思い付き兼ココロとコトネお迎え記念に執筆しました。
メリーは泣いていた。
ぶえぶえと泣いていた。
一面に広がる紺碧の上で、涙を流さずに泣いていた。
メリーには心が無い。
世間一般的には有るとされている、魂というものが存在しない。
彼女はあくまでも【
だけどぶえぶえ泣いている。
あまりにあんまり過ぎて泣いている。
目を覚ましてからずっと一緒の航海の友である40cmの木板の上で、どうにもならなくて泣いていた。
きっかけは水に落ちた衝撃だった。
寝ていたはずの自分は何故か地面から追放されて、ぶくぶくとあぶくをたてながら沈んでいる。
突然の出来事にパニックになった彼女はジタバタ手足を動かして、なんとか水上に浮き上がった。
──すると、そこには自分を置いてけぼりにして去っていく、大きな大きなタンカー船の姿が見えた。
メリーは激怒した。
必ずかの邪智暴虐なるタンカー船を沈めねばならぬと決意した。
メリーには船の心が分からぬ。しかし、彼の自分を置いてけぼりにした船を許すことは出来ぬと、人形なりに考えた。
結果として、メリーの復讐対象はその船へと移った。とんだ酷い話である。
……そして、彼女の漂流は始まった。
雨に濡れて、波を被って7日間。
ようやく自分の"船"を手に入れた。
太陽に炙られて5日間。
早くも心細くなってきた。
波に流され6日間。
海の上に飽きてきた。
月に照らされ20日間。
決意も復讐の心も折られた。
鳥につつかれ8日間。
もはや自分がなんなのかすら分からなくなった。
嵐に揉まれて14日間。
それでも必死に木板にしがみついた。
そして今日で13日目、彼女はぶえぶえ泣いていた。
あれだけ綺麗だった桃色の髪は塩でゴワゴワになり、海水を吸った青とピンクの服とスカートはくすんだ黒色に染まり初めて見るに堪えない。ふかふかの綿が敷き詰められた柔らかな身体ももはや硬く、フェルト生地の皮膚の手触りも悪い。
これがどうして人形と言えよう。自分の見た目や衣装に手触り等、自信があったものは全てみすぼらしくなってしまった。下手にプライドがあっただけに、その克己心で復讐しようとしていたが為に、彼女の心は壊れてしまった。
涙の流れない黒い瞳に悲しみが浮かぶ。
もはや彼女は誰からも必要とされないボロ人形。もう誰かの腕に収まることも、捨てた持ち主に復讐する事も出来ない、海に浮かぶ汚い漂流物だ。その事実が頭を過ぎって、彼女はまたぶえぶえと泣く。
誰かに愛されたかっただけなのに。
誰かに愛して欲しかっただけなのに。
彼女の心の本当の願いが、飛沫となって木板に当たる。顔に掛かった波の一粒が、黒いビーズの上を流れた。
…………その時だった。
──ゴォォォ……。
木板の上でペタンと座る彼女の耳に、聞き馴染みのない音が届く。それは波を掻き分ける音とはまた違い、確かな重量感を持って鳴らされる、質量を持った暴風のような音だった。
彼女は久方ぶりに訪れた、突発イベントへ目を向ける。
……彼女は我慢強かった。しかし、それでも精神はすり減る。そんな彼女がここまで意識を繋ぎ止められていたのも、一重にこういった海上で起こる、代わり映えのない水平線を変える何かによっての事だった。
すわ嵐か。それともクジラか。
彼女は虚ろな目を向けるべく重心を動かし、木板を回転させる。
──……そこに居たのは"船"だった。
そびえ立つ白……否、"城"を思わせる、高い、高い白巌の巨影。照り返す陽射しを跳ね返す、煌びやかにはめ込まれた幾多ものガラス窓。張り出した船頭の上で賑わい騒ぐ、雑踏を混じえた『人』の声。
メリーは涙した。
こんな奇跡があっていいのかと自身の目を疑った。
メリーには魂が無い。されど、愛玩の為に造られた
そこには幸せが満ちていた。
少女達の弾む声があった。
彼女の待ち望んでいたものがそこにあった。
メリーは気力を振り絞って立ち上がる。
なんとしてでも、そこに拾い上げてもらうために立ち上がる。
それは執念だった。ちっぽけな身体から流れ出ていった"復讐"、"願望"、"心"といったものの残りかすを僅かにかき集めて作り上げた、『人形』としての"執念"だった。
人形は立ち上がった。
そして、めいっぱい背伸びした。
船に見つけてもらうために。
人に再び抱き上げてもらうために……!
ガッ。
……しかし、その"執念"も船の前には関係ない。
運航を妨げる木板の上の、ほんの小さな豆粒に気を払うなんて事はこれっぽっちも無かった。
増してや、甲板上から見て海上までの距離は大きく見積もっても50m以上。ビル17階に相当するその距離では、海上に浮かぶ人形すら小さな漂流物にしか見えないのである。
ドポン、と音を立ててメリーは落ちた。
また彼女は海の中に落ちた。
木板はひっくり返って、船が掻き分ける大波に攫われた。
もう二度目はない。彼女は自身が抱いた数々の期待を何度も何度も裏切られた事により、その精神を擦り切れさせていた。
深く、深い底へ彼女は沈んでいく。
悔しかった。捨てた持ち主にも、船にも、復讐すら出来なかった。
何も出来なかった。産まれたばかりの【
もう太陽の光すら拝めないだろう。彼女は深い悲しみと悔恨を抱えて、波間の底へと沈んでいく。
最後の時、感情すら無くなった丸い黒目に映ったのは、遠くの方で潜水する白くて細い人の形だった。
「(……あれ、人形?)」
──それでも彼女は、幸運に恵まれた。
目を覚ます。
揺れる大地。そよぐ風。見渡す限り人の痕跡。
彼女は拾い上げられた。
……
…………
……………………!!
【うわぁぁぁぁぁ!!やったぁぁぁぁぁぁ!!】
嬉しさで身体が跳ねる。
塩で固まった身体が軋む。
それでも彼女は嬉しかった。
彼女はスチールラックの上で踊り出した。喋れぬ自身の喜びの表現法は、それしか無かった為である。人形の本分は可愛がられる事であり、彼女もまたその為の練習を欠かしていなかった。
だから、彼女が足を踏み外しても仕方の無い事だった。
【──ぶえ……?】
人形、真っ逆さまに床へ向けてダイブ!
その高さ約150cm、小柄なJK一人分の高さから頭を下にして勢いよく落下!!
【どぅええええぇぇぇ!?!?!?】
手足をジタバタさせて彼女は落ちる。
まるで水面下で身体を沈ませないように努力する白鳥が如く。彼女はなんとか体勢を立て直せないかと床に落下するその刹那で悪足掻きを試みた。
だってかっこ悪いし。
可愛がられるための人形の顔が、地面と睨めっこしていたら台無しだ!
そう彼女は考えた。
実際のところ、うつ伏せに倒れていても人形である時点で可愛さは担保されているのだが、彼女の辞書に妥協の文字は存在しない。なんとかして可愛い状態で床に落下する事だけを考えて、彼女はぐるんと宙で回る。
その間、約0.2秒。
空中でおしり側から着地する体勢に入った人形は内心でガッツポーズをキメて────
スポッ。
気の抜けた音とともに床を突き抜け、可愛い綿の詰まったお尻を別の船室の床に叩き付けられた。
【──……なぁんでぇぇぇぇぇ??!】
ぶええぇぇぇ、と彼女は泣き始める。
可愛い黒目が付いたその眼からは、滂沱のごとく涙が垂れ流されていた。
【祝】泣き顔差分、実装!