Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第7話 0ポイントでも生きていける

 

 

 

 

 翌朝。

 

 教室に入ると、黒瀬が自分の席に座っていた。

 

 机の上には何もない。

 

 いつもならコンビニで買った飲み物か、菓子か、あるいは本人すらいつ買ったのか覚えていなさそうな物が転がっていることが多い。

 

 今日は綺麗だった。

 

 正確には。

 

 綺麗すぎた。

 

「清隆、おはよ」

 

「おはよう」

 

「腹減った」

 

「そうか」

 

「…………」

 

「…………」

 

「腹減った」

 

「二度言っても何も出ないぞ」

 

「いや、もしかしたら二回目で清隆の優しさゲージ溜まるかなってw」

 

「そういうシステムはない」

 

「マジかぁ」

 

 黒瀬は机に突っ伏した。

 

 昨日、須藤の退学を防ぐために。

 

 こいつは手持ちのプライベートポイントを全て使った。

 

 結果。

 

 現在の所持ポイントは、文字通りのゼロ。

 

「昨日、飯は奢っただろ」

 

「昨日じゃん」

 

「まだ二十四時間も経ってない」

 

「あれって昨日限定イベントだったの?」

 

「一回だけだと言った」

 

「あー……」

 

 黒瀬が顔だけをこちらへ向けた。

 

「言ってたわ」

 

「だろ」

 

「ちゃんと覚えてんの偉くない? 俺」

 

「褒める要素が見当たらない」

 

「朝から厳し」

 

 そう言いながらも、本気で困っているようには見えない。

 

 財布に金が入っていないという状況は、普通なら多少なりとも不安を覚えるものだ。

 

 黒瀬の場合。

 

 昨日ゼロになった。

 

 今日腹が減った。

 

 だから俺に言った。

 

 それだけらしい。

 

「無料の商品があるだろ」

 

「あ」

 

 黒瀬が起き上がる。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「頭いいな」

 

「誰でも思いつく」

 

「俺、思いつかなかった」

 

「知ってる」

 

「ひどくない? w」

 

 とはいえ、校内にはポイントを必要としない最低限の生活用品や食品が用意されている。

 

 昨日までの黒瀬なら見向きもしなかった類のものだ。

 

 以前、無料商品の棚を見つけた時は随分喜んでいたが、それはあくまで珍しい物を見る感覚だったのだろう。

 

 まさか翌月を待たずして、本気で世話になるとは本人も予想していなかったはずだ。

 

「じゃ、朝飯取ってくる」

 

「ああ」

 

「一緒に行く?」

 

「行かない」

 

「冷た」

 

 そう言って黒瀬は教室を出ていった。

 

 五分ほどして戻ってきた。

 

 手には簡素なパンが一つ。

 

「生き延びた」

 

「よかったな」

 

「でも飲み物ない」

 

「水を飲め」

 

「清隆さぁ」

 

「なんだ」

 

「高校一年生にして人生の楽しみ失ってない?」

 

「水を勧めただけだ」

 

「もっとこう、ジュースとかあるじゃん」

 

「買えばいい」

 

「俺のポイント見せよっか?」

 

「昨日見た」

 

「ゼロです」

 

「知ってる」

 

 黒瀬はパンの袋を開けた。

 

 一口食べる。

 

 そして俺の机の上に置いてあるペットボトルへ視線を移す。

 

 今度は何も言わない。

 

 ただ見る。

 

 俺を見る。

 

 ペットボトルを見る。

 

 また俺を見る。

 

「……なんだ」

 

「いや?」

 

「飲みたいのか」

 

「清隆がどうしても一口飲んでほしいっていうなら?」

 

「言ってない」

 

「そっか」

 

 黒瀬は再びパンを食べ始めた。

 

 十秒ほど経った。

 

「清隆」

 

「断る」

 

「まだ何も言ってないじゃんw」

 

 昨日と同じやり取りだった。

 

 結局。

 

 ペットボトルを机の中央へ置く。

 

「一口だけだ」

 

「マジ? ありがと」

 

 黒瀬は迷いなく手を伸ばした。

 

「お前……」

 

「ん?」

 

「いや」

 

 言ってから気づいた。

 

 飲み口を共有することに抵抗はないらしい。

 

 黒瀬にとっては、そこに大した意味などないのだろう。

 

 俺も特に気にする必要はない。

 

 黒瀬は本当に一口だけ飲むと、素直に返してきた。

 

「生き返ったわ」

 

「大袈裟だ」

 

「こういう小さい幸せが大事なんよ」

 

 昨日まで十万近いポイントを持っていた人間の台詞とは思えない。

 

 ◇

 

 昼休み。

 

 俺は席を立たなかった。

 

 特に理由はない。

 

 昼食をどうするか考えていただけだ。

 

 黒瀬はまだ来ていない。

 

 普段なら昼休みになると、それほど間を置かずにこちらへ来る。

 

 一分。

 

 二分。

 

 五分。

 

 来ない。

 

 別に問題はない。

 

 元々、昼食を一人で取ることに抵抗はない。

 

 むしろ、一人の方が気楽だ。

 

「……」

 

 十分。

 

 黒瀬は来ない。

 

 何をしているんだ、あいつは。

 

 そう考えた直後。

 

 教室の後ろの扉が開いた。

 

「清隆ぁ〜」

 

 来た。

 

 なぜか少し疲れている。

 

「遅かったな」

 

「え?」

 

「……いや」

 

 口にしてから気づく。

 

 待っていたような言い方になった。

 

「何でもない」

 

「無料の昼飯めっちゃ並んでた」

 

 黒瀬は気にした様子もなく、こちらへ来る。

 

 手には最低限の昼食。

 

「ポイントゼロ民、思ったよりいるわ」

 

「そうか」

 

「俺だけかと思ってた」

 

「それは自意識過剰だ」

 

「金持ちの自意識過剰ならカッコいいけど、貧乏の自意識過剰って悲しくない? w」

 

「知らない」

 

 黒瀬は当然のように俺の向かいに座った。

 

 買ってきた昼食を広げる。

 

「清隆何食うの?」

 

「まだ決めてない」

 

「じゃ一緒に行こ」

 

「お前はもう持ってるだろ」

 

「見るだけ」

 

「何を」

 

「清隆が何買うか」

 

「それに何の意味がある」

 

「暇つぶし?」

 

 意味はないらしい。

 

 結局。

 

 俺が昼食を買いに行くと、黒瀬もついてきた。

 

 売店で俺が商品を選ぶ横から、

 

「それ美味そう」

 

「こっちもよくない?」

 

「清隆それ買って」

 

 と口を挟んでくる。

 

「なぜお前が決める」

 

「一口もらうかもしんないし」

 

「貰う前提で考えるな」

 

「可能性の話じゃんw」

 

「可能性を消しておく。やらない」

 

「清隆ってリスク管理できる男だな」

 

「お前が言うと皮肉に聞こえる」

 

 昨日、所持ポイントを全額使った人間だ。

 

 説得力はない。

 

 教室へ戻り。

 

 俺が昼食を食べ始める。

 

 黒瀬は自分の無料の昼食を食べている。

 

 しばらくして。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「それ美味い?」

 

「普通だ」

 

「一口ちょうだい」

 

「断る」

 

「さっき可能性消したもんな」

 

「分かってるなら聞くな」

 

「でも可能性って復活するかもしんないじゃん」

 

「しない」

 

「復活イベントあるかも」

 

「ない」

 

「じゃ俺のこれ一口あげる」

 

 黒瀬が自分の皿をこちらへ寄せる。

 

「いらない」

 

「交換ならよくない?」

 

「お前はそれを食べろ」

 

「じゃ清隆のくれたら食べる」

 

「取引になってない」

 

 押し問答が続いた結果。

 

 面倒になった俺が一口分だけ渡す。

 

 黒瀬は嬉しそうに食べた。

 

「うま」

 

「よかったな」

 

「清隆の飯ってなんか美味く感じるわ」

 

「同じ売店の商品だ」

 

「人の金で食う飯って美味いじゃん?」

 

「最低だな」

 

「冗談じゃんw」

 

 笑っている。

 

 本当に。

 

 ポイントがゼロになった人間とは思えない。

 

 普通なら昨日の行動を多少なりとも後悔する。

 

 少なくとも、今月の生活をどう乗り切るか考える。

 

 黒瀬も何も考えていないわけではないだろう。

 

 ただ。

 

 困ったらその時に考える。

 

 それでいいらしい。

 

「なあ清隆」

 

「なんだ」

 

「放課後暇?」

 

「特に予定はない」

 

「じゃ、ちょっと付き合って」

 

「金は出さないぞ」

 

「何も言ってないじゃんw」

 

「今のお前について行けば、大体そうなる」

 

「信用なさすぎでしょ」

 

「実績がある」

 

 黒瀬は少し考えて。

 

「まあ、それもあるけど」

 

「あるのか」

 

「今日は見るだけだから」

 

「何をだ」

 

「服」

 

「買えないだろ」

 

「見るの無料じゃんw」

 

 正論だった。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 なぜか俺は黒瀬とショッピングモールを歩いていた。

 

 黒瀬は商品を見る。

 

 値札を見る。

 

 少し考える。

 

 元に戻す。

 

 これを繰り返している。

 

「これ可愛くない?」

 

「俺に聞くな」

 

「感想くらい言えるじゃん」

 

「悪くないんじゃないか」

 

「反応うっす」

 

「何を求めてるんだ」

 

「もうちょいこう……『莉愛ちゃん絶対似合うよ!』とか」

 

「言うと思うか?」

 

「言ったらキモいからやめて」

 

「ならなぜ要求した」

 

「聞いてみただけw」

 

 黒瀬は楽しそうに服を眺めている。

 

 買えないこと自体は、それほど苦痛ではないようだ。

 

「ポイント入ったら買お」

 

「次の支給があるとは限らないぞ」

 

「あ」

 

 固まる。

 

「……清隆」

 

「なんだ」

 

「嫌なこと言った?」

 

「事実だ」

 

「未来の俺、頑張れ」

 

「またそれか」

 

「今の俺に出来ることなくない?」

 

 ある意味では間違っていない。

 

 しばらく歩いた後、黒瀬が急に立ち止まった。

 

「清隆」

 

「今度は何だ」

 

「今日うち来る?」

 

「……なぜ」

 

「晩飯食ってかない?」

 

 俺を見る。

 

 笑っていた。

 

「今日一日、色々もらったじゃん」

 

「大した額じゃない」

 

「額じゃなくてさ」

 

 珍しく黒瀬が少しだけ言葉を選んだ。

 

「俺、こういうの普通に頼んじゃうけど。やってもらいっぱなしはちょっと違うじゃん?」

 

「別に気にしてない」

 

「俺が気になるんだってw」

 

 そこまで言われて断る理由もない。

 

「分かった」

 

「マジ?」

 

「夕食だけならな」

 

「よっしゃ。俺の得意料理食わせたる」

 

「不安になる言い方だな」

 

「めっちゃ美味いから」

 

「何を作る」

 

 黒瀬が胸を張った。

 

「豚汁」

 

「……豚汁?」

 

「その反応なにw」

 

「いや。意外だった」

 

「失礼じゃね?」

 

 もっと違う物を想像していた。

 

 具体的に何かと言われても思いつかない。

 

 ただ、黒瀬と豚汁という組み合わせが妙に結び付かなかっただけだ。

 

「豚汁と白飯あれば生きていけるっしょ」

 

「ポイントゼロになって一日で生活水準が随分変わったな」

 

「昨日までも豚汁好きだったわw」

 

 ◇

 

 女子寮の部屋へ入るのは、当然ながら初めてだった。

 

 黒瀬の部屋は。

 

 意外、と言えば失礼になるかもしれない。

 

 普通に片付いていた。

 

 物は多い。

 

 化粧品。

 

 アクセサリー。

 

 小物。

 

 雑誌。

 

 服。

 

 俺には価値が分からないが、おそらく安くはない物も混ざっている。

 

 その一方で。

 

 棚の上には、どう考えても高級感とは無縁な派手なキャラクターの小物が置いてあった。

 

 統一感はない。

 

 本人の趣味なのだろう。

 

「適当に座ってて」

 

「ああ」

 

「着替えてくる」

 

 黒瀬が奥へ消える。

 

 数分後。

 

 戻ってきた黒瀬は、学校で見る姿とはかなり違った。

 

 淡い色の、もこもことした上下の部屋着。

 

 フードには小さな耳のような飾りまで付いている。

 

 いかにも本人が好きそうな、可愛らしいデザインだった。

 

「何」

 

「いや」

 

「似合わない?」

 

「似合ってるんじゃないか」

 

「また反応うっすw」

 

 黒瀬は笑ってキッチンへ向かった。

 

「テレビ適当につけていいよ」

 

「分かった」

 

 包丁の音がする。

 

 少し意外だった。

 

 手際が悪くない。

 

 俺がそう言うと。

 

「俺こう見えて料理できるから」

 

「こう見えて、という自覚はあるんだな」

 

「清隆俺のことなんだと思ってんのw」

 

「授業中に同じ教室の人間へ電話をかける奴」

 

「あれは合理的だと思ったんだって」

 

「どこがだ」

 

「喋ったら怒られるじゃん?」

 

「もういい」

 

 何度聞いても理解できない。

 

 しばらくすると、味噌の匂いが部屋に広がった。

 

 大根。

 

 人参。

 

 ごぼう。

 

 こんにゃく。

 

 豆腐。

 

 豚肉。

 

 想像していた以上に具が多い。

 

「いっぱい入れる方が美味いんよ」

 

「一人暮らしでこの量を作るのか」

 

「明日も食えるじゃん」

 

「なるほど」

 

「あと人来たら食わせられるし」

 

「普段から誰か呼ぶのか?」

 

「女子はたまに」

 

 そこで黒瀬は鍋を混ぜながら、こちらを見る。

 

「男子は清隆が初めて」

 

「そうか」

 

「もっとなんかないの?」

 

「何がだ」

 

「いや別にw」

 

 再び鍋へ向き直る。

 

 よく分からない。

 

 ◇

 

 食卓に並んだのは。

 

 白飯。

 

 豚汁。

 

 それと簡単な副菜。

 

 豪華ではない。

 

 だが、普通に食事として成立していた。

 

「いただきまーす」

 

「いただきます」

 

 豚汁を一口飲む。

 

「どう?」

 

 黒瀬がこちらを見ている。

 

「美味い」

 

「マジ?」

 

「ああ」

 

「よし」

 

 満足そうに頷いた。

 

「意外だ」

 

「その一言いらなくない? w」

 

「普段のお前から想像できなかった」

 

「俺、育ちはいいんだよ?」

 

「自分で言うことじゃない」

 

「でもマジだし」

 

 実際。

 

 部屋にある物や本人の金銭感覚を考えれば、嘘ではないだろう。

 

「料理も家で覚えたのか?」

 

「んー」

 

 一瞬だけ。

 

 黒瀬の箸が止まった。

 

「まあ、色々」

 

「そうか」

 

「豚汁好きなんよ。お上品な飯よりこっちの方が好き」

 

 それ以上、話を広げる様子はなかった。

 

 俺も聞かなかった。

 

「清隆、おかわりいる?」

 

「もらう」

 

「お」

 

 黒瀬が笑う。

 

「気に入ったじゃん」

 

「美味いとは言っただろ」

 

「いや、清隆って一杯で終わりそうな顔してるから」

 

「どういう顔だ」

 

「効率的に必要カロリーだけ取ります、みたいな」

 

 否定しきれない。

 

 黒瀬が鍋から二杯目をよそう。

 

「ネギいる?」

 

「どっちでもいい」

 

「じゃ入れるね」

 

「ならなぜ聞いた」

 

「一応聞いた方がいいかなってw」

 

 どうでもいいやり取りだ。

 

 ネギが入っていようがいまいが、大きな違いはない。

 

 それでも黒瀬は聞いた。

 

 食後。

 

 二人でテレビを眺めていた。

 

 特に見たい番組があったわけでもない。

 

 画面に女性タレントが映る。

 

 黒瀬が何気なく言った。

 

「俺、こういう人好きだわ」

 

「そうなのか」

 

「うん。胸でかい人好き」

 

「……」

 

「……」

 

 黒瀬がこちらを向く。

 

 俺も黒瀬を見る。

 

 数秒。

 

「あ」

 

 黒瀬が笑った。

 

「今の女子が言う感じじゃなかったなw」

 

「お前は時々よく分からないことを言う」

 

「気にすんなw」

 

「気にはしてない」

 

「じゃオッケー」

 

 何がオッケーなのかは分からない。

 

 ただ。

 

 黒瀬は時々。

 

 同性の友人と話しているような距離感で俺に接してくる。

 

 最初からそうだった。

 

 異性として警戒されている感覚が、ほとんどない。

 

 それは俺にとっても楽だった。

 

「よし」

 

 黒瀬が突然立ち上がる。

 

「清隆、こっち向いて」

 

「なぜ」

 

「肩揉んでやる」

 

「必要ない」

 

「今日のお礼」

 

「夕食で十分だ」

 

「俺の気が済まないんだってw」

 

「さっきも聞いたぞ、それ」

 

「大事なことだから」

 

 黒瀬が俺の背後に回る。

 

「ほら座って」

 

「座ってる」

 

「じゃ動くな」

 

 断っても面倒になりそうだ。

 

 そのまま任せる。

 

 両肩に手が置かれる。

 

 そして。

 

「……痛い」

 

「え?」

 

「痛い」

 

「効いてんじゃない?」

 

「違う。ただ痛い」

 

「マジ? w」

 

「力を弱めろ」

 

「清隆注文多くない?」

 

「お前が勝手に始めたんだろ」

 

「じゃこれくらい?」

 

「まだ強い」

 

「これ?」

 

「それならいい」

 

「老人じゃん」

 

「殴られたいのか」

 

「清隆が言うと怖いってw」

 

 数分。

 

 マッサージというより、黒瀬が適当に肩を押しているだけだった。

 

「どう?」

 

「普通」

 

「評価低くない?」

 

「豚汁は美味かった」

 

「料理に逃げんなw」

 

「事実だ」

 

「じゃ次」

 

「まだあるのか?」

 

 黒瀬が棚から何かを取り出す。

 

 耳かきだった。

 

「耳かきする?」

 

「断る」

 

 即答した。

 

「早くない?」

 

「必要性がない」

 

「俺、耳かき上手いよ?」

 

「さっきのマッサージを経験した直後に信用できると思うか?」

 

「ジャンル違うじゃんw」

 

「事故が起きた時の被害はこちらの方が大きい」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「その言葉が一番信用できない」

 

 それから数分。

 

 なぜか。

 

 俺は黒瀬に耳かきをされることになった。

 

 どうしてこうなった。

 

 昼まではポイントを失った黒瀬に食事を少し分けただけだったはずだ。

 

 夕食をご馳走になり。

 

 肩を揉まれ。

 

 今は耳かきをされている。

 

 何一つ必要な工程ではない。

 

「痛かったら言ってね」

 

「ああ」

 

 意外にも。

 

 今度は痛くなかった。

 

「どう?」

 

「悪くない」

 

「でしょ?」

 

 嬉しそうな声がする。

 

「俺、意外と器用なんよ」

 

「自分で言うな」

 

「今日それ何回目? w」

 

「事実だから仕方ない」

 

「清隆も意外と口悪いよね」

 

「お前にだけ言われたくない」

 

「俺、人当たりいい方じゃん」

 

「否定はしない」

 

 黒瀬は軽い。

 

 馴れ馴れしい。

 

 思いついたことをすぐ口にする。

 

 だが。

 

 人が本気で嫌がる線は、不思議なほど踏まない。

 

 距離を詰めることと、距離を読めないことは別だ。

 

 黒瀬は前者だ。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

 耳元で声がする。

 

 さっきまでより少しだけ小さかった。

 

「今日ありがとね」

 

「何がだ」

 

「飯とか。飲み物とか」

 

「大したことはしてない」

 

「でも俺ポイントゼロじゃん」

 

「自分で使ったんだろ」

 

「まあねw」

 

「須藤を助けるために使ったのも、お前が勝手にやったことだ」

 

「うん」

 

「なら今日、俺がお前に食事を分けたのも俺が勝手にやったことだ」

 

 耳かきの動きが止まる。

 

 数秒。

 

「……清隆」

 

「なんだ」

 

「たまにいいこと言うよな」

 

「たまには余計だ」

 

 黒瀬が小さく笑った。

 

「でもさ」

 

「ああ」

 

「清隆って頼みやすいんだよね」

 

「それは褒めているのか?」

 

「めっちゃ褒めてる」

 

「そうは聞こえない」

 

「なんていうか」

 

 少し考えている。

 

「嫌なら嫌って言うじゃん」

 

「普通だろ」

 

「そうでもないよ」

 

 黒瀬は何でもないことのように続けた。

 

「いいよって言った時は、ほんとにいいんだなって思えるから。楽」

 

「……そうか」

 

「うん」

 

 また耳かきが動き始める。

 

「あと清隆、俺がなんか頼んでも変な意味に取らないし」

 

「変な意味?」

 

「なんでもないw」

 

 それ以上は説明しなかった。

 

 俺も追及しなかった。

 

 ◇

 

 時刻は九時を回っていた。

 

「そろそろ帰る」

 

「もう?」

 

「十分長居した」

 

「そっか」

 

 黒瀬は玄関までついてきた。

 

 もこもことした部屋着のままだ。

 

「今日の豚汁、まだ残ってるけど持ってく?」

 

「いらない」

 

「明日の朝楽だよ?」

 

「お前が食べろ」

 

「じゃ明日も豚汁だわ」

 

「いいんじゃないか」

 

 靴を履く。

 

 ドアに手をかける。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「また来てね」

 

「気が向いたらな」

 

「それ絶対来ない奴じゃんw」

 

「明日からは自力で飯を確保しろ」

 

「えー」

 

「無料商品がある」

 

「清隆の飯の方が美味い」

 

「同じ物を買ってる」

 

「じゃ今度ポイント入ったら俺が奢るよ」

 

「次の支給があればな」

 

「また嫌なこと言うw」

 

 黒瀬は笑った。

 

「じゃね、清隆」

 

「ああ。また明日」

 

 ドアが閉まる。

 

 廊下を歩く。

 

 静かだった。

 

 今日一日を思い返す。

 

 朝、飲み物を分けた。

 

 昼、食事を分けた。

 

 放課後、買い物に付き合った。

 

 黒瀬の部屋へ行った。

 

 夕食を食べた。

 

 マッサージを受けた。

 

 耳かきをされた。

 

 どれも必要なことではない。

 

 黒瀬に食事を与える義務はなかった。

 

 買い物に付き合う理由もない。

 

 夕食をご馳走になる必要もない。

 

 食事を終えた時点で帰ることもできた。

 

 マッサージも断れた。

 

 耳かきなど、なおさらだ。

 

 なのに。

 

 俺は最後までいた。

 

「……」

 

 ポケットへ手を入れる。

 

 指先に、小さな包装が触れた。

 

 昨日。

 

 黒瀬から渡されたハイチュウ。

 

 礼だと言って。

 

 半ば強引に押し付けられたものだ。

 

 まだ持っている。

 

 食べてもいない。

 

 捨ててもいない。

 

 必要のない物だ。

 

 今日の出来事と同じだった。

 

 必要がない。

 

 意味もない。

 

 利益もない。

 

 それなら。

 

 切り捨てればいい。

 

 その程度の判断に、迷う理由はない。

 

 ポケットから手を出す。

 

 ハイチュウは。

 

 そのまま中に残した。

 

 理由はやはり特にない。

 

 

 

 

 

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