美女と付き合いたいから強くなる 作:マンダ
「はぁ……っ、はぁ……っ……!」
森の静寂を破る荒い息遣い。
巨大な魔獣の腕が急速に収縮し、泥に塗れたエルフマンの生身の腕へと戻っていく。テイクオーバーの失敗。己の内の獣を御しきれず、理性を失って暴走した末の無残な結果だった。
「くそっ……! くそどうしてだッ……!!」
悔しさと苛立ちを叩きつけるように、エルフマンは何度も深く地面を殴りつけた。土煙が舞い、拳から滲む血が褐色の大地を濡らす。
少し離れた木陰では、ミラが胸の前で強く両手を握り締め、青ざめた顔で弟の姿を痛々しそうに見つめていた。
あと少し……本当に、あと一歩のところなのだ。
肉体の強度も、魔力の引き出し方も、ここまでの激闘と特訓で間違いなく領域に達している。なのに、最後の最後で心のタガが外れ、暴走へと転がり落ちてしまう。
何が足りない……? 何が最後のピースなんだ……?
俺は膝をつくエルフマンを見下ろしながら、腕を組み、思考を加速させた。
テイクオーバーの完全制御。精神の枷。トラウマ。
その時、脳裏に雷が落ちたように、原作の「あの場面」が鮮明に蘇った。
――『幽鬼の支配者(エレメント4)』のソル戦。
あの時、エルフマンはどうやって全身テイクオーバーを成功させた?
目の前で姉のミラが機械の手に潰され、消されかけた時だ。
絶望とトラウマを遥かに凌駕する爆発的な「怒り」――大切な者を奪われようとする激怒によって、彼は暴走する獣の意志を強引に捩じ伏せ、意識を保ったまま完全なテイクオーバーを成し遂げた。
恐怖や罪悪感を塗りつぶしたのは、他でもない「怒り」だった。
感情の爆発こそが、暴走する魔力を繋ぎ止めるアンカー(錨)になっていたのだ。
そうか……制御しようとするから飲まれる。なら、全てを飲み込むほどの怒りで上書きすればいい
怒りの矛先が誰に向こうが関係ない。彼の中に眠る本能的な怒りを開放させ、その圧倒的な感情の波に乗せて魔力を支配させる。
答えは出た。
やるべきことは、たったひとつだ。
俺は静かに一歩を踏み出し、地面を叩き続けるエルフマンの前へと立ちふさがった。
「……エルフマン、成功しないな」
冷ややかに言い放たれた俺の声が、夕闇の迫る森の中に静かに響き渡った。
「グ……グレモリー……っ」
泥に塗れ、膝をついたまま呼吸を乱すエルフマンが、悔しさに顔を歪めて俺を見上げる。
「お前は確か、自分自身を許せないんだったな。だが……どうやらお前の心と体が、その理想の重さに追いついていないようだ」
「くッ……っ!」
「何が足りないのか、教えてやろうか」
俺は歩み寄り、立ち尽くすエルフマンを見下ろした。その瞳に、慈悲や甘えを許さない鋭い光を宿して。
「――怒りだ。自分自身に対する圧倒的な『怒り』が、お前には根本的に足りていない。罪悪感に浸り、自分を憐れんでいるその温さが、お前をいつまでも弱くしているんだ」
「なんだと……っ!?」
「見てみろ」
俺は顎で、少し離れた木陰を指し示した。
「あそこにお前の姉が立って見ている。見えるだろ、あの痛々しそうに、お前を心配している表情が。お前は何だ? 姉にあんな惨めな顔をさせたくて今まで特訓してきたのか? それとも、無力な自分を見せつけて同情でも引くつもりか?」
「ち、違う……! 違う、俺は……ッ!!」
エルフマンの瞳に、激越な感情の渦が巻き起こる。俺は彼の背後に回り込むと、その広い背中にそっと、だが重々しく手を当てた。
「そうだ……自分を許すな。妹の命を奪ったのは誰だ?」
低く、耳元で問いかける。
「俺か? あの時遭遇した魔物か? それとも、お前を支え続けている姉か?」
「違う……! 俺だ……っ! 俺なんだよッ!!」
「そうだ。お前は、そんな大切な妹を殺した愚かな自分を許せるか?」
「……許せねえ……っ! 許せるわけがねえだろッ!!」
「なら立ち止まるな、 テイクオーバーを成功させて終わりじゃない。その先も、死ぬまで強くあり続けろ、 お前は何のために強くなろうとしている? 何のために、その呪われた力を自分のものにしようとしているんだ?」
「今度こそ……ッ! 今度こそ姉ちゃんを……ギルドの仲間を護るためだッ!!」
「そうだ、往け、 自分への泥のような怒りを一瞬たりとも忘れるな、 今、この場でやってみせろ!、もし失敗したら、俺がその手でミラの命を絶つと思って挑め、 俺の顔を、過去の腑抜けたお前自身の面に置き換えて叩き込め」
俺の手のひらを通して、エルフマンの背中から凄まじい熱量が伝わってくる。
「……許せねえ……許せねえッ……!!」
大気が不気味に震動し始めた。エルフマンの全身から噴き出す魔力が、暴風となって周囲の木々を激しく揺らす。罪悪感という名のブレーキを、全てを焼き尽くす激怒が塗りつぶしていく。
「そうだ、絶対に自分を許すな……! 周りの奴らがどれだけお前を許そうと、お前自身だけは過去の無力な自分を許してはいけない」
「許せねええええええええええッッ!!!!」
咆哮とともに、エルフマンの巨躯が禍々しい闇の魔力に包まれた。
ゴォッ……と激しい爆風が吹き荒れ、彼の皮膚が急速に変質していく。刺々しい甲殻、肥大化する筋肉、獣のような爪と牙。過去、妹を奪い去ったあの絶望の「魔獣」そのものの姿へと、彼の肉体が再構築されていく。
だが――いつもならここで失われるはずの「瞳の光」が、消えない。
濁りきっていた赤黒い魔力の中で、彼の瞳だけは、己への怒りと大切な者を護るという執念によって、澄み渡るような鋭い黄金の光を放ち続けていた。
頭部まで完全に魔獣の角で覆われ、溢れ出す圧倒的な圧力が大気を押し潰す。
――全身テイクオーバー、『ビーストソウル』の完全完成。
暴走ではない。恐怖の象徴だったその力を、エルフマンは己の意志と怒りによって、完全にその手の中に屈服させていた。
異形と化した巨躯で、エルフマンはゆっくりとこちらを振り向いた。その咆哮はもやは理性を失った獣の唸り声ではなく、己の過去と決別した男の覚悟の咆哮だった。
「来い、エルフマン」
俺は避ける素振りすら見せず、両腕を広げてその正面に立ちふさがった。
「ルアアアアアアッ!!」
地鳴りのような踏み込み。一瞬で間合いを詰めたエルフマンの巨大な爪拳が、空気を爆破しながら俺の顔面へと直線的に放たれる。
疾風のごとき拳が視界を埋め尽くし、強烈な衝撃波が俺の髪と衣類を激しく吹き飛ばした。
――ズドォンッ!!
背後の大樹が衝撃波だけで破裂するように吹き飛ぶ。
だが、俺の鼻先わずか数ミリのところで、その巨大な拳はピタリと停止していた。
凄まじい風圧が俺の顔を打ちつける。しかし、その拳には微かな震えもなく、完全にコントロールされた強固な意思が宿っていた。
「……止めたな」
俺が静かに微笑むと、エルフマンの巨大な肉体から急速に魔力が引き抜かれていった。甲殻が弾け飛び、肉体が縮み、元の男の姿へと戻っていく。
荒い呼吸を繰り返しながら、自分の両手をまじまじと見つめるエルフマン。
「グレモリー…、俺……俺、できたぞ……! 意識があった……っ! 自分で……止められたんだ……ッ!!」
「ああ。見事だ、エルフマン」
俺がそう告げると同時に、木陰で見守っていたミラが、溢れ出る涙を拭うことも忘れて駆け寄ってきた。
「エルフマン……! グレモリー……!」
膝から崩れ落ちた弟の体を、ミラが泣きながら抱きしめる。かつてトラウマとして二人を縛り続けていた「魔人」の呪いは、今この瞬間、男の覚悟と揺るぎない怒りによって、大切なものを護るための真の「力」へと生まれ変わったのだ。
「……言ったろ、ミラ先輩。彼は必ず成功するって」
呆然と涙を流す二人の姿を前に、俺は静かに背を向け、夜風に吹かれながら微笑を浮かべた。これで、ストラウス家に刻まれた止まっていた刻は、確実に動き始めたのだ。
「エルフマン、お前はこれからしばらくの間、俺とクエストに出向く。そしてより強力な魔物と遭遇したら、それをテイクオーバーしろ。何があろうと意識を保て。……それでいいな?」
俺の問いかけに、エルフマンは力強い眼差しで頷き、己の大きな拳を握りしめた。
「ああ……分かってる。もう迷わねえ、ブレねえよ。グレモリー……これからもよろしく頼む!」
「その意気だ」
頼もしく成長した弟の姿に口元を緩めると、俺は隣でそのやり取りを見つめていたミラへと視線を向けた。
「先輩、どうしますか? これでエルフマンの特訓も一区切りついて、俺はフリーになります。……先輩の性格からして、今のまま留まり続けられるとは思えませんが」
「……」
ミラは静かに唇を噛み締め、俯いた。ほんの僅かな沈黙が、夜の森を包み込む。
「焦る必要はありません。いつでもいいですから、先輩の答えを聞かせて――」
「待って」
俺が言葉を紡ぎ終わるより早く、ミラが手を伸ばし、俺の手をぎゅっと力強く握りしめた。少し冷たかった彼女の手には、先ほどまでの迷いや怯えは欠片も残っていない。力強い温もりが、握りしめられた手を通して直に伝わってくる。
「……あんなに命がけで前を向く弟の姿を見せつけられて、私がこれ以上迷うわけがないでしょ」
ミラは顔を上げ、俺の目をまっすぐに見つめ返した。その瞳には、かつて周りを恐れさせていた鋭い意志の光と、失われていた魔道士としての誇りが完全に宿っていた。
「やるわ……今すぐにでも。……私だって、いつまでも守られるだけの看板娘でなんか、いられないもの」
強い決意を込めたミラの言葉に、俺は満足感を覚えて静かに微笑んだ。
「……良い顔になりましたね、ミラ先輩。それじゃあ、貴女の復帰特訓も、俺が最後まで付き合いますよ」
原作より活躍増やして欲しいヒロインは?
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エルザ
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