Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第13話 Lasciate ogne speranza, voi ch’intrate

 

 

 

 黒瀬相談部には。

 

 時々どうしようもない相談が持ち込まれる。

 

 恋愛相談。忘れ物。人間関係。勉強。失くし物。昼飯。

 

 莉愛としても、最初から相談内容を選り好みするつもりはなかった。困っているなら話くらいは聞けばいいし、自分で分からなければ清隆に投げればいい。

 

 だから、その男子生徒が深刻そうな顔で相談部の前に座った時も、最初はそれなりに真面目な話だと思っていた。

 

「黒瀬」

 

「うん」

 

「俺、最近マジでヤバい」

 

「どうしたん?」

 

「勉強できない」

 

「それ俺に相談する?」

 

「お前も勉強できないから気持ち分かるだろ」

 

「百ポイント追加ね」

 

「なんでだよ!」

 

 放課後の教室。相談者はDクラスの男子だった。

 

 机を一つ挟んだ向こうで、見るからに思い詰めた顔をしている。少し離れた席では清隆が本を読んでいた。

 

 相談部員ではない。

 

 本人は何度もそう主張している。

 

 ただし、莉愛が難しい相談を受けた時には大体いる。それを相談部員と呼ばずに何と呼ぶのかは、莉愛には分からない。

 

「で、なんで勉強できないの?」

 

「動画」

 

「YouTube?」

 

「まあ……動画」

 

「消せば?」

 

「消せない」

 

「スマホ投げれば?」

 

「無茶言うな」

 

 莉愛は頬杖をついた。

 

「何見てんの?」

 

 男子は一度周囲を確認した。なぜか声を落とす。

 

「……淫夢」

 

「は?」

 

「淫夢動画」

 

 莉愛は数秒止まった。

 

 名前くらいは知っている。

 

 昔からネット上で擦られ続けている、やたらと寿命の長いミームだ。

 

「お前さぁ」

 

 莉愛は呆れた。

 

「淫夢だあ? くだらねえもの見てる暇があったら勉強しろ!」

 

「正論やめろよ!」

 

「いや正論しかなくない!? 相談終了じゃん!」

 

「でも一回見ると止まらねえんだって!」

 

「知らんってw」

 

「関連動画から関連動画に飛んで、気づいたら二時間経ってんだぞ!」

 

「それ淫夢関係なくネット依存じゃん!」

 

 莉愛は紙に大きく『スマホを見るな』と書いた。

 

「はい解決」

 

「雑すぎるだろ!」

 

「じゃタイマーかけろ」

 

「見てみろって」

 

「何を?」

 

「淫夢」

 

「見ねえよw」

 

「一本だけ」

 

「絶対一本で終わらないやつじゃんw」

 

「一本だけ。特に四章が熱い」

 

「なんで妙に詳しいんだよ!w」

 

 男子はスマートフォンを取り出した。

 

「いやマジで、この辺から語録が一気に増えるから」

 

「知らん知らん!」

 

「見れば分かる」

 

「俺までハマったらどうすんの?」

 

「仲間」

 

「相談を増やすな!」

 

 男子はなおも勧めてくる。

 

 莉愛は断っていた。

 

 本当に。

 

 最初の三分くらいは。

 

「……一本だけな?」

 

「来た!」

 

「来たじゃねえよ。相談内容の確認だから」

 

「はいはい」

 

「ハマらないからね?」

 

「分かってる」

 

「俺こういうの冷静に見れるタイプだから」

 

 少し離れた席から清隆が顔を上げた。

 

「黒瀬」

 

「何?」

 

「やめておけ」

 

「なんで?」

 

「お前はそういう時、大体失敗する」

 

「失礼じゃね?」

 

「過去の実績から判断している」

 

「一本くらい平気だってw」

 

 清隆はそれ以上言わなかった。

 

 代わりに、僅かに本を持ち上げる。どうやら関わらないことにしたらしい。

 

 十分後。

 

 莉愛は男子のスマートフォンを見ていた。

 

「……」

 

「な?」

 

「いや……まあ」

 

「だろ?」

 

「くだらねえ」

 

「だろ?」

 

「なんでお前ちょっと嬉しそうなんだよw」

 

 さらに十分後。

 

「今の何?」

 

「そこから派生したやつ」

 

「もう一回見せて」

 

「ハマってんじゃん」

 

「ハマってないって。意味分かんなかっただけ」

 

 二十分後。

 

「ひでって淫夢のキャラ?」

 

「別枠。正確にいうと――」

 

「マジ?」

 

「あとで解説送るね」

 

「難易度高くない?」

 

 三十分後。

 

 清隆が本を閉じた。

 

「黒瀬」

 

「ん?」

 

「相談は終わったのか」

 

「今かなり重要なとこ」

 

「何の?」

 

「淫夢」

 

「相談者と立場が逆転してないか」

 

「してないしてない」

 

 男子が笑う。

 

「黒瀬、次これ見ろ」

 

「どれ?」

 

「こっち」

 

「おい、もう一本だけだからね?」

 

「それさっきも言ってたぞ」

 

 清隆の指摘は聞かなかったことにした。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 莉愛は眠かった。

 

 理由は分かっている。

 

 昨日の夜、少しだけ続きを見た。本当に少しだけのつもりだった。

 

 ただ、ネットというものは恐ろしい。

 

 一つ分からない語録が出てくる。意味を調べる。別の動画が出てくる。そこから派生ネタが出てくる。さらに元ネタが気になる。

 

 気がつけば日付が変わっていた。

 

「……眠」

 

 莉愛は机に突っ伏した。

 

「黒瀬さん」

 

 隣から声がする。

 

 顔を上げる。

 

 鈴音だった。

 

「何?」

 

「昨日また夜更かししたの?」

 

「ちょっとね」

 

「あなた、この前も料理で睡眠時間を削っていたでしょう」

 

「今回は娯楽だからセーフ」

 

「余計に駄目でしょう」

 

 正論だった。

 

「何してたの?」

 

「淫夢見てた」

 

「……」

 

 鈴音の動きが止まった。

 

 ほんの一瞬。

 

 莉愛は顔を上げた。

 

「今止まった?」

 

「止まってないわ」

 

「いや止まったじゃん」

 

「気のせいよ」

 

「鈴音ちゃん知ってる?」

 

「知らないわ」

 

 返答が早い。

 

 少し離れたところで桔梗がこちらを見ていた。口元が僅かに緩んでいる。

 

「桔梗」

 

「なに?」

 

「知ってる?」

 

「何を?」

 

「淫夢」

 

「まあ、名前くらいは?」

 

「なんで二人とも反応怪しいの?」

 

「莉愛ちゃんが朝から変な話してるからじゃない?」

 

 桔梗は笑った。

 

 自然な笑顔だ。

 

 ただし、完全に知らない人間の反応ではない気がする。

 

「清隆は?」

 

 莉愛は後ろを向いた。

 

 清隆は既に本を開いていた。

 

「詳しくは知らない」

 

「詳しくは?」

 

「ネット上にそういうミームがあることは知っている」

 

「なんでお前だけ模範解答なんだよw」

 

「何を求めてるんだ」

 

「もっとさ、『あー知ってる知ってるw』みたいなのないの?」

 

「ない」

 

「つまんな」

 

「なら聞くな」

 

 そこでチャイムが鳴った。

 

 茶柱先生が教室へ入ってくる。

 

 莉愛も前を向いた。

 

 授業が始まる。

 

 最初の二十分ほどは普通だった。

 

 本当に普通だった。

 

 問題が起きたのは、茶柱先生が黒板に図を書いている時だった。

 

 莉愛はノートを取ろうとした。

 

 その時、前の席の男子が机に突っ伏したまま、教卓を見て小さく何か言った。

 

「枕高くね?」

 

 ただそれだけだった。

 

 たぶん、本来なら何の意味もない。

 

 昨日までなら聞き流していた。

 

 しかし、今の莉愛には駄目だった。

 

 頭の中で勝手に別の言葉へ変換された。

 

「……」

 

 我慢する。

 

 肩が震える。

 

 前の男子が振り返った。

 

「黒瀬?」

 

「いや、なんでも」

 

「何笑ってんの?」

 

「笑ってないって」

 

 茶柱先生がこちらを見る。

 

「黒瀬」

 

「はい」

 

「授業中だ」

 

「すみません」

 

 前を向く。

 

 駄目だ。

 

 考えるな。

 

 昨日の動画を思い出すな。

 

 ノートを見る。文字を書く。

 

 数分後、茶柱先生が教材を机の上へ置いた。その横にあったクッションが少しずれた。

 

 莉愛の視界に入る。

 

 まずい。

 

「……」

 

 耐える。

 

「莉愛ちゃん?」

 

 桔梗が小声で呼ぶ。

 

「無理」

 

「何が?」

 

「いや、なんでも」

 

 そして。

 

 莉愛の口から出た。

 

「枕がデカすぎます!」

 

 教室が止まった。

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 そして、反応は綺麗に二つに分かれた。

 

「っ……!」

 

 最初に耐えられなくなったのは池だった。

 

 机に顔を伏せ、肩を震わせている。その斜め後ろでは山内も口元を押さえていた。

 

「お前、それ授業中に言うなよ……っ」

 

「何? 何が面白いんだ?」

 

 須藤が怪訝そうに二人を見る。

 

「俺にも分からない」

 

 幸村も眉をひそめていた。

 

「何かのネタ?」

 

 軽井沢も知らないらしく、隣の女子へ小声で尋ねている。

 

 平田も意味を理解していないようで、笑っている池たちと莉愛を交互に見ていた。

 

 一方、桔梗は明らかに違った。

 

 口元を手で覆っている。

 

 目が笑っている。

 

 莉愛と目が合うと、何事もなかったように視線を逸らした。

 

 ――桔梗、お前知ってるな?

 

 そして鈴音。

 

 笑ってはいない。

 

 笑ってはいないのだが。

 

 莉愛が叫んだ瞬間、それまで動いていたシャープペンシルがぴたりと止まっていた。

 

 数秒後、何事もなかったようにノートを取り始める。

 

 ――鈴音ちゃんも知ってるね?

 

 最後に清隆を見る。

 

 こちらは本当に分かっていないらしい。

 

 周囲の反応から「何らかのネットミームを口走った」程度には察しているのだろうが、池たちのように元ネタで笑っている様子はない。

 

 茶柱先生がゆっくり振り返った。

 

「黒瀬」

 

「はい」

 

「廊下に出ろ」

 

「なんで!?」

 

「授業中だからだ」

 

「理由が普通!」

 

「早く出ろ」

 

「はい……」

 

 教室の何人かが再び笑う。

 

 莉愛は肩を落として立ち上がり、廊下へ向かう。

 

 その途中、清隆の横を通った。

 

 清隆は笑っていない。

 

 ただ。

 

 莉愛が横を通った瞬間、小さく目を逸らした。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「今笑った?」

 

「笑ってない」

 

「お前元ネタ知らないくせに、俺が怒られてんので笑っただろ!」

 

「否定はしない」

 

「そっちは認めるんかい!」

 

「黒瀬」

 

 茶柱先生の声が飛ぶ。

 

「早く出ろ」

 

「はい!」

 

 廊下へ出た。

 

 ◇

 

「高校生にもなって淫夢ごっこは恥ずかしいのよ」

 

 休み時間。

 

 席へ戻って早々、鈴音からそう言われた。

 

 莉愛は固まった。

 

「……鈴音ちゃん」

 

「何よ」

 

「なんで知ってんの?」

 

「……」

 

「今『淫夢ごっこ』って言ったよね?」

 

「あなたがさっきから言っているでしょう」

 

「いやそういう問題じゃなくて」

 

「何よ」

 

「解像度高くない?」

 

「意味が分からないわ」

 

 鈴音は教科書を開く。

 

 莉愛は机に手をついた。

 

「鈴音ちゃん」

 

「何度も呼ばないで」

 

「四章って知ってる?」

 

「知らないわ」

 

 一瞬も迷わなかった。

 

「じゃこれは?」

 

 莉愛がスマートフォンを取り出そうとする。

 

「やめなさい」

 

「まだ何も見せてないじゃん!」

 

「見せようとしている時点で分かるわ」

 

「ほら! なんで対応分かるの!?」

 

「普通に考えれば分かるでしょう」

 

「淫夢の対応を普通に考えるなって!」

 

「うるさいわね」

 

 桔梗が笑っている。

 

 莉愛はそちらを見る。

 

「桔梗もさ」

 

「ん?」

 

「さっき笑ってたよね?」

 

「莉愛ちゃんが急に変なこと言うから」

 

「元ネタ知らない人の笑いじゃなかったけど」

 

「気のせいじゃない?」

 

「お前ら怪しいぞ」

 

「私は関係ないよ?」

 

「一番怪しい言い方じゃん」

 

 莉愛はスマートフォンを操作した。

 

「よし」

 

「何がよしなの」

 

 鈴音が警戒する。

 

「グループ作るわ」

 

「何の?」

 

「Dクラス迫真勉強部」

 

「やめなさい」

 

「もう作った」

 

「黒瀬さん」

 

「はい」

 

「今すぐ消しなさい」

 

「まだ鈴音ちゃん入れてないよ?」

 

「ならそのままにしなさい」

 

「でも淫夢知ってそうだから入れとくね」

 

「やめなさい」

 

 莉愛が操作する。

 

 数秒後、鈴音のスマートフォンが震えた。

 

 画面を見る。

 

 表情が変わる。

 

『黒瀬莉愛が堀北鈴音を「Dクラス迫真勉強部」に追加しました』

 

「黒瀬さん」

 

「はい」

 

「消しなさい」

 

「嫌です」

 

「ブロックするわよ」

 

 莉愛が止まった。

 

「……鈴音ちゃん」

 

「何よ」

 

「なんでグループから抜けるじゃなくて、いきなりブロックまで行くの?」

 

「あなたが面倒だからよ」

 

「なんか妙に手慣れてない?」

 

「気のせいよ」

 

 桔梗がまた笑った。

 

「櫛田さん」

 

「え?」

 

「あなたも笑ってないで止めなさい」

 

「ごめんごめん。でもちょっと面白くて」

 

 莉愛が桔梗を見る。

 

「桔梗も入る?」

 

「遠慮しとくね」

 

「即答じゃん」

 

「通知多そうだから」

 

「通知の心配するってことは内容は否定しないんだ?」

 

「莉愛ちゃん、今日めんどくさいね」

 

「ひどくない!?」

 

 そのやり取りを少し離れた席から清隆が見ていた。

 

「清隆も入れるね」

 

「やめろ」

 

「即答!?」

 

「俺は知らないと言っただろ」

 

「勉強部だよ?」

 

「名前だけだろ」

 

「勉強するかもしれないじゃん」

 

「しないだろ」

 

「分かんないじゃん」

 

「少なくともお前はしない」

 

「なんでそんな俺のこと分かってんの?」

 

「昨日相談を受けた結果が今だからだ」

 

「……」

 

 そうだった。

 

 莉愛は思い出す。

 

 本来の相談内容。

 

『淫夢を見すぎて勉強できない』

 

 相談者はどうなったのか。

 

 昼休みに本人を捕まえた。

 

「おい」

 

「何?」

 

「勉強してる?」

 

「してるよ」

 

「淫夢は?」

 

「昨日黒瀬に勧めたらなんか満足した」

 

「は?」

 

「人に布教すると落ち着くんだな」

 

「お前だけ治ってんじゃねえよ!」

 

「黒瀬は?」

 

「昨日二時まで見てた」

 

「ハマってんじゃん」

 

「ハマってないって!」

 

「四章どうだった?」

 

「……」

 

「どうだった?」

 

「……四章は純愛。はっきりわかんだね」

 

「だろ?」

 

「うるせえ!」

 

 相談者は笑いながら去っていった。

 

 莉愛はその背中を見送る。

 

 完全に治っている。

 

 相談は成功した。

 

 それ自体はいい。

 

 ただし。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「俺、相談部向いてないかもしれん」

 

「今さら気づいたのか」

 

「相談者治ったのに俺がハマった」

 

「問題が移動しただけだな」

 

「じゃ解決扱い?」

 

「相談部全体で見ればプラスマイナスゼロだろ」

 

「なるほど」

 

「納得するな」

 

 そこへ鈴音が冷たく言う。

 

「それより黒瀬さん」

 

「何?」

 

「次の小テストは?」

 

「……」

 

「あなた、昨日勉強したの?」

 

「……淫夢が」

 

「言い訳に使わないでちょうだい」

 

「清隆ぁ〜!」

 

「俺を見るな」

 

「助けてよ!」

 

「知らない」

 

「副部長!」

 

「違う」

 

「参謀!」

 

「違う」

 

「顧問!」

 

「全部違う」

 

「じゃ清隆!」

 

「それは合ってる」

 

「勉強教えて!」

 

 清隆は数秒黙った。

 

 それから、短く息を吐く。

 

「放課後ならな」

 

「マジ!?」

 

「ただし」

 

「何?」

 

「今日は動画を見るな」

 

「……」

 

「黒瀬」

 

「努力します」

 

「見るな」

 

「はい」

 

 鈴音が呆れたようにため息をつく。

 

 桔梗はまだ笑っていた。

 

 黒瀬相談部は、その日も一件の相談を解決した。

 

 ただし、代わりに相談員が同じ問題を抱えた。

 

 相談部としての収支がどうなっているのか。

 

 莉愛には、よく分からなかった。

 

 

 

 

 

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