彼女に対して遅刻は厳禁だ。
彼女に遅刻を働いた時、俺は罰を受ける──
──なんて、シリアスには行かないもんだけど。
それとこの話を無断転載したり人工知能学習に使うのも厳禁だ。
「……遅い」
待ち合わせ場所に遅刻して来た俺はジト目で彼女に見られる。
「ごめんって、充電切れててさ」
「ダメ、許さない。──ごちそうにして、食べてやる」
すると周りの景色が、いや空間が歪んで渦巻いて行く。
──ああ、やっぱりこうなるのか。
気付くと俺は西洋風の古城の前にいた。
と、言ってもリアルなものではなく絵本の中みたいにデフォルメされたバランスのものだけど。
前には大きな両開きの扉、後ろには迷路。
……これはリアルではないけど、現実であると俺は知っている。
「──さぁ、罪を償う準備はできた?」
ギギィ……、と扉が開き、逆光の中煙が足元から流れ出る。
──逆光の中にはシルエットがあった。
それは二本の角を生やし、コウモリの翼を背負い、先の尖った尻尾、三叉の槍を持った、『悪魔』のものだった。
「どうすればいいんだよ……?」
「逃げて、逃げて、逃げ惑う。そうして疲れ果てて、私に捕まって……、あとは腹の中で悔いればいいわ」
ぺろり、と俺の彼女は妖艶に舌なめずりをする。
そのかわいくも綺麗である顔は悪魔の口の中──、……半月状に開かれた赤い口、同じく半月状で吊り上がる黄色い目、丸く大きな頭とそれに見合った太さと尖り具合の角が生えた悪魔の口の中に収まっていた。
……、悪魔の体も丸く大きな頭に見合った太さのマスコットっぽいもので……。
……俺の彼女はデフォルメされた悪魔の口の中に顔を出し、着ぐるみのマスコットっぽい紫色の悪魔になっていた。
……正直かわいすぎるんだが。
あのかわいらしくも美しい顔とそれを口に収めた悪魔のデフォルメ顔・デフォルメされた体とそれを動かす所作がコントラスト起こして、かわいすぎるんだが……⁉︎
「ゴールは食卓よ、せいぜい足掻きなさい?」
「うわあああああぁ⁈」
とか見惚れてたら
──この場所は彼女の思うがままだ。
彼女の望み通り動くしか、俺に許される術は無い。
「待たせ過ぎよ」
自宅のドアを開けた彼女はジト目で部屋着姿だった。
「ごめん、道がマラソン大会でふさがっててさ」
「言い訳はいいから、さっさと入りなさい」
「はーい、お邪魔しまーす」
何の変哲も無い一戸建て、何の変哲も無い白い壁紙とフローリングの彼女の家へと入る。
「──さて、覚悟はいいかしら?」
その途端、家の中がログハウスのものに変わった。
──彼女の装いも変わった。
黒い三角の魔女帽子に、黒いローブ。
ギョロ目、鷲鼻、しわしわの肌に白髪、ぐにぃと笑う魔女の老婆の口の中で悪戯っぽく彼女も笑っていた。
彼女は『部屋着』だという着ぐるみっぽい魔女の老婆の姿に変わっていた。
「えーと……、お手柔らかにお願いします」
「それはどうかしらね?私の家に入ったという自覚が足りないんじゃないかしら」
そう言いながら彼女は軽々俺を抱え上げる。
──……あっ、だめ、顔近い……。
魔女のだるだる感と暖かさがもたらす安心感の中でこんないいお顔見せられたらここが天国になっちゃう……。
「でもどうしましょうね?一ヶ月くらいじっくりいこうかしら?」
「はい……」
俺は彼女の家の奥深くへと、連れて行かれるのだった。
「えっ」
「やっ」
駅の改札前の柱で先に待っていたら驚かれた。
今日は調子が良い日だったからなぁ。
「…………」
「……えーと?」
……けれど彼女はぶすっとした顔をしてる。
どうしたもんかと考えた瞬間──
「うおっ、と」
周りは洞窟に変わっていた。
平らでなくなるだけで少しバランスを崩す。
「…………」
「えーと……」
──そして背後に彼女が立っていた。
相変わらずぶすっとした顔を首元から出した、赤いドラゴンの着ぐるみっぽい姿だ。
「……」
「……えと?」
そしてずずい、っと俺に抱き着いて来る。
「……合格よ、いっつも巡りが悪い癖に毎日毎回頑張ってるご褒美」
「もしかして、俺で遊びたかった?」
抱き返しながらようやく気付いた彼女が望んでそうな事を口にする。
「……」
「ぬわっ」
すると頭にがぶー、と何かがゆるく噛み付いた。
見れば彼女の顔の上のドラゴンの首が曲がって、ドラゴンの頭が俺を噛んでいた。
……彼女の現実の中でよく着ぐるみを着たっぽい姿になってる彼女だけど、どうもそれは着込み着替えられる衣装であると同時に彼女の身体の延長として扱える生体的な何かであるようだ。
「……むー……」
「……ごめんごめん」
だから俺は彼女の格好を着ぐるみとは断定しないけど……、それと同じように彼女が俺で遊びたがってる事を口で断定しない方が良かったらしい。
あと彼女の称賛を素直に受け取らなかったのもまずかったなと思う。
「……私はあなたを気に入ってるのよ、世界で一番」
「世界で一番の人にそう言ってもらえて、俺もうれしいよ」
「……ふん」
まぁ、彼女が世界で一番かわいくてあったかい最高のパートナーなのは不変にして無限の事実なので、より強く抱きしめる彼女をより強く抱きかえすのだった。
彼女
…“俺”の彼女。
彼女の好きになる世界を自在に生み出せる。
かわいい。
俺
…彼女の彼氏。
妙に巡りが悪く、よく遅刻する。
かわいい。