Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」 作:ホモガキ
昼休み、池が妙に真剣な顔で俺たちを手招きした。
「綾小路、須藤、幸村。ちょっとこっち来い。山内も」
「何だよ」
購買から戻ってきたばかりの須藤が、パンの袋を開けながら面倒そうに答える。幸村に至っては参考書から顔すら上げなかった。
「俺はいい」
「待て幸村。今回はお前にも関係ある」
「お前がそう言って、本当に俺に関係があったことが一度でもあるか?」
「あるだろ」
「具体例を言え」
「……今から作る」
「帰れ」
幸村の反応は正しい。
俺も特に興味はなかったが、元々自分の席にいたので移動する理由もない。結果として、そのまま池たちの話を聞く形になった。
池は一度教室の反対側を確認する。女子たちはいくつかのグループに分かれて昼食を取っており、黒瀬も櫛田や軽井沢たちと楽しそうに話していた。
こちらを気にしている様子はない。
それを確認した池は、声を潜めた。
「Dクラスで一番可愛い女子って誰だと思う?」
幸村が無言で参考書へ視線を戻した。
「待て待て!」
「話は終わっただろ」
「始まったばっかだよ!」
「俺に関係ない」
「高校一年だぞ!? こういう話しないで何すんだよ!」
「勉強だ」
「お前は高校生活を何だと思ってんだよ!」
「学業を行う期間だ」
「強すぎる」
山内が感心したように呟いた。
「お前らが弱いだけだ」
極めて不毛な会話だった。
ただ、池と山内は本気でこの議題を続けるつもりらしい。
「まず櫛田だろ」
「まあ強いよな」
山内が即答する。
「顔可愛い、性格いい、話しやすい。総合点高すぎ」
「しかも俺にも優しい」
「それ全員にだろ」
俺が言うと、池が不満そうにこちらを見る。
「綾小路、お前は分かってないな。俺への優しさはちょっと違う」
「どう違うんだ」
「目」
「同じだと思うぞ」
「夢を壊すなよ!」
俺が壊さなくても、そのうち本人が理解するだろう。
「堀北は?」
山内が言った。
「顔だけなら余裕で上位」
「でも怖い」
「分かる」
「目が合ったら採点されてそう」
「この前俺、『あなたは本当に愚かね』って言われた」
「何したんだよ」
「宿題忘れた」
「それはお前が悪いだろ」
須藤が呆れたように言う。
「なんで俺が悪い流れなんだよ!」
「実際悪いからだろ」
「でも堀北と付き合ったら生活は改善しそうじゃね?」
「朝六時起床」
「毎日予習復習」
「ゲーム禁止」
「スマホ一時間」
「刑務所じゃん」
「お前らの中で堀北は何なんだ」
幸村が眉間を押さえる。
本人が聞いていれば、この場にいる全員がそれなりに長い説教を受けることになるだろう。
「軽井沢も普通に可愛いよな」
「ギャル枠」
「ただ平田いるし」
「攻略済みキャラはランキングから外す?」
「何を攻略するんだよ」
須藤が突っ込む。
そこから何人かの名前が挙がり、ああでもないこうでもないと話が続いた。
俺としては、誰が一位でも構わない。
そもそも本人たちの知らないところで順位を決めることに何の意味があるのかも分からない。
だが、池たちにとっては意味があるらしい。
やがて。
「そういや、黒瀬は?」
山内が言った。
そこで妙な間が生まれた。
「……黒瀬?」
池が聞き返す。
「あー……」
須藤も少し渋い顔をする。
そして池と須藤が、ほとんど同時に笑った。
「いやいや、ないないw」
「黒瀬はねえわw」
「何でだよ。顔だけなら相当だろ?」
山内が自分で名前を出しておきながら、すぐにフォローを入れる。
池は少し考えた。
「……顔だけならな」
「だろ?」
「黙ってれば一位もある」
「顔はまあ……いいんじゃねえの」
須藤まで認める。
どうやら容姿そのものについて異論はないらしい。
「じゃ黒瀬でいいじゃん」
「いや、それは違うんだって」
池が妙に真剣な顔をした。
「黒瀬ってさ、最初見たら『めっちゃ可愛いじゃん』ってなるだろ?」
「なるな」
「五分喋るじゃん?」
「うん」
「黒瀬になる」
「最初から黒瀬だろ」
幸村がもっともな指摘をした。
「そういう意味じゃねえんだよ!」
「じゃあどういう意味だ」
「なんつーか……顔の良さが全部中身に飲み込まれる」
「それは分かる」
山内が頷く。
「昨日とかひどかったしな」
「昨日?」
「ほら、授業中」
池は一度、女子側へ視線を向けた。
黒瀬がまだこちらを見ていないことを確認してから、妙に芝居がかった声で叫ぶ。
「『枕がデカすぎます!』」
「やめろwww」
山内が吹き出し、机へ顔を伏せた。
須藤も思い出したらしく、パンを持ったまま笑っている。
「茶柱先生の顔ヤバかったよなw」
「しかも『なんで!?』って聞いてんだぞ」
「怒られるに決まってんだろ!」
「『理由が普通!』も意味分かんねえよw」
「何を期待してたんだあいつ」
「なんか淫夢とかいうのに一日でハマったんだろ?」
「池、お前知ってた側じゃん」
「俺は知ってるけど、授業中には叫ばねえよ!」
「そこが基準なのか」
俺は元ネタそのものを知らない。
ただ、黒瀬が突然叫び、茶柱先生から即座に廊下へ出されていた光景は覚えている。
あの時は意味を理解していなかったが、黒瀬が叱られるまでの流れ自体には少し可笑しさがあった。
「だから黒瀬はない」
池が断言する。
「美人だけど、ない」
「観賞用?」
「いや観賞してても喋りかけてくるぞ」
「しかも勝手に隣座る」
「だったら観賞できねえじゃん」
「失礼すぎるだろ、お前ら」
幸村が呆れたように言った。
「でもさ」
山内が指を折る。
「顔可愛い。料理できる。ノリいい。話しやすい。誰とでも喋れる。あと胸でかい」
「……」
「こうして並べると強すぎね?」
「おい」
池が止める。
「それ以上言うな」
「なんで?」
「黒瀬が普通にいい女みたいになるだろ」
「実際いい女なんじゃね?」
数秒。
池が黙った。
「……いや」
「何だよ」
「黒瀬だぞ?」
「またそれかよ!」
便利な言葉だった。
黒瀬に関するあらゆる矛盾を「黒瀬だから」で処理している。
「付き合ったら絶対疲れる」
池が言う。
「これは間違いない」
「何でだよ」
「夜中に急に『ラーメン食いたくない?w』とか連絡来そう」
「来そう」
「休みの日に寝てたら『暇だから出てきてw』」
「ありそう」
「デートしてても相談来たら普通にそっち行くぞ」
「それは行くな」
須藤が即答した。
「しかも相談相手が知らねえ男でも、『困ってるらしいからちょっと行ってくるw』とか言う」
「言いそう」
「で、戻ってきたら二時間経ってる」
「ある」
「『ごめん清隆ぁ〜、待った?w』」
突然全員が俺を見る。
「なぜ俺なんだ」
「一番想像しやすいから」
「他の名前にしろ」
「じゃ幸村」
「やめろ」
「『幸村くん、待った?w』」
「やめろと言ってるだろ!」
池と山内が笑う。
「あと、付き合ってても財布管理しないとヤバそう」
須藤が言った。
「何で?」
「困ってる奴いたら全部使うから」
中間試験の一件だろう。
「須藤の時か」
「ああ」
須藤は少しだけ表情を変える。
「あいつ、俺が退学になりそうだからって、自分のポイントほとんど出したんだぞ」
「マジ?」
「マジ」
「それで自分は?」
「飯代なくなった」
「アホじゃんw」
「アホだよ」
須藤も笑った。
しかし、少ししてから続ける。
「……でも、普通そこまでしねえだろ」
池たちの笑いが少しだけ収まった。
「まあな」
「しかもあいつ、後から全然言ってこねえし」
「何を?」
「恩」
須藤はパンの袋を丸めながら言った。
「普通ちょっとくらい言うだろ。『俺が助けたんだからな』とか」
「黒瀬なら言いそうなのにな」
「言わねえんだよ。マジで」
「へえ」
「むしろ忘れてんじゃねえかってくらい普通」
須藤は自分が助けられたことを、かなり強く覚えているらしい。
一方の黒瀬は、おそらく本当に大したことだと思っていない。
「じゃめっちゃいい女じゃん」
山内が言った。
「……」
須藤が止まる。
「何だよ」
「いや」
「いい女なんだろ?」
「……いい奴ではある」
「女から奴に変えた!」
「うるせえ!」
「でも彼女は?」
「ない!」
「何でだよ!」
「疲れるから!」
結論は変わらないらしい。
「幸村は?」
今度は池が幸村へ向く。
「何がだ」
「黒瀬あり?」
「興味ない」
「じゃ告白されたら?」
「仮定に意味はない」
「逃げた!」
「逃げてない」
「『幸村くん、俺と付き合おw』って言われても?」
「……」
幸村が一瞬止まった。
池がすかさず反応する。
「今考えた!」
「考えてない!」
「間あったじゃん!」
「どう断るのが最も穏便か考えただけだ!」
「断る方法考えるために付き合ってるとこ想像しただろ!」
「してない!」
「顔赤くね?」
「赤くない!」
幸村は明らかに機嫌を悪くした。
それでも池はやめない。
「でも幸村、黒瀬に勉強教えてるよな」
「試験前だからだ」
「どうなの?」
「何が」
「黒瀬、勉強中は」
「……普通だ」
「本当に?」
「何を期待してるんだ」
「分かんない問題あったら『幸村くんこれ分かんない〜』とか来るだろ?」
「来る」
「距離近い?」
「普通だ!」
「聞いてないのに答えた!」
「うるさい!」
須藤まで笑う。
幸村はため息をついてから、諦めたように言った。
「学力は低い。ただし、以前よりは真面目にやっている」
「お?」
「分からなくても、投げ出すことは少なくなった。教えれば何度でもやり直す」
「めっちゃ見てんじゃん」
「教えているから当然だ!」
「じゃ馬鹿だけど努力家?」
「……まあ」
「お前も黒瀬好きじゃん」
「違う!」
反応が分かりやすい。
幸村も黒瀬を単純に「勉強のできない生徒」とは見ていない。
そして恐らく、その部分をよく知っているのは自分だという意識がある。
「平田は?」
池が今度は少し離れた席にいる平田へ声をかけた。
「僕?」
「黒瀬って彼女としてどう?」
「いきなり聞くの?」
平田は困ったように笑った。
「黒瀬さんは、すごく魅力的な人だと思うよ」
「出た模範解答」
「さすが平田」
「いや、本当にそう思うけど」
「どこが?」
平田は少し考える。
「誰に対しても、あまり態度が変わらないところかな」
「全員に雑なだけじゃね?」
「それもあるかもしれないね」
「認めるんだw」
平田は笑う。
「でも、誰かが一人でいたら自然に話しかけるよね。相手が嫌がれば無理には踏み込まないし」
「……」
「それに、誰かをグループへ無理に入れようともしない。ただ一緒にいたければいる、って感じだから」
「本人そこまで考えてる?」
「考えてないだろ」
須藤。
「絶対考えてない」
池。
「多分考えてねえ」
山内。
「お前ら黒瀬を何だと思ってるんだ」
俺は思わず口を挟んだ。
池がこちらを見る。
「ほら」
「何だ」
「綾小路、黒瀬の話になるとたまに庇うよな」
「今のは事実確認だ」
「はいはい」
何か誤解されているようだった。
「で、平田。付き合うなら?」
「それは……」
「洋介ー!」
ちょうど軽井沢の声が飛んできた。
「何?」
「ちょっと来て!」
「分かった」
平田は立ち上がる。
「あ、逃げた!」
「逃げてないよ」
「絶対助かった顔してた!」
平田は笑いながら女子の方へ戻っていった。
「じゃ次、綾小路な」
池が言った。
「俺はいい」
「幸村みたいなこと言うなよ!」
「そもそもランキングに興味がない」
「ランキングじゃなくて黒瀬の話」
「なおさらいい」
「一番一緒にいるくせに」
「一番ではない」
俺が答えると、池と山内が顔を見合わせた。
「いや一番じゃね?」
「一番だろ」
「須藤どう思う?」
「まあ、よく一緒にいるな」
「そうか?」
「相談の時ほぼお前いるじゃん」
「勝手に巻き込まれてるだけだ」
「飯も行ってるだろ」
「たまにだ」
「名前もお前だけ違うし」
「何が」
「男で『清隆』呼び、お前だけじゃね?」
少し考える。
確かに、男子相手には池くん、須藤くん、平田くん、幸村くんと呼んでいる。
「そうかもしれないな」
「そこ気にしないの?」
「なぜ気にする」
「いや普通ちょっと『俺だけ特別?』とか思うだろ」
「黒瀬にそこまで深い意味はないと思うぞ」
俺が言うと、池が少し黙った。
それから笑う。
「なんでそこだけ妙に黒瀬のこと分かってんだよ」
「普段の行動を見れば分かる」
「ほらやっぱ分かってるじゃん」
「何がだ」
「いや別に?」
妙に楽しそうだった。
「じゃ黒瀬から告白されたら?」
「断る」
「即答!」
「考える必要がない」
「『清隆ぁ〜、付き合おーぜw』でも?」
「声真似をするな」
「似てたじゃん」
「似てない」
「そこだけ妙に厳しいな!」
山内も便乗する。
「『清隆ぁ〜、今日うち来る? 豚汁あるよw』」
「なぜ豚汁なんだ」
「そこじゃねえだろ!」
何が正解なのか分からない。
そもそも、なぜ俺が黒瀬と付き合ったという仮定で話が進んでいるのか。
「何が似てないって?」
突然、背後から声がした。
全員が止まった。
「……」
「……」
「……」
黒瀬が立っていた。
手には紙パックの飲み物。
ストローを咥えながら、俺たちを見ている。
「なんで全員黙るの?」
「何でもない」
池が目を逸らした。
「嘘じゃん」
「男の話」
「俺も入れてよ」
「お前女子だろ!」
「都合いい時だけ女扱いすんなよw」
「いつも女子だろ!」
「じゃ美少女ランキング入れろよ!」
聞こえていたらしい。
「俺何位?」
「対象外」
池が即答した。
「なんで!?」
「黒瀬だから」
「またそれ!?」
「黒瀬枠」
「何だよ黒瀬枠!」
「ランキングに入れるとややこしい」
「何が!?」
「競技が違う」
「俺だけパラリンピックみたいにすんなし!w」
「例えが危ねえよ!」
教室の後方で笑いが起きる。
「いやまあ、黒瀬は黒瀬だし」
「説明する気ゼロじゃんw」
黒瀬は納得していない。
「俺、普通に可愛くない?」
「顔はな」
須藤が言う。
「顔だけなら」
池。
「黙ってれば」
山内。
「お前ら今日から全員敵ね?」
「ほらそういうとこ!」
「何だよ!」
その騒ぎを聞きつけ、櫛田がこちらへやってきた。
「莉愛ちゃん、何してるの?」
「桔梗聞いてよ。こいつら俺のこと美少女ランキングから外してんだけど」
「ふふっ。なんで?」
「黒瀬だからだって」
「あー」
「桔梗まで納得すんな!」
軽井沢も会話に加わる。
「でも莉愛、黙ってればめっちゃモテそう」
「だから何で黙らせるの!?」
「喋ると黒瀬になるから」
「またそれ!」
「昨日だって」
軽井沢が笑う。
「『枕がデカすぎます!』」
「やめろぉ!」
池と山内がまた吹き出す。
「恵まで擦るなよ!」
「だって面白かったし」
「一日経ったから時効!」
「短すぎでしょ」
「もう忘れようよ!」
「多分卒業まで言われるぞ」
池が言う。
「長すぎるって!」
黒瀬は両手で顔を覆った。
それでも本気で嫌がっているわけではなく、自分でも笑っている。
「分かった」
やがて顔を上げた。
「一人ずつ聞くわ」
「やめろ」
「まず池くん」
「ない」
「まだ聞いてない!」
「ない」
「俺可愛い?」
「可愛い」
「ほら!」
「でもない」
「だから何が!?」
「黒瀬だから」
「お前それ便利に使いすぎだろ!」
「次、山内くん」
「俺はあり」
「マジ?」
「顔なら」
「帰れ」
「なんでだよ!」
「次、須藤くん」
「聞くな」
「俺可愛い?」
「知らねえ」
「顔見て」
「近い近い!」
黒瀬が遠慮なく顔を近づける。
須藤が露骨に仰け反った。
「ほら照れてんじゃんw」
「うるせえ!」
「可愛い?」
「……まあ、可愛いんじゃねえの!」
「よっしゃ!」
「でも付き合うのは嫌だ!」
「なんで!?」
「疲れる!」
「まだ付き合ってないのに!?」
「想像だけで疲れる!」
「もっとひどいじゃん!」
周囲から笑いが起きる。
「次、幸村くん」
「俺を巻き込むな」
「俺可愛い?」
「……」
「幸村くーん?」
「客観的に見れば、容姿は整っている」
「やった!」
「ただし成績が悪い」
「今関係なくない!?」
「俺にとっては重要だ」
「じゃ赤点なくなったら付き合ってくれる?」
「なぜそうなる!」
「幸村、顔赤いぞ!」
「赤くない!」
池たちが面白がって騒ぐ。
幸村は本気で迷惑そうだった。
そして。
「清隆」
黒瀬の視線が俺へ来た。
「聞かなくていい」
「まだ何も聞いてないじゃんw」
「同じ質問だろ」
「分かってるなら早いじゃん。俺、可愛い?」
なぜか周囲が静かになった。
黒瀬が周りを見る。
「何で清隆の時だけ静かなん?」
「なんとなく」
池が答える。
「何それw」
俺を見る。
答えるまで終わりそうにない。
質問そのものは単純だった。
黒瀬の容姿を客観的に判断するだけなら、難しくはない。
整った顔立ちをしている。クラス内で目立つ容姿なのも間違いない。学年全体で見ても上位に入る可能性が高い。
それを否定する理由もなかった。
「客観的には可愛いだろうな」
教室が一瞬静かになった。
黒瀬本人まで少し止まった。
「……」
「何だ」
「いや」
すぐにいつもの笑顔に戻る。
「清隆に褒められた!」
「褒めてない。質問に答えただけだ」
「可愛いって言ったじゃん!」
「客観的評価だ」
「じゃ付き合う?」
「なぜそうなる」
「可愛いんでしょ?」
「可愛い人間全員と付き合うつもりか」
「それは忙しいな」
「お前の話だ」
「じゃ俺だけにする?」
「断る」
「即答!?」
教室が再び笑う。
「照れなくていいってw」
「照れてない」
「はいはい」
黒瀬は特に気にした様子もなく、満足そうに櫛田たちのところへ戻っていった。
男子たちはその背中を何となく見送る。
「……まあ」
池が言った。
「顔だけならな」
「顔だけなら」
山内も頷く。
「顔はまあ」
須藤も同意する。
幸村は何も言わなかったが、否定もしなかった。
「でもさ」
山内が声を少し落とす。
「黒瀬って、普通にモテるんじゃね?」
また少しだけ空気が変わった。
「……」
池が黙る。
「何?」
「いや」
「何だよ」
「それは何か嫌だな」
「……分かる」
須藤が反射的に答えた。
池と山内が同時に須藤を見る。
「何だよ」
「今『分かる』って言った?」
「言ってねえ」
「言った!」
「言ってねえ!」
「須藤、お前黒瀬好きなんじゃね?」
「違えよ!」
「じゃ他クラスの男と付き合っても平気?」
「……」
「お?」
「……あいつ男見る目なさそうだから心配なだけだ」
池が机を叩いた。
「出た!」
「何がだ!」
「『恋愛感情はないけど俺はあいつの危うさを分かってる』タイプ!」
「うるせえ!」
「幸村は?」
「俺を巻き込むな」
「黒瀬が他クラスの馬鹿な男と付き合ったら?」
「知らない」
「絶対?」
「……学業に悪影響を与えるような相手なら、止めるべきだとは思う」
「お前もじゃん!」
「違う!」
「山内は?」
「俺は普通に嫌」
「潔いな!」
「でも俺が好きとかじゃないぞ!」
「はいはい」
「マジだって!」
妙な光景だった。
全員が黒瀬を恋愛対象としては否定する。
しかし、他の誰かが黒瀬を評価し始めると、急に落ち着かなくなる。
「でもさ」
池が今度は少し真面目な声を出した。
「黒瀬の良さ分かる男って、そんな多くなさそうじゃね?」
「何だよ急に」
「いや、顔見て寄ってくる奴はいると思うんだよ」
「まあな」
「でも中身まで見て、あいつ普通にいい奴だって分かる奴はそんな多くないっしょ」
山内も頷く。
「俺らは同じクラスだから分かってるけどな」
「そうそう」
池はどこか得意そうだった。
「外の奴は、多分黒瀬の表面しか知らねえよ」
「……」
そこでようやく、さっきから感じていた違和感の正体が分かった。
池だけではない。
須藤も、幸村も似たような感覚を持っている。
須藤は、自分のために黒瀬がポイントを全て使ったことを知っている。
幸村は、黒瀬が勉強を苦手としながらも、簡単には投げ出さないことを知っている。
平田は、黒瀬が孤立した人間へ自然に近づき、同時に踏み込みすぎないことを知っている。
池や山内にも、それぞれ自分だけが見つけたと思っている黒瀬の一面があるのだろう。
誰もが。
黒瀬の本当の良さを知っているのは、自分たちくらいだと考えている。
「なあ綾小路」
池がこちらを見る。
「何だ」
「お前はどうなの?」
「何が」
「黒瀬」
「さっき答えただろ」
「顔じゃなくて」
「なら何を聞いてる」
「お前、俺らより黒瀬のこと知ってそうじゃん」
「なぜそう思う」
「一緒にいること多いし」
「相談に巻き込まれているだけだ」
「でも黒瀬、お前にだけちょっと違う気するんだよな」
「何が」
「距離」
「誰にでも近いだろ」
「いや」
池は少し考える。
「なんか違う」
「具体的には?」
「それが分かんねえから言ってんだよ」
「なら気のせいだ」
「そうかなぁ」
「そうだ」
黒瀬は誰にでも距離が近い。
肩を叩く。
突然誘う。
相談へ巻き込む。
困れば頼る。
相手の立場によって態度を大きく変えることもない。
俺だけが特別というわけではない。
そう結論づけるのが自然だった。
それなのに。
……なぜか。
その結論は、わずかに気に入らなかった。
理由を考えてみても、明確な答えは出ない。
なら、今は考える必要のないことなのだろう。
そう判断して、俺はその違和感を頭の隅へ追いやった。