Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」 作:ホモガキ
佐倉愛里が何かを知っている。
少なくとも、昨日の様子を見た限り、その可能性はかなり高いらしい。
清隆と鈴音はそう考えていたし、莉愛も二人の話を聞けば、たぶんそうなのだろうと思った。
だからといって、今すぐ佐倉の席へ行って問い詰めようとは思わなかった。
「佐倉さんから聞き出すべきよ」
翌日の昼休み。机を囲みながら、鈴音は当然のようにそう言った。
「目撃者である可能性が高い以上、彼女の証言を得るのが最も確実でしょう。審議まで時間があるわけでもないのだから」
「んー……」
莉愛は紙パックのジュースにストローを刺しながら、佐倉の方をちらりと見た。
少し離れた席で、一人静かに昼食を取っている。
昨日、桔梗に声をかけられただけであれほど緊張していたのだ。須藤の事件について証言するとなれば、もっと怖いに決まっている。
「でも佐倉さん、めっちゃ嫌そうじゃん」
「嫌かどうかと、必要かどうかは別問題よ」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
鈴音の言っていることが間違っているわけではない。むしろ正しい。
須藤の退学がかかっている。
クラスにも影響が出る。
もし佐倉が本当に事件を見ていたのなら、その証言を得ることが一番手っ取り早い。
でも。
「怖いんでしょ?」
「おそらくは」
「じゃ、無理に言わせんの違くない?」
鈴音が眉を寄せた。
「ではどうするの?」
「他探す」
莉愛が答えると、鈴音は数秒黙った。
「……簡単に言うわね」
「だって佐倉さん一人しか方法ないって決まったわけじゃないじゃん」
「時間は有限よ」
「うん」
「須藤くんが退学になってから後悔しても遅いのよ」
「それも分かってるって」
莉愛は困ったように笑った。
分かっていないわけではない。
須藤を助けたい。
佐倉が証言してくれれば助かる。
それでも、だからといって「須藤が退学してもいいの?」と佐倉を追い込むのは、どうにも気持ちが悪かった。
本人が怖がっているのに、こちらの都合で引っ張り出す。
それで事件が解決したとしても、佐倉にとっては何も解決していない気がする。
「本人が話すって言うまで待てばよくない?」
「その間に手遅れになる可能性があると言っているの」
「じゃ、その間に他のことやればいいじゃん」
莉愛はストローを咥えた。
鈴音が何か言おうとしたところで、横から清隆が口を挟んだ。
「少なくとも、佐倉を急かさないという判断自体は悪くない」
鈴音が清隆を見る。
「あなたまで?」
「無理に証言を要求して、完全に口を閉ざされる方が困る。それなら別の材料を集めながら待つ方がいい」
「そうそう、それそれ」
「お前はそこまで考えてなかっただろ」
「考えてたよ?」
「本当か?」
「半分くらい」
「半分は考えてないんだな」
莉愛は笑って誤魔化した。
鈴音は小さく息を吐いたものの、それ以上は反論しなかった。
そこで莉愛は、昨日から少しだけ気になっていたことを口にした。
「ていうかさ」
「何?」
「俺ら、須藤くんの話しか聞いてなくない?」
鈴音が怪訝そうにする。
「Cクラス側の主張なら、既に学校が把握しているでしょう」
「学校はね。でも俺ら聞いてないじゃん」
「……何を考えているの?」
「石崎くんたちにも聞いてこようかなって」
一瞬、三人の間に沈黙が落ちた。
鈴音の表情が露骨に険しくなる。
「あなた、相手が須藤くんを陥れようとしている可能性を理解しているの?」
「一応」
「なら、わざわざこちらから接触する必要はないでしょう。こちらの情報を与えるだけよ」
「情報って言っても、俺そんな難しいこと知らないし」
「それは威張るところではないわ」
「でも向こうも怪我してんでしょ?」
何気なく口にすると、鈴音が言葉を止めた。
「須藤くんが殴ったんだから、痛かったのは本当じゃん。そっちが先にやったのか、須藤くんが先なのかはまだ分かんないけどさ」
「だからといって……」
「話聞くくらいよくない?」
鈴音は莉愛をじっと見た。
どうやら納得していない。
莉愛も、鈴音を説得できるような立派な理由を持っているわけではなかった。
須藤からは話を聞いた。
だったら、石崎たちからも聞く。
それだけだった。
「清隆」
「嫌な予感しかしないな」
「一緒に来て」
「やっぱりか」
「俺一人だと話まとまんなそうだし」
「自覚はあるんだな」
「めっちゃあるよ」
清隆はすぐには答えなかった。
莉愛が待っていると、やがて諦めたように言う。
「話を聞くだけだぞ」
「うん」
「余計なことはするな」
「うん」
「その返事が一番信用できない」
「なんでだよw」
鈴音は最後まで反対していたが、結局、清隆が同行するという条件で莉愛がCクラス側と接触することを止めなかった。
ただし、
「挑発されても絶対に余計なことを言わないこと」
と念を押された。
莉愛としては、そもそも喧嘩をしに行くつもりなどなかった。
◇
放課後。
Cクラスの教室前まで来たところで、莉愛は少しだけ足を止めた。
「清隆」
「なんだ」
「こういう時って入っていいの?」
「お前、そこから気にするのか」
「いや他クラスの教室って地味に入りづらくない?」
「今さらだな」
「今さらって何だよw」
ちょうど教室から出てきた男子生徒に声をかけ、石崎たちを呼んでもらう。
少しして、三人の男子が姿を現した。
石崎大地、小宮叶吾、近藤玲音。
事前に須藤から名前と特徴を聞いていたので、誰が誰なのかはすぐに分かった。
そして実際に本人たちを目にすると、莉愛は思わず眉を下げた。
まだ怪我の痕が残っている。
石崎の頬には薄い痣があり、小宮も口元に傷が見えた。近藤にも目立たないものの、負傷した形跡がある。
「……お前か」
石崎が莉愛を見る。
「黒瀬莉愛」
「知ってんの?」
「須藤と一緒に色々嗅ぎ回ってる女だろ」
「嗅ぎ回ってるっていうか、相談受けてるだけだけど」
「何しに来た?」
最初から歓迎されていない。
当たり前といえば当たり前だった。
相手からすれば、莉愛は須藤と同じDクラスの人間だ。
莉愛は少し考えてから、三人の顔を順番に見る。
「話聞きに来た」
「何の」
「今回のこと」
石崎の顔が険しくなる。
「須藤の肩持ちに来たのか?」
「いや?」
「は?」
「須藤くんの話は聞いたから、今度そっちの話聞こうかなって」
「……俺らが嘘ついてるって言いてえのか?」
「まだ何も言ってなくない?」
石崎の声が強くなる。
莉愛は少し困った。
どうも最初から喧嘩腰だ。
もっと普通に話せばいいのにと思うが、向こうからすればそうもいかないのだろう。
「俺、片方だけ聞くの嫌なんよ。須藤くんは『そっちから先に殴ってきた』って言ってる。そっちは『須藤くんが先』って言ってるんでしょ?」
「ああ」
「じゃ両方聞かないと分かんなくない?」
石崎は莉愛を睨んだまま黙った。
小宮と近藤も警戒している。
その視線を受けながら、莉愛は改めて石崎の頬を見た。
「てか、それまだ痛い?」
「……あ?」
「ほっぺ」
指で自分の頬を示す。
石崎が怪訝そうな顔をした。
「別に」
「いや絶対痛かったじゃん。うー、痛いよね? ごめんね?」
「……は?」
今度は三人とも同じような顔になった。
石崎など、さっきまで睨んでいたことも忘れたように莉愛を見ている。
「お前、何謝ってんだよ」
「え? 須藤くんがやったんでしょ?」
「だったら須藤に謝らせろよ」
「それは須藤くんが決めることじゃん」
「……」
「俺は俺で。同じクラスだし。なんか、ごめん」
莉愛としては、それ以上でもそれ以下でもなかった。
どちらが先に殴ったのかは分からない。
それでも、目の前の三人が須藤に殴られて怪我をしたこと自体は変わらない。
なら、痛かっただろうなと思う。
石崎は何とも言えない顔で視線を逸らした。
小宮が小さく口を開く。
「いや……別に、お前が謝ることじゃねえだろ」
「でも痛いじゃん?」
「そりゃ……まあ」
「ならごめんね?」
「……おう」
「小宮!」
石崎が横から睨む。
「いや、なんだよ」
「何普通に返してんだよ」
「だって謝られたし……」
「知らねえよ!」
三人の間で妙な揉め方が始まった。
莉愛は清隆を見る。
「なんか怒らせた?」
「お前は黙ってろ」
「なんでだよ」
清隆は三人をじっと見ていた。
いつもの無表情だ。
ただ、何かを観察している時の顔だということくらいは、莉愛にも分かるようになっていた。
「それで」
石崎が強引に話を戻した。
「聞きたいことってなんだよ」
「んー。じゃ、まず何で須藤くんと会ったの?」
「偶然だよ」
「偶然?」
「ああ。あいつとたまたま鉢合わせて、向こうが絡んできた」
「へー」
莉愛は素直に頷いた。
「どの辺で会ったの?」
「特別棟だ」
「三人で歩いてたの?」
「そうだよ」
石崎が答える。
その横で、小宮が口を開いた。
「俺ら、あいつが来るって分かって――」
途中で止まった。
石崎が勢いよく小宮を見る。
近藤も顔を強張らせる。
莉愛は首を傾げた。
「来るって分かってた?」
「いや」
石崎がすぐに割って入った。
「小宮の言い間違いだ」
「ふーん?」
何となく変だった。
でも、莉愛にはそれが決定的にどう変なのかまでは分からない。
清隆を見ると、彼は何も言わない。
なら、とりあえず続ければいいのだろう。
「じゃ、最初に何話したの?」
「別に。須藤がいきなり喧嘩売ってきただけだ」
「何も言ってないのに?」
「そうだ」
「須藤くん、そんな理由なく殴る?」
「知らねえよ。あいつ短気だろ」
「それはそうw」
「おい」
後ろで清隆が低く言った。
「いや短気ではあるじゃん?」
「本人の前で言うなよ」
「言わないってw」
石崎が苛立ったように舌打ちする。
「結局、お前は何がしたいんだよ」
「何が?」
「須藤を無罪にしたいんだろ?」
「退学はしてほしくないね」
「だったら俺らを嘘つきにするしかねえだろ」
「なんで?」
「なんでって……!」
「そっちが本当ならそっちが本当でいいじゃん」
莉愛が言うと、また石崎が止まった。
「ただ須藤くんは逆のこと言ってるから、俺はそっちも聞いてるだけ」
「……須藤のこと信じてんだろ?」
「うん」
「だったら俺らが嘘ついてるってことじゃねえか」
「そうなるかもしんないね」
「ほら見ろ!」
「でも今それ決めに来たわけじゃないよ?」
話が堂々巡りになっている気がする。
莉愛自身も、少し分からなくなってきた。
ただ一つだけ確かなのは、石崎たちを責めたいわけではないということだった。
「俺さ」
莉愛は少し考えてから続ける。
「別にCクラスに勝ちたいとか、石崎くんたち困らせたいとかじゃないんよ」
「じゃ何なんだよ」
「仲直りしてほしい」
三人が黙った。
今度の沈黙は、少し長かった。
やがて石崎が、信じられないものを見るような目をした。
「……誰と誰が?」
「須藤くんと、石崎くんたち」
「するわけねえだろ!」
「即答じゃんw」
「当たり前だ!」
「でも卒業までまだ長くない? ずっと喧嘩してんのダルくない?」
「クラスが違うんだぞ」
「でも同じ学校じゃん」
「お前、クラス競争分かってんのか?」
「一応」
入学してから散々説明された。
Aクラスを目指し、他クラスと競争する。
それくらいは莉愛も理解している。
でも。
「敵っていうか、同じ学校じゃん?」
そう言うと、石崎はしばらく何も返さなかった。
小宮も近藤も同じだった。
クラスが違えば敵。
それは学校の仕組みとしてそうなのだろう。
けれど、だからといって三年間ずっと憎み合う必要があるのかは、莉愛にはよく分からなかった。
「俺、石崎くんたちの相談も乗るよ?」
「は?」
「なんか困ってたら」
「俺らCクラスだぞ」
「さっき聞いた」
「須藤の敵だぞ」
「それも聞いた」
「じゃなんでだよ!」
「相談とそれ関係なくない?」
石崎が頭を抱えそうな顔をした。
小宮は何となく居心地悪そうに莉愛から視線を逸らし、近藤も先ほどから口数が減っている。
「相談料は?」
石崎が皮肉っぽく聞いてきた。
「あー……今回は無料でいいよ」
「なんでだ」
「なんかお互い大変そうだし」
「……」
「でも重いやつ清隆に投げるかも」
「俺を勝手に使うな」
「いるじゃん」
「いるから使っていいわけじゃない」
後ろから清隆の冷静な声が飛んできた。
莉愛は笑った。
「てか、石崎くんたちこれから何すんの?」
「は?」
「もう帰る?」
「……腹減ったから、なんか食って帰るつもりだけど」
小宮が答える。
「いいじゃん。何食うの?」
「なんでそこまで聞くんだよ」
石崎が眉をひそめる。
「飯の話されたら気になるじゃんw」
「知らねえよ」
「石崎はどうせ唐揚げだろ」
近藤が横から言った。
「あ?」
「お前、モール行くと大体唐揚げ食ってるじゃん」
「好きなんだからいいだろ」
「へえ、石崎くん唐揚げ好きなんだ」
「だから何だよ」
「いや別に? 俺はラーメン好きw」
「聞いてねえよ」
「でも今ほぼポイント0だから外で食えないんよw」
「……は?」
三人の視線が莉愛に集まった。
「お前、ポイント0なのか?」
「うん。ほぼねw」
「なんでそんなことになってんだよ」
「色々あってw」
主に人の相談へ首を突っ込んだ結果だった。
「笑ってる場合かよ」
「まあ清隆いるし」
「俺を食料庫みたいに扱うな」
「清隆ぁ〜、今日ラーメン奢ってよ」
「断る」
「えー」
石崎が何とも言えない顔をした。
「……お前、須藤助ける側なのに自分が一番ヤバくねえか?」
「それとこれは別じゃんw」
「別なのかよ」
「小宮くんは?」
「俺?」
「何好き?」
「……餃子かな」
「餃子?」
「家で作るやつ。野菜多めの」
「へえ、いいじゃん。俺も餃子好き」
「ラーメンじゃねえのかよ」
「好きなもん一個しか持っちゃダメなん?w」
「そういう意味じゃねえよ」
小宮が少し笑う。
「近藤くんは?」
「俺まで聞くのかよ」
「ここまで来たら気になるじゃん」
「……ロールキャベツ」
「え」
「何だよ」
「近藤くん、急に家庭的じゃんw」
「好きなだけだよ!」
「あれ作るのめっちゃ大変そう」
「俺が作るわけじゃねえし」
「それはそうw」
三人とも、喧嘩をしていた時の印象とはずいぶん違う。
考えてみれば当たり前だった。
怖そうな顔をしていても、好きな飯の話をしている時は、普通の高校一年生だった。
「じゃ、今日はありがとね」
「もう帰んのか?」
小宮が思わずといった様子で聞いた。
「うん。話聞けたし」
「……それだけ?」
「それだけだけど」
莉愛は首を傾げた。
何かもっとすると思われていたのだろうか。
自白させるとか、怒鳴るとか。
そんなことをしても仕方がない。
「じゃね、石崎くん。小宮くん、近藤くんも」
「お、おう……」
小宮だけが反射的に返事をした。
石崎がまた睨む。
「だからなんで普通に返すんだよ!」
「知らねえよ! 名前呼ばれたら返すだろ!」
「近藤、お前も何か言え!」
「俺に振るなよ!」
背後でまた三人が揉め始める。
莉愛は廊下を歩きながら、少し笑った。
「なんか思ったより普通だったね」
「誰のことだ」
「石崎くんたち」
「何を想像してたんだ?」
「もっと怖い人かと思ってた」
「十分警戒されてただろ」
「でも小宮くん普通に喋ってくれたじゃん」
清隆は何も言わなかった。
そのまましばらく歩いたところで、莉愛は横を見る。
「清隆?」
「なんだ」
「なんか分かった?」
「どうして俺に聞く」
「ずっとなんか考えてたじゃん」
「……供述にはいくつか不自然な点があった」
「やっぱり?」
「ああ。石崎は偶然遭遇したと言った。だが小宮は、須藤が来ることを事前に知っていたような言い方をした」
「言ってたね」
「それ以外にも、誰が最初に何を言ったのかについて曖昧な部分がある」
「じゃ、あの三人嘘ついてる?」
「可能性は高くなった。ただ、これだけでは証拠にならない」
「そっか」
莉愛は少し安心した。
「何で安心したんだ?」
「須藤くん、嘘ついてなさそうじゃん」
「まだ断定はできない」
「でもちょっと近づいたっしょ?」
「まあな」
「よし」
少し前を歩く。
清隆が後ろから問いかけてきた。
「黒瀬」
「ん?」
「一つ聞いていいか」
「相談料百ポイントね」
「払わない」
「じゃダメ」
「なぜ謝った?」
莉愛は振り返った。
「石崎たちに」
「あー」
何を聞かれているのか分かって、歩く速度を落とす。
「痛そうだったから?」
「それだけか?」
「それだけだけど」
「須藤が悪いと認めたことになるとは考えなかったのか」
「ならなくない?」
「相手によってはそう受け取る」
「でも誰が先に殴ったかと、石崎くんたちが痛かったのって別じゃん」
「……」
「それはそれ、これはこれじゃね?」
清隆は何も返さなかった。
「変?」
「いや」
「ならいいじゃん」
莉愛はまた前を向いた。
誰が悪いかは、ちゃんと調べればいい。
でも怪我した人が痛かっただろうと思うのに、結果が出るまで心配してはいけない理由はない。
莉愛にはそれだけのことだった。
◇
翌日になっても、須藤の件に決定的な進展はなかった。
相談部経由で集まる情報はいくつか増えている。
事件当日の放課後、特別棟近くでCクラスの三人を見たという生徒。須藤が一人でそちらへ向かっていったのを覚えている生徒。確実な証拠ではないものの、石崎たちの「偶然出会った」という説明とは少し噛み合わない。
一之瀬もBクラスの人脈を使って情報を集めてくれていた。
佐倉はまだ何も言わない。
莉愛も何も聞かなかった。
時折目が合えば、軽く笑って手を振る程度にしている。
それでいいと思っていた。
ただ。
事件の解決方法については、少し困っていた。
「清隆」
「なんだ」
「これさ」
放課後、相談部の紙を片付けながら莉愛は言った。
「仮に石崎くんたちが嘘ついてたとして、証明したらどうなんの?」
「須藤への処分が軽くなるか、なくなる可能性が高い」
「石崎くんたちは?」
「虚偽の申告をしていたことになる。何らかの処分はあるだろうな」
「そっか」
「何だ?」
「いや」
それで正しい。
嘘をついて人を退学させようとしたのなら、相応の責任を取るのは当然だ。
ただ、昨日実際に顔を合わせた三人を思い出す。
石崎は怖そうだった。
小宮は思ったより普通だった。
近藤はあまり喋らなかった。
怪我もしていた。
あの三人が処分されて、須藤が助かる。
それで終わり。
「……なんか微妙じゃない?」
「何がだ」
「須藤くん助かっても、あっちとずっと険悪じゃん」
「今回の目的は須藤の退学を防ぐことだ」
「そうなんだけどさ」
莉愛は椅子に座ったまま、机に顎を乗せる。
「仲直りできないかな」
「昨日、本人たちに否定されただろ」
「でもあれ立ち話だったし」
「場所の問題だと思ってるのか?」
「場所って大事じゃん?」
清隆が少し嫌そうな目をする。
何となく、次に莉愛が何を言うか察したらしい。
「黒瀬」
「何?」
「変なことを思いつくなよ」
「まだ何も言ってないじゃんw」
「その顔をしている時のお前は、大体何か思いついている」
失礼だ。
莉愛はしばらく考えていた。
須藤と石崎たち。
顔を合わせれば睨む。
事件について話せば、どちらも自分が正しいと言う。
なら。
事件の話をしなければいい。
もっと普通に。
同じ学校の生徒として。
「……飯」
「何?」
莉愛は顔を上げた。
「一緒に飯食わせたらよくない?」
「なぜそうなる」
「飯食いながらずっと喧嘩すんの難しくない?」
「できる」
「じゃ美味い飯にする」
「そういう問題じゃない」
「でもさ、腹減ってる時ってイライラしない?」
「否定はしない」
「飯食ったらちょっと機嫌よくなるじゃん」
「人間関係の対立を空腹だけで説明するな」
清隆の反応は冷たい。
しかし莉愛の中では、だんだんいい案に思えてきた。
「モールに借りられる部屋あったよね?」
「あるが」
「あれ借りよ」
「何をするつもりだ」
「仲直り会」
「やめろ」
「即答じゃんw」
「失敗する未来しか見えない」
「やってみないと分かんなくない?」
「かなり高い確率で分かる」
「でもゼロじゃないじゃん」
「……」
清隆が黙る。
莉愛はスマートフォンを開いた。
貸しスペースの料金を確認する。
思ったより高い。
さらに食事と飲み物を用意すれば、相談部を始めてから貯めたポイントのかなりの部分が消える。
「……」
「今、残高を見てるだろ」
「見てないよ」
「見てるな」
「清隆」
「なんだ」
「仲直りって投資だから」
「お前は投資という言葉を使うな」
「なんでだよw」
それでも。
莉愛は予約画面を開いた。
ポイントが欲しくて始めた相談部だ。
ようやく少しずつ貯まり始めた。
使えばまた貧乏になる。
欲しい服もある。
ジュースも飲みたい。
菓子も買いたい。
少しだけ迷った。
それから予約ボタンを押した。
「取れた」
「本当に取ったのか」
「うん」
「いくら使った?」
「そこは聞かない約束で」
「約束した覚えはない」
「じゃ今した」
「してない」
次は食事だ。
須藤は肉なら大体機嫌がよくなる。そういえば前に、学食のハンバーグを食べながら「こういうのでいいんだよ」と妙に満足そうにしていた。
ならハンバーグ。
石崎は唐揚げ。
小宮は野菜多めの餃子。
近藤はロールキャベツ。
「……」
そこまで考えてから、莉愛はスマートフォンの画面を見つめた。
「これ、普通に作るの大変じゃね?」
「今さら気づいたのか」
「唐揚げはまあ分かる。ハンバーグもいける。でも餃子って包むんでしょ?」
「ああ」
「ロールキャベツってどうやって作んの?」
「知らないなら買えばいいだろ」
「えー」
莉愛は少し考える。
別に全部手作りにする必要はない。
買って並べたところで、飯は飯だ。
……ただ。
「好きなもん聞いちゃったしなぁ」
「それがどうした」
「せっかくなら作った方がよくない?w」
「なぜそうなる」
「その方が美味そうじゃんw」
特に深い理由はなかった。
石崎たちが好きだと言っていた。
須藤も喜びそうだ。
なら、それを出せばいい。
莉愛はレシピを検索し、必要な材料を一つずつ買い物リストへ放り込んでいく。
鶏肉。ひき肉。キャベツ。ニラ。玉ねぎ。餃子の皮。調味料。飲み物。それ以外にも、足りなさそうなものを適当に追加する。
画面の合計金額が増えるたび、ポイント残高は反比例するように心細くなっていった。
「……清隆」
「なんだ」
「仲直りって金かかるね」
「今気づいたのか」
「投資だから」
「その言葉で正当化するな」
「でも四人とも好きなもんあった方がテンション上がるっしょ?」
「お前が全部作る必要はない」
「まあ何とかなるってw」
この時の莉愛は、まだ餃子一つ包むのにどれだけ時間がかかるのかも、ロールキャベツの下準備がどれだけ面倒なのかも知らなかった。
「黒瀬」
「何?」
「相談部を始めた理由を言ってみろ」
「ポイント稼ぎ」
「減ってるぞ」
「でも仲直りしたら実質プラスじゃんw」
「何がプラスなんだ」
莉愛にも分からなかった。
ただ、プラスな気はした。
最後にメッセージを送る。
まず須藤。
『明日放課後、18時にモールの貸しスペース05に来て』
すぐに返事が来た。
『なんだよ急に』
『相談部』
『俺またなんか払うのか?』
『無料』
『逆に怖えよ』
『いいから来てw』
次。
石崎。
連絡先は昨日聞いていた。
『明日18時、モールの貸しスペース05に来て』
少しして。
『なんでだ』
『話したい』
『須藤の件か?』
莉愛は少し考えた。
『まあそんな感じ』
嘘ではない。
『小宮くんと近藤くんも連れてきて』
『何企んでる』
『飯あるよ』
既読がついた。
しばらく返事はなかった。
やがて。
『行くだけ行く』
「よし」
莉愛は満足してスマートフォンを伏せた。
清隆が横から画面を覗く。
「お前」
「何?」
「須藤に石崎たちが来ることを伝えてないな」
「うん」
「石崎たちにも須藤が来ることを伝えてない」
「うん」
「なぜだ」
「言ったら来なくない?」
「……」
清隆が目を閉じた。
呆れているのだと思う。
「それを騙し討ちと言うんだ」
「仲直りの騙し討ちだからセーフじゃね?w」
「アウトだ」
「大丈夫大丈夫」
「その言葉で大丈夫だったことがない」
「明日にはみんな仲良くなってるって」
「そうなる根拠は?」
「飯」
「……」
「美味い飯」
「増やしても同じだ」
莉愛は笑った。
きっと何とかなる。
須藤も石崎たちも、ずっと怒っているわけではない。
昨日の石崎たちを見て、それくらいは分かった。
同じ学校に通っている。
同じ一年生だ。
あと何年も顔を合わせる。
だったら。
ずっと敵でいるより、普通に話せた方がいい。
それだけだった。
莉愛にとっては。
それだけの理由で、十分だった。