーへと向かって行った。アーチャーの宝具すら素手で掴んだバーサーカーに、強化したからって木刀が通用する訳がないのに。

 

 このバカ! 命を捨てるだけの行為に臨む衛宮君と、必死の状況を覆す一手を決定的に出し遅れた自分に心中で罵倒を浴びせる。

 

 眼に映るバーサーカーの剣がゆっくりと動き衛宮君の胴を薙ぐ――――その直前、再び透き通る鈴の音のような小さな声がはっきりと聞こえた。

 

「待ちなさい、バーサーカー」

 

 衛宮君の胴に剣が当たる寸前の体勢で、バーサーカーが動きを止めた。

 

「ダメじゃない、シロウ。近づいても隠れてるから、てっきり敵かと思ったわ」

 

 硬直したまま、離れた場所に笑顔で立っている少女を見る。

 

「バーサーカー、シロウが怖がるから戻りなさい」

 

 剣を引き、巨躯とは思えぬ跳躍で少女の横に戻ったバーサーカー。その横に立つ主であろう少女はにこやかに私達を見ていた。敵意も警戒も無く、まるで親しい友人へ向けるかのような、いえ、それ以上に優しい眼差しで。

 

「シロウ! 無事ですか!」

 

 山林に吹き飛ばされたセイバーが戻ってきた。ほとんど同時にアーチャーも戻り、二人並んで私達の前に立つ。前に立つ二人を頼もしく思うが、それでもバーサーカーの脅威が減少した気がしない。

 

 警戒する私達を他所に、バーサーカーのマスターらしき少女がコートの裾を掴みお辞儀をする。そして顔を上げると朗らかな笑顔で挨拶を始めた。

 

「私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。初めまして、エミヤシロウ、トオサカリン。こんばんは、アーチャー」

 

 ここまではただ不信げに聞いているだけだったが、次の一言で場の空気が変わる。

 

「久しぶりね、セイバー。前回アインツベルンのサーヴァントだった貴女が、本当に現界してるとは思わなかったわ」

 

 

 

 

 

 緊張で張り詰めていた空気が緩やかに霧散していく。

 

 要因はイリヤスフィールの言葉を聴いて、警戒する気配が消え構えを解いたセイバーだ。剣を降ろしたセイバーは俯き苦渋を滲ませた声で話し出した。

 

「イリヤスフィール、私は……」

「勘違いしないでセイバー。別に貴女を責める気はないわ。普通に久しぶりって挨拶しただけよ」

 

 セイバーとは逆に明るい調子のイリヤスフィール。二人の会話から推測するに、どうやら本当に前回の聖杯戦争で御三家の一角であるアインツベルンのサーヴァントとして現界していたらしい。召喚時に現代の知識を聖杯から与えられたにしても馴染みすぎだとは思っていたが、そういう訳か。

 

 それにしても前回味方だった相手と敵対する立場になっただけにしては、セイバーの様子がおかしかった。いつもある覇気が失せて俯いたままだ。

 

「アーチャー、いけそう?」

「負けるつもりはないが……。正直手に余るな。セイバーと二人でなんとか、と言ったところか」

 

 アーチャーに話しけると厳しい答えが返ってきた。召喚した日に自らを最強と言っていたアーチャーにしては自信なさげな返事だ。けど先程の攻防に佇むだけでも感じるバーサーカーの威圧を考えれば、冷静な分析かもしれない。

 

「呆れた。まだ私のバーサーカーと戦う気なの?」

「当然でしょ。切り札も出してないうちから負けを認める気はないわ」

「はぁ、リンは好戦的なのね」

 

 心底呆れた様子のイリヤスフィールに腹が立つ。好戦的と言われた事も不服だ。反論の言葉を考えていると、私を無視してイリヤスフィールは衛宮君に話しかけた。

 

「シロウも私と戦いたい?」

「え? いや、俺は」

 

 急に話を振られた衛宮君が言葉に詰まる。バーサーカーに特攻した緊張が抜けていないようだ。

 

「シロウが戦いたいって言うなら、戦ってあげてもいいわ。でもセイバーじゃバーサーカーに勝てないし、アーチャーは私を討てないでしょうけど。それでも良いなら少しだけ遊んであげるわ」

 

 イリヤスフィールの全身から魔力が溢れ出る。同時に肌の露出した部分に赤い魔術刻印が見えた。令呪――それも私達のよりも巨大で内包した魔力も比べ物にならないほど膨大なモノ。サーヴァントだけじゃなくて、マスターも規格外か。

 

「接近戦で一度競り勝ったくらいで、アーチャーを侮ってくれるわね」

 

 先の攻防では悔しいが負けていた。けれどまだ勝負が決まった訳じゃない。そもそもアーチャーは弓兵だ。その真価を見ずに侮るなと言外に含ませたのだが。

 

 私の言葉にイリヤスフィールは予想外の反応を示した。

 

「侮る? 私が? アーチャーを? ふふふ、リンは面白い事を言うのね。私がアーチャーを侮る訳が無いのに。ねぇ、アーチャー?」

 

 問いかけられたアーチャーは真っ直ぐイリヤスフィールを見たまま答えない。

 

 普通に考えれば、前回自陣営のサーヴァントだったセイバーと違い正体が分からないサーヴァントであるアーチャーを警戒している。そう考えられる。

 

 しかしイリヤスフィールの態度に警戒している様子はない。その証拠に全身から昇っていた魔力の滾りを沈め、魔術刻印の光が消えていったからだ。分かりやすい戦闘態勢の解除。その意図を知る為にイリヤスフィールの言葉を待つ。

 

「こんな所でシロウに会う予定じゃなかったけど、折角だし聞いておこうかな。シロウ、貴方は何故聖杯戦争に参加しているの?」

 

 ずっと浮かべていた笑顔を消して真剣な雰囲気になる。衛宮君は緊張が解けたのか、急激に変わったイリヤスフィールの雰囲気に臆する事なく、今度はしっかりと応えた。

 

「聖杯戦争で犠牲者を出さない為。それとセイバーが聖杯を求めているからだ」

「そう。セイバーに聖杯を」

 

 衛宮君の返事を聞くとイリヤスフィールは悲しげな顔をした。マスターやサーヴァントが聖杯を求めるのは当然の事なのに何故?

 

「俺からも聞きたい事がある」

「うん? 何?」

「さっきから君は俺達の事を知っているようだけど」

「あぁ、その事ね。キャスターが色々教えてくれたわ」

「イリヤスフィール! あんた、キャスターと手を組んでるのね!」

 

 だからキャスターの根城である柳洞寺の方向から歩いてきた訳か! 緩んでいた警戒心を一気に引き上げた。……のだが。

 

「残念ね、リン。私に囁いていたアレの正体を知れたし、他にも色々キャスターには教えてもらったから感謝はしてるけど、協力する気はないわ。キャスターも望んでないでしょうしね」

 

 言い終わるとふぅと息を吐いた。キャスターと手を組んでないのは朗報だけれど、気のせいかさっきからずっと衛宮君に対する時に比べ、私に話す時は態度が悪い気がする。

 

「シロウ、聖杯が欲しければキャスター達とランサーを倒してから私の所へ来なさい」

 

 そう言うとイリヤスフィールはバーサーカーを霊体化させ、無警戒に私達の方へと歩いてくる。アーチャーやセイバーの横も平然と通り過ぎ、衛宮君の前までやってきた。

 

「手を出して、シロウ。私が居る城までの道のりを教えてあげる」

「ん……」

 

 言われたとおりに手を出した衛宮君は今更だとして、敵意が無くまるで私達って言うか、衛宮君に協力するかのようなイリヤスフィールの発言をどう受け取ればいいのか。

 

「覚えた?」

「あ、あぁ、凄いな」

「ふふ、シロウが来るのをそこで待ってるから」

 

 手を握り何かしらの魔術で衛宮君に自分の拠点を教えたようだ。呪詛とかを植えつけられた気配もないし、まさか本当にただ協力しようとしているのだろうか。

 

 判断に困り面識があるらしいセイバーを見る。すると警戒や困惑もなく、イリヤスフィールの行動を受け入れているようだ。これは後でしっかりと話を聞く必要があるわね。

 

 現れた時の脅威と会話をしてからの謎めいた態度。敵なのか味方なのかわからないイリヤスフィールは、衛宮君の手を離すとそのまま歩き始めた。

 

「どうして俺達に協力してくれるんだ?」

 

 離れ行く彼女の背中に向けて衛宮君が叫んだ。すると彼女は振り向き、陰のある笑顔を浮かべる。そして何も言わずに背中を向けて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 バーサーカー陣営との邂逅を経て柳洞寺へ。

 

 イリヤスフィールの真意は結局わからなかったが、キャスターを倒す事には変わりがない。むしろ私達以外の陣営ともコンタクトを取っていたキャスターに更なる脅威を感じる。

 

 柳洞寺へ続く石段をゆっくりと登ると、中段に差し掛かった頃、一人のサーヴァントが現れた。

 

「このような夜分に来客とは。さて、どのように持て成したものか」

 

 着物を羽織った男のサーヴァントが私達を見ている。衛宮君とセイバーからライダーは女性だと聞いた。ならば目の前に現れたこいつは唯一不明だったアサシンだと言う事になる。

 

「アサシン、でいいのかしら? 私達が石段を登る前から気配が漏れていたサーヴァントさん」

「如何にも。我が身はアサシンのサーヴァント佐々木小次郎に相違ない。生憎と今の役割は門番でな。存在を誇示するのも――――」

「何であんたまで自分で真名をバラすのよ!」

 

 どこかの魔女と同じように、自ら真名を言うアサシンに反射的に文句を言ってしまう。言葉途中で被せて文句を言ったせいか、アサシンは眉を寄せた。

 

「やれやれ、名乗りを咎められるとは。まったく、興の乗らぬ縛りもあったものよ」

 

 敵ながら聞いていて頭が痛くなる。アーチャーも私と同じ気持ちなのか、訝しい眼でアサシンを見ていた。

 

 呆れて言葉も無いを体現していた私に代わり、セイバーが一歩前に出る。聖杯戦争の常識を覆すアサシンの態度に、動揺の一欠けらも見せない姿はさすがだ。

 

「アサシン、名乗られたからには名乗るのが騎士の礼だ。私は――」

「って、セイバーまで名乗ろうとするんじゃない!」

 

 私や衛宮君にすら真名を明かしてないのに、まさか敵に名乗られて名乗り返そうとするとは思わなかった。生真面目な性格だとは思っていたが、生真面目すぎる。

 

「しかしリン」

「あ~もうっ! 衛宮君、マスターだったら止めなさい!」

「その、遠坂、セイバーの気持ちもわかるって言うか。いや、遠坂の言いたい事もわかるんだけど……」

 

 どっち着かずの返答をした衛宮君をじ~と見つめる。セイバーもマスターの指示を待っているのか衛宮君を見ている。衛宮君は私とセイバーに見つめられ、視線を左右に揺らしながら一歩後ろに下がった。

 

「アサシン、貴様がここで門番をしていると言う事は、キャスターと手を組んでいると言う事か?」

「手を組むのとは違うな。キャスターが私のマスター故に従わざるをえん、と言った所よ」

 

 アーチャーにも一言意見を言わせようと思ったのだが、私達3人を放っておいて勝手にアサシンと話し始めた。それに対しアサシンはさらりと答えたが、余りにも重要な情報に思わずアサシンの顔を見た。

 

 どうやらキャスターがサーヴァントを支配下におけるのは決定のようだ。いくら『魔術師』のクラスの英霊とは言え、サーヴァントがサーヴァントを従えるとは。神代の魔術師は伊達ではないって事か。

 

 アーチャーに代わり、今度は板挟みの視線から開放された衛宮君がアサシンへ話しかける。

 

「アサシン、俺はキャスターに聞きたい事があって来た。だから柳洞寺にキャスターが居るなら通してくれないか?」

 

 衛宮君が言った事は私達にしてみれば予想通りだ。しかし門番であるアサシンからすれば、キャスターと同盟交渉で決裂している私達は敵に違いない。なので無茶な要求に他ならない……筈なのだが。

 

「ならば押し通れ。と言いたいが、そうもいかぬか。今キャスターを呼ぶので少々待っておれ」

「は?」

 

 知らず間抜けな声が口から出る。

 

「ちょ、なんで普通に客を迎えるような対応をしてんのよ!」

 

 念話でもしているのか、小声でぶつぶつ言っているアサシンを怒鳴りつける。聖杯戦争中に他勢力のマスターが訪ねて来たからって、客人として出迎えるのはおかしい。おかしい筈なのに。

 

「キャスターめに無駄に争うなと念押しされていてな。話をしたいと言われては戦う訳にもいかぬのよ」

 

 虚空へ向かって小声で喋っていたアサシンが苦笑しながら説明してきた。本人も不本意な様子から、もしや令呪でも使われたのだろうか。

 

 アサシンの言葉に衛宮君の表情が明るくなる。『無駄に争うな』と言うのは、犠牲者を出したくないと言う衛宮君には嬉しかったのだろう。

 

 私にしてもアサシンと話していて、街中の魔術陣の事や間桐邸で仕入れた情報が間違いな気がしてきた。慎二の奴がライダーを奪われた腹いせに、欺瞞に満ちた情報を言った可能性を考えてしまう。

 

 自分の認識が本当に正しいか考えていると、前方に魔力の揺らぎを感じたので思考を止めて顔を上げた。上げた先の空間が揺らめくとサーヴァントが現れる。

 

「ふふふふ、こんな夜分に訪ねて来て、私に聞きたい事とは何かしら? 坊や」

 

 フードを被り目元が見えないキャスターが、紫色の唇を三日月に形どり嗤っていた。

 

 

 

 

 

 バカ正直に名乗り、私達を客人として扱ったアサシン。その後、素直に現れたキャスターを見て『もしかして』と言う気持ちが沸き起こった。色々な事が勘違いで、実はキャスターが善人なのではないか、と。

 

 しかしその気持ちは裏切られる事になる。

 

「キャスター、昨日間桐の屋敷に攻め入ったのはあんたなのか?」

「えぇ、そうよ」

「……ライダーのマスターに聞いた。その時に妹と祖父が殺されたって。あんたがやったのか?」

 

 キャスターの即答に衛宮君が一瞬黙り込む。すぐに続きを喋りだしたが、敵意とまではいかないが怒りが含まれた衛宮君らしくない言い方だ。

 

「ああ、なるほど。間桐慎二に聞いたのね」

 

 質問には答えずにキャスターが呟く。少しの間、皆黙って返事を待っていたが一向に答える気配がない。

 

「それと街中に設置された魔術陣もあんたの仕業?」

 

 返答のないキャスターに業を煮やし、冬木のセカンドオーナーとしての質問を投げかける。

 

「それがどうかしたのかしら?」

「あんた! 冬木を死都にでもするつもり!」

 

 隠す気も無いのか、感情が篭らぬ声で悪びれる風もなく答えたキャスターを睨みつける。

 

「聖杯戦争に参加し、聖杯を求める我らサーヴァントやマスターならいざ知らず、貴女は無辜の民の犠牲を良しとすると言うのですか? 答えなさい、キャスター」

 

 セイバーが良く通る鋭い声で問い詰めた。その声を受けてキャスターは手で口を隠し、くぐもった嗤い声を上げる。それを見ていよいよ衛宮君とセイバーの表情が歪んだ。

 

「そうねぇ。最悪の事態を避ける為なら、冬木の人間には死んでもらう事になるでしょうね」

「外道が」

 

 アーチャーが射殺すような視線でキャスターを凝視し、唸るように声を出した。彼がこんなに感情を露にする姿は初めて見る。

 

 それも当然か。人類の英雄たる英霊なればこそ、無関係な人間の犠牲を、それも万を超える人々の死を自己の為に良しとしたキャスターを許せないのだろう。セイバーもアーチャーに負けぬほどの視線でキャスターを見ている。

 

 味方である私ですらぞっとする視線を物ともせず、キャスターは愉しそうに嗤った。

 

「うふふふ、あはははは。セイバー、アーチャー、必要なら犠牲を厭わない私を、貴方達が責めるのね。そう、そうね。貴方達はそうじゃなくてはいけないわ」

 

 ころころと嗤い続けるキャスターの姿は本当に楽しそうに見えた。

 

「貴方達との関係をどうしようか悩んでいたけれど、決めたわ。えぇ、必要なものは揃えたけど、後一つ足りなかったのよ」

 

 英霊二人の凄まじい敵意が向けられても、尚も態度を崩さず歓喜の声を上げるキャスター。

 

「聞きなさい、セイバー、アーチャー。我が願いは世界の変革。神に代わり私を縛る人類からの解放。聖杯を使い今世の破壊こそが我が望み」

 

 手を広げ空を見上げて声高に叫ぶ、歓喜と狂気が入り混じった姿に恐怖を感じた。

 

 キャスターが言う内容は個人の欲望と言うには性質が悪すぎる。何かを得るのでも、何かを成すのでもない。世界の現状が気に入らないから、世界そのものを壊すと言うのだ。狂ってる。そう思わずにはいられない。

 

 空を見上げていたキャスターが階下の私達へ顔を向けた。

 

「喜びなさい、衛宮士郎。貴方の願いは漸く叶う。抗いなさい、遠坂凛。遠坂を継ぐ者として」

 

 キャスターが現れてからずっと黙って立っていたアサシンが、背中の刀を抜いて前に出る。その横にもう一人、女性のサーヴァントが獣のように四つ足の体勢で現れる。

 

 戦闘が始まる気配を察し、此方も臨戦態勢になる。

 

「さぁ天秤の守り手、アラヤの守護者達」

 

 ライダーらしき女性のサーヴァントは予定通りセイバーに任せ、アサシンはアーチャーが対応するように指示を出す。

 

「世界の敵である私を止めてみなさい」

 

 キャスター達との戦いが始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。