最近『少女終末旅行』読み返したのですが、最悪ご飯食べられなくても燃料とかあれば済むアンドロイドとかは、終末世界観なら必然ご飯食べなくなるだろうなと考えた末に『そうなっちゃったら、ご飯食べられない機械(レイ)も食卓を共有できない生き物(テト)もどっちも可哀想だな』と思ったのでハッピーな一場面を書いてみました。
足立を書く度に思うのですが、私の足立は破天荒さが足りないのかもしれない(公式足立のXを見ながら)。
あと今よりずっと未来の設定です。
何年も放置されてそれでもなお普通に食べられる筍の水煮缶にはツッコまないでください。
きっと技術開発の末に生まれたスーパー缶詰です、そういうことでお願いします。
かつて地上の支配者然として君臨していた人間の異物であるコンクリートジャングルは、その表面を彩っていた透明色の鋭い欠片で地面を飾り内部に理性なき獣が我が物顔で侵入するのを拒んでいた。例えばアリや毛虫など地を這う矮小な者共であれば逆にその切っ先を避けられるだろうが、それらを食い物にするまでに大きくなれば太陽の光を浴びて爛々と輝くそれらは途端に凶器に代わる。防護具を身に纏うことを知らない野良犬や野良猫はそこに足を踏み入れた途端に、それらが命を落とすまで後悔し続けるであろう生傷をその足裏に刻むだろう。理性なき生き物が後悔をするかについては諸説あるが。
「へぇ、結構広いじゃんか。こんだけ広いなら何か君に役立ちそうなものもあるかも知れないな」
「概ね同意です。ついでにテトさんが美味しく召し上がれるものも探しましょう」
「おいおい、僕はついでかい? まぁ、そこらの鼠でもなんとかなるからそれでもいいんだが」
「……せめて犬辺りにしてください。流石に鼠は不衛生な印象を拭えません」
尤も、人間以外に生き残った知的生命体や人造の知性体からすれば大した障害にはなりはしないが。本来歌うことを主目的として作られた癖に様々な生物を不必要に掛け合わされて生まれたキメラと、人工の身体を持ちながら何故か人間や隣のキメラの様に有機物を美味い美味いと取り込んでいたアンドロイドは、かつての主人達に『お前らだけでも』と託された分厚い底を持つ安全靴で硝子片をパキパキと子気味良い音を立てて踏み潰しながら多くの人間が笑顔を浮かべて行き交ったであろう巨大商業施設へと侵入した。
「いやぁ、凄いねぇ。意外と服とかって長持ちするもんなんだな。流石にそのまま着る気は起きないけど、案外洗えば着れそうなのもあるんじゃないか? バックヤードでも覗いてみる?」
「人間が生きてるならまだトレーダーに売れるかもですが、ここら辺には多分生存者はいないですし荷物にしかならないでしょう。洗濯するにしても水や洗剤の無駄です」
「むぅ……。気分転換にならない?」
「そんな余裕無いです。貴重な水で服を洗うくらいならテトさんの喉を潤してもらいたいです。……ここ数日、結構我慢してるでしょう?」
「……よく見てるじゃん。じゃあ、レイの意見を尊重するよ」
「ありがとうございます」
テトと呼ばれた赤毛のキメラが少し名残惜しそうに化学繊維製のジャケットをマネキンに着せ直してレイと呼ばれた橙髪のアンドロイドの後を追う。かつて繁栄を極めながら地球上のあらゆるものから搾取した資源を奪い合った末に終末戦争を起こして絶滅に等しい状態に陥った人類に作られた二人は、今は同様に作られた命である唄音ウタと桃音モモと共に生き残りがいるかも分からない人類や路頭に迷っていると予測される人造知性体を救助する活動を手助けしている。
とは言っても、それを公言して活動する人間に従順であったアンドロイド達と歩幅を合わせているだけで、実際は自分達が“死ぬ”までより快適に生きる為に資源をちょろまかしているに過ぎない。自分達の元の主人には恩義こそあれど、人間全てに盲目に従うには二人(ウタとモモを含めれば四人)は人間の愚かさや醜さを知り過ぎていた。同時に人間の素晴らしさや愛しさも知っていたが、かつての主人は四人の自由と意思を尊重した人だった。
「お、ジャンクショップだそ、レイ。ちょっと覗いていかないか?」
「了解です。バッテリーくらいならあるかもしれません」
一階のファッション街を過ぎて昔は流れていた自動階段を足で登った先、一階で見たものより痛みや劣化が目立つ衣類や釣竿、ホビーが並ぶ大型のジャンクショップが現れる。それらの趣味や娯楽の品々を無視して(テトは少しだけ後ろ髪を引かれながら)バッテリーなどの在庫が残っているかもしれないカウンター奥のバックヤードを覗いてみる。そして、二人は思わずハイタッチをした。両手で数えてもギリギリ足りないくらい、ここ最近では豊作もいいところなバッテリーの山が部屋奥の段ボールから顔を出したのだ。
「やったなレイ! こんだけバッテリーがあるなんて思いもしなかった! 状態も全然悪くないし、これなら君達三人分で暫く空腹に困らないんじゃないか?」
「えぇ、これはホクホクですね。ウタさん達もきっと喜ぶでしょう。なんなら本部の方々と二、三個物々交換に回してもいいかもしれません」
「まぁバッテリーの持ち具合はキメラの僕には分からないから、君達に任せるけども。またこの前みたいに僕の食料ばっか気にして、なんてことやめてくれよ? これは君達の大切な食料、って言ってもいいんだから」
「むぅ……」
珍しく正論で殴られたレイは、機械らしからぬ不服そうな様子で頬を膨らましながらメモに『ジャンクショップ◎』と記す。機械なので記憶は得意ではあるレイが逐一丁寧にメモを残すのは、優しいけど何処か抜けていたかつての主人の癖だった。テトが同じように手帳にメモをして施設全体の探索終了後に寄る場所としてこの店に目星を付けたのを確認すると一度ジャンクショップを後にして他の店へと足を向けた。
その後、他のアンドロイドと交換できそうなパーツが豊富に並ぶ家電屋や、今回は拠点で留守を任された二人の趣味の一つである本屋、レイとテトの趣味である音楽ショップなどに次々チェックを入れて、最上階のフードコートへと辿り着いた。
「流石にこれだけデカい施設だと広いねぇ。椅子もテーブルもめちゃくちゃあるや。店だって二十近くあるんじゃない?」
「まぁ食料がどれだけあるかですが……。真っ先に狙われそうなとこですし」
「そうかもねぇ。まぁ僕はそこらの野生動物の肉でも全然生きれるからさ、期待し過ぎないくらいで行こうよ」
「……期待感を削いだのは私ですが、もうちょっと希望は持ちません?」
「そんな期待すんなって。ほんとに人間臭くなったよなぁ、君は」
そう屈託なく笑うテトのここ最近の汚らしい野生動物ばかりの食生活を思い返して居た堪れなくなりながら、レイは鼻歌混じりに店舗を漁るテトの後ろに付きながら店内を素早く目敏く観察する。せめて、缶詰やレトルト食品があれば気丈に振る舞う(少なくともレイはそう思っている)テトの気も幾らか休まるだろうと期待していた。
しかし、レイのそんな期待に背くように店に残されていたのは空になったレトルト食品の袋や段ボール、缶詰など。今は電気など通ってない冷蔵庫の中には最早腐り切って元が何の食材かすら分からない残骸しか残されておらず、異臭を放ちながら羽虫を纏うそれに流石のテトも顔を顰めていた。思わず溜息を漏らしたレイが端から順々に見ていって十三軒目の中華チェーンをテトより先に覗いたときだった。
「……っ! テトさん、缶詰ありましたよ!」
「え、マジか?」
思わず発せられたレイの叫び声に、反射的にビクリとテトが反応する。機械らしからぬ笑顔を浮かべるレイの手には筍のラベルがされた缶詰が握られており、それを誇らしげに自分に向けて突き出していた。
「賞味期限も余裕でクリアしてますし、これ以外にもまだまだ沢山ありました! ほら、どうぞ! 暫く碌なもの食べてなかったでしょう?」
「え、い、いいのかな? デフォ子とかモモも、こういうの最近食べてないんじゃ……」
「私達は電気とか燃料で全然大丈夫ですから、食料はテトさんに優先されるべきです!」
「で、でも……」
そんな遠慮を遮るように、テトの腹の虫が耐え切れず鳴いてみせた。キュルキュルと音を立てた自らの腹に羞恥で顔を赤く染めるしかないテトに缶詰を突き出すレイの顔は得意げであった。
「……じゃ、じゃあこの一缶だけ、ね?」
「どうぞ」
テトは観念したように、満足げに笑うレイから筍の缶詰を受け取ると、辛うじて荒らされていなかった店舗前の安っぽい椅子に移動して缶詰の蓋を開けた。種類としては孟宗竹と呼ばれる太い種の筍を薄く切ったものが特に味付けもない水煮の状態で十数枚入っていた。その中の一切れを摘んで取り出す。天窓から差し込む光で少々輝いているようにさえ見えるその切れ端を感慨深そうに眺めて、ひとしきりそうしていたテトはゴクリと唾を飲んでから口に含んだ。
「どうです? 美味しいですか?」
「……おい、しいよ……。水煮だから味はあんまりないけど、さ……。思い出した、筍ってこんな歯応えだったね……」
切れ端を眺めている間に正面の席に座ったレイに優しく尋ねられて、テトは少し声を震わせて感慨深そうに呟いた。その返事に満足そうに微笑んだレイに気付いたのかいないのか、余程美味かったのだろうテトはもう一切れ、もう一切れと取り出しては大事に、美味しそうに筍を口に入れていく。昔、研究所で自身を作った博士の飼育していたハムスターを思い出したレイがついつい頬を緩ませていると、それまで缶の中身と筍の切り身にばかり夢中になっていたテトと視線が合った。物欲しげに思われでもしたか、そうだとしたら気を悪くさせたか。そう自身の軽率さを反省しようとしたレイの口元に何かが迫る。え、と逸らした視線を向き直した先にあったのは、テトが差し出した筍の切り身だった。
「……あの、テトさん? 私は単にテトさんが可愛くて見てただけで、別に食べたかった訳じゃ……」
「ん? でも、美味しそうでしょ? レイも暫くぶりでしょ、筍」
「いや、そうですけど……。確かに美味しそうですし、何年も食べてないですけど、それだとテトさんの分が……」
「大丈夫! それに、レイにも食べてほしいんだ! 先輩の久しぶりの我儘、聞いてくれよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
観念したようにそう呟いて、レイは笑顔のテトが差し出す筍に直接かぶりついた。テトがそう言ったように水煮の為に記憶の隅に残る中華料理のような鮮烈な印象として残る味はしないが、確かに感じる甘さとサクサクとした瑞々しい歯応え。最早忘れていたに等しい筍の味がレイの記憶フォルダから引っ張り出された。
「ふふ、美味しいだろう?」
「……はい、美味しいです。筍の味とか食感とか、すっかり忘れてました」
「そうだろう? 確かにレイ、にデフォ子とモモもだけどさ、今は贅沢も出来ないから電気だけで済ます日が殆どだけどさ。ずっと昔はマスターと囲んで食事したじゃんか。おかずを誰が多く食べたかで言い争ってデフォ子に呆れられたり、レイが一週間続けて唐揚げ作ったりさ。今はもう昔みたいに、なんて無理だけど折角人間みたいに美味しくご飯を食べられるんだから偶には、これ美味しいね、みたいに食卓を囲みたかったんだよ。ありがとうね、レイ」
「……こちらの台詞です。ありがとうございます」
「どういたしまして。……あと一切れ、どうだい?」
「いや、これ以上は……。……いえ、ではもう一切れだけ」
優しい笑みを浮かべるテトから観念したように筍を受け取って、レイは少しづつ大事に口に含んで咀嚼していく。太陽が天辺から少し西に傾いた、人間が昼下がりと名付けた頃のかつてのフードコートの真ん中で、天井の磨りガラス越しの日光に照らされながら、かつて人と共に笑い合ったキメラとアンドロイドは束の間の食事会に頬を緩ませていた。