コンコン
「ライラ、起きてる?」
「うん、起きてる。入っていいよ」
ライラの部屋の前でノックをしながら呼ぶと、中から入っていいと言ってくれた。よし入るか。初めて案内してあげて以降、一度も入ったことはないが…どうなんだろう。
「お邪魔するよ。……なんもないな」
「お早う。なんもないよ?」
部屋に入り中を見てみると、ベッドと少しの家具、刀磨きに使う道具くらいしか置いていなかった。らしいっちゃらしいが…。まあ、良いか。
「お早う、ライラ。腕はどう?」
「うん。まだ動けない。残念」
やっぱ、まだダメか。ライラは前の艦隊戦の時、巨大な斬撃を飛ばし海軍の船を2隻斬った。サウスブルーの無名の剣士が成したとは誰も信じないだろう。その斬撃はライラがまさしく全力を込めて放った一撃。その反動で今もなお、腕が麻痺して動けない状況だ。
「全力の斬撃は封印な。体が耐えられるようになるまでは、使っちゃダメ!分かった?」
「むぅ、わかった…」
「むぅ、じゃないよ。今回はルッツが近くに居たから問題なかったけど、次はどうなるか知らないよ?腕が使えない状況で敵に襲われでもしたら、戦うことすら出来ないよ?」
「…確かに、そう。…うん、分かった。次からはしない」
そうそう。分かればいいよ。偉いぞ、ライラ。撫でてあげよ。よーし、よしよしよし。
「そういえばライラ、食事は?腕動かせないから食べづらいだろ?」
「ん。大丈夫、ヴァンスが手伝ってくれる」
ヴァンス……ああ、イレーナか。謎の名字縛り、こういう時困る。
「今更だけど、ライラはなんで皆のことを名字で?」
「え?………なんとなく?」
なんとなくって…。
「あと…この船の人達って、みんな名前複数持ってるから。なにで呼べばいいかわからない」
複数……あー、なるほど。ミドルネームか。
「あー、それは確かに呼びづらいな」
「エルツとギールも名前複数持ってるの?」
「まあね。JとかLとか言ってるでしょ?それ」
「おお、それか。初めて聞いたから気になっていたけど、なにそれ?」
「そうだな…。良い機会だし、そのあたりのこと教えてあげるよ」
まずは、私達の国。ジェイドリア王国にはミドルネームの文化がある。これは王国建国時から続く王国の文化で、特産の翡翠と同じくらい大事な意味を持っている。普段の自己紹介などには伏せてイニシャルの一文字だけ名乗り、家族や大切な人にしか呼ばせないんだ。たまたまそれを聞いて伏せ名がなんなのか知ってしまうのは問題ないが、それを本人の許し無しで呼ぶのはかなりの失礼になる。
「へー、そうなんだ。じゃあ、やっぱり名字で縛ろう。楽だし」
「……まあ、それが一番面倒を起こさないやり方だね」
「…あれ?でも、エルツのミドルネームって確か……手配書に書いてなかった?それは大丈夫?」
手配書?……ああ、あれか。
「あれは違うよ。あれは海軍が勝手に私に付けただけだよ」
「え?そうなの?」
そうだよ。まったく、暇な奴等だね。
「あれは所謂挑発みたいなものだよ」
「ちょうはつ?」
「……挑発とは相手を煽ったりとかして――」
「もう!それくらいわたしも知ってるよ!むぅ」
「ワッハッハー!ごめんごめん。許してくれ、ついな」
「むうぅ」
ワッハッハー!可愛いからついついからかいたくなる。うーん、仕方ないね。
「もう……それで、挑発ってどういうこと?」
「お、今回はちゃんと言うんだね。って、分かった分かった。ちゃんと説明するから」
えーと、挑発だったね。まあ、説明することもないけど。要するに、私のミドルネームの位置に海賊としての異名を入れることで、私のミドルネームを呼んでいる、という感じにしたんだよ。実際のミドルネームは違うけど、手配書のミドルネームは『ジェイド』。海軍も手配書を見た他の人も皆その名で呼ぶ。ミドルネームの位置にある、その名でね。
「それは……いいの?」
「まあ、良くはないね。でも、今ではもう慣れたよ」
「本当に?」
「本当に。それに、ジェイドって要するに翡翠だろう?翡翠。いいじゃん。それで私を呼ぶなら、むしろ歓迎するね」
これマジね。ルッツとか私に対する気持ちが重い連中は気に入らないらしいが、私にしてみたら祖国の象徴が呼び名になったんだ。今は離れた国が近くに感じて、むしろ嬉しくなる。
「そうか。なら良かったね」
「お、分かってくれるかい。ルッツなんて未だに嫌がってるんだよ?まったく、面倒な奴だよ」
「ふふ、それだけエルツのことが大事なだけでしょ?」
「そこは…まあ、そうだね」
分かるけどね…。程々にして欲しいんだよねぇ。見事な忠誠心だけど、こっちにしてみればそういうのは望んでないっつうか。はあ、人がせっかく許してるのに一度も呼ばないとは何事かね。むしろ、そっちが不忠。
「まあ、そのあたりはいいや」
「いいの?」
「いいんだよ。今はライラの見舞いに来たんだし。渡すの忘れた、ほらこれ」
「なに?…き?」
「そう、木だよ。木彫りの」
お見舞い品だね。適当に飾っていいよ。ライラの好みとかまだ把握してないから何にすれば良いか分からなくて、取り敢えず趣味の木彫りで部屋に飾れそうなやつにした。ちょうど、この部屋も寂しいし、良い味付けになると思うよ。
「おお、綺麗だね」
「だろう?かなりの自信作」
「うん!ありがとう、エルツ」
フッ、いい気持ちだぜ。取り敢えずベッドの横の置き場に置いておくか。腕治ったら好きな場所に置いてね。
「さて、私はもう帰るよ。言いたいことは言えたし、渡したいものも渡した」
「もう、帰るの?」
「仕事もあるからね。また、見舞いに来るよ」
「そっか…うん、わかった。お見舞いありがとう」
「じゃーね。」
そう言いながら部屋を出る。元気そうで良かった。後は仕事と…宝の仕分けは終わったかな?財務管理はやっぱ面倒だな。誰かに任せたいんだけど、適役がないしな。ルッツはすでに仕事多いし、イレーナは他の仕事を手伝って貰ってるしな。うーん。悩むねぇ。
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