潮風が心地よく吹き抜けるシャラシティ。
海の上に聳え立つ古風で壮大な『マスタータワー』を臨みながら、ノウゼンとマチエール、そして新しく加わったクチートたちは再びシャラジムへと足を運んでいた。
「う〜ん! やっぱり海の風は気持ちいいね!」
「ああ。以前ここを訪れた時はジムリーダーが不在だったからな……。無事戻ってこられて良かった」
「うんっ! あの時はすれ違いになっちゃって後回しにしたけど、いよいよこれが最後のジム戦だね!」
マチエールが感慨深そうに空を見上げ、もこおも嬉しそうに「ニャ〜!」と鳴く。
ジムの重厚な扉を開けると、スケートシューズの軽快な滑走音とともに、金髪の少女——ジムリーダーのコルニが元気いっぱいに滑り寄ってきた。
「あっ、いらっしゃい! この前はせっかく来てくれたのに、メガシンカの修行で留守にしちゃってて本当にごめんね!」
コルニは申し訳なさそうに手を合わせながらも、すぐに太陽のような眩しい笑顔を浮かべた。
「でも、噂は聞いてるよ! あたしが不在の間に他のジムを全部破って、あの過酷なエイセツジムのウルップさんまで倒してきたんだってね! 遠回りさせちゃったけど……こうして7つのバッジを揃えて戻ってきてくれて嬉しいよ!」
「遠回りした分、良いことも沢山あったよ」
「ふふっ、頼もしいね! 最後のバッジを懸けた相手として、申し分なしだ!」
目の前に立つコルニ。彼女はメガシンカの『継承者』として成熟して以来、公式戦において一度も敗北を許していない圧倒的な強さを誇る実力者だった。
「すごい迫力だね、ノウゼン!」
「ああ、一筋縄ではいかない相手だ」
ノウゼンがいざ勝負を挑もうとした……その瞬間だった。
ドカァァンッ!!
ジムの壁を破り、激しい地煙とともに一匹のポケモンの影が躍り出た。そこに立っていたのは、全身から荒々しい闘気を放つ『ダクマ』だった。
「きゃあッ!? な、なに!?」
驚くマチエールたちの前で、ジムトレーナーたちが焦ったように叫ぶ。
「また来たのか、あのダクマ……!」
「な、なに!?‥‥‥なんですか!?」
「シャラシティ近くの山に住み着いてる野生のダクマだよ! これまで何度も道場破り……いや『ジム破り』に来ては、コルニに挑み続けてるんだ!」
ダクマは「早くコルニを出せ!」と言わんばかりに床をズシンと踏み鳴らし、大暴れする構えを見せている。不屈の精神で何度も挑み、その度にコルニのルカリオに敗れ去ってきたという。
「……なるほど。ノウゼン、あたしたちのジム戦どころじゃなさそうだね」
「そうだな。コルニ、俺たちの勝負は後で構わない。先にそのダクマの相手をしてやってくれ」
ノウゼンが静かに申し出ると、スケートシューズを滑らせる金髪の少女——ジムリーダーのコルニが豪快に笑った。
「ごめんね、ノウゼンさん! また待たせちゃって悪いけど……それじゃあ、いつものようにさっくり片付けさせてもらうよ! 行くよ、ルカリオ!」
飛び出したのはコルニの相棒・ルカリオ。
「ガウッ!」
対するダクマは、待ち兼ねたとばかりに、床を割るほどの勢いで激しく踏み込み、ルカリオへ突進する。 拳に赤黒い闘気を纏わせ、渾身の一撃を叩きつけようとする。
だが——ルカリオの動きは極めて静かだった。
「ガウッ!ガウ!ガァルウ!!」
「‥‥‥。」
ダクマの荒々しい猛攻を、まるで流れる水のように紙一重でひらり、ひらりと受け流す。ダクマの拳が空を切り、大きく体勢を崩したその刹那。
「そこだ!『グロウパンチ』!」
ドガァァンッ!!
ルカリオの放った重厚な一撃がダクマの胴体に突き刺さる。 凄まじい衝撃波が吹き荒れ、ダクマは一発の攻撃すら入れられないまま、一撃で壁際まで吹き飛ばされて倒れ込んだ。
リベンジ失敗。圧倒的な実力差を突きつけられ、ダクマはがっくりと膝をつき、地面が割れるほど強く床を握りしめた。
「グルルゥ‥‥‥!(くそっ……また、届かないのか……!)」
自分の敗北に絶望し、意気消沈した様子でとぼとぼと山へ帰ろうと背を向けるダクマ。そんなダクマの背中に、ノウゼンが静かに声をかけた。
「……もしよければ、俺たちのバトルを見ていかないか? 役立つかは分からないが、何か参考にできることもあるかもしれないぞ」
ダクマはハッと足を止め、胸を締め付ける悔しさと好奇心の狭間で葛藤しながら、不思議そうにノウゼンを振り返った。
そして、ついにノウゼンとコルニによるジム戦が執り行われる。
ルールは一対一、お互いの全霊を懸けた本気の単発勝負。
「見せてあげるよ、継承者の本気を! ルカリオ!!」
「行くぞ……ゲッコウガ」
コルニが繰り出したのは、先ほどダクマを一撃で沈めたルカリオ。そしてノウゼンが繰り出したのは、夜の闇を溶かし込んだような漆黒のゲッコウガだった。
両者が視線を交錯させた瞬間——
「「メガシンカ!!」」
キィィィン……ッ!!
眩い光が二人を包み込む。 コルニのメガリングと、ノウゼンのキーストーンから放たれる絆の光芒。光が弾けたそこには、頭部の甲殻が伸びたメガルカリオと、水の十字刃が怪しく揺らめくメガゲッコウガが佇んでいた。
「頑張って、ノウゼン! ゲッコウガ!!」
「フニャア!!」
観客席からマチエールが両手を口元にあてて声援を送り、もこおも身を乗り出して大声で鳴く。新入りのクチートも、固唾をのんでリングを見つめていた。
「勝負開始!」の合図とともに、ゲッコウガが動く。
シュババババババッ!!
一瞬にしてフィールドを埋め尽くす何十体もの黒い影。『かげぶんしん』である。 通常であればどれが本物か判別不能な高速の残像陣。しかし、ルカリオは静かに目を閉じ、頭上の触角をピクリと揺らした。
「そこだッ!バレットパンチ!」
波導で本物の気配を察知したルカリオが、音速の突きを繰り出す。 だが、ゲッコウガも簡単にはやられない。鋭い眼光で攻撃を紙一重でかわすと、体を捻りながら反撃に移る。
「攻撃の手数を増やせ!『みずしゅりけん』!」
シュシュシュッ!
高速回転する無数の『みずしゅりけん』が青い軌跡を描いてルカリオを襲う。
「弾いて!」
「フィールドを凍らせろ!追撃も欠かすな!」
ルカリオがそれを腕の甲殻で弾くと、ゲッコウガは着地と同時に『れいとうビーム』をコート全域へ放射。一瞬で足元が極寒の氷原へと変貌する。
さらに、氷の上で足元をすくわれまいと体勢を整えたルカリオの隙を逃さず、床の亀裂から蔦を伸ばす『くさむすび』。
「かわして!」
怒濤の如く繰り出される連撃と、その中に秘められた恐ろしいまでの精度。ダクマは息をすることすら忘れ、目を丸くしてその身のこなしに釘付けになっていた。
「ダグゥ‥‥‥!(なんだあの動きは……!? 絶え間ない攻撃の波……これが、本物の戦いなのか……!?)」
しかし、氷上での超高速移動と連続攻撃は、ゲッコウガの身体にも確実に疲労を蓄積させていた。
ピキッ……!
数十にわたるの攻防の末、氷の床に着地した瞬間、ほんの僅かにゲッコウガの足首が歪み、体勢が崩れた。
「見切った!『グロウパンチ』!」
一瞬の勝機を見逃さないコルニ。 ルカリオが全身の波導を右拳に凝縮し、眩い光を纏って肉薄する。
避ける術のない絶体絶命の危機。
マチエールが「あっ……!」と息を呑み、もこおが目をつむりかける。
だが——ゲッコウガの漆黒の瞳は、静かに澄み渡っていた。
ザッ!!
あえて体勢を崩したまま軸足を滑らせ、身体を極限まで大きく捻る。 襲い来るルカリオの拳が、ゲッコウガの首筋をミリの差で空を切った。
攻撃を完璧に振り抜いてしまったルカリオの体に生じた、コンマ一秒にも満たない、しかし確かな「隙」。
「……そこだ!『みずしゅりけん』!!」
ノウゼンの声が響いた瞬間、ゲッコウガの掌に超圧縮された巨大な『みずしゅりけん』が顕現。ルカリオの無防備な背中へとドカァァンッ!! とゼロ距離で打ち込まれた。
あらゆる連撃の果てに作られた一瞬の隙。そこへ放たれた必殺の「一撃」。
凄まじい水煙と衝撃波がコート全体を吹き荒らし、静まり返るジム。 煙が徐々に晴れていくと、そこにはメガシンカが解け、膝から崩れ落ちるルカリオの姿があった。
「ルカリオ、戦闘不能! 勝者、挑戦者ノウゼン!」
継承者として完成してからは無敗を誇ったコルニの敗北。 流れるような連撃と、一瞬の隙を逃さずに放った圧倒的な一撃。その両方を極限まで突き詰め、目の前で体現してみせたノウゼンとゲッコウガの姿に、ダクマは全身に鳥肌が立つのを感じていた。
「ダグゥ‥‥‥!(強い……! 怒濤の如き連撃も、全てを解き放つ一撃も……俺が目指すべき強さの全てが、あの二人の戦いの中にある……!)」
「やったぁぁぁっ! ノウゼン、ゲッコウガ! すごい!すごすぎるよ!!」
マチエールが客席を飛び出し、もこおやクチートと一緒に歓声を上げながらコートへ駆け寄ってくる。
ジム戦を終え、コルニはルカリオの健闘を称えて労うと、爽やかな笑顔でノウゼンにファイトバッジを差し出した。
「参ったよ! 完璧な敗北だ。本気で挑んできたジムリーダーたちを全て打ち破り、こうしてあたしたちにまで勝ってみせるなんて……君たちとポケモンの絆、そして積み重ねてきた強さは本物だね!」
コルニは腰に手を当て、力強く微笑む。
「……あいつ、あのダクマの瞳を見た? 今まで見た中で一番燃え上がってる!あいつもいつか誰も届かないようなすごい拳士になれるかもしれないね!」
「そうだな、ありがとう。コルニ」
ノウゼンがバッジを受け取り、マスタータワーを後にしようとした、その時だった。
ドシン。
ノウゼンとゲッコウガの前に、あたたかな日差しを遮るようにダグマが立ちはだかった。
ダクマはノウゼンと真っ直ぐ目を合わせると、ゆっくりと……その場に両膝をついた。そして、地面に頭を深く擦り付ける。
言葉はなくとも、その土下座の姿勢が雄弁に物語っていた。
「ダグッ!ガウガウ!」(俺に……その強さを教えてくれ! 俺を強くしてくれ!!)
自分を完膚なきまでに叩きのめしたルカリオを、圧倒的な技術と不屈の闘志で打ち破ったノウゼンとゲッコウガ。その洗練された強さに心底惚れ込み、弟子入りを乞うような切実で熱い眼差し。
ノウゼンは静かにダグマを見つめると、ふっと口元を緩めた。
「……いい目だな」
ノウゼンはポケットから一球のモンスターボールを取り出すと、ダクマの目の前へ優しく差し出した。
ダクマはそのボールを見つめると、バシィッ!! と力強い勢いで自ら拳でボールを叩いた。
カチリ。
赤く光ったボールが静かに収まり、新しく頼もしい仲間が加わったことを告げる。
再度ボールから外へ飛び出してきたダクマに、マチエールともこおが笑みを浮かべながら、声をかける。
「やったね、ノウゼン! ダクマ、これからよろしくね!」
「ニャ〜パ!」
マチエールともこおが歓声をあげる中、つい昨日、仲間になったばかりのクチートがちょこちょこと歩み寄ってきた。クチートはちょっと誇らしげに胸を張ると、「あたしの方が少し先輩だからね!」とでも言うように、ダグマの背中をポンポンッと優しく叩いて笑顔を見せる。
ダグマも驚いたように目を丸くした後、照れくさそうに頭をかいた。
「これからよろしく頼むぞ、ダクマ。一緒にもっと強くなろう」
ノウゼンはボールを握り締め、どこか晴れやかな顔をしたダグマに微笑みかけた。
その日の夕方。全バッジ制覇の祝勝と、新たに一行へ加わったクチートとダクマ、二匹の歓迎会を兼ねて、一行はシャラシティの夕日が映える美しい浜辺に集まっていた。
「はい! シャラシティ名物『シャラサブレ』だよ〜! ノウゼン、みんな、いっぱい食べてね!」
マチエールが抱えてきた紙袋から、香ばしい焼き菓子の匂いが広がる。
「昨日仲間になってくれたクチートも、今日来てくれたダグマも、これからあたしたちと一緒にいっぱい思い出を作っていこうね!」
「ニャ〜〜パッ!」
マチエールの温かい言葉にもこおも賛同するように鳴き、クチートとダクマを交互に見つめる。
昨日加入したばかりでどこか遠慮がちだったクチートも、自分を主役として歓迎してくれる温かい空気に、後ろの大アゴを小さくゆらゆらと揺らしながら嬉しそうに目を細めた。
マチエールから最初にサブレを渡されたクチートは、それを一枚手にとると、隣でまだ固くなっているダクマに「ほらっ、あなたも食べなよ!」とでも言うように半分差し出した。
ダクマはおずおずとそれを受け取り、クチートと顔を見合わせながら同時に口へ運ぶ。
サクッ……とした香ばしい甘みが口いっぱいに広がり、二匹の瞳が同時に輝いた。
「あはは!二匹ともすごく嬉しそう! ダクマってば大食いなんだね!」
マチエールの笑い声の通り、ダクマは照れくさそうに頭をかきながらも、差し出されたサブレを豪快に次々と口へ運び、クチートもそれに対抗するように小さな口で美味そうにサブレを頬張っていく。
打ち解け合う仲間たちの微笑ましい姿に、ノウゼンも静かに胸を撫で下ろし、穏やかな笑みを浮かべていた。
サブレを食べ終え、波打ち際に立つノウゼンにダクマが歩み寄る。その瞳には、すでに拳士としての真剣な光が宿っていた。
「ダグッ!」
「……早速稽古か?」
ノウゼンの言葉に、ダクマは力強く頷いた。
「よし、では初稽古だ。ゲッコウガ、相手をしてやってくれ」
闇の中から滑り出すように現れた漆黒のゲッコウガ。ダクマは気合の一声を上げると、地面を蹴って果敢にゲッコウガへ飛びかかった。
「ガウッ!」
シュバッ!
だが、ゲッコウガは体さばき一つでダグマの拳を軽々と受け流し、その背中をぽんと手刀で突く。勢い余って砂浜に倒れ込むダグマ。
「焦るな、ダクマ。お前には力も不屈の心もある。足りないのは、全ての基本となる『軸』と『型』だ。まずは基礎から鍛え直すぞ」
何度も砂まみれになりながら起き上がり、ゲッコウガに向かっていくダクマ。その背中を見つめながら、マチエールがノウゼンの横に並ぶ。
「ついにジムバッジ、8個全部集まったんだね……! 次はいよいよ、カロスリーグだね!ノウゼン!」
「ああ。強敵揃いだろうが……圧倒的力の差を見せつけて勝つ‥‥‥!」
夕日に染まる海原の向こう、次なる頂点『カロスリーグ』を見据えるノウゼンの目には、揺るぎない確信が宿っていた。
シャラシティでの激闘を終え、すべてのバッジを手にした一行は、新たな仲間ダクマとともに、最高峰の舞台へ向けてさらなる一歩を踏み出すのだった。