Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」 作:ホモガキ
島へ降り立った瞬間、莉愛が最初に思ったことは一つだった。
暑い。
「うわ、日差しヤバ」
船上では心地よかった潮風も、砂浜まで降りてしまえばほとんど役に立たない。
真上から照りつける太陽と、足元からの照り返し。
数分立っているだけで、肌に熱がまとわりついてくる。
周囲では一年生たちが次々と船を降り、クラスごとにまとまり始めていた。
これから一週間。
電気も水道もない無人島で生活する。
もちろん、旅行ではない。
学校が用意した特別試験だ。
「一週間ここ?」
「ああ」
隣にいた清隆が答えた。
「普通に長くない?」
「今さらか」
「船乗ってる時はテンション上がってたから」
「そうか」
「海入っていいのかな」
「説明を聞いてたか?」
「聞いてたってw」
相変わらず反応が薄い。
まあ、いつもの清隆だった。
莉愛は砂浜の先に広がる森を見る。
「でもさ」
「何だ」
「飯作って、寝て、海見てれば一週間経つんでしょ?」
「その間にクラス間でポイントを競う」
「そこが余計なんだよなぁ」
「それが試験だからな」
「学校ってキャンプまで勝負にすんの好きだよね」
莉愛は肩を竦めた。
一応、ルールは聞いている。
各クラスには試験用のポイントが与えられており、そのポイントを消費すれば食料や設備を購入できる。
当然、使えば使うほど残りは減る。
そして試験終了時に残っていたポイントは、そのままクラスの評価へ反映される。
島内には占有することでポイントを得られる場所もあり、最後には他クラスのリーダーを見抜く要素まで用意されていた。
さらに怪我や体調不良によるリタイアにも、相応のペナルティが発生する。
聞けば聞くほど面倒な試験だった。
その中で、莉愛が妙にしっかり覚えていたのは最後の部分だ。
「清隆」
「何だ」
「怪我したら先生呼べばいいんだよね?」
「ああ」
「熱出た時も?」
「状態次第ではリタイアになるな」
「おっけ」
「そこだけは覚えてるんだな」
「誰か倒れたらポイントどころじゃないじゃん」
「そうだな」
なら問題ない。
何かあれば先生を呼べばいい。
莉愛の中では、それで話が終わった。
◇
Dクラスは開始早々、揉めた。
原因はトイレだった。
「いや、これは無理でしょ!」
篠原の声に、何人もの女子が同意する。
学校から最低限の携帯トイレは支給されている。
問題は、それだけで一週間を乗り切れるかどうかだった。
女子側は仮設トイレの購入を主張。
一方で池たちは、可能な限りポイントを温存すべきだと言う。
「一週間くらい我慢できるだろ!」
「じゃあ池が使いなさいよ!」
「だから俺は使えるって言ってんだろ!」
「黒瀬さんはどう思う!?」
「俺?」
突然振られた。
莉愛は少し考える。
「トイレは欲しい」
「ほら!」
「黒瀬まで何言ってんだよ!」
「いや、俺シャワーも欲しいけど」
「増やすな!」
池から即座に突っ込まれた。
「だって一週間だよ?」
「何ポイント使う気だよ!」
「清潔は大事じゃん」
「これはサバイバル試験なんだって!」
「サバイバルにも人権はあるでしょw」
そこへ堀北の冷たい声が飛んでくる。
「必要最低限に抑えるべきでしょうね」
「鈴音ちゃんまで池くん側?」
「池くん側という表現はやめなさい」
「じゃ節約側」
「それなら構わないわ」
「構わないんだ」
男女の主張はしばらく平行線を辿った。
平田や軽井沢も加わり、最終的にはひとまず妥協点を探すことになる。
もっとも。
米。
それから、飲料や調理に使うための水。
この二つにポイントを使うことについてだけは、ほぼ満場一致だった。
食べなければ動けない。
水がなければ、それ以前の問題だ。
さすがのDクラスでも、そこでは揉めなかった。
「なんかもう疲れたな」
「まだ始まったばかりだぞ」
隣から清隆の声。
「清隆は何も喋ってなかったじゃん」
「だから疲れてない」
「賢いなぁ」
「お前も黙ってればよかっただろ」
「無理じゃね?」
「そうだろうな」
「そこ即答すんの?」
開始数十分。
既に先が思いやられた。
◇
拠点探しでは、池が予想外の活躍を見せた。
地面の状態。
テントを張る場所。
水場までの距離。
木陰の位置。
莉愛にはどこも同じような森に見えたが、池には違いが分かるらしい。
やがて、近くに綺麗な川が流れる場所へ辿り着いた。
「ここいいじゃん!」
「だろ!?」
池が得意げに胸を張る。
「池くん、普通にすごいじゃん」
「普通にってなんだよ!」
「いや、こういうの得意だと思ってなかったから」
「俺、昔よくキャンプ行ってたんだって!」
「今日だけちょっとカッコいいよ」
「今日だけ付けんな!」
「明日も活躍したら更新するからw」
「何の評価なんだよ!」
少なくとも、今の池はかなり頼りになる。
それはクラス全体も認め始めていた。
平田が全体をまとめる。
池がキャンプ経験を活かす。
須藤は力仕事で役に立つ。
他の生徒も、それぞれ出来ることを探して動き始める。
莉愛も同じだった。
「黒瀬さん、そっち持って!」
「はーい!」
女子に呼ばれれば荷物を運ぶ。
「黒瀬、これ押さえててくれ!」
「おっけ」
男子に呼ばれればテントを支える。
本人としては、大したことをしているつもりはない。
人手が足りていないところへ入っているだけだ。
それでも。
夕方になる頃には、何度名前を呼ばれたのか分からなくなっていた。
◇
拠点がある程度形になったところで、莉愛は空になったペットボトルを抱えて川へ向かった。
「つかれたぁ……」
水を汲みながら、その場にしゃがみ込む。
まだ初日なのに、朝からほとんど動きっぱなしだ。
とはいえ、夜になれば寝られる。
それくらいに考えていた。
「……ん?」
満タンになった一本を脇へ置いたところで、人影に気づく。
川沿いを一人の男が歩いてきた。
汗だくでもない。
荷物も持っていない。
どう考えても、同じ無人島試験を受けている人間には見えなかった。
「高円寺くん」
「おや」
高円寺が足を止める。
相変わらず、妙に機嫌がよさそうだった。
「これは黒瀬ガール」
「何その呼び方w」
「気に入らなかったかい?」
「いや、別にいいけど。初めて呼ばれた気するw」
莉愛は少しだけおかしかった。
「そういえば」
高円寺は僅かに首を傾けた。
「考えてみれば、こうして君と話すのは学園に入ってから初めてかな? 莉愛くん」
「あー」
言われてみれば、そうだった。
同じクラスになって数ヶ月。
顔を合わせる機会ならいくらでもあった。
ただ、高円寺は高円寺だ。
クラスの輪へ積極的に入ってくるわけでもなく、莉愛もわざわざ捕まえて話すことはなかった。
「そうかも」
「随分と久しぶりだねぇ」
「昔はちょいちょい会ってたのにね」
「その通りだ」
黒瀬家と高円寺家には昔から交流がある。
家同士の集まりなどで、高円寺とも子供の頃から何度か顔を合わせていた。
友達というほど近くはない。
かといって、ただのクラスメイトというには付き合いが長い。
それくらいの距離だった。
「てか高円寺くん、何してんの?」
「散策だよ」
「手伝わないの?」
「私が?」
「うん」
高円寺は考える素振りだけを見せる。
「必要性を感じないねぇ」
「自由すぎんだろw」
「己の時間をどう使うか。それを決めるのは己自身だからねぇ」
「それ海斗みたいなこと言うじゃん」
「ほう」
高円寺の表情が僅かに変わった。
「ちょうどいい」
「何が?」
「時に、莉愛くん」
「ん?」
「朝霧ティーチャーは元気かい?」
「海斗?」
「無論」
「気になんの?w」
「当然だろう」
高円寺は平然と言った。
「彼は私にとって唯一の師匠だからねぇ」
「あー……」
そういえば。
昔、海斗は週に一度、高円寺家へ出向いていた。
高円寺へ稽古をつけるためだ。
何をどこまで教えていたのか、莉愛は詳しく知らない。
ただ。
『なんで休みの日にあのガキの相手しなきゃなんねえんだ』
帰ってくるたび、そんな文句を口にしていたことは覚えている。
「元気だよ」
「それは何よりだ」
「相変わらずエビフライ食ってる」
「フフ。それも変わらないようだ」
「高円寺くんの話は全然しないけどね」
「問題ない」
「普通に忘れられてるかもよ?」
「それはないだろう」
「自信すごw」
「毎週のように私の相手をしていたんだ。忘れたくても忘れられないさ」
「あー……」
確かに。
何年も毎週顔を合わせていたのなら、簡単に忘れられる相手でもない。
「むしろ嫌な意味で覚えてそうw」
「それもまた師弟の絆というものだよ」
「絶対違うって」
高円寺は愉快そうに笑った。
「もっとも、私が彼を忘れることもあり得ないがねぇ」
「そんな好きなん?」
「好き、というより尊敬しているのさ」
「へえ」
「私は朝霧ティーチャーに、一度として勝利したことがない」
「……一回も?」
「一回もだ」
「マジ?」
「無論」
それは少し意外だった。
高円寺が普通ではないことくらいは、莉愛にも分かる。
力も強い。
運動能力も高い。
何をやらせても大体できる。
「海斗そんな強かったんだ」
「莉愛くん」
「何?」
「君は彼と何年の付き合いなんだい?」
「めっちゃ長いよ?」
「それでその感想なのかい?」
「いや、強いのは知ってるって」
「では?」
「どんくらい強いとか考えたことないもん」
一瞬。
高円寺が黙った。
やがて、楽しそうに笑う。
「フフ」
「何?」
「実に莉愛くんらしい」
「それ褒めてる?」
「無論」
「ならいいかw」
莉愛は水の入ったペットボトルを抱え直す。
何本もある。
普通に重い。
「じゃ、高円寺くん」
「なんだい?」
「一本持ってって」
「断ろう」
「早っ」
「私が運ぶ理由がないからねぇ」
「海斗なら持つよ?」
「……」
高円寺の足が止まった。
「ほう」
「最初は絶対『嫌だ』とか言うけど」
「それで?」
「結局『面倒くせえ』って文句言いながら持つ」
「なるほど」
「師匠にできて弟子にできないの?」
「安い挑発だねぇ」
「効いてる?w」
「まさか」
そう言いながら。
高円寺は莉愛の腕から一本取った。
「持つんじゃん」
「朝霧ティーチャーの弟子として、師の振る舞いを参考にしたまでだよ」
「海斗便利だな……」
次に会ったら教えてやろう。
高円寺を動かす道具として使われている、と。
多分。
『知らねえよ』
で終わる。
莉愛はそう思いながら、高円寺と並んで拠点へ戻った。
◇
夕方。
またクラス内で揉め事が起きていた。
「だから、ポイント使いすぎなんだって!」
池が声を荒らげる。
「でも食事くらいちゃんとしたもの食べたいじゃん!」
篠原も引かない。
「残ったポイントが試験結果に関わるんだぞ!」
「だからって毎日まともに食べなくていいってことにはならないでしょ!」
俺は少し離れた場所から、そのやり取りを眺めていた。
食事について、最低限の合意は出来ている。
米。
飲料、調理用の水。
この二つにポイントを使うことについては全員が納得した。
問題は、それ以外だ。
副食まで購入するのか。
現地で調達できるものを使うのか。
快適さのために、どこまでポイントを消費するのか。
どちらの言い分にも、それなりの理由がある。
だからこそ、話はまとまりにくい。
平田が二人の間へ入った。
「池くん、篠原さん。一度落ち着こう」
「でも平田――」
「だってこいつら――」
「まあまあ」
別の声が割り込んだ。
黒瀬だった。
「みんな喧嘩してないで、これ食べよ」
「……」
何人もの視線がそちらへ向く。
黒瀬の前には、大きな鍋が置かれていた。
「何それ?」
軽井沢が近づく。
「カレー」
「それは見れば分かるわよ」
「海鮮カレー」
「海鮮?」
「うん」
黒瀬が蓋を開けた。
香辛料の匂いとともに、魚介の濃い香りが広がる。
「……」
かなりいい匂いだった。
さっきまで言い争っていた池が、真っ先に鍋へ近づく。
「どうしたんだよこれ」
「作った」
「いや材料」
「ああ」
黒瀬が指を折る。
「米と水は最初にみんなで買ったやつでしょ」
「ああ」
「カレー粉はBクラスから」
「Bクラス?」
「うん。向こう余ってたから、海鮮ちょっと渡して交換してもらった」
「海鮮と?」
「帆波に聞いたらいいよって」
一之瀬なら、その程度の交換には応じるだろう。
黒瀬が持ちかけたのであれば、なおさら話は早そうだった。
「じゃあ、その海鮮は?」
「海」
「……海?」
「海」
黒瀬は当然のように答えた。
「魚とか貝とか。結構取れたから、向こうにも分けた」
そこで気づく。
黒瀬のジャージの裾が捲られていた。
ふくらはぎの辺り。
生地の色が、まだ濡れて少し濃い。
「黒瀬」
「ん?」
「海に入ったのか?」
「ちょっとだけ」
「その格好で?」
「浅いとこだけだって」
黒瀬が自分の脚を見る。
「あー、まだ濡れてるな」
濡れているのは足首程度ではない。
捲った裾の辺りまで、水を吸った跡が残っている。
「どこまで入った」
「膝くらい?」
「本当に?」
「……ちょい上?」
「それを浅いと言うのか」
「俺基準ではw」
日中は暑かった。
だが、陽が傾けば風の温度は下がる。
「着替えた方がいいんじゃないか」
「あとでいいよ」
「今でもいいだろ」
「カレー冷めるじゃん」
「……そうか」
合理的とは思えない。
だが。
今言っても聞かないだろう。
「これ何だ?」
池が鍋の中を指差す。
「ああ。それ亀の手」
「カメ!?」
「亀じゃないってw」
黒瀬が笑った。
「亀の手って名前なだけ。磯にいるやつ」
「これ食えんの?」
「食えるよ。てか美味いよ」
「マジで?」
「煮込むとめっちゃ出汁出る」
須藤まで鍋を覗き込む。
「見た目ヤバくねえか?」
「須藤くん、そういうこと言うなら抜くよ?」
「いや食う」
「食うんじゃんw」
気づけば。
さっきまで揉めていた生徒たちまで、鍋の周囲へ集まっていた。
「じゃ池くんから」
「大盛り!」
「最初から?」
「腹減ってんだよ!」
「ポイント節約派なのに食欲は節約しないんだw」
「これはポイントほとんど使ってねえだろ!」
「まあね」
黒瀬が皿へ盛る。
池が一口食べる。
「……」
動きが止まった。
「どう?」
「……うまっ」
黒瀬の口元が上がる。
「でしょ?」
「え、マジでめちゃくちゃうめえ!」
「もっと言っていいよ」
「店で出ても普通に食うぞこれ!」
「普通にって余計じゃない?」
須藤も受け取る。
一口。
「……マジだ」
「ね?」
「黒瀬、お前料理だけはすげえな」
「須藤くん今『だけ』って言った?」
「気のせいだ」
「覚えてろよw」
その後も次々に皿が渡っていく。
軽井沢。
櫛田。
平田。
堀北も、一口食べてから短く言った。
「……悪くないわ」
「それ鈴音ちゃん的にはめっちゃ美味いやつ?」
「好きに解釈しなさい」
「よしw」
篠原も亀の手を恐る恐る口へ運ぶ。
「……美味しい」
「だろ?」
「なんか貝っぽい」
「そうそう。カレーだと出汁も全部入るからいいんだよ」
「篠原、さっき見た目キモいって言ってなかった?」
「言ってない!」
「言ってたろ!」
「また喧嘩してるw」
黒瀬が笑う。
ただし。
さっきまでの喧嘩とは違う。
本気で張り詰めていた空気は、いつの間にか消えていた。
問題そのものが解決したわけではない。
今後のポイント配分も決まっていない。
それでも。
同じ鍋を囲みながら、相手を敵のように睨む人間はいなかった。
黒瀬がそこまで計算していたとは思えない。
恐らく。
腹が減っている。
喧嘩している。
だったら先に飯を食えばいい。
その程度なのだろう。
「高円寺くん!」
黒瀬が少し離れた場所へ声を飛ばす。
「なんだい、莉愛くん」
「カレー食う?」
「ふむ」
高円寺が鍋を見る。
「君が作ったのかい?」
「うん」
「それなら頂こう」
「素直じゃん」
「優れたものを拒む理由はないからねぇ」
高円寺も皿を受け取る。
一口。
「……」
「どう?」
「素晴らしい」
「お」
「この環境で、現地の素材を使ってここまで味を整えるとはねぇ」
「もっと言っていいよw」
「朝霧ティーチャーにも振る舞ったことがあるのかい?」
「海斗? 普通にあるよ」
「なるほど。それは少々羨ましいねぇ」
「そこまで海斗基準なん?w」
高円寺は既に二口目を食べている。
気に入ったらしい。
「清隆」
今度は俺が呼ばれた。
「なんだ」
「お前まだ食べてないじゃん」
「ああ」
「食えって」
正直。
少し前から食いたかった。
「もらう」
「お」
黒瀬が妙に嬉しそうな顔をした。
「素直じゃん」
「腹が減っている」
「はいはい」
渡された皿を見る。
「……」
他の生徒より、明らかに具が多い。
「なんで俺だけ多い」
「清隆だから」
「説明になってない」
「いいじゃん。いっぱい食べなよ」
スプーンを口へ運ぶ。
「……」
美味い。
想像していたより、かなり。
魚介の旨味がカレー全体に染みている。
香辛料に負けていない。
それでいて、生臭さもほとんどない。
「どう?」
「美味い」
「それだけ?」
「かなり美味い」
「よし」
黒瀬が満足そうに頷く。
「亀の手も食べて」
「ああ」
一つ口へ入れる。
見た目ほど癖はない。
「どう?」
「これも美味いな」
「でしょ?」
「確かに出汁が出てる」
「そうなんよ」
嬉しそうに笑った。
「こういうの煮込むと美味いんだよ」
「よく知っていたな」
「料理は得意だからね」
「学力にもそれくらい興味を持てればいいんだが」
「今それ言う!?」
「事実だ」
「人のカレー食いながら説教すんなよw」
俺はもう一口食べる。
やはり美味い。
皿は思ったより早く空になった。
「黒瀬」
「ん?」
「まだあるか」
「あるよ」
「もう一杯もらう」
「……」
黒瀬が俺を見る。
「何だ」
「いや」
口元が緩んだ。
「清隆がおかわりすんの珍しw」
「嫌ならいい」
「やるやる!」
すぐに皿を取られる。
「魚多めにしよ」
「普通でいい」
「遠慮すんなって」
「してない」
一杯目と大差ない量が戻ってきた。
俺は二杯目を食べる。
島に来てから。
一番まともな食事だった。
周囲を見る。
池は既に三杯目。
須藤もおかわりしている。
女子も普段よりよく食べているようだった。
高円寺まで。
「莉愛くん」
「ん?」
「もう一杯頼めるかい?」
「高円寺くんまでおかわり?」
「美味いものを十分に味わわない理由はないだろう?」
「今日めっちゃ素直じゃんw」
高円寺にも二杯目が渡る。
その後も、何人かがおかわりを求めた。
黒瀬は鍋の中身を確認しながら、一人ずつ量を調整していく。
誰か一人だけ足りなくならないように。
最後まで。
「終わりー」
やがて黒瀬が鍋を傾けた。
ほとんど何も残っていない。
「完売です」
「マジでなくなったな」
池が満足そうに腹を擦る。
「美味かった」
「だろ?」
「明日も作れよ」
「材料取れたらね」
「じゃ取ってこいよ」
「池くんが取ってきてよw」
笑い声が上がる。
さっきまで何を言い争っていたのか。
それすら馬鹿らしくなったような空気だった。
俺も満足していた。
二杯食べた。
十分に腹も満たされた。
高円寺を含め、全員がそれぞれ食事を終えた。
黒瀬が空になった鍋を片づけ始める。
「……」
そこで。
妙な違和感を覚えた。
何かを見落としている。
少し考えて。
ようやく気づいた。
「黒瀬」
「ん?」
「お前の皿は?」
「俺?」
「ああ」
「……」
黒瀬が空の鍋を見る。
「ないよ?」
「食べ終わったのか?」
「いや」
「……食べてないのか?」
「うん」
即答だった。
「……」
「何その顔」
「なぜ食べてない」
「なんでって」
黒瀬は不思議そうに空の鍋を見る。
「みんなの分作ったら、ちょうどなくなったから」
「お前の分は?」
「ないね」
「最初から数えてなかったのか」
「んー……」
そこで初めて考えたらしい。
「そうなる?」
「そうなるな」
「あんま考えてなかったw」
本当に。
考えていなかったようだった。
「でも味見したし」
「味見は食事じゃない」
「結構食べたよ?」
「どれくらいだ」
「スプーンで何回か?」
「それを食事とは言わない」
「清隆細かいなぁ」
全員が食べた。
池も。
須藤も。
軽井沢も。
櫛田も。
堀北も。
平田も。
高円寺も。
俺も。
俺に至っては二杯だ。
黒瀬だけが。
一杯も食べていない。
こいつの言う「みんな」の中に。
最初から一人だけ入っていなかった。
黒瀬自身だ。
「腹減ってないから平気だって」
「朝から動いていただろ」
「まあ」
「海にも入った」
「ちょっとね」
「その上で全員分作った」
「料理好きだし」
「それでお前は食べてない」
「味見――」
「食事じゃない」
「それ今日何回言うのw」
黒瀬が笑いながら鍋を持ち上げる。
立ち上がった。
「……あ」
身体が揺れた。
ほんの僅かだった。
だが。
俺は咄嗟に腕を掴んだ。
「わ」
「黒瀬」
「何?」
「今ふらついたな」
「立つの早かっただけ」
「座れ」
「大丈夫大丈夫」
「座れ」
「……はい」
珍しく素直に腰を下ろした。
それだけでも。
少なくとも本人が言うほど余裕があるわけではない。
「水は?」
「飲んでるよ」
「最後に飲んだのは」
「……」
黒瀬が考える。
「いつだっけw」
「笑うところじゃない」
水を渡す。
「飲め」
「はいはい」
黒瀬が口をつける。
一口。
二口。
「……うま」
「水だぞ」
「疲れてる時の水って美味くない?」
「それだけ疲れてるということだろ」
「そういうこと?」
「そういうことだ」
その時。
再び足元に目が行った。
ジャージの裾は、まだ捲られている。
濡れた部分も完全には乾いていなかった。
日が落ちたことで、先ほどより風も冷たくなっている。
「黒瀬」
「ん?」
「まだ濡れてるじゃないか」
「あー」
自分の脚を見る。
「結構入ったからね、海」
「さっきより話が変わってるぞ」
「そう?」
「着替えろ」
「あとで」
「今だ」
「清隆ママ?」
「着替えろ」
「冗談通じないじゃんw」
立ち上がろうとして。
また僅かに身体が揺れた。
今度は本人も気づいたらしい。
「……」
「ほら」
「いや、これは」
「なんだ」
「カレー作り疲れ?」
「海に入って、具材を集めて、水を運んで、料理を作って、何も食べてないからだろ」
「いっぱいあるじゃん」
「原因がな」
「そっち?」
まだ笑っている。
「莉愛?」
軽井沢がこちらへやって来た。
「どうしたの?」
「清隆に怒られてる」
「なんで?」
「カレー食わなかったから」
「……え?」
軽井沢が止まる。
「食べてないの?」
「なくなったw」
「莉愛の分は!?」
「なかった」
「なんで笑ってんの!?」
「ほら」
俺が言う。
「軽井沢も同じ反応だ」
「清隆と恵が組むとめんどくさ!」
「莉愛、なんか食べなよ!」
「何食うの?」
「あるもの!」
「具体性ゼロじゃんw」
騒ぎを聞きつけた平田まで近づいてくる。
「黒瀬さん、少し取ってある食料があるから、それを食べよう」
「いやいや、平田くん。非常用でしょ?」
「黒瀬さんが倒れたら、その方が困るよ」
「倒れないって」
「今ふらついてたぞ」
「清隆余計なこと言うなよ!」
「事実だ」
黒瀬が周囲を見る。
逃げ道でも探しているのだろう。
「清隆」
「なんだ」
「助けて」
「食べろ」
「裏切り者!」
「最初からそっち側だ」
「マジかぁ……」
黒瀬が大きく息を吐いた。
「分かったって」
それでも笑う。
「なんか食べます」
「着替えもだ」
「はいはい」
「先に着替えろ」
「細かっ」
今度はゆっくり立ち上がった。
そのまま女子のテントへ向かっていく。
湿ったジャージ。
僅かに重く見える足取り。
黒瀬本人にとっては。
海で食材を取った。
料理を作った。
みんなが食べた。
ただ、それだけなのだろう。
みんなが腹を満たした。
喧嘩も収まった。
なら、それで成功だ。
自分が食べたかどうかは。
……恐らく。
最初から大した問題ではなかった。
――少なくとも。
黒瀬本人にとっては。