厄祭の落胤   作:おぶざーばー

1 / 1
序幕

 

──しくじった。下手なことするんじゃなかったなぁ。

 

月を臨むアバランチコロニー近郊。腹のひしゃげた鉄桶の中で、青年は思いを巡らせた。

亀裂の走るヘルメットから覗く虚ろな瞳は、灰色に揺らめいている。反面彼の視界は神経で繋がった先、遠ざかっていく複数の噴進剤(スラスタ)の光を捉えていた。内一つはふらふらと今にも隊から離れてしまいそうだ。

 

「もうちょっと……頑張れ……」

 

青年は声を揺らしながら、離れそうになる光へと声を届ける。無論、通信も繋がっていない今、聞こえる筈もない。

だが彼が無事ならばそれでよい、と。青年は安堵した。きっとあのまま戻れば、豚面の小汚い巨漢から怒号と鉄拳を受けるに違いない。それでも、青年には彼に生きていて欲しかったのだ。見ず知らずの犯罪者としてこのまま殺されるよりは、“道具”として生かす連中の下の方が、命の保証は少なからずある。そう信じなければ、青年は自らの行いに向き合えなかった。

 

『投……と見……良………な』

 

ふと、機体に籠った音声が繋がる。雑音が酷く、加えて意識も曖昧な青年はその音声に応答が出来なかった。しかし、これ以上抵抗する気も青年には無い。

青年の機体に、紺色の魁偉が迫る。鋭い双眸は主人の縄張りを荒らされたことへの苛立ちか、青年を機体越しに睨みつけているようにさえ見える。

たかが海賊のロディ風情が百錬に喧嘩を売れるほどの相手で無いことは、青年自身も重々承知していた。

それでもあの時だけは、青年は動かねばならなかった。年端もいかない味方が、何も知らないまま宇宙の藻屑になることを、青年は許容できなかった。結果、入れ替わる形でマンロディの腹は片刃の直撃を受け、今に至る。

濃紺の百錬は青年の仲間を追っていたのだが、どうやら無事振り切れたようだ。

 

『デ……リに……ては……聞……け……良……手間が省……助……』

 

百錬のパイロットから、再び回線が開く。辛うじて動くロディのカメラレールを傾けると、重厚な人型が自身の眼前に一機。その後方にはハッチを今まさに開いている最中の、一隻の輸送船を捉えた。

本来ならば青年達が狙っていた獲物。タントテンポ所属の商船という大きなヤマはしかし、一介の海賊が手をだして良い筈もなく。

結果的にミイラ取りがミイラになるとは、なんとも皮肉な話である。

 

──“お宝”、だっけか。あの中にあるんだよな……

 

胴体の貨物ベイを開き、哀れ見捨てられた“獲物”を取り込まんとする輸送船を見て、青年は一つ、思いを巡らせた。

 

───────────────────

 

「悪く無いね」

 

青年が拿捕されてから地球時間で3日。まだ傷の痛む身体の青年を見て、恰幅の良い白髪混じりの男はそう言った。

捕虜に治療を受けさせるとは、青年も予想だにしなかった。しかしこれからのことを考えると、これは“投資”なのだ。

 

「君たちみたいな賊の相手は珍しいものではなくてね。だが最近はやけに多くて困っているよ」

 

調度品に囲まれた船室で、椅子に縫い付けられた青年と相対した男は言葉を続ける。口ではそう言ってはいるが、その様子からは寧ろ襲撃を楽しんでいるかのような素振りだ。余裕のある姿は年と金を食った奴の言い方らしいな、と青年は思う。

 

「して君。名は何というのかな」

 

男はグラスを揺らしながら、青年に問う。

たかが海賊の──今はそれにすら見捨てられた──所有物に名前なぞある筈もない。ましてや捕まった先で自分の情報を容易く話す程、青年は愚かでも無かった。

 

 

──その筈、だったのだが。

 

 

「名が無くては不便だろう。好きに私が呼ぶのも悪くないが、デブリとは言え、人の姿をしている物は丁寧に扱わねば」

 

その言葉がこの世界であまりに異質なものだと、青年は一つ身構えた。

デブリはまともに生きられない。そう信じてこれまで生きてきた。敵に捕まればどうなるかも、身体に嫌というほど叩き込まれた。

それが実際にはどうか。青年は今こうして五体満足で生かされている。それどころか一人の人間として名を尋ねられているのだ。男の言葉に嘘偽りは無いのだろう。現に今、瀕死だった青年を治し、自身と対面させているのだから。

青年に男の目的など分かるものでも無い。ただ、圏外圏の人屑(ヒューマンデブリ)をここまでして生かす男が、今は青年の目に極めて不気味に映った。

 

「急かすつもりも無いさ。どうかね?君も一杯……」

「……ノウム」

 

青年は一言だけ告げる。それが自分を表すのだと。

青年の言葉を受けても、男は貼り付けた笑みのまま表情を変えない。それでも少々意外だったのか、グラスの揺らぎが止まったのは、青年の目でもはっきりと分かった。

 

「……そうか。良い名だ」

 

噛み締めるように男は独りごちる。

──よもや、デブリが素直に従うとは。

少し他の連中と違うのかもしれんな、と。男はグラスを呷る。

 

「さて、ノウム君。君は私の船に手を出した訳だが、その理由は何だね?一介の海賊が狙う程の積荷を持ち合わせてはいないのだが」

 

男の質問に、ノウムは答えるつもりは無い。

そもそも今回の襲撃とて、青年に碌な情報は与えられていなかった。ただタントテンポ所属の商船を襲う。今日はそれだけで食事を与える、と。

敵の数も、狙うべき獲物も、何一つとして。

──いや。一つだけ、何かボスは言っていたな。

 

「……“お宝”……」

 

無意識だった。

ノウムからこぼれ出た一言は、彼自身がその不注意に気づくまで一拍の間が生まれる。

 

「──ッ!」

 

慌てて口を紡ぐがもう遅い。ノウムの言葉に男の様子が一変する。これまでの余裕は影を潜め、相対した青年を見据える視線は老獪なそれに切り替わる。今にも懐に指を掛けそうな様子だ。

それはノウムの言う“お宝”が、男の手元にあることを示す何よりの証拠だった。

 

「……宝……?」

 

ぼそりと呟いた言葉はノウムの耳には届かない。しかしその動揺ははっきりとノウム自身にも理解出来た。それが男の抱える大きな秘密であることも。

しかし、過ぎたるは尚及ばざるが如し。分不相応な身分で知りすぎることは、自らの命を早めることにもそのまま繋がる。そのことはノウム自身が一番良く理解していた。かつて賊長(ボス)の秘蔵を知ってしまった仲間が、生身で宇宙を漂う姿は今でも夢に出るほどに。

秘密を知った相手を易々と生かすほど、この男が穏やかでは無いことはノウムも薄々勘づいている。

 

「……僕、殺される?」

 

分かり切ったことだろうと、ノウムは自分自身でも言い聞かせていた。今しがた飛び出た言葉はそれをどうしても受け入れられない理不尽への僅かばかりの抵抗でもあった。

だからこそ、ノウムは男の紡いだ言葉に耳を疑うことになる。

 

「……殺しは、しない。君を殺す理由も無い」

 

どういう風の吹き回しか。男はノウムをそのままにすると言ったのだ。ノウムは夢かとも考えたが、どうやら現実らしい。

 

「君を殺すのは容易い。だが君の治療には費用が嵩んだ。その分は返して貰わねば」

 

男は言葉を続ける。当然だ。こういった手合いは秘密を知った相手を易々と手放す筈もないだろうことは、ノウムも良く分かっていた。

 

「……何をすれば?」

「君は思ったより歳が近い。性格も、あの戦闘を見ていれば察するものがある。」

 

──歳と、性格。

ノウムは男の示した条件に疑問を抱く。共に有象無象には任せられないような仕事だろうか、と。

安っぽい我流の戦い方を切り取って性格を言い当てられることに良い感覚は持たないが、それはひとまず置いておく。

 

「来なさい。見せたいものがある」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。