Dクラス「ドッ!ワハハ」 綾小路「wwww」 オリ主「あ、綾小路くんも笑ってるよw」 綾小路「」   作:ホモガキ

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第9話 目撃者、探します

 

 

 

 

 翌朝、教室の空気は昨日までとは明らかに違っていた。

 

 原因は須藤だ。

 

 正確には、須藤が起こしたとされる暴行事件だった。

 

「昨日、Cクラスの生徒三名から学校側へ訴えがあった」

 

 ホームルームが始まるなり、茶柱先生はそう切り出した。

 

 教室がざわつく。

 

 須藤本人は不機嫌そうに腕を組んでいる。昨日俺と黒瀬に事情を話した時から、その表情はほとんど変わっていない。

 

「訴えの内容は、須藤健が一方的に暴力を振るったというものだ」

 

「だから違うって言ってんだろ!」

 

 須藤が机を叩いた。

 

「向こうからやってきたんだよ! 俺はやられたから返しただけだ!」

 

「須藤。今ここで私に怒鳴っても何も変わらない」

 

「っ……」

 

「学校側は双方から事情を聞き、審議を行う。結果によってはお前個人の処分だけでは済まない可能性もある。クラス評価への影響も考えられるだろう」

 

 その言葉で、教室内の空気がさらに悪くなった。

 

「マジかよ……」

 

「また須藤?」

 

「この前やっと退学免れたばっかじゃん」

 

「なんで俺たちまで巻き込まれなきゃいけないんだよ」

 

 当然の反応だった。

 

 今のDクラスには余裕がない。入学直後に与えられた十万ポイントを失い、クラスそのものの評価も最底辺まで落ちた。中間試験をどうにか乗り越えたばかりで、また問題が起きたのだから不満が出ない方がおかしい。

 

「だから俺は悪くねえって言ってんだろ!」

 

 須藤が立ち上がる。

 

 それに反応するように、周囲の声も大きくなった。

 

 まずいな。

 

 そう思った時だった。

 

「はいはい、須藤くん一回座ろ」

 

 黒瀬がいつもの調子で声をかけた。

 

「でもよ!」

 

「分かってるって。昨日聞いたから」

 

「だったら――」

 

「怒鳴ったらほんとに須藤くんが悪そうに見えるじゃん?」

 

「……」

 

「もったいなくない?」

 

 須藤は納得していない顔をしながらも、渋々椅子へ戻った。

 

 こういう時の黒瀬は妙に上手い。

 

 正論で押さえつけるわけでもない。須藤の怒りを否定するわけでもなく、今それを表に出すことが本人の不利益になると伝える。

 

 須藤も、黒瀬から言われると比較的素直に聞く。

 

 先日の一件も影響しているのだろう。

 

「黒瀬さんは須藤くんの話を信じているの?」

 

 堀北が尋ねた。

 

「うん」

 

「随分簡単に答えるのね」

 

「だって昨日聞いたし」

 

「聞いたことと、それが事実であることは別でしょう」

 

「まあ、それはそうなんだけど」

 

 黒瀬は特に気分を害した様子もなく頷いた。

 

「須藤くん、こういう時に器用に嘘つけるタイプじゃなくない?」

 

「それは証拠にならないわ」

 

「だから証拠探すんじゃん?」

 

 堀北の言葉が一瞬止まった。

 

 俺も黒瀬を見る。

 

 黒瀬は別に堀北を言い負かそうとしたわけではない。ただ当然のことを言っただけなのだろう。

 

 須藤の言葉を信じる。

 

 だが、自分が信じていることと、第三者に証明できることは違う。

 

 だから証拠を探す。

 

 意外にも、そこは分けて考えているらしい。

 

「それに」

 

 黒瀬は教室を見回した。

 

「もし須藤くんが嘘ついてたら、その時はその時じゃない?」

 

「……どういう意味?」

 

「本当に須藤くんが一方的に殴ってたなら、俺も普通に怒るよ。でも今はまだ分かんないじゃん」

 

 黒瀬は須藤を見る。

 

「だから調べよ」

 

「……おう」

 

 それだけだった。

 

 クラス全体の空気が一気に好転したわけではない。

 

 須藤に不満を持つ人間もいるし、関わりたくない人間もいる。それでいい。むしろ、全員が無条件で須藤を信じる方が不自然だ。

 

 ただ、少なくとも怒鳴り合いは止まった。

 

 茶柱先生はそんな教室を一度見渡してから、淡々と告げた。

 

「審議まで、それほど時間はない。何か主張したいことがあるなら、自分たちで材料を用意しておくことだな」

 

 それだけ言うと、通常のホームルームへ戻った。

 

 ◇

 

 昼休みになると、黒瀬は早速動き始めた。

 

「よし」

 

「何が、よし、なんだ」

 

「目撃者探すよ」

 

「昨日も言ってたな」

 

「相談受けたからね」

 

 黒瀬は自分の席の横に貼ってある『黒瀬相談部』の紙を裏返し、マジックで何かを書き始めた。

 

『目撃者募集中』

 

 大きな文字だった。

 

「それだけだと何の目撃者か分からないぞ」

 

「あ」

 

 書き足す。

 

『須藤くんの喧嘩』

 

「喧嘩と断定するな」

 

「あ」

 

 再び線を引く。

 

『須藤くんの事件』

 

「……まあいい」

 

 放っておけば、修正で紙が真っ黒になりそうだ。

 

「これ教室に貼っとけば誰か来るっしょ」

 

「目撃者がDクラスにいるとは限らない」

 

「じゃ他のクラスにも聞けばいいじゃん」

 

「簡単に言うな」

 

「桔梗いるし」

 

 黒瀬が櫛田を見る。

 

 櫛田は既にこちらの会話を聞いていたらしい。

 

「私もできるだけ聞いてみるね。部活や他のクラスに知り合いもいるから」

 

「さすが桔梗」

 

「でも、あんまり大げさに聞き回るとCクラスにも伝わっちゃうよね」

 

「あー、そっか」

 

 そこで黒瀬が俺を見る。

 

「清隆」

 

「俺を見るな」

 

「どう聞けばいい?」

 

「俺は相談員じゃない」

 

「影の相談員」

 

「それも消しただろ」

 

 横で櫛田が笑った。

 

「綾小路くん、もう諦めた方がいいんじゃない?」

 

「何をだ」

 

「相談部」

 

「所属するつもりはない」

 

「でも毎回いるよね?」

 

「……偶然だ」

 

「絶対違うじゃんw」

 

 黒瀬が嬉しそうに笑っている。

 

 余計なことを言う必要はなかった。

 

「事件の内容を細かく説明する必要はない。昨日の放課後、特別棟付近にいた人間を探せばいい」

 

「なるほど」

 

「実際に見た人間だけじゃなく、周辺にいた人間から何か情報が得られる可能性もある」

 

「清隆、相談部向いてるよ」

 

「向いてない」

 

「部長譲る?」

 

「いらない」

 

 黒瀬は俺の返事を聞き流すと、すぐ櫛田と相談を始めた。

 

 それからの動きは早かった。

 

 櫛田はクラス内の人間へ声をかけ、部活動を通じて他クラスにも情報を広げた。

 

 黒瀬は黒瀬で、これまで相談部を利用した生徒へメッセージを送っていた。

 

『昨日放課後に特別棟いた?』

 

『いた友達知らない?』

 

 文章だけ見れば随分軽い。

 

 だが、それで返事が来る。

 

「あ、二組から返ってきた」

 

「何て?」

 

「その時間は部活だったって」

 

「役に立ってないだろ」

 

「でも返信早くない?」

 

 得意げに言う。

 

 確かに早い。

 

 相談部を始めてまだ一週間程度しか経っていない。それでも黒瀬は、その短期間に随分多くの人間と接触していた。

 

 教科書を探した。

 

 喧嘩を仲裁した。

 

 買い物に付き合った。

 

 部屋の棚まで組み立てた。

 

 本人はポイントを稼いでいるつもりだったが、実際に積み上がっていたのはポイント以外のものだったらしい。

 

『黒瀬が困っているなら聞いてみる』

 

『友達に確認する』

 

『特別棟なら○○が通ったかも』

 

 そんな返事が次々に届く。

 

「めっちゃみんな優しくない?」

 

 黒瀬本人は不思議そうだった。

 

「お前が以前助けた人間だろ」

 

「そうだけど」

 

「なら不思議ではない」

 

「相談料もらってるよ?」

 

「まともに取ってないだろ」

 

「……確かに」

 

 ようやく気づいたらしい。

 

 結局、昼休みだけで十人以上に情報が回った。

 

 ただし肝心の目撃者は見つからない。

 

 誰も決定的なものを見ていなかった。

 

「うーん」

 

 黒瀬がスマートフォンを睨む。

 

「世の中そんな上手くいかないね」

 

「当然だ」

 

「清隆も誰か友達に聞いてよ」

 

「友達が多いと思うか?」

 

「俺いるじゃん」

 

「お前に聞いてどうする」

 

「一人いた」

 

「それはよかったな」

 

「他人事じゃんw」

 

 その時。

 

「黒瀬さん?」

 

 聞き覚えのない女子の声がした。

 

 振り返る。

 

 そこにいたのは、俺たちと同じ一年生だった。

 

 桃色がかった長い髪。明るい表情。Dクラスの人間ではない。

 

「あ」

 

 黒瀬は知っているらしい。

 

「一之瀬さんじゃん」

 

「こんにちは」

 

「どしたの?」

 

「友達から聞いたんだ。黒瀬さんが何か探してるって」

 

 一之瀬帆波。

 

 一年Bクラス。

 

 名前くらいなら知っている。

 

 入学して間もないにもかかわらず、既にBクラスの中心人物として認識されている生徒だった。

 

「マジ? 情報回るの早」

 

「黒瀬さん、最近有名だよ」

 

「俺?」

 

「相談に乗ってくれる人がいるって」

 

「俺まだDクラスでしかやってないんだけど」

 

「助けてもらった子が友達に話したりするからね」

 

 黒瀬が俺を見る。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「俺、人気者になるかもしれん」

 

「目的はポイントだったはずだ」

 

「そうだった」

 

 一之瀬が楽しそうに笑う。

 

「綾小路くんだよね?」

 

「俺を知ってるのか」

 

「名前だけね。黒瀬さんとよく一緒にいる人って」

 

「ほら清隆も有名じゃん」

 

「お前の付属品みたいな認識だな」

 

「いいじゃんw」

 

「よくない」

 

 一之瀬は俺たちのやり取りを見て、また笑った。

 

 黒瀬とは初対面に近いはずだが、既に以前から知り合いだったかのような雰囲気になっている。

 

 二人は似ている。

 

 少なくとも表面上は。

 

 初対面の相手にも自然に話しかけられ、人との間に壁を作らない。

 

 ただ。

 

 何かが違う。

 

 一之瀬は周囲全体を見ている。

 

 誰が会話に入れていないか。誰が困っているか。場の空気がどう動いているか。そうしたものを自然に意識しているように感じる。

 

 黒瀬はもっと狭い。

 

 今、目の前にいる人間を見る。

 

 そして気になれば、そのまま近づく。

 

 結果として大勢と繋がっているだけで、最初から全体を繋ごうとしているわけではない。

 

 似ているようで、根本の部分は違うのかもしれない。

 

「それで」

 

 一之瀬が少し声を落とした。

 

「須藤くんの件だよね?」

 

「知ってる?」

 

「噂になってるよ。Cクラスの男子三人が怪我をしたって」

 

「須藤くんは向こうから殴ってきたって言ってる」

 

「黒瀬さんは信じてるんだ?」

 

「うん」

 

 また即答だった。

 

 一之瀬が僅かに目を丸くする。

 

「理由、聞いてもいい?」

 

「嘘つくの下手そうだから」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

 一之瀬は数秒止まった後、声を出して笑った。

 

「黒瀬さん、面白いね」

 

「よく言われるw」

 

「でも、それだけじゃ学校には通じないよ?」

 

「清隆と鈴音ちゃんにも言われた」

 

「だから目撃者を?」

 

「うん」

 

 一之瀬は少し考える。

 

「私も協力しようか?」

 

「マジ?」

 

 黒瀬は遠慮なく食いついた。

 

「一之瀬さんBクラスでしょ?」

 

「うん」

 

「いいの?」

 

「目撃者を探すくらいならね。それに、本当にCクラス側から仕掛けたのなら、ちょっと気になるし」

 

「なんで?」

 

 一之瀬は答える前に、少し周囲を確認した。

 

「Cクラスには龍園くんって人がいるの」

 

「龍園?」

 

「龍園翔。Cクラスをかなり強引にまとめてる人。今回のことも、ただ三人が偶然須藤くんと揉めただけなのか……少し気になってる」

 

「その龍園くんがやらせたかもってこと?」

 

「まだ何の証拠もないけどね」

 

 一之瀬は念を押した。

 

 俺も同意見だった。

 

 今の段階で決めつけるのは早い。

 

 ただ、もしCクラス側が須藤を意図的に挑発したのだとすれば、目的がある。

 

 須藤個人への恨みなのか。

 

 Dクラスそのものへの攻撃なのか。

 

「龍園くんかぁ」

 

 黒瀬は名前を覚えるように二度ほど頷いた。

 

「怖い人?」

 

「怖いというか……かなり強引かな」

 

「じゃ会いたくないなw」

 

 おそらくいずれ会うことになるだろう。

 

 そんな気がした。

 

「じゃ私の方でも聞いてみるね」

 

「ありがと! 今度なんか奢る」

 

「いいよ、そんなの」

 

「じゃ相談無料券あげる」

 

「元々ほとんど無料なんじゃない?」

 

「なんで知ってんの!?」

 

 黒瀬相談部の経営状況まで他クラスに漏れているらしい。

 

 一之瀬は笑いながら手を振り、去っていった。

 

 その背中を見送ってから、黒瀬が俺を見る。

 

「一之瀬さん、いい人じゃん」

 

「そうだな」

 

「友達なれそう」

 

「お前の場合、大体の人間にそう言ってるだろ」

 

「友達多い方が楽しいじゃん」

 

 それだけ言うと、またスマートフォンを確認し始めた。

 

 ◇

 

 放課後。

 

 俺たちは事件現場へ向かった。

 

 黒瀬、俺、堀北、櫛田。少し遅れて須藤も合流する。

 

 特別棟の一角。

 

 普段は人通りも少なく、わざわざ用事もなく来るような場所ではない。

 

「ここ?」

 

 黒瀬が周囲を見回した。

 

「ここだ」

 

 須藤が答える。

 

「向こうから三人来た」

 

「誰?」

 

「小宮と近藤。それと石崎」

 

 三人。

 

 須藤一人。

 

 結果として怪我を負ったのはCクラス側だ。

 

 数字だけを見れば、須藤が加害者だと言われても不思議ではない。

 

「カメラないの?」

 

 黒瀬が天井付近を見上げる。

 

「私も探したけれど、見当たらないわ」

 

 堀北が答えた。

 

「教室にはあるのに?」

 

「全ての場所に設置されているわけではないということでしょうね」

 

「不便じゃん」

 

「今回に関してはそうね」

 

 黒瀬は壁際まで歩き、あちこちを覗き込んでいる。

 

「何してるんだ?」

 

「なんか残ってないかなって」

 

「事件から時間が経ってる。仮に何か落ちていても、それが事件に関係するものだと証明するのは難しい」

 

「そうなん?」

 

「ああ」

 

「じゃ清隆も探して」

 

「今の説明を聞いていたか?」

 

「四人で探した方が早いじゃん」

 

 そういう問題ではない。

 

 だが結局、俺も周辺を確認することになった。

 

 もちろん、決定的な証拠はなかった。

 

「やっぱ目撃者かぁ」

 

 黒瀬が腕を組む。

 

「でもこんなとこ、誰が通るんだろ」

 

「だからこそ難しいのよ」

 

 堀北が答えた。

 

「人通りが多い場所なら、そもそもCクラス側もここを選ばなかったでしょう」

 

「選んだ?」

 

 黒瀬が反応する。

 

「鈴音ちゃんも、向こうがわざとやったと思ってる?」

 

「可能性の話よ」

 

「へー」

 

「あなたは?」

 

「須藤くんが嘘ついてないなら、そうなんじゃない?」

 

「……相変わらず単純ね」

 

「褒めてる?」

 

「いいえ」

 

 黒瀬は笑った。

 

 堀北も以前ほど露骨に嫌そうな顔はしなくなっている。

 

 少しずつではあるが、二人なりの距離が出来始めているのかもしれない。

 

「とりあえず戻ろ」

 

 黒瀬が言った。

 

「桔梗がまた聞いてくれてるし、一之瀬さんも探してくれてるから」

 

 堀北の足が止まった。

 

「一之瀬さん?」

 

「Bクラスの」

 

「それは分かっているわ。なぜ一之瀬さんが協力しているの?」

 

「頼んだらいいよって」

 

「……あなた、いつの間に」

 

「今日」

 

 堀北が額に手を当てる。

 

「他クラスの中心人物に、よくそこまで気軽に話せるわね」

 

「普通にいい人だったよ?」

 

「そういう話をしているのではないのだけれど」

 

 黒瀬には伝わっていない。

 

 恐らくこれから先も伝わらないだろう。

 

 ◇

 

 翌朝。

 

 櫛田が教壇の前に立った。

 

「みんな、ちょっとだけいいかな?」

 

 教室内の視線が集まる。

 

「昨日も聞いたんだけど、もう一度だけ。須藤くんの事件があった日の放課後、特別棟の近くにいた人はいない? 直接見てなくても、何か気づいたことがあったら教えてほしいな」

 

 何人かが顔を見合わせる。

 

 やはり反応はない。

 

「なんか思い出したら相談部でもいいよー」

 

 黒瀬が自分の席から付け足した。

 

「なんでお前が窓口なんだよ」

 

 池が笑う。

 

「相談部だから」

 

「先生に言えばよくね?」

 

「俺に言った方が気楽な人いるかもしんないじゃん?」

 

 その言葉に。

 

 一瞬だけ。

 

 視線を動かした人間がいた。

 

 俺は気づかなかった。

 

 いや。

 

 正確には、そこまで意識を向けていなかった。

 

「……そう」

 

 隣の堀北が小さく呟いた。

 

「どうした?」

 

「いえ」

 

 堀北は教室の後方を見る。

 

 その先にいたのは、一人の女子生徒だった。

 

 佐倉愛里。

 

 同じクラスでありながら、ほとんど会話をしたことがない。

 

 目立たない。

 

 人との関わりを避けるように、いつも一人でいる女子だ。

 

「佐倉さんね」

 

「何がだ?」

 

「昨日、櫛田さんが目撃者を探していると話した時もそうだった」

 

「……」

 

「今も、同じ反応をしたわ」

 

 言われて初めて分かる。

 

 佐倉は明らかにこちらを意識している。

 

 だが目が合いそうになると、すぐに顔を伏せた。

 

「目撃者だと思うのか?」

 

「少なくとも、何か知っている可能性はあるわ」

 

 黒瀬にも伝える。

 

「佐倉さん?」

 

「ああ」

 

「どの子?」

 

「お前、同じクラスだろ」

 

「顔は分かるってw あんま喋ったことないだけ」

 

 黒瀬は佐倉を見る。

 

 そしてすぐに立ち上がろうとした。

 

「待て」

 

「何?」

 

「お前、そのまま行くつもりか?」

 

「聞いてくる」

 

「櫛田も一緒に行かせた方がいい」

 

「なんで?」

 

「佐倉は人と話すこと自体が得意ではない。お前がいつもの勢いで行けば警戒される可能性がある」

 

「俺そんな圧ある?」

 

「ある」

 

「マジ?」

 

 珍しく少しショックを受けている。

 

 だが。

 

 佐倉をもう一度見た黒瀬は、すぐに納得したらしい。

 

「じゃ俺、後ろいるわ」

 

「行かないという選択肢はないのか」

 

「相談部なんで」

 

 結局。

 

 ホームルーム終了後。

 

 櫛田が先に佐倉へ話しかけた。

 

「佐倉さん、ちょっといい?」

 

「え……?」

 

 肩が大きく揺れる。

 

 黒瀬は本当に少し後ろに立っていた。

 

 普段なら最初から距離を詰める人間が、佐倉の様子を見て一歩引いている。

 

 こういうところを見ると。

 

 黒瀬は鈍いわけではない。

 

 むしろ、人間相手に限ればかなり敏感な部類に入る。

 

「須藤くんのことで、少し聞きたいことがあるんだけど……」

 

 櫛田が柔らかく切り出す。

 

 佐倉の顔が強張った。

 

「わ、私……何も知らないよ」

 

 早かった。

 

 まだ質問の内容すら聞いていない。

 

 櫛田もそれに気づいたらしい。

 

「まだ何も聞いてないよ?」

 

「あ……」

 

「佐倉さん」

 

 黒瀬が初めて声をかけた。

 

 佐倉がびくりとする。

 

 黒瀬はいつものように近づかなかった。

 

 少し距離を空けたまま、軽く笑う。

 

「別に言いたくないなら、今すぐ言わなくてもいいよ」

 

「え……?」

 

「たださ」

 

 黒瀬は机の横に手を置いた。

 

「もし何か知ってて、どうしよっかなって困ってんなら相談して。そっちは無料でいいからw」

 

「……相談?」

 

「うん。俺そういうのやってんの」

 

 佐倉が困惑する。

 

 当然だろう。

 

 知らないうちに、同じクラスにそんなものが出来ていたのだから。

 

「黒瀬相談部」

 

 櫛田が笑って補足した。

 

「最近結構人気なんだよ」

 

「人気は盛った?」

 

「ちょっとだけ」

 

「やっぱりw」

 

 二人が笑う。

 

 佐倉の緊張も、ほんの少しだけ薄れたように見えた。

 

「じゃ、またね」

 

 黒瀬はそれ以上聞かなかった。

 

 本当に、その場を離れようとする。

 

 俺は少し意外だった。

 

「いいのか?」

 

「何が?」

 

「聞き出さなくて」

 

「今聞いても言わなそうじゃん」

 

「そうだな」

 

「なら待てばよくない?」

 

 そして。

 

 黒瀬は何でもないように言った。

 

「相談するか決めるの、佐倉さんだし」

 

 その一言に。

 

 佐倉が僅かに顔を上げた。

 

 俺たちには何も言わない。

 

 だが、その視線は確かに黒瀬へ向けられていた。

 

 証拠はまだない。

 

 目撃者も確定していない。

 

 須藤の立場が危険なことにも変わりはない。

 

 それでも。

 

 少しだけ前に進んだ。

 

「清隆」

 

「なんだ」

 

「相談部、役立ってない?」

 

「まだ何も解決してない」

 

「厳しw」

 

「だが」

 

「ん?」

 

 黒瀬がこちらを見る。

 

「悪くはない」

 

「……」

 

 なぜか固まった。

 

「どうした?」

 

「清隆、今もう一回言って」

 

「言わない」

 

「褒めたじゃん!」

 

「褒めてない」

 

「『悪くはない』って清隆的にめちゃくちゃ褒めてるやつじゃん!」

 

「気のせいだ」

 

「桔梗! 今の聞いた!?」

 

「聞いた聞いた」

 

「黒瀬」

 

「鈴音ちゃんも!」

 

「聞いてないわ」

 

「絶対聞いてたじゃんw」

 

 また騒がしくなる。

 

 その少し向こうで。

 

 佐倉愛里が、俺たちを見ていた。

 

 黒瀬相談部。

 

 ポイントを失った一人の生徒が、金を稼ぐためだけに始めたもの。

 

 今のところ、経営状態は良くない。

 

 正式な部活動でもない。

 

 それでも。

 

 黒瀬が気まぐれに手を伸ばした人間たちから伸びた線は、少しずつ別の人間へ繋がり始めている。

 

 この先。

 

 それが何を生むのか。

 

 今の俺には。

 

 まだ分からなかった。

 

 

 

 

 

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