オリ街出ます。
カロス地方の芸術と映画の都『アバンシティ』
中央広場には大勢の野次馬と巨大なカメラ機材が溢れ返り、怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「わあ……! すごい人! ノウゼン、あれって映画の撮影かな!?」
「そうらしいな。近寄ると危険だ、離れて見——」
マチエールが目を輝かせて駆け出そうとした瞬間、撮影エリアの中心から頭を抱えた監督の絶叫が響いた。
「なんだって!? 悪役『レイ』役のアクション俳優が、事故で足の骨を折って病院に搬送された!?カルネさんのスケジュールは今日しか押さえられないんだぞ! 撮影が中止になったら億単位の損害だ!!」
現場に重苦しい緊張感が走る中、シックなトレンチコートを着こなし、困惑した表情を浮かべるカロスの大女優——カルネが溜息をついた。
「困ったわね……今日を逃すと、次のスケジュールにまともな空きが出るのがいつになるか分からないのに……」
カルネが困り果てて視線を巡らせた、その時だった。
人ごみの中で映える長身の影。夕日を吸い込むような艶やかな漆黒の髪。その隙間から覗く、吸い込まれそうな神秘的な銀の瞳。中性的でありながら男らしく引き締まった、息を呑むほど整った端正な顔立ち——。
「……! 監督、見て!」
「ん? ……ひ、ひぇぇっ!?」
監督がカルネの指差す先を見て、両目を飛び出させた。
「な、なんだあの男は……! 高い身長、凛とした立ち姿、あでやかな黒髪に、射抜くような銀の瞳……! まんま暗黒街を冷徹に支配するマフィアのアンダーボス『レイ』じゃないか!!」
監督とカルネ、その他スタッフたちは目を見開くと、猛ダッシュでノウゼンの元へ駆け寄ってきた。
「ノウゼン君!!ホントいいところに!!!」
「君! 頼む、代役をやってくれ! 謝礼はいくらでも払う! この映画を……カロス映画界を救ってくれ!」
「えっ、えええええっ!? カルネさん!? ノウゼンが映画に!?」
突然の大女優と監督、その他スタッフからの懇願に、マチエールは目玉を丸くする。ノウゼンは面倒そうに眉をひそめ、冷ややかに首を振った。
「お断りします。大体、演技の経験などありません」
「お願い、男の子! カルネさんと共演できるのよ!?」
「頼む! 一生のお願いだ! セリフは少ない、君のその存在感がどうしても必要なんだ!」
すがるスタッフたちを冷淡にあしらおうとするノウゼン。だが、その袖をマチエールがキュッと引っ張った。
「……ノウゼン。やってあげようよ」
「マチエール?」
「困ってる人を放っておくのはハンサムハウスのポリシーに反するし……それにね」
マチエールは少し照れくさそうに上目遣いでノウゼンを見つめた。
「あたし……ノウゼンが映画に出て活躍するところ、ちょっと見てみたいかも」
「……はぁ」
上目遣いでおねだりするマチエールに、ノウゼンは完全に毒気を抜かれたように深々と溜息をついた。
「所長命令とあっては、断るわけにはいかないな」
「やったぁぁぁ! メイク! 着替え! 直ちに控室へ案内しろ!!」
◇
メイク室から出てきたノウゼンの姿に、現場の全員が言葉を失った。
仕立ての良い高級な黒のスーツに身を包み、前髪を軽くオールバック気味にセットされたノウゼン。銀の瞳が冷徹な光を放ち、まるで本物の暗黒街のアンダーボスがそこに立ち現れたかのような圧倒的な覇気が漂っていた。
「〜〜〜〜〜っ!?」
物陰で見守るマチエールの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
(か、かっこよすぎる……! いつものノウゼンも身だしなみしっかりしてるけど、黒いスーツのノウゼン、大人っぽくて息が止まりそう……!)
「……どうした、マチエール。香水の匂いが不快なら、今すぐ落としてくるが」
首元を少し緩めながら問いかけるノウゼンに、マチエールは真っ赤になってブンブンと首を振った。
「う、ううん! すごく似合っててかっこいい! かっこいいんだけど……なんか、遠いどこかのすごい人みたいで……変な感じがして」
小さく縮こまるマチエールに、ノウゼンは一瞬目を見張り、カフスボタンを静かに留めながら、冷めた目で己の手のひらを見つめていた。
(体術か……。まさか、あの屋敷での記憶をこんな形で使うことになるとはな)
名家・ミラー家の厳格な教育。後継者として完璧を求められた幼少期、逃げ場のない自室で叩き込まれた苛烈な関節技や護身術、立ち振る舞い。息の詰まるような冷たい過去。 だが、その記憶を追想するノウゼンの視界に、ポンポンと跳ねながら「ノウゼン、似合ってるよ!」と手を振るマチエールの笑顔が飛び込んできた。
(……あの頃の俺が見たらどう思うだろうな。今の俺には、こんな賑やかな相棒がいると)
胸の奥の冷たい澱がすっと消え、ノウゼンは口元に笑みを浮かべた。
「いいかノウゼン君! シーンはクライマックスだ! 若き女性捜査官ストレア(カルネ)とその仲間の刑事たちが暗黒街のボスを追い詰めるが、側近 兼 懐刀の君が圧倒的な格闘術とポケモンの連携で返り討ちにする! セリフは台本通りだ!」
「了解しました」
「アクション、スタート!」
カチンコが鳴った瞬間、ノウゼンの雰囲気がガラリと変貌した。
「そこまでよ! あなたたちの暗黒街の支配も、これで終わりよ!」
「こんなところまで来やがるとは‥‥‥!レイッ!ここはお前に任せる!またあとでな……!」
「ああ……!」
トレンチコートを翻し、銃を構えて飛び出してきたストレア(カルネ)が所属する捜査一課の面々。ノウゼン演じる『レイ』は、撤退するボスを見送った後、ボスが去っていったドアの前に立ちふさがり、冷ややかな銀の瞳で彼女たちを見据えた。
「……来い、国家の狗共」
低い、氷のように冷たくも甘い美声。それだけで周囲の観客から「きゃあっ!」と悲鳴が上がる。
「サーナイト! 『ムーンフォース』!」
カルネの声に応じ、幻想的な月光の束が放たれる。 だが、ノウゼンは声すら発しない。ただ静かに顎をしゃくる。
次の瞬間——空間が歪んだ。 漆黒の影から現れたギルガルドが鉄壁のキングシールドを展開し、強力なムーンフォースを真っ向から相殺・消滅させた。
「なっ……指示なしで防いだ!?」
カルネが演技を忘れて息を呑む。 さらに襲いかかる捜査一課の刑事役の俳優たちに対し、レイは自身の手持ちポケモンたちと息を呑むような流麗なる連携を展開した。
影から滑り出した漆黒のゲッコウガが『みずしゅりけん』で武器を弾き飛ばし、頭上からはクロバットが超音波でストレア達の動きを鈍らせる。
隙が生まれた刑事たちへ、ノウゼン自身が無駄のない洗練された体術で肉薄。手首を捻って関節を極め、長躯から繰り出される鋭い高蹴りで一撃のもとに叩きのめす。
さらにストレアが反撃に出ようとした瞬間、ノウゼンの背後にそびえ立つギルガルドが『キングシールド』を展開して完璧に防御。そして刑事たちが倒されて怒りに燃える正義のポケモンたちの隙を突き、アブソルが容赦なく切り裂いていく。
ノウゼンの「一瞬の視線」と「指先の微かな動き」だけを合図に、凶悪なポケモンたちが寸分の狂いもなく完璧な陣形を組み、カルネ演じるストレアと捜査一課を完全に完封してみせた。
「な、なんだあの動きは……!? 手持ちポケモンとの連携もアクションのキレも、プロ以上だぞ!?」
「本物‥‥‥!トレーナーとしての器が桁外れすぎる……!」
仲間の刑事たちは倒れ伏し、一人残ったストレアも腕を抑えて膝をつく。絶体絶命に追い込まれる正義の使徒たち。
ノウゼンはゆっくりとカルネへ歩み寄り、冷酷な表情を浮かべてその顎を指先でクイと持ち上げた。
「……終わりだ。正義という理想を抱いたまま、死ね」
「カットォォォ!! 完璧! 完璧すぎる!!」
その後、別シーンでボスが捕らえられたことを知ったレイの動揺、そして正義の心で立ち上がったストレア達が逆転し、レイを倒すシーンまでNGなしで一気通貫。監督は興奮した声で「カット!OK!!」と叫び、現場は割れんばかりの拍手に包まれたのだった。
◇
数ヶ月後。完成した映画『ユースティティア』は、カロス全域で歴史的な大ヒットを記録していた。
そして今、SNSのトレンドは、主演のカルネと同等くらいに「謎の悪役・レイ」の話題で埋め尽くされていた。
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【トレンド】#ユースティティア#レイ
『カルネ様の映画観てきたけど、悪役のレイ様がかっこよすぎて息止まった……誰あのイケメン!?』
『ポケモンたちも超かっこよかった!!』
『アクション殺陣がプロ通り越して本物すぎる。蹴りの打点が美しすぎるんだが!?』
『あの冷たい銀の瞳で『理想を抱いたまま、死ね』って言われたい人生だった……』
『レイ、今作だけで退場するのもったいなくないか?続編あるんなら出てほしいな』
『【朗報】レイ役の人、ミアレの『ハンサムハウス』って探偵事務所の助手さんらしいぞ!?』
『まじ!? 今すぐ事件の依頼して会いに行ってくる!!』
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「ちょっとノウゼン! ホロキャスターのニュースもSNSも、全部ノウゼンのことばっかりだよ!?」
旅先のポケモンのセンターで、マチエールはホロキャスターの画面を見ながら頭を抱えていた。画面には、映画のノウゼン(レイ)の決め台詞シーンが何度もハイライトで流され、世の女性たちが大騒ぎしている。
「特定班に事務所の場所までバレてるし……! 『ノウゼン様に銃向けられたい』とか書いてあるよ!? もう、ノウゼンはマフィアじゃなくて探偵の助手なのにーっ!」
プンプンと頬を膨らませて焦るマチエール。自分だけの自慢の助手だったノウゼンが、カロス中の人々(特に女性たち)に見つかって遠い存在になってしまうような、胸がギュッと締め付けられるような嫌な気持ちに、マチエール自身も戸惑っていた。
当のノウゼンはといえば、そんな世間の恐々をどこ風吹く風といった様子で、優雅に紅茶を口に運んでいる。
「放っておけよ」
「ほっとけないよ! カルネさんからも本格的にスカウトされてるんだよ!?」
そこへ、帽子とサングラスで変装したカルネがそっと姿を現した。
「ふふ、大評判ね、ノウゼン君。映画会社からも『ぜひ次回作の主演で』ってラブコールが止まらないの。どうかしら? 本当に本格的に俳優の世界に入らない?」
カロス大女優からの直接スカウト。ホロキャスターの画面と、目の前のカルネを見比べ、マチエールはついに耐えきれなくなって横から猛然と割り込んだ。
「ダ! メ! で! す!!」
マチエールが両手を大きく広げ、ノウゼンの前に仁王立ちした。
「マチエール……?」
「ノウゼンは……ノウゼンはあたしのバディなんだから! 映画俳優になんてさせません! トレンドで大騒ぎされたって、ノウゼンは渡さないんだからねっ!」
真っ赤な顔で、涙目になりながら必死に自分を主張するマチエール。
カルネは驚いたように目を丸くしたが、必死なマチエールと、その背後で「参ったな」というように愛おしそうに目を細めるノウゼンの表情を見て、くすりと笑った。
「……ふふ、そう。カロス中のファンが束になっても、この『世界一のファン』には勝てそうにないわね」
カルネはウィンクを残して華やかに去っていった。
「も〜〜っ! ノウゼンもノウゼンだよ! カルネさんに顔近づけすぎ! 顎クイなんて聞いてないよ!」
「あれは「どうしても!」って監督が言うからだ。俺も最初は断るつもりだった」
ノウゼンはマチエールの頭に、ゆっくりと大きな手を乗せた。映画で見せる冷酷な悪役の表情とは正反対の、とびきり甘く優しい微笑みが浮かぶ。
「ネットの人間が俺をどう評価しようと関係ない。……俺の居場所はお前の隣だ」
「〜〜〜〜〜っ!?」
不意打ちで放たれた、ノウゼンからのあまりにもストレートな言葉。 マチエールの顔は、映画のポスターよりも真っ赤に染まり、声にならない声を上げて俯いてしまった。
膝の上で、もこおが「ニャフフ」と意地悪く微笑み、そのやり取りを面白そうに眺めるのであった。
◇
更に数か月後。旅からミアレシティの『ハンサムハウス』へと戻ってきた二人だったが、事務所のポストは溢れんばかりの手紙でパンクしていた。
「ちょっとノウゼン! 大変だよ! 依頼の郵便がこんなに届いてる!」
「旅から戻ったばかりだというのに、探偵事務所らしくなってきたじゃないか」
感心しながら手紙の山を検分するノウゼンだったが、マチエールが手紙を開くたびにその顔はどんどん怒りで満ちていった。
『レイ様! 私の落とした財布をそのクールな目で探してください!』
『ノウゼンさん! 私悪事に手を染めてしまったので、あの体術で取り押さえて叱ってください!』
『レイ様の踏みつけ出張サービスはいくらですか?』
「もうっ!! ハンサムハウスはファンクラブじゃないんだからねっ!!お断りーっ! こんなヘンテコな依頼、全部ゴミ箱行きだーーっ!!」
「やれやれ……」
ギャーギャーと大騒ぎしながら手紙を仕分け(排除)していく所長。 ノウゼンは苦笑しながら、マグカップに温かい牛乳とコーヒーを注ぎ、甘いカフェオレを作って彼女のデスクにそっと置いた。
「怒ると喉が渇くぞ、所長」
「……うぅ、ノウゼン。あたし、ノウゼンの格好いいところはあたしだけが知ってればいいのに……」
カフェオレを両手で包み込み、ぽつりと本音を漏らすマチエール。 ノウゼンは彼女の隣に腰を下ろすと、頭を優しくポンポンと撫でた。
「俺の全部を知っているのは、世界中でマチエール、お前だけだ」
カロス中を虜にした最高の悪役は、今日も誇らしい二代目名探偵の隣で、優しく穏やかに微笑むのであった。