Op.クリムゾン・ランディシー   作:ゆきなんとか

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 光は電磁波である。人間が知覚できる光を可視光というが、その周波数は概ね430THzから750THz、対応する波長は700nmから400nmである。可視光のうち、周波数の低い、すなわち波長の長い光は、赤色として人間には知覚される。
 人がものを見るとき、ものに反射した光を目という電磁波センサーが受け取り、周波数の違いを色の違いとして知覚する。このとき一つの疑問が浮かぶ。人は自分と同じ色を見ているのだろうか。
 同じ周波数の光であっても、センサーとなっている目の周波数特性には個人差があるはずである。同じ周波数の光を見たとき、他人は自分と全く同じ色として知覚しているのだろうか。
 さらには、感情や記憶の個人差もある。すなわち、同じ赤色として知覚していたとしても、そこに見いだすものは人によって異なる。ある者は血の色を思い、ある者は夕焼けの色を思うかもしれない。あるいは、同じ人間であっても、そのときの感情や記憶によって、それは血の色にも、夕焼けの色にもなるのだろう。
 今日見る赤は、昨日見た赤と、異なる色なのだろうか、同じ色なのだろうか。





一九九四年 小樽

 

 最後の銃声が消えても、桜町由子の耳の奥には音が残っていた。

 息を止める必要はない。呼吸は浅く、一定に保つ。右手に持った銃は、銃口を床へ向けたままにする。それでも、足音と物が倒れる音は聞き分けられる。

 動く者はいなかった。

 火薬の臭いに、埃と血の臭いが混じっていた。割れた照明が明滅するたび、床に広がった赤が暗くなり、また浮かび上がった。

 入口側に二人。壁際に一人。奥に一人。

 どれも動かない。

 銃撃が終わったというのは推定にすぎない。事実としては確認できていない。

 由子はその場で数秒待った。

 耳の奥に残る銃声と、いま実際に聞こえている音を分ける。

 呼吸。衣擦れ。足音。

 聞こえない。

 それでも、聞こえないことは、誰も動けないことの証明にはならなかった。

 由子は壁に沿って進んだ。

 足裏に小さな破片が触れた。踏まずに避ける。倒れた男の手の届く範囲を通らない。開いた扉の正面に立たない。

 一歩進むたびに止まり、視界の端まで確認する。

 照明が消える。

 暗くなる。

 再び点く。

 そのたび、床に倒れた人間の輪郭がわずかに変わって見えた。

 見え方が変わっただけなのか、本当に動いたのか。

 由子は順に確認した。

 入口側の二人。変化なし。

 壁際の一人。変化なし。

 奥の一人。変化なし。

 銃声が止んだ後の時間が、少しずつ積み重なっていく。

 それでも、由子は銃口を上げなかった。

 確認できていないものを、確認したことにはできない。

 倒れていることと死亡していることは同じではない。動かないことと反撃できないことも同じではない。視界に誰もいないことと、誰も残っていないことも同じではない。

 由子はさらに進んだ。

 奥で何かが動いた。

 由子は止まった。

 今度は照明の影ではなかった。

 床に座り込んでいる少女がいた。

 金色の髪が頬に張りついていた。両手で銃を握っているが、銃口は下がっていた。構え方を知っているようには見えない。手首が震え、指が引き金の近くに残っている。

 少女の前に男が倒れていた。

 胸元が赤く染まっていた。

 由子は男の位置、銃の向き、少女の手、床に落ちた薬莢を順に見た。撃ったのはこの少女だ。

 少女は生存している。

 武器を保持している。

 こちらの存在にはまだ気づいていない。

 処理すべき情報が並んだ。

 その三つだけで、次の行動を決めるには足りた。

 少女がなぜここにいるのかは分からない。

 倒れている男との関係も分からない。

 銃を撃つまでに何があったのかも分からない。

 いま必要なのは、それらではなかった。

 ターニャ・リピンスカヤ。

 由子はまだその名を知らない。

 由子が認識しているのは、銃を持った一人の生存者だけだった。

 少女の肩が小さく上下していた。

 視線はまだ由子へ向いていない。

 由子は距離を詰めた。

 一歩。

 反応はない。

 もう一歩。

 床に触れた足が、ごく小さな音を立てた。

 ターニャが顔を上げた。

 視線が合った。

 青い目が由子を捉えた。だが、ターニャが由子の姿を正確に認識したとは限らない。照明は不安定で、由子は影の側にいた。年齢も、顔も、服装も、正確には見えていないはずだった。

 ターニャの手が動いた。

 銃口がわずかに持ち上がる。

 由子はその動きを見た。

 銃口の角度。

 両手の位置。

 指の位置。

 少女の視線。

 それぞれを別の情報として捉える。

 由子は一歩踏み出した。

 ターニャは弾かれたように肩を揺らしたが、叫ばなかった。逃げなかった。銃も捨てなかった。

 由子は右腕を上げた。

 照準を合わせる。

 距離は近い。

 外す要因はなかった。

 ターニャは、銃口の先で動きを止めた。

 由子の指が、引き金に触れた。

 

 

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